「俺も、京香のこと、大好きだぞ」
そんなメールが、お兄ちゃんから届いてから、一時間。
そろそろ、お兄ちゃんは目的のお寺についた頃でしょうか?
「…………会いたいです……」
声に出してみるけれど、もちろん答えは帰ってきません。
口に出したら、すぐに会えたらいいのに。
女性も一緒の合宿なんて聞いてしまうと、不安になります。
……でも、お兄ちゃんは私に、好きって言ってくれました!
だから、私はお兄ちゃんを信じます!
そして、お兄ちゃんを一生。
これまで以上に好きになります!
そう決意すると私は、お兄ちゃんの部屋へと階段をのぼります。
お兄ちゃんの部屋は、二階の階段を上がって、目の前。
私の部屋は、右側です。
ドアを開けて中を覗くと、案の定、布団はたたんでおらず、窓も開けっ放しです。
(もう、お兄ちゃんは……)
私は、喋ってるとあんなに頼りがいがありそうなお兄ちゃんの、だらしなく放り出された布団をたたみます。
……羽毛布団だったからか、手に取ったお兄ちゃんの布団は、とても暖かくて。
思わず、引き込まれるように、ベッドによじ登ってしまいます。
すると、ベッドにはふわふわのカバーが。
私はそのふわふわを自分の脚に感じた瞬間、ここに骨を埋める覚悟をしました。
この布団、やわらかすぎます!
お兄ちゃんの枕にポニーテールの髪をあずけて、もこもこの羽毛布団を鼻までかぶり、その上からさらにもう一枚の掛け布団をかけます。
……この重さが、気持ちいいです。
この重さがこんなにも気持ちいいから、お兄ちゃんはこの布団を手放せないんですねっ!
干すときに重くて大変だからほかの布団に変えてもらおうと思ってましたが、なるほど。
実際に被ってみると、これはなんという気持ちよさでしょう。
……魔力という表現が最適でしょうか?
そういったものがあるとすれば、わたしは今、完全に魔法をかけられています。
……ねむたくなる、魔法を……。
……何時間経ったでしょう。
夢から覚めたのを認識して、私はうっすらと目を開けます。
左にころんと回転すると、ほっぺたに当たる冷たい物体が確認できました。
(……これは、私のスマートフォンでふか?)
右手にとってみると、それは確かに私のスマートフォンでした。
理解すると、私はスマートフォンのホームボタンを推して、時刻を確認します。
……時刻は、午後六時。
不覚にも完全に、深く眠ってしまいました。
……べつに洒落ではないですよっ!
たくさん寝られてよかったと思いながらも時間がもったいない気がして、複雑な気持ちで、階段を降りて、リビングへ向かいます。
リビングに行くと、私の目には、白いプラスチックのケースが映りました。
このケースは、即席麺がいくつか入っている箱です。
基本的に我が家の食事は私がつくるので、即席麺を食べることは、ほとんどありません。
それにお兄ちゃんは、私が作ったご飯のほうが、栄養バランスも考えられていておいしいといってくれます。
……これはもう、胃袋を掴んだといってよいのではないでしょうか!
結婚したときに一番大切なことは、旦那様の胃袋を満足させることだとよくいいますよね?
と、いうことはですよ?
私はお兄ちゃんと結婚すべきだと伝えられたようなものではないですか!
即席麺という飛脚によって、私はお兄ちゃんからの婚姻届を受け取ったかのような、幸福な感覚に包まれます。
……しかし。
たまには、さぼってしまってもいいのではないでしょうか?
作る相手がいないと、料理を作るモチベーションがなくなってしまうのは、誰だっておなじだと思います。
私は、即席の鴨だし蕎麦にポットのお湯を注ぎ込むと、蓋をして、テーブルに移動しました。
椅子に座ると、私は飲み物を用意していなかったことに気がつきます。
……たまには、お兄ちゃんのコーラでも飲んでみますか……。
私は普段食事をするとき、お茶や紅茶しか飲まないため、お兄ちゃんが飲んでいるコーラのようなものはあまり飲んだことがありません。
なので私は興味があって飲んでみたのですが……。
「けほっけほっ…………うぅ」
炭酸は私には、まだ早かったみたいです。
私がコーラ相手に苦戦していると、突然、インターフォンの音が鳴ります。
………………はっ!
まさか、お兄ちゃん!?
お兄ちゃんが、私のことを心配してはやく帰ってきてくれたんですね!
……うれしいです。
今日は、お兄ちゃんにいっぱい甘えてしまいましょうか!
あんなことや、こんなことも、今日なら大胆にできてしまいます!
……なぜなら、恋人同士なんですから……。
昨日のことを思い出すと、身体が熱くなってきました。
小走りで玄関まで、ぺたぺたとスリッパの音を響かせながら向かいます。
勢いよく玄関を開けると、私はドアノブを握る手に、鈍い感覚を感じました。
ごつん。
音が遅れて聞こえます。
……玄関の、先に立っていたのは…………クラスメイトの、秋川茜さんでした。
秋川さんは、赤くなった額を擦りながら私を指さして言い放ちます。
「いったいわねー! 有栖川さん! 何してくれるのよっ!」
「いや、あなたは何でそんな位置に立っているんですか……」
秋川さんはしゃがみこむような体勢で、我が家のドアのすぐ前に立っていました。
……だからセキュリティシステムの玄関の映像に映らなかったんですね。
「そ、それは仕方ないじゃない!」
秋川さんが続けます。
「本当にここの家か分からなかったから、中を覗こうとしてたのよ!」
「あなたはストーカーですか!?」
私は柄にもなく思いっきりツッコミを入れてしまいます。
……どうも、この人といるとペースが崩れます。
「でも、どうして私の家がわかったんですか?」
私は、今最大の疑問を尋ねることにしました。
するとその答えは。
「そんなの、先生の名簿から有栖川さんの情報を盗み見たに決まってるじゃない」
「本当にストーカーじゃないですか!」
紛れもない犯罪者が、ここにいました。
「とりあえず、家に入れてちょうだい? 客人はもてなすのが礼儀でしょ?」
……あなたの方が礼儀はなってないと思うのですが。
私は、つっこんでいるとキリがないので、家に招き入れます。
そのとき、私はあることに気がつきました。
一つは、彼女の頬に、涙のあとがうっすらと残っていること。
もう一つは……。
「秋川さん! その大荷物はなんですかっ!」
「……え? 泊まりの荷物に決まってるじゃない」
決まってないわぁっ! です!
(本当に、迷惑な人ですね……)
私は、きっと迷惑そうな顔をしていることでしょう。
しかし、口元は自然と、緩んでしまいます。
……お兄ちゃんのいない寂しい一晩が、一人では大きくて持て余すこの大きな家が、初めて家に来たお友達によってすこし小さくなっていくことに私は、嬉しさを隠しきれないのでした。
とりあえず、秋川さんには玄関に荷物を置いていただき、一緒にリビングへと向かいます。
…………リビングにつくと、テーブルの上には、先ほどのカップ蕎麦が。
……………………珍しく食べる即席麺の味は、お兄ちゃんに頭をナデナデしてもらったときの私のように、ふにゃふにゃになっていたのでした。
続く。