それと、この物語は『ヴァージョン・リミックス・パァ・ラ・フォルム・ドゥ・シャク・アムール・ションジュ・コム・ル・カレイドスコープ』という吹奏楽をイメージして書かれております。よろしければ、そちらをお聴きになるとこの物語の雰囲気を掴めるかと思われます。
意識が朦朧とする最中、その建物は現れた。とても大きく、しかし城ではない、館と言える程の大きさ。錯覚だろうか?懐かしみを帯びている。
しかしやっと、人の居る土地に着いた。血が流れ、滴るのを感じる。否、もう麻痺さえしてきて、いつの間にかそれさえ感ぜられなくなっていた。もう太陽は山と山の間の中に入っていて、姿はほんの少し見える程度。無人ではないことを祈り、ただただその館に足を引きずりながら歩み寄る。もし無人であるならば、俺にこの先の人生はない。
あともう少し、あともう少し。そう、自分に言い聞かせて…………
しかし、もう限界だった。俺は地面の凹凸に躓き転んだのを切っ掛けに生きるのを諦めた。それだけ、たったそれだけで諦めたのだ。このまま、出欠多量で死ぬ。そうして眼をゆっくりと閉じた。同時に太陽の光が消え失せたのを感じられた。
俺の人生は、約18年で幕を閉じることに─────
「如何なされたのかしら?」
不意に少女の声を聞いた。死の間際の幻聴か、はたまた現実なのか。俺は後者に期待を抱かせ、眼を開ける。
最初に見えたのはハイヒールのはいた細い足。良かった、現実だったんだ。俺は搾りカスの様な力で顔を見上げた。
あどけなく、黄金の髪が月光に輝いた、俺と同じ程の歳であろう少女が、美麗に微笑んでいた。
美しい。俺は彼女を探し求めていたのでは?一目惚れという奴だろう。しかし、昔から愛していたような好意だった。
「ここは私の館。その入り口で死なれてしまっては、誰も寄り付かなくなるわ」
溜め息を吐き、そして手を伸べてきた。全てが期待通り、俺はツイている。
アドレナリンが出ているのか、先程の死にかけからは想像も出来ない程に速く手を取った。その瞬間、彼女はニコリと靨えくぼを作った。
彼女の手を借りて立ち上がる。その時に気が付いた、傷という傷が消え失せている。切り傷も痣もない。当たり前の様にそれらは無くなっていた。しかし、肌に付いた土や血がはっきりと否定した。
「これは……?」
やっと疑問の言葉が出た。その言葉を聞いた彼女は隠す様に、悪戯っぽく笑った。どうやら彼女がやったことらしい。魔法だろうか?魔法に触れるのは初めてだった。俺の街は世にも珍しい科学派やその子孫だけが住む街『アムール』。俺はその街が嫌いになったからここに居る訳だ。
あそこに、俺が探し求めているものはない。
「さぁ、夜は凍えるでしょう?中に入って」
彼女に手を引かれ、微かな光が漏れるこの館へと足を踏み入れた。
*
「暖炉に当たってて、すぐにミルクを持ってくるわ」
ドアと壁の間から顔を出してそれを言う。そして、ドアの向こうへと姿を消す。代わって俺はソファに腰掛け、暖炉の火に手を広げて向けている。
「ありがとう、ございます…」
とても親切で、申し訳なくなり、彼女に聞こえないだろう極小さな声で呟くように感謝を示す。また、後程改めて言おう。
しかし……俺は辺りを見渡す、豪華な部屋だと思える。これはルークの絵か?
