Fate/Genuine Objects   作:N-Kelly

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3話

「つまり、このセイバーさんはイギリスにいる親父の知り合いの娘さんなんだよ。

前から海外留学に興味があって、ホームステイするために昨日急に来たんだ」

 

「ふーん」

 

 今セイバーは居間のソファーに座らせておとなしくさせている。

 おそらくあのセイバーを会話に加えたら余計に話がこじれるとの判断からである。

 そして真琴には、万が一のために昨日の時点から考えてあった真琴用の嘘の回答を答える。

 

「本当なら親父たちと一緒にこっちに来る予定だったらしいけど、手違いで先に来たみたいなんだよ。

だから昨日セイバーさんがうちに来たタイミングと同じころに親父からも連絡あった。

『暫く家に置いておいてくれ』ってな」

 

「それって本当なの?いくら私でもそんな急なこと信じられると思う?」

 

「信じがたいのは俺の方だよ。正直昨日の夜からいろいろ怒涛すぎて俺のほうが疲れてる。

全部ドッキリだったらどれだけ楽なことか……」

 

 ある意味昨日の夜からいろいろありすぎて疲れているのだけは事実である。

 正直、言い訳にしては少々非現実的だが、こっちも混乱してるって雰囲気を出しておけば、なんとなく真実味を帯びてくるだろう。

 

「……そっか。まぁ、慧のおじさんとおばさんなら、そういう無茶もあり得るかも。

で、セイバーさんが着てるのって慧のジャージだよね。それは?」

 

「ええ、マス……ケイから借りました。甲冑そのままではダメと言われて、服がないと言ったら渋々ですけど」

 

 マスター呼びは家主だから的な事で真琴を言いくるめて、セイバーには俺を名前呼びに変えてもらった。

 昨日着ていた重厚な鎧に関しては、元々魔力で編まれていたものだからか、それだけは霊体化は出来たらしい。

 

「余計に話がこじれるからセイバーは黙っててくれ。

……はぁ。それはな」

 

 そして鎧姿だと何かと不便ということで、昨日はとりあえずとして俺の着なくなったジャージをセイバーに与えておいたのだ。

 鎧姿などの説明のしようがないことについての問題を、真っ先に片づけられたのは不幸中の幸いか。

 

「荷物は後で送ってくるそうだ。

着替えも持ってきてないみたいだし、まさに着の身着のまま。何考えてるんだか親父たちは……。

で、仕方がないから俺のお古を着せるしかなかったんだよ」

 

 成人にも達していない少女を着の身着のままで日本に送り出したことにして、さも当然のように何も知らない両親に責任転嫁する俺。

 事前に考えていたとはいえ、全て嘘にもかかわらずよくもまあ口が進むものだと我ながら感心する。

 

「なるほどなー……ってそんな話さすがにあるかー!?……ってあるかもしれない?

こんな変なことが続いてたら……だけど、ううむ?」

 

 さすがに嘘で塗り固めすぎたか、逆に真琴の情緒が不安定になってきている。

 俺よりもおつむが弱いせいか、すでに情報の整理ができなくなっているようだ。

 好都合なので、このまま押し切れば、この単細胞少女を言いくるめるのは容易いだろう。

 

「そうさ。荷物が後で届くことくらい、急にホームステイの女の子が押し掛けてくることに比べればよくある話だろ。

偶然それが重なっただけ。真琴を混乱させてしまったが、これで納得はしただろ。

セイバーさんはイギリスから来た短期留学生。復唱」

 

「せいばーさんは、いぎりすからきた、たんき、りゅうがくせい」

 

「はい。わたしはブリテンからきた留学生、ということなんですね。わかりました!」

 

「洗脳の途中だ少し頼むから黙れセイバー。そもそもお前には姿を見せるなって昨日あれほど言ったはずなんだが」

 

 本来ならば、セイバーには他に人がいる際には、家では姿を隠すようにと言っていたのにもかかわらずこの体たらく。

 保険のために用意していた想定質問をすべて使い切ってしまったではないか。

 

「いや、特に挨拶もなく家に入ってきたんで、敵かな?と思ったのでつい……」

 

「さすがにこんな堂々と入ってくる敵はいねーよ」

 

 魔術師ってのはそんな間抜けな連中とは考え辛い。

 他のマスターが真琴の様なやつらばかりなら、楽というか、戦争って単語が似つかわしくなくなってしまう。

 

「そっか。セイバーちゃんは留学生で、服を持ってないと。

じゃあ、買いに行かないとね」

 

 そして俺に納得させられたはずの真琴の方は、今度は変な方向に思考を飛ばしていた。

 

「なんでそうなった真琴。少し待てば荷物が届くのに」

 

 まぁ全部噓八百なので、いくら待っても届くことはないが。

 正直これ以上面倒事が増えるのは勘弁してほしいんだが。

 

「でも、待ってる間ずっとそのジャージだけじゃかわいそうでしょ!

