Fate/Genuine Objects 作:N-Kelly
「流石にこの季節になると夜は少し寒くもなるか……」
9月半ばの残暑でも日が暮れれば少し秋口の顔を見せ始めるのか、若干冷めた空気が肌を刺す。
俺はまだ夏の大三角形が残る星空の下を一人で歩いていた。
真琴といっしょに学校まで忘れ物を取りに行った俺は、目的の忘れ物を回収した後に、直接真琴の家へと向かった。
真琴はコンビニの甘味を惜しそうにしていたが、そんなものを買っていては晩飯の時間に間に合わなくなってしまう。
そして俺は真琴の家でおばさん……真琴の母親の作った晩飯を頂き、真琴の家の隣にある我が家に戻ってきたのだった。
私室で一人でしばらくすごした後、喉が渇いたと冷蔵庫を開けてみればそこに買い置きしておいたミネラルウォーターは残っていなかった事に俺は気づいた。
結果として、俺は重い腰を上げながら下校時に回避したコンビニへと向かう羽目になった。
おそらくあの時にコンビニに寄っていれば、今晩の水分を同時に買い置きしたのだろうが、それはたらればの話でしかない。
だからこそ今俺はこうして物騒と噂の夜の街を歩いているのだった。
「まぁ街ってほどでもないんだが」
俺の住むこの街、八坂市は言ってしまえば中途半端な街だ。
家のある周辺は住宅街なのだが、少し歩けば田畑が広がる開けた景色が広がっている。
学校のある場所は街の中心部に近い場所であり、その辺まで行けば商店などがあるが、決して栄えているともいわず、さびれているとも言い難い中途半端という言葉がこれほど似合う町はそうそうない。
山一つ越えた先には三咲市というこの街など比較じゃないほどに発展した街があるのも、中途半端さに拍車をかけている。
有体に行ってしまえば、この街はどこにでもある地方都市であり、栄える要素のない日陰の一都市という感想だ。
「コンビニの立地も、特にそれを実感させられる」
悲しいかな住宅街の中にはなぜかコンビニがない。
住宅街とコンビニの距離は五百メートルもないのだが、歩くには少し不都合で、自動車を使うには近すぎる距離は近隣住民からも暗黙の不満になっている。
三咲市に行けばもう少し短い間隔でコンビニがあるのだろうが、この中途半端な距離感が、やはり全国展開しているコンビニチェーン側からのこの街に対する感想なのだろうということは容易に推察できた。
「今更気にすることでもないんだが」
生まれてこの方十年以上過ごしてきた街だ。
不満点はあるだろうが、これぐらいいい加減なれたものだ。
そう思えば逆に都会やら海外に出かけた時のほうが調子が狂いそうで、居心地が悪い。
俺は別に急いでいたわけではないので、コンビニへの歩調はそこまで急いだものではなく、当てもなく星空に照らされた田舎の風景を見飽きているにもかかわらず見回しながらふらふらと歩いていた。
だからだろう。普段見慣れている景色だからこそ、その奇妙なものに目を自然と向けていたのだ。
「なんだ?……花火?」
畑によって開けているので遠く離れた山の麓まで今いる道から見通すことができる。
そしてその離れた麓の辺りで、火花に似た光が明滅しているのが辛うじて判別できる。
また、よく耳を凝らせばどこかで走る車のエンジン音以外に、金属同士がぶつかり合うような高く響く音も混じっていることに気が付いた。
まだ9月半ばなので誰かが花火をしていても不思議ではないのだが、いくつかの違和感を俺は覚える。
平日の夜に誰かが花火をしているという違和感は兎に角として、あの光と音が花火というには正直素直に頷くことはできない。
それに光の明滅の辺りは特に民家もなく、畑か工事の土砂置き場があったくらいにしか覚えがない。
そんな場所までわざわざ行って、花火もしくは何かを行うというのはあまりにも不自然というものであろう。
「まぁ……少しくらい様子を伺ってもいいか」
近頃物騒なのは承知の上だが、気になってしまったものは仕方がない。
普段なら無視する程度のことだが、なぜか今回は妙に気になってしまっている自分がいた。
俺の脚は自然に道なりのコンビニの方角から、横道の農道に逸れてゆく。
