秋川さんと別れたあと、私は足早に家へと向かいます。
……はぁ、お兄ちゃん。
私が妹になってから、お兄ちゃんのもとへ帰るのがこんなにも辛いなんてことは、今まで一度たりともありませんでした。
私は、朝の自分を呪いながら、家路を急ぎます。
そして、我が家がだんだんと近くなっていくたびに、私のもやもやした気持ちは、より一層強まっていくのでした。
(はぁ……。お兄ちゃんと、仲直りしたいです)
そもそも、仲がいいから距離をとるっていうのが間違ってるんです!
仲がいいなら嬉しいことじゃないですか!
私はもう、お兄ちゃんと仲良くできないって思いながら過ごしていた今日一日だけでも、こんなにも胸が張り裂けそうな思いをしているのに……。
私のおうちが、近づいてきます。
だんだんと、遠くに見えていたうすい黄色の壁が、鮮明に見えてきます。
(……仕方ないので、家に入りますか……)
私は、とても憂鬱な気持ちで、ドアノブに手をかけます。
と、その瞬間。
ふわりと、私の全身を、何かが覆いました。
「……!?」
私は、何が起こったのか、さっぱりわかりません。
……しかし、この匂いは……。
「お兄ちゃん……?」
そうです! お兄ちゃんです!
お兄ちゃんが私を抱きしめているんです!
「……でも、どうして……?」
お兄ちゃんは、抱きしめるのをやめ、私の肩に手を置くと、向かい合う形になりました。
「……京香。今日、俺、気付いたんだ」
何にですか何にですか何にですか!
今すこし絶交したところでこんなことを言い出すとか、絶対にろくなことではありません!
きっと、私がいない方がよかったとか、そういった類の別れ話で……。
「……ぐすん」
「えっ、京香?」
「……うぐっ……ぐすっ……うわぁーん」
そう思ったら、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ始めました。
「ご、ごめん京香! 急に抱きしめたのが嫌だったのか!?」
お兄ちゃんは、私に家に入るよう促すと、あったかいココアをいれてくれました。
……ココアで落ち着いた私は、お兄ちゃんに向き直ります。
「……で、お兄ちゃん。今日一日で、何に気付いたっていうんですか?」
もう、覚悟はできました。
……え? 聞く覚悟ではありませんよ?
そんな覚悟は出来るはずがありません。
お兄ちゃんに嫌われていたら……私は死んでしまいます。
そうです。
今できた覚悟は、もしもお兄ちゃんに嫌われていた場合に、死ぬ覚悟です。
……私の気など知らないで、お兄ちゃんが口を開きます。
「……京香、俺、気付いたんだ」
ごくり。
心臓の音が大きくなっていくのがわかります。
ええい、こうなったらさっきどこで死ぬか考えておくべきでした!
お兄ちゃんは、つづけました。
「……京香、好きだ。」
…………時が、止まりました。
「……え、お兄ちゃん……?」
お兄ちゃんは、照れくさそうに顔を逸らすと、真っ赤な顔でいいます。
「俺、今日一日、京香のことを考えて過ごしたんだ。ずっとこれまで一緒だったこと、これからは一緒にいられなくなっちゃうかもしれないこと、本当に色々」
お兄ちゃんは、りんごのように真っ赤になって、それでも顔を隠すことはしません。
「そしたら、京香のいない生活が、考えられなかった」
時計の秒針の音がはっきり聞こえるくらいの、静寂。それを破ったのは、私でした。
「…………ふぇぇん」
「……え?」
私は、次の瞬間、泣き出していました。
さっき玄関の前でこぼした涙よりも大粒の涙が、自然とまぶたの奥から溢れ出ます。
……幸せです。
人生で、こんなに幸せなことって、ありませんでした!
やりました!
お兄ちゃんは、私のモノになりました!
お兄ちゃんは狼狽えながら、変なこと言って悪かったって、謝っています。
私は、またココアを飲んで心を落ち着かせると、言いました。
「……お兄ちゃん」
「なんだ、京香」
「……返事、したほうがいいですか?」
「……う、うん」
……数秒の、数分にも感じられるような沈黙が訪れます。
「……私は」
私は、夢じゃないんだ、という自分への確認の意味も込めて、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
「今日から私は…………全部、お兄ちゃんのものですっ!」
続く。