「今日のヒーロー基礎学だが、災害、水難、何でもござれ。レスキュー訓練だ」
相澤先生の発言にざわつく教室。
レスキューというのは往々にして戦闘よりも難易度が高いものだ。
戦闘訓練の時はただ高揚感を覚えていた生徒も不安混じりの様相だ。もちろん、いつもと変わらない様子の生徒もいる。
藤丸立香は後者だった。いやむしろ普段のぽやっとした雰囲気が鳴りを潜め、凛々しさすら感じるようだ。
レスキュー訓練と聞いてどこか威圧感まで出し始めた藤丸立香に、相澤先生は警戒度を上げた。
(本当に分からないなこいつは)
性格も行動も合理性に欠ける。
こういった
過去にイレイザーヘッドが受け持った雄英生の中にも、レスキュー訓練の際にスイッチが入る生徒がいたが、過去に火災で肉親を亡くした生徒だった。
ところが藤丸立香の過去を調べてもこうした経験は出てこない。それどころか入試の際に見せた中国武術を師事した記録すらなかった。
その経歴は平凡な一般人だった。
(答えの出ない事を一々考えても時間の無駄だな)
「今回コスチューム着用は各自の判断に任せる。が、藤丸、お前は体操服以外を使うつもりなら、一度俺にもってこい。5分で決まらなければ今回は体操服だ。いいな」
「はい、先生」
「……なんだ?」
今の「はい」は肯定の「はい」ではなく、挙手をし意見を言うための「はい」だ。相澤は心底面倒くさいと思いながらも、手を下ろす気配が欠片もないので仕方なく聞くことにした。
「レスキュー訓練ならば相澤先生はヒゲを剃り身だしなみを整えるべきです」
「は?」
「先生は小汚く不衛生です」
今、直接、面と向かって言うのかと、他のクラスメートの間に緊張が走る。
相澤は一瞬引きつるがそこはプロヒーロー。すぐポーカーフェイスを取り戻す。
「おい藤丸……」
「レスキューに必要なのは、清潔! 消毒! 殺菌! こちらがコスチュームを決める5分があれば、相澤先生も一定の身だしなみは整えられるでしょう。さぁ粛清されない内に先生! さぁ!」
粛清ってなんだよ。
1−Aの心は藤丸立香を除き一つになった。
「残念だが藤丸、俺はひげ剃りを持ってきていない」
「大丈夫です、私が持ってきています」
「なん……だと……」
何故男性用のひげ剃りが、女性である藤丸立香のカバンから出てくるのだろうか。
1−Aの面々は疑問を覚えるが、藤丸立香も相澤先生も鬼気迫る様子で、声をあげるに至らなかった。
◇◇◇
「やっちゃった……」
「オイコラ、ここまでやっといてやっちゃったはないだろ……」
凹む藤丸に凹む相澤。
雰囲気こそどんよりしているが、その格好はサッパリしている。
ヤオモモまで巻き込んで、5分の間に散髪、洗髪、顔剃り、そして消毒液を噴霧して、ヒロアカ本編では記者会見の時ぐらいしか見れない清潔感アリアリな相澤先生が完成した。
ちなみに消毒液の噴霧に関しては生徒全員も対象で、唯一抵抗した爆豪くんは力技で制圧され消毒されたが、他のクラスメートは恙無く消毒を受けた。
その辺りで正気に戻った立香ちゃんは、自分の暴走を反省しているのだった。
尚、立香ちゃんが着ているのは普通に体操服だ。
「ああ……バサカらないように気をつけてたのに、バサカっちゃうなんて……」
「戦闘訓練でも
「個性把握テストでもいきなり上着を脱いでいたわね」
「今更だよねー」
「……え?」
「そこは自覚してろやクソバーサーカー! くっそ! これほどけねぇ!」
バスの片隅にロープで縛られた爆豪くんが居たが、些細な問題だった。
消毒を拒否する衛生の敵に容赦はいらないのである。
「か、かっちゃんにバーサーカーって言われた、よりにもよってかっちゃんに……」
「かっちゃん言うな! あとそりゃどういう意味だクソが!」
「そのまんまの意味だろ
「君たち! 我々は旅行ではなく授業の為にバスに乗っているのだ! もう少し静かにしたまえ!」
◇◇◇
「イレイザーヘッド、その……」
「聞くな」
「ええぇ……いや、だって朝は」
「聞くな」
13号は綺麗なイレイザーヘッドに困惑している!
◇◇◇
藤丸立香は
統一感がなく災害後を模したそれは、特異点を想定した様々な環境を用意したシミュレータ風景に酷似していた為だ。
カルデアの旅の最初の特異点である炎上汚染都市・冬木では、ビル等の遮蔽物が多く遭遇戦が多かった。
人類最後の希望たる立香ちゃんが生き延びる為には奇襲対策は必須だと、万能の天才を中心に様々な対策が行われた。
例えばシバによる観測をレーダーに即時反映する技術の確立や、レイシフト地点との通信状況の安定化等、様々なアプローチが成された。
その対策の一つが、シミュレータによる藤丸立香の『訓練』である。
何度か心臓が止まりかけた事がある所業を『訓練』と表記する事が許されるのであれば、だが。
その『訓練』の結果、藤丸立香は一つの真理に気付いた。
相手が奇襲せんとするとき、こちらも奇襲するチャンスなのだと!
「見様見真似! ヤコブ絶命拳! しゃおらああああ!」
「ぐああああああああ!」
竜をも泣かす右正拳突きが黒い渦から出てきた敵の顔面……を覆っていた手にぶち当たる。
一番手でドヤって出てきたらこの仕打ちである。
(浅いっ!?)
手の分の狙いがズレた事で確かにクリーンヒットではないが、これは竜を泣かせた正拳突きである。その威力は名も知らぬ敵を気絶させるには十分すぎた。
しかし立香ちゃんは気付かない。クリーンヒットしなければダメージすら負わない、いやクリーンヒットした所で余裕で殴り返してくる相手ばかりと戦っていた為に基準が大きく狂っていた。
よって、立香ちゃんは黒い渦から押し出されるように向かってくる敵に、パンチが効いていないのだと思い込んで何度も殴りつけた。
黒霧が死柄木を一旦押し出そうとした為に起きた悲劇だった。
「ああああああっ! くぅ、これでもまだ向かってくるの!?」
勘違いである。
敵を察知するスピードで藤丸立香に負けたことは、イレイザーヘッドにとって痛恨であった。
「藤丸っ!」
手も、捕縛布も届かない。
イレイザーヘッドはよく知っていた。こうして血気にはやり突出したヒーローは……死ぬのだと。
「他の奴らは前に出るなっ! あれは
藤丸を助けに向かう前、他の生徒が来ないように釘を刺す必要があった。
すぐに助けに向かう場面だというヒーローとしての判断と、生徒を守る教師としての判断。一瞬の迷い、停滞。
それが悲劇を生んだ。
イレイザーヘッドは間に合わなかった。守れなかった。止めることが……出来なかった。
「え、あれ、どっちが
「何を言って……」
イレイザーヘッドはその光景を見て絶句した。
藤丸立香というバーサーカーがそこには居たのだから。
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死柄木くん
(ここはやっぱリーダーとして一番手で行くべきだろうなぁ。一番手ならオールマイトの驚く所を見れるし、めっちゃお得じゃね。こうして背中を見せていくカリスマリーダー……いいじゃんいいじゃん、あがってきた。驚いて泣き叫んで絶望させる……オールマイト、今殺してやるよぉ!)