マグルに魔法を見られることは珍しいことではない。例えば箒で空を飛んでいるのは勿論、手紙を運ぶ梟でさえ彼等にとっては不思議な事で、この時期は特にその報告が多い。
普段でさえ人手が足りないというのに、今回はワールドカップの準備に人手を取られ、私も羊皮紙の相手だけをしていればいい訳には行かず、度々外に駆り出されていた。普通に考えて梟が届ける先を間違えるなど有り得ないが、この忙しい時期に混乱したのか、はたまた少しドジな梟だったのか、ホグワーツ入学許可書を持った梟が全く関係ない家庭に届けてしまったのだ。
不思議に思ったマグルが役所に連絡をとった事で判明したため良かったものの、そのせいで家族全員の記憶を消すという仕事が増えてしまった。
無事全員の記憶を消し、間違えた梟に念を押しながら回収したその手紙を託して、ひと仕事終えた私は魔法省に戻った。
そんな本来あるはずのない仕事を終え、羊皮紙が積まれている自室の光景を思い出しながら、魔法省のエレベーターに向かっていると突然に眩い光が視界を覆った。
回転しない脳にチカチカと点滅し、細い糸のような耳鳴りがする。あまりに鋭い光に視界が真っ暗になり、目を押さえると聞いた事のある声が耳に入ってきた。
「少し取材よろしくて?」
声の主にまさかと思い、ゆっくりと瞬きを繰り返して元通りのなった視界の先には、案の定眼鏡をかけ、派手な服を着たリータ・スキーターがいた。彼女の周りにはカメラとひとりでに動く羽根ペンが宙を浮いている。
「……すみません、急いでいるので」
スキーターを避け早歩きで歩けば、彼女はカツカツとヒールの音を立てながら追いかけてくる。
「じゃあ、歩きながらで構いませんわ。まず、シリウス・ブラックを逃がしたその時の状況と捜索の進展についてどうお考えを?」
無視をしてエレベーターに向かうが、彼女はまるで逃がさないように前に出てきて、私の行き先を阻んでくる。
「脱獄したシリウス・ブラックを捕まえるため、ホグワーツへ派遣されたと私の耳には入っていますが、あぁそうでしたわ…噂では貴女が加担したと」
わざとらしく口角を上げる彼女が私を苛立たせ、何か話させようとしている事が分かり、私は口を閉ざしたままエレベーターへと足を向かわせる。
「少なくとも生徒が2,3人何かしら巻き込まれたと、何だったら重症の生徒もいや、生徒だけではなく教師までも聖マンゴで入院しているという噂については?」
背中越しに聞こえてきた彼女の言葉が、抵抗もなくすんなりと耳に入ってきたせいで、私の足は自然と止まり、今まで聞こえていた雑音がぴたりと聞こえなくなった。
入院……?
そんな情報は聞いていない。単なる噂に過ぎないと言うのに、思い当たる節のある私はサッと血の気が引いていく。
自然と浮かんできた赤い光景に、鼻に残る血の鉄の匂い、肉が裂ける音が耳元で聞こえたような気がして、頭がぐらりと揺れた。
働き詰めだからだと思いたかったが、やけに心臓の鼓動は速くなり、少し息がしずらくなる。
「今回、ブラックを取り逃したことに関してはどうお考えで?ブラックと貴女は古くからの友人ざんしょ?」
まるで獲物を追い詰めるように質問を畳み掛けてくる彼女の煩い声は、ガンガンと頭に響き、淡く薄汚れた記憶が、思い出したくもない昔見た光景が脳裏に張り付いたように何回も何回も流れ続ける。
「私も勿論分かりましてよ。いくら犯罪者だとはいえ、友人は友人。」
鼻をかすめる土の匂い、日差しが反射してキラキラと輝く湖。
冗談じゃない、
「友人ではありません。彼は友人じゃない」
赤いローブを身にまとった幼いブラックに杖を向けられる光景を消し去るように声を出すと、スキーターが少し口角を上げる。
「貴女と似たような彼のことはどう思いますか?」
思いもしなかった問いかけに、少し呆気に取られていると彼女は何の悪気もなさそうに、後を続けてくる。
「貴女もご存知ざんしょ?生き残った男の子、ハリー・ポッターは」
似てる?……私とハリーが?
