あなたトトロって言うのね / stay night 作:hasegawa
急にアイディアがきたので(震え声)
「あ、これSASUKEでしょ? 私好きなんだ~コレ♪」
衛宮家の夕食時。いつもの席に座って士郎がカニ玉を運んでくるのを「わーい♪」と機嫌よく待っていた大河は、たった今番組が始まったらしいTVの方に向き直る。
ちなみに聖杯戦争(という体だった物)をやっていた時期は、危険だからと大河はあまり家には来ないようにしてもらっていたのだが、現在は彼女も無事に衛宮家の一員に復帰。ジブリの仲間達ともとっても仲良しなのである。
「あぁ、藤ねえも知ってるのか。俺も好きだぞこの番組」
「熱いわよねSASUKE! 毎回ホロッときちゃうもん私!
ドラマがあるのよね~♪」
SASUKEとは年に1~2回ほど放送されている、肉体自慢の出場者達が特設された巨大なアスレチックに挑んでいくという内容の番組だ。
その歴史は古く、もう20年以上も続いている人気番組らしい。
出場者の中には招待されたスポーツ選手や芸能人なんかも含まれるが、しかしその多くは一般から公募した視聴者がメイン。
たとえばガソリンスタンドの店員さんであったり、靴屋の営業マンであったり、蟹漁を営む漁師さんであったり。そんな名も無きアスリート達が己の肉体ひとつを持って、4つのステージからなる巨大なアスレチックのクリアに挑んでいく。
ただひとつ、完全制覇の栄光だけを目指して――――
「あっ! 今思ったけど、セイバーちゃんならクリア出来るんじゃない?
いっかいSASUKE出てみましょうよセイバーちゃん! きっといけるわよ!」
「えっ……いえ大河、私はこういった物への参加は……」
「無茶言うなよ藤ねえ。
確かにセイバーは凄いけど、こういうのは好きじゃないって」
大河は目をキラキラ輝かせてセイバーを見ている。きっと栄えあるSASUKE完全制覇者がこの冬木から出るかもしれないとワクワクしているのだろう。
だがサーヴァントであるセイバーが出てしまうのは、ちょっと反則ぎみになってしまうのだ。流石に番組スタッフの人達に申し訳ないと思う。
ちなみに大河が好きなのは"風立ちぬ"だぞ。
今は関係ないけれど、一応お伝えしておきます。(義務感)
「えー。ざんねーん!
セイバーならきっとクリア出来るのにぃ~! ぶーぶー!
まっ仕方ないか♪ ほら節子ちゃん、ご飯きたわよ~。
それじゃあ一緒に! 手を合わせて下さぁ~い!
せーのっ、頂きまぁーーす♪」
節子の隣に座る大河が、ご機嫌な様子で「いただきます」の音頭を取り、衛宮家の面々もそれに追従していく。
大河達もジブリのちびっこ達も、ニコニコしながら士郎のご飯を食べ進めていく。ちなみに今夜のおかずはなんと! なんと! 士郎特製ハンバーグなのだ!
\うまい!/ \こりゃ美味ぇな!/ \おいしいですコレ!/ \ひゃ~!/
ガツガツ! もぐもぐ! むしゃむしゃ!
そんな音がそこら中から聞こえてくる程に、みんなもりもりとご飯を掻っ込んでいく。
ここは戦場。食卓こそが我が居場所。弱者は去るべし滅ぶべしと言ったような感じで、みんな色々と必死だ。
ひとつでも多く食べなければならない。せっかくのハンバーグ。
「ほら節子ちゃん! こうすれば目玉焼きハンバーグの完成よっ!
食べてみて食べてみて! とっても美味しいんだからぁ~♪」
「うんっ♪ たいがねぇちゃん♪」
大河はモリモリ自分の食事を進めながらも、まだちょっとお箸が苦手な節子の為にハンバーグを食べやすく切ってあげたり、美味しい食べ方を教えてあげたりと甲斐甲斐しい。
節子も大河には凄く懐いているようで、彼女の隣で嬉しそうにハンバーグをもぐもぐ。とっても微笑ましい光景だ。
「おー! だいぶお箸が使えるようになったわね節子ちゃん!