ルークは最近聞くようになった画家の名前だ。世界の色々な風景を紙に写す。いや、彼が見える景色に描き直している。それは美しくも醜いと、有名らしい。
そうだ、彼の見たかった絵がある。それは……あった。俺は立ち上がり、その絵へと向かう。その絵に撫でる様に触れ、ネームプレートに眼をやる。間違いない、これだ。
「『アムール』」
有り得ない。なんて美しいのだろう?ルークは、何故美しく見えてしまったのだろう?排気ガスさえ、まるで神に纏う神聖なる雲だ。俺からしたら笑いを狙いにいったとしか思えなかった。だとしても笑えないが。
まぁ、仕方のないことなのだろう。ある人には感動を与えても、ある人には違和感を抱かせるのだから。
「……さむ」
俺はまた暖炉の前へと寄り、火に掌を見せる。それにしても人の気がない。彼女だけが留守番でもしていたのだろうか?ここの主人には感謝の意を伝えられるだろうか?いや、いくらここの娘とはいえ、勝手に人を入れているわけだ、秘密にしておいた方が良いのだろうか?
「ごめんなさい、待ったかしら?」
ちょうど、彼女がミルクを持って部屋に戻ってきた。待ったどころか意外に早いと感じる。ミルクを渡され、今度こそ「ありがとうございます」と伝えた。すると彼女は笑顔で頷いた。
「すみません、ここの主人は何処へ行かれたのでしょう?まるで人の気を感じなくてですね」
彼女は驚いたようにこちらを見つめる。綺麗な瞳を丸々とさせて、思わず俺は何か変なことを口走ったのかと疑う。が、直ぐにクスクスと笑い出す。全くもって何が面白いのか……
「主人は何処へも行ってないわ」
「え?」
「だって、私がここの主人なんだもの」
なるほど、面白い訳だ。彼女がまた笑うと、俺も恥ずかしく笑う。人を見た目で判断してはならないとは(意図は違えど意味は同じだ)良く言ったものだ。
「ねぇ、暇でしょ?」
「そうですね、暇です」
「ふふん」
彼女は得意気に笑ってみせた。良く見ると手を後ろに隠し、何か持っているようだ。はて?彼女がミルクを俺に渡してから今までに、俺にバレないように何かを持つ時間があっただろうか?
「じゃーん!」
「万華鏡?」
「そう、万華鏡。それも、ただの万華鏡じゃないのよ」
その筒を俺に手渡す。覗いてみろということだろうか?俺は手に持つ筒を眼の前へと置き、片眼を瞑り覗き込んだ。
映った景色は、ステンドグラスの様に色が移り変わり綺麗だが、普通の万華鏡と変わった感じはない。
「そのまま動かないでね」
言われるまま、俺はそれに従って微動だにせずに座る。トントンと指で触れられる感覚を万華鏡から指に通して感じることができた。すると、ステンドグラスの様な景色は一変、風景へと色を変えた。ここは……『アムール』だ。
「これって……」
「貴方を愛している物を映す万華鏡よ。何が映っている?」
「生まれ故郷です」
「素敵ね、故郷に愛されるなんて」
素敵なものか。俺は故郷を捨てて外で野垂れ死にそうになっていたんだ、皮肉でしかないだろう。
俺は苦虫を噛むような苦しみを感じつつ、万華鏡を下ろした。
「……?お気に召さなかったかしら?」
「えぇ、今の俺には特にね」
万華鏡を手渡しながらそう言った。言った瞬間に後悔した。恩人に当たってしまうなんて、馬鹿なことをしてしまったんだ。しかし、彼女は嫌な顔をせず、万華鏡を棚に仕舞う。
「すみません……」
「構わないわ、人には人の事情がある。赤の他人がそれを咎める権利は何処いずこにもない」
「……」
何て優しい人なのか。いや、見ず知らずの他人を保護する時点で優しい人なのだ。申し訳ない気持ちで満たされる。
「さあ、ごゆっくり。そこのベッドは勝手に使ってくれて構わないわ」
「ありがとうございます」
「フフ、お休みなさい」
そう笑って、またドアの向こうへ。
俺はミルクを少しずつ飲む。それにしても、このミルクを飲み干すまで、暇だ。図々しいとは自分でも思う。しかし、暇なものは暇なのだ。
俺は本棚に目を向けた。小説、歴史本、自伝、エトセトラ……そうだなぁ。俺は適当に本を取った。
詩集だ。それも、見たことのない。作者は『ルシフェル』と書かれている。なんだ?ふざけて作ったものだろうか?
