兎美「てーんさい物理学者であり、仮面ライダーである有田兎美は、全損の危機に陥ったハルユキと一緒に、用心棒に会うために神保町に向かったのでありました」
千百合「あまり長く話していると、分かりにくいんじゃない?」
兎美「誰かが茶々入れるからでしょう!」
黒雪姫「それもあるが、あらすじで話すことが多いから長くなるのではないか?」
兎美「しょうがないでしょ!色々あるんだから」
美空「ハルユキは無事に勝利し、全損を免れるのか!どうなる第9話!」
兎美「だからしれっと、出てくるんじゃないわよ!」
タクムは現在、梅里中学校に訪れていた。
なぜ、タクムが梅里中学に来ているのかというと、カフェテリアの近くにあるハンバーガーショップで待機していた時だった。
『君に話がある。梅里中学の生徒会室まで来てくれ』
というメッセージが、黒雪姫から届いた。
タクムは指示通りに梅里中学の校内に入り、生徒会室に向かっている。
(なぜ彼女は僕を呼んだんだ?もしかして...襲撃の事か?)
タクムは、呼び出された理由を考えながら校内を歩いていると、1人の女生徒が近づいてきた。
「あら?あなた、ここの生徒じゃないみたいだけど、何をしているのかしら?」
腕に風紀委員の腕章がついた女生徒だったが、タクムは見覚えがあった。
前に3人で帰った時に、ハルユキを連れて行った女子生徒だったからだ。
「すみません、ここの生徒会の副会長に呼ばれているので」
タクムは女生徒を警戒しながら、その場を凌ごうとする。
「そう、案内は必要かしら?」
「いえ、大丈夫です」
タクムはそう言って、女生徒の横を通り過ぎようとすると。
「気をつけた方が良いわよ、最近物騒だからね」
女生徒の言葉に、タクムは足を止めた。
「ご忠告どうも」
今度こそ、タクムはその場を離れた。
(彼女は一体何者なんだ?兎美さん達の話だと、彼女に連れて行かれた後にハルは誘拐されたって話だけど)
先程の女生徒に関して考察していたタクムだったが、考えるのを後にして先を急いだ。
タクムは生徒会室の扉の前まで来ると、意を決してノックをする。
「入れ」
黒雪姫の声を聞き、タクムは中に入る。
「来たか」
黒雪姫はタクムに背中を向けて、椅子に座っていた。
「あ...あの...」
「バーストリンク!」
突然の出来事に混乱したタクムだったが、状況を理解した時には、タクムの視界には。
【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】
というアルファベットが表示されていた。
☆★☆★☆★
タクム、《シアン・パイル》は黒の王《ブラック・ロータス》に、なぜ対戦を挑まれたのか分からなかった。
「さあ、始めようか」
「ブラック・ロータス、どうして...」
「聞いていなかったのか?私は始めようかと言ったのだ」
タクムは、黒雪姫の言葉に息を呑む。
「ま、待ってください!僕は...」
「君は今、1人のバーストリンカーに乱入され、戦いを挑まれている。挑まれた戦いには全力で応える、それがこの世界のルールだろう。来ないならば...」
言葉の後、黒雪姫の装甲が展開され、通常形態から戦闘形態へと移行する。
「こちらから行くぞ!!」
いきなりの攻撃で、タクムは大きく吹き飛ばされてしまった。
「うわぁ!!」
「どうした?遠慮する事はない、ポイントを荒稼ぎするチャンスだぞ」
喋っている間も攻撃を繰り返していた黒雪姫は、攻撃の手を止め一度距離を取り剣を向ける。
「それとも、それが君の実力か?」
「う...」
「レオニーズの使いの者に、君の様子を聞いた。君は剣道の大会にも出ていない、なぜだ?」
黒雪姫の質問に、タクムは重々しい様子で答える。
「けじめです」
「けじめ?」
「僕は罪を犯しましたから、今のままここに居る訳にはいかない」
「やはりそうか」
「自分が得て来た物、獲得してきたものを全て捨て、全てを失う事で罪を償う。君はハルユキ君が一人前のバーストリンカーになるまでサポートした後、自らブレイン・バーストをアンインストールするつもりではないか?」
タクムは黒雪姫の言葉に、沈黙していた。
「どうなんだ?」
「罪を償うにはそれしかないと思いました...」
「やはりな」
タクムの言葉に黒雪姫は落胆する。
「でも!」
タクムは、言葉を荒げながら叫ぶ。
「ハルと一緒に戦って気付いたんです!」
黒雪姫は黙って聞いていた。
「ハルが戦う時に、言っていた言葉があるんです」
タクムはその時、対戦していた時にハルユキが言っていた言葉を思い出す。
☆★☆★☆★
『ハルはやっぱり強いね。さすがは仮面ライダーと言った所かな』
『なんだよいきなり』
タクムの言葉に、ハルユキは疑問符を浮べる。
『いや、教えている僕が足手まといになってるんじゃないかなと思って』
『そんな事ないだろ、相性が分からなかったら負けてたかもしれないし、お前がいなかったら危なかった戦いもあったしな』
『それでも、やっぱり君の強さが羨ましいよ...』
タクムはそう呟き、遠くを見つめた。
『タク...力を手に入れるってのは、それ相応の覚悟が必要なんだよ』
『え?』
『だから半端な気持ちでは、強くなる事なんて出来ないんだ』
タクムはハルユキの言葉を聞き、黙ってしまった。
『俺が仮面ライダーとして戦う時も、バーストリンカーとして戦う時も、俺は覚悟を持って戦っているんだ。だからお前も持ってみろよ、お前だけの覚悟を』
『ハル...』
『まあ、これも兎美からの受け売りなんだけどな』
☆★☆★☆★
「だから僕は近くで、ハルを支えたいと思ったんです!」
タクムは、自分の気持ちを黒雪姫にぶつける。
「こんな僕でも!ハルの隣に立ち、一緒に強くなる!それが僕の覚悟です!」
黒雪姫は、タクムの覚悟を聞くとフフフと笑い出した。
「フフフッ!ハハハハハハ!なるほど、どうやら私がしようとした事は、只のお節介だったと言う訳か」
黒雪姫は、再度剣を向ける。
「ならばその覚悟が本物かどうか、私に示してみろ!」
「ええ、今の僕は...負ける気がしない!」
「ふっ、行くぞ!」
☆★☆★☆★
(腐蝕林ステージか...)
