アクセル・ビルド   作:ナツ・ドラグニル

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これまでの、アクセル・ビルドは!

兎美「杉並在住の有田春雪は、仮面ライダークローズとなり、記憶喪失で仮面ライダービルドでもある有田兎美と共に杉並を守るため戦っていた」

美空「春雪は赤の王と戦い、戦いが終わった後に赤の王から黒雪姫に合わせろと頼まれてしまう」

黒雪姫「赤の王の目的が分からずも春雪は黒雪姫を自宅に招き、そこで災禍の鎧の存在と、美空の恐ろしさを認識したのであった」

美空「ちょっと!私の恐ろしさって何よ!」

兎美「そのままの意味でしょうが、いきなりノコギリ投げられたり、包丁を手に持って現れたら怖いのよ!もはやホラーよ!」

黒雪姫「まあ、それは置いといて先に進めようじゃないか」

兎美「それもそうね、さてどうなる第3話!」


第3話

「あいつ、マジで私達を殺すつもりだっただろ」

 

 

ユニコは、涙目になりながら呟く。

 

 

「私とした事が...余りの恐ろしさに悲鳴を上げてしまったよ...」

 

 

黒雪姫も先程の美空が恐ろしかったのか、少し震えている。

 

 

「それで、その...サイカのヨロイって何なんですか?人じゃなくて、モノなんですか?」

 

 

黒雪姫は数秒間沈黙を続けたが、やがて細長く息をついた。

 

 

「ン...、そうだな...。人即ちバーストリンカーであり、モノ即ちオブジェクトでもある。...と言うべきかな。ハルユキ君、キミが最初に戦った相手を覚えているか?」

 

 

「え、は、はい。バイク男...《アッシュ・ローラー》ですよね」

 

 

脳裏に派手なチョッパーバイクと髑髏ヘルメットを思い浮かべながら、ハルユキは頷いた。

 

 

渋谷から六本木を本拠とする緑のレギオン所属の彼とは、今でもちょくちょく対戦している。

 

 

「あの男のバイクな。あれはライダー本人とは別個のオブジェクトだが、しかし総体としてのデュエルアバターを構成している。つまりモノであり人である、という事になるだろう?」

 

 

「えーと...そう、ですね。確かに」

 

 

もう一度、こくりと頷く。

 

 

「そのような外部アイテムを、ブレイン・バーストのシステム上では、《強 化 外 装(エンハンスト・アーマーメント)》と呼ぶ」

 

 

「強化...外装」

 

 

なんだか、かっこいい名前が出てきたぞ。

 

 

とハルユキは一瞬わくわくしたが、それはすぐにしょんぼりにすり替わった。

 

 

徒手空拳のシルバー・クロウには、どう考えても装備されていないものだからだ。

 

 

ハルユキの内心を察したのか、黒雪姫はごく短い微苦笑を浮かべ、言った。

 

 

「私も持ってないんだ、そうヘコムな」

 

 

「あたしは持ってるけどな」

 

 

へら、と口元を緩めながらユニコが言った。

 

 

すかさず黒雪姫が鋭い声を浴びせる。

 

 

「貴様の場合は、持っているというより最早外装のほうが本体だろうに」

 

 

「おっ、いい負け惜しみ貰っちゃったぜ」

 

 

睨み合う2人に、ハルユキは慌てて割り込んだ。

 

 

「そ、そうか。スカーレット・レインの、あの物凄い火力コンテナ...あれも全部《強化外装》なんですね」

 

 

「そういうことだ。しかし、この小娘が自慢するほどレアな代物じゃあないぞ。手に入れる手段が四つもあるんだからな」

 

 

黒雪姫は上向けた右拳の人指し指を伸ばし、続けた。

 

 

「まず1つ目、初期装備として最初から持っている場合。アッシュ・ローラーのバイクは恐らくここだな」

 

 

「僕の右手の《杭打ち機(パイルドライバー)》もそれですね」

 

 

タクムが言葉を挟み、ハルユキは思わずえーっと声を上げた。

 

 

「なんだよ、タクも持ってんのかよ!」

 

 

「まぁまぁ、話を聞こうよ」

 

 

「...続けるぞ」

 

 

伸ばされた中指の爪がぴっと宙を叩く。

 

 

