艦これ ~Bullet Of Fleet~   作:クロス・アラベル

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第7話《不死鳥と狙撃手》

 

暁型駆逐艦2番艦『響』は波乱万丈な人生……いや、艦生を歩んだ。

太平洋戦争開始時、響は暁、雷、電と共に第1艦隊第1水雷戦隊第6駆逐隊を編成。

キスカ島攻略作戦中、飛行艇からの至近弾をくらい、沈没寸前の状態に陥ったが応急修理が成功。わずか5ノットしか出なかったが、姉である暁に守られながら退避に成功し帰投した。

船団護衛中、末っ子の電と持ち場を交替した僅か30分後に米潜水艦「ボーンフィッシュ」の魚雷が電に命中、一瞬で電は沈没してしまった。

響は「電」の生存者を救助したものの、妹の仇である潜水艦は爆雷を投射したものの仕留められなかった。

このとき、既に暁、雷は戦没しており、響は目の前で最後の姉妹艦を失い、第六駆逐隊最後の生き残りとなった。

その後も度々故障と修理を繰り返していった。

輸送船の救助中、潜水艦の雷撃を受け故障。

修理に寄るもその修理先で乗組員が集団で赤痢という病気にかかり、佐世保に帰投。

修理のために横須賀へ。このためレイテ沖海戦に参加できず、レイテでは護衛の駆逐艦が足りず、多数の被害が出た。

大和特攻に参加予定だったが、触雷して航行不能に。そのまま修理のために参加できず。

第1海上護衛艦隊第105戦隊の旗艦として、日本海防衛に参加。

北海道等を空襲している米軍機と戦闘したが、北海道空襲の民間人死傷者は多数出た。

なお、この時B29を主砲で撃墜しているが、この主砲は前述の横須賀での修理のときに、大破して動けなくなっていた「潮」から譲り受けたものだったという。

1945年8月15日7時頃…玉音放送の5時間前に、B29へ発砲した。これが帝国海軍最後の射撃とされている。

終戦 武装解除の上で雪風、鳳翔などと共に復員輸送に従事。そして、響は日本を離れ、ソ連に賠償艦として引き渡された。

この敵艦の攻撃を何度も受けてその度に修理し、蘇った史実から、いつからか……響は《不死鳥》と呼ばれるようになった。

だが、彼女は生き残ったと同時に様々な大切な人達(もの)を失ったのだ。艦娘になった今も、彼女はその記憶に囚われている。

彼女にはこの記憶から自由になった事は一度もない。遠征や出撃をするたびに体が震える。砲撃の音を聞いたり、味方が敵からの攻撃を受けたり、姉妹と離れるだけで心臓が潰れてしまいそうになる。

彼女自身、自分の運命を呪い、忌み嫌っていた。だから素っ気なく答えたり、他の艦娘と関わろうとしないのだ。

 

響は二つの願いがあった。

 

 

「……ぐ、ぁ……ぁあ…ッ」

 

『……ハァ…』

 

向けられるリ級の主砲、家族の叫び声、酷い痛み。

もう、頭がどうにかなりそうだった。現状は左腕で先程砲撃を受け流したためにもう使い物にならない。だが、機関も無事で中破にとどまっている。左腕にダメージを集中させたおかげでもあるが、衝撃で頭から出血している。

 

二つのうち一つの願いは、家族を守ること。

 

そして、もう一つ……密かに、彼女自身が知らぬ間に生まれた願い(悲願)………それは、轟沈願望(自殺願望)だった。

 

「……ぅ、ぁ……(ああ、やっと…やっと、沈める(死ねる)……今までの悲哀(地獄)から…)」

 

溢れる涙、締め付けられる心。それでも、彼女は消えることを望んでいた。

 

 

「…さよ、なら……姉さん、雷、電……っ!」

 

自分にとどめを刺すその砲撃を身を瞑って、待った。

 

 

 

 

そして、暁型駆逐艦2番艦、響はその人生(艦生)に幕を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直前、風を切る音と鋭い銃声が響いた。

 

 

 

『ア"ア"ア"ア"アアァァァァアッッ⁉︎』

 

驚いて目を開けてみると、そこには顔を隠して叫び声をあげるリ級の姿があった。何が起こっているのか分からない響は動揺していると、無線から声が聞こえた。

 

『主砲構えて、撃って‼︎』

 

「ッ‼︎」

 

その声を聞いて響は反射的に砲撃すると見事に甲板部分に直撃した。

 

『急いで距離を取って。至近距離だと敵艦の攻撃をモロに受けるよ』

 

「わ、分かった……!」

 

無線から聞こえる誰かの声に従って距離を取る。

そして、響は遅まきながら何故無線から声が聞こえるのか、不思議に思った。無線の類は全壊していて到底使えるものではなかったし、入渠しても唯一治らなかった。妖精さんは何かあった時のためにと新しいものをつけてくれたが、暁達とは無線で連絡出来るが、元いた鎮守府との連絡は取れないから注意してくださいという事は何度も聞いた。しかも声は暁達のような子供の声ではない。落ち着いた青年の声……男だ。

