深海棲艦提督は動かない 作:深海棲艦大好き棲姫
深海棲艦が世界に現れて久しい。
深海棲艦は人と同じサイズでありながら、船と同じ強さを持っている。
巨大な船の力を、人という小さな器に詰め込めばどうなるか――子供でも容易に想像できる。
深海棲艦は強すぎた。
世界中の軍隊は蹂躙され、人類が滅びかけるほどに、深海棲艦は強かった。
それに待ったをかけたのが艦娘だ。
艦娘は深海棲艦と同じような性能を持っている。
それでいて人に友好的だ。
艦娘の協力もあり、人類は一旦危機を脱した。
そんな強力な兵器である艦娘だが、一人では十全に力を引き出す事ができない。
提督と呼ばれる、妖精さんが見える人と協力する事で、初めて全力が出せる。
しかし提督は非常に希少な存在であり、
またどういった人間が提督になるのかなど、詳しいメカニズムも解明されていない。
ある一説によると、提督になる者は、ある日艦娘から
大体は夢の中で海の上にいて、艦娘と思わしき存在に呼びかけられる。そして眼が覚めると、妖精さんが見えるようになっている――という流れが多いそうだ。
実を言うと、俺もそうだった。
俺も夢の中で呼ばれた。
ただし俺は海の上ではなく、暗い海底の奥底にいた。
深海棲艦と艦娘は非常に近い存在だ。
それなら深海棲艦にも提督がいておかしくない。
――というのが通説だ。
そしてそれは、正しい。
俺を呼んだのは艦娘ではなく、深海棲艦だったのだ。
◇
俺は深海棲艦の提督だ。
しかし、俺はその事を秘密にしている。
理由は言わなくとも分かると思うが、深海棲艦が人類の敵だからだ。もし俺の存在を海軍が知ったら敵として排除してきたり、捕まって実験されるかもしれない。
だから隠して生きて来た。
気分的には、地球生まれのエイリアンみたいな感じだ。
「提督。そろそろ学校に向かう時間だ。準備なさい」
リビングでゆっくりしていると、一人の女性が声をかけて来た。
彼女の名前は『戦艦水鬼』。
俺が深海棲艦の提督として目覚めた日、突然家にやって来た。それ以来世話を焼いてくれている。
深海棲艦は人類の敵ではあるが、深海棲艦の提督であるせいか、拒否感はなかった。俺が天涯孤独で、家族に憧れていた部分があるからかもしれない。
戦艦水鬼を皮切りに、一人また一人と、深海棲艦達はやって来た。
今では40隻近い深海棲艦が俺の家には在籍しており、バルカン半島もかくやというほどの火薬庫と化している。
実際この家の存在が知られたら、第三次世界大戦が始まるだろう。
一緒に暮らして分かったのだが、深海棲艦にも序列や年齢がある。
戦艦水鬼はどちらも上の部類だ。
それ故か、彼女は母親の様に家事を一手に引き受けている。
今もエプロンを着けて全員分の朝食を作っており、その姿はあまりにも堂に入っていた。少なくとも、この前まで人類を滅ぼそうとしていたとは思えない。
戦艦水鬼の言葉からも分かる通り、俺は学校に通っている。
……と言っても、普通の学校ではない。
軍が作った、提督養成用の学校だ。
提督の力は、ある日突然覚醒する。
赤子の頃に覚醒することもあれば、寿命間際に覚醒した、なんて話もあるくらいだ。
また人によっては、覚醒したことにすら気がつかないケースさえあるという。
それ故に年に二回、国民は提督審査と呼ばれる審査を受ける。そこで提督の資格あり、とみなされた者は、年齢や身分に関係なく、次の日から提督用の学校に通うことになる。
随分強引な措置だと思うが、それだけ提督という存在が希少で、戦況が切羽詰まってるということなのだろう。
まあそんなことは俺に関係のない話――と思っていたのは昔のことで、実は今、俺もその学校に通っている。
どんな技術を使って提督の適性を調べてるのかは分からないが、深海棲艦の提督である俺も、なんと提督審査に引っかかってしまったのだ。
「てーとくっ! おっはよ!」
「おはよう、空母棲姫」
アホっぽい挨拶をして来たのは、空母棲姫。
彼女には、俺と一緒に学校に通ってもらってる。
提督学校に提督候補生には、一人につき一隻、専属の艦娘がいる。大体は集団お見合い的な団欒会で相性の良い艦娘を見つけるのだが――俺は深海棲艦の提督である。当然艦娘は指揮できないので、仕方なく空母棲姫に艦娘として潜入してもらった、というわけだ。
