不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第七十話

 生きて、逃げて、命を繋げて、数百年の時を今日という日まで生きてきた――回想を始めればまるで死を悟ったみたいだな……やめよやめよ。

 現実逃避をしても状況は好転しないし、白旗を上げても``千変``は俺を見逃してはくれないだろうから、生き残るための思考と行動を止める訳にはいかない。

 

(さて、ウェルさんや。この状況をひっくり返す一発逆転の作戦なんかあったりは)

(鬼畜の所業に手を出せば、簡単に逃げれるかもよ?)

(鬼畜の所業……ねえ。分かってて言ってるよね)

(えー? なにが―?)

 

 現状は膠着状態だった。

 ``千変``と出会い頭の後、直ぐ様に『嵐の夜』を多重展開することで位置を悟らせないようにすることで、『神鉄如意』の巨大とも言える一振りや一突きの直撃を避けれるレベルに戦局に維持することには成功。

 しかし、どんな勘をしているのか数度に一度は直撃コースに攻撃が飛んでくる。それらはリーズが俊敏に盾を展開し、攻撃を逸らすことで九死に一生を得ている。

 正直に言えば、ジリ貧である。『嵐の夜』の副次効果と『神鉄如意』の攻撃が飛んでくる方向でなんとなくの位置はこちらからも推察できるが、俺は攻撃手段に乏しいし、リーズでは決定力不足。

 少しずつ嵐の位置を動かして距離を離そうと試みているが、付かず離れずを維持してくる上に、偶に``紅世の徒``が嵐の中に巻き込まれたのか乱入してくる。余計な消耗を防ぐために、戦うことはせず『青い世界』で水中に誘い込み、『色沈み』で気配を誤魔化して水中に置き去りにして撤退する。『嵐の夜』の維持と再展開に、他の自在法の使用で存在の力は過去にないほど消費され、時折飛んでくる一撃必殺の攻撃の警戒で常に精神も削られていく。

 時間経過で``仮装舞踏会(バル・マスケ)``側も無駄と悟って撤退をしてくれれば御の字だが、果たしてどれほどの時間が必要なのか……本当に撤退の二文字があるかも疑わしい。

 鬼畜の所業とは、リーズを囮にして逃げること。自分の生存だけを重視したウルトラCであり、今の俺にはもう取ることの出来ないプラン。ウェルもそんなことは分かってるだろうに。

 今もリーズは大きな盾を構えて俺の前に常に立ち、緊急回避の際には身を挺して命を救ってくれている。

 見捨てて逃げれるはずもない。

 

「リーズ、大丈夫か?」

「うん、まだまだ平気。まだ頑張れる」

 

 声に振り向き、俺を安心させるかのようににやりと笑って見せる。

 前髪は汗で濡れ始めているが、呼吸は落ち着いた様子だ。傷もないので、本当にまだ余裕はありそうではある。

 『外界宿』で引きこもっていた俺とは違い、リーズはたまに``紅世の徒``の討滅に出たり、機嫌が良いフレイムヘイズから指南を受けたりもしていたらしいのだ。

 俺はともすれば『神鉄如意』の薙ぎ払う音だけで身体がビクッとなるし足はすくむというのに、リーズのその堂々とした立ち振る舞いには目を見張るものがある。

 成長著しい、というよりは考えてみれば、もう俺と行動を伴にしてからは最低でも300年は経っている。逃げることしか能がなく成長のない俺とは違い、これだけの年数で努力を重ねれば一流のフレイムヘイズに成れるのかもしれない。

 思い返してみれば、外界宿東京本部の職員の視線も俺よりもリーズを頼りにしていたような気も……うん、本当に頼もしい背中だ。

 だからといって``千変``を討滅できるとは到底考えられないのが、直面している問題なのだが……

 

(でも、ただ逃げてるだけじゃないんでしょ?)

(まあね。それなりの勝算はあると思ってるよ。どうしても``千変``の動き次第な所ではあるけど)

 

 自身の修練に余念がなかったリーズと打って変わって、俺は基本的には力も使わずに引きこもっていたのだが、怠惰な日々を過ごしていた訳では無い。むしろ、時間があったからこそ「強敵対策」に余念がなかった。

 その対策の一つは今回も役に立ったと思われる外界宿に用意されるようになった、いざという時の避難経路であるし、咄嗟の自在法の展開である。本来であればここまでの手管で、逃走は完了している予定ではあった。最善択、上策というやつだ。お手軽プランとも言う。このお手軽プランがドレル御一行様で満員御礼となってしまったのは仕方ない。相手が並の``紅世の王``であれば、俺もご一緒できたかもしれないが、いつも通り現実はそう甘くはなかったというだけのこと。

