Fate/Genuine Objects 作:N-Kelly
「セイバーさんってどこ出身なの?」
「ブリテン島の北の方、オークニー諸島がわたしの生まれ故郷です。
ブリテンでも北寄りですが、結構暖かくて喉かなところなんですよ。マコト」
「ブリテン……ああ!イギリスね!
慧のお父さんが出張で行ってる場所かー。いつか私も行ってみたいなー」
「是非いらしてください。今の時代はロンドンが賑わっていますが、ブリテンは隅々まで見所に溢れてます。
オークニー諸島では特に白夜に似た現象が見られるのですよ」
「へー、日が沈まないってどんな感じなんだろ?なんか不思議な気分になりそう」
一体どういうことなのだろうかと俺は思わず頭を抱える。
夜が明けて、明くる日の朝。我が家の居間には二人の少女の姿が見える。
片方はもはやこの家の風景の一部となっている滝沢真琴。お隣の幼馴染だ。
そしてもう片方は、鎧の騎士……ではなく俺のジャージを身に纏った色白で透き通るような瞳の少女。
その真琴と話している少女は昨日の騎士の中身であり、自らをセイバーと名乗った過去の英霊だ。
二人を引き合わせる予定は俺の中にはなかったはずなのだが、気が付けばこのような状況が出来上がっていた。
正直どうやって収拾をつけようかと悩む俺を置いて、二人は年相応にのように見える会話に花を咲かせている。
「ええ、ブリテン島では獣なんて日常なんです。イノシシからライオンまでいろんな獣を相手にしました」
「イギリスにもイノシシって出るんだねー。というかイギリスってライオンまでいるんだ……ん?相手ってどういうこと?」
話が変にこじれていないからこそ、余計に面倒なことになりそうな気がしてくる。
だからこそどうしてこうなったのか、俺は昨日の記憶を振り返りながら思い出すことにした。
***
「聖杯戦争というのは、万能の願望器を奪い合う魔術師同士の戦争です」
槍使いことランサーとの戦闘があった場所から少し離れた寂れた公園の街灯の元にて、俺とセイバーと名乗るは落ち着いて話を始めた。
「聖杯戦争の最大の特徴といってもいいのが、英霊を使い魔にした『サーヴァント』の存在。
英霊召喚といわれる奇跡、そしてその英霊同士の闘争がこの戦争における主軸になります」
話を聞く限り聞きなれない単語ばかりで正直ピンとこない。
俺は自販機で買った缶コーヒーを一口分だけ嚥下する。
「あんたやさっきの槍使いがその英霊ってことなのか?」
「はい。過去の英霊、すなわち名のある偉人や英雄の魂を呼び出して、7つのクラスに当て嵌めて戦い合わせるのがこの戦争の基本的なルール。
そして、最後まで残った英霊と、そのマスターが勝者となって聖杯を手にする、といったものです」
「7つのクラス……さっきあんたが言ってた『セイバー』や『ランサー』ってのがそれに該当するのか。
そして『マスター』、その英霊を使い魔として使役する魔術師のことをそう呼ぶと」
「ええ、その通りです」
本音を言えば、こんなフィクションの中でしかありえないような単語の羅列を聞いたところで、俺には今一つ理解が及ばない。
万能の願望器なんて宝くじの一等のほうがまだ現実的だし、魔術師なんていう詐欺師まがいの存在なんて信用ならない。
そして何より、死者である過去の英霊を呼び出すなんてそれこそ非現実的だろう。
「だが……非現実的なものは十分に見たからな……」
しかし俺は実際に目の当たりにしている。
現実のものとは思えないほどの凄まじい戦闘の光景を。
ただの人間では到底たどり着けない怪物染みた力同士の殺し合いを目の前で見た上に、あまつさえ巻き込まれたのだ。
これを悪い夢として片づけるのは簡単だが、俺の正常だと思われる理性がそれを許してはくれないようだった。
「……まだ理屈は理解できていないが、とりあえず状況は理解できた。
この世界には、魔術師なんて連中が存在して、そいつらがなんでも願いの叶う道具を奪い合ってるってこともだ。
俺の中で折り合いつけて、そんな世界がこの世にあることを仮定しておく。
しかし、一つだけ納得できないことがある」
「納得できないこと……ですか?」
「俺がマスターに選ばれたなんてのは、何かの間違いじゃないのか?
俺は魔術師しなんてモンでもないから、別に魔法なんて使えないし、それどころか手品だって持ちネタ一つない。
ただ俺は偶然、あの場に居合わせただけだ。それこそ、そんな理由でマスターに選ばれて、命拾いしたなんてあまりにも出来すぎな話だろう?