この調子でいけば、きっとすぐにお箸マスターになれちゃうわよ!
貴方には才能があるわ!」
「おおきに♪ たいがねぇちゃん♪
ウチがんばって、おはし上手なるっ♪」
こうして見ると、まるで本当の姉妹のようだなと士郎は思う。
……まぁ本当は一瞬"親子のようだ"と思ってしまったのだが、それを口に出してしまうと大河がどんな暴挙に出るか分からないので、彼は黙って食事を進める事にした。
「うんうん♪ とっても良い子ね節子ちゃん♪
きっと清太くんもお兄ちゃんとして鼻が高…………ってあれ?
清太くんは? 清太くんいないみたいだけど?」
「ん?」
ふとこの場を見渡してみると、清太の姿が見えない事に大河は気付く。
いつもならナウシカと士郎の間の席に座って、一緒にもぐもぐとジブリ食いをしているハズなのに、今日に限って姿が見えないのだ。
……というよりも、清太だけでなく、この場にいるジブリのメンバーの人数が若干少ないような気がする。
「あぁ清太か? アイツなら今日、ちょっと出かけててさ。
実はパズーやアシタカと一緒に……」
その時、なにやら聞き覚えのある大声が
『――――節子ぉーっ! 待っとれよぉーっ!!
兄ちゃん絶対にクリアするでぇーっ!』
「 !?!? 」
「「「 !?!?!? 」」」
思わず〈ビクゥ!〉と身体を跳ねさせ、慌ててTVの方に向き直る一同。
するとそこには、カメラに向かって拳を振り上げる清太の姿が映っていた――――
「見とけよぉ節子ぉー!
兄ちゃんSASUKE完全制覇して、ぜったい賞金の200万円とったるからなぁーー!!」
「「「 何やってんだよ(のよ)!! アイツは!! 」」」
一斉にツッコんでみるものの、清太はTVの中だ。
今TVには"SASUKE 2020夏の陣"というテロップが表示されており、それと共に番組のオープニング映像が流れている。そこに清太の姿が映っていたのだ!
「えっ、ちょ……清太くん!? なんであんなトコに!?」
「にぃちゃん! にぃちゃーん!」
大河と節子が目をひん剥きながら声を上げるも、清太はTVの中で「うおぉぉぉ!」と気合の声を上げるばかり。こちらの声は届かない。
『――――行こう龍の巣へ! 父さんは帰って来たよ!』
『――――曇りなき眼で見定め、決める!』
「ぱ、パズー?!」
「アシタカ?!?!」
そして彼の両隣には、完全制覇に想いを馳せてフンスフンスと鼻息を荒くするパズーとアシタカの姿もある。
それを見たシータとサンは、もうひっくり返っている。
『美味いモン食わしたるからなぁーー!
待っとけよぉ節子ぉーー!! 兄ちゃんやるでぇーー!!』
「にぃちゃん! にぃちゃーん!」
「「「清太ぁぁぁーーー!!」」」
そして清太は二人と肩を組み、一緒に元気良く軍艦マーチを歌い始める。映画でもあったヤツだ。
というか別に彼らは子供なのだし、衛宮家に食費を入れてもらう必要は全く無いのだが……。なぜ賞金など獲ろうと言うのだろう?
節子も毎日お腹いっぱい食べさせて貰っているし。全くの健康体その物である。お兄ちゃんの矜持的な物があるのだろうか?。
「どういう事だよ! というか大丈夫なのコレ?!