あまりに馬鹿馬鹿しい問いかけに私は、呆れながら問いかける。
「ご自身が何を言ってるのか分かっていますか?」
「えぇ、もちろん」
何故か自信満々で答えるスキーターは、にっこりと笑みを浮かべた。
「………馬鹿馬鹿しい」
緑色の瞳を持つハリーの顔が浮かんでしまえば、彼女の顔が自然と頭を掠めてくるものだからたまったものじゃない。
「貴女も大変ですね、こんな事がお仕事なんて」
嘲笑うように笑みを薄らと浮かべて、皮肉たっぷりな言葉を零せば、笑みを浮かべていた彼女の口角が少しずつ下がっていく。そんなスキーターを置き去りにして、流れるようにエレベーターに乗り込むと、何か言いかけた彼女を拒否するようにボタンを押した。
少しだけ、少し彼の皮肉を真似てみた事は、私だけの秘密だ。
鼻にこびりつくような血の匂いで私は瞼を上げると、眩しい光が眼に差し込んでくる。
ぼやけていた視界がだんだんと鮮明になり、目の前の光景が飛び込んできた瞬間、声も出せなかった。
崩れている壁の向こうには杖を向けあっている人達。
赤い血が飛び散る地面に力なく転がる人の姿。
劈く悲鳴や怒声、爆発音。
決して平和的ではない音が声が私の耳に休むことなく入ってくる。
早く、早く、立ち上がらないと
状況を把握するためにも、何故か床に着いている膝を浮かせようとするが何故か体の力が入らない。
自分の体に力が入らないことを自覚して、次に襲ってきたのは腕にかかる負荷で、ひとつひとつ自分の置かれた状況を理解していく頭が自分の手元を見ろと命令してくるが、何故かとてつもなく怖かった。
ぬるりと感じる手のその感触に、鼓動は速くなっていき、体が固まる。
真正面を向けていた視線をゆっくりと手元へと下げ、赤に染った黒が視界に入ってきた瞬間、心臓が止まったかのように息が出来なくなった。
重たく冷たいその体を抱き締める私は、ぐらりと揺れる視線の先にいる彼の名前を呼んだ。
『……セブルス…』
少し震えた私の声は酷く反響し、頭にぐるぐると回る。
軽く彼の体を揺らしても、頬に掛かっていた黒い髪が落ちるだけで瞼を固く閉じている彼は、声を出す所か目を閉じたままだ。
……違う、違う、そんなはず無い。
彼は、セブルスはただ寝ているだけだ。少し気を失っているだけ
自分を誤魔化すかのように何度も何度も繰り返すが、腕の中の彼の身体が冷たくなっていくのを感じ、咄嗟にぎゅっと抱き締める。
力強く抱き締めても、耳元で彼が呼吸をする音も、温かい体温も、心臓の鼓動も何も聞こえなかった。
いきなり心臓を鷲掴みされたかのように、全身が強ばり、なんの前触れもなく目が覚めた私は、横になったまま薄暗い視界の先を見つめる。
身体中冷や汗をかき、心臓の鼓動は速く、胸らへんがひんやりと冷えているかのように感じた。
少し暑く感じるこの季節だ。寒いはずがないというのに、身体は小刻みに震え、何故か生きた心地がしない。
自分が縋るように、両手で何かを力強く握り締めていることに気づき、ゆっくりと手の力を抜いて、持っていたものを視界に入れた瞬間だった。寝る前確かにベッドの横の机に置いたはずのペンダントを握り締めていたことを見た瞬間、さっき見た夢の景色が鮮明に脳裏に映る。
「………違う、違う違う違う」
ぶつぶつと呟きながら、ふらつく足取りで洗面所へと向かうと汚れてもいない手をひたすら洗う。いくら洗っても洗っても、生暖かい血と段々と冷たく硬くなっていく息絶えた人間の感触が消えない。
夢だ、あれは夢だ、
そう分かっているのに、頭では分かっているのに、あまりにリアルな夢の内容に、心臓の鼓動は速くなっていくばかりだ。
「…………ゆめだ、あれは現実じゃない」
暗闇の中、明かりもつけずにそう呟いた自分の声は酷く弱々しく震えていたが、それまで一心不乱に手を洗っていた私はふと我に返る。
「………何やってんの、」
寝ぼけていたとはいえ、夢に動転し真夜中にこんな事をするなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。明日も仕事だというのに、早く寝直そうとベッドに視線を移せば、ペンダントが視界に入ってくる。
『ざまぁみろ』
そうペンダントに嘲笑われているような気がして、無性に腹が立った。
羊皮紙の相手をする仕事の前に、口の中で崩れる柔らかいクッキーを食べながら朝一の日刊予言者新聞を睨む勢いで読んでいると、アウラが小さな声が聞こえてくる。
