新世界の怪物 作:黄金王
治外法権を約束された夢のエンターテインメントシティ「グラン・テゾーロ」。
そこでは、王族でも貴族でも平民でも。
誰でも平等に、一夜で一生を遊んで暮らせる金を稼ぐことが出来る。
唯一差を付ける物があれば、それは金。
金がある者が勝者であり、金がない者は敗者。
金こそが正義であり、力であり、ルール。
これが今から行く船の謳い文句である。
それを伝えてきたのは、ブルムラシュー候。
王国を裏切り、帝国と通じている裏切り者だ。
ブルムラシュー候が一枚かんでいるということは、帝国が一枚かんでいる可能性もある。
リ・エスティーゼ王国のレエブン侯爵は馬車でリ・ロベルへと向かいながら思い、兜の緒を締める。
ブルムラシュー候の宣伝を聞いて数日後。
リ・エスティーゼ王国の主だった者たち───王族と上級貴族たち───へ「グラン・テゾーロ」から招待状が届いたのだ。
内容は簡潔に言えば、開店記念パーティーのような物。
注意書きで船内では他の招待客との確執は一旦忘れるようにと書かれてあったが、それを見たレエブンは少し怒りを感じた。
恐らく王国貴族の二派閥に関して告げたのだろうが、それはそれ、これはこれ。
娯楽施設へ行くのだから、国内の事は忘れて思いっきり遊ぶつもりだからだ。
仕事であまり構ってやれない愛息子とせっかく遊ぶのだから、仕事は忘れてだ。
それくらいの分別はついている。
当の息子は昨夜興奮して眠れなかったのか、馬車に揺られながら寝ている。
道中で話せなかったのは残念だが、これからは遊びながら話せばいい。
そう思っていると、揺れていた馬車が止まったのを感じた。
「着いたようです。無いと思いますが、一応は警戒して私が先に」
「あぁ、頼む」
無いとは思うが、帝国の暗殺を警戒して連れてきた切り札とも言うべき、雇っている元上位冒険者チームの一員の指示に従い、彼の後に自分、妻と息子の順で馬車を降りる。
家族以外に護衛も連れてくるのは当たり前だ。
招待状にも家族以外にも四人までなら連れてきてもいいと書いてあったしな。
懐に入れてある招待状を確かめ、視線を上げると護衛が呆然としているのに気づいた。
どうしたのかと彼の目線の先に目を向け、レエブン候も呆然とする。
そこには、黄金に光る巨大な船が海に浮かんでいた。
あれが、グラン・テゾーロ……?
あれほどの大量の金を誰にも悟られずに用意するのは王国一の財力を持つブルムラシュー候ですら不可能。
もちろん、帝国もだ。
何十年もかけて少しずつなら話は違うが、それはないだろう。
いくらブルムラシュー候でも船よりも装飾品に使うだろうし、帝国はあの聡明な皇帝の事だからありえない。
船に使う位なら別のことに使うはずだ。
よって、帝国ではない。
つまり、これは……。
そのまま立ちすくんでいると、一人の男が歩み寄ってきた。
ツルリとした質感の仮面を付けた男で、服は南方のスーツと呼ばれる物を着ている。
「レエブン侯爵御一行でしょうか」
「あ、あぁ。その通りだ」
「お初目お目にかかります。私はノーフェイス。
グラン・テゾーロで働く者です」
仮面で分からないが、笑顔を浮かべているだろうその男はレエブン候一行を船へと案内する。
乗船の際に招待状を見せると、レエブン候が最後だったのか橋を回収し始めた。
そのままノーフェイスの案内で船に入り、席へと座る。
席に座りながら目だけで周りを見る。
見覚えのある王国の貴族やその護衛たち。
その中には、アインドラ家も含まれている。
アインドラ家の令嬢は、最高位冒険者であるアダマンタイト級冒険者チーム「青の薔薇」のリーダーだ。
件の令嬢が居り、そしてチームメンバーも見える。
これなら、相手が化物でもない限りは安心だ。
レエブン候が安堵のため息を着くと、可愛らしいあくびの音が聞こえた。
愛息子のりーたんが起きたのだ。
りーたんは周りを見て、大喜び。
そしてりーたんとはしゃぎながら話す。
あぁ、幸せだ。
そう思っていると、魔法道具なのか近くにはいないのにノーフェイスの声が聞こえてきた。
『皆様、本日はゴールド・テゾーロ号にご乗船くださり大変ありがとうございます』
「なっ……」
レエブン候は思わず驚きの声を漏らし、それは周りからも聞こえる。
全員がこの船こそがグラン・テゾーロだと思っていたからだ。
『これよりゴールド・テゾーロ号はリ・ロベルを出航し、グラン・テゾーロへと向かいます。数十分という短い間ですが、出航後のアナウンスの後は目的地到着まで船内には食堂やスパなどがございます。船内施設はどこも無料でございますので、お食事やお飲み物なども気軽に近くの者にお申し付けくださいませ』
