さて、私達は現在、バカンスの地、ドバイを目指して飛行機に居ます。
パスポート関係とかどうしたんだろう? とかいろいろ気にはなったところはあるんですけれど、私は旅客機のビジネスクラスで椅子をリクライニングにし、アイマスクを着けてリラックスしながら有意義に旅行を楽しむ事がこうして出来ています。
久々の休暇はいいですねー、いやー、今からバカンスですよ! しかもドバイで!
ドバイといえば観光名所が盛りだくさんですよね! デザート サファリとか!ブルジュ・ハリファなんかもありますよね!
いやーテンション上がりまくりです! 思わず鼻歌歌ってしまうくらいに私は上機嫌でした。
可愛い水着も買って、たくさんの観光名所を回りつつ、海でゆっくりと過ごすなんてのもいいですよね。
そんな風にるんるん気分の私でした。そう飛行機にいるまでは。
いや、予想してなかった事は無いんですよ、もしかしたらあるんやないやろうかと、姉弟子と義理母のコンビだし、でも、旅行先ですよ? 旅行先。
いやいや、こんなバカンス気分できた、しかもドバイなんかでそんな事は無いでしょう? 綺麗な海に綺麗な街並み、観光名所、こんなところで? 無い無い。
と、思ってましたよ、私も。
「ドバイのダートはどうだ! 足腰にくるだろ! さぁ! もう一本だ!」
「サーイエッサー!」
「アフトクラトラスゥ! へばる暇はないぞぉ! いつまで土にキスしてるつもりだァ! 馬鹿者ォ!」
「…はぁ…はぁ…い…いぇすまむぅ…」
私は土まみれになった顔面を上げて、死にかけの表情で義理母の言葉に答える。
ドバイの地にて私達が何をしているかと言われれば、見ての通りです。ダートの坂を登っております。
それはもう、地獄ですよ、時差ボケ? 関係無いから、と言わんばかりの坂路、しかも、ドバイのダート版。
土なんか普段はあまり走らないのだが、足腰の強化を図るため、芝ではなく、ドバイのダートを使ったこの坂路特訓はもう壮絶でした。
バカンスというより、強化合宿に近いだろう、これ意味合いが全然違うやんけ。
ドバイの照らしつける日が眩しい、ブライアン先輩やタキオン先輩達も現地入りしたオハナさんと共に軽くドバイでトレーニングしている最中である。
もちろん、このドバイでのトレーニングは明確な意図があってのことだ。
ミホノブルボンの姉弟子もブライアン先輩もそうだが、来年には海外進出をし、欧州やその他の地域でレースがある。
チームアンタレスからはバクシンオー先輩、タキオン先輩、ナカヤマフェスタ先輩、バンブーメモリー先輩らもこのドバイでのトレーニングを個別でこなしている。
私達は見ての通りです。ドバイにて坂を登ってばかりだ。
私は死にかけの身体に鞭を打ち、その地獄のトレーニングに再び復帰する。
海外戦に向けての特訓ならば、必死についていかねば到底通用なんてしない。
海外のウマ娘ならば、なおさら怪物ばかりだ。
トレヴにハリケーンラン、ヴィジャボード、ダラカニ、ハイシャパラル、ガリレオと名だたる海外ウマ娘達が世界中で活躍している。
さらに、最近では神童と呼ばれるウマ娘ラムタラに、シングスピールという海外ウマ娘達が脚光を浴びているとか。
ミホノブルボンの姉弟子と同世代ならば、アメリカのハトゥーフが立ち塞がることだろう。それに、アイルランドダービーを制したセントジョヴァイトまでいる。
ダートに目を向ければ、姉弟子のちょっと後の世代にはダートで化け物じみて強いシガーまでいる。
あれとメイセイオペラ先輩戦うのかとか考えると物凄く可愛そうに感じてしまう。いや、というか無理でしょうと。
例えるなら、私がフランス史上最強ウマ娘のシーバードかイタリア最強ウマ娘リボーに挑むようなもんである。
別名、ブロワイエさんことモンジューさんも大概やばい人ですね。
皆さんはもうご存知かもしれませんが、最近、ジャパンカップでスペシャルウィークさんと戦ったあの人です、はい、よくスペ先輩はあれに勝てたなと感心するばかりです。
さて、話は戻りますが、こうして挙げた化け物みたいなウマ娘達と私達はやり合わなければならないので、トレーニングがハードになってしまうのも分かる。