アイツらって物凄い有名人だよ?!」
「ジブリ映画の主人公たちが、SASUKEに出演って……」
慎二&桜がタラ~っと冷や汗を流す。
まぁ恐らくは"ジブリキャラのコスプレをしてる人"って感じで視聴者さん達には解釈はしてもらえるんだろうが……本人たちはまごう事無く本人なのである。結構シャレにならない事態。
「そうなんだ。今日あいつらSASUKEに出てるんだよ。
ホントは俺も一緒に出たかったんだけど、選考に受からなくてさ。残念だよ」
「えっ……士郎は知っていたの?! 一緒に応募って?!」
「ああ、俺は前から知ってたぞ?
というか、前々から俺達4人でSASUKEのトレーニングとかしてたし」
「アンタってヤツは!! アンタッ!! このバカァァーーーッ!!」
凛に首根っこを掴まれるも、「なんで怒られるのか分からない」といった感じの士郎。ビックリはしつつも、いつも通りのほほんとした顔だ。
ちなみに今日は付き添い役として、ポルコか一緒に現場に行ってくれているようだ。さっきニヒルにタバコを吹かしている姿がチラリと映っていた。
というか、なにこのジブリ男の子同盟。
「清太くん達ずっるい! 私も出たかったのにぃー!」
「メイも! メイも出るぅ!」
「というかもう始まるわよ?! 1stステージ開始って!」
サツキとメイが悔しそうな声を上げ、サンとシータが白目を剥く中……やがて番組はオープニング映像を終え、いよいよファーストステージが始まろうとしている所。
衛宮家の面々は未だワーワーと騒がしいが、もう黙って見守る他は無いのだった。
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『さぁ今年もこの緑山スタジオ特設会場に、全国より筋肉自慢の猛者達が集結致しました!
この鋼鉄の魔城を制し、史上5人目となる完全制覇を達成する者は現れるのでしょうか!?
SASUKE2020夏の陣、運命の1stステージ! いよいよ開幕です!』
何やら熱の入った実況が始まり、衛宮家の面々が見守る中、SASUKE1stステージの幕が上がる。
そして胸にゼッケンナンバーを付けた名も無きアスリート達が、次々に登場していった。
『ゼッケン6番、タコ店長! クワッドステップスに沈むぅぅ~~!!』
『小学校教諭、SASUKE先生! そり立つ壁の前に無念のリタイアぁ~~!!』
晴天に恵まれた緑山の特設野外スタジオで、挑戦者達がドボンドボンと次々に池に落下していく。
その度に観覧席から歓声や悲鳴が響き、そして勇者達へと送る暖かな拍手が会場を包んだ。
「えっ……これをやるの? あの子たちこれに挑戦するの? ……ホントに?」
「こんなムキムキの人達でも、次々に脱落してるのに……」
衛宮家の居間に、ドン引きしている遠坂姉妹の呟きが響く。
それもそのハズ。この"鋼鉄の魔城"は甘い物ではない。たとえプロのアスリートであっても至難という、まさに人生を賭けて挑まなければクリアする事の出来ない程の難易度を誇る代物なのだ。
――――4つの板の足場を飛び移りながら進む1stエリア、クワッドステップス。
――――坂状に設置されたローラーの足場を登り下りする2ndエリア、ローリングヒル。
――――二枚のアクリル板に両手両足のみで張り付き、そのまま段差のあるレールを一気に下っていく3rdエリア、ウイングスライダーなどなど。
そのどれを取っても簡単な物はありはしない。肉体自慢、そして大のおとなである挑戦者達ですら失敗し、次々に池にボッチャンしているのだ。
TVを見ている面々の間に、心配そうな雰囲気が漂う。
「まぁ見ててくれよ。俺達もこの何か月、必死に頑張って来たんだ。
それにお前も映画で知ってるだろ? アイツらの凄さをさ」
そんな中、ひとりのほほんとTV画面を見つめる士郎。心配げな顔をみせる凛と桜にニコッと笑ってみせる。
そうしている内に……なにやらTVから聞き覚えのある"とてもハリのある声"が聞こえてきた。
『――――我が名はアシタカ! 東の果てよりこの地に来た!
