夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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1 天秤

 

 

アーサーが休暇に入ってから数日経ったが、残念ながら私の元に三大魔法学校対抗試合に関する仕事は勿論、クィディッチワールドカップに関する仕事さえも来ていない。

警備は人が多ければ多いほど良いかと思っていたが、どうやらそんなに甘いものではないらしい。直接的に、三大魔法学校対抗試合の話は聞いてはいないが、他の職員が話しているのをここ最近耳にしたし、開催されないということはないだろう。

 

 

ソファーに深く腰掛け、手に持っているティーカップをじっと眺めながらこれからのことを考え込んでいると遠くから何か呼びかける声が聞こえてきた。

 

「大丈夫...ですか?.........レイラ?」

 

名前を呼ばれていることに気づき、我に返って顔を上げると、目の前に腰掛けていたレギュラスと自然と目が合う。

 

「凄い険しい顔をしていましたよ。ここに皺寄せて」

 

自分の眉間を触りながら話すレギュラスを見て、ティーカップを口に近づけると、彼は思い出したように話し出した。

 

「そういえば、最近ダイアゴン横丁に行ったら皆、クィディッチワールドカップのことで話題が持ちきりでしたよ。いつも以上に盛り上がっていましたし」

 

「............そう」

 

呟くように言った私の声が暗いことに気づいたのか、嬉しそうに話すレギュラスの表情は少し暗くなる。

分かっている。彼がこの重たい空気を変えるために気を使ってくれていることも、こんなに気分を落としている暇などないことも理解している。

 

「...めでたい人達ね......」

 

私の憎たらしい声は静まりかえっている部屋にはよく響き、お菓子を持ってきたアウラもこの張り詰める空気を悟ったのか、神妙な面持ちで机の上に皿を置くと、直ぐにキッチンへと引っ込んでいく。

 

「........分かっていますよ。貴女が言いたいことは」

 

ティーカップを置きながら、答える彼の表情は思い詰めたように暗く、視線は下がっていく。

 

 

 

 

「......レイラ」

 

重たく静まり返っているこの空気を壊すかのように突然レギュラスが口を開き、問いかけてきた。

 

「...本当に......何もしないつもりですか?」

 

顔を上げると、私を見つめてくる彼と目が合う。

レギュラスの澄んでいる瞳はじっと何かを見据えていて、それが私にとってはどうしても辛かった。

 

 

「あの人が蘇ることを知っているのは僕達だけです」

 

「.........何が言いたいの」

 

力強い彼の言葉に耳を塞ぎたくなったが、更に私を責めたてるように後を続ける彼の言葉が耳に入ってくる。

 

「あの人を蘇らさなければいい話じゃないんですか?」

 

「そんな簡単な話じゃない」

 

彼の意見をきっぱりと否定しても、レギュラスは諦めずにある言葉を口にした。

 

「分霊箱......貴女は知っているんでしょう?ある場所も............壊し方も」

 

ハリー達が分霊箱を壊していく場面が頭にちらちらと横切った私は、少し溜息をつく。

 

「......えぇ...知ってるわよ。壊し方も数も、何処にあるのかも」

 

答える私の言葉を聞いたレギュラスの瞳は、何か期待するかのように私を捉え、訴えるように話し出した。

 

「今だったら、今僕達が動けば、僕達で分霊箱を破壊すれば、あの人が蘇ることは無い。わざわざあの人が蘇るのを待っているだけだなんて...おかしくありませんか?」

 

意図も簡単に淡々と話す彼の言葉を聞いて、私は少し苛立ちながら答えた。

 

「...確かに私は未来を知っているとは言ったわよ。だけどそれがどこまであっているかなんて確証はどこにもない。貴方は少し私が何でも知っていると思い過ぎてる」

 

「それでもです。やってみる価値は十分にある」

 

ハリー自身が分霊箱だという事を知らない彼が簡単に言ってしまうことはしょうがない事だが、何故か今頃になって訴えかけてくる。

 