シルバー・クロウは心の中でそう呟くと、アクア・カレントへと視線を移す。
アクア――《水の》。
カレント――《流れ》。
バーストリンカーに与えられる名前はアバターの外見的特徴をそのまま表すものが多いが、これほどストレートな例も珍しい、とハルユキは思わずにいられなかった。
白銀の有翼アバター《シルバー・クロウ》としてステージに降り立つや否や隣に向けた視線が捉えたのは、シルエット的には特徴の薄い細身の姿だった。
身長はクロウよりわずかに高い位か。
スマートな両手両脚、そして胴体には武器らしき装備はない。
いや、あるいは全身に特殊な装備を施している、と言うべきかもしれない。
なぜならアクア・カレントの頭から爪先までは、高速で流れ落ちる水の膜にくまなく覆われているからだ。
肩から両手へ、そして胸から腰、両足へと音もなく流れる水は、四肢の末端で細い水のケーブルとなり、後方に大きな弧を描くように上昇して、頭の後方から再びアバターを包み込んでいる。
言い方を変えれば、カレンの装甲は、永遠にループする《水の流れ》そのものだ。
水流は恐らく2、3センチの厚みしかないのに、どれほど眼を凝らしても内部のアバター本体を見通すことはできない。
《
そして、体型からアバターがM型なのかF型なのかを判断することも難しい。
約2秒でそこまでの観察を終えたハルユキに向け、カレンは低く第一声を発した。
「接触まで2分。敵タッグは明大通りを御茶ノ水駅方面から南下してくる」
その声もまた、強力なフィルタ効果によって性別を感じさせない。
また、生身の時は特徴的だった「なの」という語尾も消失している。
もし偶発的リアルアタックによってトイレの前で正面衝突していなければ、カレンを女性なのではと疑う理由は一切なかっただろう。
「は、はい......まっすぐ突っ込んできますね」
頷き、ハルユキは思考を切り替えつつ視界中央の水色三角、すなわち《ガイドカーソル》を睨んだ。
2人は今、神保町は駿河台下交差点の南西角に建つ大型書店ビル――だった巨木の上に立っている。
木と言っても、《原始林》ステージのような勢いのいい広葉樹ではなく、半ば腐ったような寸胴の幹から申し訳ばかりに細い枝葉を伸ばした、不恰好なシルエットだ。
遥か眼下の交差点は、東西に靖国通り、南北に明大通りが交わる大きなものだが、地面は8割方が紫色の毒々しい粘膜に覆われている。
時折ぼこ、ぼこと泡を上げるそれは、文字通りの《毒の沼》だ。
この腐蝕林ステージは、毒沼地帯に踏み込むだけで体力ゲージを削られるという厄介な属性を持っている。
タッグ戦なので2つの表示されているガイドカーソルは、ほとんど重なった状態で北を向いたままだ。
御茶ノ水からは、緩い下り坂になっている明大通りを一直線に南下中なのだろう。
病気のバオバブのような木立が邪魔をして姿は見えないが、どうやらタッグの一方は毒沼を大雑把に避けるだけで、あまりに気にせずダッシュしているらしい。
視界右上に2本並んだ相手タッグの体力ゲージの片方が、小刻みに微減していく。
「......た、確かに真っ向勝負って感じですね......」
呟きながら、ここでようやく相手方の名前を確認する。
レベル4が《ニッケル・ドール》、レベル3が《サンド・ダクト》だ。
両方とも初見。
まずは高所の利を活かして情報収集、あるいは不意打ちがセオリーかと思ったが、カレンはその予想をあっさり裏切って囁いた。
「下に降りる」
「は...はい」
もとはビルの7階だっただけあって、樹上から地面までは20メートル以上もありそうだったが、水をまとうアバターは無造作に前に進むと、垂直の幹にぴったり密着するように《流れ落ちて》いった。
ハルユキはしばし眼を丸くしてから、自分も慌てて空中に足を踏み出した。
必殺ゲージがゼロなので飛行はできないが、翼を広げての滑空なら可能だ。
螺旋を描いて降下し、カレンとほぼ同時に地面に到着。
毒沼のない場所を選んで足を下ろす。
明大通りの上り坂に顔を向けると、10秒足らずで重い足音が届いてきた。
どうやら、少なくとも片方はかなりの重量級だ。
しかしなぜか、ガイドカーソルは同じ方向を指しているのに、2人目の足音が感じられない。
その理由は、すぐに判明した。
元は大きなスポーツ用品店だったはずの腐れバオバブの陰から飛び出してきたのは、予想通り身長2メートル近い超大型アバターと、その左肩にちょこんと腰掛けた超小型アバターだったのだ。
「おっまた「ふっ!」ぶへえ!」
肩に乗った方が、可愛らしい少女の声で叫びながらシルバー・クロウに向かって突撃してくるが、シルバー・クロウは左足を軸にし、回し蹴りを相手に食らわせる。
※分かりやすく言えば、カブトのライダーキック。
咄嗟の事で蹴りを入れてしまったが、相手をよく見ると身長は1メートルそこそこしかあるまい。
全身はやや白っぽい銀色。
シルバークロウの装甲ほど鏡面仕上げではないが、緑色のステージ光を滑らかに跳ね返している。
長い髪パーツと、大きく広がったアーマースカートを備えたその姿は、サイズと相まってまさしく人形だ。
間違いなく、彼女がレベル4の《ニッケル・ドール》だろう。
ニッケル・ドールは、シルバー・クロウの回し蹴りを受け、泥沼に頭から落ちる。
「痛~い!も~!そっちから《乱入》しといてあたし達の移動待ちとかずるぅーい!それにこんな仕打ちなんて!」
「す、すいません...条件反射でつい...。それにこの辺の地形に不慣れだったもんで...」
思わず後頭部に手をやりながら謝ってしまったハルユキに、人形を肩に乗せていた巨人が重々しい笑い声を漏らした。
「ふ、謝罪には及ばん。そちらがぼんやり立っている間に、我々はオブジェクト破壊ボーナスを貯められたからな」
慌てて敵方のゲージを見ると、確かに青い必殺技ゲージがいつの間にか3割近くもチャージされている。
これは大きなアドバンテージだ。
「それにさっきのはニッキーが油断しただけだから気にするな」
レベル3《サンド・ダクト》であろう巨人は、その名の通り砂色のざらざらした装甲を備えている。
真っ先に眼を引くのは、両手首の上側に大きく口を開けた四角い穴だ。
あれが名前の通りエアダクトなら、空気を出すか、あるいは吸う能力があるはず。
どちらにせよ要注意。
そう頭に刻んでいると、いつの間にか後ろに立っていたカレンが小さく囁いた。
「ダクトは私が相手をする。あなたはドールを。彼女は両手から電気を生み出す。掴まれない様に注意して」
