なんとなく、目が覚めてしまった。
二度寝するのも悪くないが、せっかく起きたので外の空気を吸ってみよう…と、ぼやけた頭で思い立ち、玄関をくぐる。
湖のほとりで顔を洗い、腕を高く上げて、頭を起こすための刺激を入れる。
実に……心地良い。
起きる時間が違うだけで、こうも心が洗われるものなのか、と感じ入った。
"早起きは三文の得"とは、よく言ったものだなぁ…と思う。
水辺から我が家を振り返ると、外灯と販売所の明かりが目に入った。まるで、輝きぐあいを空と競い合っているかのようだ。その結末は言うまでもないのだが、灯りを消すのはもう少し経ってからにしよう。販売員たちが来るのはもちろん、長椅子で毛布にくるまっている者が起き出してくるにも早いから。
誰もいない販売所を見やった彼は、どこか違和感を覚えた。さわやかで透き通った空気の中、その場所だけが
ふと、建て替えの時に差し入れを持ってきてくれた友人の言葉が頭をよぎった。
「絵とか飾るのも、いいかもね」
そうか…! と彼は手を打った。壁に飾り気がないために、販売所が殺風景になっていたのだ。今のままでは、販売員たちがいくらがんばってくれても、売上は伸びないだろう。一刻も早く助言どおりにしたいが、絵画はまだ手元になかったような気がする。さしあたり、手元にあるもので何とかしてみよう。
何かなかったかな…と思い返すうちに、建て替え前の家で鹿の剥製を飾ったことを思い出した。何か1つあるだけで玄関まわりが引き締まって見える不思議に、ついつい感心したものだった。この際、試してみる価値はありそうだ。
あれは、ものが大きいだけに木箱へ入れたはず。ひな壇の下と2階と、どっちの中だっただろうか。はっきり覚えていないが、
足音を忍ばせて階段を上り、外への出入口のそばに積んである木箱の1つに手を掛ける。天板をずらすと、目的の物がこちらを見つめていた。探し回らずに済んだ幸運に小躍りしかけたが、おっと、音を立てて起こしたら申し訳ない。木箱を元通りに閉めてから、壁にこすったり落としたりしないよう、細心の注意を払いながら、剥製を抱えて下りていく。販売所へ続く扉を抜け、少し背伸びしながら壁の真ん中へ剥製を取り付けてみる。
これでマシになった…と一息ついたのも束の間、辺りを見回した途端に今度はため息がこぼれてしまった。1つだけの飾りが、かえって"孤立感"を醸し出していることに気づいたからだ。
なかなか思うようにはいかないなぁ…と頭をかいてから、ならばもう1つ作って、2つ並べてしまおう、と心に決めた。それなら少しは賑やかさが出て、販売所全体の雰囲気もだいぶ変わるだろうから。それまでは辛抱して、ひとまず壁には何も掛けないでおこう。
やることが決まったところで、弾む足取りで中2階の本棚へ向かう。製法を書き留めた帳面を引き抜き、紙面をめくって内容を確かめる。
必要な素材は…ガラス玉が2つに丸太と石灰石が1つずつ、動物のなめし革が10枚、そして鹿の角が2本、か。幸い、多くの材料は揃う。ガラス玉は手元にないが、ガラス石と金物ヤスリがあるのですぐ作れる。
ただ、問題もあった。鹿狩りを誰かに頼まないと、素材が足りないのだ。
まず、鹿の角は手持ちがない。かさばるし、家財や装備品の作成に使うこともまずないので、もっぱら解毒剤へ加工していた。次に、動物のなめし革には毛がない。毛が残ったままだと、保存性と加工のしやすさに都合が悪いからだ。しかし、今回は毛を残す必要があるから、新たに動物の生皮を用意する必要があった。
幸いなことに、その点については心強い
そこまで考えて、彼は思わず吹き出した。なぜ忘れていたのだろう。今日はたまたま、その相手が来る予定ではないか。
製法と素材調達の目処がひとまず立ったところで、他のことを片付けておこう。
販売員たちが起き出す前に、箪笥の中にしまってある商品を取り出し、販売員たちへ預けるものを選ぶ。
