久々帰った我が家は、やっぱり安心した。見慣れた廊下に、自分の部屋。
屋敷しもべ妖精のアウラが、とんとんと扉の戸をノックして話す声が聞こえてくる。
「お嬢様、ご主人様がお呼びです」
アウラは私が今まで見た屋敷しもべ妖精のなかでは、何でもできる優等生だと思う。はきはきと話すし、テキパキと家事もこなす。何かをやってほしいと思って呼ぶと、もう先回りしてやっていることも多いいし、本当に凄く働いてくれているのだ。
「分かった。ありがとう」
扉を開け、お礼を言うとアウラはそんな滅相もありませんと言ってまた仕事に戻りだした。
ひとつ残念なのは、服がぼろぼろなことだ。だって新しい服を買ってあげると、彼を自由の身にしてしまう。だからしょうがないことだとは思っている。
父の部屋の扉を数回ノックして、呼びかけてみる。
「お父さん?入るよ?」
返事がないので、少し扉をあけてみると相変わらずの変わった部屋だった。物書きをする机にはもう書くスペースなどがないほど本が積み重なっているし、天井では描かれてある人物像みたいな絵たちがお茶会を開き始めていた。かと思えば、床には変な小さな植物がぴょこぴょこと歩いて移動していて、右の奥の壁は蔦がノキノキと伸びていた。
「何を立ち止まっているんだ?レイラ」
後ろから突然聞こえた声に体を飛び上がらせて後ろを振り向いた。
後ろには不思議そうに、お菓子を抱えている父がいた。
「何って、お父さんに呼ばれたからここに来たんじゃない」
「…あぁ!そうだったな。ほら、早く部屋に入りなさい」
父が優しく背中を押してきて私はあまり乗り気ではなかったが、入るしか他なかった。ふかふかなソファに腰掛けると、父は杖を一振りし、私の前にお茶とお菓子を並べてくれた。
「…それでどうしたんだい?」
「…ん?」
父から出た言葉に私は聞き返した。それは明らかに私の台詞で、私には用も何もなかった。
「私に聞きたいことがあるんだろ?」
「いや…何もないけど……」
「そうかい?そんなはずはないだろう。だってレイラの目の奥にはずっと映ってるじゃないか」
ほらまた意味の分からないことを言い出す。父とはろくに話が続いた試しがない。どうして兄はあんな1時間も2時間も話せるのかが不思議でたまらない。
「……聞きたいこと……あぁ……ペンダント」
私が思い出したようにティーカップから顔を上げると、父は満足気な表情だった。
「どうだい?よかったろ?クリスマスプレゼントにはぴったりだ」
「…うん…まぁね……あれは時計なの?なんなの?」
「あれは時計じゃないさ。時を数えてくれるペンダントだよ。」
いやいや、時間を数えてくれるのが時計なんだって!
私は心の中で、突っ込みながら落ち着きためにお茶を一口飲んだ。
「そんな曖昧じゃなくて、どう使えば正解なのかを教えてよ。」
「レイラは、中に掘られてあった文章覚えているかい?」
「……聞いてないし……」
全くといっていいほど聞いていない父を見て、少し長くなりそうなのでソファーに深く腰掛けた。
「『時は進むばかりで決して戻らない。
時が止まることはあっても戻ることはできない。
貴女は時を止められても時を戻すことはできない。しかし貴女自身がそれを望むというのなら、時は戻れるのだろう。』
この文章の意味が分かれば使い方なんて簡単だよ。
あのペンダントはね、実はお父さんの家系で代々受け継がれているものなんだ。…お婆ちゃんから母へ、母から私へ、そして今度は君に回ってきたんだよ。」
「…そんな大事そうなものを私になんかに渡しても大丈夫なの?」
「勿論大丈夫。」
何故か自信満々の父を見て、私は不安になりながらクッキーを食べた。
「でも、私その文章の意味全くといっていいほど分かんないし。時間なんて戻ることも止まることもできないでしょ?」
「…そんなことないよレイラ。時間の基準なんてものは、元々は人間が勝手に決めたことだ。時間は戻らなくて、止まることもないなんてものも人が勝手に決めてそれが固定してしまっただけ。マグルと一緒さ。あの人たちはものを宙に浮かせたり、箒にまたがって空を飛んだりする魔法があること自体に目を背け、勝手に自分たちからそんなのありえないと思っているから彼らは私たちが見えないし聞こえもしない」
「じゃあ、今すぐに時間を止めてみせてよ。」
私は、少し腹が立ってきてぶっきらぼうに言うと父はにこりと笑っただけだった。
「そんなことをしたら、全ての流れが狂ってしまうだろ?」
もう意味が分からなかった。さっきから、ずっとぼんやりとしか言ってくれなくて逆に混乱しだした。
「お父さん、どっちなの?あれを使えば、時を戻したり止まらせたりできるってこと?」
