全部、お兄ちゃんのものですっ!   作:雨宮照

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節約は、妹の習性ですっ!

家に向かいながら私は、少しづつ心臓の鼓動が早くなっていくのを感じます。

夜の早いうちに帰ってくると言いながら、お兄ちゃんの事ですから、もう帰っているかも知れません。

私と同じように、お兄ちゃんも私に会いたいって思ってくれていたら……。

いえ、きっと、思ってくれているはずです!

だって、私たちは、正真正銘の恋人同士なんですから!

これまでの、ただの兄妹の関係なら、お兄ちゃんが早く帰ってこないこともあったでしょう。

でも、私の料理を楽しみにしてるって、言ってくれて。

私のことを好きだって言ってくれて。

…………ああ、幸せです。

 

ドアの前に差し掛かると、私の心臓は、今までに類を見ないほどの速さでビートを刻みます。

それに、心臓の音も、バスドラムのように重く、苦しいほどです。

ああ、お兄ちゃん。

会いたい、愛しい、くるおしい……です。

それでは、開けますね。

私は、冷たいドアノブを握ると、銀行の金庫ほども重く感じられるそれを、ゆっくりと噛み締めるように回します。

そして、スチール製の、防火、防音、防犯に優れたドアを、ゆっくりと手前に引きます。

「ただいまですっ! お兄ちゃん!」

私は、意を決するとドアをくいっと一気に引き、いつも通りの挨拶をしました。

 

「…………」

返事は、ありません。

「いやっ、まあ、そりゃそうですよね! 夜の早いうちには帰ってこれるって言ってて、この時間に帰ってこられるはずがありませんよねっ!」

私は、なんとなく気恥ずかしくなって、大きい声で誰かに弁明します。

もちろん、誰も聞いているはずはないのですが。

 

その後、部屋で私服に着替えた私は、夕食のメニューをじっくり考えます。

とはいっても、授業中にあらかた考えてしまったので、ここで考えることは全て細かいことです。

食材をどうするかーとか、どのくらいの時間がかかるーとか。

そういったものを計算していきます。

でも、お兄ちゃんは手の込んだものより、茹でるだけとか、手のかからない料理が好きな傾向にあります。

…………頑張り甲斐のない人ですね。

でも、今日は、ちゃんと手のかかったものを食べさせますよ!

だってお寺のご飯は、質素なもののはずです。

そうしたら、栄養だって足りなくなってくるでしょう。

だから私は、栄養たっぷりで美味しいおかずを作るのです!

 

デミソースハンバーグの挽き肉をこねこね。

卵焼きと厚揚げに大根おろしを乗せて。

中華風に、エビチリなんかもどうでしょう!

そして、人参のスープもつくり。

…………あんまり、いつもの食卓と変わらないような気がしてきましたね。

デミソースハンバーグなんて、雑穀ごはんでかさ増しして、節約しちゃいましたし。

卵焼きにも、実ははんぺんが入っています。

……あれっ、あんまり豪華じゃない!?

いえ、私が洋食を夜作ること自体、稀です。

お兄ちゃんもきっと気づいて、私の気持ちに気づいて、褒めてくれるはずです!

…………気づいてください!

私は、秋川さんがディスクのなかに忘れていったアニメのブルーレイを観ながら、お兄ちゃんを待つのでした。

 

五時、六時、七時。

お兄ちゃんは、帰ってきません。

私は、自分のピンク色の携帯電話をぱかぱかしながら、ご飯の前でお兄ちゃんを待ちます。

でも、だんだんとお腹が空いてきましたが、我慢です。

だって、我慢したほうが、お兄ちゃんと一緒に美味しいご飯を食べられるから……。

そのためだったら多少の空腹など、我慢できます。

お兄ちゃんは、私と夕食を楽しみに帰ってきて、私も、お兄ちゃんの帰りを、首を長くして待っています。

初日に出かけたときから帰りを待っていたので、そろそろ、ろくろ首も驚いて腰を抜かすほどに首が長くなっているのではないでしょうか。

でも、待ちます。

きっと、すぐに、帰ってきます。

だって、楽しみだって、言ってくれたから。

 

八時、九時、お兄ちゃんは帰ってきません。

私はだんだんと、自分の中に、やりきれない、どこか爆発したいような不思議な感覚に苛まれます。

これは、悲しみと……怒り、でしょうか。

それから……。

呼吸を、ずっと止めて、拳に気持ちを込めます。

でも、力は全くと言って差し支えないほどに入りません。

私は、机に突っ伏します。

……携帯電話を開いてみても、新着メッセージは無し。

お兄ちゃんは、私のことを忘れてしまったのでしょうか。

……もしかして、一緒に合宿に行った女の人と……?

お兄ちゃんに対して、初めて、イライラしたかも知れません。

それと同時に、様々な事情があるであろうにも関わらず、お兄ちゃんを心の中で責めている私にも、自分の中で強い憤りを感じています。

「…………はぁ」

私は、深いため息を一つ、吐きます。

……お兄ちゃんが帰ってきたとき、私は、笑顔で一緒にご飯を食べられるでしょうか。

きっと、大丈夫です。

だって、お兄ちゃんが楽しみにしてるって言ってくれたとき、すごく嬉しかったから。

だから、私は、笑顔を作れます。

でも、早く。

できるだけ早く、連絡をくれるか、帰ってくるか、してください……。

そうしないと、笑ってみせられる、自信がありません……。

 

続く。

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