近づいていくたびにその明滅する光とぶつかり合う金属の音は大きくなっていく。
次第に暗闇の中の様子が俺の目にゆっくりと露わになるのがわかった。
「なんだ……これ?」
実のところ、近づいていくたびに俺の中で二つの感情が大きくなっていったのがわかった。
一つは警告。昔から勘は鋭く、事前に危険を回避することがなぜか多かった。
だからこそ余計なことには首を突っ込まないし、面倒な事態にならないように普段から予防して行動することを心掛けることが多かった。
今回も例にもれず、脈動は速く、脳の本能に似た部分が何らかの警告を発していたのは、光を見た時点でわかっていたのだ。
だが一方で、もう一つは感情は使命感であった。
この光景を自分の目で目撃しなければならないという使命。
体中の神経がざわつき、何かが循環していくような感覚が、俺の脚を前に進めていたのだ。
これが始まりであると、そしてこの状況は避けられないものだということが理性の上で理解できていたのだ。
そして様々な感情が渦巻いてからこそ、今俺が目にしている非現実的な光景を脳が理解するのに時間がかかってしまったのだろう。
「オラララアァーーーー!!!!この程度かァァ!!??」
「――――■■■■ッ……!!」
闇夜の中で二つの影が高速で躍動する。
その動きは常人の俺では追ってくのがやっとであり、詳細を把握するのが困難であった。
片方は並程度の身の丈の鎧姿の男の姿、しかしその鎧の下にはすさまじく鍛え抜かれた肉体が透けて見え、その恰好は決して劇団の衣装などではなく、本物の重さを持った鎧であり、動くたびに震える空気が伝わってくる。
その重厚感のある鎧をものともせず男は得物である三叉槍を両手、時には遠心力を利用して片手で自在に操っていた。
剣戟の音にも負けんほどに響く男の声は、戦場において敵には恐怖を、味方には鼓舞を与える叫びであった。
その技量は荒々しくも精緻であり、現実にこれほどの動きをできる者はいないと思わせるほどに神話めいた武威である。
一方でその益荒男の動きに相対するのは、小さな影。
その動きは、槍使いの男以上に早く、縦横無尽に動く小さな影であった。
槍使いに動きを捉えられないように高速で常に動いているため、どんな顔をしているまで把握することは不可能であった。
しかし、その小さな影は剣のようなもの扱っており、三叉槍と交差するたびに火花を上げ、槍使いに負けないほどの膂力を持っていることがわかった。
常に小さい影は槍使いの死角を狙うように動いており、その高速移動はあまりにも人間離れしたものということは明白である。
だが、その弱点を狙うように繰り出される剣捌きは尽く槍使いに防がれており、状況としては槍使いのほうが優勢であることが素人目でも理解できた。
だからこそなのか大声で挑発する槍使いの男の声ははっきりと聞き取れるが、攻めあぐねる小さな影の方の悪態は何を言っているか把握することはできない。
そして結論として言えることは、この二人の争い、否、戦争は決して人間のものによるものではなく、この事態が地方都市の隅で行われるはずのない異常なことであることは、傍観者である俺にも理解できたのだった。
一応この状況は膠着していたはずだった。
槍使いは優勢のまま押し切るか、小さい影が何らかの策をもって逆転するか、通常ならばそうだったのかもしれない。
しかし、この戦場で思わぬ想定外が起きたのだ。
「!?……そこにいるのは誰だ!!」
常に周囲に気を配り、小さい影の攻撃を予知していたからこそ真っ先に気づいたのは槍使いの方だった。
影の剣を三叉槍で弾いたのちに、槍使いは視線をこちらに向ける。
一応俺は物陰に隠れながら様子を伺っていたが、所詮素人の隠密ではあれほどの達人の前では丸裸同然だったのだ。
そう、この状況においての想定外というのは俺自身という第三者の目撃者のことだ。
普通に考えれば誰にでもわかる。これほどの現代一般社会において異常なことを目撃されるのは彼ら自身に避けたいはずである。
これほどまでの原始的な殺し合いを、目撃されるのは明らかに不都合なのだ。
「……■!?