「空想が現実になることだってあるんだよ、レイラ。いつだって人間のお伽話は現実で、出来てるからね。……でもひとつだけ気をつけてほしい。時の流れはとても繊細で細くて、残酷だ。」
父はそう言ってまた笑みを浮かべて満足そうな表情をしたが、私は全然満足じゃない。
よし、兄に頼ろう。
何だかんだ頼りになる兄の顔を思い浮かべて、私は小さくうなずいた。
兄が家に帰宅したのは、日が沈み暑い夏も涼しくなる時間帯だった。
階段を下りているとどうやら兄が丁度帰ってきたらしく、私の名前を叫びながら、思いっきり抱きついてきた。
「ちょっと!何⁈」
「そんなに冷たくならないでよー。お兄ちゃんが帰ってきたんだよ〜」
「離れてノア!暑い!」
私は抱きついてくる兄の体を無理矢理押して、やっとの事で離れると私は逃げるようにさっさと食事を食べる部屋に向かって歩き出した。
「母さん…レイラは反抗期かい?」
そんな声が後ろから聞こえてきたが、特に気にもしなかった。兄に付き合っていたらきりがないのだから。
兄も帰ってきて、やっと久々の家族全員が揃った食事を始められた。
兄は今研究しているドラゴンのことや、新しい新種のドラゴンが見つかったことなど、楽しそうに話して、ドラゴンのことは興味はなかったが、ついつい聞き込んでしまうぐらいに面白かった。
私は、話を振られないと話さない性格だと知っていた家族は、話しやすいように色々と聞いてくれる。
「ところで、レイラ。ホグワーツではどんなことがあったの?」
母が食事を進める手を止めて、私の方を見ながら、聞いてきた。
今年一番の出来事は、私の中でこの世界の未来の一部を思い出したことだ。
でもこんなの言える訳がないし言ってはいけないような気がして、とりあえず授業でやったことやクィディッチはグリフィドールが優勝したとか、そんなことを口下手なりに頑張って伝えた。
兄は終始頷いて耳を傾けてくれて、母は手を止めて私の方を見ながら途切れそうになると助け舟を出してくれた。
父はというとお肉を切り分けていたが聞いていたかどうかは分からない。まぁ、途中でクスリと笑ったから聞いていたんだろう。
「あっ、そういえば怪我は治ったの?」
私は、最後のデザートを食べている時に思い出して前に座っている兄に問いかけた。
「あぁ…勿論もう治ったよ。あの時は参ったな、大人しかったドラゴンが急に暴れだして鉤爪が腕にあったんだ。」
どこか困ったように笑いながら言う兄を見て、何か引っかかった。
………嘘…ついてる
兄は小さい頃から嘘をつく時は困ったように少し眉を下げる癖がある。本人は無自覚なのだろうが、私はすぐに分かった。
私は大変だったねと返してデザートを食べ、自分の部屋に戻った。
兄はドラゴンが原因で怪我をしたと思っていたが、それは嘘。怪我はしたこと自体は、両親が会いに行くぐらいだから本当だろう。
何が…原因で…怪我したんだろう…
私に嘘をつく兄の顔を思い返して、少しモヤモヤしながらその日は眠りに落ちた。
それからは、課題を母に手伝ってもらいながら終わらせたり、アテールの撫で方や世話の仕方などを兄から教わったり、父がおすすめしてきた本を読んだりとすごく充実して過ぎていった。
「レイラ。はい、これ。ホグズミードのやつよ」
母が、サインをした紙を渡してきて、私は無くさないように大切にしまいながら話しかけてくる母の声に耳を傾けた。
「明日、教科書を買いにダイアゴン横丁に行くから用意しといてね」
「分かった。」
ダイアゴン横丁と聞いて少しテンションの上がった私は笑顔で頷いた。
その日は、煙突飛行ネットワークを使ってダイアゴン横丁に来ていた。
買わなければならない教科書をフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で買い揃えたり、魔法薬で必要な材料を薬問屋で買ったり、マダム・マルキンの洋装店で少し裾が短くなったローブを直してもらったりととにかくいろんなお店に寄ったものだからもうヘトヘトだった。でもそんな疲れた気分もあるお店を見た瞬間に晴れて、母の腕を引っ張り中に入った。
お店の看板には、「高級箒用具店」と書かれてある。私は箒にのり、飛ぶのが大の得意だ。残念ながら飛行訓練は一年生の時しか授業がないし、得意といっても少し箒の扱いがうまいだけで何せポッターの存在があったから、私が箒に乗るのは得意だということは家族以外知らないだろう。
何本もの箒が壁に立て掛けられていて私のテンションは上がっていった。
母がそんな私を見て、呆れたようにため息をつく。
「1つだけにしなさい。買ってあげるわ」
その言葉に私は、母に抱きつき選びだした。どの箒にしようか色々と、悩んでいる時店の扉が開く音が聞こえ振り返ると会いたくのない人達がいた。ポッター達だった。箒に夢中になっていてまだ私の存在には気づいていないらしかったが、気づかれるのも時間の問題だ。