今の主な売り物は、"悟りの石"と呼ばれる赤く透き通った塊だ。素材集めで伐採をしていて、木からこぼれ落ちものを拾い集めるうちに貯まっていたのだった。彼も、秘められた才能を伸ばしてくれる不思議な力のお世話になったし、これから使いたいという人もいるだろう。だから、どの才能に関わる"石"が売れそうかを考え、ここ数日で売れたものを確かめてから、今日の販売品を決めるようにしている。
別に大金持ちになりたいわけではない。土地代で支払う
ちなみに、
彼の場合、戦闘はまったくできないし、なるべく生産に携わりたいので行商する時間も惜しい。受注は依頼の有無に左右されるし、取引金額もその時の交渉次第。結局、構えた家へ販売員たちを呼ぶのが最も現実的だと思ったのだ。"悟りの石"にしても、あぶれるぐらいなら売りに出す方が、売上にもなるし誰かの役にも立つから、というのがきっかけだった。もちろん、売るからには吟味はする。需要のありそうなものや、他であまり扱ってなさそうなものを置くよう心がけている。
今日はさいわい、早起きしたぶん商品をじっくり検討できそうだ。それが終わったら朝食を済ませ、販売員たちへ売り出しをお願いしてから、依頼人の到着をのんびり待つとしよう。
そして夕刻。陽が沈み、景色が茜色から紫色へと染まる頃、待ち望んだ素材が届いた。
この頼れる巨漢は、
「余った分は売るなり使うなり、自由にしてくれて構わんぞ」
と、両腕で抱えきれないほどの角を持ち帰ってくれた。
期待を裏切らない仕事の早さと、相変わらずの気前の良さに、ついつい口元が緩む。朝、本人が"後で"と言って受け取らなかったものを、改めて手渡す。
「助かる。いつもすまんな。鹿が相手なら時間はそうかからんし、危険もまずなかったんでな。気を悪くしないでほしい」
中2階に届かんばかりの頭の高さからお辞儀をされると、額から突き出た4本の短い角がちょうど彼の目の前に来る。初めのうちこそ驚いたものだったが、さすがに今ではもう慣れた。パンデモスに特有の角、筋骨隆々の
ちなみに彼は、角を目にするたびにいろいろ訊いてみたくなる。寝る時に枕に引っかからないのかとか、敵に頭突きを食らわせたりしないのかとか。目の前にいる本人が聞いたら呆れそうな質問ばかりが浮かぶので黙っているが、反応を見てみたい気もする。我ながら困ったものだ。
それはそれとして…近接戦闘をこなす者がどれほど危険と隣り合わせかは、壁役として仲間を守ることが多い当人からよく聞いている。複数の敵に囲まれたり、状態異常や呪いを受けたりすると、死の確率も格段に跳ね上がる。自分が倒れれば仲間にも危害が及びかねない。だからこそ、
「こちらこそ、いつも助かってるよ。急なお願いだったのを、本当にありがとう」
がっちりと握手を交わし、星が瞬き始めた中を手を振り合って別れた。大きく肉厚な手の感触と、鋭い中にも温かな眼光が、快い余韻を彼の中に残していった。
食事を済ませたあと、意気揚々として作製へ取りかかる。
まず、丸太を切って首と頭の形を大まかに作り、板状に整えてから磨き上げた石灰石の土台へと据えつける。次に、ガラス石を溶鉱炉でガラスへと精錬し、さらに金物ヤスリで削ってガラス玉を2つ作り、頭へはめ込む。その上から、毛を残してなめした動物の革を張り付けて鹿の姿を再現し、最後に角を付け足して向きを微調整し、完成となる。
剥製が仕上がったとたんに大あくびが出てきた。ついつい夢中になってしまった。今は何時ごろだろう。
辺りを見回すと、お店を手伝ってくれている男の子が、いつものように長椅子で眠っている。他の販売員たちは気配がないから、片付けや掃除を済ませて先に帰ったのだろう。耳を澄ますと、かすかなざわめきに似た音だけが聞こえる。止むことなく続く大瀑布の壮大な響き。明るいうちは色とりどりの旋律を添える鳥たちも、男の子と同じく夢の中のようだ。
あぁ…すっかり夜が更けてしまったらしい…と分かったところで、まぶたが急に重たくなり、肩にずしりと重みがのしかかってきた。まぁ…取り付けは明るくなってからでいいや…もうろうとした意識で考えながら、足を引きずって寝台へ向かい、やっとのことで布団に潜り込んだ。
