ヒーローになる。
『世界を救ったからといって増長するなよ雑種。貴様がヒーローなどという器でないことは分かっているであろう』
『ハッ、ヒーロー? ドン・キホーテの間違いだろう、馬鹿め』
『マスター、頭でも打ったか』
『む、セタンタよ。そこで何故私を見るのだ』
そう言ったとき、カルデアの皆は大体こんな反応だった。
私自身、旅の中で自分が凡人であるという事は嫌という程理解させられてきた。
だから彼女がヒーローになるという私を肯定してくれた事に、逆に驚きを感じたくらいだった。
その疑いのない視線がたまらずに、何故と聞いたことがある。
この時私の予想では、世界を救った先輩ならという実績の話やら、英霊に鍛えられた技ならという能力の話やら、先輩なら大丈夫だという根拠の無い信頼やらの返答が帰ってくると思っていた。
『だって、先輩はあの時、わたしの手を握ってくれました』
彼女はそう言って微笑んだ。
『わたし以外はあの時の先輩を知らないですから』
だから他の人には、先輩とヒーローが結びつかないのだと彼女は言った。
でも、私にはあの時、何も出来なかった。
そう言った私に彼女は首を横に振った。
『あの時、わたしは確かに救われました』
そう彼女は言った。
『だから先輩はわたしのヒーローなんです』
◇◇◇
「ふじ……」
「あああああっ!」
「爆豪!」
誰もが動きを止めた中で、咄嗟に動けたのは爆豪だけだった。
脳無は無茶な体勢で腕を振り上げた為にまた倒れたが、すぐ起き上がるだろう。その目の前には動けないデクと、氷の散弾を浴びたイレイザーヘッドがいる。
脳無が起き上がればどうなるかは明らかだった。
(クソクソクソクソ!)
あの脳無の戦いを見た。スピードにパワーに耐久力、どれも爆豪自身では対抗できない圧倒的なものに見えた。
それを圧倒していたバーサーカー女に、揺るぎかけていた自負が粉々に砕かれたのを感じた。
半分野郎の氷が砕かれた際、動けなかった自分と動けたデクの差を感じた。
(ふざけんじゃねぇ! 俺は、俺は……!)
爆豪がその場に着いた時には脳無はすでに起き上がっていた。爆音を上げながら近づく自分に見向きもせず、その顔は動けもしないデクを見ていた。
「ふ」
ブチリと音が聞こえた。
カチリとコスチュームのピンを抜く。
「ざけんじゃねぇええ!」
全力を越えた全開。
コスチュームよ、腕よ壊れろと、全てを込めた一撃。余波だけで緑谷とイレイザーヘッドも軽く吹き飛ばされるほどの威力。
それでも脳無は無傷だった。
「かっちゃん……!」
「クソがあああああああああ!」
逆の手で脳無の顔面を目掛けて爆破する。威力よりも煙を増やした目潰しとしての爆破。それも腕の一振りで掻き消された。
その軽く振ったであろう腕の一振りが、全開の爆破並だというのは悪い冗談のように爆豪には思えた。
風圧に抑えつけられるように動けないでいる爆豪に脳無が迫る。
「あああああっ!」
腕を振るう。爆破。
それは爆豪の天才的な戦闘センスが成した技だった。決して爆豪に脳無の一撃が見えたわけではない。
藤丸と脳無との戦闘から、脳無の攻撃スピードにタイミングを把握していたこと、藤丸が脳無の攻撃を捌く技を見た事。
その模倣により、一撃を奇跡的に捌いて見せた。
しかし、二度目はない。
爆豪の体は、爆破の反動と脳無の腕の風圧で地面から離れてしまった。
無防備な体に拳が迫る。
「ちく、しょぉ……」
「レシプロバースト!」
ド
足が、脳無の顔にめり込む。
その一撃は緑谷のスマッシュにも、爆豪の爆破にも匹敵する一撃。
「間に合った……!」