其方は元テレビ朝日アナウンサーと聞く、古舘伊〇郎か!!』
「 !?!?!? 」
画面いっぱいに、真っ直ぐ実況席に向かって仁王立ちしているアシタカの姿が映る。
いま彼が1stステージのスタートエリアに立っている!
『お~っと! なにやらゼッケン26番、自称もののけ姫主人公アシタカ彦選手が、
わたくしに向けて声を上げております!
ここは原作通り「去れッ!」と一蹴したい所ではありますがぁ、
そうです古〇です! 現在フリーアナウンサーの古舘〇知郎であります!
是非とも頑張って下さいッ!』
「 アシタカぁぁーーーっっ!! 」
サンの悲痛な声が衛宮家に木霊する。だがもうここで見守るしか出来ない。
アシタカは相変わらずの真剣な顔。空気も読まずにキリッとへの字口だ。
『押し通ぉぉーーーーーーーーーーるっっ!!』
スタートを告げる〈ピッ! ピッ! ポーン♪)という音が鳴り、アシタカが勢いよく駆け出していく。
1stエリアのクワッドステップス、そしてローリングヒルやウイングスライダーを物凄い速度で踏破していく。
「おい! すげぇ! アシタカすげぇぞ!!」
「 アシタカぁぁーーーっっ!! 」
サンの悲痛な叫びはともかく……物凄いスピードで次々と1stステージを突き進むアシタカ。
小さな足場を次々と障害物が襲い来る中で進まなければならない第4エリア"フィッシュボーン"、そしてトランポリンで〈ピョーン!〉と鉄棒に飛びつきいてそのままレールで疾走していく第5エリア"ドラゴングライダー"を苦も無く突破していくのだ!
「早い早い早い! どんだけなのよアイツ!!」
「あぁアシタカ! アシタカ彦! お前こそジブリ最強の主人公だ!!」
なにやら溢れ出る歓喜で慎二がおかしな事になっているが……、アシタカはその後も第6エリアの"タックル"を「ふんぬぬぬ!」と押し進み、ついに最終エリアである最後の関門"そり立つ壁"へと辿り着く。
ここは幾多の強豪、数々の実力者達をも脱落させて来た、全てを奪い去る絶望の壁だ。
『ぬわぁーーーっ!!』
「アシタカぁーー! アシタカぁーーっっ!!」
スピードは充分! 助走もフォームもばっちり! ――――だが
そり立つ壁に拒まれ、ズリズリィ~~っと腹ばいで滑り落ちてくるアシタカ。
4メートルを超える頂に手をかけるには、まだ少年の域を出ないアシタカ彦では背が足りなかったのだ!
『ここでタイムアップ! アシタカ彦、無念のタイムアップであります!
あわや1stステージ最速クリアかと思われましたが、
その前に立ちはだかったそり立つ壁! ちびっこにはあまりにも無常な絶望の壁!
1stステージ脱落であります!』
地面に大の字。肩で息をしながらも、どこか清々しい表情のアシタカ。そんな彼に客席から惜しみない拍手が送られた。
『いやぁ~アシタカ彦選手! 惜しかったですっ!
驚異の身体能力! 脅威のスピードでしたが、あと一歩が届きませんでした!』
もう興奮が隠し切れない様子の女子アナウンサーが、たった今鋼鉄の魔城に挑んだ勇者に労いの声をかけに来る。
『ですが大健闘! 会場はもうアシタカ彦選手への声援で大盛り上がりでした!
お見事です!! 今の気持ちをどなたに伝えたいですか?』
『サン! 観ているかッ! 次は必ず踏破してみせるッ!
