魔法世界に広く渡って繰り広げられた大戦争。小国ながらも、伝統と格式と高い魔法技術を持つウェスペルタティア王国は、中立を掲げながらも、ヘラス帝国とメセンブリーナ連合の戦いに巻き込まれていく。そして、王国には国家戦略兵器『黄昏の姫巫女』がいた。“彼女”の横には、彼女の“覡”を自称する、青年の姿があった。 とあるヤンデレ姫巫女と覡が送る、何の理想もない物語、のろのろと始動! 今回は短編版です!

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本サイトでは初めまして、色んなところで書いて浮気しまくっている皐月二八です。
『にじファン』投稿作品に、少し加筆修正して投稿しました。
何時か長編版も書きたいと思っています。その時は、本サイトであげる予定です。


黄昏の姫巫女と覡の兄(短編版)

「————今日も、来てくれたんだ」

 

「当たり前だろ」

 

 

暗く、ジメジメした空間。とても真っ当な人間が、いや、生物が存在するような空間ではない其処に、二人の男女がいた。

 

一人は、長いボサボサな髪を薄汚れた地面に垂らしながら、感情の無い瞳と表情を浮かべている少女、いや、幼女とさえ形容できるような外見の女。

 

そしてもう一人は、女のそれよりは上質だが、それでも質素な服に身を包んだ青年だった。

 

女は、身体をまるで囚人に使うような巨大な鎖で繋ぎ止められていた。場所が場所なだけに、虜囚にしか見えない。いや、若しくは監禁された憐れな子供にも見えるかもしれない。

 

そんな女に近付き、青年は悲しげに彼女の頭を撫でた。

 

 

「僕は、お前の(カンナギ)なんだからな……アスナ」

 

 

 

 

 

“黄昏の姫巫女”。この伝統と格式ある王国の最終兵器だ。魔法使いや魔獣が跳梁跋扈する此の世界において、その魔力を無効化することができるという、まさに神にも似た、いや、此の世界では神そのものの理不尽な力を発揮できる。

 

其れが、彼女————アスナ=ウェスペリーナ=テオタナシア=エンテオフュシアであった。

 

そして、そんな彼女の世話役を任されているのが、彼女の兄である彼だった。

 

彼は、アスナの実兄ではない。前国王の養子であった。王位継承権を巡る戦いの末、彼は煌びやかな王宮より追放され……誰もやりたがらないような、“兵器”の世話(メンテナンス)を行っていた。

 

 

「兄さん、その覡って何なの?」

 

「ん? あぁ。旧世界のとある国の役職で、神に仕える人のことだそうだ」

 

「神?」

 

 

アスナは小首をかしげる。ガシャリ、と彼女を拘束している鎖が擦れて音を立てた。

 

 

「じゃあ、私は神様なの?」

 

「そうとも!」

 

 

青年は笑顔で言うと、背負っていたケースから棒のようなものを取り出した。暗い空間の中でもキラキラ輝く其れは、旧世界のフルートという横笛だった。

 

 

「覡は、神楽を奏して神様を慰めるそうなんだ。だから、聞いていてくれよ?」

 

 

そして、青年はフルートを吹き始めた。御世辞にも上手とは言えなかったが、それでも青年は演奏を止めない。ソロの、たった一人に向けたコンサートだった。

 

アスナは目を閉じ、耳を傾ける。あぁ、こんなモノがあったんだな、と思い出した。

 

鎖の音と金属が擦れる音、そして雨音以外の音を聞くのは、本当に久しぶりだった。

 

 

「どうかな?」

 

「……兄さん、ヘタすぎ」

 

「ははッ」

 

 

フルートという固有名詞すら知らないアスナが指摘する程、青年の腕は宜しくなかったようだ。

彼は頭を掻き、面目無さそうに苦笑した。

 

 

「ごめんな、何度も練習したんだけど……」

 

「ううん」

 

 

アスナは首を振る。彼女は、笑っていた。

 

 

「でも、凄く良かった」

 

 

アスナは、嬉しかった。

 

 

「もっと聞かせて」

 

「仰せのままに、神様」

 

 

アスナは、己の義兄のみに、心を開いていた。

 

 

 

 

 

しかし。

アスナが気付かぬうちに、王国は戦乱の最中を迎えていた。

そして、其れが、致命的となった。

 

 

「徴、兵……?」

 

「……あぁ」

 

 

眼を見開いて絶句するアスナに向け、青年は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「こんな僕でも、魔力量だけは多いからさ……国としては、猫の手も借りたいような有様なんだ。僕より若い人も、女の人も、大勢の人たちが戦ってる。僕だけ、安全な場所で何もしないわけにもいかないんだ」

 

「嘘……そんな……」

 