私だったら、せっかく新しい場所で暮らすなら、生活に必要なものは揃えたくなるけどなー」

 

「まぁ……確かにそうだが」

 

「セイバーちゃんも、流石にその服だけじゃ辛いよね。

新しい服揃えたいと思うでしょ」

 

「現代の……服、新しい……」

 

 真琴の意見に、少し考えるそぶりを見せるセイバー。

 その視線の先には、真琴が着ているうちの高校の制服があった。

 

「少し……気になって、ます」

 

「決まりだね!じゃあ私たちが学校から帰るときに、買い物に行こうよ!ね?」

 

「いや、別にいいだろ。無駄遣いは余裕は真琴には無いはずだが」

 

「女の子の買い物には金に糸目を付けなくてもいいでしょ。

それに私のを買うわけじゃないからいいの!」

 

「そ、そうですね!わたしも、欲しいです!……いけませんか?」

 

「セイバーまで……。別に必要ないだろ。だってなぁ」

 

 そもそもサーヴァントなのだからわざわざおしゃれなんて必要ないはずだ。

 『監督役』を見つけたらセイバーとは別れるのだから、そもそも金を使ってわざわざ買い物までする義理はない。

 

「別にそこまで意固地にならなくてもいいでしょ慧。

イギリスから日本に来れるくらいなんだから、セイバーちゃんだって完全に無一文ってわけではないんじゃない?」

 

「ぐ……確かに、そうだな」

 

 真琴にしては理屈の通った意見だ。

 だからこそ

 勘弁してくれ。そんな軍資金は存在しない。

 

 当たり前だが、さすがに援助なしで海外留学に行こうなんてことは基本的にはないだろう。

 当然ここでも、セイバーの設定上の親が軍資金なりを用意しているのは当たり前のことのはずだ。

 しかし全部嘘なので、セイバーに後から届く荷物はないどころか、そんな軍資金なんて存在しない。

 

「……はぁ、仕方ないな」

 

「よし!決まりね!

良かったねセイバーちゃん。私も気合い入れて選んであげるから」

 

「は、はい!ありがとうマコト!」

 

 これ以上の言い訳は思いつかないので、仕方なく俺が折れることにした。

 無いものは俺が工面する他なく、さっきから財布の中の紙幣の数を脳内で数え始めていたのは、すでに半分諦めていたからなのだろう。

 

 願うことなら、下校時刻までに『監督役』とやらにセイバーを押し付けることができればいいのだが。

 そんなことは多分無理だろうと脳裏に過ぎりつつも、この手痛い出費を防ぐために厄介ごとは早く片付けるべきだと俺は再確認するしかなかったのだ。

 

 

***

 

 

 さて場所は変わって学校である。

 いつもならば俺の隣にいるのは真琴だけなのだが、今日はもう一人別の姿があった。

 

「ほら言った通り。制服着てれば勝手に学校に入ってもバレないでしょ」

 

「確かに周りの人たちに紛れていますからね。さながら気配遮断スキル、ですか?」

 

「見知らぬ外国人がうちの制服着てるんだから十分に目立ってるぞ」

 

 もう一人は、真琴の制服に身を包んだセイバーであった。

 体型もさほど真琴と変わらなかったため、苦も無く着こなしている様子である。

 始めてった時に見た、動きづらそうな重厚な鎧姿に比べれば、断然似つかわしい姿である。

 

「安心してくださいケイ。確かに今は少し目立っていますが、怪しまれる心配はありませんよ」

 

「はぁ……本当に、どういうことだセイバー」

 