 

『……何故無線(これ)から声がするか疑問に思っているだろうから答えておくけど…星奈だよ。一応、こんなことがあろうかと妖精さんに作ってもらったこの無線と僕のインカムを繋いでもらったんだ』

 

落ち着いた声で淡々と説明する星奈に響は驚きを隠せなかった。星奈はすでに逃げたと思っていたのだから。

 

『奴はリ級廻fragship、本物の化け物だよ。改fragshipよりも全体的に潜在能力(ステータス)が上がってる。それに、多分奴には魚雷が効かない。気をつけて戦わなきゃいけないんだ』

 

「……それぐらい分かってるけど、人間、さっきどうやって攻撃したんだい?」

 

『……妖精さんに作ってもらった特注の狙撃銃(スナイパーライフル)だよ。精一杯支援(サポート)するよ。自分の標的(ターゲット)への攻撃は唯一目しか通らないと思うからずっとそこを狙う。君は僕の狙撃で怯んだリ級をすかさず攻撃して。これしか勝つ方法はない』

 

「……分かった(ダー)、頼んだよ」

 

「……了解(ダー)

 

ロシア語を交えながら短い時間で作戦会議を済ませた響は戦いの舞台へと滑り出す。

 

 

 

 

 

 

無人島の鎮守府の建物、その一つである工廠の屋根の上に星奈はいた。

仰向けになりながら黒光りする大きな狙撃銃(スナイパーライフル)を構えている。

その銃の銘は《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ FM-1》。ちなみにFMは《Fairy Made》の略だ。星奈が元々持っていたヘカートⅡは半壊状態で、使える状態ではなかったが、妖精さんに頼み込んで修理と改造を頼んだのだ。()()()()()()()()()()()()()()、と。その結果、つい先日完成したのだ。深海棲艦の装甲を傷つけることの出来る、特殊兵器が。

 

「……標的(ターゲット)を捕捉……発射(シュート)

 

轟音。

 

それとほぼ同時にリ級がまた顔……目を手で覆って叫び出した。その隙を見逃さず、響が主砲による攻撃を敢行する。

ウルティマラティオ・ヘカートⅡは対物ライフルで、かつては対戦車用の武器として使われていた。フランスのPGMプレシジョン社が開発、製造しているウルティマラティオシリーズの中でも最大口径モデルの銃だ。射程は1.8キロ以上の狙撃を想定して作られていて、最大射程距離は2キロを超える。元々ヘカートⅡは尋常では無いほどの威力があったが、妖精さんの改良により威力増加、射程距離増加、近距離での射撃も可能になった。

だが、ただ銃をよくしても全体的には良くならない。肝心なのは銃弾だ。響達が入った古い入渠室……あのお風呂場の浴槽の底にいくつかの弾丸が落ちていた。多分、響達の艤装に食い込んでいた深海棲艦の撃った弾が艤装の修復により、外れて沈んでいたのだろう。星奈はそれを使って銃弾を作ってほしいと妖精さんに頼んだ。そして、ヘカートⅡFM-1が出来たと同時に完成した新作なのだ。星奈はこれらの深海棲艦に果たして効くかどうかも不安だったが……

 

「……足止めには、なってるね」

 

効いている。本格的なダメージはないものの、役に立っている。星奈は後で妖精さんに労いと感謝の言葉を贈らなければ、と心の中で誓った。

 

「……ここからは、響任せだ。全力で、サポートしよう」

 

インカムはもう通信を切ってしまったので響には聞こえないが、星奈はそう言って、今度は暁達の無線と通信を繋いだ。

 

「……あー、こちら月駆星奈。そちらの被害状況の詳細を求む」

 

『……っ⁉︎に、人間⁉︎な、なんで…』

 

「……それは後々話すよ。それより、状況は?」

 

『……電大破、雷中破、私は中破よ』

 

「そっか……あんまり芳しくないね…」

 

『それだけ?私達、響の助太刀に行かないといけないのよ。切るわよ?』

 

「それだけでいちいち無線は使わないよ……一つ、頼みたいことがあるんだ」

 

『何よ』

 

『……』

 

「……響の戦いにはあまり手を出さないでほしい」

 

『はぁ⁉︎何言ってるの⁉︎』

 

「助太刀は本当に危ない時だけでいいんだ」

 

『じゃあ、何⁉︎貴方は響を見殺しにしろって言うの⁉︎』

 

「……負傷している君達があの弾幕の嵐に突っ込んでどうなるの?」

 

『……っ!でもっ』

 

「……酷いかもしれないけど、君達は現時点では足手まといだよ」

 

『⁉︎』

 

「……それに、君達は何故僕が通信を入れるまで助太刀に入らなかったの?」

 

『……』

 

「……彼女だけ、恐怖に打ち勝って戦ってるんだ。だから君達は援護射撃だけだよ。僕も彼女の援護射撃に入るから。因みに、奴は魚雷効かないからね」

 

『……分かった。そのかわり、絶対響を勝たせなさいよっ‼︎』

 