だからこそ、俺以外の事柄に関しては納得できても、俺が当事者になることなんてのあまりに偶然が過ぎる」
魔術師やら聖杯やら夢物語を信じたことに対して、今更それらが映画の収録だという感じにドッキリを暴露されればただ俺の恥なだけだが、そんな考えはこれ以上無駄なだけなのでしばらくは考えないことにする。
聖杯戦争の最中を目撃したことはまあいい。
そんなフィクションの中の怪物染みた戦士に殺されかけたのも、偶然助けに入った女騎士も、まだ星の巡り会わせであり得る感も知れない。
だが俺がまるで役どころがあるかのように事の中心になっていることだけは、納得をコーヒーのように嚥下できなかった。
そもそもこれは魔術師同士の戦争のはずだ。
俺は魔術師ではないし、そういった非現実的なことに遭遇したこともない一般人だ。
そんな一般人が、突然魔術師の戦争の参加者になるなんて、いったいどこの世界の話だということになる。
「正直、俺には魔力なんてものは感じ取れないから、今はあんたの言うことを信じるくらいしか現状を把握することはできない。
だからその一点。俺が当事者になっているという納得が欲しいんだよ」
俺は抱いた疑念、というよりも理解できない違和感をもって、セイバーへと問いかける。
曰く令呪という痣こそが、マスターである証であり、俺とセイバーとの間でサーヴァント契約としての繋がりを維持しているのだという。
それらしいものは今のところ俺の体に見つかっていないこともあって、俺自身がマスターであることに納得ができないでいた。
「なんというか……妙に理屈っぽいのですねマスターは。
思慮深いのは頼もしいのですが、少々面倒くさ……コホン」
話を聞く限りマスターとサーヴァントの関係は主従関係に似たもののはずだが、この騎士は偶に妙な不遜さをにじみ出す。
悪意はないのだろうが、既に第一印象の清廉された騎士像が崩壊しているのは俺の胸の内に秘めておこう。
「兎に角マスターは納得が欲しいんですね。
まぁ……端的に行ってしまえば、マスターの選出に大した理由はないはずです。要はマスターに必要なのは魔術師の自覚ではなく、魔術回路だと思われます」
「魔術回路?」
「要するに人間が持つ魔力を扱うための内臓器官に近いものです。そこから魔力供給がされているからこそ、サーヴァントであるわたしは今も現界をしていられますし、魔術師が魔術師たる証でもあります。
そして別に、これは必ずしも魔術師のみが持っているわけでもないんですよ」
「それを扱えるかどうかで、魔術師であるか決まるのであって、別に一般人でも持ち得るということなのか?」
「ええ、基本的には眠った状態で使い物になりませんが、魔術回路を持っている一般人もわずかにはいるでしょう。
そして、貴方は魔術師でないにもかかわらず、魔術回路が励起してわたしに魔力が供給されています。
これもおそらく、今回の召喚が呼び水になって眠っていた魔術回路が目覚めたんだと想像できますね」
「なるほど、つまりは魔術師だからマスターになったわけではなくて、マスターに選ばれてから魔術師になったようなものか」
順序は逆だが、俺はマスターになったことで魔術師になったということらしい。
やはり自覚はないし、そもそもどこまで信用できる話かは定かではないが、辻褄としてはあっているだろう。
「俺がマスターに選ばれた理由は皆目見当がつかないが、マスターに選ばれる理屈としては一応納得しておこう。
とりあえず、偶然にしても俺はアンタに助けられた。
それについては礼を言っておくよ」
「別に礼などいりませんよ。マスターを守るのはサーヴァントの役目ですし、そうしないと困るのはわたしもですから。
それに、今後は一緒に戦っていくのですもの、他のサーヴァントにはマスターに指一本触れさせませんよ」
「……はぁ?一緒に戦うって何のことだ?」
「……んん?」
どうにもお互いの認識が交わっていないことがなんとなくわかる。
生憎俺は一般人であり、今日とて偶然巻き込まれたにすぎないのだ。
「俺は聖杯戦争に参加する気なんて毛頭ないぞ。
さっきから言ってるだろう?マスターに選ばれた理由がわからないって。
そもそも俺は別に聖杯に叶えてもらいたい願いなんて持っていないからこそ、マスターに選ばれた理由がわからないって言ってるんだよ」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!