 そういうわけで、俺は下策に頼らざるを得ない。

 下策――自在法の応酬による打開。もしかしたら、ゴリ押しと世の人々は言うのかもしれない。

 この話をした時、リーズと彼女の相棒のフルカスは呆れた声を出していた。そんなものは作戦とは言えない、と。みなまで言うな。気持ちは分かる。俺も俺以外の口からそんな言葉を耳にすれば、考えなしの脳筋の称号をプレゼントしていただろう。

 だが、考えてみてほしい。前提が根本的に異なるのだ。

 正面切って``紅世の徒``を討滅するためにゴリ押しを実行するのは、確かに脳筋戦法かもしれない。

 しかし、俺は逃げるためにゴリ押しを実行するのだ。

 本来フレイムヘイズは復讐をするために``紅世の徒``へと攻撃を仕掛ける。目的を達成しようと苛烈なまでの応酬を浴びせるだろう。それがこの世界の理だ。常識だ。

 つまり――``紅世の徒``がフレイムヘイズの自在法に気付けば迎撃をするために身構えるし、弱小であれば我が身可愛さに逃げ出すのがおちだ。

 この法則は逆手に取れる。取れた。

 『革正団(レボルシオン)』で多くの``紅世の徒``を相手せざるを得ない時には一転攻勢を見せつけることで、相手の攻めの姿勢を守勢へと変化させた。その変転は俺にとって逃げる隙へと繋がる。

 普段は全く有り難くもない俺の名声によってこの作用はさらに拍車をかけた。

 やたら規模の大きい自在法と存在の力の物量は目に見えて相手を威圧することに長け、かつての『大戦』での無駄な知名度は敵に無駄な警戒心を促す。まさか、あの『大戦』の立役者が敵を目の前にして逃げの一手だなんて思いもしないだろう。

 大袈裟かもしれないが『炎髪灼眼の討ち手』が敵前逃亡するようなものだ。その光景を目の当たりしたら、呆気にとられるのは無理のない話だ。

 『革正団』では、あまりの連戦の多さに同じ戦法を使いすぎたので戦法自体を知られてしまっている危惧もあったが、今日までの評判を聞くに『不朽の逃げ手』の威厳は落日を迎えておらず、現局面を支える一端を担っている。

 割と直前に``千変``と戦闘を行ない彼を敗走に追いやっているのも、対``千変``特攻が付与されて想定よりも上手に事を運べている要因だろうし。

 そういう意味ではこの膠着状態は俺にとってはかなり上出来な部類に入るのかもしれない。

 散発的な攻撃で済んでいる――あの``千変``に様子見をさせていると言えば、スタンディングオベーションを貰ってもいいのではないだろうか。

 本格的な戦闘が始まってしまえば、死が必然という現実にさえ目を瞑ればだけれども。

 

「……ッ! 貴方横に!」

「あっっっっぶな! 本当にあぶなっ!」

 

 下と前。地面をも揺らすような轟音。地面から巨大な穂先が何本も生えてきたかと思えば、ほぼ同時に地面から生えてきた穂先と同じ物が何本も貫くように襲ってきたが、リーズの機転により難なく回避は出来た。

 今までとは異なる正確な二点攻撃。まだ避ける余裕はあるが、攻撃の変化や正確性にあまりにも違いが出始めている。

 

「これは精神衛生上よくないんだけど! 『神鉄如意』って伸びる大きくなる頑丈ってだけじゃないのかよ!」

「ふむ、噂に違わぬ剛槍っぷり」

「感心してる場合じゃないよフルカス……こんな攻撃を続けられたら、逃亡計画通りに行かなくなる」

「ううん、貴方落ち着いて」

 

 リーズはぐずる赤子を宥めるような声色で、自身に満ちた態度で。

 

「地面からの攻撃なら予兆がわかりやすかったから、これなら避け続けれる」

 

 頼もしすぎる相棒の言葉に、俺は声が出なかった。

 

(モウカ、落ち着いた?)

(ああ、うん。大丈夫。落ち着いた)

 

 落ち着いたさ。慌てすぎた。面目ない。

 命の危機に貧して慌てるのはいつも通りではあるけれど、身構えていた以上の予想外に見舞われて狼狽しすぎて、悲観的になってしまった。

 まだ、終わっていない。

 

(リーズってこんなに頼もしかったっけ)

(私は? 私は!)

(はいはい、頼り頼り)

(なにそれ酷い。これがDV彼氏でしょ、知ってるよ)

(どこで知ったその言葉。あと、彼氏でもDVでもない)

 

 パートナーではあるけども。この言葉は伝えてやらない。調子に乗るから。

 リーズの言葉を信じて現状維持……とは、残念ながらならないだろう。そう思うのは楽観視がすぎる。

 槍が増えるのか、分裂するのかは分からないが、2つに増えるということはだ。

 

(俺の想像でしかないんだけど、もしかして槍の穂先が増えるのは2つで限界ってことは)

(ないんじゃないかなー? ``宝具``なら何が起きても、おかしくないし)

 

 見解の一致。嬉しくない情報だ。初見殺しされなかったのを、幸運と思うしかないだろう。

 2本なら避けれるが、3本……4本5本ならばどうなるだろうか。その時まで避け続けられるだろうか。そもそも、隙間なくオールレンジを槍で囲い貫きにきたら?