 正直真琴がセイバーを学校に連れて行くとまで言い出した時にはさすがに眩暈がした。

 セイバーまでも護衛のためだと言い張るし、二人に挟まれた俺はただ言いくるめられるだけだった。

 ただ、セイバー自身は何かしらの根拠があって、学校に行っても目立たないと言い張っていたのだ。

 確かにセイバーはサーヴァントであり、何らかの不思議な力を持っていても不思議ではない。

 だからこそセイバーの言うことを信じて学校まで来たのだが。

 

「留学ってことは学校にも来るんだよね。

だったら雰囲気を知っておくことだって無駄じゃないって。

それに慧は心配しすぎだよ。綾ちゃん先生なら見学って言えばオッケーしてくれるだろうし」

 

「そりゃあの担任ならそうかもしれんが……」

 

 うちの担任教師である綾小路先生は比較的緩い性格をした教師だ。

 基本的によほどのことをしない限りは許してくれるような雰囲気はあるし、確かに留学生の見学くらい許可してくれるだろう。

 

「だが、他の教師はそうとも限らないだろうよ」

 

「まぁ……そこは、綾ちゃん先生にも協力してもらってね」

 

「他の教師の中には許可しないのもいるだろうに……。

セイバーのこと、そっちに先に見つかったらどうすんだよ?」

 

「まぁ見つからないように臨機応変だね」

 

「行き当たりばったりかよ」

 

「安心してくださいケイ!これでもわたし正体を隠して動くのには自信があります。

なにせ兄弟にも正体を知られず、暫くの間厨房で過ごしてましたから」

 

「それはいいが、持ち物に名前書いてあって身元バレるってことはまさかないよなセイバー?」

 

「そ、そんなこと、ないですよ?」

 

 下らない問答をしつつも、面倒事は時間が経つにつれて増えているような気がしてくる。。

 いつも真琴と登校しているが、さらにセイバーまで増えているのだ。

 こんなところをクラスメイトに見られたらまた面倒になる。

 

 そういう意味では、もう俺たちは学校に居て他にも同級生を含めて生徒が周りにいるのに、こちらに話しかけてくる者はいない。

 偶然知り合いが周りにいないだけかと思ったが、よく見ればクラスメイトの鈴藤が眠たげな顔で向こうの方を歩いているのが見える。

 鈴藤はこちらを一瞥して、少し怪訝そうな表情をするもそのまま昇降口へと向かっていくようだった。

 

「本当に気にされて、ないのか?」

 

 どうやらやはりセイバーには自身の存在に関する違和感を消す何らかの能力があるのかもしれない。

 不安事項が杞憂だったことはいいのだが、後でセイバーにどういう理屈なのか詳細を問いただす必要がある。

 

「ね、いった通りですよね?ケイ」

 

 そう言いながらこちらを覗き込んでくるセイバー。

 ぞんざいに扱ってきた意趣返しのつもりなのか、その表情は憎たらしいほどに得意だった。

 

「どうかしたセイバーちゃん?」

 

「いえ、別に何でもないですよ。ただケイが心配性なだけだったんです」

 

「確かに慧は少し過保護だからねー。言った通り無事何事もなく侵入成功でしょ?」

 

「ああ、ほんと心配して損したよ。拍子抜けするくらいだ」

 

 この調子なら、綾小路教師のところま難なくたどり着けそうである。

 そんな気がしながらも、俺たちも昇降口へと入る。

 

「おや、誰ですか君は?君の様な北欧系の生徒はいなかったと思いますが」

 

 だが、そんな気の緩みを正すかのように、昇降口の奥から響く声。

 その眼鏡の奥にある不健康そうな瞳とは裏腹に、優しげな声が今は恨めしかった。

 

「ふ、不二崎せんせー……おはよう、ございます」

 

 真琴が表情を固まらせながらも挨拶をする。

 そこに立っていたのは、昨日俺たちを下校を見送った数学教師である不二崎であった。

 真琴はどうやらどう切り抜けようか考えているようだが、想定外の事態で頭の中が整理できていないようである。

 

「おはようございます不二崎先生。

この子はうちに来た留学生でして、まだ正式な転入手続きはしてないんですけども、見学だけならと今日連れてきたんです。

勝手なことなんですけど、許可を頂けませんか?」

 

 固まっている真琴に代わって俺が経緯を説明する。

 正直あの担任なら素直に信じてくれるかもしれないが、不二崎は正直よくわからないというのが所感である。

 記憶を辿っても、そこまで個性を持った教師ではなく、融通が利く面もあれば、規律を重んじる部分もある。

 まさに中庸といったスタンスの教師であり、言いくるめられるかは五分五分といった感じなのだ。

 