「あーっ!何ネタバレしてんのよぉー!」
敵に聞こえるボリュームではなかったはずだが、耳がいいのかニッケル・ドールが憤慨したように叫んだ。
サンド・ダクトが、巨大な右手を重々しく持ち上げる。
「さすが、《用心棒》殿の情報力は侮れないな。悪いが、作戦タイムはそこまで終わりにしてもらおう」
フオォォォ...、と低い唸り。
吹き寄せてくる空気の流れを感じた、と思ったその直後――。
「《サンド・ブラスト》!!」
轟く様な技名発声と共に、右手のエアダクトから、渦巻く砂色の突風が放たれた。
回避しようとしたシルバー・クロウだったが、アクア・カレントが代わりに技を食らった。
「あなたの相手は私です」
なんとカレンは、両腕をクロスする防御姿勢は取っているものの、砂嵐の中で直立したままだ。
しかし体力ゲージは微動だにしていない。
よくよく眼を凝らすと、サンド・ダクトの技のダメージ源たる砂粒子は、カレンの全身を覆う水流に呑み込まれ、ぐるぐると循環するだけでアバター本体には届かないようだ。
やがて巨人の必殺技ゲージが尽き、砂嵐が止むと、何事も無かったかのように両腕を下ろしたカレンは言った。
「私に微粒子系攻撃は効かない。――返すぞ」
無造作に右手を掲げると、全身の水流に混じっていた砂達がそこに集まっていく。
びゅっと振り下ろされた手の先から、砂混じりの水が細い槍となってサンド・ダクトの左肩に当たる。
ニッケル・ドールはすぐ様その場を離れ、シルバー・クロウに攻撃を仕掛ける。
だが、シルバー・クロウは全て避け、ドールの足を掴み、そのまま後ろの毒沼に倒れる。
「嫌~!」
またしても、ドールは頭から毒沼に落ちる。
「どうだ!」
「ひどい、1度ならず2度までも、こんなどぶに頭から叩き込むなんて!それに、相打ちにでもなるつもり!?言っとくけど、HPの総量は、レベル2の貴方より4のあたしの方が多......」
そこで、いきなり黙り込む。
ようやく気付いたのだ。
ずっと毒沼に浸かりっぱなしのハルユキの体力ゲージがまるで減っていない事に。
先刻のアクア・カレントの台詞を少々拝借して、ハルユキはびしっと人差し指を突きつけながら叫んだ。
「《シルバー》の僕に、毒は効かないッ!」
途端、離れたバオバブの上に並ぶギャラリー達が、おおっとどよめいた。
そう。同じメタルカラーでも、金属の種類によってその特性は微妙に異なるのだ。
原則的に、金や銀の貴金属は特殊攻撃に、鋼や鉄の卑金属は物理攻撃に強いが、その中でもハルユキの銀は、こと毒攻撃には絶対の耐性を持つ。
現実世界でも、銀イオンは強力な抗菌性を持つため、殺菌装置に利用されている。
短い対峙の間にも、ニッケル・ドールの体力ゲージはじわじわと減っていく。
彼女もメタルカラーゆえの耐毒性はあるはずだが、装甲の華奢さとも相まって完璧ではないのだ。
このまま沼の中で格闘戦を行えば、攻防が互角でもドールが先に力尽きるのは自明だ。
「......なるほど、あなたがずっと沼を避けてたのは、あたしを油断させてこの状況に持ち込む為の伏線だったってわけ」
腰近くまでを呑み込む紫の沼をちらりと見下ろし、ドールは囁いた。
「さすがは、《メタルカラー・チャート》の殆ど左端なだけはあるってことね。でもね、ニッケルを銀の偽者扱いされたらちょっと困るな。色々使い道があるんだよ?水素を取り込んで発電したり、ね」
その言葉を聞いた途端、ハルユキの脳裏に閃くものがあった。
2046年現在、街を走るEVや電スク、そしてもちろんニューロリンカーなどのモバイル機器のバッテリーには、ほぼ全て軽量・大容量のSiナノワイヤー電池が使用されている。
しかし20年ほど昔までは、安全性を重視した他の二次電池が存在したと理科の時間に習った。
名前は確か――ニッケル水素電池。
ニッケル・ドールの電撃能力には、そのようなバックボーンがあったのだ。
銀色の西洋人形は、毒沼にじわじわHPを削られているのを気にする様子も無く、薄く微笑んだ。
「それと、銀にも、抗菌力以外の特性が色々あるんだよ。今、教えてあげる」
言うや否や、両手をばしゃりと毒沼に突っ込む。
体力ゲージの減少が加速するが、同時に必殺技ゲージも充填され、7割を超えたその瞬間――。
「《アノード・カソード》!!」
技名コールが高らかに響いた。
毒沼表面に青白いスパークが放射状に走り、逃れる間もなくその一部がハルユキを捉える。
ばちっ!!
という凄まじい衝撃が全身を叩いた。
視界はほぼホワイトアウトし、声を出すこともできない。
「......ッ!!」
本能的に背後の島へ飛び上がろうとしたが、何たる事か、アバターが硬直して言う事を聞かない。
白熱した視界の左上で、自分の体力ゲージががりがりと削られていく。
この状況に陥って初めて、ハルユキは《毒沼での格闘戦に持ち込む》という自分の作戦が巨大な危険を秘めていた事を悟った。
毒の沼と言っても基本的には水だ。
そして水は、含む不純物が増えれば増えれるほど電気を良く通す。
沼に飛び込む事は、自分と相手をわざわざ電線で繋いであげたようなものなのだ。
「あなた、自分のカラーについてもう少し勉強しておいた方がいいわよ。銀っていうのは抗菌力もあるけど、あらゆる金属の中で一番電気を良く通すのよ!」
――げぇーっ、それってつまり僕が一番電撃に弱いってこと!?そんなの、まだ理科で教わってないよ!
つまり悪いのは僕じゃなくて文部科学省だよ!いやそんな事を言ったら兎美に怒られてしまう。
何とか...何とかしないと...。
ハルユキのHPが5割を下回り、ゲージが黄色く染まっており、その下の必殺技ゲージがほぼ満タンまでチャージされているのを見た瞬間、ハルユキは次の一手を思いついた。
たとえ電気ショックによって全身が麻痺していても、シルバー・クロウには、意志力だけで操作できる器官がたった一つ備わっている。
「飛べぇ!」
食い縛った歯の間から、細く叫んだ。
じゃかっ!という頼もしい金属音が響き、背中に折りたたまれていた10枚の金属フィンが一気に展開。
「あッ...」
ニッケル・ドールが声を上げるのと同時に、ハルユキの背中から伸びる翼が強く振動し、生まれた風圧が周囲の水面を押しのけた。
直後、シルバー・クロウは打ち上げるロケットのような勢いで離陸。
追いすがろうとするスパークすら振り切り、高く高く舞い上がる。
おおおおおッ......!
