先程の観覧車を背に歩く私たちを、月灯りが照らします。
朝と同じ道のりを、朝のそれよりも、ゆっくりと時間をかけて。
今日の楽しかった思い出を反芻するかのように、一歩一歩、大地を踏みしめます。
ふと顔を上げて横を見ると、濡れたような瞳でこちらに微笑みかける、お兄ちゃんが。
……とっても、狂おしく、愛おしいです。
しばらく見つめ合っていると、民家の中から親子が言い合う怒声が聞こえてきて、ここが住宅街の路地であったことを思い出します。
「……いこっか」
「…………はいっ」
お互いに、下を向きつつ笑いながら、ゆっくりと、また歩みを進めます。
私としては、今の単語だけで心が通じることに、堪らなく二人の愛を感じるのですが、お兄ちゃんはどう思っているのでしょう。
やっぱり、兄妹といえど、多少感じ方は違っているのでしょうか?
そう考えると、いつかお兄ちゃんがどこかへ行ってしまうような、そんなよくない妄想にも繋がってしまって……。
いえいえ、そんな気持ちになっちゃ、だめですよね!
いつまでも気弱じゃ、だめなんです。
お兄ちゃんを繋ぎとめられるくらいに、かわいい妹でいなきゃ!
そう思って、私は、少しお兄ちゃんに甘えてみます。
「お兄ちゃん、手を、握ってください」
すると、お兄ちゃんは。
「ん…………京香は、かわいいなぁ」
手を握って、そんなことをのたまうんです。
「そんな……お兄ちゃんは、すごく、かっこいいですけど……」
私は、差し出された、自分よりも硬く大きな、あったかいてのひらを、意味もなくにぎにぎしながら伝えます。
にぎにぎ。
にぎにぎ。
ゆっくりと、沈黙が訪れます。
でも、それは、決して嫌な沈黙ではなくて。
二人の幸せが、最高潮に達したというか。
二人の気持ちが、一つになっているというか。
…………どちらにせよ、この帰り道が、二人にとって掛けがけのない、一生の宝物になったことは言うまでもないことなのかも知れません。
二人は、手をにぎにぎしながら、ゆっくりと歩き続けて。
朝待ち合わせをした、時計台の近くにまで、やって来ました。
だんだんと、終わっていく、今日。
それを意識すると、どこか物悲しくて……。
どこか人生さえも、こんな風に終わりが来るのかなって、思ってしまって……。
楽しい時間に終わりが来るとき。
それが、続くと分からないとき。
人は、こうやって、どこか満たされなくなるものなのでしょうか。
そんなことを考えると、この心地いい沈黙も、破りたくなってきて、しまいます。
「お兄ちゃん、恋人っぽいことを言いながら帰りましょう」
私はそう宣言すると、にぎにぎした手はそのままに、期待した目でお兄ちゃんを見上げます。
すると、お兄ちゃんは。
「君が私に身体を預ければ、一生首を切られることはないし、出世も確約しよう。どうだい? 悪い話じゃないだろう?」
盛大にボケてきました!
「なんですかそれっ! 恋人っぽいことじゃなくて、愛人っぽいことじゃないですかっ!」
私は、すかさずツッコミを入れます。
すると、お兄ちゃんが。
「最近お前、ツッコミがやたらと上手くなってないか? どこかで練習してたとか……?」
そんなことを、言ってきました。
いやまぁ、練習してたというか、突っ込まざるを得ない状況に居合わせることが多かったといいますか……。
完全に、秋川さんの天然ボケのせいですっ!
……今日一日で、私が完全にあの人の影響を受けていることがはっきりと分かりました。
「で、恋人っぽいことだっけ?」
逸れた話を戻すように、お兄ちゃんが切り出します。
「そうです。いちゃいちゃ、してください」
「うーん。そうだなぁ」
しばし考え込んだあと、出てきた会話とは!