「2つ目は、レベルアップボーナスとして獲得できる場合。ボーナスの選択肢に存在しなければ不可能だが」

 

 

「...ありませんでした...」

 

 

今までの3度のレベルアップを思い出しつつ、ハルユキは呟いた。

 

 

それ以前に、黒雪姫のアドバイスに従って、ボーナスは全てをスピードと飛行時間に注ぎ込んでいるのだが。

 

 

次に薬指を立て、黒雪姫は説明を続けた。

 

 

「そして3つ目。《ショップ》でポイントを消費して購入する。これならハルユキ君にも可能性があるが、ま、お薦めはしないな」

 

 

「へ?しょっぷ...てお店ですか?そんなの、どこにあるんですか?」

 

 

「ナイショだ。キミがありったけのポイントで乱舞してしまうのが予想されすぎるからな」

 

 

「そ、そんな...」

 

 

あはは、と笑いながらタクムも頷いた。

 

 

「間違いないね。ハルはあの手の店に行くと人格変わるからなあ」

 

 

「な、なんだよ2人して...」

 

 

リビングに流れた、弛緩(しかん)した空気を――。

 

 

鋭いユニコの一声が切り裂いた。

 

 

「...早く4つ目を言えよ」

 

 

赤の王の剣呑な視線を正面から受け止め、黒雪姫はかすかに頷いたものの、しかしすぐには声を発しようとしなかった。

 

 

すると、ユニコがずいっと手を伸ばし、黒雪姫の右手の小指を無理やり広げて短く吐き捨てた。

 

 

「4つ目。《殺してでも奪い取る》」

 

 

「こ...ころっ...」

 

 

瞠目(どうもく)するハルユキに、黒雪姫がため息混じりの解説を加えた。

 

 

「これは、まだ完全に解明されていない現象なのだが...強化外装を持つバーストリンカーが対戦に敗北し、そこでバーストポイントがゼロとなって加速世界から永久退場した場合、敗者の外装の所有権が勝者へと移動する場合があるんだ」

 

 

「低確率でランダム発生するイベント、っつーのが今の定説だな」

 

 

ユニコがそう言葉を挟み、頭の後ろで両手を組んだ。

 

 

「だけど、《災禍の鎧》に関しちゃその限りじゃねーな...。移動率百パー、まさしく呪いのアイテムだぜ...」

 

 

「だが...しかし」

 

 

呟き、黒雪姫は嚙み合わせた歯をきりっと鳴らした。

 

 

「有り得ん。破壊されたはずだ。2年半前、私は確かに《鎧》の...《クロム・ディザスター》の最後を目撃し、その消滅を確認したのだ!」

 

 

――クロム・ディザスターは、加速世界の黎明期(れいめいき)、つまり7年前に存在した伝説的バーストリンカーの名前だ。

 

 

黒雪姫の語るストーリーは、そんな言葉から始まった。

 

 

――メタリックグレーの騎士型強化外装を身にまとい、凄まじい戦闘能力で数多のリンカーを地に這わせた。

 

 

その戦い方は苛烈、あるいは残忍の一言で、降参する相手の首を()ね、手足を()ぎ、暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くしたという。

 

 

しかし、無数の対戦者をブレイン・バースト永久喪失に追い込んだ彼にも、やがて最期の日はやってきた。

 

 

彼以外の、当時の最高レベルにあったバーストリンカー達が結束し、クロム・ディザスターだけを狙ってひたすらに対戦を挑み続けたのだ。

 

 

遂にポイントがゼロになり、加速世界での《死》を迎えたその瞬間、彼は哄笑(こうしょう)と共にこう叫んだという。

 

 

 

『俺はこの世界を呪う。穢す。俺は何度でも蘇る』

 

 

 

言葉は真実だった。

 

 

クロム・ディザスターという名のバーストリンカー本人は退場したが、鎧...強化外装は消えなかった。

 

 

その討伐に加わった者ひとりに所有権が移動し、興味本位か誘惑に負けたか、それを装備してしまったリンカーの精神を...乗っ取った。

 

 

それまでは高潔なリーダーとして慕われていたのに、一夜にして残虐な殺戮者へと変貌したのだ。

 

 

その荒ぶる姿は、《初代》とまったく見分けがつかなかったそうだよ。

 

 