というどよめきは、《飛行アビリティ》を初めて見たのであろうギャラリー達のものだ。
腐蝕林ステージに漂う霧と緑色の燐光を切り裂いて、ハルユキは飛ぶ。
腐れバオバブの上部にずらりと並ぶギャラリー達を掠めるように、なおも上昇。
ついに林の瘴気が途切れ、周囲が全て青い空に変わる。
この高度まで飛べば、もう地上からは捕捉し切れない。
降り注ぐ陽光を受け、全身を白銀に煌かせながら180度ターン。
一気に急降下へと移行する。
鋭く尖った右足を伸ばし、重力に翼の推進力を乗せて、ハルユキは一本の矢、あるいはレーザーの如く突進した。
圧縮された空気が爪先でちらりと灼け、オレンジの粒子を飛ばす。
たちまち緑の瘴気に突入、再びバオバブの梢を擦るように抜け、ガイドカーソルの先にいる標的へと――。
小島に上がり、呆然と空を見上げていたニッケル・ドールは、迫り来るハルユキの後ろに巨大な青い龍の幻影を見た。
ぎゃおおおおおおッ!!
オレンジの粒子が青くなり、ハルユキの推進力も更に上がる。
「うおおおおおおッ...!!」
精一杯の雄叫びと共に、ごく小さな敵アバターの肩口に見事爪先をヒットさせた。
巨大な爆発じみた閃光と振動が、ステージ全体を振るわせた。
直径5メートルはあった小島が瞬時にクレータへと変わる。
ニッケル・ドールはひとたまりもなく吹き飛ばされ、高い悲鳴をあげながらくるくる飛んでいく。
6割近く残っていた体力ゲージがごそっと減り、2割以下のレッドゾーンへ。
自分が作ったクレーターの中央で、片膝を突いたままのハルユキは先程の力に驚愕していた。
(なんだ今のは...まるで誰かが力を貸してくれたみたいな...)
驚いていたハルユキだったが、対戦の最中だと言う事を思い出し顔を上げる。
ハルユキの視線の先では、駿河台下交差点の中央あたりに、頭から突っ込もうとした小さなアバターを、巨大な2つの手がしっかりと受け止めた。
《サンド・ダクト》だ。
どうやら、アクア・カレントとの戦闘を一時放棄し、ドールの墜落死を阻止するために駆けつけたらしい。
意外なほどのナイトぶりに、ギャラリー達がわっと沸く。
ダクトの体力ゲージも、既に5割を下回って黄色くなっていた。
その彼と1体1で戦っていたカレンはと言えば、なんといまだ9割以上だ。
よほど相性が一方的だったのか、それとも技の差か――。
そのアクア・カレントは、交差点の南側から毒沼を迂回して、滑るようにハルユキに近づいてくると隣で止まった。
立ち上がったハルユキの耳に、低い囁き。
「さっきのは、良い一撃だった」
「ど...どうも」
思わず首を縮めるが、カレンの言葉は続く。
「でも、まだ終わりじゃない。あの2人は、何らかの理由があってコンビを組んでいるはず。きっと奥の手を出してくる、気を抜かないで」
「は、はい」
ハルユキが頷いた直後、10メートルほど離れて立つサンド・ダクトが重々しく語る。
「良い技だった、美しく威力もある...だが勝負は決した、貴様らの負けだ」
「僕たちの..負け?」
「貴様らは、タッグ戦において一番重要なパートナーとの連携がまるでない。1+1が2でしかない攻撃、いくら個々が強くてもそれではタッグ戦は戦えん」
「その通りです...だからまだ勝負は決していません」
ハルユキの言葉にドール達は驚く。
「僕、ここに来るまで親友とタッグ戦で随分戦ってきたんです。だから分かるんです!タッグ戦では互いを信じる事が何よりも大切だって!僕はカレンさんの事を信じてますから!」
「何格好良く決めてんのよ!サンディこうなったらウルトラゴージャスな必殺技でぶっ飛ばして、さっさと終わらせるわよ」
「応ッ!」
重々しく答えた砂の巨人は、巨大なエアダクトを備えた両手を掲げると、左右から轟然と撃ち合わせた。
「オォオオオオ......、喰らえっ、《ターボ・モレキュラー》!!」
技名コールに呼応して、両のダクト内に装備されたタービン・スクリューが高速回転する。
しかし向きは左右で逆だ。
どうやらあのダクトは、右が排気するのに対して、左は吸気能力を持っているらしい。
「なるほど、戦闘前に我々の内緒話を聞かれたのは、あの左手が密かに空気を吸い寄せていたからか」
カレンの呟きに、ハルユキもなるほどと頷く。
その間にも、サンド・ダクトの両手の間では、猛烈な勢いで空気が移動していく。
――しかし。
「でも...あれ、右手で吹いて左手で吸ってれば、行って来いって言うか...何の意味が...」
首を傾げつつ呟いた、その時だった。
ダクトがぐいっと両手を広げ、その間隙に奇妙な陽炎を見た――と思った瞬間、ハルユキの全身を凄まじい吸引力が捉えた。
「うわっ...す、吸い寄せられっ...」
慌てて両足を踏ん張るが、とても抗えない。
小島にずりずりと轍を刻みながら、10メートル先のサンド・ダクトに引き寄せられていく。
隣のアクア・カレントもまた、全身を覆う水流を半ば引き剥がされそうになりながら、少しずつ移動する。
「どぉ、サンディの《ターボ分子ポンプ》は?」
勝ち誇ったようなニッケル・ドールの声が、突風の向きに逆らって届く。
どうやらこの風は、ハルユキとカレンだけを正確に捕捉しているらしい。
「なる...ほど。両腕のタービンで気体分子を弾き飛ばし...真空領域を作っているのか」
引き寄せられつつも、カレンの冷静な分析。
ハルユキは思わず喚く。
「感心してる場合じゃないですよ!このままじゃ、吸い込まれっ...」
「恐れなくていい。この風そのものに攻撃力はない。引き寄せられた所で、接近戦になるだけ」
「へ......」
思わず視線を宙に彷徨わせ、次いでこくこくと頷く。
確かに、強烈な風に晒されてはいるが、2人の体力ゲージは微動だにしていない。
恐らくこの技は、中~遠距離型のアバターを引き寄せて接近戦に持ち込むためなのだ。
しかしハルユキは完全な近距離型だし、カレンもサンドを1対1で圧倒していた以上苦手ではあるまい。
近づけるのは、むしろ望む所と言っていい。
...よし、こうなったらいっそ、この風を利用して跳び蹴りの1つも。
内心でそう目論み、タイミングを計り始めたハルユキの眼が、不意にあるものを捉えた。
両手で真空を生み出し続けるサンド・ダクト――の隣に立つ、ニッケル・ドールが浮かべた小さな笑み。
それは、毒沼でハルユキを電流の罠に掛ける寸前に見せたものとまったく同じだった。
ドールは、いきなり身を屈めると、両手をダクトが作り出す真空領域に触れさせた。
同時に、技名コール。
「《アノード・カソード》!!」
ばちばちっ!という激しいスパークが小さな両手の間で生まれる。
だがあの技は基本的に射程距離ゼロで、何らかの伝導体がなければ離れた敵にダメージを与えられないはず。
いったい何を――。
直後、ハルユキは途轍もない光景を眼にした。
ダクトの両手から、ハルユキとカレンの位置にまで伸びる真空領域を、猛烈なスパークの渦が遡ってくる!
