2年生最後の日曜日は、いつもの通り変わらず図書館で借りた「魔法動物の全て」という本を読みながら談話室でゆっくりと過ごしていた。兄のせいで梟を飼い始めた私は嫌でも動物を少しでも好きになろうと、努力しているのだが、どうも上手くいかない。
本を思いっきり閉じて、本を返すために寮を出た。もう2年生もあと少しで終わりかと思いながら行き慣れた道を歩くとあっという間についた。
本を返し終わってどこまでも晴れている蒼い空を見たら、何故か外に出たくなった私はもう夕食まで時間がないというのに外に出た。勿論外に出ている生徒は少なくちらほらとしかいなかったが、晴れた日の空気を吸うのは気持ちよくて気分もすっかりはれた。
特に何も考えずにただただふらふらと歩くと、自然と人気の少ない温室へと自分が向かっていることに気がついた。薬草学の授業の時ぐらいしか来たことないし、生徒も滅多に近寄らないところだ。
1から3号までの温室があって、中には危険な薬草もあるらしい。
そんな生徒など1人もいなさそうな温室の近くまでくると、見たことのある顔の青年、体つきも大きく、私よりも大人っぽい雰囲気の五人組が愉快そうに笑いながら私の横を通り過ぎていった。その人達がスリザリンの上級生だということをすぐに思い出し、どうしてこんなところにいるんだろうかと不思議に思うと、胸騒ぎがした。
さっきまで、あんなに晴れていた気持ちが一気に何か引っかかったように靄がかかりすごく気持ちが悪い。
私は、ふと温室が三部屋並んでいるのを見つめ何も考えないまま近づいた。
……何か嫌な予感がする。
そう思いながら温室の扉を引いてみるとなぜか鍵がかけられておらず、顔を覗かせてみたが誰もいなかった。私は、静まり返っている温室の中に入り、全神経を尖らせながら先へと進む。温室は、隣接していたため中からでも外からでも行き来できる。2つ目の温室にも誰もおらず、残りはあと1つ。3つ目の温室だけだ。私は、どうか扉が開かないように祈りながら引いてみたが残念ながら音を立てて開いてしまった。
溜息をつきながら入ってみるとそこだけ、雰囲気が違った。少し薄暗く、何か音が聞こえてくる。
「ルーモス」
あまりに見えづらくて、私は呪文を唱え杖の先の灯りを頼りに奥へと進んだ。一定の間隔で植えられている植物の蔦が不気味に動き、私のことなど見向きもせずに、まるで奥に弱っている獲物がいるかのようにスルスルっと何本もの蔦が伸びていく。
一歩一歩進むにつれて、聞こえていた音が、何かに耐えるような苦しそうな人間の声に変わったと思うと、何かが動いているような影が見えた。
前が見えやすいように、杖を前に出すと青白い光が私の前方を照らしてくれる。目の前がはっきりと見えて、動いている影の正体がしっかりと視界に入った。
あまりに衝撃的な光景に体が固まり、思考も停止した。
目の前に大量の蔦に襲われているセブルスが目の前にいたからだ。
頰には痛々しい傷をつくり、打たれたような青紫色の痣のあとまである。服は、泥の中に突っ込んだように思わせるほど汚れていて、ズボンは破れて、膝からは痛そうに血が流れていた。そんな彼に太い蔦は容赦なく襲いかかっていた。叫ばれないようにと、口周りを抑えられ、今でも折れるんじゃないかと思うほど脚と腕に力強く巻きついている。
セブルスは痛いのか、苦しいのかそれとも恐怖でなのか瞳には涙を浮かべて絡みついてくる蔦に必死に抵抗しようとしているが、彼の体は意図も簡単に宙に浮かされていて力など入るはずもなかった。
落ち着いて考えてみれば1年生で習った悪魔の罠だとセブルスだったらすぐに分かるはずなのに、動転するほどセブルスは気が参っているらしい。
私は、セブルスを救い出すため、杖先を向けて呪文を唱えた。
「ルーマス・ソレム!」
眩しい光が温室を包み込んだかと思うと、悪魔の罠は、弱ったようにするするとセブルスの体から離れていった。
自由になったセブルスにすぐに駆け寄って私はぐったりとしているの彼の肩を持つ。
今までで一番酷い怪我だった。
…ポッターだろうか…いやポッター達だとしたらこんなに一方的にやられる筈がない。
左手を痛そうに押さえるセブルスを見て、さっき通り過ぎた5人の男子生徒を思い出した。
「………虐められたの?…」
私の問いかけに、聞かないでくれと訴えているかのような瞳で見つめてきた。プライドが高いセブルスは絶対に虐められたとは言わないし、認めもしないだろう。
「…ちっ違う…僕は虐められてなんかいない」
すぐ嘘だと分かるようなことをすらすらとセブルスは、口に出して立ち上がろうとした。
「純血じゃないから虐められたの?」
自分よりも年下のやつが闇の魔術の知識を身につけて、しかも純血ではない。プライドが高いスリザリン生だったら誰でも思うだろう。そんな奴は気に食わないし、とことん潰してやりたいと。
セブルスはその場から逃げ出そうとするが、そんなことは私が許すこともなく怪我をしている彼の腕を容赦なく引っ張った。セブルスは痛そうに顔を歪めて、私を睨んでくる。
「質問してるんだけど…純「うるさい!!!!!」
私の言葉を途中で遮り、セブルスは声を張り上げた。
「そんなの言われなくても分かってる!!