「…失礼致します……」
どこか申し訳なさそうなそんな声が聞こえてきたと思えば、白い湯気が立っているティーカップを横から机に差し出してくるアウラの姿が自然と視界の端に入ってきた。
「ありがとう」
お礼を言いながらティーカップを手に持って、日刊予言者新聞に視線を移す。
ブラックの事は相変わらず記載されており、【シリウス・ブラックは今何処に?】という見出しはよく目立っている。百歩譲ってそれは良しとして、気に食わないのは私の名前が書かれていることだ。
【昨年ホグワーツに派遣されたレイラ・ヘルキャットに真相を求め取材を申し込んだが、断られてしまった】という文章も何とか飲み込んでも、ご丁寧に書かれている次の文章が気に食わない。
【取材を断る彼女の瞳には、かつての友人であるシリウス・ブラックに対する後悔と悲願の念が映っていた。】
あの人には耳がついていないのだろうか?それとも聞いても理解する脳が足りていないのか。
はっきりと否定したはずだと言うのに、何度読んでもそう書いている新聞の文面に、苛立ちが隠せず、感情のままに丸めると燃やす。
「………ふざけるな」
あの男と友人?そんな冗談があってたまるものか。
苛立ち、ついつい出た独り言が聞こえたのだろう。部屋に居たアウラの肩がびくりと震えたのを見て、溜息をつきながら眉間を押さえた。
ホグワーツの生徒、教員が聖マンゴに入院したという噂を膨張され書かれているどころか、否定した事実無根な事までもが、あたかも真実かのように掲載されている。それだけで体力のほとんどを持っていかれるほど、疲れが襲ってくるのと同時に、大臣に何と言われるのか、それを考えると胃が痛くなった。
そんな誰かさんのせいで荒れた胃を癒そうと、アウラが淹れてくれたお茶を一口飲もうとすれば運悪く滅多に叩かれない扉がノックされ、タイミングが悪すぎる事にまた溜息が出る。
返事をしないわけにはいかず、口をつけようとしたティーカップを机に置きながら、声を出せば、扉が軋む音が聞こえてきた。
「レイラ・ヘルキャット、魔法大臣が貴女をお呼びです」
ねっとりとした声に自然と鳥肌が立ち、ピンク色の彼女が視界に入った瞬間、思ってもいなかった人物に一瞬言葉を失った。
「……分かりました。すみません、わざわざ」
遠目からちらりと見たことはあるものの、こうして真正面から話す機会はなく、出来れば関わらないようにと避けていた人物。
「それで、貴女は私のことご存知かしら」
本当に全身ピンクなんだなと内心感心していれば、突然にそう問い掛けられ、少し詰まりそうになりながらも彼女が不機嫌にならないように答える。
「はい、それは「私はドローレス・アンブリッジ。魔法大臣上級次官です」
私の答えなど最初から聞いていないように、凄い早口で話してきたアンブリッジの勢いに圧倒され、呆気にとられる。
一言二言話しただけだと言うのに、彼女とは全く馬が合わないということが分かるほど、会話が噛み合わない。
「……私は、「結構。貴女のことはよく知っています。魔法省に居候していらっしゃるのでしょう?」
途端に黙ったものだから、てっきり自己紹介を待っているのかと思い、口を開けば遮られ、嫌味たっぷりの言葉を苦笑いで誤魔化すしかなかった。
「あら、勘違いなさらないで。貴女のお陰で資料の山も片付いているのですから」
苦笑いの私を見てか、訂正をする彼女はにっこりと笑いかけてくる。それが嫌味なのか、それとも心からの本心なのか分からないが、十中八九嫌味だろう。
とにかくこの場の気まづい雰囲気が耐えきれず乾いた笑みを浮かべながら、部屋を出て自室の扉を閉めようとした時だった。
「…………汚い屋敷妖精ね」
後ろから聞こえてきた耳を疑うような言葉は、間違いなくアンブリッジの声で発せられたもので、思考が停止した私は無意識に口を滑らしていた。
「何かおっしゃいましたか?」
表情一つ変えずに問いかければ、笑みを浮かべる彼女は「いいえ、何も」と平気で答える。
「そうですか。私の聞き間違いでしたか。それは良かったです」
自室の扉を閉め、取り繕った笑顔で嫌味たっぷりに声を出すと彼女は少し目を細めて、歩き出す。
本当に今日はとことんついていない。