それは脳無を思いっきり蹴り飛ばしてみせた。
「大丈夫か、爆豪くん」
「……けっ、誰も助けろなんて言ってねぇよクソ眼鏡」
「なっ、君って奴は……!」
「ったく、抹消が間に合ったからいいものを……あいつら」
氷の散弾で破損したゴーグルを外したイレイザーヘッドが仏頂面でつぶやいた。
状況は極めて悪い。
脳無へ向かっているのは何も爆豪と飯田だけではない、1−Aのほとんどの生徒が走ってきている。
藤丸が殴り飛ばされた事を切っ掛けに暴走したのだ。
(考えるより先に体が動いていたっていっても、相手が悪い)
すでに脳無は立ち上がっている。ダメージはないようだ。
「チッ、来るぞ! お前ら、立ち向かうなら気張ってみせろ!」
生徒は暴走している。戦力は足りない。ならば合理的に被害を減らす為の判断をする。
「戦闘を許可する!」
◇◇◇
■■■との出会いは今でも覚えている。
彼はいつもひょうひょうとしていて、ヘタレで、誰より人の事を気にかけていて、自分の苦労は誰にも見せようとしない人だった。
ああ、それに甘いお菓子が好きだった。
……本当に甘いものが好きだった。
『愛と希望の物語という』
……馬鹿。アホ。ヘタレ。格好つけちゃって、文句を言う暇もくれやしなかった。
『未帰還者、1名』
私は、覚えている。
誰が忘れても私は覚えている。
彼が救ったこの世界、彼が生きたいと願ったこの世界。
そこで私は生きている。
ああ……そうだ。
ヒーローになって、愛と希望の物語を紡ぐのはどうだろうか。
◇◇◇
生徒たちが合流して5分。
藤丸と緑谷を除けば、今のところ奇跡的に死者も重症者も出ていない。
イレイザーヘッドの的確なフォローと、怪我は多いものの動きがよくなっていく爆豪が前線を支えているのが大きい。
しかし、この拮抗した状態は薄氷のようなものでいつ瓦解してもおかしくない。特にイレイザーヘッドと爆豪は度重なる個性の使用で体に反動がきている。
特に爆豪は出血も酷く、爆風で血を撒き散らしながら戦っているような状態だ。今は動きが良くなっていっているが、そのうち動きが鈍くなるだろう。そうすれば脳無の攻撃を受ける事になる。
それは1分後か、それ以下。今すぐの話かもしれない。
切島、尾白、障子、佐藤の4人は近接戦闘に自信があったのだが、2合ともたずに後退する羽目になっていた。
他の生徒も隙を伺っているが、爆豪と脳無の高速戦闘に手出し出来ないでいた。
「13号……すまない、頼む」
「っ、先輩」
「すまん」
最悪に至るのなら、よりマシな最悪を。
イレイザーヘッドはこの状況を無事に終わらせる事を諦めた。
13号の個性『ブラックホール』はこの場でもっとも殺傷力の高い個性だ。
ヒーローに
それはプロヒーローの資格剥奪だけですむ問題ではない。この個性社会で、プロヒーローという仕組みへの信用を無くし、社会を揺るがせるとして重罪にあたる。
(このままでは全滅だ……もっとはやくこの決断をすべきだった。……藤丸、すまん)
「……っ、分かりました」
「爆豪! 下がれ、ケリをつける!」
「チィ!」
爆豪が爆風をあてて距離をとる。
抹消されている脳無はタタラを踏む。
13号がコスチュームの指ギミックを開く。
そして、脳無に鉄骨が降ってきた。
「高さが足りてマース!!」
「なっ!」
USJの天井を支えていたであろう鉄骨が、脳無の四肢、胴体を貫いた。
元々エタる予定の短編だったなぁって思ったら気が楽になった。
これで脳無戦決着です。色々考えてたけど投げっぱなしジャーマン。
他生徒の掘り下げはそのうちやりたい。
人数おおいよほぃ(泣)