だが、しかし考えてほしい、私達は本来、ここに何をしに来たのか? 日本ダービーの勝利を祝してのバカンスである。
明らかにおかしい、今頃、私は南国のビーチで可愛い水着を着て、さらに、ビーチに置かれたリクライニングチェアでくつろぎながらサングラスを掛けてニンジンジュースを片手に海を眺めているはずなのだ。
それがどうでしょう? 私は土に這い蹲り、死にかけながら何度もドバイのダート坂路にキスを繰り返しているような気がします。
いや、アンタレスにとってのバカンスがこれだと言われてしまえば何にも言えないんですけどね。
それが、だいたい午前中の練習メニューでした。
うん、午前中だけでも死ねる、午後はもっとハードに違いない。
私はやさぐれながら、シャワー浴びて着替えホテルのベッドに頭から飛び込んだ。
久しぶりに地面に倒れるくらいハードなトレーニングをした気がする。慣れない海外のレース場にダートの坂路、さらに、時差ボケが疲労に拍車をかけてきたのかも。
すると、そこで、部屋の扉がガチャリと開いた。
えっ? もう休憩終わりですか? もう午後からの地獄の練習が始まるのですか?
おぉ、神よ、寝ているのですか? えっ? ベガスでバカンスですって? 良ければ私も連れて行って貰ってもいいですかね。
そうして、私が絶望に満ち溢れた表情を浮かべて開いた扉の方を見る。
するとそこには、赤模様の可愛いフリルが特徴の黒いワンピース型の水着を着たライスシャワー先輩がゴーグルを付け、浮き輪を片手に立っていた。
さらに、その横には赤が特徴の晒しを胸に付けている派手なビキニ姿をしたナリタブライアン先輩まで一緒だ。
私は目の前に現れた水着姿の彼女達に目をパチクリさせる。
すると、ブライアン先輩は親指で外を指差しながら私にこう話をしはじめた。
「おーい、海、行くぞ海」
「ブルボンちゃんも今から呼び行きますけれど、…あれ? アフちゃん疲れてる? なら無理にとは言わないけれど」
「ほぇ…?」
そう言って、ベッドの上で目をパチクリさせている間の抜けたような声をこぼす私に告げる水着姿の天使であるライスシャワー先輩。
ん? あれ? 午後からも坂を登るんじゃないんですか? 私はてっきりドバイの土にまたもやディープキスをしなくてはならないのではないかと思ってたんですけれど。
身構えていた私は思わず拍子抜けしてしまった。水着姿の二人を見る限り、たしかにトレーニングをするような格好ではない。
二人の言葉にしばらく固まっていた私は、状況を一旦頭の中で整理して、そして、もしやと思っていた考えが頭をよぎる。
そう、これは間違いないっ! 午後からの練習は無くなったのだと!
私は思わず二人の言葉に目をキラキラと輝かせ、声を上げてこう話す。
「行きます! 行きますともっ! 海! 海行きたいです! オーシャンだぁー! やっほい!」
なんとここでどん底に沈んでいた私のテンションが右斜め前に直上!
えっ 今日はバカンス楽しんでもいいんですかっ! 本当ですかっ!ニンジンジュースを片手にサングラス掛けて調子乗っちゃってもいいんですかっ!
あ、だめだ、涙が止まらない、私はシャワー室で水着に着替えながら何故か猛烈に感動していた。
そんな中、私の鼻水を啜る音が聞こえたのかブライアン先輩が心配そうな声でこう扉越しから声をかけてくる。
「お、おい、大丈夫か?」
「じんばいありま゛ぜん! い゛ま゛い゛き゛ま゛ずっ!」
私の涙声に思わず扉の前で顔を見合わせるライスシャワー先輩とナリタブライアン先輩。
だって、今の今まで私、こんなバカンスが出来たことなんて一度もなかったんですよ、休みたくてもライバルはもっと練習してるかもしれないし、期待を背負っている以上はあの人達についていかないといけないので。
それに私自身も地獄のメニューを覚悟していた部分もあったので、この時の私は初めてのまともなバカンスという言葉に号泣不可避だったのである。
これには流石のライスシャワー先輩も苦笑いを浮かべるしかなかった。彼女も義理母と姉弟子の練習の過酷さは理解しているからだ。
そんなわけで、私はあえて購入しておいたイルカさんを脇に抱える。
相棒、お前の出番がついに来たぞ! よかったな!