ぐんっと引っ張られるような感覚の後、すぐにまたノーフェイスの声が響く。
『出航致しました。席を離れても構いませんが、他の乗客のご迷惑となるご行為はおやめください。そして、到着をお知らせするアナウンスがあった際はお近くの席へ座り、係員の指示に従って船をお降りください』
「ぱぱ!」
「うんうん。わかってるよ、りーたん」
愛する息子に手を引かれ、その後ろを妻が追う。
あぁ、幸せだ。
レエブン候は、帝国うんぬんや先程までの驚きなどを忘れ、青の薔薇に全てを任せようと諦めにも似たことを思いながら、船内を歩きだした。
「後、何分くらいですかぁぁぁ」
「後、数十分ですよ。カルメラ」
男の貴族が着るような服の上に真っ黒なマントを羽織った女がノーフェイスの前に立っていた。
だが、その女は異様だった。
顔は幼い子供が落書きしたかのような顔が描かれた紙袋で隠されていて、その容貌は窺い知れない。
そして唯一出ている手の爪は全てが鎌のように鋭く尖っている。
カルメラ。
ゴールド・テゾーロ号の船長という設定のNPCだ。
「ノーフェイスさぁぁぁん。ジェット行っちゃいますかぁぁぁ」
船長という設定だが、同じく設定で気が短いというのもある。
気を長くしないときつい船の上では、これは致命的だ。
「ダメです。あれは我々なら大丈夫ですが、乗客たちはかかるGで潰れてしまいます」
「チッそうですかぁぁぁ」
舌打ちをしながらもカルメラはジェットを起動しない。
テゾーロから言われているからだ。
船内で乗客を傷つけることは、グラン・テゾーロの誇りを傷つけることになると。
そう言われて乗客を傷つける馬鹿はシモベたちの中にはいない。
もしいたら、粛清の対象だ。
「ゆっくり行きましょう。数十分などすぐですよ」
「分かりましたぁぁぁ」
ゴールド・テゾーロ号は、快適な航海を進み始めた。
「初めまして、私がギルド・テゾーロです」
ゴールド・テゾーロ号がグラン・テゾーロに着き、出迎えたのはオーナーのギルド・テゾーロ。
「リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国。両国を共に招待したのは理由は特にありません。強いて言うなら近かったからです」
リ・エスティーゼ王国の王族と上級貴族。
バハルス帝国皇帝と上級貴族。
この二つが一同に会していた。
「招待いただき感謝する、テゾーロ殿。私はバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。気軽にジルと呼んでくれ」
親しみやすそうな笑みを浮かべる青年こそ、バハルス帝国皇帝のジルクニフだ。
その後ろには護衛の老人と三人の騎士たち。
「いえいえ。仮にも一国の主を略称で呼ぶなど恐れ多いことですので、せっかくの好意を無下にしてしまいますが、どうかご容赦を」
「いや、残念ではあるが構わないさ」
ジルが挨拶すると、次はやつれた印象の杖をついた男性だ。
「遅くなってしまって申し訳ない。私はリ・エスティーゼ王国の王、ランポッサ三世だ」
「遅いなどとんでもない!聞いております。何でも戦いで足をお痛めになさったとか……どうかこちらの物を送らせてください」
テゾーロは指を鳴らし、ステラに車椅子を移動させる。
「これは?」
「車椅子という物で、まずはこれにお座りください」
ランポッサは言われた通りに車椅子に座ると、テゾーロはその後ろに周り、取っ手を掴んで押す。
「と、このように座りながらも移動できるというものです。どうかご利用ください」
「ほう。便利な物だな……ありがたく使わせてもらおう。ガゼフ」
「はっ」
無骨な戦士といった風貌の男が車椅子の後ろにつき、車椅子を押す。
「では、皆さん。グラン・テゾーロ内でのルールをご説明いたします!」
声を張り上げてそう言い、テゾーロはブルムラシュー候に説明した時よりも細かい説明をする。
とは言っても、借金やどこに何があるかなどを追加しただけだが。
「以上となります。何か疑問がありましたら近くの係員にお申し付けを……では、皆様もお待ち兼ねでしょう。どうぞ、自由に我がグラン・テゾーロをお楽しみください」
一家族に一人、スーツに身を包んだ男たちを付かせてテゾーロはステラを伴って歩き去っていった。
「あの、すみません」
「はい、何でしょうか」
アインドラ家の令嬢であり、人類の切り札アダマンタイト級冒険者チーム「青の薔薇」リーダーのラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは、ドレスに身を包んでグラン・テゾーロに来ていた。
「この船について教えてくださいませんか?」