「う...あ...!?」
ハルユキに出来たのは、掠れた悲鳴を上げることだけだった。
突風に吸い寄せられ、動けないアバターを、眩い電光が包み込んだ。
またしても、目が眩むようなショック。
全身が硬直し、声すら出せない。
残り4割だった体力ゲージを、電流の嵐は容赦なく奪っていく。
比例して必殺技ゲージも再充填される、この風に逆らって離陸するにはとても足りない...。
「《グロー放電》」
不意に、アクア・カレントが呟いた。
「真空に近い低圧化では、電極間に絶縁破壊が発生し電流が気体中を流れる」
「うふふん、よくご存じね、用心棒さん」
両手を激しくスパークさせながら、ニッケル・ドールが艶然と微笑んだ。
「アタシとサンディのウルトラゴージャスな合わせ技、これが本邦初公開よぉーん。どお?紫オバサンの超高圧アーク放電ほどじゃなくても、あたし達のも結構効くでしょー?」
紫オバ...だ、誰?
と一瞬思ったが、荒れ狂うスパークがそんな思考をも吹き飛ばす。
この合体技の恐ろしい所は、突風の移動阻害力、電流のダメージ力もさることながら、その性能に対して必殺技ゲージの消費率が圧倒的低いということだ。
もしこれが1人の技なら、フルゲージを消費しても持続時間はせいぜい5秒だろう。
だが、サンドとドールの必殺技ゲージは、ハルユキの残り少ないHPを焼き尽くしてお釣りがくるほど残っている。
ここでついに――ハルユキの背中を、ひやりとするものが撫でた。
―負ける、のか?負けて、ポイントを奪われる?
だがハルユキは、以前なら全てを諦めて座り込んでしまいたくなったであろうその恐怖に、歯を食い縛って抗った。
「どうするの?ほっとくと依頼主さんが先に消えちゃうわよ。と言ってもあんたの体じゃどうしようもないだろうけど」
ドールはカレンに向かって挑発する。
「使えない雇い主を選んだ自分を悔やむのね。どう考えても逆転は無理なHPよ、もういい加減諦めたら?」
ドールの言葉にハルユキは、自分の中が熱くなるのを感じた。
「ふざ...けるな!」
ハルユキはスパークに抗いながらも叫ぶ。
「カレンさんが...使えないなんて事はない!カレンさんは!ちゃんと僕の事を考えて今回の対戦を挑んだんだ!」
『!?』
ハルユキの言葉にドール達は驚く。
「だから!負けるわけには行かないんだ!親友と...親である先輩と一緒に戦うためにも!」
ハルユキは自分の思いを叫ぶ。
「そして!一緒に戦ってくれるカレンさんの為にも!今の俺...いや!今の俺達は!負ける気がしない!」
何とかしようと、ハルユキが抗おうとしたその時。
「よく言った...なの」
穏やかな声が、そっとハルユキの聴覚に触れた。
左肩に手が置かれる。
その掌から、透明な水流がハルユキの全身にも流れ込み、装甲をくまなく覆っていく。
さら、さらさら。
穏やかで、どこか懐かしいようなせせらぎの音が世界を包む―...。
ふっ、とあらゆる苦痛が消えた。
敵タッグの合体攻撃が終了したのか、と最初は思った。
しかしそうではない。
グロー放電のスパークは相変わらず真空の渦を満たし、荒れ狂っている。
なのにその電流は、ハルユキの体に一切届かない。
ごく薄い水の膜に完全に遮断され、空しく表面を這い回るのみだ。
だが――、だがこんなことは、
「有り得ん!」
叫んだのは、両手から真空流を生み出し続けているサンド・ダクトだった。
「水は伝導体のはずだ!なぜ...なぜ電流を弾ける!?」
それに対し、アクア・カレントが静かに答えた。
「わたしの水は、いかなる不純物をも含まない《理論純水》」
「え......あっ...!?」
それだけで何かを察したかのように、ニッケル・ドールが喘いだ。
カレンは頷き、続ける。
「不純物ゼロの水は、ほぼ完全な絶縁体となるわたしに電撃は効かない」
ハルユキは、弾かれたように視界左上の体力ゲージを確認した。
シルバー・クロウのそれは2割を下回って真っ赤なのに、カレンのゲージは緑色のまま9割を残す。
ドールとダクトの恐るべき合わせ技さえも、この強さ。
新米では有り得ない。
恐らく、ハルユキの想像もつかないほどの長い長い年月を、この加速世界で戦い抜いてきたはずだ。
莫大な戦闘経験と、己が属性である《水》への揺ぎ無い確信が、レベル差を容易く吹き飛ばすほどの力を生み出しているのだ。
やがて、ドールとダクト双方の必殺技ゲージがほぼ同時に尽きた。
ハルユキの全身から水の防御膜を回収したアクア・カレントは、ばしゃりと水音を立てながら一歩踏み出すと、言った。
「――見るべきものは見せて貰った。いい技だった、ドール、ダクト」
「......むっ、きいいいい!」
途端、ニッケル・ドールが金切り声で喚いた。
だん!だん!と片足を踏み鳴らし、両手の人差し指をハルユキとカレンにまっすぐ突きつける。
「こーなったらぁ、小細工なしのガチンコバトルなのよ!追い込まれてからのあたし達のドッ根性、見せたげよーじゃないのぉ!」
「応ッッ!!」
大小2つのアバターは、同時に両拳をがちこーんと撃ち合わせ、一直線に突っ込んできた。
それに対し、アクア・カレントは全身の水流装甲をいっそう激しく循環させながら、力強く答えた。
「望むところだ。行くぞ、クロウ」
「は、はいッ!」
頷き、ハルユキもまたカレンを追って地面を蹴った。
ここが最後のクライマックスと見てか、周囲のギャラリー達がわぁと沸き立つ。
歓声の中、4つのアバターが激突し、眩い光と音を撒き散らし――。
全てが、《対戦》の熱気と興奮が作り出す白熱の渦に溶けていく。
☆★☆★☆★
《乱入》すること2回、されること2回。
合計の4回のタッグ対戦全てに勝利したハルユキのバーストポイントは、充分に安全圏と言える70台にまで回復した。
「...これで、依頼完了なの」
現実世界に復帰したハルユキの意識に、思考音声がぽつりと響いた。
テーブルの向かい側に座る赤い眼鏡の女の子の指が、白い半透明外装のニューロリンカーに伸びる。
ハルユキもそれに倣い、同時にグローバルネットを遮断。
仮想デスクトップ右側から、地球の形のアイコンが消える。
これで、2人の名前はこの千代田エリアのマッチングリストから消滅したわけだ。
「......ふぅ......」
「はあ、やっと終わったのね」
ハルユキと兎美は、一緒に息を吐いた。
『これでハルは、全損の危機は免れたって事ね』
『ええ』
『なんとかな』
時刻表示は、最初の対戦を始めた時点からわずか30秒しか経過していない。
しかしこの30秒は、ハルユキがバーストリンカーとして戦ってきたこの2週間でも何度と無いほど濃密な時間だった。
全身に、さんざん殴り殴られた衝撃の余韻がまだ反響しているのかのようだ。