「なるほど、留学生ですか。……そんな話は聞いていませんが」

 

「僕も昨日両親から急に聞かされましたから。

諸々の手続きはこれからするんですが、どうしても先に日本の学校を見たいと言い出すものですから」

 

「それは大変でしたね有間君。

事情は理解できました。それなら詳しいお話は後程ご両親から聞くことができるのでしょう。

じゃあ、君……」

 

 そして不二崎は納得したように視線をセイバーの方へと向ける。

 できれば話は俺がするだけで切り上げたかったが、やはりそうはいかないようだ。

 その不健康そうな瞳を不二崎は少し優し気にして、セイバーと向かい合う。

 

「……名前はなんというのですか?」

 

「……セイバー、です」

 

「ふむ……セイバーさんですか。少し変わったお名前ですね。

それに日本語も話せるんですね。以前から勉強を?」

 

「……少し、ですね」

 

「謙遜せずともいいですよ。

ご出身はどこですか?その年で単身留学とは、なかなか大したものですよ」

 

「……イングランドです。それが、どうかしましたか?」

 

「おい、セイバー!」

 

 不二崎と会話を始めた突端に、言葉の歯切れが悪くなるセイバー。

 さすがに失礼にも感じ取ることのできる受け答えに、思わず俺も口を挟んでしまう。

 これまで特に違和感なく過ごせていたにもかかわらず、急に態度が怪しくなっていた。

 こうも露骨に態度がよそよそしくもなれば、逆に目立ってしまうだろう。

 

「これは、緊張させてしまいましたかね?

……仕方ない、話はまた今度にしましょう。

それで、有間君」

 

 セイバーの態度が緊張しているように見えたのか、空気を読んで不二崎はこちらへと話を投げかける。

 セイバーの様子をそう受け取ってくれたのは好都合な上、こちらに話を戻してくれたのもありがたい。

 

「私は授業の用意もありますし、もう行きますよ。

ついでに綾小路先生や他の先生方にも口添えしておきますので、安心してください」

 

「……いいんですか?本来俺が伝えるべきことなのに」

 

 不二崎の思わぬ提案に、思わず俺も面食らう。

 正直もうセイバーには帰宅してもらうしかないかと考えていたところだったのだが。

 

「確かにそうかもしれませんが、ただの一生徒である有間君に、少々固い先生方の説得は荷が重いでしょう。

ここは私から伝えたほうが、話もスムーズに通ると思いませんか?」

 

「まぁ……確かにそうですね。正直俺も、どう話をつけようか悩んでいたこともありますし。

先生に任せていいなら、お願いしますよ」

 

「やったじゃん慧!不二崎先生が味方なら百人力だよ!

これで、セイバーちゃんも問題なく学校回れるね」

 

「元々こんなことで悩む羽目になったのはお前の思い付きのせいだからな真琴」

 

 不二崎はまじめな部類の教師なので、このような融通が利くことには少し驚いている自分がいる。

 逆に不二崎はそのまじめさから教師側からの信頼も十分にある印象なので、話をつけてくれるなら実に好都合なことである。

 

「では、また後で。有間君、滝沢さん。

それと、セイバーさん」

 

 そうして昇降口を後にする不二崎。

 気が付けば少し時間が経っており、朝のホームルームまで時間はあまり残されていない。

 

「じゃあ、いろいろ気にしなくてよさそうだし、早く教室行こうよ」

 

 下足箱に靴を入れながら、真琴は一足先に教室へと歩みを進める。

 俺もそれに続く形で、靴を履き替えようとするが、その前に袖を軽く引っ張られた。

 

「……どうした?セイバー」

 

 セイバーの表情はどことなく強張っている。

 先ほどもそうだったが、急に態度が固くなって今もそれは継続している。

 いや、冷静になって考えれば、それは態度が強張ったというよりも、警戒しているような雰囲気だったのだ。

 

「ケイ、一つ伝えておきます」

 

 セイバーは真琴が向かう教室側ではなく、不二崎が歩いて行った職員室への廊下を見据えている。

 俺はそこまで来て、ようやくセイバーが何を伝えたいのかなんとなく感付いた。

 

「あの、不二崎という男、おそらく魔術師です」

 

 

 

 

 


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