本当にありがとうございました
私は今日とある女性アーティストのライブに来ている、名前は諸事情により伏せさせて貰う
開演前、集まったおよそ1200人のファンが今か今かと待ち続ける、皆目を輝かせ多くのことを語り合っている
やがて入場が始まり人々は会場の中へ入っていく、私も少し遅めではあるが会場に入る
会場に入ると中は予想通り人で溢れかえっており、中々良い位置が見つからない
少しして私は何とかステージが見える位置に陣取り、開演を待ち続ける
客電が落ちる、開演の時だ。アナウンスが入り観客の期待も最高潮に達している
-そしてEmotionalな夜が幕を上げる
まず最初に歌われたのは彼女のデビューシングル、激しくも彼女の妖艶さが見事に表現され、会場のボルテージはいきなり頂点に達する
次々に歌われていく色とりどりの曲達
激しい曲、優しい曲、美しい曲、可愛い曲、彼女はどれも見事に歌いこなしその度に会場は盛り上がってゆく
だが残念なことに私は半ば当たりからの記憶が無い、盛り上がりすぎたのかどうしたのか只、素晴らしかった事だけは覚えている
だが覚えている事もある、彼女が声を飛ばす度会場のファンは飛び跳ね、頭を振り、声を上げる、会場が彼女に操られているような
そんな感覚すら覚える程だった事をこの身が覚えている、非常に充実した時間だった
だが楽しい時間は光の如く過ぎ去ってしまう、やがて彼女の舞台も1度幕を閉じる
だが我々は声を上げる、もっと見たいのだ彼女が歌い、踊り、笑う姿が、少々意見の食い違いはあったが皆声を揃えて彼女の名前を呼ぶ
何度も何度も声が枯れようと彼女を呼び続ける、それがあの時の私達に出来るたった一つの事だった
そして再び幕は上がる現れた彼女が持っていたのはベースだ、無論我々は彼女がベースを弾けることを知ってはいる
だが今宵彼女は幾つの姿を私達に見せてくれるのだろう
もう発見し尽くしたと思っていても後から後から魅力的な部分が見つかる、その度に彼女の虜になっていくのだ
そして次の曲
たとえ君が光 見失ったとしても ほら 耳澄ませば いつもそばにいるよ
この歌詞にどれだけの思いが詰まっているのだろうか、太陽のような彼女の声にどれだけ励まされれば良いのだろうか
この時が永遠に感じるほどに聞き入った覚えがある
だが再び上がった幕は再び閉じる
これで終わりなのか
もっと彼女を見たい
ふと気がつくと会場から声が上がっていた
彼女の名前を呼ぶ
--何度も、何度も
皆限界が近いのだろう、上がる声は掠れて聞こえ所々では咳き込む音も聞こえる
だがそれでも皆声を上げる、それ程までにあの時我々は彼女に熱中していた
しかし今度は中々幕が上がらない、それでも我々は声を上げる、奇跡を信じて彼女を呼び続ける
-そして奇跡はおこり三度幕が上がる
彼女が紡ぐ最後の曲は最初に歌われた彼女のデビューシングル、明るく楽しく終わりたいといった彼女らしい選曲だ
我々はまた大はしゃぎし、遂にこのEmotionalな夜も終わりを迎える
--あぁここまでなら只の良いライブで終わっただろう
だが幕が落ちた後に流れるのはエンドロール
言い忘れていたが彼女は今宵で引退なのだ
デビューから今までの映像が流れる、BGMの曲に合わせて自然と合唱が始まる
Oh…Oh…
皆一様に涙を堪えている、思い出が巡る
彼女が舞台の途中で言った「再びひょっこり現れることは無い」と今宵で彼女は完全に引退するつもりなのだろう
彼女と出会ってから5年の月日が経過している、どんなに辛い日々も堪えきれば彼女に会えると日々の励みになっていた
だがその彼女はもういない
Oh…Oh…
声とともに涙が出る、声を出したいが口から出るのは嗚咽のみ
やがてエンドロールも終わり最後に画面に何か映し出される
「宝物の様な人生をありがとう」
--あぁ、これは耐えろという方が無理なのでは無いか?
嗚咽していた私は下を向いて顔を上げることが出来なくなってしまった、それ程までに涙が溢れていた
いつまでも余韻に浸っていたいが時は無常、舞台が終われば観客は外に追い出される
外に出て空気を吸っても涙は止まらない、彼女にあと何度でも感謝を伝えたい、だがその機会はもう無いのだ
過ぎた時は戻らない
かつて彼女は言った
「いちばん美しい姫になったら引退する」
と、今となっては誤解だと皆知ってはいるがそれでも言いたい
今宵の彼女は世界でいちばん美しい姫だった
思い出すと涙が零れるのでこの辺りにしよう
だが諸君どうか覚えていて欲しい、2018年6月1日の都内某所には…
--世界でいちばん美しい姫が歌い踊っていたことを
忘れない