マダオ戦士Goddamn 作:はんがー
米花町に引っ越してしばらく経った。さすが米花町。ちゃんと犯罪都市たるその洗礼を受けた。誘拐16件(内、未遂9件)、ストーカー3件。お巡りさんに会うたびに「またか」という顔をされ、同情される。中身マダオなのにすみません。だけど、実に巧妙な罠だったんだ。
「テムくん、知らない人からものを貰っちゃ駄目だよ」
いや、でもおれジャンプ読まなきゃしんじゃう病なんだ。
「......その口の周りのクリームは?」
お巡りさん!糖分王におれはなる!
......みたいなことがあり、すっかり警察署の常連さんである。
この出来事と、おれの家が母子家庭だったため、流石におれをひとりにさせることに渋った母さんは知り合いにおれを預けることにした。
「......久しぶりに顔をあわせたと思ったら、どういうことだ?」
「しばらく海外で取材に回るから、預かってほしいの」
「悪いがおれは降りる」
くるりと背を向ける男をガシリとつかみ、母さんは告げる。
「かわいいでしょう?正真正銘わたしの子どもよ」
おれの手を引き、母さんは、にっこりとおれを男に紹介する。紺のダークスーツを見にまとい、帽子を深く被っているため、両目は見えない。おずおずと視線をあげると、黒いハット帽から目が覗く。しばらくすると、男はハァと深いため息をつき、しょうがないとでもいうように肩をすくめた。母さんとは古くからの付き合いらしく、互いに信頼しているようだ。あと、会話を聞く限り、母さんに振り回されていたようである。
「どいつもこいつも俺に面倒を押しつけやがって......」
「あら、彼といっしょにしないでよ」
心外だというように母さんが言う。
「俺に言わせりゃ、ドングリの背比べだ。アイツも女にうつつを抜かして仕事でヘマをするが、とうとうお前さんも男をたらしこんでガキまでつくるとはな。......おれが何回お前さんたちに振り回されたことだか」
いや、この人が苦労人気質なのか、哀愁が漂う。苦労しているんですね、お疲れ様です。
そんなこんなでおれは、髭を生やしたダンディーな男といっしょに空港で母さんを見送った。
だが、おれはすっかり忘れていた。ここがコナンワールドだということに。
母さんを見送った次の日、テレビをつけると、飛行機が事故を起こしたとニュースが流れている。他人事のようにアナウンサーの情報を聞き流す。きょうは卵かけご飯だな。たまごを黄身と白身にわけ、お茶碗にご飯を盛る。アツアツの白米に白身をまぜ、黄身をおとす。醤油を少しかけて、お箸でまぜ、口に運ぶ。うん、美味い。
《えー、たった今、速報が入りました。先程の飛行機事故による死者が――――》
《――――現在身元を確認しており、怪我人は―――――》
《――――女性の名前は【イルマチカ】さん、■■■■さん―――》
口のなかにあった卵かけご飯をごくりと呑み込み、ゆっくり画面をみつめる。そこには間違いなく母さんの名前が表示されていた。
***
あれから2年が経った。母さんの葬儀はあっという間に終わり、おれは泣くこともなく、ただしんだ魚の目をしてぼぅっと無気力に時間を送っていた。あまりにも急すぎて、わかっているんだけど、その現実を受けいれられなかったのだと思う。
母さんの身内はいないようで、おまけにおれに父親はいない。突然、天涯孤独となったおれを引き取ってくれたのは母さんの知り合いだという、あのダンディーな男だった。おれの保護者代りをすると言い、知らない間に必要な書類をまとめて、気づいたら、彼が保護者になっていた。
彼は仕事が忙しそうで、家を空けることはあったが、出張先のお土産をもって帰ったり、おもちゃの銃を渡して不審者対策をしたりと、とてもお世話になっております。とくに後者の銃。保護者は懐から銃をとり出し「いいか、こう構えるんだ」なんて言いながら実にリアリティーある使い方を教えてくれる。今さらだが、その黒いハットと猫背気味な姿勢、煙草、コンバットマグナム.........どこかでみたような。......いや、おれの思い過ごしだな。気にしないでおこう。
「テム。おれは仕事に行くがくれぐれも」
「わかってるよ。知らない人についていかないって。仕事、行ってらっしゃい」
「......あぁ。」
彼はハットを深くかぶり、おれに片手をひらひら振って玄関へ向かった。ヒュー。さすが、様になるなァ。
季節は四月。おれはもうすぐ小学一年生になる。