…………■■」
一方で槍使いが俺に気を取られたと同時に、小さい影は遅れてこちらに気づく。
おそらくその脳裏に浮かんだのは槍使いへの追撃か自身の撤退だろうが、どうやら後者を取ったらしい。
小さい影は速度にブレーキを掛けることなく、茂みの闇の中へと溶けていき、、俺にほとんど正体を明かさぬまま戦闘を離脱していった。
そして残されたのは俺と槍使い。槍使いは影の消えていった方を一瞥した後、小さく舌打ちしながら此方へと向き直った。
「おいテメェのせいで逃げられちまったじゃねぇか。
この消化不良感どう始末つけてくれるんだァ?」
槍使いは少し不機嫌そうな声色で、明らかに相当の質量を持つ三叉槍を片手で回しながら問いただしてきた。
改めて該当のわずかな光に照らされた槍使いの風貌を見れば、身の丈は極端に高身長というわけではないが、威圧感を与える三白眼を持つ貌と人を殺しえるその得物によって姿は身長以上に巨大に見える。
俺は槍使いの問いかけに対してどう返答しようか思索を巡らせる。
近頃噂になっている不審者かどうかはともかくとして、俺が逃げの一手を選んだとしても即座に俺を殺せるだけの技量をこの男が持っていることはわかっているのだ。
「いったい……あんたらは何なんだ?」
「あ?オレら……って、ああさっきのあいつも含めてか。
ハッ、知ってどうするっていうんだ?知ったところでどうにかなるとは思わないが」
「別に……あんたたちのことを知れば、多少はそっちの都合も考えられるからだよ。
おそらく、さっきの戦いは見られちゃまずいものだったんだろう?
別に俺はこのことを他言することはないし、そもそもさっきのを誰かに話したところで誰も信じる人間なんていないよ」
現実離れした身体能力を持つ人間が、剣や槍を振り回して殺し合っていたなんて話をしたって、頭がおかしいと言われるのがオチだ。
そして仮にも命乞いをしたところで見逃されるとは到底思えない。槍使いが漂わせる柄の悪い雰囲気からそういったこと地雷だということは目に見えていた。
こんな論理で見逃されるかは兎に角、俺を放置しても無害なことをここでは主張する。
「まぁ確かにテメェを野放しにしたところで、オレのことを誰かにピーピー漏らすような奴じゃないことはなんとなく理解できる。
さっきまでの戦いを見た後で、この時代の一般人がオレに対してこれだけの物言いできるのは大したものだぜ。
機嫌がいい時なら、いろいろ喋って見逃してたかもしれねぇな。
だが……」
瞬間、俺の鼻先を槍の穂先が通り過ぎる。
切り裂かれた空気は直接俺の眼下へと伝わり、全身が硬直するのがわかった。
「まるでオレを言いくるめられる、そんな態度が気にいらねェ。
そしてお前は勘違いしてるぜ。お前が死ぬのは確定してる。
口封じじゃない。目撃者は皆無でなければいけないという『協定(ルール)』があるんでな」
この時に俺は、すでに間違いを犯していたことにようやく気付いたのだ。
まずこの状況を理解した時には例え逃れられる可能性が薄くとも、真っ先に逃げるべきだったのだ。
否、それ以上に、好奇心に負けて近づくべきではなかった。すべて俺の浅慮さが招いた結果であったのだ。
「じゃあな、ガキ。
一つ言えば、オレはお前の様な理屈こね回す賢しい奴は嫌いなんだよ。あのいけ好かない野郎を思い出しやがる」
振り上げられた三叉槍が俺の胴体へ一直線に向かってくる。
その動きに手抜きはなく、当たれば確実に致命に至る一撃だ。
市は目前に迫る。常人には回避不可能な速度で放たれた三叉槍を前にして俺はただその穂先を見つめることしかできず。
「……な?」
その気の抜けたような声を上げたのは槍使いの方であった。
そう、俺は奇跡的にもその三叉槍を回避していたのだ。
無様に体勢を崩しながらも横に飛び退くことで回避した俺は、呼吸が乱れながらも状況の把握に努める。
「はぁ……はぁ……なん、で」
正直、避けれるとは思ってなかった。というよりも、そもそも意識して体を動かしたわけではなく、ほぼ反射的な動きだっただろう。
幸い、槍使いは疑問符を発して以降、外した槍の穂先をじっと見つめたまま静止している。
俺はゆっくりと息を吐いて、体勢を立て直そうとする。
「……シッ」
しかし、ほぼノーモーションから繰り出された三叉槍は再び音速にも匹敵するかの速度で俺を狙う。
槍使いが静止していたからには何らかの思考を巡らせていたはずだが、静の状態から迷いなく繰り出された突きは油断なく本気で俺の命を狙ったものであった。
始めの槍の振り下ろしでさえ圧倒的な膂力から振り下ろされたものだが、それなどに比肩しない、俺が目撃した人外同士の戦いの際にふるっていた速度と同等である。
「そうか……そうかよ。くはは」
だからこそ槍使いはまた空振った自身の獲物を見下ろしながら、嬉しそうにギラリと嗤うのだ。
先ほどまでの苛立ちと失望の混じった表情とは一転して、心底楽しそうに利己に塗れた笑みを浮かべていた。
そして俺自身も本音を言えばもう一度避けられるとは思っていなかった。
気が付けば俺と槍使いの間には数間の距離がある。
回避できた理由を冷静に考えてみようとするが、ただ理屈に合わないように当たらなかったという事実があるだけだった。
実際に槍は俺に向けて放たれたし、俺はそれに対して反応すらできていなかった。
そして残ったのは俺がどうにかして三叉槍を回避したということだけである。
「くは、ヒャーーハハハハハッハッ!!!!
