『お掛けになった電話番号は、現在電波の届』
プツっ。
「やっぱり、ダメですか……」
秋川さんがお風呂に入っている間、私はお兄ちゃんとお話しがしたくて、電話をかけていました。
しかし、一向に電話は繋がりません。
……やっぱり、お寺は山の中にあるのでしょう。圏外のようです。
「うぅ……」
私は、涙目になりながらも「だいすきです」とメッセージを残します。
さて、何をしましょうか。
秋川さんが家にいるため、なんとなく勉強をする気にはなれません。
「うーんと……」
頭をひねって考えます。
現代の若者ならば、悩んだときはすぐにインターネットを使って、検索ができます。
しかし、私は二つ折りの携帯電話を使っていて、さらにお兄ちゃんのパソコンのパスワードはわかりません!
電話して聞こうにも、圏外のようですし……。
まあ、いいです。
今日くらい、何もせずのんびりとしていても問題ないはずですっ!
私は、自室に戻ると、ベッドの上に、昼間のうちに干しておいた掛け布団を被せます。
黄土色の、ミルクチョコのようなクリーミーな色をしたふわふわの掛け布団には、トナカイのイラストがたくさん描かれていて、まわりの赤や緑の水玉も相まって……とってもかわいいのでお気に入りです!
そして、この子はただの布団ではありません。
この子は、ときにお兄ちゃんにへんしんするのです!
私は寂しいときや、お兄ちゃんに会いたいとき。
それに、お兄ちゃんがいるときでも、お兄ちゃんを想うといつもこの布団を抱いてごろごろします。
お兄ちゃんの暖かさ、お兄ちゃんの柔らかさ……お兄ちゃんの全部に、包まれたような気持ちになります。
これが漫画だったら、きっと私の瞳の中にはピンク色のハートが散りばめられているのでしょう。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……はぁ、はぁ」
完全なる変態が、ここにいました。
でも、いいんです!
だって、お兄ちゃんは、私の彼氏になったのですから!
彼氏っていったら、スイーツを食べさせあったり、手を繋いだり……き、ききき、キスなんかもしちゃったりするんです!
(お兄ちゃんと、私が、キス……!)
考えただけで、頬が上気していくのがわかります。
なんだか、火照ってきちゃいました。
……水でも飲みに一階へ行こうかと頭では思うのですが、いかんせん体が言うことを聞かず、まぶたが重く瞳を閉ざそうとしてきます。
目が開きません。
目を閉じると、気持ちがいいです……。
だめ……です……友だちが遊び……に来てるのに……。
睡魔というのは、恐ろしいです。
頭では理解していても、金縛りのように身体の自由を奪い、脳までをも快楽に陥れます。
……そのまま私は、本日二度目の睡眠に浸っていくのでした。
「……んあっ……んっ……」
誰の、声でしょう。
聞き覚えのある声が、近く。
しかし、遠くに聞こえます。
鼻腔をくすぐるのは、故郷のような暖かさを感じる、それでいてどこか硬質な色気を醸し出した、上質な香り。
私は、この匂いが大好きだったような……。
「んっ……ぁ……」
意識すると、声が、止みます。
少しずつ霧が晴れていくかのように鮮明になっていく頭の中では、私の中のかろうじて働いている叡智が密集し、五感で感じるものについて、議論を行っています。
まずは、視覚。
深い眠りについたあとの私は、寝起きがあまりいいとはいえません。
なので、私はどうしても片目を半分開けることしかできず、ほとんどの視界は私の血液の透けた赤い色で覆われていて、何もまともに見ることがかないません。
続いて、聴覚。
耳がキーンとしてあまり機能を果たさない中。
なんと、私の聴覚は、状況を確認できるひとつの大きな手がかりに気づきます。
……寝息です。
私の隣で、何かが寝ています。
そして、味覚は何も伝えないとして、触覚。
ここは私のベッドの上で、あったかい布団を抱いています。
最後に、嗅覚。
私の鼻腔をくすぐっていた大好きな匂いの正体を、探ります。
はっきりとしていく脳内で、結論が出たそれは……。
お兄ちゃんの匂いでした。
ななな、なんでお兄ちゃんが!?
だって、お兄ちゃんは今お寺に……っ!
ああ、わかりました。
きっと、私は予想以上に疲れていて、二日間ぐっすりと寝てしまったのでしょう。
それで、お兄ちゃんが帰ってきたんです。
でも、お兄ちゃんと私がベッドの上で、二人きり……。
今思ってみれば、さっきの聞き覚えのある声は、私の声です。
……なぜか、私が喘いでいた……と、いうことは!
そんなの、お兄ちゃんと何かがあったからに違いありませんっ!
やったぁ! 責任を取ってもらいましょう!
今すぐ結婚です!
何があったか覚えてないのが残念ではありますが、結婚できればそんなことはどうでもいいことです!
さぁお兄ちゃん、今そのお顔を見せてもらいますからねぇ~。
お兄ちゃんとの結婚の期待と興奮に、私の脳が急速に回転し始めるのがわかります。
心の臓の、その奥にあるものが、滾るような感覚に陥ります。
既に私の思考ははっきりとしたものに研ぎ澄まされています。
さあ、お兄ちゃんっ!
その姿をあらわしてくださいっ!
私は掛け布団の端を掴み、思い切りお兄ちゃんから引き剝がしました。
すると、出てきたのは……。
「うむぅ? ……なによ! びっくりするじゃない!」
……秋川さんでした。
「……なんでなんですかぁっ!」
「なんでってなによ! お風呂から出たらあんたが寝てるから探してとなりにいたのよっ!」
…………まぁ、そうですよね。
お兄ちゃんが帰ってきてるはずはないですし、私はそんなにずっと寝てません。
でも、なんで秋川さんからお兄ちゃんの匂いが……?
「ああ、そういえば。シャンプーがわからなかったから、銀色のかっこいいパッケージの方を使ったわ!」
……はい。謎が解けましたー。
続く。