遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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ダービーへようこそ

 

 

 

 さて、オペラさんことメイセイオペラさんも加わり、ますます活気が出てきたチームアンタレス。

 

 皐月賞が終わり、次は五月にあるクラシック第2弾日本ダービーに向けて、ミホノブルボン先輩は動き出していました。

 

 そして、比例するようにキツくなる坂路と筋力トレーニング、それはたった一度の栄光を手に入れる為の準備でしかない。

 

 

 日本ダービー。

 

 

 ウマ娘なら誰もが憧れる栄光。ダービーウマ娘という称号は生涯、語り継がれる事になる。

 

 ダービーを勝つ為だけに全てを賭けるウマ娘すらいるほど、この日本ダービーというのは1番日本で盛り上がりを見せるレースなのだ。

 

 ただ一度だけ挑戦できるダービー、そして、それに出るには相応の実績が必要不可欠。

 

 私の姉弟子であるミホノブルボン先輩はその実績には申し分ないし、ライスシャワー先輩もギリギリながら出走資格を得ることができた。

 

 だが、ライスシャワー先輩は距離の適性がこのダービーでも不安要素、しかも、そのトライアルレースであるNHK杯では八着と惨敗していた。

 

 努力を積み重ねているのに、それが反映されない事がどれほど悔しい事か、私はトライアルレース後のライスシャワー先輩の寂しい後ろ姿を見て思わず悲しくなってしまった。

 

 トレーニングトレーナーであるマトさんもこれには歯痒い思いをしているに違いない。

 

 そうして、各自がそれぞれの思惑を抱く中でついにクラシック第2弾日本ダービーの開催日は一週間前に迫っていた。

 

 

 その戦いに勝てれば、辞めてもいいというトレーナーがいる。

 

 その戦いに勝ったことで、燃え尽きてしまったウマ娘もいる。

 

 その戦いは僕達を、熱く、熱く狂わせる。

 

 勝負と誇りの世界へようこそ。

 

 ダービーへようこそ。

 

 

 かつて、日本ダービーはお金では買えないという逸話をもたらしたウマ娘がいた。

 

 ウマ娘の走りはお金の価値では到底測れない。ウマ娘の誇りあるレースは己の鍛えた身体と実力、勝負強さが全てなのである。

 

 運と実力が必要とされるこの日本ダービーでは名もないウマ娘が一気にスポットライトを浴びる事ができるそんな夢が詰まっているレースなのだ。

 

 それだけに、この日本ダービーを制するために命がけでトレーニングをするウマ娘も中にはいる。

 

 一生に一度の夢の祭典、それが、この日本ダービーだ。

 

 もちろん、ライスシャワー先輩もミホノブルボン先輩もそのレースの意味をわかっている。

 

 ダービーを制したウマ娘というだけで、海外のウマ娘や関係者も度肝を抜く、この日本ダービーという名を取るという事はそれだけの影響力があるのである。

 

 だが、日本ダービーを取り、その後、大きな活躍したウマ娘というのも限られている。それは、そのレースに力を全て出し尽くしたという事なのかもしれない。

 

 なので、スペシャルウィーク先輩といった日本ダービーを制して活躍したウマ娘というのはかなり稀な存在なのだろう。

 

 さて、そんな大事なレースの当日、私はどこにいたのかというのかというと?

 

 

「たこ焼きー、たこ焼きどっすかー」

 

 

 焼きそばを売って回るゴルシちゃんと一緒にたこ焼きを売って回っていた。

 

 ゴルシちゃん曰く、お前胸でかいからそれなら形状が似てるたこ焼きがバンバン売れるっしょって事らしい、どんな理論だよと私は思いました。

 

 皆、最近、胸しか見てないね、なんだよ、持ってるじゃん、自前で用意できるでしょう? 自分のあるでしょうよ、結構デカイのが。

 

 私なんてメイショウドトウちゃんに比べたら可愛いものですよ、あれには勝てないっすよ。

 

 そんな感じにやさぐれながら、私はたこ焼きを雑に売る。

 

 私がマスコット的な意味合いがあるのかどうかはわからないが、私というだけで何故か皆買ってくれているので売り上げは上々だ。

 

 焼きそばのゴルシちゃんとたこ焼きのアフちゃん、何故だか、このセットで覚えられそうでなんだか怖い。

 

 一応、姉弟子とライスシャワー先輩には激励はしっかりとしてはおいたけれど、日本ダービーは何が起きるかわからないから、レース前に立ち会えないのは私には物凄く不安であった。

 

 ライスシャワー先輩は不安ではなかろうか、ミホノブルボン先輩は言葉をかけて欲しくはないだろうか?