そこで言葉を止め、コーヒーで喉を湿らせてから、黒雪姫は低い声で続けた。

 

 

「同じ事が、実に3度繰り返された。《鎧》の持ち主は大変な恐怖をばら撒いたのちに討伐され、しかし鎧は消えずに、主を討った者へと次々に乗り移り人格を変容させ...そのバーストリンカーは本来の名ではなく、クロム・ディザスターと呼ばれるようになる。

 

2年と半年前、すでに《純色の七王》の一席を占めていた私は、他の王達と共に4人目のクロム・ディザスターの討伐に参加した。その戦いの凄まじさは...今も肌で覚えている。到底言葉では伝えきれないがね...」

 

 

カップを戻し、制服越しにそっと自分の二の腕を撫でてから、黒雪姫は突然口調を切り替えた。

 

 

「そこでだ、ハルユキ君。悪いが、直結用ケーブルを2本用意してくれないか」

 

 

「え...け、ケーブルを!?しかも2本...?」

 

 

「1本は私が持っているからな。長さは、まあ、1メートルあればいい」

 

 

「は...はい」

 

 

事情が呑み込めないままハルユキは立ち上がり、小走りで自室に向かう。

 

 

さすがに兎美達の部屋を通る際は、抜き足で通り過ぎた。

 

 

壁のワイヤーラックから束ねてあるXSBケーブルを2つ取ってリビングに戻った。

 

 

「ちょうど2本だけありました。えーと長さは、こっちが1メートルで、こっちが...うへ、50センチです」

 

 

首をすくめながら両手にケーブルをぶら下げた所で、ユニコが合点したような顔で立ち上がった。

 

 

「ははぁ、そういうことか。オーケー、オーケー、あたしが50センチので我慢してやるよ」

 

 

にんまりと笑い、ハルユキの左手から短い方のケーブルを奪い取ると、それを自分の赤いニューロリンカーのコネクタに差し込む。

 

 

その途端。

 

 

「お...おい、ふざけるな!私がそれを使う!」

 

 

「やだよーん」

 

 

伸ばされた黒雪姫の手をするりと掻い潜り、ユニコはハルユキの左腕に飛びついてきた。

 

 

少年めいた硬さの残る体が密着し、ふわりと甘酸っぱい匂いまで漂って、くらりと軽くスタンするハルユキの首めがけてにゅっとプラグが突き出された。

 

 

避ける暇もなくニューロリンカーに挿入されてしまい、眼前にワイヤード・コネクション警告が点滅する。

 

 

「う、うわあ!?な、何を...」

 

泡を食うハルユキを見上げ、ユニコは不敵に微笑みながら言った。

 

 

「ほら、さっさとそっちの長ぁーい奴も挿して、あの女に渡してやれよ。あ、それと、あたしのメモリを覗こうとしたら痛い目を見っから気をつけな」

 

 

その台詞で、ハルユキはようやく3本のケーブルの意味を悟った。

 

 

黒雪姫は、この場の4人のニューロリンカーを数珠繋ぎ(デイジー・チェーン)しようとしているのだ。

 

 

タクムとユニコのニューロリンカーは外部接続端子1つの軽量タイプなので、4人が繋がるには端子2つの高機能タイプを装着しているハルユキと黒雪姫が真ん中に来るしかない。

 

 

それを素早く察したユニコが、黒雪姫への嫌がらせのためにさっさと最短のケーブルを確保したのだろう。

 

 

効果覿面(てきめん)、右頬を引き攣らせ両拳をわなわな震わせた黒雪姫は、どすの効いた声で叫んだ。

 

 

「貴様、そんなにくっつくんじゃない!」

 

 

「しょーがないじゃん、ケーブルが短いんだからさぁ」

 

 

「お前がそれを選んだんだろうが!」

 

 

声を荒げた黒の王は、やがてふんと鼻を鳴らすと絶対零度のクロユキスマイルで赤の王を見下ろした。

 

 

「まったく、これだから子供は嫌いなんだ。ケーブルの長さで新密度がどうこうとか、実にくだらん!」

 

 

「あれぇ、誰もそんな事を言ってないぜ?あたしはただ、短いほうが信号の減衰が少ないと思ってさぁー」

 

 

「こっ、こ、この...」

 

 