「ええと、お風呂に入るとき、どこから洗う……?」
「頭から洗う派ですよー」
「おおっ、実は俺もそうなんだ!」
嬉しそうに話すお兄ちゃんがかわいいです。
ですが。
「えーと、お兄ちゃん」
「な、なんだ?」
「昔一緒にお風呂に入ってたんだから、同じになるじゃないですか」
「……そういえばそうだな」
恋人っぽいことを言おうとして会話をするのは、案外とても難しいのでした。
それでも。
それでも、やっぱり。
恋人っぽいことを意識せずに放たれた恋人っぽいことは、何よりも破壊力を有していて。
私は、お兄ちゃん萌えのヒットポイントを、根こそぎ奪われてしまったのでした。
あんなに楽しかったデートの時間も、もう終わり。
ソーラー式の間接照明が照らす我が家が、少し、また少しと近づいてきます。
……家に帰っても、二人は一緒にいられます。
……私が他校に進学しても、お家では、ずっとお兄ちゃんと一緒です。
でも、今日という日は特別で。
恋人として外で過ごした、記念すべき日で。
玄関が近づく度に、一歩の歩幅がだんだんと狭くなっていきます。
そして、ついに玄関に到着して。
ゆっくりと、家の中に入ります。
開けた家の中は、暖房もついていなくて肌寒いです。
その中で、お兄ちゃんの手だけが、あたたかい。
その事実が、とっても愛おしくて。
「お兄ちゃん」
「……うん」
「……私……このまま今日を、終わらせたくないです」
いつもよりちょっとだけ大胆に。
わがままな妹に、なってしまいます。
でも、お兄ちゃんはそんな私の気持ちを汲み取ってくれて。
私を、彼女として、妹として、最大限に甘えさせてくれるんです。
それから、お兄ちゃんとの大切な今日を思い返しながらお風呂に浸かって。
お風呂を出て寝る支度をしていると、お兄ちゃんが私の部屋にやってきました。
「……京香、あのさ……」
「お兄ちゃん……?」
お兄ちゃんは恥ずかしそうにもじもじしていて。
それがかわいくて、ちょっとだけ、いたずらっぽい気持ちになってしまいます。
「なんですか、お兄ちゃん? ……もしかして、お兄ちゃんも今日という日が終わっちゃうのが、寂しくなっちゃったんですか?」
私が問いかけると、お兄ちゃんは薄い絵の具を垂らしたみたいに顔をさーっと真っ赤にして。
「……う、うん。その通り……です」
なんて、緊張をあらわにしてうなずくんです。
でも、ここからは私が赤面する番だったみたいで。
「だからさ、京香……あの、ええと……」
「……?」
「…………俺と、久しぶりに寝ないか?」
「…………ふぇぇぇぇっ!」
お、おおお、お兄ちゃんと寝る⁉
私、何の準備もしてませんし、その、え! えっと……!
いっぱい動揺する私ですが、最初から答えなんて決まっています。
「…………えっと……不束者ですが、よろしくお願いしますっ」
~ 一週間後 ~
あのショッピングモールデートから、一週間がたった。
結局あの日の夜は二人でいるとドキドキして寝られないってことで、リビングで朝まで映画を見たり、昔のホームビデオを見たりして、おうちデートを堪能した。
あれから大きく変わったことは特にないが、あのデート以来、京香は友達とよく遊ぶようになった気がする。
そして、それに伴ってよく笑うようになった。
恋人としては少し寂しい気もするが、兄としては妹に仲のいい友達ができたことは素直にうれしい。
そんなことを思いながら、ソファーの隣で膝を抱えてテレビを見ている妹を眺める。
すると彼女は少しいたずらっぽく笑って、俺の肩に頭を預けながらからかってきた。
「お兄ちゃん、最近私が秋川さんたちと遊びに行くから嫉妬してるんですね? かわいいお兄ちゃんですっ。このこの~っ!」
「……そ、そんなんじゃねーし……。でも、ちょっとだけ寂しい……かも」
「……えへへ、ほんと、お兄ちゃんったら……(ほんと、かわいいんですからっ)。でも、安心してくださいねっ」
そういうと、京香は俺の頬に軽く桜色の唇をくっつけてから、最大の笑顔でこう続けた。
「……私は全部、お兄ちゃんのものですからっ!」