聖杯戦争に参加しないって、じゃあわたしはどうしたらいいんですか!?」
そんなことを言われても俺にはどうしようもない。
ランサーから助けられたが恩はあるが、流石にこの超人同士の殺し合いに混ざるのは命がいくつあっても足りないのは自然だ。
マスターに選ばれた理由と同時に、俺は聖杯も求めていない故に聖杯戦争を続ける理由も持ち合わせていないのだ。
「どっかの別のマスターに引き受けてもらえよ。
流石に一般人には殺し合いは荷が重すぎる」
「ぐ……むぅ。仕方ありません。
無辜の民に戦いを強要するなど騎士として恥ずべきことですし……」
もう少しごねるかとも思ったが意外と素直に引き下がってくれたようだ。
危うくさっき説明されたばかりの令呪とやらを使う必要もあるかと思ったが、その心配はないらしい。
「しかし、一つ条件……というか、聖杯戦争に不参加を表明するのならば会うべき人物があります」
「人物?」
「わたしは聖杯から与えられた情報で、聖杯戦争のルールなどを知っています。
それによれば、どうやら戦争ですが審判の様な役割を持った人間もいるらしいのです」
戦争なのにもかかわらず審判とは、とも一瞬思ったが現実でもよく似た場合はある。
人道や互いの利益から、条約を結んで、ルールに則って戦争するなんてことは別に当たり前だろう。
「『監督役』という方を頼れば、敗退したマスターの保護や、孤立したサーヴァントの仲介などを請け負ってくれるそうです。
まずは明日、その『監督役』という方を探しましょう。
仮にマスター権を放棄したと自称しても、サーヴァントとの再契約の可能性は残りますから、他のマスターから狙われなくなる理由にはなりません。
敵対の目は摘んでおくべきなのは、魔術師とて同じですからね
だからこそ、『監督役』のようなリタイヤ者を保護する人がいるんだと思います」
「……『監督役』ね。オッケー理解した。
ほんとにこの街にそんな奴がいるのかは知らないが、方針としてはそれで異論はない」
流石に今即座に聖杯戦争を降りるというほど俺もわがままを言うつもりはない。
とりあえずセイバーが近くに居れば、ある程度サーヴァントからは身を守ってくれるだろうし、下手にここで別れるよりかはまだ安全だろうという判断もあった。
「さて、方針も固まったことですし、工房に戻りましょうか」
「……工房?なんだそれ」
「あ、マスターは魔術師ではないのでしたね。魔術工房とは魔術師の拠点のことです。
じゃあ工房がないなら……マスター、貴方の家に戻りましょう」
「別に言われなくても戻るつもりだが、まさか来るつもりか?」
「当たり前じゃないですか。誰がマスターを守るんです?」
「マスター権は放棄させてもらう。短い付き合いだったな」
「なんでどうなるの!?」
「生憎うちにはお前を泊めるスペースはない。空いてる犬小屋さえないんだから諦めろ」
「その空いてる犬小屋があったらそれでいいかみたいな言い回しなんなんですか!
これでもわたし英霊ですよ!もっと敬意を払ったらどうなんです!?」
「あの胡散臭い話を1から10まで全部信じたわけじゃねーよ。
仮に過去の英雄だとしても、そもそもうちにそんな大層なお方をもてなす余裕はないね」
「そもそもわたしの話を信じていなかったですって!
ぐぬぬ……マスターじゃなければ騎士道の名のもとに切り捨てていたのに。
ですが一方で、わたしには策があります」
「策だって?」
「わたし……というかサーヴァントには『霊体化』という能力があるんです。
もともと英霊であり魂が一時的に現界しているにすぎないのです。
肉体を維持していると過剰に魔力を消費してしまう。
そこで、魔力の消費を抑えるため、さらには一般人に姿を見られないために霊体になることがサーヴァントには出来るのです」
「そんな便利な能力があるなら初めから言えよ。
そもそもそんな不思議能力を見せれば、俺だってもっと話を信用できたのに」
「反応としてはわたしの話を信用してくれていたと思ってたんですよー。
ですが、霊体化して見えなければあなたの家に居ても問題はないでしょう?」
「まぁ……確かに、多少はマシか」
プライバシーだのの問題はあるが、別段セイバーに見られて面倒なものはない。
というか他人に見られて一番厄介なのでが、セイバーという存在である。
特にこんな時代錯誤の女騎士を家に連れ込んでいることが真琴にバレれば、頭痛では済まされない気がして仕方がない。
「それなら、今から霊体化しましょう。
因みに、霊体化している状態ではわたしの姿は見えませんが、念話での会話は可能です。
魔術師とてある程度力があれば、霊体化している英霊の存在に気づくこともできるのですが……まあそれはいいでしょう。
では……」
セイバーはそう言って、目を閉じる。
体から力を抜いて、霊体化の準備をしているのだろうか?