お付きの艦娘として空母棲姫を選んだ理由だが、性能は無視して、完全に性格だけで選んだ。
こいつはアホだが、性格はマトモな部類に入る。
他は大概、性格が破綻してる。俺と出会う前は、人類を滅ぼそうとしてたくらいだ。破綻し過ぎだろ。
ちなみに外に出る時、空母棲姫には変装してもらっている。
黒いウィッグをつけて、黒目のカラコンをすれば、まあ艦娘に見えないこともない。
海軍はまだ深い海域には到達出来ていないため、空母棲姫の存在を知らないが、念のためだ。
朝食を食べ終えた後、俺達は学校に向かった。
他の深海棲艦はまだ寝ている。
イメージ通り、彼女達は朝に弱い。
昔は無理して見送ったりもしてくれてたが、寝ぼけた重巡棲姫がくしゃみと一緒に主砲をぶっ放して以来、止めるように言った。偶然前にいた中間棲姫に当たったから良かったが、うっかりこの街が地図から消えてたところだ。
「今日一限なんだっけ?」
「航海史だよ」
「うげー。私、歴史嫌いなんだよね。それにあの先生、顔がきしょい。イカの塩辛みたいな顔してるじゃん」
「どんな表現だよ。つかやめてやれ。あの人、最近娘に嫌われ始めたって悩んでんだから。生徒にも嫌われたら、可哀想だろ」
「先生の娘さんは、きっとイカが嫌いなんだよ!」
「先生のこと完全にイカとして認識してるな、お前。その理論で言ったら娘もイカだろ」
「まだイカじゃないんじゃない? カエルで言うおたまじゃくしみたいな!」
「成長過程でめっちゃ足生えてくるじゃねえか」
ちょっと足が生えてるイカとか、絶対に食卓に並べたくない。
漁師の人もそんなもの釣りたくないだろう。
「でもさあ、イカもそうだけど、エビとかカニとか地上の生き物じゃなくて良かったよね。タンスの裏からカニが出て来たら、もうテロじゃん」
「たしかに」
ちょっと前まで本当にテロ起こしてたお前が言うなって感じだが、その通りだと思った。
木の上からエビとか降ってきたら、泣く自信がある。
下らない話をしている間に、学校に着いた。
教室に入ると、それまで賑やかだった教室の空気が、少し凍った。
繰り返しになるが、俺は深海棲艦の提督だ。
提督は大体の場合無条件で艦娘に好かれるのだが、深海棲艦の提督だからか、反対に俺は艦娘に嫌われやすい。
同じ人間――提督には何の効果もないはずだが、やはりパートナーである艦娘が良い顔をしないと、近寄りがたいのだろう。
そのため俺は、提督学校では少し腫れ物の様に扱われている。
それに正直、成績も悪い。
提督は妖精さんの力を使ったり、言葉を発さなくとも艦娘に指示が出来るが、俺にはそれが出来ない。
なので必然的に上手く連携が取れず、集団戦の成績は万年最下位だ。
しかし実戦形式の演習は、集団戦だけでなく、個人戦――お付きの艦娘同士を戦わせる模擬戦形式のものもある。
こっちなら出来るんじゃ、と思ったこともあった。
実際、そこらの艦娘とは比べ物にならない力を持つ空母棲姫が本気を出せば、ぶっちぎりでトップの成績を叩き出すだろう。だがそんな事をすれば、俺達が普通の提督と艦娘じゃないことが発覚する可能性が高くなる。
トップを取らない程度に加減してやらせるのも、空母棲姫がアホ過ぎるせいで無理だ。
あいつには“やる”か“やらない”かの二つしかない。
当然いつも“やらない”を選択させているので、個人成績の方も低い。
他の深海棲艦は“やる”しかないから、まともな方だが。
座学の方は下位ではないが、トップ連中と比べると一歩も二歩も劣る。よく言って中の上程度だ。
総合成績だと、下の中から下の下と言ったところか。
成績の悪い浮いてるやつ――それが俺だ。
最悪だな。
しかし正直なところ、良い成績が取れなくても、俺は構わない。
良い成績を取れば、それだけ前線に送られる可能性も高くなる。
だが俺にとって、深海棲艦は敵じゃない。
艦娘と提督にも相性がある様に、全ての深海棲艦が俺の味方というわけじゃないが、それでも間違いなく他の奴らより深海棲艦
だからといって人類の敵、というわけでもないが。
ともかく俺には、深海棲艦と戦う気はあまりない。
「よう、落ちこぼれ! 今日も浮いてるわね!」
「ほっとけ」