意味わかんねえ!オレはガチで殺す気で放った一撃だ!
どうやって避けた!?いいや、はっきり見たぞ単純に避けただけじゃねえか!」
「意味わかんねよ……俺だって」
「猶更上等だ!意味わかんねぇなんてとか、わかった時が一層痛快になる!」
槍使いの方でさえ俺がどうやって避けたのかの理屈を理解できていないようだ。
しかしその言葉には困惑が混じっているわけではない。
「ああ、退屈な戦争だとも思っていたが、こいつはまた別で楽しめそうだ!
これも手向けにちょうどいい。構えろガキ!
せいぜい退屈しのぎにはなってくれよなァ!!」
男の視線は三度変わった。
始めは哀れな部外者、弱者を見る目。
次に見極める目、意思を込めぬ瞳は試金石の一撃を放つ予兆であった。
そして今は、敵を見る目だった。
「なんて、厄日だ」
これならコンビニでチンピラに絡まれたほうが数十倍はマシである。
同じ柄の悪さでも、人外染みた時代錯誤の槍使いを相手にするなんて冗談にしては意味不明だ。
只のまぐれの回避で何を悟ったかは知らないが、既に逃走の選択肢は経たれたに等しい。
「というか、初めから無謀じゃないか」
冷静に考えれば、首を突っ込んだ時点で失敗だったと思ったのは俺自身ではないか。
ならば早々に諦めていたほうがまだよかった気がする。
「さあ、行くぞオラァ!!!!」
槍使いの地を蹴る音と共に思考の時間は終わりだ。
確かにまぐれは2度起きたが、そうそう何度も都合のいいことが起きるわけではない。
俺が持てる限りの力で槍使いの動きを追うが、明らかに肝心の体の方は反応できず、次こそは命運尽きたと自覚できてしまう。
後ろに避ける。槍に貫かれる。
横に避ける。槍先の刃が胴体を切り開く。
すれ違うように前に避ける。槍の柄によって殴打され、倒れた拍子に首を切られる。
■■を使う。励起、起動、循環、放出、具象。
脱力感と共に俺の身体から何かが放出される。
理解不能の選択肢は、理屈を無視して状況を構築する。
そして突如として現れた夜の闇を照らす光は、俺と槍使いの間に立ち塞がるように弾けた。
「……何っ!? このタイミングだと!?」
槍使いの三叉槍を受け止めるのは大ぶりの西洋剣。
突如として現れた白く輝く鎧姿の騎士は一種の神聖さを醸し出しながらも、鎧は決して薄板ではない堅牢さを兼ね揃えた重厚なものだ。
「……はあ!!」
「チィッ……」
槍使いの一撃を受け止めた騎士は、剣を大きく振りぬき、受け止めた三叉槍をはじき返す。
その衝撃で距離を取るように後ろに下がった槍使いは、閃光の中から突如として現れた騎士を睨みつける。
「その得物、セイバーか?」
「そういう貴方はランサーとお見受けします」
セイバーとランサー。
その意味は何となく分かるが、それが一般用語ではなく互いを指し示す固有の符号であることが推測できる。
その符号を確認した両者はもはや言葉を交わさない。
すべてを理解したうえで、互いが敵対関係であるということだけを周囲に発信し、得物を構えてにらみ合う。
「ハァ!!」
「オラァア!!」
にらみ合いはそう長くは続かない。互いが合図したわけではないが、お互いがほぼ同時に地を蹴りだした。
構えた二つの得物は眼前で激しい音を立てて交じり合う。
上段下段、刺突、フェイント、一辺倒の打ち合いではない刹那の剣戟は一つ一つが殺意をもって繰り出されるが、どれも互いに傷をつけることはない。
高速の剣戟はおおよそ数十手にも至る。
槍と剣では、槍のほうが有利であるという話を聞いたことがあるが、そんなことを微塵も感じさせないほどの達人同士の互角の戦いを俺は蚊帳の外で目の当たりにする。
そうしてひときわ大きい金属の衝突音で両者は同時に一歩下がる。
「その槍捌き、生半可なものではないですね。攻め切ることができませんでした」
「そういうお前はつまらん剣術だぜ。まるで手本のような、無駄のない攻撃だ。
面白みがないくせに、踏み出せないからイライラするぜ」
「それは、ありがとうございます。