僕が純血じゃないことぐらい!!お前に言われなくてももう知ってる!!!」
セブルスは辛そうに、頭を支えて狂ったように泣きながら私に大声で怒鳴り散らした。
「何なんだ。純血純血って、僕だって、あんな父親の元に生まれるぐらいなら、生まれたくなかった!闇の魔術がそんなにいけないものなのか⁈何で、何で⁈」
喚くセブルスの姿を見て、私の視界はだんだんとぼやけだして、鼻がツーンと痛くなるのを感じた。
…私が今いくら優しい言葉をかけようとも貴方には届かない。
……私には貴方が救えない。
私は近くにあった空の植木鉢に杖を向けて呪文を唱えた。
「レダクト」
植木鉢は音をたてて割れると、何が起こったのか分からない様子のセブルスがぽかんと私の行動を見つめた。
あんなにセブルスの怒鳴り声で響いていた温室は静まり返って、彼の落ち着いたような声だけが耳に入ってくる。
「………何して…」
セブルスの言葉には何も答えずに割れた植木鉢に近づいた。出来るだけ先が刃物のようにとんがっていて切れ味の良さそうな欠けらを選ぶ。
「……おい…何を」
私は戸惑っている様子のセブルスを見て、自分の掌を欠片で深く切りつけた。当然ぱっくりと肉は割れ、少し赤黒い血が大量に流れだす。
「何をやっているんだ!!!!!!」
自分も怪我をして走れないぐらい痛いはずなのに、駆け足で私に近づいて血が流れ続ける左手を押さえだした。
「…血でしょ……貴方が虐められてる理由」
「…はぁ?…」
私の言葉に間抜けな声を出して呆然と顔を見てくる。
「……ほら、あげるよ。……私、純血だし」
セブルスは意味が分からないと言った様子で少し怖がっているかのように、真っ青になっていく。
「…純血じゃないから虐められるのなら、純血である私の血を貴方に分ければいいのよ。……ほら、これでもう大丈夫よ。」
私がセブルスに血が流れ続けている左手を差し出すように彼に押し付けると、セブルスは震えている声で静かに言った。
「……そんなの、意味ないだろ……」
途切れ途切れで言うセブルスの言葉を聞いて私の中の塞きとめる何が壊れたように一気に流れ出した。
「そんなの……分かってるよ……だけどこれぐらいしか思いつかないの。励ます言葉なんて私には出てこないし、それにあんなこと言われるなんて思ってもいなかったから」
涙を堪えながら、私は痛む左手に視線を落とした。暖かいセブルスの手の温もりを感じると、頭の中で彼が首から血を流し息絶える姿が嫌なほどはっきりと映像として流れ始めた。
耐えきれなくなった涙はポタポタと流れ出し、制御できなくなった私は俯いたままセブルスに言った。
「………お願いだから……生まれたくなかったなんて…言わないで…」
私の言葉にどんな表情をしたのかは分からない。俯いて静かに泣く私をセブルスは、何も言わずに引っ張って医務室に連れて行ったのだ。
全身怪我だらけのセブルスと静かに俯いて泣き続ける私を見て、マダムは驚いたような声を出したことだけは覚えてる。
でもそこからは、記憶が曖昧だった。セブルスとはカーテンで遮られて、どんな怪我の状態だったかは分からないし、少し経って騒ぎを聞きつけた、ダンブルドアとマクゴナガル、スラグホーンが駆けつけて、あれやこれやと事情を聞かれたが何と答えたか覚えてないし気づけばベッドに横になっていたみたいな感じで本当に記憶にないのだ。
それからは本当にあっという間で、時間が過ぎて、もう明日から夏休みになってしまった。汽車に乗り込んで、いつもと変わらずコンパートメントに1人腰掛けて外を眺めた。
……セブルスに謝り損ねた…
自分自身でも何であの場面で「純血じゃないから虐められたの?」と聞いたのか分からない。…私なりに励まそうとしたのだが、何であんな傷つけるようなことを追求するように言ったのだろうか。
後悔が押し寄せてきて、頭を支えた。
…何も言わずにさっさと医務室に連れていってあげればよかった
完全に謝るタイミングを失った私は、深いため息をつきながら外を眺め、必死に言い訳を考えた。
セブルスと話す機会なんてあるわけもないし、あったとしても話しかける勇気なんてあるわけない。だってなんて言えばいいのかも分からない。
「やぁセブルス。この前は酷いこと言ってごめんね。あなたを傷つけるつもりなんてなかったの。」なんて言えてたらばんばん話しかけれている。
…あまり関わらないようにしようと決めたはずじゃないか。
セブルスを確実に救うために物語の流れを変えないようにとそう決めたのに、がっつり関わってしまった。
私は、顔を隠して大きな溜息をつく。
……よし、来年こそは関わらないよ…やっぱりやめておこう。
私はフラグが立ちそうな気がして決心するのをやめて、この先のことを考えると思いやられてまた溜息がでた。