まさかこのまま大臣室まで一緒に行くつもりかと思い、前を歩くアンブリッジの後ろ姿を見て、大臣室とは真逆の方向に行くことを願ったが、嫌な予感だけは当たるもので、残念ながら彼女も一緒にエレベーターに乗り、大臣室がある地下一階で下りた。
大臣室のドアを叩こうとすれば、何故かアンブリッジが私の手を払い除けるように間に入ってきて、私の方は一切見ず、数回ノックをする。
中から返事が聞こえてくれば、彼女は我先に部屋に入り、誰よりも早く口を開いた。
「コーネリウス、連れて参りましたわ」
「…ありがとう、ドローレス」
そう言いながら、ファッジは持っていた日刊予言者新聞を畳んで、机の上に置く。
「あぁ、そうだ。君に頼もうと思っていたことがあってね。この資料に目を通して、各部署に送っておいてくれないか?私は少しばかり彼女と話をしなければならないのでね」
彼が机の上に積んであった羊皮紙の束に杖を振れば、重たそうな羊皮紙の山は、アンブリッジの元へと宙を漂っていく。
「勿論ですわ。コーネリウス。私にお任せ下さい」
受け取った彼女は少し得意げな表情を浮かべて、ちらりと私の方を見ると、にっこりと笑いかけてくる。
「任せたよ」
そう言ってアンブリッジを見送るファッジは、どうやら彼女の扱い方が慣れているようだ。
「さて、君を呼んだのは少々厄介なことが起こったからなんだが……」
部屋からアンブリッジが去り、しっかりと扉が閉まったのを確認したファッジの言葉を聞いて、私はさっきまで見ていた新聞の記事を思い出す。
「……すみません」
名前が載ってしまったことが不味かったのだろうと解釈し、一言謝れば彼は顔を顰めて不思議そうに頭を傾けた。
「ん?なんで謝るんだい?」
「それは、名前が……」
机に置いてある日刊予言者新聞に視線を移しながら答えれば、ファッジは納得したような表情を浮かべる。
「あぁ、そういう事か。いや、まぁここにいれば新聞に名前が載ることもある。今回は全く別の話でね。」
別の話となれば、ワールドカップの警備のことだろうか。
勝手にそう考えながら、彼の声を待っていると、大臣の口から出た言葉は思ってもいない事だった。
「君はそのなんだ、学生の頃、数占い学を選考していたのだろう?」
「はい、確かに」
別に誤魔化すことでも何でもないため、はっきりと答えれば彼は少し困ったように眉を下げながら、溜息混じりに話し出す。
「実はダンブルドアから連絡が来てね」
ダンブルドアという名前を聞いた瞬間、あまりに良い報告ではないことは明らかで、自然と眉間に皺が寄る。
「数占い学を担当していたセプティマ・ベクトルが黒斑病にかかり、聖マンゴに隔離入院することになったと」
「……黒斑病…ですか……」
呟いた私の声に彼は大きく頷いて、疲れているのか少しばかり溜息をつく。
「君も知っているだろう?あの病気は感染力が高い。そうなると新学期が始まる前に代わりの教員を見つけなければならないのだが、その新学期まで時間が無い」
まただ……私の知っている未来と違う
そんな彼の話を聞いた私は、眉間に皺を寄せて動揺を隠すことで精一杯だった。
「……今はダンブルドアも私も教員探しをしている暇はない」
何やら説明するように話す大臣の声を上の空で聞く私に、更に追い打ちをかけるようにある一言を付け加える。
「それに、ダンブルドアが君しか適任者が居ないと言っているんだよ」
ダンブルドアという名前を出す彼は、悩んでいるかのように眉間を抑えて、絞り出すように声に出した。
「しかし大臣。私は去年ブラックを取り逃しておりますし、もっと他に適任者がいるかと……」
口を挟んで反論すると、大臣は唸るような声を出して、溜息混じりに話し出した。
「分かっている。勿論、分かっているとも。君にはその件もあるし、正直私も乗り気ではないが、今回は魔法省の人間としてではなく、教員としてだ。去年のように、シリウス・ブラックという極悪人相手ではなく、生徒の相手をする訳だ。それとこれは全くの別問題ではないかな」
乗り気ではないと言う割には、どこか私が断れないような方向に持っていこうとしている言葉を聞いて、彼が何を考えているのか分かったような気がした。
「それに今年はあまりにイベントが盛り沢山だ。今は何より人手不足でね。ほらそれにあれだ。教員になるにはダンブルドアの了承が必要な訳で、二度手間になる。そう思わなかいか?」
簡単に言えば、新しい人材を探すのが面倒で、彼からしたらダンブルドアに恩が売れる訳で、正に一石二鳥である。