絶対零度が再び太陽表面温度まで急上昇しそうな気配を見て、ハルユキはもう一方の端子に繋いだケーブルを、これで何卒ご勘弁を陛下!という必死の視線と共に差し出そうとした。

 

 

だがその時、リビングの扉が開かれる音が聞こえ、全員の視線がそちらに向かう。

 

 

また、ノコギリが飛んできても困るので。

 

 

「何よ、もう起きてるわよ」

 

 

入ってきたのは美空だったが、起こされて部屋に入ってきたのではなく、只単純にリビングに用があったみたいだ。

 

 

美空の言葉に、全員が安堵する。

 

 

「...あんた、何ハルに抱きついてるのよ」

 

 

美空はハルに抱きついているユニコを見て、質問する。

 

 

「い、いや、ケーブルが短いから...」

 

 

ユニコは恐る恐る、美空の質問に答えた。

 

 

「......」

 

 

美空はしばらく黙って見ていたが、直ぐに自分の部屋に戻った。

 

 

『?』

 

 

意図が分からず、全員が首をかしげる。

 

 

しばらくすると、美空は手に1メートルのXSBケーブルを持って戻ってきた。

 

 

「はい、これで抱き合う必要ないでしょ」

 

 

美空は、ユニコにケーブルを渡す。

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

そう言って、美空はリビングにある飲み物を取り部屋に戻った。

 

 

「ふん、残念だったな」

 

 

ユニコの思惑が上手く行かなかった事に、黒雪姫は笑みを浮かべる。

 

 

「ちっ」

 

 

ユニコは短いケーブルを外し、長いケーブルに着け直す。

 

 

ハルユキも美空が持ってきたケーブルを着け直したと同時に、もう1つのケーブルを黒雪姫に差し出した。

 

 

黒雪姫はケーブルを受け取り、自分のニューロリンカーに接続しながら、ポケットから出したいつもの2メートルのケーブルをタクムに差し出した。

 

 

呆れ顔と薄笑い半々で見守っていたタクムもそれを挿入し、ようやく4人のニューロリンカーが一直線に接続されて、ハルユキはふぅっと安堵のため息をついた。

 

 

「あの、これで...どうするんですか?」

 

 

「そうだな、まずは座ってくれ」

 

 

黒雪姫はリビングの床に正座した。

 

 

ケーブルが張り詰める前にハルユキも慌ててそれに倣い、ユニコはどすんと腰を下ろした。

 

 

最後にタクムが、さすが剣道部と思わせる端然とした姿で正座し、ちらりと黒雪姫を見た。

 

 

「マスター、《加速》するんですか?」

 

 

「いや、それには及ばない。全感覚モードにした後、表示されたアクセスゲートに飛び込め。では、行くぞ...ダイレクト・リンク」

 

 

ふっ、と黒雪姫の瞼が閉じられ、肩から力が抜けるのを見て、ハルユキも慌ててコマンドを唱えた。

 

 

「ダイレクト・リンク!」

 

 

たちまち、全身の感覚及び周囲の光景が遠ざかる。

 

 

ニューロリンカーが現実の五感情報をキャンセルし、意識のみを仮想空間に誘ったのだ。

 

 

暗闇の中、強い落下感覚だけが発生する。

 

 

このまま待っていれば有田家のホームネットにフルダイブするはずだが、それより早くハルユキの目の前に円形に輝くアクセスゲートが浮き上がった。

 

 

見えない右手を伸ばし、そこに触れた瞬間、ハルユキの意識はゲートに吸い込まれた。

 

 

 

視界中央から引き伸ばされるように光が広がり、ハルユキを包んだ。

 

 

更にその奥から出現した風景は、奇妙な紫色の岩ばかりが連なる無限の荒野だった。

 

 

はてここはどこだろうと思いながら視線を下へ向けたハルユキは、そこに自分の体が存在しないのに気付いて少々慌てた。

 

 

しかしすぐ、これは仮想世界ではなくVRムービー、つまり脳内で直接再生されている記録映像なのだと気付く。

 

 

その証拠に、視界右下に再生時間をカウントする数字とスライドバーが小さく浮かんでいる。

 

 

『あの...先輩?』

 

 

声を出すと、すぐ右隣から応答があった。

 

 

『ここにいる。タクム君も、小娘もいるな?』

 

