藤丸立香ちゃん15歳。
カルデアで1年過ごして人理修復の旅を終えた彼女は、日本に帰って魔術とは無関係の平凡な日常を送っていた。
カルデアによるバックアップによって、魔術師なにそれぐらい無関係、世界線が違うのではというぐらい、「ま」の字もありはしない生活を送っていた。
「おいおい藤丸の奴、雄英志望かよ。無個性なのに死ぬわあいつ」
「いくら藤丸でも無個性じゃなぁ」
「立香ちゃん正気を取り戻して!」
「あー、先生も藤丸が頑張ってるのは知ってるが、むむむ」
これ異聞帯じゃねと言いたくなるぐらいだが、この二次創作では人理焼却前から『個性』も『ヒーロー』もいたので、これが正しい日常なのだ。
話を聞いてカルデアのエミヤが発狂したのは立香の記憶にも残っていた。
『レイシフト適正がアホみたいに高い個性』は、現代科学では全く検出されず、魔術師的にもカルデアでしか意味がなかったので、藤丸立香の個性は実質無個性扱いなのだった。
そんな『個性社会』による無個性に対する発言に、藤丸立香は必ずこう返していた。
「デキる後輩に、先輩は私のヒーローだって言われちゃったからね。このぐらい見栄をはらなきゃ駄目なんだ」
と。これに対して周りは、
「なんだただの記念受験か」
「誰? 後輩? 女の子?」
と、様々な反応をしたが、まさかカルデアの話をするわけにもいかず立香は曖昧に笑って誤魔化していた。
その中で一度だけ、落ちても大丈夫なんだねと言った女友達に対して、
「ははっ……落ちたら師匠達に殺されそう」
と肩を落とした彼女がいたが、それ以上を語ることはなかった。
◇◇◇
雄英高校ヒーロー科、実技試験当日。
誰もが緊張して息を呑むのも憚られるような雰囲気の中、
『俺のライヴにようこそー! エヴィバディセイヘイ!』
「ようこそー!」
この少女ノリノリである。
さすが、緊張という言葉は母親の腹に置いてきた女だ。時には英霊すらドン引きさせるマイペーススタイルは日本に戻っても変わらなかった。
『受験番号4518良ーいレスポンスセンキュー!』
「Fuu!」
◇◇◇
「おいおいおい、4518の女子が無個性? 増強系じゃあないのか?」
審査会場にいる雄英の教師達はそのモニターに釘付けになっていた。
はじめこそ今年は豊作だとゆったりと構えていた彼らだが、試験会場Cのトップ受験生について話をしていた時、試験会場の方にいるプレゼント・マイクから通信が入った。
『受験番号4518がTOP? なんのジョークだそりゃあ』
おや? と教師達は思う。
プレゼント・マイクはお気に入りの受験生に甘く、ノリで点数が上下する。だから審査ではなく司会にまわっているのだが、受験概要説明の時にレスポンスを返した4518は、そのお気に入りになっていると思っていたのだ。
違和感を持った教師の一人が資料を確認した。
「無個性……」
「「はぁ!?」」
大騒ぎだ。
無個性受験自体は珍しくないが、一試験会場内での現在トップとなれば話が変わってくる。それはペースさえ変わらなければ合格ほぼ間違いなしという事で、無個性合格となれば雄英始まって以来の偉業、あるいは珍事となる。
無個性と聞いてドキッとした平和の象徴が居たが割愛。
「さっき1Pだけど素手で倒してたよな? 無個性でそんなことできるのか?」
「それより敵を見つけた時、瞬間的に加速してるわ、これは個性じゃないの?」
「あれでペースが落ちてねぇ。どうなってんだ」
「それどころか鉄パイプを手にとってから殲滅スピードが上がってる。あれは槍術か?」
「イレイザーヘッド、お前なら似たような事は出来るだろ?」
抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』。個性を打ち消す個性を持つそのヒーローは、言い換えれば個性以外には無個性と同じ条件になるということだ。
だから話を振ったのだろうが、それは合理性を愛する彼からすれば許しがたく思えた。
「だからこの試験は非合理的だと反対しているんだ。仮に彼女がプロと同じ事が出来ると言うなら俺達に教えられることは何もない。個性が無い以上、伸び代もほとんど無いだろう、その内彼女には意味の無い授業も多くなる」
「し、しかし……」
「でも、確かに……」
「むむむ」
「しかし、その上で点数以外で評価すべきでない。この試験内容で始めたのだから今から合格基準に手を加えるのは非合理的だ。来年からは無個性は書類審査で弾くようにするのが合理的だ」
「それは法律で……」
「この個性社会で平等であるというのは幻想だ」
「イレイザーヘッド!」
社会感、英雄感、それはそれぞれ違う。紛糾しかけた審査会場にて、ぱぁんと大きな柏手の音が響いた。
「HAHAHA、それぐらいにしよう、今の主役は彼らだ。まずはこの試験をしっかり見届けようじゃないか」
「オールマイト……」
「ああ、すまない、そうだな」
「……」
オールマイト。無個性のヒーローというものに考え悩む機会のあった彼は、ここにいる誰よりも冷静……だったわけでなく、弟子にとった緑谷少年がまだ0ポイントだから、それどころじゃなかった。
彼なら救助ポイントがとれると信じてるけども、見てくれないとポイントが入らない可能性があるから、もう気が気じゃないのだった。
(おおおぉ、少年、たのむぞぉ……)
◇◇◇
「ええぃ! 見様見真似・
動きながら、不用意だったかも、と立香は焦った。
カルデアでの組み手ならこんな攻撃はあっさり返され痛い目にあうのだ。試験だからと昂ぶっていたのがマズかった。
ここで動きを止めれば余計に酷い目にあうと、殴り抜ける事を決める。
「はあっ!」
ドゴン!