椅子に座り直し、ミルクを飲みながら本をパラパラと捲る。
「ん?これは?」
別に気になる詩があったわけではない。どれも、下らないものだった。俺が気になったのは、頁に挟まれた1枚の古めかしい写真。
紳士と淑女の間に小さな、5歳程度の女の子と顔が掠れてわからないが、恐らく少年が写った写真だ。小さい女の子が何処と無く、恩人の彼女に似ている気がした。
なるほど、彼女の思い出の写真だろう。俺は元の頁に挟み、詩集を棚に戻す。
先程彼女が言ったように、俺は人の思い出に干渉してはならない。偶々見たものだから、まだ許されるだろう。
「あ、ミルク……」
飲み干した。しかし、マグカップはどうしよう、考えていなかった。
……このまま放置はよろしくない。彼女がこのミルクをここへ持ってくるのにそう時間が掛かってなかったのを考慮すると、恐らくこの部屋の近くに厨房がある。
俺はドアを開き、廊下に出る。
「薄暗いが、何となくは見える」
光はない。見えるは見える、その程度の闇である。
しかし、なんだろう?この不安は、妙に心が落ち着かない。暗闇にこれ程の不安を抱いたことはなかった。まるで、悪魔が俺を待っているかのようだった。
「行こう」
俺は取り合えず右に進んだ。先程彼女は右に行った気がしたからだ。奥へ進む、進む、進む……しかし、不気味だ。いや、人の家に不気味だとか言うのは失礼極まりないとは思うが、それでもやはり。
「ん?」
耳を澄ますと、少し生々しい音が聞こえる。咀嚼音。
なるほど、食事をとっているのか。ということは、厨房も近いという訳だ。
俺はその音が聴こえる部屋のドアを開ける。
「え……」
俺は、その光景に何を思っただろう?今となっては思い出せない。あまりに、衝撃的なものだったから。そうだ、持っていたマグカップが地面で割れる音だけが鮮明に聴こえた。
「何を食べてる?」
「あらあら、マグカップが割れちゃったわ」
人の頭が、脳が見える状態で皿の上に乗っていた。
無駄な血はなく、綺麗に眠っているかのようなその表情。いや、眠っていたのだろう。眠っている時に、死んだのだろう。
「貴方のマグカップよ?フフ」
俺は……逃げた。
全速力で、逃げた。玄関は何処かとか、窓を割ってとか、そんなこと考えている暇はなかった。無我夢中に、なにも考えずに、取り合えず廊下と廊下を挟んだドア達を閉めながら、ただただ逃げているだけだった。
後ろは振り向かなくていい、ドアをぶち開ける音が聴こえるのだ。
「クソ……」
心を許していた人であったが故に悲しみが涌き出てきた。恐怖で情けない声が漏れつつも、ドアを開ける。
ここは、図書館か?とても広い。本棚がとても高く、そして数多く並んでいた。ドアを急いで閉め、瞬間に走り抜け、隠れられそうな場所を探す。あれは、小部屋がいくつも並んでいる。
すると、入り口の方からドアが荒々しく開く音が聴こえた。
「何処に行くの?出てきて」
出てやるものか。隠れよう、俺は身を潜めた。
小部屋はダメだ、安直すぎる。俺は本棚を駆け登り、身を伏せ、息を殺す。
「隠れん坊かしら?フフフ!」
狂気染みてる。恐怖で、息が荒くならないか不安である。
彼女は、悪魔だ。紛れもなく、人を喰らう悪魔。俺は、最初から食べ物としか見られていなかった。
俺は手で口を抑える。嗚咽が漏れないように、涙を流しながら。どうしてだろう……
「うっ……うぅ………」
彼女が悪いと、全く思えないなんて……!