 

姿は見えないが、間違いなく黒雪姫の声だ。

 

 

続いて、『はい』『その呼び方やめろ』と2つの声が響く。

 

 

ハルユキはもう一度周囲を見回し、やはり奇岩しかないのを確認してから、おずおずと訊ねた。

 

 

『ええと...この再生中のムービーファイルは何なんですか?映像を見るだけなら、なんでわざわざ全員で直結を...?』

 

 

『万が一にも外部に流出させたくなくてな。君の家のホームネット経由で全員に送信すると、マンションのサーバーにキャッシュが残ってしまうからな』

 

 

「は、はあ」

 

 

直結の理由は解ったが、しかしムービーの内容は謎のままだ。

 

 

そこまで警戒するほどの映像とは思えない、とハルユキが不可視の体の首を捻った、その時――。

 

 

不意に上空から鋭い風切り音が聞こえた。

 

 

視線を上げる間もなく、正面10メートルほど離れた場所に、ざしっと音を立てて着地した姿があった。

 

 

漆黒に煌く半透過装甲。

 

 

長く、鋭い剣状の四肢。

 

 

Vの字形の頭部。

 

 

間違いない、黒雪姫のデュエルアバター《ブラック・ロータス》だ。

 

 

『あれっ、先輩...!?』

 

 

思わず叫んだハルユキに、黒雪姫がうん、と答えた。

 

 

『私だ。ただし、2年半前のな』

 

 

『2年...半。いやその前に...先輩があの姿ってことは、ここは《加速世界》なんですね?つまりこれは《対戦》の記録映像...?』

 

 

ブレイン・バーストにそんな機能があったのか、と思いながら訊ねると、今度は左側からユニコの声が響いた。

 

 

『《リプレイ》って奴だ。クソ高ぇアイテムで記録できる。それより、2年半前ってことは、こりゃつまりさっき言ってた《純色の七王》対《クロム・ディザスター》戦のリプレイなんだろ?なのにあんた1人か?』

 

 

『いや、すぐもう1人来る』

 

 

その言葉が終わらないうちに、画面の左側から新たなデュエルアバターが姿を現した。

 

 

多対一のバトルなのだろうか、と不思議に思いながらハルユキは眼をこらした。

 

 

ブラック・ロータスより頭1つ分も高い。

 

 

細身だが、手足にはがっしりとボリューム感がある。

 

 

左手に長方形の分厚い盾を携え、右手は空だ。

 

 

全身の装甲の色は――エメラルドのような、深く透き通る緑。

 

 

『なんて綺麗な緑色なんだ...マスター、彼が...?』

 

 

タクムのささやき声に、黒雪姫が応じた。

 

 

『そう。《緑の王》だ。属性は近接及び間接...だが、2つ名の方が彼の特性を的確に表している。曰く、《絶対防御(インバルナラブル)》』

 

 

『硬ってぇらしいな。噂じゃ負けは全部タイムアップで、そん時でもHPが半分割ったことは1度もねぇとか...うっそくせーよな』

 

 

『観ていれば解る』

 

 

混ぜ返すようなユニコの声に黒雪姫がそっけなく答えた時、映像のブラック・ロータスが緑色のアバターに近づき、身振りですぐ傍の大きな岩の陰を示した。

 

 

緑の王が無言で頷き、その岩陰に入ると、ぴたりと背中をつける。

 

 

黒の王も少し離れた岩に姿を隠す。

 

 

明らかに待ち伏せを試みようという気配だ。

 

 

過去の映像と解っていても、つい息を殺しながらハルユキが見守っていると、不意にじゃり、という小さな音が左手から響いた。

 

 

はっと視線を巡らせる。

 

 

じゃり、じゃり、と乾いた地面を踏む音が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 

数秒後、立ち並ぶ奇山の間からぬうっと出現したのは、あまりにも巨大なデュエルアバターだった。

 

 

緑の王の長身よりも、更に50センチは高いだろう。

 

 

蛇腹状の金属装甲に覆われた胴は異様に細長く、それを鎌首をもたげる蛇のように前傾させている。

 

 

左右の腕もまた有り得ないほど長い。

 

 

だらりとぶら下げた両手には武骨な大斧を携えており、その肉厚の刃が地面を擦りそうだ。

 