「分霊箱は1つや2つではないんでしょう?......いくつあるかは知りませんが、1つでも多く見つけて壊せ「じゃあ貴方は殺せる?...英雄と称えられている人間を」

 

私の問いかけに固まったレギュラスは、それがどんな意味なのか理解したのか、眉間に皺がよって表情が険しくなっていく。

 

「......仮に分霊箱を、ハリーを殺せたとしましょう。勿論あの人が蘇ることは無い。...だけど」

 

ハリーが分霊箱だということを悟ったのだろう。彼の表情は険しいままだった。

 

「..あの人が蘇る事実など知らない世間の目には、私達はどう映るのかしらね?」

 

背もたれにもたれながら、深い溜息をつくレギュラスを見て、もうこれ以上は掘り下げてこないだろうと思いながらお茶を飲もうとしたが、彼は生半可な気持ちで私に提案してきたわけではなかったらしい。

 

聞こえてきた声に私はティーカップを持ったまま、驚きのあまり動きが止まった私は一瞬彼が何を言っているのか分からなくなった。

決して生半可な気持ちでは言えないことを、彼は意図も簡単に言葉にしてしまった。

 

 

 

 

「...いいですよ...やりますよ。僕がやります」

 

言葉の意味が分からず、戸惑っていると今まで天井を見上げていたレギュラスが私に視線を移してくる。

 

「...死んだと思われている僕がハリーを殺した方が何かと誤魔化しやすいでしょう。ずっと機会を伺って息を潜めていたとでも言っとけば、貴女に疑いの目がかけらることはない。」

 

お手本のような笑みを浮かべ、饒舌に説明するレギュラスの言葉は何一つ頭に入らない。彼が話す言葉は決して嬉しいものではなく、途端に胸が苦しくなり、頭は真っ白になった。

 

 

「......何を...言ってるの...」

 

 

やっと外に出た言葉は途切れ途切れだったが、しっかりと彼に届いたらしく、レギュラスは口を閉じる。

 

「.........貴方...自分が何を言っているのか分かって言っているの?」

 

私の問いかけを聞いたレギュラスは、これが1番の策だと言いながら、平気で笑う。

 

「...えぇ勿論。万が一貴女に疑いの目が向けられようと、僕が服従の呪文をかけたとでも言えば誤魔化せますし、良い提案だと思いません?」

 

私の問いかけにごく普通に答えるレギュラスは、酷く残酷なことを言っているというのに笑っていて、その姿がとても恐ろしく感じた。

 

「全く思わないわね。冗談はいい加減にして」

 

「冗談じゃないですよ、レイラ。僕は本気です。大丈夫ですよ。どんな尋問をされようが貴女の名前は出しませんから、安心してく「レギュラス」

 

頭が痛くなって目元を手で覆い、俯きながら聞いていたが、彼の話を最後まで聞くに耐えず、名前を呼ぶと声は聞こえなくなった。

 

「...止めて......もういいから」

 

私の声が部屋に響くと、その場は静まり返り、私はゆっくりと口を開く。

 

「.........私は...そういう事が言いたいんじゃない.....」

 

彼に情の欠片も移っていない私にとってはハリーを殺すことはとても簡単なことだ。杖を向けて呪文さえ唱えてしまえばいいのだから。

 

レギュラスは口を挟むことはせず、絞り出す私の声を待っているかのようだった。

 

「.......私は貴方を犠牲にするために......手を伸ばした訳じゃない」

 

「......何かを犠牲にしなければならないのなら...しょうがないことでしょう」

 

私の声に答えるレギュラスの声がとても冷たく感じ、ゆっくりと顔を上げると、鋭い瞳と目が合った。

 

「貴方、意味が分かっていないでしょう?」

 

「分かっていますよ。あの人が蘇って、穏やかに過ごせる訳がないことは、何も知らない僕でも分かりますよ。大勢の人が死んでゆくのを、たった1人の子供の犠牲で止められるのなら、世界中から何を思われようが僕は、彼の命を奪うのが一番だと思いますけど」

 

