夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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炎のゴブレット
プロローグ


 

 

 

魔法省に戻った私は、あれからずっと部屋に篭ったまま羊皮紙の相手をしていた。流石に山積みだった羊皮紙は終わったのだが、トランクを片付ける暇もないほど仕事は次々に私の元へとやってくる。

 

嫌がらせだと受け取っても良さそうな羊皮紙の量と手紙を見つめる私は、羽根ペンを走らせながら、自分で淹れたお茶を一口飲むとあまりの不味さに声が出た。

 

「......不味い」

 

久しぶりに自分で淹れたのだが、やはり少し期間があっただけで腕は落ちてしまうものらしい。

一気にやる気を無くし、ティーカップを置くと、少し休憩のために体を伸ばす。歳をとった私の体はこれ以上羊皮紙の相手を出来そうにないし、それに何より集中出来そうにない。

 

終わらせた羊皮紙の束が視界に入ってきた私は、自然と魔法省に戻ってきてから、アーサーに会っていないことを思い出した。

どうせ届けなければならない羊皮紙もあるし、彼に見舞いのお礼も言わなければならない。

 

気分転換のつもりで、羊皮紙の束を手に持ち部屋を出ると彼がいるはずのマグル製品不正使用取締局へと向かうため、エレベーターに乗り込む。自室に引きこもっていたせいで気づかなかったが、今日は何故かいつも以上に忙しそうだ。

エレベーターの扉が開いた瞬間、忙しそうな職員達が駆け込んできて、押しつぶされた私は窒息しそうになりながら何とかマグル製品不正使用取締局がある階に降りた。

 

 

人通りが少ない廊下を歩き、奥にある見慣れた扉を数回ノックをすると、中からの返事を待って扉を開ける。

 

「アーサー、お久しぶりです」

 

部屋の中にいたアーサーが私の方を見て、どこか嬉しそうな表情を浮かべながら口を開く姿が視界に入ってきた。

 

「レイラ、おかえり。帰っていたんだね」

 

アーサーの声を聞き流したつもりだが、私の頭には彼が言ったおかえりという言葉が、グルグルと回って消えてくれない。

 

「...これはどこに置けばいいですか?」

 

まるで地面に足が着いていない時のような浮遊感を感じて、何故か不安になっている自分を誤魔化すように声を出す。

持っていた羊皮紙を持ち上げれば、アーサーは慌てて近寄ってきて受け取った。

 

「すまないね。重たかっただろう?」

 

「いえ、大丈夫ですよ。......今日は...パーキンズは居ないんですね...」

 

貴重な局員である彼の姿が見当たらず、問いかけるとアーサーは少し困ったように肩を竦める。

 

「あぁ...体調をくずしてしまったらしくてね。きっと今頃家で寝ているはずだよ」

 

「......そうなんですか............」

 

説明しながら羊皮紙を机の上に置く彼の後ろ姿を見て、見舞いの時に貰ったクッキーとお土産を思い出しながら声に出した。

 

「アーサー、クッキーとお土産ありがとうございました」

 

「...あぁ、気にしなくて大丈夫だよ。クッキーは美味しかったかい?」

 

「えぇ...とても美味しかったです..が......アーサー」

 

問いかけてくるアーサーの後ろ姿を見ながら、答えていたが、何故かローブを羽織って支度を始めだした彼の行動を見た私は無意識に名前を呼んでいた。

 

 

「どこに行くんですか?」

 

手を止めて私の方を振り返るアーサーを見つめながら発した私の声は、無意識に少し暗くなり、自分の手が少し震えていることに気づいた。

彼に悟られないように、咄嗟に後ろで手を組み、隠して血が止まるほど力強く握りしめる。

 

何故こんなにも不安になっているのか分からないが、まるで何か大切なものが側にない時のように、不安で堪らない。

 

「昼過ぎに帰ってくる子供達の迎えにね。流石にモリーだけでは手に負えないよ」

 

笑いながら話すアーサーの言葉を聞きながら、私は痛覚で誤魔化そうと、後ろで組んでいた手に、一層爪を立てた。

 

「今年はクィディッチのワールドカップもあるからね。少し長期休暇を貰っているんだ。」

 

 

 

「.........ご家族で?」

 

誰と行くかなんて分かっていたが、声を絞り出した私はそんな話題しか振れない。

 

「エイモスの息子さんも一緒にね」

 

「それは楽しみでしょうね。お子さん達も」

 

嬉しそうな表情を浮かべる彼は、それはそれは本当に幸せそうで、子供たちと過ごせる時間が本当に楽しみでしょうがないのが溢れ出ていた。

そんな彼を見ていればつられない訳がなく、少し頬を緩めると、支度を終えたアーサーが私の頭に手を置くと優しい声が耳に入ってきた。

 

「少しは休暇も取りなさい。たまにはゆっくりとすることも大切だよ」

 

彼がそんなことを言うのは予想外でも何でもないのだが、頭を撫でてくる行動だけがあまりに予想外すぎて驚きを隠せなかった。

それはまるで幼い子供を安心させるかのように、優しく微笑みながら、割れ物に触れるかのように、とても優しい手つきで撫でてきたのだ。

 

随分と懐かしい感覚に、懐かしむことは出来なかったのは、脳裏に色褪せた昔の記憶が断面的に映し出され、とても優しく撫でる彼の姿に、自然と兄の姿が重なってしまったからだ。

アーサーの撫で方は、よく私の頭を撫でていた兄の手の感覚と酷く似ていて、それが更に記憶を鮮明にさせる。

 

アーサーが何やら顔に疲れが出ているよと言っていたが、私が直視できないことも、少し目頭が暑くなっていることにも彼はきっと気づかない。

 

「...どうしたんだい?レイラ」

 

上から聞こえてくる彼の心配そうな声が聞こえてきて、呼吸をゆっくりと整えると、顔を上げ口を開いた。

 

「...アーサー......流石に頭を撫でられて喜ぶ歳ではありませんよ」

 

私の言葉を聞いた瞬間、慌てるように謝るアーサーを見ると、自然と気が軽くなり、笑みがこぼれる。

 

「冗談ですよ......楽しんでくださいね」

 

今できる嘘偽りのない笑顔を浮かべて、彼に背を向けて部屋を出てると、少し早歩きで自室へと戻りしっかりと扉を閉めた。

 

 

もう一度椅子に座り仕事に向き合おうとしたのだが、何故かソファーに無造作に置かれているトランクが目に飛び込んできて、私は引っ張られるようにソファーに腰を下ろす。

中途半端に開きっぱなしのトランクを開け、服や本は杖をひと振りして元に戻すと、トランクの中に残ったのはルーナから貰ったクリスマスプレゼントと、アーサーから貰ったお土産の鏡......それと以前使っていたローブだった。

 

まだ棄てていなかったことに少し驚きながらも、無意識に手に取り、広げると微かに薬の香りがしたような気がして、私は裾が破れているローブをじっと見つめる。

 

......考えすぎだ

 

気の所為だと言うことを言い聞かせても、私はそのローブを棄てるどころか持つ手を握りしめ、寒くもないのに上から羽織って、体を小さくする。

自分自身の体温で温かくなっていくローブに包まれながら、もう目の前にいる底知れない恐怖から目を逸らすように瞼を下ろした。

 

 

羊皮紙は溜まっているし、やるべき仕事もあるがたまにはこんな風にゆっくり過ごす事だって大切だろう。

 

ついさっきアーサーに言われた言葉を思い出しながら、ローブをぎゅっと握りしめて眠りについた。

 

 

 

 


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