 

 自分は何か少しでも力になりたい。

 

 だが、私は今、たこ焼きを抱えていろんな人に笑顔を作りながらたこ焼きを売って回っている。

 

 こんな事をしていて果たして良いのだろうかと私自身、あまり、これに乗り気ではなかった。

 

 すると、ここで、ゴルシちゃんは何かを思ったのか私を手招きで呼んできた。私はそれに首を傾げて彼女の元に寄っていく。

 

 そして、彼女は私の側に近寄るとポンと肩を叩いて隣でこう話をし始めた。

 

 

「…何考えてんだ?」

「何って、そりゃレースに出る先輩達の事ですけれど…」

「それで? 声でも掛けに行こうとでも考えてた訳か?」

 

 

 ゴルシちゃんは私にそう告げながら、私の考えていた事について簡単に述べる。

 

 紛れもなくその通りだ。私はこのG1という舞台で先輩達の励みに少しでもなりたい、特に日本ダービーという晴れ舞台ならばなおのことそうだ。

 

 このレースの意義を考えれば、たこ焼きを売って回るという事よりも彼女達の力になりたいと思うのは当たり前の事だろう。

 

 だが、ゴルシちゃんは真っ直ぐにレース場を見据えたまま、私にこう話をし始めた。

 

 

「自分にとって出来ることってのは何も先輩に声を掛けるだけが出来る事じゃないだろ」

「…えっ…?」

「こうやって、レースを見に来て応援しに来てくれる奴らに焼きそばやたこ焼きを配って、よりレースを盛り上げてもらった方がお前の先輩達も気合が入るんじゃねぇか?」

 

 

 レース場を真っ直ぐに見たまま、ゴルシちゃんは笑みを浮かべ、私にそう語ってきた。

 

 声を掛けて励ますだけが、励みになる訳じゃない。

 

 こうして、レースを見に来てくれて応援してくれる人が居るからこそ、自分達は頑張ってターフを駆ける事ができる。

 

 ゴルシちゃんの言葉は確かにその通りだなと、私は思った。数々のドラマをレース場で実際に目の当たりにしてきた私だからこそ、納得できる言葉だった。

 

 正直、レースに実際に走る事が出来ない私が先輩達にできる事は限られている。

 

 幾多の坂を越え、幾多の凄まじいトレーニングを行い、たくさんの檄を浴びてきたミホノブルボン先輩。

 

 そして、それに少しでも近づこうと足掻き、努力を積み重ねたライスシャワー先輩。

 

 いつか、あのターフで二人と共に駆けたいと願いながら、私は彼女達の影を追って、毎日、必死にトレーニングについていっている。

 

 ウマ娘として、この世界に生を受けたその意義をあの二人のおかげで私は見出せたといってもいいだろう。

 

 この世界で母も父の顔も知らない私にとって、義理母もミホノブルボン先輩もライスシャワー先輩も大事な家族なのだ。

 

 だったら、元気よく、会場を盛り上げて二人の晴れ舞台をより盛り上げてあげた方が彼女達の力になるだろう。

 

 私はゴルシちゃんの言葉に思わず笑みが溢れてしまった。

 

 これも、二人の力になる大事なものだ、まさか、彼女に教えられるとは思ってもみなかったな…。

 

 たこ焼きを抱えた私は、バシンッと隣にいるゴルシちゃんの背中を叩くとこう話をしはじめる。

 

 

「あいたっ!」

「さぁ! たくさん売りますよっ! 全部売って会場を盛り上げてやりましょう!」

「…お、おう、なんだ急にやる気になりやがったな、おい」

 

 

 そう言いながら、背中を抑えつつ私と共にレース会場に再び焼きそばを抱えてレースを見に来てくれた人達に売りに出るゴルシちゃん。

 

 彼女達の為にこの会場を盛り上げる。それならば本気でやらねば、きっと彼女達も力が出ないだろう。

 

 そんな、私とゴルシちゃんの姿をレースを控え、ゲート前でアップをしながら見ていたミホノブルボン先輩はフッと笑みを浮かべていた。

 

 そうして、いよいよ、クラシック第2弾、日本ダービーのファンファーレが会場に鳴り響く。

 

 やはり、日本ダービーだけあって異様な雰囲気が会場を包んでいた。

 

 レースに出る出走するウマ娘達も目がいつもとは違う、ギラギラとただ、ダービーを制覇するんだという闘志に燃えていた。

 