そのまま5秒以上も虚脱してしまってから、ハルユキはハッと顔を上げ、自分を救ってくれた《用心棒》アクア・カレントの本体たる少女を見た。
眼鏡の奥の瞳は相変わらず謎めいた光を湛え、唇には明確な表情を見出せない。
彼女に訊きたい事は、対戦の開始前よりむしろ増えてしまった気がする。
しかし、今は何よりも先にしなくてはいけない事がある。
ハルユキは、珍しく相手の瞳を正面から1秒以上見つめたまま、ありったけの思念を直結ケーブル越しに伝えた。
『...ありがとう、ございました。本当に...ありがとう...ございました』
思わず滲みそうになった涙を、何度も瞬きして堪える。
カレンは、そんなハルユキを見て、ごくごく仄かな笑みを浮かべながら囁いた。
『私も楽しかったの。それに、あなたが頑張ってくれたお陰で、色々なバーストリンカーの奥の手も見れたし』
『は、はぁ...』
確かに、初戦のニッケル・ドール&サンド・ダクト戦では、アクア・カレントは彼らの言わば《超必殺技》まで出させた上でそれを破り、その後真正面からの接近戦に持ち込んで両者を流水の刃によって仕留めた。
続く3対戦も展開は似たようなもので、必ず1度はピンチな場面があった気がする。
もちろん、用心棒として、いざという時はハルユキを守り通せるという自信あっての戦略ではあったのだろうが。
スリル溢れる戦いを回想したハルユキは、思わず呟いていた。
『...僕はどっちかって言うと、奥の手を出される前に決めるのが好きなんですが...』
『そんなのつまらないの』
そう言って、少し年上の少女はいっそうミステリアスに微笑む。
『確かに、奥の手が出てピンチに陥るならすぐに倒すけど...、余裕があるなら少し遊んでもいいわよね』
『兎美まで...』
先程の台詞や、事前にシルバー・クロウの能力を熟知していた事、そして何より依頼の報酬として《リアル情報》を要求する事を考え合わせると、彼女が全バーストリンカーの情報を広範に収集しているには明らかだ。
しかしその目的は、今なおまるで想像もできない。
ニアデス状態を脱した安堵感と、アクア・カレントの数々の謎への興味が胸中でミックスされ、ハルユキはもう一度はあっと息をついた。
何か話さないと核心的疑問を次々ぶつけてしまいそうなので、当たり障りのなさそうな問いを投げかけてみる。
『あの、そういえば僕、友達からこの千代田エリアはいつも過疎ってるって聞いた事あるんですけど...。すごく広い上に、真ん中にでっかい進入不可地帯があって戦いにくいから、って...』
『基本的にはその通りなの』
カレンは、内巻きにカールしたショートヘアを揺らして頷くと、まだ湯気を上げたままのダージリンティーを一口含んだ。
『でも、お茶ノ水から神保町にかけては学校が沢山あるし、必然的にここがホームのバーストリンカーも多い。ホームで戦いたい気持ちは皆同じだから、土曜の午後だけはこの付近に集まって《対戦》する習わしになってるの』
『『へぇぇ』』
ハルユキと兎美は、カレンが教えてくれた情報に、思わず同時に感心してしまう。
『てことは、カレンさんのホームもこの辺なんです...?』
ハルユキがつい発してしまった質問に、答えたのはカレンではなく、兎美の方だった。
『何よハル、妻を目の前にしてナンパでもするつもり?』
『な!べ!別に俺はそんなつもりじゃ!それに俺達まだそんな関係じゃないだろ!』
『あら?それは失礼』
ふふふと笑いながら、兎美は自分が注文した紅茶を飲む。
『私が今日ここを選んだのは、万が一の時にはあなたに進入禁止ゾーンの向こうまで逃げてもらえるから』
慌てふためくハルユキを他所に、カレンは淡々と答える。
『は、は――っ...ナルホド...』
大いに感心し、再び長く息を吐く。
カレンのような熟練のバーストリンカーにとっては、エリアの選定から既に戦いが始まっているという事だ。
――ピンチを脱したからって、喜んでばっかりじゃダメなんだ。
そこからもたくさん学ばないといけない。
僕のバーストリンカー道は、まだまだ始まったばかりなんだ...まずは、相棒――タクムの待つレベル4まで、1日でも早く辿り着かなきゃ...。
そう考えた時、ハルユキはようやく、自分がハンバーガー屋にそのタクムを待たせている事を思い出した。
交差点の向こうで別れてからは、もう20分以上も経っている。
ハルユキが無事ポイントを回復できたか、それとも全損してしまったのかとさぞヤキモキしているに違いない。
カレンについて本当に知りたい事は何一つ訊けていないが、でも今はまずタクムに報告しなければ。
カレントは、きっとまた会えるはずだ。
次は、依頼人と用心棒ではなく、単純にバーストリンカー同士として。
そう考え、ハルユキは大きく息を吸うと、再び頭を下げた。
『あの、僕、近くに友達を待たせてるんです』
『そうね...心配してるだろうし、そろそろ行かないと』
『カレンさん、今日は本当にありがとうございました』
『どういてしまして、なの』
そう言って、アクア・カレントは、トイレ前で正面衝突して以来最大の笑みをにっこりと浮かべた。
つられて笑おうとしたハルユキの耳に――続く、声。
『でも、あともう1つだけ、あなたから貰うものがあるの』
『え...は、はい、何でしょう...?』
浮かせかけた腰を戻し、ハルユキはきょとんと瞬きした。
アクア・カレントは、赤い眼鏡の奥で、両眼を細めて囁いた。
『後払い分の報酬』
『後払い?』
兎美の言葉の後、カレンの唇が微かに動き、無音の加速コマンドを唱える。
バシイイイイイッ!という衝撃音がハルユキの意識を叩く。
暗転した視界に赤々と燃え上がる、見慣れたフォントの羅列。
【HERE COMES A NEW CHALLENGER!】
☆★☆★☆★
今日5度目の対戦フィールドは、青白い光がしんしんと降り注ぐ《月光》ステージだった。
骨を思わせる色に染まった宮殿状のビルの屋上で、ハルユキはただ立ち尽くした。
周囲にギャラリーの姿はない。
なぜならここは、対戦者以外の何ぴとたりとも立ち入る事の許されない、閉ざされた《直結対戦フィールド》だからだ。
少し離れた場所には、月光を受けて淡い金色に染まる水の化身がひっそりと直立している。
両手両足から零れ落ち、まるで翼のような弧を描いて頭部に戻る4本の水流だけが、さらさらとかすかな音を立てる。
1800から開始されたタイムカウントの数字が1770になった所で、ハルユキはようやく口を開き、おずおずと言葉を発した。
「あ...あの...?後払いの報酬ってなんですか...?どうして、わざわざ対戦を...?」