「今回は魔法省の人間ではなく、教師として子供達と関わって欲しいのだよ「大臣、少しよろしいですか」
口を挟む機会さえ与えてくれない彼の言葉を遮るように、声を出すとファッジは話の流れを変えるように数回咳払いをして、私に話を振ってくる。
「……あぁ勿論、何かね」
「私は、生徒達に教えられるほど器用ではありませんし、自信もありません」
私の言葉に驚きもしない彼は、想定内であるかのように余裕のある表情のまま、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「君の在学中の数占い学の成績だったら、十二分に達していると言っていたし、実際にカリキュラムも終了しているだろう?大丈夫、自信を持ちなさい」
「大臣、ホグワーツを卒業したのはもう何年も前の事で」
「そう言うと思ってね。ほらこれが教材だよ。君程の優秀な人材だったら、やれるさ」
教材を差し出してくる用意周到すぎる彼を見て、私は絶対ダンブルドアの入れ知恵だと確信した。ベクトルが黒班病になった事は、偶然とはいえ、この先を読んだような用意周到さは、あの人しかいないだろう。
「ダンブルドアや教員らが君のサポートには回ってくれる。初めてのことは誰でも不安からのスタートだが、まぁ何とかなる」
他人事のように話すファッジの話を聞きながら、少し呆れながら軽く溜息をついた。
「続けて悪いがよろしく頼むよ」
まるで異論は認めないかのように言い切る彼の様子から見て、私には断る権利もないらしい。
「ダンブルドアには私から連絡しておこう。詳細は彼から連絡が来るだろうから、まぁぼちぼち準備を始めて置いてくれ」
こんなにもスムーズに話は進んでいるが、私はまだ了承していない。
ファッジは淡々と話し終えると、眼鏡をかけて机の上に置いてあった資料を手に取り、視線を移した。どうやらこれ以上話すつもりはないらしい。
そんな彼の姿を見て良い気持ちになんてなる訳がなく、了承の言葉の代わりに「失礼致します」とだけ言って、大臣室を後にした。
彼は、私が了承の言葉を言っていない事なんて、きっと気づいてもいないのだろう。
いくら魔法省に居座るためだとはいえ、よく耐えた方だと自分で自分を褒めながら自室に戻ると、今までの我慢を全て吐き出すように、深くため息をつく。
「お嬢様、如何なさいましたか?」
私が溜息をつくことなんてよくある光景だというのに、アウラが心配そうに問いかけてくれることに頬が緩くなった。
「……大丈夫よ。ありがとね」
駆け寄ってきた彼の頭を撫でて、ソファーに腰を掛けると自然と体の力が抜けていく。
黒斑病……なんて、いくらなんでも無理矢理過ぎる。
セプティマ・ベクトルが黒斑病にかかったということは、本来起きるはずがなかった何かが起こったということだ。
本来そこに居るはずだった人間までも巻き込む程の大きな力が見えない所で働いたとしか考えられない。
第三者の何かが、
私一人などいつでも切り捨てられると言いたげだったファッジの瞳を思い出してしまえば、一気に疲労が襲いかかってくる。
「冗談じゃない」
私が知っている未来が来てくれなければ困るのだ。どんなに頑張っても、私が知っている未来が来ないというのなら、私の強みはない。私がここに居る必要が無い。私は……
頭を抱え考え込んでいると、突然に肩に何か掛けられる感覚がして、ゆっくりと頭を上げた。
「お嬢様」
少し控えめに呼ぶアウラの声がしたと思えば、目の前にスっとティーカップが差し出さられ、小さな手が私の手の甲に重なってくる。
「………少しお疲れの様です。お茶を淹れ直してきましたので、ほんの少し休憩致しましょう」
優しく微笑んでくる彼は、まるで小さな子供を勇気づけるように、温かい言葉を繰り返す。
「大丈夫です、お嬢様。大丈夫」
ぎゅっと握ってくる彼のは私の手よりはるかに小さいというのに、とても力強く、頼りになるものだった。
「絶対に大丈夫です」
はっきりと言い切るアウラを見るのは、初めてではない感じがして不思議に思っていると、自然と脳裏に懐かしい記憶が浮かんでくる。
あぁ、あれは多分兄がホグワーツに通いだした頃だ。何かある度に泣く私を、アウラが何度もこうやって励ましてくれた。
懐かしい気持ちになりながら、黙ったまま頷くと、彼はにっこりと笑って、ぎゅっと手を包み込んできた。