『弔、機嫌が悪そうだね』
「あ? なんだ、先生か。そりゃあそうだろ、どこのチャンネルも雄英雄英雄英、痒くて仕方ないよ」
敵連合のアジト……ではなくとある治療室。
死柄木弔はスピーカーから突如先生の声がして少し驚いたが、今いる場所は先生の用意してくれた部屋だという事を思い出していた。
死柄木弔はUSJの襲撃の際に、一時心停止しており、誰よりも重症だった。
史実のイレイザーヘッドが雄英体育祭の時にはミイラマンなので、この時期の貧弱弔くんがイレイザーヘッドより重症な時点で病院のベッドから出られるわけがなかったのだ。
「先生は……随分機嫌が良さそうだ、何かあった?」
『おや? 嫌だと思いながらも雄英体育祭を見ていたんだね。勉強熱心で何より』
「チッ」
治療室に備え付けられたテレビでは雄英体育祭の映像を流していた。
「質問ぐらい答えろよ、機嫌が良いと饒舌になるの悪いところだぜ」
『クク、いや、見ていたなら話がはやいと思ってね。少し暇つぶしが出来そうな話をもってきたんだよ』
テレビの画面が、八百万百を正面から撮影した画角に切り替わる。
走っている競技者を正面から映すのは明らかに不自然な撮影で、雄英もそんなカメラは配置していない。恐らく先生が話をするために何かをしているのだろうと死柄木弔は判断した。
『弔は彼女の個性が何か分かるかな?』
「増強だろ。トリガーまでは分かってねぇけど、体は人間に見えるから異形系じゃなくて、もっとシンプルな奴」
『うん、ちゃんと映像を見ているね。まぁ全然見当外れなんだが』
何も調べずに雄英に突撃した時と比べて成長していると満足気な雰囲気を見せる先生に対して、死柄木弔は青筋を立てるも何とかベッドの一部を崩壊させるに留めた。
ベッド全部を崩壊させれば困るのは自分だと、なけなしの理性が踏みとどまらせてくれた。
「まじで機嫌が良いと人を煽る癖、辞めた方がいいぜ」
『ハハハ、すまない、性分でね。代わりに正解を教えるよ』
またテレビの画像が切り替わる。今度は幼少期の八百万百がマトリョーシカを量産しているところだった。
明らかな隠し撮りだが気づかれてはいないようだ。
『彼女の個性は『創造』。脂肪分を生物以外のものに変化させる個性だよ』
「あ?」
それはおかしい。
死柄木弔は思った。
まさか
部下に真っ先に調べさせた
『そこで本題だ。これは……そうだね、面白い暇つぶし、クリアする必要のないサブクエストようなものだと思ってほしい』
すっと空気感が変わる。OFAの話をするときの押しつぶすような威圧感とは違う、逆に玩具を見つけた時のような浮き上がった雰囲気に。
『これはおとぎ話でも何でもない、現実の話で、私ですら実際に会ったことがなければ信じられなかったような話でね』
『
◇◇◇
「くっ……飯田さん……!」
「追いついたぞ八百万くん!」
ザ・フォールを抜けた八百万が見たのは、爆豪の遠い背中、そして自分と同時にロープを渡りきった飯田天哉の姿だった。
飯田の個性『エンジン』は走る競技に滅法強い。
強化の魔術で同程度のスピードが出せるようになったが、本来はあり得ないことなのだ。
「おそらく兄も見ているのだ……っ! その速さの秘密は気になる所だが、まずは勝たせてもらう! 君にも! 爆豪くんにも!」
飯田天哉の安定した走り。
それに対して、見た目こそ走りを維持できているが、強化の制御に必死な八百万百。
その差は徐々に現れてくる。
「ハー……ハー……くっ、ふぅ……っ!」
「おおおおおおおお!」
『2位がここで入れ替わったぁ! しかし先頭に追いつくのは厳しいか!? 1-A爆豪勝己は最終関門に到着だ! 一面地雷原、地獄のアフガンだぁーーーー』
「俺には関係ねぇ!!」
『だぁよなぁ! ズリィー! 空中で地雷をオール無視だ! これは決まったかーーー!』
「な!?」
その実況に飯田と八百万は動揺した。
爆豪勝己に勝てない。勝ち目がない。
障害物競争だから、まだ希望があったのだ。それが何だ。障害物なんて無いのと同じ、どころか自分たちには牙をむくのだ。
その現実を突きつけられ……先に動揺から立ち直ったのは八百万百だった。
「はぁ……! 飯田さん……っ……! 協力しませんか!?」
「八百万くん?」
「速さの秘密を知りたいのでしょう?」
◇◇◇
『おいおいおいなんだありゃ!? 1-A飯田天哉! 八百万百を抱えて加速ぅ!? どーなってんだ!? 地獄のアフガンも……爆発する頃には走り抜けているーー! 速すぎるぅ!』