そして翌朝。寝ぼけ
いいのか悪いのか、昨日と似たような時間に目が覚めてしまったのだった。いささか心中は複雑だが、せっかく起きたので、昨日の続きをすることにした。
他の場所から運んできた踏み台代わりの
その時、屋内へ通じる扉が開いて、お手伝いの男の子が出てきた。作業の物音で目が覚めたのか、気だるげな声で挨拶などしながら
「わぁ…かっこいい!シカさんが2つ並んでる~」
眠気が一瞬で吹き飛んだらしい。両手をあげて飛び跳ねるさまに、彼も思わず、会心の笑みがこぼれる。
この販売所は、陳列棚が屋外へ横長に面している。
ただ…保管箱は上ぶたを開け閉めするので、剥製との間が思ったより狭くなりそうだ。それが、さっき気にかかった点だったのだが…寝不足な状態で保管箱を朝早くから動かして回ったので、これ以上の作業はさすがに億劫になっていた。
くたびれた様子の彼とは対照的に、
「スゴいや!生きてるみたいだ~」
などと、感想を述べながら元気いっぱいな様子の少年だったが、彼の様子に気づいたようで、心配そうに見上げてきた。
「あの~…どうかしましたか~?」
答える代わりに、保管箱と剥製の間を指差す。男の子もつられてそちらに目を移し、
「あ~…箱を開けたらぶつかっちゃう…?」
と、困ったような顔になる。
「そうなんだよねぇ…もう少し高く飾りたいんだけど…」
「じゃあ、ボク、手伝いますよ?」
願ってもない申し出に、彼は思わず頭を下げた。
「ありがとう…助かるよ。少し重たいかもしれないけど、大丈夫?」
すると少年は誇らしげに片腕を突き上げて、上気した頬をさらに赤くして答えた。
「はい、もちろん!」
目を輝かせているその様子に、彼の目尻もついつい下がる。早く触りたくてたまらないのだろう。そんなまっすぐな好奇心にこちらも元気づけられて、だるさもどこかへ吹き飛んだ。
じゃあ、さっそく、やってみよう。
肩車を組み、剥製の土台を慎重に下から支え、持ち上げて、受け渡していく。
「重たかったら、無理しないでねぇ」
「はい、平気です~。うんしょっと…」
腕の震えが伝わってくるが、それは同時に、この少年の
「ありがとう。本当に助かったよ」
「ううん。お役に立てて良かったです~」
まだ上気した顔を向けながら、お互いに満面の笑みを交わし合った。そうして改めて、それぞれの目で販売所を見つめる。
壁の高い位置に、鹿の剥製が2つ並ぶ。
たったそれだけで、昨日まで寒々しく感じた販売所の雰囲気がこうも変わるとは。和らぎと
ただ…そうなると、ついつい次のことを考えてしまう彼の性分が、頭をもたげてくる。
オムライスを差し入れてくれた友人の言うとおり、絵を真ん中に飾ると、さらに気品が出て良さそうだ。
どんなのを掲げようか、と考えたところで、とある知り合いが以前にくれた絵画を思い出した。たしかそれは、中2階に置いた
朝食を終えてお腹がふくれたところで、さて…と、知り合いの話を思い出してみる。
その絵は、ミーリム海岸の沖合いに沈んだ宝船から持ち帰った1枚だという。それならば芸術性も高いだろう…と思ったのだが、知り合いの表情はどこか、念を押すかのように見えた。まるで"本当に、いいの?"とでも言わんばかりだったような…
いやいや、きっと思い過ごしに違いない。そう彼は結論づけ、箪笥の扉を開けた。果たして、保存用の
「これは、すごく運が良いなぁ。すぐ見つかるとはねぇ」
思わず、鼻歌に合わせて身をくねらせたりしつつ、中2階の床の上で包みを少し開いてみる。
……動きが、止まった。
……やっぱり、あれは、気のせいじゃなかったのか……
表現に困るのだが、"どうしようもない力場"が、この絵からあふれ出ていた。
ついさっきまで、見栄え良くなった販売所にすこぶる上機嫌だったというのに…今、この何とも言いようのない気持ちはどうしたものだろうか。まるで、色彩豊かな風景画の中から、白と黒を残して他の色が全部逃げ出してしまうような、そんな気分だった。
