全部、お兄ちゃんのものですっ!   作:雨宮照

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猫踏んじゃった! です!

翌日。

私は、小鳥たちの楽しそうなさえずりと共に目を覚まします。

二月の空気はまだ冷たいですが、脳がシャキッとして、清々しい気持ちになります。

ふと横をみると、気持ち良さそうに眠っている、赤毛の友人の姿が…………ない!

あれっ! 秋川さんが、いなくなってます!

「……と、いうことは……?」

秋川さんはトイレに行っているのでしょうか。

でも、既に荷物をまとめて帰宅していたとしたら……。

家の戸締まりが全然できてないじゃないですか!

うわぁ……秋川さんなら何も考えずにそのまま出ていった可能性が十分にあります。

まったく、泥棒でも入ってきたらどうするんですか。

「仕方ないですね、確認してきましょう」

仕方なく私は、まだ少し眠い目を擦って、玄関に向かおうと立ち上がります。

その時。

「うげぇっ!」

足の下から、変な音がしました。

下に目をやると、気持ちよさそうに口をめいっぱい広げてむにゃむにゃしている秋川さんがいました。

…………踏みました。

 

しかし、秋川さんには呆れたものです。

私と壁の間に寝ていたはずなのに、なぜ起きたら床に転がっているのか、不思議でなりません。

世の中には色んな人がいるんですね……。

お兄ちゃんと私の二色だけだった世界に、新しい色が追加されていきます。

それも、強引にではなく、すぅっと伸びる、水分多めの水彩絵の具のように、自然と。

私は、秋川さんの寝顔を見ると、いつの間にか、クスリと笑みをこぼしていました。

 

その日、秋川さんが起きてきたのは、昼の一時をまわった頃でした。

それまで私は洗濯をしながら秋川さんが持ってきたアニメのブルーレイを視聴していたので、いつもより楽しく家事ができました。

ぐっすり寝たはずの秋川さんは、顔がパンパンにむくんで辛そうです。

普段、あまり眠れてないのでしょうか。

 

昼食にパスタを二人分作って、振る舞います。

やっぱり二人で食べると、美味しさが何十倍にも膨れ上がります。

ペペロンチーノの素という調味料があって、味付けはそれをかけるだけで行えるので、秋川さんにひとつお土産に持たせてあげましょうか。

私が昼食後に部屋を片付けている間、秋川さんは私の部屋で、少女漫画を読んでいます。

最近の少女漫画はありませんが、幼い頃に私はたくさんの少女漫画を嗜みました。

だから、蔵書には自身があります。

しばらくすると、二階に上がっていた秋川さんが降りてきました。

「有栖川さん」

「なんですか秋川さん」

近所のお年寄りのような挨拶をします。

「上にある少女漫画なんだけれど、あなた、兄妹モノが随分と好きなのね」

秋川さんは、首をかしげながら言います。

「それに、この間読んでいたラノベも、兄妹モノだったわよね?」

秋川さんは、こちらに真っ直ぐ、的確に的を射る弓矢のような目線を向けてきます。

「は、はい。そうですが……」

私は、嫌な汗をつーっと垂らしながら、答えます。

なぜなら私は、知っていたからです。

……私のお兄ちゃんに対する気持ちは、世間一般の常識からズレていると。

これまでは、よかったんです。

だって、お兄ちゃんの他に、大切なものなんて、なかったから。

でも、今は……。

秋川さんは、一息つくと、私の瞳を捉え直して、心の臓を揺るがすような一言を放ちます。

「……あなた、まさかとは思うんだけど」

ゴクリ。

唾が音を立てて喉元を通り過ぎます。

秋川さんは、続けました。

「お兄さんのこと、好きじゃないわよね?」

「…………」

核心を、突かれました。

こんなことが分かれば、秋川さんと一緒にいられなくなることは、明白です。

私には、この場を切り抜けるために、嘘をつくことだって出来ます。

しかし、私には、お兄ちゃんへの恋心を隠すことなど…………出来るはずも、ありません。

私は、お兄ちゃんの他に、初めて出来た友達を、今、捨てようとしています。

でも、いいんです。

私は、お兄ちゃんと恋人になった日、密かに誓いました。

……お兄ちゃんと生きていくためなら、どんなモノだって犠牲にすると。

だから、私は、重たい口を極力軽くするように、開きます。

そして、自信を持って、胸を張って、言い切りました。

「はい。お兄ちゃんのことが、とっても、とっても、大好きです」

 

それを聞いた秋川さんは、カマをかけていただけだったのか、目を丸くします。

……訪れた、静寂。

ざーざーと、本当の静寂のときにだけ耳にすることが出来る、自然の音が鳴り響きます。

そして、秋川さんが、数秒の後、口を開きました。

「……そうなのね」

「はい。私は、お兄ちゃんを愛しています」

秋川さんが、続けます。

「へぇ、本気なのね」

「本気です。私は、大真面目に言っています」

「…………」

またもや少しの沈黙があって。

それが切り裂かれた時、秋川さんは、言いました。

「応援するわ」

…………え?

「あんたの恋、全力でこの私が、応援してあげるって言ってるの!」

「…………えぇっ!?」

私は一瞬、耳を疑いました。

今、秋川さんが、私の恋を応援してくれるって…………。

次の瞬間、私の目から、何か暖かいものが流れ出ます。

その暖かい滴の一粒もそのままにしている私を、秋川さんが抱きしめて、頭を撫でます。

……色々と捨てる覚悟をしていた私は、もともと何も捨てることなど、必要なかったのでした。

 

その後、少し落ち着くと、秋川さんからの質問タイムが始まります。

いつから好きだったのかーとか、どんなところが好きなのかーとか。

告っちゃいなさいよ! と言った秋川さんに、すいませんもう付き合ってますって言ったときにはさすがに軽く殴られましたが。

実はそれは、私にとって、他人にお兄ちゃんの魅力を話す初めての経験で。

こんな風に私の話を聞いてくれる、初めてのお友達との貴重な体験でした。

人に話すと、私の中のお兄ちゃんへの思いがさらに強まっていくようで。

言の葉の力と言うものを、再確認するのでした。

 

続く。

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