「いやぁ……天才だね彼女は、他人への強化をぶっつけ本番で成功させるなんて。むしろ自己強化より安定してるようにも見える。個性とやらが魔術に影響を与えているのか、あるいはあのぐらい出来てこその『英雄』という事かもしれないね。このチャーシューおいしいね」
「さすがに個性の影響じゃないですか。強化魔術って体内でグワーって魔力を回しますけど、彼女は個性で変換した魔力を外に出してから体内に取り込んでいましたし。エミヤさーん、専門家としてどう思います? あと枝豆のおかわりー」
「ちょうど茹で上がった所だ。それと私が君たちに魔術について話すのは釈迦に説法だろう」
「あ、私運びますよ」
「おっと、ありがとうマシュ」
カルデアでは雄英体育祭が各所で放送されている。
その中でもエミヤsキッチン周辺は、おかんによって至れり尽くせりな環境であり、ガヤガヤと賑わっている。
「ああそうだ、マシュ、ついでに頼まれて欲しいんだが」
「はい?」
エミヤがフライパンで肉を炒めながら、顎で談話室の一角を指し示す。ガヤガヤと一番騒がしい一帯だ。
「他の人の言いなりになるやなんて、マスターはんはほんま学ばへんなぁ……」
「おお圧制者よ! いまこそ叛逆である!」
「おぉ……母の教育が至らなかったのでしょうか。母は悲しいです」
「ああ、なるほど……マスターが悪いわけではなく、このスカサハの教え方が温かったのか。影の国ではないからと死なない程度に抑えていたのが悪かったのだろう、きっと、ククク」
「私の計算では筋肉が足りないようですね、脳の筋肉が足りていれば洗脳など気合いで弾けるはず」
「■■■■■■■■■■」
「あそこを何とか宥めてもらえないかと」
「前に先輩に教えてもらったんですが自殺幇助って犯罪だそうですよ」
殺気をはじめとした混沌とした雰囲気はカルデアらしいなとマシュは思う。英霊達の方がカルデア職員より多くなってから1年以上過ごした身としてこういうダークサイドに慣れ始めてはいる。しかしそれは解決できるという意味ではないのだ。
それに、とマシュは思う。
「きっと宥めなくても大丈夫ですよ」
「ほう?」
『A組緑谷! 大爆発で猛追ー!』
テレビでは地雷が大爆発をおこし、爆風にのったもじゃ頭の男の子が先頭に追いつく。
爆発でおきた砂煙は後続を妨害するように大きく巻き上がる。
「期待には必ず答えてくれるんですよ、私の
――――見様見真似
――――
◇◇◇
『砂煙から飛び出したのはA組藤丸だぁ!!! どこに居たんだぁ!?』
『おそらくコース横の木を飛び移ってきたんだろ。木のしなりを利用して加速してきたんだ』
『トップ争いに一気に2人……? いや3人参戦だぁ! 普通科、心操! 何故か藤丸に担がれてグロッキーだ!』
「デクにバーサーカー女まで……!? ふざけんなクソがぁ!」
「八百万くん……!」
「くっ、驚いて制御が……!」
「〜〜〜〜っ!」
「■■■■■■!!」
「あばばばばばば」
先頭での団子状態。しかしこのままでは負けると即座に理解した2人が同時に行動を起こした。
疑似爆速ターボで勢いを得ただけで、このまま失速する緑谷出久。
一方、木やロープのしなりを利用してここまで来たが、直線勝負になれば爆破や強化の魔術ほどのスピードが見込めない藤丸立香。
同時に振りかぶる。
――――追い越しが無理なら
――――見様見真似
――――抜かれちゃ駄目だ!
――――
『いや、緑谷が地雷を爆破させ後続妨害&加速!!』
「
爆発で藤丸立香の『洗脳』が解ける。
結果として心技体がバラバラになった投槍の極地は、スッポ抜けて、本来の勢いを大幅に減ずるに至った。
まぁこの場合の槍は心操人使の事で、本来の勢いだと死んでいただろうが。
「んなぁ……!?」
「うわああああああ!」
緑谷の横を心操が追い抜いていく。
『これは……!? 届くか? いや、届く! キタアアアアアアア! どういう展開だこりゃ! 最初にスタジアムに帰ってきたのは誰も予想出来なかったこの男! 雄英体育祭はじまって以来の快挙! 英雄科を抑えたのは――――』
『普通科! 心操人使だああああああ!!!!』
「……その、お約束の期待っていうのもあってな、マシュ」
「先輩先輩先輩先輩先輩先輩……」
「ああっ!マシュがダークサイドの一角に!?」