だから私に力をかしておくれ。――――共に生きよう』
「アシタカ……」
潤んだ瞳のサンが見つめる中、会場の大声援を受けながらアシタカが退場していく。
初挑戦でありながら、その身を池の水にぬらす事無く最終エリアへとたどり着き、力いっぱい戦ってみせた。
背筋を真っすぐ伸ばして退場していくその誇り高い背中を、衛宮家の面々は言葉も無く見つめる。
「サン、良かったな。
次はお前も一緒に出てみろよ。一緒に練習してさ」
(こくり)
未だ暖かなぬくもりの余韻に浸っていたサンに、士郎が優しく微笑みかける。シャイな彼女は少し照れ笑いを浮かべながら、コクリと頷きを返した。
『――――やぁぁ~~るぞおお~~~~っ!! きっとラピュタを見つけてやるっ!!』
「 ぱ、パズー!? 」
ジ~ンと感動していたのも束の間。次の瞬間TVには、スタートエリアで元気よく腕まくりの仕草をするパズーの姿が現れた。
『続いての登場は、自称ラピュタの主人公パズーくんです!
原作映画でも見せた、その人間離れした脅威の身体能力は健在なのでしょうか!?
大注目であります!』
『あのファイナルステージの塔の向こうに、見た事も無い島が浮いてるんだ――――』
「 ないわパズー! そんな所にラピュタは無いのよ! 」
そうTVにしがみ付くシータの背後、少し開いた襖から見える西の空に〈プッカ~〉とラピュタ浮いてたりしてたのだが、あわあわと指を刺す士郎の他は誰も気付く事は無かった。
『うおぉぉぉーーー! シィィィーーーータァァァーーーーーーーー!!』
そして〈ピッピッピ! ポーン♪)と開始を告げる音が鳴り、何故か大好きな女の子の名を叫びながら駆けて行くパズー。
第一関門、第二関門、そして第三関門と、アシタカに迫る程の凄まじいスピードで次々と攻略していく。
『どぉぉぉ~~~~~~りゃあぁぁぁ~~~~~~~!!』
「パズー!? パズゥゥーーー!!」
そして第6エリアとなる、計300㎏にも及ぶ超重量の三枚の壁を
その"親方より硬い石頭"を駆使し、とんでもない勢いをもって一気に最終エリアへとたどり着いた。
「おい! ついに最後のエリアだよ! アシタカでも駄目だった"そり立つ壁"だ!」
慎二が目を見開きながら声を上げる中、パズーが果敢に壁に挑んでいく。……だがやはり身長が足りない! またしても壁の高さに拒まれてズズズッっと傾斜を滑り落ちていく。
『――――負っけるかぁぁ~~~~~っっ!!』
「 !?!? 」
「「「 !?!?!?! 」」」
するとどうだ! パズーがまるで削岩機のような勢いでガガガッと壁を引っ掻きながら、壁を登り始めたではないか!
もう漫画のように残像が見える程の速度で両腕を動かし、少しずつそり立つ壁を上がっていくのだ!
「 いける! いけるわパズー! パズーの握力はチンパンジーだもの! 」
「し、シータ?」
今までショックで呆けていたシータが、突然大きな声で声援を送る。
そうだ! パズーならやれる! なんたって彼は、どんな岸壁だろうがレンガの壁だろうが登って来た男だ!
ラピュタに行った時だって、もう"落ちたら間違いなく死ぬ"という高さにある垂直なレンガの城壁を、「ふんぬぬぬ」とばかりに登ってみせたじゃないか!
彼に登れない壁なんて、ありはしないのだ!
「 登って! 登るのよパズー!
そこがラピュタだと思って! 落ちたら死んじゃうと思って!
そう、いつものように! 」
『ぬぅぅぅおおぉぉ~~~~りゃあぁぁぁぁ~~~~~っっ!!!!』
もう両手も両足もダババダ動かしながら、懸命にパズーが壁を登っていく。
しかし……。
『あぁ~~~っとぉ! ここでタイムアップ!!
見事頂上に指をかけたその瞬間、
無情にもタイムアップのブザーが鳴り響きましたぁーーっ!