膨らませたイルカさんにそう一言告げる私。
さらに釣竿を担ぎ、釣り道具を一式用意した後、用意しておいた青に可愛いフリルが付いた水着に着替えてサングラスを装備する。
鏡でそれを見た私はやっとバカンスに来たんだなという実感を得ることができた。
なら、今の今まで何処にいたんだという話なんですけども、多分、というか間違いなくドバイとかいうリゾートの名をした地獄ですね。
私は早速、迎えに来てくれた二人と共に姉弟子を呼びに行き、それから、アンタレスのメンバー達と合流し、ドバイの綺麗な浜辺へとやってきた。
私は目を輝かせながら、アンタレスの面々と共にドバイの綺麗な海を見つめる。
そんな、私の様子を見ていた黒いビキニを着ているリギルのトレーナーである東条ハナさんことオハナさんは笑みを浮かべてこう問いかけてきた。
「なんだアフトクラトラス、海は初めてか?」
「はいっ…! あ、あの…! あのっ! スイカ割りとかもしてもいいんですよねっ! 釣りとかもしていいんですよねっ!」
「あぁ、いいぞ、あそこに売店もあるから、ニンジンジュースもおかわり自由だぞ」
そう言いながら、オハナさんの言葉と共に私の肩をポンと叩いてくるナリタブライアン先輩。
信じられないといった表情ながら、恐る恐るナリタブライアン先輩が差し出してくれるニンジンジュースを受け取る私。
アカン、そんなに優しくされたら昇天してしまう。
私は涙を流しながらブライアン先輩から頂いたニンジンジュースを飲み干す。
これは夢ではなかろうか、私は思わずそう思ってしまった。二人の水着姿もあってか、何故だか女神様に見えて仕方がない。
すると、しばらくして、私の様子を遠目から見ていた白いフリルが付いた可愛い水着を着ているミホノブルボンの姉弟子がこちらに歩いて来た。
そして、涙を流している私に向かいこう話しをしはじめる。
「大袈裟ですね、妹弟子よ、あれだけバカンスと言ったではありませんか」
「いや! 午前中のアレを見れば強化合宿だと思うじゃないですかっ…!! 私はもうバカンスって言う名のデスマーチが始まるとばかり…っ」
そう言いながら、私は涙を流しながら、ミホノブルボンの姉弟子に突っ込みを入れる。
今まで、祝勝会という名の地獄のトレーニングをどれだけやってきたことか、それならば、バカンスという名の強化合宿だって思ってしまうのも当たり前の話である。
姉弟子はそんな私の言葉に苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに私の頭を撫でてくる。
そんなことされては何にも言えないではないですか、畜生。
何はともあれ、バカンスはできるようなので私は気を取り直して午後からのこのバカンスを満喫することにした。
まずはミホノブルボンの姉弟子とバクシンオー先輩、そして、私とライスシャワー先輩とでビーチバレー対決。
白熱の試合だったが、結果的にはミホノブルボンの姉弟子の鋭いスパイクが私の顔面を捉え、負けてしまった。
あのスパイク、多分、常人が受けていたら首が吹っ飛んでたと思う。私もあまりの威力に仰け反りました。
バクシンオー先輩はオレンジのビキニ姿が眩しかったです。その様子は彼女のレシーブの際にご注目して頂けたら一目瞭然かと。
そのあとはナカヤマフェスタ先輩とナリタブライアン先輩と共にルアーを使って、釣りを行なった。
ナリタブライアン先輩とナカヤマフェスタ先輩は意外と手先が器用でホイホイ釣る中、私は一匹だけ小さな魚を吊り上げることに成功。
そんな私にナカヤマフェスタ先輩は一言。
「はっはっはっ! お前釣り下手くそだなぁ!」
「この際、モリでついた方が早いですよ!これ!」
「お前さんは忍耐力が足りないな、まだまだだ」
ぐぬぬと隣で魚を吊り上げるナリタブライアン先輩に何も言い返せない私は思わずそんな負け惜しみの言葉が溢れてしまう。
ナカヤマフェスタ先輩は黒と白のボーイレッグビキニだった。短パンの様な格好は彼女には似合ってましたね、はい。