彼女から受けた愛が、偽物とはとても思えないのは、どうして!?彼女が差し伸べた、何度も感じた手の温もりを、思い出してしまう。
「ここかしら?」
そうこうしている内に、彼女は小部屋を調べ始めたようだ。一部屋一部屋、ドアを開けて。
最初、彼女は悪魔の笑みを浮かべていた。しかし後に連れ、段々と表情が悲しみを帯びていくのを感じた。
もしかして、本当に俺を保護していたんじゃないか?とそう、思えてきた。
その時だ。俺が乗っている本棚が揺らめいた。
「ッ!!そこね!!」
「くッ!!」
倒れていくのを利用し、隣の本棚へと移る。ドミノの様に倒れていく本棚を彼女は追いかけ、俺は逃れる。
最後の本棚になり、俺はその本棚から落ちる。倒れる前にドアを開け、そのまま廊下を走り抜ける。今度は階段も登って。
きっと彼女は玄関から出たいであろう俺は一階を逃げ回ると思っている。しかし、俺は一か八か、屋上から逃げる!!
階段を登る、登る、登る……
「ハァ……ハァ……!!」
外だ。風が強く、生ぬるい。どうやら、意外とここに居たらしい。もう、暗さが減っている。
俺は屋上の縁に立つ。高いが、窓などを足場にして降りて行こうか。こうしていられない、早くしなくては!!
「みーつけた」
「んな!?」
振り替えると、不適な笑みを浮かべる少女。ダメだ、登るところを見られていたらしい。
後ろは何もない。どうすれば……!
「私を一人にしちゃイヤよ?」
…………クソ。
どうすれば、どうすれば正解なんだ?
「終わりよ」
考えている時間はなかった。彼女は勢い良くこちらへと走って来る。すると、不思議なものだ。死にたくないという本能が、働いたのだろうか?俺は、俺でないかの様な速さで、彼女の振りかざす手を避けた。その、予想だにしない出来事に彼女は反応できず。目を見開いて、屋上の縁から外へ体が飛び出た。重力に従いが落ちる。
これも不思議で、彼女も本能が働いたのか、俺に向かい、手を伸ばしていた。
「…………」
「…………何してるのよ」
不思議が重なる。俺は彼女の手を掴んでいたのだ。
彼女を死なせてはならない。その使命感……というより、なにか忘れてしまったかの様な愛がそうさせた。
思い出せない。産まれた頃、いや、輪廻の前、つまり前世よりあった愛だ。
もしかして、俺と彼女は既に出会っていた?
「なぁ、俺のこと、分かるか?」
「いいえ、分からないわ。分かる筈もない、今日、出会ったのだから」
「じゃあ、どうして君も俺も、泣いているんだろうね」
先程の様な狂気染みた笑顔はない。そこには、愛を待ち続けた少女の涙が溢れていた。
先程の様な嗚咽混じりの涙じゃない。そこには、愛を探し続けた青年の涙が溢れていた。
俺はやっと見付けたのだ、万華鏡の様に景色を変え、万華鏡の様に輝き絶えることのない『アムール愛』を!!
「フフフ、貴方ったら私から逃げるんだもの」
「当たり前だろ?あの時の俺は人間なんだから」
「そうね、でも今は?」
「ちゃんと『吸血鬼』さ。そして、君の愛する『ヴラド・カレイドスコープ』さ」
俺は彼女を引き上げ、そして抱き合うように後ろに倒れる。そして、笑い合う。もう、先程の様な不安はない。安心がある。
もう、ヴァンパイアハンターなんかに倒されて堪るか。彼女を置いて、死んで堪るか。
「もう、朝日が出てくるわ」
「大丈夫、種族だけはまだ人間。天敵の太陽に、今だけは祝ってもらおう!!」
その時、朝日が俺達の体を差した。
その光は、今まで見た中で最もきらびやかなる、そして、俺の最後の太陽だ。
お疲れさまでした。
如何でしたか?伏線小説なだけあり、少しあやふやで、不明な点もあります。わざとそうしているところもあるので、感想に気になったところを書いていただければ、恐れ入りますが答えさせていただきます。