しっかりと断言する彼を見ていても、やっぱり私が伝えたい事が、ハリーを殺す本当の意味が伝わっていない様に感じて頭を横に振る。

 

「分かってないわよ。相手は魔法省でも闇祓いでも無い。ブラックに誤解されたままに憎まれて、殺され「それでも!」

 

私の声に被せるように声を張り上げたレギュラスは、少し頭を抱えながら口を開く。

 

「...それでも......救えるなら良いじゃないですか...」

 

あまりに痛々しく話す彼を見ていると、私の脳裏にはある光景が浮かんでは焼きついて離れてくれない。

消し去ることも、忘れることも許されない、淡い光景を瞳の奥で見つめながら、私自身の過ちを見つめながら、重い口を開き声を出した。

 

 

 

 

 

「......貴方は...無責任に奪って死ぬことが守ることだと思っているの?」

 

 

 

 

私の言葉にレギュラスの表情は険しくなり、睨むように鋭い視線を向けられる。

 

「ハリーを殺して、平和な日々が来て、それで貴方はどうするの?ブラックは?セブルスは?その後どうすればいいの?」

 

私より賢い彼を信じて、伝えたい事を何一つ伝えられない私の言葉を悟ってくれることをただ信じて、レギュラスに問いかける。

 

「じゃあどうするんですか?今できることもせずに、このままここに篭ってお茶を飲んでいろと言うんですか?」

 

反論してくる彼の声は苛立っているかのように、少し大きくなる。異様な空気を悟ったのか、今までキッチンに篭っていたアウラが、心配そうに顔を出し、様子を伺っているのが見えた。

 

「じゃあ何?もし間に合わなかったら、もし分霊箱を中途半端に壊してあの人が蘇ってしまったら、私は死喰い人では居られなくのよ。まさか不死鳥の騎士団に入れとでも言うんじゃないでしょうね」

 

「そうですね、それもいいと思いますよ。今この状況よりかは何倍も」

 

後半の言葉を強調するレギュラスが、私を挑発していることは分かっているのに、今の私にはそれを冷静に対処することは出来そうにない。

 

「そんな簡単なことで済むならとっくにそうしてるわよ。でも、そんなことで済まないからこうしているんじゃない」

 

少し大きな声を出しながら立ち上がると、キッチンから出てくるアウラの姿が見えた。

 

「だからこのまま、あの人の下につくというんですか!?もう時間がないんですよ?

貴女独りで何か出来ることじゃない!」

 

「レギュラス様、どうか落ち着いてください」

 

立ち上がる彼の足元で止めようとするアウラの声を聞いても、落ち着くどころかレギュラスの正論の言葉が頭に響いて、ぐちゃぐちゃになる。

 

「やるのよ。それでもやらないといけないの」

 

しっかりと声に出し、断言した私はの言葉を聞いたレギュラスは何か決心するように私から目を逸らさずに言葉を口にした。

 

 

 

 

「...分かりました。...じゃあ僕が今からホグワーツに行くと言ったら...貴女はどうしますか?」

 

 

 

 

突拍子もないことを言う彼の言葉は、確かに耳には入ってきたものの意味が分からず、直ぐには頭が追いつかなかった。それでも体は勝手に動くもので、気づけば私はレギュラスに杖を向けていた。

 

「お嬢様!どうかお下げください」

 

最初に口を開いたのはアウラで、私達の間に入り止める彼は傷ついたような表情を向けてくる。

ゆっくりと呼吸を繰り返しながら杖先を彼に向ける私は、次第に何故自分が杖を向けたのか理解できた。

 

「.........ダンブルドアに全て話すと言ったら、貴女は僕を殺しますか?」

 

落ち着いた声で話すレギュラスは、杖を取り出すような動作は一切見せずに、ただ私を見つめてくる。

 

「...僕が話したら困りますもんね。......ダンブルドアが全て知ったらきっと貴女が知る未来は来ない。」

 

ゆっくりと呼吸を繰り返すだけで、何も言えない私は、彼が本当にホグワーツに行くのではないかという不安がに襲われている脳が体に殺せと命令しているのが分かった。

 