パズー選手、ここで無念の脱落でありますっっ!』
届いた。たしかにその手は頂上にかかっていた。
パズーはそり立つ壁を攻略し、見事に最後まで登って見せた。
だが……ここでタイムアップ。身体の小さなパズーはこの上ない大健闘を見せながらも、鋼鉄の魔城の前にその膝を折ったのだった。
『……へへっ、悔しいなぁ。もうちょっとだったのに』
けれど今、見事1stステージのゴール地点、その一番高い場所に立ったパズーが、清々しい顔で大空を見上げる。
『――――けれどボクは諦めない!
これからもっともっと頑張って、きっと最後の塔を登り切って見せるよ!
約束するよシータ! きっとシータをラピュタに連れてってあげるから!!』
両手を振り上げ、大きな声で叫ぶ――――
遠く離れたシータの所まで届くよう、力いっぱいの声でそう宣言する。
そんな少年の眩いばかりに雄々しい姿に、観客たちは大声援を送った。
「うぉぉおお! パズー! パズゥー!!」
「凄い……凄いわパズー! すんごくカッコいい!」
「パズゥーッ! すげぇーー!!」
衛宮家のみんなも思わず手を叩き、パズーに惜しみない称賛を送る。
そんな中、静かに目元の涙を拭いながらニッコリと微笑むシータの顔が、とても印象的だった。
「あぁもうっ、俺も出たかったぁ~!
あんなすげぇの見せられちまったし、なんか身体が熱くてしょうがないよ。
……ちょっと公園走ってこよっかな?」
「駄目よ士郎、まだ清太くんの出番が残ってるでしょ?
ちゃんとしっかり応援してからね♪」
そわそわとその場を立った士郎が、大河の声を受けてグムムと座り直す。
そう、この後は清太の出番なのだ。士郎の親友であり、節子の大切なお兄ちゃんが登場するのだ。
これはもう、力いっぱい声援を送らざるを得ない。
『続きましてゼッケン28番!
自称"火垂るの墓"主人公、清太選手の登場であります!』
TVから古〇伊知郎アナの声が響き、場面にビシッと覚悟を決めた顔の清太が映し出される。
その姿を節子は、大河の膝の上で真剣に見守る。
「ついに登場ね。ジブリの真打が」
「清太は中学生だから身長も高い。期待できるぞ」
遠坂主従がウンと頷き合い、TVを食い入るように見つめる。すると何やら突然場面が切り替わり、そこに清太のトレーニング風景であろうシーンが映し出された。
「あ、これ清太の煽りPVか?
すげぇな、有名選手しか作って貰えないヤツなのに」
「自称とされているとはいえ、清太は有名人です。
日本人であるならば、彼を知らない人を探すのが難しいくらい位ですから」
「清太くん大人気ですね♪ わたしも火垂るの墓だいすきです♪」
間桐陣営もウンウンと頷き、ワクワクとPVを鑑賞する。清太へのインタビューや、彼の行ってきた過酷な練習の風景が数々が流れていく――――
『133! 134! 135! 136!』
太陽の光に照らされてキラキラと輝く、河川敷の広場。そこで清太が物凄いスピードで腕立て伏せをおこなっている。
『うっしょい! うっしょい! うっしょい!』
第2ステージを想定し、サーモンラダーという鉄棒を練習する清太。
カッカッと小気味良い音を立てて、リズムよくどんどん上まで登っていく。
『おいどうしてん!? もう終わりか!? もう止めるんか清太!!』
いま画面に、かの"ミスターSASUKE"と名高き伝説の選手、山〇勝巳さんの姿が映し出される。それを見てちょっとビックリしちゃう一同。
『そんなモンか清太! もう限界なんか! 出来へんまま止めてまうんか!!』
『止めませんっ! やりますっ!! ボク出来るようになるまでやります!!』
山〇さんの叱咤を受け、涙で顔をグシャグシャにしながらも声をあげる清太。ボロボロの身体で地面に蹲りながらも、その顔だけはしっかりと山〇さんの方を向いている。
『続けさして下さい……! やらして下さいっ……!