バンブーメモリー先輩も同じような水着を着ていましたが、こちらは白と緑が特徴のボーイレッグビキニだ。
恐らく、彼女のモデルになった競走馬がいつも付けていたメンコからの色をとった色合いなのだろう。
そして、こちらはそんなバンブー先輩とビーチフラッグを行なっているメイセイオペラ先輩ですが、彼女はピンク色の派手なビキニ姿だ。
「よーしっ! 私の勝ちぃ!」
「くっそー! 負けたぁ!」
しかし、ビーチフラッグ対決は今回はメイセイオペラさんが勝ったようだ、ダートならやはりあの人強いな本当に。
たまにバンブーメモリー先輩も勝ったりしているのでわりと良い勝負になっている。
そんな彼女達をリクライニングチェアから眺めるのはアグネスタキオン先輩ですが、こちらは青と白のワンピース型の水着を着て、呑気にリラックスして満喫している様子が伺える。
そうやって、過ごしているうちに楽しい時間はゆっくりと過ぎていく。
そんな中、私達が楽しそうにバカンスを楽しんでいるのを遠目から眺めている二人の姿があった。
そう、義理母とオハナさんである。
オハナさんと義理母は二人で並ぶように座り、楽しそうにはしゃぐ私達の姿を見つめながら何やら話をしているようだった。
オハナさんは笑みを浮かべたまま、サングラス越しに私達を見守る義理母に話しかける。
「珍しいですね、遠山さんがこんな風な休暇を取るなんて」
「…ふっ…珍しいかい?」
「えぇ、ものすごく」
東条ハナはクスリと笑みを浮かべて、義理母の珍しい行動に対して感想を述べる。
坂路の鬼と知られている義理母、そんな義理母がダービーが終わったとはいえ、午前中にトレーニングを切り上げこうしてバカンスを楽しませることは本当に稀だ。
その事に関して、リギルのトレーナーである東条ハナは気になっている事があった。
そんな東条ハナに対して、義理母は海を眺めながらゆっくりと語りはじめた。
「たまにはな、あの娘達には丁度良い息抜きにはなるだろう」
義理母は隣に座るオハナさんに笑みを浮かべながら告げる。
だが、その話を隣で聞いていたオハナさんの表情はどこか暗かった。
それは、同じチームトレーナーとして、遠山が掲げる過酷なトレーニングが最近、さらに激しさを増しているからだ。
その事について、遠山から以前からお世話になっている東条ハナはある事が気になっていた。
それは、アンタレスのトレーナーである義理母についてある噂を耳にしたからである。
義理母の隣に座る彼女は続ける様にしてこう問いかけはじめた。
「遠山さん、体調の方はどうですか? 最近、病院によく通われているとか」
「…………、さぁてね」
義理母は敢えてオハナさんからの問いかけに言葉を濁す様にして答える。
それは、事実からなのか、義理母はそれ以上はオハナさんに答える様子はなかった。
身体のことについては、自分がよくわかっている。そんな風な受け応え方だった。
アフトクラトラスやミホノブルボンに対してこうやって休みを与えるのは彼女らしくはないと東条ハナは思っている。
だからこそ、気にはなったものの、それ以上はアンタレスのチームトレーナーである遠山に問いただす様なことは彼女はしなかった。
ただ、一言、彼女は義理母に対してこう告げる。
「どうか、あまりご無理はなさらないでください」
「…あぁ…、考えておくよ」
義理母は心配そうな表情を浮かべている東条ハナにニコリと笑みを浮かべてそう告げた。
自分の鍛えに鍛え抜いた愛娘達、その娘の一人が今クラシックで戦っている。
なら、心を鬼にして、自分の身体に鞭を打ってでも勝たせてあげたい、そして、彼女達が夢見た場所を自分にも見せて欲しい。
その気持ちは誰にも負けないと遠山は思っていた。
自分が鍛え抜いたウマ娘であるあの娘達には後悔しない生き方とレースをしてほしいと。
次はいよいよ菊花賞、夏を過ぎればクラシックの最終レースだ。
何か覚悟を決めているかの様な面持ちで義理母は私達の姿を静かに眺めていた。
ドバイの海の波音が静かに聞こえる中、海で休暇を楽しむ私達の1日はこうして過ぎていくのだった。