バシン! と背中を叩かれた。
浮いてるとは言ったものの、普通に接してくれる奴も何人かはいる。
こいつ――
「おはようございます、東條さん。提督の失言は、許して下さい」
「おはよう、加賀。別に気にしてねーよ」
お付きの艦娘は加賀。彼女は感情で人を判断しない。そのため、俺の事を嫌ってない数少ない艦娘の一隻だ。その辺が、仲良くしてくれる理由の一つかもしれない。
「しっかし、今日も暑いわねえ。これも深海棲艦のせいかしら?」
「普通に夏のせいだと思うぞ。むしろあいつら海の生き物だから、涼しそうまである」
「海の生き物ってあんた……魚じゃないんだから。でもこうして私達がクソ暑い中学校来てんのに、深海棲艦の連中が海の中で涼んでると思うと、腹立つわ」
それには同意する。
海の中とは言わずとも、クーラーの効いた部屋で涼んでる奴らもいるしな。主に俺の家海域の連中とか。
「しかも一限はあのタコ教師と来てるじゃない。愉快よね、まったく」
「忍から見るとタコなのか……」
先生もイカだったりタコだったり大変だ。
そろそろ軟体動物から卒業させてやって欲しい。
その後先生がやって来て、授業を受けたが……俺にはやっぱり、先生の顔は人に見えた。
◇
――――放課後。
俺と忍は、先生に呼び出された。
先生、と言っても航海史の様な普通の先生とは違い、提督の仕事を教える軍事教官だ。
しかし、何故俺達なんだろうか。
俺の成績が瑞鶴の胸くらい低い一方で、忍の成績は武蔵級だ。お付きの艦娘も空母系で最強とも言われる加賀だし。
この二人を同時に呼び出すなんて、今までなかった事だ。
「義一、あんたも呼ばれてたのね」
「……ん、なんだ。お前達もか」
教務室に行く最中、よく見知った顔に出会った。
名前は
俺のクラスで一番成績がいいのは忍だが、学年1は義一だろう。お付きの艦娘も、戦艦系の中ではかなり強い長門だ。
長門が規律に厳しく、公平な性格だからか、義一は俺にも普通に接してくれる。
俺と忍と義一。放課後はいつも三人でつるんでいる。
しかしこうなってくると、益々俺がいる意味が分からなくなった。
成績一、二位の二人は分かる。
そこになんで俺?
「なんで私達と、落ちこぼれのあんたがセットで呼ばれたのかしら?」
「おい。はっきり言うな。傷ついちゃうだろ」
「忍、そういう事を言うのは良くない。謝りなさい」
「お父さんか、あんたは」
「やーい! 怒られてやんの!」
「あ? 喧嘩売ってんの?」
「お、やんのか?」
「いいわよ。次の集団演習であんただけ集中狙いしてやるわ」
「おま、そういう陰湿なの止めろよ。また俺が最下位になっちゃうだろ」
「いつものことじゃない」
「安心しろ。そうなったら、僕が守ってやる」
「ぎ、義一さん……」
胸がキュンと高鳴った。
俺が乙女だったら、ラブコメの始まりである。
しかし少女漫画の王道的展開だと、最初は頼りになる義一に惹かれてたものの、最後にはガサツな忍とくっついて終わりそうだ。
「忍」
「なによ」
「優しくしてくれ」
「はあ? なによ、急にきしょいわね」
やっぱりそれはないな、うん。
三人で話していると、いつの間にか教務室に着いていた。
義一を先頭に、三人で入る。
そこにいたのは教官――ではなく、この学校の学園長だった。
この人は滅多に人前に出ない。それ以前に、普段は学校にもいないはずだ。
益々分からない……というより、きな臭くなって来た。
「座りなさい」
「失礼します」
促されるまま、席に着いた。
「西尾義一くん、赤松忍くん。そして――東條宗一郎君だね?」
東條宗一郎とは、俺のことだ。
全員が頷いたのを確認した後、学園長は話を再開した。
「急なことだが、君達には『卒業』して貰おうと思う」
――卒業。
この学校の卒業は、普通のそれとは少し違う。
もちろん普通の学校の様に年齢で卒業することもあるが、大体は今の様に、在学中に突然言い渡される。
理由は簡単で、人手が不足だ。
だから即戦力になると判断された者は卒業し、鎮守府に配属される。
「西尾くんと赤松くんは横須賀鎮守府に、東條くんはショートランド泊地に着任することが決まった」
それを聞いた時「ああ、やっぱりか」と思った。