アインドラ家専属コンシェルジュのアックと名乗った男性が嬉しそうに頷いて口を開いた。
「はい、このグラン・テゾーロはオーナーであるギルド・テゾーロ様とそのお仲間である方々、そしてご友人のご助力になって創られた巨大エンターテインメントシティとなっております」
「エンターテインメイントシティ?船じゃなくて?」
ラキュースが疑問を言うと、アックは頷く。
「はい。移動できるように船になっておりますが、エンターテインメントシティ……娯楽街と言えばよろしいでしょうか。様々な娯楽施設があり、その他にもスパ、レストラン、服屋などなど……様々な店が軒を連ねております。船の中に丸々一つの街が収まっていると言えば分かりやすいかと」
あくまで本質は娯楽施設ですがね、と付け加えるアックに唖然とするラキュース。
「船の中に街が丸々収まっているって……そんな巨大な船なんて聞いたことないわ……」
「全長10kmとなっています」
「10km……なんというか、スケールが大きすぎてもう突っ込むのはやめるわ」
「左様ですか……では、移動いたしましょう」
残念そうなアックは気持ちを切り替えると軽く二度柏手を打つ。
すると、見慣れない馬車に近い箱が馬に引かれていないのに目の前に移動してきた。
「これは何かね?」
ラキュースの父でありアインドラ家当主が尋ねると、アックは笑顔で答える。
「これはカメ車というもので、グラン・テゾーロでの主な移動手段となっております。動力源はこちらの小さなカメ。簡単に言えばこれが動かしているのです。詳しいことは秘密という事でお願いいたします」
「「「カァーメッ!」」」
ムキっと筋肉を見せびらかすようにポージングをするカメたち。
「このカメたちは?」
「マッスルタートルというモンスターです」
「モンスター!?」
ババっとラキュースと青の薔薇の面々が非戦闘員であるラキュースの両親の前に出る。
「ご安心を。テゾーロ様のお力によって完全に使役されておりますので、危害を加えない限りは安全です」
「「「「カメッ!」」」」
一斉に頷くカメたちにラキュースたちはとりあえず警戒を解く。
「では、どうぞ」
馬車の扉を開けるようにカメ車の扉を開けるアックに勧められ、アインドラ家一行はカメ車に乗り込む。
「むっ」
「あら」
ラキュースの両親はカメ車の座り心地に驚きの声を上げる。
「凄いわね、これ」
「ふかふか」
「凄くいい座り心地」
「気に入ったぜ」
「ふむ……」
青の薔薇の面々も気に入ったのか満足そうにしているのを見て、アックは扉を閉め、運転席に座る。
「どちらに向かわれますか?」
「そうねー……あなたは?」
「どこでも構わんよ」
「じゃあ、ラキュースちゃん。貴方はどこに行きたいのかしら?」
「私は……とりあえず宿泊施設に行きたいです。まずは荷物を置いてからということで」
「畏まりました」
そう伝えるとアックはエンジンをかけてカメたちを働かせ、エンジンが温まったところで発車した。
風を切り、後部座席からは馬車よりも早い速度で進むことに驚きの声が上がる。
「ホテルまで数分で着きますので、その間は私の席の後ろにある白い箱にお飲み物がございます。無料ですのでご自由にお飲み、ご歓談をしていてくださいませ」
アックの言葉でアインドラ一行───主に青の薔薇───がわいわいと飲み物を取り出し始めた。
「酒があるじゃねえか!」
「見たことのない飲み物」
「毒見と称して口をつけて間接キス」
「天才」
「お、お父様! お母様! どうぞこちらを」
「うむ」
「あら、ありがとう」
暴走し出す仲間たちの言葉をかき消すようにラキュースは飲み物を取り出して両親へ勧める。
それをアックはバックミラーで見ながら、薄く笑った。
「どうだ?」
オーナールームに戻り、某国の摂政のように歩きながら侍従長の手によって着替えをして玉座に座る。
「はい。ブルムラシュー候はカジノ一般エリアのブラックジャックで賭けを。ランポッサ三世はポーカーを。皇帝はスロットを楽しんでおります」
「そうか……収支は?」
「交金貨二百枚減です」
「想定内だな」
ステラからの報告を聞いて、俺は玉座に寄りかかる。
今回の招待客たちには大勝利とは行かなくても、勝って帰ってもらわないといけない。
グラン・テゾーロは儲かる場所だと思ってもらわないと駄目だ。
「思う存分楽しんでくれ。損害分は次の来た時にきっちりと、な」
肩を揺らして笑う俺に、ステラと護衛である高レベルモンスターたちも釣られて肩を揺らして笑い出す。
此処は一攫千金が現実となる街。
金持ちが勝者で、金無しが敗者。
騙された方が悪い、ギルド・テゾーロが法の国。
世界一のエンターテインメンツシティ。
グラン・テゾーロなのだから。