 会場に来ていた観客達からはファンファーレと共に慣例の合いの手が鳴り響き、会場全体が震えていた。

 

 

 第59回 東京優駿(日本ダービー)。

 

 

 今、その火蓋は切って落とされそうになっていた。

 

 号令と共に一斉に走る構えを取るウマ娘達、それぞれが高鳴る心拍数を落ち着かせるかのように静かに深呼吸をし、その時に備える。

 

 会場が静まり返りまるで、時間が止まったようだった。

 

 そして、ついに…。

 

 

「さぁ! 第59回! 東京優駿(日本ダービー)スタートしましたっ! さあブルボン! いいスタート!」

 

 

 パンッ! とゲートが開いたと同時にスイッチが入ったかのようにスタートを一斉に切るウマ娘達。

 

 だが、今回は先頭に行くのはミホノブルボン先輩だけではない、ライスシャワー先輩も追従するようにブルボン先輩の後を追っている。

 

 これには実況の人間も思わず声を上げて、レースを盛り上げる。

 

 

「ゼッケン13番! ライスシャワーと一緒に!スっと行った! 行った! やはりブルボン行った! ミホノブルボンが17人を従えて先頭を行きました! 」

 

 

 この光景には私も思わずたこ焼きを売っていた手が止まる。

 

 ミホノブルボン先輩について行く形でライスシャワー先輩も先を取りに行っている。これに燃えない訳が無いだろう。

 

 あの二人はあそこでどんな言葉を交わしているんだろうか、たこ焼きを抱えている私は目を輝かせたまま、気がつけば始まった日本ダービーに釘付けになっていた。

 

 一方でレースを走る二人は、互いに視線を交わしながら笑みを浮かべていた。

 

 

(今日は負けないっ…! 今日こそ勝つ!)

(来ましたかっ! ライスシャワーっ!)

 

 

 互いに譲れないプライドが激突するレース。

 

 積み上げてきたからこそ、負けられない。譲れない思いが互いの中にあった。

 

 序盤から火花を散らす二人、だが、やはり先頭を行くのはミホノブルボン先輩だ。

 

 ミホノブルボン先輩の背中を見つめるライスシャワー先輩は彼女の背中を真っ直ぐに捕らえていた。

 

 一気に勝負を仕掛けて、ダービーを勝つ。日本ダービーという称号も確かに欲しいが、ライスシャワー先輩にとって、1番欲しいのはミホノブルボン先輩に勝ったという証明だ。

 

 だが、ミホノブルボン先輩はドンドンと後続との差を開いていく、3身差、4身差と着実に差は開いていた。

 

 しかし、ライスシャワー先輩はそれ以上は離されないようにとミホノブルボン先輩との差を詰めていく。

 

 私は二人の駆け引きをドキドキしながら見ていた。

 

 どちらが勝つのか、この後の展開がどうなるのか、日本ダービーはただのレースでは無い、何が起こるかわからないのが日本ダービーなのだ。

 

 だが、一度はミホノブルボン先輩に迫っていたライスシャワー先輩は違和感に気づく。

 

 それは残り400m手前ですぐに彼女は気がついた。

 

 

「…なんでっ!!…どうしてっ!?」

 

 

 必死に食らいついているが、わかるのだ。ミホノブルボンがどれだけの余力を持て余しているのかを。

 

 必死に食らいついているつもりでも、差したいタイミングでも、ミホノブルボン先輩の足が衰える気配が微塵も感じられないのだ。

 

 いつ差せば良いのか、差すタイミングがここしか無いにもかかわらずミホノブルボン先輩の足の速さは全く変わらない。

 

 それどころか、更にそこから加速する始末である。

 

 思わずたこ焼きを抱えていた私は呆然としたまま持っていたそれを落としてしまった。

 

 そして、顔を引きつらせたまま、そのレースを目の当たりにしてこう一人でに呟く。

 

 

「…はは…。…本当に化け物か…あの人は…」

 

 

 その勝ちは必然だったのかもしれない。

 

 だが、それにしてもあまりにも強すぎた。ミホノブルボン先輩は後ろから追うライスシャワー先輩をぶっちぎる。

 

 きっと、同期にミホノブルボン先輩さえ居なければ日本ダービーを制していたのはライスシャワー先輩だったかもしれない。

 

 

 私の心配なぞ、不要。

 

 

 そう言わんばかりの圧倒的な強さに思わず、私は顔を引きつらせるしかなかった。

 

 実況席に座るアナウンサーも興奮気味に立ち上がりその光景を叫ぶ、ダービーを制するウマ娘の名を何度も叫んだ。

 