――――ボクにはもうっ、SASUKEしかあらへんのですッ……!!』
もうボロッボロ鳴きながら懇願している清太。よく見れば山〇さんの方も感極まって泣いてしまっている。……昔の自分と重なる部分があるのだろうか?
二人は抱き合って「おーいおい!」と泣きながら、トレーニングを決して諦めない事、そしてSASUKEの完全制覇を男くさく誓い合う。
『おー良いぞ清太! 登れ登れ登れぇーー!!』
『うおぉぉぉーーー! 士郎くぅぅーーん! うおぉぉぉーーー!!』
そしてファイナルステージを想定した綱登りの練習風景と、力強く清太をサポートする士郎の姿も映し出される。
『よっし! やったぞ清太! 登り切った!
じゃあ帰って飯にしよう! 今日も栄養のあるモン沢山作ってやるからな!』
『おおきに士郎くん! ほんま士郎くんがおれば、もう百人力やわ!!』
天まで届くような一本の綱を見事最後まで登り切り、達成感と共に家路に付く清太たち。もちろんそこにはパズーやアシタカの姿もある。
彼は一人で戦っているのではない。こんなにも頼もしい仲間達が沢山いるのだ。
『前に、妹を酷い目に合わせてもうた事があるんです――――』
そしてこれは、清太へのインタビュー映像か。
いま画面には、俯き加減で沈痛な面持ちを浮かべる清太の姿が映っている。
『ボクがアホやったから、考え無しやったから……妹を辛い目に会わせてもうて。
そんでボクには、守ってやれる力が無くて』
懺悔をするように、ゆっくりと清太が胸の内を語っていく。
節子、そしてナウシカなどは、もう言葉なくその姿を見つめている。
『だから、強いお兄ちゃんになりたいんです。
とんな事からも妹を……節子を守ってやれるような、強い兄ちゃんに。
節子が自慢に思ってくれるような、そんな兄ちゃんに、なりたいんです――――』
皆の一番後ろ、そこでバーサーカーが清太を見ている。まるで父親のような真剣な表情で清太を見つめている。
もうあの怠け者で自分勝手だった幼い少年は、どこにも居ない――――
いま自分の目に映るのは……大切な妹を守る為に戦う覚悟を持った、まごう事なき一人の男なのだと。
『やります。ボク精一杯SASUKEに挑みます。
ほんで最後までやり切って、今度こそ自分の力で、
節子に美味いモンを食わしてやりたいんです――――』
…………………
…………………………………。
やがて画面は切り替わり、再びSASUKEのファーストステージ、そのスタート地点に立つ清太の姿が映し出される。
その顔は真剣、だが充実した笑みが浮かぶ。この日の為に積み重ねた練習……そして自分を支えてくれた全ての人達を想い、清太は一度だけ静かに目を閉じる。
『清太選手、いま手にしていたサクマドロップの缶を静かに足元に置きました。
それでは清太くんのSASUKE1stステージ、開始ですッ!!』
アナウンサーの高らかな宣言と共に、緑山の空に大きなブザーが鳴る。
さぁ、始めよう。
ここからがボクの挑戦の始まりや――――
『さぁ始まった! 清太選手が静かに目を開けて、
スタート地点を飛び出していく~~~っ!!』
もう振り返らない。迷わない。
清太が大きく一歩を踏み出し、いま夢の舞台へと、駆け出して行った――――
………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
『 ああっと清太選手! ここで落下ぁぁ~~~っ!!
第1エリアのクワッドステップスで、足を滑らせて落水ぃぃ~~ッ!! 』
TVから、古〇さんのハイテンションな声が聞こえる。
いま画面では、壮大に池に落下した清太があっぷあっぷともがいている。
「……」
「……」
「……」
それをどこか遠くに、ボケ~っと見つめている一同。
誰一人として身動きする者も居ない。〈チーン♪〉と静まり返っている。
「なんでホタルすぐ死んでしまうん……?」
そんな節子の悲しい言葉が、静かに響いた。