私は急いで母の腕を引っ張ってそのお店から逃げるように飛び出した。
「どうしたの?箒は?」
「いい、もういらない」
様子のおかしい私に気がついたのだろう。母は特に何も追及しようとはせずに、代わりに明るい声で話しかけてくる。
「ほかに行きたいところない?」
「…ないよ。…もう帰ろう」
母は、すぐに分かったと言ってくれて、私達はダイアゴン横丁を後にした。
長い長い夏休みももう終わりを迎えようとしていた。
ホグワーツ特急に乗る明日に備え、私はトランクの中に色々と詰め込み、準備をしていた。ある程度のものをしまい終わった時に、あの本が出てきた。クリスマス休暇に図書館で見つけてそのまま持ったままの本。
持っていこうか、持っていかまいか悩みに悩んで、一応持っていくことにした。トランクを閉め、全ての準備が終わったと思った時、机の上に置いてあるペンダントが目に入り、兄に聞くのを忘れていたことを思い出した。
ペンダントを手に持ち、兄の部屋に行くと快く迎え入れてくれる。
「準備は終わったのかい?」
「うん、ばっちり」
私は、兄にペンダントを渡して重たい口を開いた。
「そのペンダントをお父さんから貰ったの。でもさっぱり意味がわからなくて、何に使えばいいのかさえも教えてくれないし」
兄はペンダントの周りを観察するように眺めると、慣れた手つきでペンダントを開いた。惑星がペンダントの周りを回り出すのをただただ見つめている。
「その中に、彫られている文章を読んでもさっぱり。時間を止めることも戻すことも出来ないってかいてるくせに、最後の文見た?
しかし貴女自身がそれを望むというのなら、時は戻れるのだろう。よ?
それに、止まることはあっても戻ることはないっていうのもね……時間なんて止まることも戻ることもないじゃない」
「…父さんは何て言ってたんだい?」
「文章の意味が分かれば使い方が分かるって。」
「じゃあそうなんだろう」
そう言いながら兄は私に閉じたペンダントを返してくる。
「その文章とやらの意味を自分ひとりで分かった時に初めてそのペンダントの本当の価値が分かるっていう意味じゃないか?
…父さんがレイラに渡すってことは、きっと意味のあるものなんだろうね。
お守りと思って肌身離さず持ち歩いているといいよ」
「…ノアも、文章の意味分からなかったの?」
兄はお茶を一口に飲むと、不思議そうに問いかけてきた。
「…レイラちょっと逆に聞きたいんだけど、さっきから言っているその文章というのは何のことを言っているんだ?」
「…えっ?…ほら、このペンダントの中に彫られてある」
私は、惑星が周りを回っているペンダントを兄に向けて説明する。
「単なる小さなものが入れられそうな古びたペンダントにしか僕には見えないよ。」
「…何言って……えっじゃあ、この時計の針のようなものは?周りを回っている惑星は?」
兄は不思議そうに肩をすくめて言った。
「……そんなの僕には見えないし、文章何てどこにも彫られてないじゃないか」
私は、自分の掌で変わらず何本もの針を動かし、惑星のような丸が周りを回っているペンダントを見つめた。
兄には、これが見えてない。私は、お礼を言って今度は父の部屋に駆け込んだ。
思いっきりドアを開けて入ってきた私を見て、父は驚いたように本から視線をあげて呑気に私に聞いてくる。
「どうしたんだい?レイラ、眠れないのか?」
「お父さん、このペンダントの文章、私とお父さんにしか見えてないの?」
「…あぁ…ノアに相談したんだね……ほらちょっとこっちにきてごらん」
そう言って、父は私を手招きする。
「…正しくは、見えていただ。私も今となっては何も書かれていない単なるペンダントにしか見えないよ」
「どういう意味なの。」
「もう分かっているだろう?…そのペンダントの本当の姿は所有者にしか見えないんだ。
……そうそう時間を戻したりできる人間がいてはいけないだろ?」
「…じゃあ、やっぱり」
「でもね、それを使うことはあんまりおすすめにしないでおくよ。お守りとして肌身離さず持っていてくれるだけでいい。
それに……レイラに使う時が来て欲しくない」
「…えっ?」
「ほら、もうお休み。明日から学校なんだから」
上手く話を逸らされて、私は父の部屋を後にし、自分の部屋に戻った。
思いもよらなかった。この姿のペンダントは、自分以外には見えてなくて、更には本当に時を戻したり止めたりできるなんて。
私には使う時が来て欲しくないって言ってたけど、…もし使えるようになったらどうすればいいのだろう。こんなものを持っていても困るだけだ。
私は、ペンダントを首から下げたまま明日に備えて眠りについた。