 想像したら嫌な汗と身震いが少しでた。

 ……いや違う! 逆に考えろ!

 必殺の手段があるのならば、それをしてこないという事は未だに``千変``も決定打に欠けているということだ。なりふり構わず使用してこないのは、そうすることで隙が生まれるとか、デメリットが有る。無茶苦茶できるなら最初から必殺技を使っているはずだ。

 使えない、出来ない理由がある。

 正確に飛んできたと思われる攻撃だったけども、連続で仕掛けてきていないのも何か理由――『嵐の夜』の特性を踏まえて、自在師が嵐の中心部にいると検討をつけて攻撃してきた、とかものすごくありそうな話じゃないか。そうならば、こちらの位置――複数の嵐の内、どこにいるかはまだ把握できていない証になる。

 これを察知されることを嫌って、今までは薙ぎ払いによる一撃を狙っていたとすれば、戦局の膠着にも理由がつく。そして、察知されることを考慮してでも強行してきた。

 焦れる理由がある。

 

(ウェル、勝負の仕掛け時かもしれない)

(よし、やろう!)

 

 決断をする後押しが欲しい時に、後押しの言葉だけをくれる。

 居心地の良い関係。決心を鈍らせない。

 

「リーズ、フルカス。一気に仕掛けるから着いてきて」

「もちろん」

「ふむ、任せよう」

 

 一世一代の賭けである。

 生きてきた過去500年の中で、最高出力の自在法を使って、逃走を図る。

 予定より遠い位置からだが、背に腹は代えられない。

 このタイミングで仕掛けなければ、逃げれない。

 俺の逃げ勘がそう告げているのだから。

 

「川の増水には、お気をつけくださいってね」

 

 『嵐の夜』『青い世界』の最大出力。

 ``千変``はその名の通り変幻自在に姿を変える。水の中だろうが、環境に適応した姿を取ることで利を失うことはないだろう。

 だが――彼のお相手は嵐で荒れる水の中、気配を消して、唯一無二の逃げるフレイムヘイズ。

 かつては、大戦でさえも逃げ切ってみせた。

 そして、あの有名な``探耽求究``ダンタリオンからついには逃げおおせることに成功した。

 はたまたは、『革正団』という``紅世の徒``の軍団ですらも後塵を拝した。

 逃げに傾倒した俺を捕まえられるとは思わないほうがいい。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 いつもの椅子。いつもの机。慣れ親しんだ外界宿東京本部の執務室。

 深く椅子に座って、届けられたばかりの手紙を読む。

 差出人は無事に逃げ切った『愁夢の吹き手』ドレル・クーベリックからの無事を知らせる吉報と『不朽の逃げ手』の生存を信じて疑わないことが感じ取れるこれからの外界宿の方針についての相談。

 俺個人が``千変``から逃げ切れたからといって、大戦の回避が叶ったわけでないのだから、やらなければいけないことがあるのは十分に理解できる。

 それはそれとして、もう少し感傷に浸らせてほしいし、なんならあと50年は隠居生活で命のやり取りは遠い場所に行きたい。生きたい。

 

「今更思ったけど、``千変``は本気じゃなかったんじゃないかって」

 

 目的は俺の命ではなく、ドレルの命。ひいては『ドレル・パーティ』の殲滅が主目標。

 フレイムヘイズ活動支援の大部分を占め、フレイムヘイズ結合部を担う『ドレル・パーティ』はまさしく替えの効かない歯車だ。『ドレル・パーティ』という組織そのものもそうだが、運用を行なっているドレルも決して替えの効くフレイムヘイズではない。

 だからこそ、俺もあの瞬間は彼を『自分の命』よりも重く捉えて、先に逃したというのもある。

 大戦が勃発するのであれば、欠けてはいけないピース。俺の望む平和へのピース。

 

「モウカさー。そんな事考えてたの?」

「え? ああ、だとしたら納得行くなあって思ってさ」

 

 俺の死が主目的であったなら、逃げ切れていなかったんじゃないか……なんてIFが頭から離れない。

 正直、過去の経験で一番危険な戦いだった。味方もリーズしかおらず、増援も見込めない。自分の力量次第でしか命を繋げられず、相手は飛び切りのジョーカー。

 二度目があったらと考えるだけど、身体は震えてくる。

 

「大切なことを忘れてるよね、モウカは」

「大切なこと?」

 

 何か見落としがあるのだろうか。

 実はもっと簡単に逃げる方法があったのか。それとも、未然に防ぐことが。

 

「今回も生き残った! 私はモウカとまだ一緒に居られる! ね、これ以上のことはないでしょ?」




公式が頑張ってくれたので……
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