「……」
「……ん?」
「…………」
「きょろきょろ見渡しても、消えてないぞセイバー」
「あ……あれ?今日は調子が悪いんですかね?」
「はぁ……じゃあな住所不定の外国人さん。
助けてくれたことだけには礼を言っておくよ」
「ま、まって!もう一回!感覚掴めてなかっただけだから!今度はちゃんとしますから!」
結局この後何回か試していたが、セイバーの姿が消えることはなかった。
正直彼女の話を真面目に信じていた俺が馬鹿だったんじゃないかとも思い始めたが、今夜のところは考えないことにした。
そうしてなんだかんだあって自宅にまで着いてきたセイバーだった。
丁度両親が海外に行っていて助かった。
セイバーのことを親に説明なんてどうすればいいのかわからないし、そもそもこの世のどんな人間でも説明は不可能だろう。
その点でいえば、俺の家は比較的居候が済みやすい環境だろう。
「しかし……どうしたものか」
正直『監督役』を探すという方針は決まっているが、懸念事項はまだまだある。
一つは『監督役』がいなかった場合だ。
先ほどシャワーを浴びた際に、俺の右肩に刻まれた令呪を見つけた。
その存在を確認したことでなのか、俺から何かが流れ出ているような感覚を掴むことができた。
それがセイバーの言っていた魔力なるものならば、半分胡散臭く感じていた彼女の言にも多少の信憑性が出てくる。
だからこその、セイバーの言葉をどこまで鵜呑みにしていいかが問題なのだ。
セイバーの持っている情報は全て聖杯からの受け売りだ。
令呪の存在は確かにあったが、一方で霊体化については結局できなかった。
つまり情報自体の正誤が不確実であり、胡散臭いのは抜きにしても情報として信頼できないのだ。
そして『監督役』がいなかった場合、俺は聖杯戦争を無理にでも放棄したいが、セイバーはそうでもないだろう。
多少抜けてる面もあるが、それでも『英霊』とやらであるからには相応の戦闘力を持っている。
強さに限ってだけは、すでに俺は目の当たりにしている。
だからこそ、意見の対立によってセイバーが俺に牙を向ける可能性も考慮しておかなければならない。
セイバーのあの性格からは考えられないが、最悪俺を拷問にでもかけて、強制的に聖杯戦争に参加させれば……あるいは四肢をもいで魔力電池にでもされる可能性も完全には否定できないのだ。
そこで俺は常にその最悪を想定しておかなければならない。
これまでに最悪と呼べる状況は体験したことはない気がするが、今回の様な未知どころか不可思議な事態に限っては用心しすぎて困ることなどないはずだ。
俺が無事に日常に戻れるか、それもこれも『監督役』の有無で大きくかかわってくるだろう。
そしてもう一つ、懸案事項を考えながら俺はベッドの上で瞳が閉じる。
なんだかんだで密度の濃かった一日は、思っていたよりも俺の体に疲労を蓄積していたようだった。
***
さて、翌朝。いつも通り俺を起こしに来るはずの真琴は俺が目を覚ましたのにもかかわらず来ていない。
いつもの下らない茶番をしようと思っていたのに、俺の部屋に来ないものだから自分で目覚めてしまった。
「……誰か、来ているのか?」
そして耳をすませば、居間の方で誰かの会話が聞こえてくる。
何を話しているのかは聞こえないが、その会話はどちらも高音であり、女性同士の会話だということだ。
「女……同士……まさか」
それを基に脳裏に一抹の不安が過ぎる。それは寝る前に考えていた懸案事項。
俺はベッドから跳ね起きて顔も洗わずそのままの姿で、1階にある今まで階段を半分落ちるように駆けていく。
そして、居間の中から聞こえる声の主を認識する。やはりそれは予想通りであり、頭痛の種が芽吹いた瞬間であった。
「あ……マスター。おはようございます」
「慧、おはよー。今私はセイバーさんとお話してるんだけど、どういうことなのかなコレは」
今の扉を開ければ、そこには歓談する二人の姿。
幼馴染の真琴と、この家の住人ではないセイバーの姿を視界に捉えた。
更に言えば、セイバーの方は昨日と相変わらずだが、真琴の方は笑顔の様な、怒りが滲みだす微妙な表情。
「セイバー……昨日、見つかるなって、あれほど言ったよなぁ」
「それよりも慧、そのセイバーさんのことだけど、説明ヨロシク」
昨日から続く処理不足による頭痛は、今日も朝から引き続くことが確定した瞬間だった。