「お?」
立香はまさか付け焼き刃のマジカル八極拳でメカが壊れた事に驚いていた。壊れるような相手は今までいなかったのにと。
しかし、こんなラッキーは続かないだろう。次からせめて武器を使おうと、工事現場(に見せた会場内の建物)にあった鉄パイプを拾う。
2,3振りして、バランスを把握したらどんどんと敵を破壊していく。
「うひゃあ、な、何か強くなった気分!」
1年前からは明らかに強くなっているし、規格外の師匠や周りの英霊のせいで自覚はあまりないが、競争率がおかしい雄英の試験で会場内トップになれるぐらいに彼女は強かった。
スカサハに及第点を貰える時点で、並のケルト兵より強いのだが、周りの英霊に叩かれ続けた立香は気づいていない。
ヘラクレスから逃げ切ったり、アメリカ大陸横断したり、身体能力だけみてもおかしいのは明白なのだが、比較対象(英霊)が悪すぎるのだった。
英霊達からしても教えたら教えた分だけ応えてくるものだから完全に悪ノリしていた。
「マスターは魔術の才能は皆無ですが、筋肉の才能は溢れんばかりです」
とはレオニダス一世談。
閑話休題。
審査会場の混乱など知らないままに、鉄パイプを槍に見立て、次々にメカを破壊していく立香。
「あ、無理」
しかし、流石に巨大な0Pメカを見た時、引く判断は早かった。
ビルより大きいメカに対する有効打は持っていないし、そもそもマスターとして「生き延びる為の戦い方」を教えられてきた立香は自分の限界を知っていた。
だから立香はその場から逃げる、筈だった。0Pメカを前にして、コケた少年を見つけなければ。
巨大ロボの拳が少年に迫る。
その大質量が直撃すれば大怪我は間違いない。
「ああああああ! 死ぬなら女子のオッパイに埋もれて死にたかったああああ!」
「めっちゃ分かるっ! よいっしょおお!」
思い浮かべるのはマシュの姿。
誰よりも前に出てマスターを守る盾としての姿……と、思考汚染されてマシュマロオッパイを脳内に浮かべ、鉄パイプを振るう。
ガァンと試験会場に硬質な音が響く。
見るものが見れば分かるだろう。たかだか鉄パイプ一本で、あの大質量を流しきった絶技に。
「流石に、きっつぅ……」
その左腕と左足は一瞬その質量を支えたために折れてしまったが、立香はまだその場に立っていた。
「あんた……」
「オッパイ、いいよね」
誰か止めろ。
その思いに答えるように、巨大メカが腕を上げる
「関節か履帯と車の間狙って、もいで投げて!」
「なんでオイラの個性……」
「さっき見た!」
戦いの中でも周りを警戒する力。能力を把握する力はマスターとして鍛えられてきた。
そのマスターとしての経験と勘がささやくのだ、
「皆! こいつを倒すよ!」
は?
他の受験生は理解出来なかった。何を言っているんだと思った。
「街を蹂躙する、誰もが倒すのを諦める敵を、私達が協力して倒す。それってさ……」
それでも、その言葉には、聞かせるだけの力があった。
「めっちゃ
ああ、これは、逃げられる筈がない。
雄英を受ける生徒は必ず強い思いを持っている。
憧れや感謝、名誉欲などの思いまで。それ自体は様々だが、総じて共通している事がある。
ヒーローになる。
シンプルで明確な目標。その思いが彼らを思うより先に動かしていた。
◇◇◇
「……」
審査会場は、その光景に静まりかえっていた。
0Pメカを、人を助けるために一撃で倒した少年に。
0Pメカを、ライバルと協力して倒した無個性の少女に。
「今年は、難しい採点になりますね」
誰かが呟いた言葉に、誰もが頷いた。
レスキューポイントも含めると、無個性の少女が首席になるところなのだから……。
もぅマジ無理……失踪しょ