流れ落ちる水の奥で、青く光る眼がゆっくりと一度瞬いた。
「報酬として、いまあなたが持つポイントの全てを奪うため...とは考えないの?」
その声は、これまでの4戦では常に掛かっていた強いフィルダがほぼ失せ、現実世界のカレンの肉声によく似ていた。
そんなことを意識しながら、ハルユキはゆっくり首を傾げた。
「僕の...ポイント?でもそれは、あなたが回復させてくれたんですよ...?」
「回復させると同時に情報を収集し、戦力を分析し尽くした所で根こそぎ奪う。そうすれば、ソロで戦うよりも倍以上効率的にポイントを稼げるの」
とぷん。
軽やかな水音を立て、アバターが一歩近づく。
しかしハルユキは棒立ちになったまま、次の問いを口にすることしかできなかった。
「...根こそぎって言っても...1回の対戦じゃ、70ポイントは奪えないでしょう...?」
「直結対戦の怖さは、ケーブルをすぐには抜けない事なの。対戦が終わって現実に復帰して、生身の腕を動かしてニューロリンカーからケーブルを抜くよりもずっと早く、相手がもう一度加速してしまうの」
とぷん。更に一歩。
「で、でも...あなたが護衛を失敗して、全損したバーストリンカーはいままで1人も居ないって...」
「正確には、《ギャラリーのいる通常対戦中に全損した人はいない》なの。その後、直結対戦で人知れず消えていったバーストリンカーがいないって、どうして言い切れるの?」
戦慄すべき台詞を口にしたアクア・カレントは、全身を巡る水流をわずかに早めながら、ハルユキに囁きかけた。
「さあ、構えて。私にあなたを全部見せて」
直後、細身のアバターから凄まじいプレッシャーが押し寄せ、ハルユキの呼吸を止めた。
これほどの圧力を、ハルユキはたった一度しか感じた事はなかった。
師にして親たる黒雪姫のアバター《ブラック・ロータス》を初めて眼にした、その一度しか。
気圧されるままに持ち上げ、前後に構えようとした両の手を――。
しかし、ハルユキはすぐにだらりと下ろした。
「...諦めた、の?」
プレッシャーを消さぬまま、そう問うてくるアクア・カレントに、ハルユキは小さくかぶりを振って答えた。
「ええと...、ちょっと、違います」
この状況でも、意識はなぜか静かだった。
諦めたのではないし、アクア・カレントの言葉を全面的に偽りだと決め付けたわけでもない。
ただ、自分の中の、ささやかだけれど大切なものの為にハルユキは手を下ろしたのだ。
「あの...僕、カレンさんと最初にタッグで戦った時から...いえ、その前に、トイレの前でぶつかった時から、あなたのこと、何て言うか...信じちゃったんです。この人は良い人だし、この人ならきっと僕を救ってくれるって」
水流の向こうで、青い眼が再び瞬かれる。
その光を正面から見詰め、ハルユキは話し続ける。
「だから...たとえそれを裏切られても、僕は、あなたと憎しみで戦いたくないんです。」
カレンは、少しずつハルユキに近づく。
「――僕、ちょっと前に、いま下で待っててくれる友達と本気で戦いました。お互いに長年抱えてきた気持ちを...怒りや憎しみも全部ぶつけて戦った。でも、その戦いの最後に僕はあいつを信じ、あいつは僕を信じた。」
カレンは、ハルユキの前に立つと腕を剣に変え、ハルユキの喉元に突きつける。
「その時...僕は決めたんです。一度信じたら、ずっと信じるって。だってそれは...自分自身を信じるって事だから」
「だから戦わないの?」
「信じた人を、裏切りたくないですから...」
ハルユキの言葉を聞き、カレンは黙っていたが、しばらくすると喉元に突きつけていた剣を元に戻し、腕を下ろす。
「ごめんなさい。さっきのは嘘。あなたがあんまり無防備に直結するから、ちょっと脅かしたくなったの。でもあんまり効果は無かった」
「いえ、ありましたよ...。超びびった!!」
ハルユキは冷汗を浮かばせ、頭に手を置く。
「フフッ」
呟いたハルユキを見て、カレンは水流の向こうで優しく微笑んだ。
水音を立てながら歩み寄ると、ハルユキの隣で体の向きを変え、夜空に浮かぶ巨大な満月を見上げる。
「その友達、大切にして欲しいの」
「...ええ、そのつもりです」
「それと奥さんも...」
カレンが発した言葉に、ハルユキは顔を赤くする。
「奥さんって!確かに告白はされましたが!僕たちはまだそんな関係じゃ!」
いきなり言われたせいか、余計な情報まで喋ってしまい、ハルユキは慌てふためく。
「そう...なら私にもまだ...」ぼそっ
最後に零した言葉は、ハルユキには聞こえていなかった。
「......ずっとずっと昔は...私にも、沢山の仲間...友達がいたの。それと、誰よりも信じ、愛する《
密やかな声が、優しい水音に乗ってさらさらと流れる。
その音はハルユキに、長い長い時間の流れを感じさせる。
「でも、あることがあって、仲間はばらばらになってしまったの」
「そうだったんですか」
「主は加速世界から姿を消し、友達もひとり、またひとりと遠くへ行ってしまった...。だけど、私は信じてるの。もう一度、みんなが集まって...また、こんな綺麗な夜空を見上げながら、一緒に歩ける時が来るって...」
不意に――。
ハルユキは、幻を見た気がした。
美しい星空の下を行進する沢山のアバターたち。
賑やかに語り、笑い合いながら、いずこかを目指してどこまでも歩いていく。
「ええ...。きっと...そんな時が来ますよ」
呟いたハルユキの肩に、カレンの右手がそっと置かれた。
左横から正面に移動し、左手も肩に掛ける。
至近距離から視線を合わせてくる水のアバターの素顔を、ハルユキは一瞬見た気がした。
アクア・カレントは、じっとハルユキの眼を覗き込みながら、微笑み混じりに言った。
「さっき言ったのは殆ど嘘だけど、1つだけ本当があるの」
「え...な、何ですか?」
きょとんと見返すハルユキにいっそう顔を近づけ、カレンは囁いた。
「それは、あなたの中のわたし。私の記憶」
「え...き、きお...く?」
「そう。あなたが私と出会うのは、まだ少しだけ早すぎるの。あなたはこれから、あなたの《主》を支え、手を取りながら、長い長い道のりを一歩ずつ歩いていかなくちゃいけない。そこにはまだ、私たち《エレメンツ》が介入するべきではない」
アクア・カレントの言葉の意味を、ハルユキはほとんど理解できなかった。
呆然と見開く視界の殆どが、透明な水の流れと青い眼の輝きに満たされる。
「いつか彼女がもういちど信念の剣を抜き、自分の足で歩き始めたその先で――私たちは、きっと再び出会える。だから今は、あなたの中の私を消していく」
「......で、でも...記憶を消すなんてこと...どうやって...?」