「大丈夫。こう見えても、戦闘の訓練はちゃんと————」

 

「兄さんは!!!!」

 

 

声、いや、絶叫。悲痛な叫び。

暗い空間に、其れは響いた。

 

 

「ア、アスナ……?」

 

 

青年は、目を見開いた。

彼女が大声を出したことなど、一度たりともなかったからだ。ましてや、こんな、喉から血が吹き出そうな絶叫など。

 

 

「兄さんは……私の覡じゃないの……? 私のことなんて、どうでもいいの……?」

 

「そんなことあるものか! でも、大勢の人たちが苦しんでるんだ。こんな下らない戦争なんかで。

それに……此れ以上、王国が追い込まれれば、王政府は——————」

 

 

青年は苦悶の表情で、アスナを見つめる。

理解した。つまり、兵器(じぶん)の出番というわけか。

 

 

「……だったら!! 私が行く!! 私が、兄さんを————」

 

 

久しぶりに、己を拘束している鎖が憎いと思った。封印が煩わしいと思った。

こんなものさえなければ。

 

王国なんてどうでもいい。いや、寧ろ憎々しい。

自分をこんなところに閉じ込め、大切な義兄を追い出した王族も、国も、滅んでしまって一向に構わない。

でも、兄は————兄だけは、死なせたくない。

 

私が出ればいい。そのための兵器(わたし)なのだから。

 

 

「駄目だ」

 

 

しかし、兄は、青年は其れを拒絶する。

 

 

「アスナ……お前を、戦場になんか出したくない。兵器としてなんて以ての外だ。だから、僕が代わりに————」

 

 

その言葉を聞き、アスナの中で何かが切れた。

彼女の中に残っていた、僅かな何かが。

 

 

「……………………行かせない」

 

「え?」

 

「兄さんは、渡さない。離れさせない。誰にもやらない。何処にも行かせない。

兄さんは私の覡。覡。覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡覡カンナギカンナギカンナギカんナギかんナギかンなギかんなぎかんなぎかんなぎかんなぎ——————」

 

 

俯き、小さな唇から、アスナは言葉を吐いていく。

 

 

「アスナ……?」

 

「兄さん、兄さんに自由なんてない」

 

「え————」

 

 

パキン、と。

いとも簡単に、永劫とも思える時間彼女を封じ続けてきた鎖や術式が、あっけなく砕けた。

 

 

「アスナ、一体————」

 

 

瞬間、青年は地面に引き倒された。

そして、その上にアスナが跨る。

王国近衛隊との厳しい訓練も乗り越えてきた屈強な身体は、いとも容易く無力化されてしまっていた。

 

 

「兄さんは私のもの」

 

「アス、ナ————」

 

「兄さんは私の覡。兄さんは私のために一生を費やす。兄さんの全ては私のためにある、私だけに捧げられる。兄さんの居場所は常に私の傍。兄さんの身体も心も魂も全て私のためだけにある!!!!」

 

 

ドロドロした瞳。感情の無い普段の瞳と違い、確かに其処には感情があった。

欲望という、立派な感情が。

 

 

「う……」

 

 

青年は身体を動かそうとするが、全く動かない。魔法も使えない。すでに、此の空間はアスナが支配していたのだ。そして、青年の身体も。

 

ガチャリ。

つい先程まで、アスナを封じていた鎖が、まるで巨人用かと思う程、小柄な少女を縛るには大袈裟すぎる巨大な鎖が、アスナの手により、いとも容易く持ち上げられる。そして、ゆっくりと、仰向けのまま動けない青年の上に乗せられた。

 

冷たい金属の重みに、青年は小さく呻く。

 

 

「そう、兄さんは私の覡……。なら、私に捧げて」

 

 

今まで兄に見せたことのない、歪んだ笑み。三日月形にした口が、唇が、ゆっくりと青年の顔に近付いていく。

 

 

「私は、兄さんだけの神様になる」

 

 

神は、人を救う。同時に、奪う。

 

戦火に喘ぐ王国で、二人の男女は唇を重ねた。

 

 

 

 

 

そして、歴史は動き出す。

覡であるヘンリー=オルフェオ=アクイナスと、魔法世界史上最強の黄昏の姫巫女であるアスナ=ウェスペリーナ=テオタナシア=エンテオフュシア。

 

二人の歴史は、とある王国の歴史の中に埋もれつつも、動き出す。

 

 

 

 

 




個人的には、「友人からネタを貰って二時間で書いた作品(深夜零時から)」として思い出深い作品です。
長編版のプロットはできているのですが……他にも色々書いておりますし、ちょっと忙しい時期ですので……。来月くらいから、長編版、頑張ってあげてみようと思います。

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