そんなことを簡単に命令する自分の頭に、この状況に、追い詰められた私は杖を力強く握りしめる。

 

 

「...こんなことしてる場合じゃないのよ。レギュラス、こんな馬鹿なことをしてる暇はないの」

 

冗談だと彼が言ってくれることを祈りながら、声を出すが私を見つめる彼の瞳は真剣そのものだった。

 

「僕にとっては馬鹿なことではないですよ。レイラ」

 

今にもダンブルドアの元へ行きそうなレギュラスは、引き下がる素振りも見せずに真っ直ぐな瞳で私を見つめてくる。

 

頭に何度も浮かぶ殺せという言葉を、何度も何度も消そうとするがまるで焼き付いたように綺麗に消えてはくれない。

今にも溢れてしまいそうな今までの感情を、必死に隠してきた弱い自分が、今目の前にいる彼にぶつけてしまいそうで、口を開けばぽろりと余計なことを言ってしまいそうで、声を発することはできなかった。

 

 

 

 

「お嬢様...どうかお止め下さい。どうか杖をお下げください」

 

自分の呼吸以外音が聞こえていなかった私の耳に、自然にアウラの声が入ってきて、声がした方に視線を移すと、彼は私を止めるかのように空いている手をしっかりと握りしめていた。

 

「どうか...どうかこれ以上はお止め下さい」

 

大きな瞳に涙を溜めながら、私達2人に懇願するように話すアウラの声は、部屋によく響き、一言一言がしっかりと入ってくる。

 

「お願い致します。これ以上はお止め下さい」

 

何度も何度も私達に頼み込むアウラの声を聞いた私が、レギュラスに向けていた杖を下ろしたのとほぼ同時に今まで口を閉じていた彼も声を出した。

 

「...すいません......言い過ぎました」

 

額に手を当てるレギュラスは何か後悔しているように、大きな溜息をつく。

 

「......私も...あぁ駄目ね...」

 

小さく呟くように言いながら話す私は杖をしまい、さっきまで杖を握り彼に向けていた右手を見つめる。

 

.....あんなに簡単に躊躇なく....杖を向けれるなんて...

 

無意識に体が動いた事実に複雑な感情を抱いていると、険しい表情していたのか私を呼ぶレギュラスの声が聞こえてきた。

 

「レイラ?.........怒っていますか?」

 

恐る恐るといった様子で聞いてくる彼の姿を見て、私は頭を横に振りながら否定する。

 

「...怒ってないわよ。貴方が言っていることは間違ってない。間違ってはないけど.................怖いの。」

 

私の声がそんなに弱々しかったのか、レギュラスは心配そう表情を浮かべた。

 

「彼がどう思っていようと、彼にとってのハリーの存在と私の存在はあまりに違いすぎる。私が死ぬのと、ハリーが死ぬのでは彼にとってあまりに意味が違う」

 

「そんなこと「残念ながらはっきりと違うのよ。レギュラス」

 

否定してこようとしてくる彼の言葉を遮る私は、少し溜息をつきながら額を支えてゆっくりと言葉にする。

 

「何もかもが違うの。もし何か変わって、ハリーが死んだら?セブルスを救えても、もしハリーが死んだら、彼は一体何を思うのか。きっとその後彼は死ぬまで悔やみ続ける。自分自身を責めて責めて、苦しむ。彼女が命懸けで守った子さえも守れなかったと、自分を責めるに決まってる」

 

そんな光景が簡単に想像出来てしまって、額に手を当てながら溜息をついていると、黙って聞いてくれるレギュラスがまるで私が姿くらましをすることを分かっているかのように手を伸ばしてくる姿が見え、その手から逃げた。

 

私は強い眼差しを持つレギュラスの瞳をしっかりと見つめて、小さく声に出す。

 

「...ごめんなさい......私は貴方達みたいに強くないの」

 

そんな私の声は、姿くらましのバチンという音に呑まれ、消えていった。

 

 

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