アクア・カレントが口にしているのは、途轍もないことだ。
頭のどこかではそう理解しているのに、さらさらというせせらぎと揺れる光が意識を覆い、思考を洗い流していく。
「私には...私にだけは、それが出来るの。《人は水を満たす回路であり、あらゆる知識や記憶は流れ去っていく水そのもの》...それが、私のシンイだから」
「しん...い......」
ぼんやりと呟いたハルユキの額に、カレンは自分の額をそっと押し当てた。
世界全てが、水の流れに包まれた。
どこか遠くで、声が聞こえた。
「さあ...今は、いったんお別れなの。また出会いましょう、シルバー・クロウ。あなたの翼が導く道の果てで、また、いつか...」
さらさら。
さらさら。
水はいつしかハルユキの中を流れている。
意識を、思考を、記憶を満たし、過ぎ去っていく...。
「――《
ずっとずっと遠くで、そんな声が聞こえた気がした。
白く輝くせせらぎが全てを洗い流し――何もかもが遠ざかって...。
最後に、誰かの声が、優しく響いた。
50秒数えて、眼を開けるの。
☆★☆★☆★
後払いの話をした後、兎美が質問したがその言葉の後に、少女の口が動いていく事に気付いた。
「!」
兎美が今の現状に気付くが、その時には既に手遅れだった。
しばらくすると、ハルユキより先に少女が目を覚ます。
「あなた...いったい何のつもり?」
兎美は少女を警戒をする。
「大丈夫なの...。彼から私に関する記憶を消しただけ...」
「記憶?」
彼女の言葉を、兎美は理解出来なかった。
「彼にも言ったけど、彼と私が会うにはまだ早すぎるの」
「それで記憶を消したって事?」
「そう。しばらくしたら目を覚ますけど、私の事は忘れている。だからあなたも私の事は内緒にしてほしいの」
そう言って、彼女は頭を下げる。
「事情は分からないけど分かったわ。その代わり、再会した時に事情を聞かせてもらうわよ」
兎美は彼女の誠意を見て、頼みを了承した。
「ありがとう。お詫びにここの料金は私が払っておくの。彼にはあなたが払った事にしておいてほしいの」
「分かったわ」
そう言って彼女は会計を済ませ、お店を出て行った。
「ああ...あれ?」
彼女を見送っていると、ハルユキが目を覚ました。
「大丈夫?ハル」
ぼーっとしながらも、ハルユキは兎美を視界に捉える。
「兎美?あれ?俺、何して」
彼女の言う通り、ハルユキは記憶を失くしていた。
「しっかりしなさいよ、ポイントを回復する為に用心棒を雇って、対戦をしに来たんでしょ」
私の言葉を聞き、ハルユキは意識をはっきりさせる。
「そうだ...俺、対戦に勝って...70台まで戻ったんだ」
「だったら、もうここには用がないわね。あいつを連れて早く帰るわよ」
私はハルに帰るよう促す。
「え?あ...ああ、そうだな」
私達はお店を出て、あいつを回収して帰路に着く。
☆★☆★☆★
カレンは近くでハルユキ達が出てくるのを確認し、その場を離れる。
歩きながら、カレンはクロウとドールが戦っていた時の事を思い出す。
(あの時...彼が攻撃した時に見えたのは)
思い出しているのは、クロウがドールに技を仕掛けた際に見えた龍の幻影の事だ。
その龍は自分をレベル1にした元凶であり、ある場所に閉じ込めている元凶でもあるからだ。
深く考えていたカレンだったが、すぐに見間違いと思い気にする事を止めた。
カレンはもう一度、ハルユキの方を見る。
「次に会える時が楽しみなの」
カレンは自分の顔が熱くなるのを感じた。
☆★☆★☆★
翌日。
ハルユキはぼけっとしながらも、通学路を歩いていた。
正門を通り抜けた所で、ハルユキは後ろから声を掛けられた。
「あっおはよう」
「あっお...おはよう」
「何いつまで気にしてんの」
「えっ?」
「もう終わった事でしょう。それとも、またアイス奢りたいの?」
「チユ」
「そうだよハル」
「あっ」
チユと話していると、ここに居ないはずの人物の声が聞こえた。
『あっ』
2人して声の方を向くと、そこには梅里中の制服を着て、眼鏡を掛けたタクムがいた。
「おはよう」
そう言って、タクムはそのまま校舎に歩いていった。
「今の制服って...」
「うちの学校の...」
ハルユキとチユリは、しばらく呆けていたが。
『ええーっ!』
状況を理解すると2人して、驚きの声を上げた。
☆★☆★☆★
「失礼しました」
タクムは職員室で最後の手続きをすませると、職員室から退室する。
「今時眼鏡とはな」
声の方を向くと、そこには黒雪姫が立っていた。
「ニューロリンカーの視力補正があれば、必要ないだろう」
「これからは、自分の目で見ていこうと思ったんです。本物のちーちゃんやハルを、そして自分を」
「フッ、似合っているぞ。それにしても、大会に出なかった理由が転校しようとしていたからとは、最初に聞いた時は驚いたぞ」
黒雪姫には、呼び出された時の対戦で転校の話はしていた。
「言ったじゃないですか、近くで支えたいって」
「なるほどな」
黒雪姫はそう呟くと、そのまま歩いていった。
「宜しく、マイマスター」
「おーい!タクー!」
その場を去る黒雪姫の背中を見詰めていると、後ろからタクムを呼ぶ声が聞こえた。
「あっ」
後ろを振り返ると、笑いながら自分の幼馴染である2人が駆け寄ってきていた。
はい!如何だったでしょうか!
なんと!お気に入りが60件突破しました!
一気に増えて、私も嬉しいです。
今回は番外編なので、ビルドの要素を余り入れられなかったのですが、第2章からはやっとビルドの話に関するネタを入れられます。
最初の方にあるキャラを、早く出そうかなと思っています。
さて誰でしょう。
まあ、やっとオリジナルフォームも大体決まってきたので、後はちょくちょく変えていくだけかな。
必殺技もドラグニック・フィニッシュにして、名前は要らないかなと思っています。
今作ではクローズチャージの変わりに、災禍の鎧のオリジナルフォームを入れようと考えています。
それでは次回!第10話、もしくは激獣拳を極めし者第16話でお会いしましょう!
またな!
文字数の調度いい長さを教えてください!
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7000~10000 第3章第3話参考
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10000~15000 第2章第8話参考
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15000~20000 第3章第2話参考