「……言われなくても、そのつもりだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

戦況は一気に傾いた。勝機のなかった一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)はそこにはなかった。たしかに本気を出し合い、最高を絞り出した、死闘が繰り広げられていた。

 

「ッッ‼︎」

 

砲撃、命中。敵の攻撃、回避。再び砲撃、敵回避。援護射撃、命中、砲撃。

まるで訓練をしているような要領で戦っている響。あれほど恐ろしかったリ級が今では怖くないとは言わないが、十分戦える。

 

『ッ⁉︎アアアアアアアアアアアアアッッ‼︎』

 

ずっと狩る側だったリ級が焦りを滲ませ、叫び、特攻を仕掛けてくる。だが、響は臆さない。理由は聞かなくても、分かるだろう。

許さない、許せない、許されない。狩人は自分だ。屠るのは、穿つのは、蹂躙するのは、自分。この小娘がそれをするなど、許されることがあってはならない。そんな、リ級の高い誇り(プライド)は冷静さを奪った。そして、リ級は響に銃口を向ける。

 

再び銃声。

 

『アアアッ⁉︎』

 

だが、狙撃手(スナイパー)はそれを許さなかった。その狙撃手(スナイパー)の瞳は、もう逃さないと、そう言外に告げていた。

 

「撃てッ‼︎」

 

怯んだリ級に砲撃を食らわせる。すると、リ級の武装が大きく壊れる。

 

「……大破…っ‼︎」

 

あれから6分程が経った今、ようやくリ級を大破まで追い込んだ。その結果が響に隙を与えてしまった。

 

『アアアアアアッッ‼︎』

 

「ッ⁉︎」

 

リ級はその隙を逃してはくれなかった。砲撃を食らって大破してもまだ戦うことをやめない。リ級の砲撃が響の右肩……主砲の有るところに直撃。それによって大破、主砲の結合部分が破壊され、肩から外れる。

勝利を目の前にリ級の表情が醜い笑みへと歪んでいく。

相手は轟沈寸前、虫の息。こちらも大破してしまっているが、とどめを刺すことなど造作もない。

 

そして、壊れかけの主砲を向けるリ級。だがその時、リ級の下……海が()()()

 

『ッッッ⁉︎』

 

ダメージを受けた、と思っていたリ級だが、全く受けていない。おおよそ、魚雷を受けたのだろう。

その向きからしてそこにいるのは、暁達だ。

 

「響に、手を出さないでッ‼︎」

 

魚雷など効くはずがないだろう。無駄なことを…リ級はそう思っていた。

だが、暁達の狙いはリ級にダメージを与えることではなかった。

もう一度銃声。

 

『アアアッッ⁉︎』

 

魚雷を受けた一瞬の隙で再びリ級の目に狙撃した星奈。リ級は遅まきながら気付いた。響の姿が水飛沫で見えていないことを。

 

「……行け、響」

 

その星奈の言葉は無線で響に伝わっていた。それと同時に、その水飛沫の中からボロボロの一人の少女…響が飛び込んでくる。

 

主砲は落とした筈、攻撃など出来る訳が……そう考えていた時、リ級はその血の気のない白い肌からさっと色が消えた。

 

少女は固定部分が壊れた主砲を()()()()()()()()()、その右手を右腰で溜めている。

 

『ッ______________』

 

 

この時、リ級は幻視した。

 

 

赤い炎を纏って地獄から舞い上がってくる、白き不死鳥を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ypaaaaaaaaaaaaaaaaaa(ウラアアアアアアアアアアアア)!!!!!」

 

 

 

 

 

 

『ガアッッ_______』

 

渾身のパンチ(一撃)。主砲がリ級の口の中に叩き込まれる。だが、響の攻撃は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ダスヴィダーニャ(さよならだ)

 

 

 

 

 

 

 

轟音。

 

『______________ッッ』

 

口の中に直接主砲で撃たれて、もがき苦しみ声にならない叫びを発するリ級。そして_______

 

小さな爆発を何度も起こしながらも、リ級は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勝っ……た…」

 

リ級廻fragshipを見事に完全勝利を果たした響は呆然とした。練度の低い自分達が、格上の相手を撃破したのだから。

 

「響ーっ‼︎」

 

「響っ、響ぃっ‼︎」

 

「響ちゃーんっ!」

 

後ろから聞こえる家族の声。振り向くと同時に姉妹全員が弾丸となって駆け寄り、そのまま抱きつく。暁と雷は涙を我慢しているようだが、出来ていない。電は大泣きだ。

自分の愛する家族とまたこうやって生きることが出来る…ただそれだけで響も涙腺が緩んで、涙が流れる。

 

「……みんな、ただいま………スパシーバ(ありがとう)っ!」

 

この時、あの轟沈願望(悲願)が響の心の中から消え去ったのだった。

 

「……コングラチュレーション、響」

 

無線から星奈の声がする。その声に響は

 

「……スパシーバ(ありがとう)()()()

 

星奈のいるであろう工廠に屋根に向けて、向日葵のような笑顔を咲かせたのだった。




次回『エピローグ《さあ、一から始めよう》

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