まぁ…仕方がない。こんなこともあるか。
ため息を1つつくと、彼はていねいに包み直し、元の場所へしまった。
「うん、見なかったことにしよう」
と、敢えて声に出し、手を2度3度と打ち鳴らす。
ただ、仮にも頂き物なので捨てるつもりはないし、機会があれば話の種として見せるぐらいのことをしても、
「ん?どうかしたんですか~?」
男の子の顔が中2階へのぞく。明らかに笑いをこらえている。鼻歌の後に硬直し、独り言とともに手を打ったりしていれば、それはそれは奇妙な光景に映っただろう。
「あぁ、いやいやいや、なんでもないよぉ。とりあえず、お店のほう、お願いねぇ」
慌てて手を左右に振って、彼は引きつった笑顔と声で返した。
「は~い」
口元を押さえたまま男の子は降りていき、扉を開け閉めする音がそれに続いた。
どうやら、
いい絵との出逢いは、もうしばらく先のお楽しみになりそうだ。(了)
お読みくださいまして、ありがとうございました(深謝)。
直接の繋がりはありませんが、『もっこす奮闘記 建て替え編』の流れを汲んでいます。
もしよろしければ、そちらもご覧いただけると嬉しいです。
まずはお詫びです。
話の展開が不自然にならないように留意しながら、少しでも現実味のある場面設定を考えた時、筆者の頭では、本文中のような組み立て方が精一杯でした。
その代わりと言ってはなんですが、鹿の剥製の
筆者自身、「なんで私はここまでこだわるかなー」と不思議です(笑い)。
MoEの中での模様替えもそうだし、この文章を書くときもそうだし。
けれど、そういうのが好きで楽しいから、困ったような、良いような感じもします。
ちなみに、気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、筆者の文章では、カタカナ言葉や擬音語・擬態語を避けています。
そういった言葉を使う方が手軽で楽だし、読者の皆さまもその方が分かりだろうなぁ…とは思いつつも、敢えてそうしています。
それは、"日本語が本来持っている
言葉は生き物で、時代と共に移り変わるもの。筆者もそれは感じていますし、仕方ないとは思います。ただ…カタカナ言葉や擬音語・擬態語があふれかえっている今の日本語を見ると、とても残念な気持ちになります。
日本語に本来あった、「景色や心情を丁寧に表す言葉」や「意味合いの違いを的確に表す言葉」が滅びつつあるように感じてしまうからです。
『
言葉の持つ、心を動かす大きな力。それを端的に表した一言です。
言葉遣いによって、自分も相手もどんどん変わっていく、ということは、実際にあり得るのではないでしょうか。
乱暴な言葉を使えば心がすさみやすいし、丁寧な言葉を使えば相手の印象が変わります。
(時と場合をわきまえるのは大前提ですよー。丁寧な言葉も
筆者には、最近の日本語の変化は、"感性や心のひだを埋め立て、壊している"ような気がしてなりません。
我ながら「えらそうなことを言ってるなー」と思いますし、どこまで実践できているかは分かりません。
ただ、日本人が本来持っていた豊かな感性を大切にしたいとは思うし、それを守る1つの方法が「言葉遣い」だと思うので、敢えてこだわっています。
前回の後書きが"ゲーム解説"なら、今回は"日本語に関する演説"みたいになってしまいましたが、生ぬるく見守ってやってくだされば幸いです(汗)。
それはそれとして…内装に凝るのは、本当に楽しいです~♪(筆者だけかなー?)
なお、文中の最後に出てきた"どうしようもない力場"の絵については、MoEの沈没船で手に入れることができます。文中の「彼」が抱いた感想は、実際に筆者が感じた内容でした(笑い)。
そういう品物があるのもまた、味があっていいなぁと思えてしまうのが、MoEの不思議な魅力(?)でしょう。
そんな"不思議"が"日常"なダイアロス島へ、お越しになりませんか?
筆者も含めて、多くの「仲間」が、お待ちしております。(筆者 拝)