横須賀鎮守府は設備が一番充実している鎮守府だ。二人はエリートとして、出世コースに乗ったのだろう。
一方ショートランド泊地の方は、最悪と言っていい。
ショートランド泊地は、深海棲艦の侵攻が最も激しい場所の一つとしてとして有名だ。少なくとも、卒業したての新人を送り込む様な場所ではない。
だが最近、ショートランド泊地の提督が戦死してしまった。
このままいけば、もうすぐショートランド泊地は深海棲艦の手に落ちるだろう。
もちろん、海軍だって黙ってない。軍備を整え、向かい打とうとしてるはずだ。
しかし今のままいけば、軍備が整う前にショートランド泊地は落ちる。
当然だ。
提督がいなければ、艦娘は力が出せないのだから。
拠点を防衛するのと攻めるのでは、圧倒的に注ぎ込む戦力が違う。
海軍としては、居てくれるだけでもいいから、だれか提督をショートランド泊地に送り込みたい。
しかし戦死する可能性が高く、有能な人材は送りたくない。
そこで白羽の矢が立ったのが、俺というわけだ。
これ以上学校に置いても金と時間の無駄、それなら今使い潰すべき――というところだろうか。
「なによ、それ……なによそれ!」
忍が大声を上げて立ち上がった。
上官にその態度は不味いだろ。
「おい、忍。俺は別に――」
「あんたは黙ってなさい! それともなに、あんた死にたいの!? 少なくとも、私は納得できないわよ、こんなクソみたいな決定!」
一緒に止めてくれ、と義一を見ると、義一もまた立ち上がっていた。
「学園長。意図は分かりますが、犠牲が出ないならそれが一番ではないでしょうか。ですので、僕が代わりにショートランド泊地に行きます。優秀な僕なら、犠牲を出さずに時間を稼げるかと。自信もあります」
噛み付く忍と、冷静に説得しようとする義一。
二人を見て、学園長は駄々をこねる幼稚園児を見た時の様な、困った笑顔を浮かべた。
「君たちの友情は美しいね。けっこう、けっこう。三人の様な学生が僕の学校から出て、嬉しく思うよ。でも、ごめんね。もう決まったことなんだ。それじゃあ、君たちの一層の活躍を願ってるよ」
それだけだった。
たったそれだけで、この人が俺たちの事をなんとも思ってないことが、ひしひしと伝わってくる。
話は打ち切られ、俺達は外に放り出された。
「くそったれ!」
閉まった教務室の扉を、忍が蹴っ飛ばす。
いつも注意する義一も、今日ばかりは黙認していた。
忍は何か考えた後、ケータイを取り出して何処かに電話した。
「――もしもし加賀? 今から教務室を爆撃して」
「うぉい!」
慌てて止めた。
それは流石に洒落にならない。
「離しなさいよ!」
暴れた忍の肘が、俺の腹に突き刺さった。
い、痛みで涙が……。
涙目になっていると、忍が俺の顔を見て、はっとした顔をした。
「そう、よね。私より、あんたの方が辛いわよね……」
「いや、俺は別に気にしてない」
普通に言ったつもりだったが、肘打ちのせいで肺に空気がなく、喘ぐ様な声になってしまった。
側から聞いたら、自分の感情を押し殺していたのに、感情が溢れ出してしまった様に聞こえたかもしれない。
二人の顔が曇る。
違う、そういうことじゃない。
そう言いたかったが、そんな事を言える空気でもなかった。
「こふっ!」
忍にタックルされた。
いや、抱きしめられた。
「宗一郎! 安心しなさい! 私達は友達、ううん、親友よ! ピンチになったら直ぐに駆けつけてあげるわ!」
有り難い言葉だった。
泣きそうだ。
痛みで。
小さい身体のどこにそんなパワーがあるのか。あまりの締め付けの強さに、俺は産まれて初めて骨の位置を感じた。
「忍、宗一郎が戦死する前に死ぬぞ」
義一が助けてくれた。
クールだ。
偉大な司令官だ。
頼りになる男だ。
きっと義一なら、どこでも上手くやっていけるだろう。
「宗一郎」
「ん?」
「帰りにラーメンでも食べに行こう。奢ってやる」
いや本当に、カッコよすぎる。
女性ホルモンが分泌されまくりだ。義一の近くにいれば、将来ハゲることはないだろう。
しかし嬉しい反面、いいんだろうか、という気持ちもある。
二人だって栄転が決まったんだから、お祝いをするべきだ。
まあ今日は、お言葉に甘えさせていただくことにしよう。二人の祝い品は、後でこっそり用意しておくことにする。