 

「2200mを通過したっ! ブルボン先頭っ! ブルボン先頭っ! 恐らく6身差っ! 恐らく勝てるだろう! 恐らく勝てるだろうっ! もう大丈夫だっ! ブルボン! 4身差! 5身差! 今ゴールインっ!」

 

 

 声を上げる実況者、ゴールインと共に一斉に観客席から歓喜の声が上がる。

 

 圧倒的なミホノブルボン先輩のレースぶりに観客達は皆、惜しみない拍手を送った。

 

 運などではない、それすらも実力で真っ向からねじ伏せるその強さに皆は拍手を送らざる得なかったのである。

 

 積み上げてきた努力が、トレーニングが実を結んだ勝利、誰よりも努力を積み重ねてきたミホノブルボン先輩だからこそ取れた栄光。

 

 

 しかし、勝者が居れば、そこには必ず負ける者がいる。

 

 

 一方でミホノブルボン先輩に負けたライスシャワー先輩は大粒の涙を流し、悔しそうにターフに蹲っていた。

 

 あれだけの大差をつけられた事に対する不甲斐なさか、日本ダービーを勝てなかった事に対する悔しさか。

 

 

「うああああぁ!! あぁぁぁぁ…っ!」

 

 

 積み上げてきたものを全てにおいて上回られた。彼女にはそれが悔しくて仕方なかったのだろう。

 

 きっと、あの皐月賞から必死にミホノブルボン先輩に追いつこうと足掻いていたに違いない。

 

 彼女の努力する姿を見ていた私にも、姉弟子が勝って嬉しいという喜びがある中で、涙を流すライスシャワー先輩のその姿が胸を打って仕方なかった。

 

 ライスシャワー先輩の今まで見たことが無いその姿に私は思わず、抱えていたたこ焼きをゴルシちゃんに預けて向かおうと思った。

 

 だが、そうしようとした途端、声をかけて来たウマ娘がいた。

 

 

「何をしようとするつもりだ?」

「…!?…ブライアン先輩…」

 

 

 そう言って、私の前に立ち塞がったのは同じく日本ダービーを見に来ていたナリタブライアン先輩だった。

 

 大方、ライスシャワー先輩に駆け寄ろうと考えていた私の事を察しているからこその行動なのだろう。

 

 私は立ち塞がったナリタブライアン先輩は表情を険しくして、厳しい口調でこう告げる。

 

 

「敗者に情けをかける事こそ、プライドを傷つける事はないぞ」

「でも…! あんなの見たら…」

「勝者は必ず敗者を作る。それが勝負の常だ、それはあのレースを走った奴が1番わかっているだろう」

 

 

 ナリタブライアン先輩は真っ直ぐに私を見据えながらそう告げてきた。

 

 確かにその通りだ。ナリタブライアン先輩の言う事はもっともである、私がライスシャワー先輩に駆け寄って何を言うと言うのか。

 

 敗北の苦さをより辛くするだけではないのか、後輩の前で全く姉弟子に通用しなかった姿を晒して同情までされれば、彼女は一体どう思うのだろうか。

 

 私はナリタブライアン先輩のその言葉に何も言い返す事が出来なかった。私自身もそれは理解していたからだ。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は笑みを浮かべて私の頭をポンっと叩くとこう語りはじめた。

 

 

「それよりも、身内の優勝を祝ってやれ。無敗で二冠達成なんてすごい事だろう」

「……!!」

 

 

 ブライアン先輩の言葉に静かに頷き、私は抱えていたたこ焼きを放って走ってミホノブルボン先輩の元へと向かい駆け始める。

 

 それを静かに見届けたナリタブライアン先輩はその足でそのまま会場を後にするように出て行ってしまった。

 

 レースを終えて、会場の皆に手を振るミホノブルボン先輩。

 

 私はそのまま、会場の皆に手を振るミホノブルボン先輩に向かって喜びのあまり涙を浮かべながら飛びかかった。

 

 私の姉弟子はダービーを取ったウマ娘なんだぞと胸を張って言える、それだけで、私は嬉しかった。

 

 急に抱きついてきた私に驚いた様な表情を浮かべるミホノブルボン先輩。

 

 だが、しばらくして、涙を流しながら抱きついた私に優しい笑みを浮かべたまま、何度も頭を撫でてくれた。

 

 

 無敗の二冠達成。

 

 この日本ダービーでの姉弟子とライスシャワー先輩が見せてくれた戦いの勇姿。

 

 それは、私にとって、積み上げてきた努力を形にしたとても美しい光景だった


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