わたしはそういう無駄のない剣術を目指していましたから、そうのように評価されるのは光栄なことです」
「ハッ、口の減らねえ奴だ。全く萎えるぜ。
せっかく肉を食う気分だったのに、出てきたのが魚だったみたいな感じだ」
槍使いは軽口を叩きつつ、ちらりと俺の方へと視線を向ける。
その隙を決して見逃さず、騎士は槍使いに攻撃を仕掛けるが、軽く捌かれてしまい再び両者の距離は空き、俺と槍使いの距離はさらに開いた。
「セイバー、お前との勝負はお預けだ。今日は今日が削がれたし、何よりお前が出てきたってことは今夜が『開戦初夜』だ。
これまでの小競り合いは所詮前座でしかねえ。本番はこれからだし、決着も急ぐ必要はないだろうさ。
そして何より……」
槍使いの視線は、決して話相手の騎士のほうに向いていない。
その獲物を狙い定める視線は、騎士が現れてからも常に一つしか狙っていない。
背筋が凍るような殺意の視線。その矛先が俺のほうに向いていることなどもはや言うまでもない。
「そこのガキ。お前はイレギュラーだ。
お前らはこの無法の街にたった一組存在する真っ当なマスターだろうよ。
そして、それ以上にお前にはそうなった意味がある」
「何を……意味の分からないことを」
所詮俺は偶然ここに行き当たった通行人でしかない。
それに意味なんてないし、因果なんてものはあるはずがない。
只の巻き込まれた一般人の俺に、この怪物は何を期待しているのか理解できなかった。
「お前は俺の『敵』だ。
次に会うときはもう少し動けるようにしとけよ。
セイバーとか、アーチャーとか真っ当なサーヴァントよりも、お前の様な未知のほうが『スリル』があるからよ。
じゃなきゃ俺が楽しめねぇだろうが。大物喰らい上等だ。次会ったときこそが、正真正銘の戦争になるぜ。
……さて、名前ぐらい聞いておきたかったが、この場はお開きとしておくか」
「逃がすとお思いですかランサー?」
俺と槍使いの話を脇で聞いていた騎士がその大ぶりの剣を構える。
その向けられた敵意に槍使いの方は意に介していない。
「お前の相手はしないっていただろうがセイバー。
それに、そこのガキは聖杯戦争について何もわかっていない様子だぜ。自衛の手段も持ち合わせていない。
それなのにそいつを置いて俺を追っかけていいのか?」
「……くっ」
「利口で結構。じゃあなセイバーとガキ。
夜は長いぜ。せいぜい、この戦争に惹かれた者として、楽しむことだな」
槍使いはそう言い残して、背後の山の闇へと駆けていく。
その速さは野山を駆け巡る獣など比にならないほど高速で、闇夜も相まって一瞬の姿を見失った。
先ほどまで非現実的な戦闘が行われていた片田舎の農道は、再び静寂を取り戻す。
この場に残されたのは、俺と、おそらく味方であろう騎士だけだ。
「大丈夫ですか?」
そう言って騎士は俺の方へと向いて手を差し伸べてくる。
よくよく考えれば、槍使いの攻撃を避けてからは俺は尻餅をついたままだったことを今更思い出した。
「ああ、ありがとう」
俺は差し出された手を握り返して、ゆっくりと立ち上がる。
そして先ほどまでは守られていたために後ろ姿しか確認していなかった騎士の姿を、ようやく正面から観察することができて、思わず目を見張ってしまった。
その精錬された鎧姿にばかり気を取られていたが、並び立って真っ先に気になったのはその背丈だ。
あの人外めいた膂力を発していたとは思えないほどのその体格は、真琴と同じくらい小さく、身に纏う鎧が余計に大きく見える。
髪型は少年を思い出させるようなショートヘアーだが、その顔の作りは明らかに男のものではない小奇麗なものだ。
有体に行ってしまえばその騎士は、俺と大差ない程度の年齢の、先ほどの戦闘など縁遠いような、物語から出てきたような白い肌を持つ少女であったのだ。
「申し遅れました。わたしはセイバー。
今一度、改めてお聞きします。貴方が、わたしのマスターですか?」
月明かりが反射するその白い肌の眩しさの記憶を端にして、長い夜は始まった。
只の一般人の俺にとっての、今はその名称さえ知らない『聖杯戦争』が。