 

頭部は巨大な蚯蚓(ミミズ)を思わせる滑らかな円筒状で、その先端に2つの黒い穴が並んでいる。

 

 

内部の暗闇で、赤く光る眼が盛んに瞬きを繰り返す。

 

 

全身の装甲は、ドス黒く濁った銀だった。

 

 

その表面に薄い陽光を反射させながら周囲を見回すアバターが、不意に立ち尽くすハルユキをまっすぐに凝視した。

 

 

瞬間、ハルユキはこれが記録映像であることを忘れ、その場で戦闘態勢に移る。

 

 

――なんだこれ。

 

 

これが...バーストリンカー?生身の人間が操る仮想体だって?

 

 

うそだ。

 

 

まるでスマッシュみたいだ、とハルユキは思った。

 

 

『こいつが...四代目《クロム・ディザスター》か。今暴れてる五代目と、フォルムもサイズも全然違うな』

 

さすがに落ち着いた、しかしかすかに緊張の滲む声でユニコが呟いた。

 

 

『そうだろうな。あの黒銀の鎧は《強化外装》だから、それを装着するアバターによって形は変わるはずだ。だが、その特性は何代目だろうと変わらん。すなわち、狂的とすら思える攻撃性はな...』

 

 

黒雪姫が密やかに答えた、その言葉に導かれるように、巨大な黒銀のアバターが無言で大斧を振り上げた。

 

 

刃が狙うのは、明らかに《緑の王》が潜む奇岩だった。

 

 

いかなる手段によってか、あるいは直感なのか、クロム・ディザスターは待ち伏せを察したのだ。

 

 

『ガッ!!』

 

 

肉食獣のような咆哮と共に斧が猛烈なスピードで振り下ろされた。

 

 

分厚い岩がバターのように真っ二つになり、しかしその寸前、緑のアバターは横っ飛びに岩陰から抜け出していた。

 

 

それを追って再び大斧が振りかぶられる。

 

 

一回転して立ち上がった緑の王は、今度は避けずに左腕の四角い盾をかざした。

 

 

直後、ジャキッという金属音と共に盾の四方が伸長し、長方形が巨大な十字形へと変形した。

 

 

緑の王の長身を全て覆うほどのサイズだ。

 

 

その中央に、遥かな高みから武骨な斧が力任せに叩き付けれた。

 

 

耳をつんざくような衝撃音と共に、滝のように火花が飛び散る。

 

 

斧は跳ね返されたが、緑の王もがくっと膝を突く。

 

 

『ガッ、ガガッ!!』

 

 

怒りとも喜悦ともとれる叫びを漏らし、クロム・ディザスターは斧を無茶苦茶な動きで何度も何度も振り下ろした。

 

 

一撃でもヒットすれば体を断ち切られそうなその攻撃を、緑の王は十時盾で的確に、愚直にガードし続ける。

 

 

ここでハルユキはようやく、クロム・ディザスターの黒銀の装甲に、幾つも深い傷が口を開けているのに気付いた。

 

 

斧を振るうたび、その傷から黒い霧のようなものが飛び散り、空中に拡散していく。

 

 

『手負い...?』

 

 

無意識のうちに呟くと、黒雪姫がささやきを返した。

 

 

『そうだ。奴は、直前に他の王達と戦い、この場所に追い込まれたのだ。体力ゲージ的にはもう瀕死なんだよ。なのにまだこれほど荒ぶる。私はこの時、心の底からこいつが恐ろしかった』

 

 

それはそうだろう。

 

 

ハルユキはスマッシュと戦いなれているから大丈夫だが、普通だったらこうしてリプレイを見ているだけでも、逃げ出したくてたまらないだろう。

 

 

内心でそう呟きながら、ハルユキは感覚切断されているはずの生身の体がぞっと総毛立つのを感じていた。

 

 

スマッシュとの戦いで慣れているはずのハルユキですら、クロム・ディザスターの戦い方は異常のものだった。

 

 

訳も解らず暴れる所は一緒だが、その凶暴性は今まで戦ってきたスマッシュすらも超えていた。

 

 

実際、とても考えられない。

 

 

加速世界で最強であるはずの《王》を相手に、ここまで一方的に暴れ狂い――しかも、これで瀕死状態だなどとは。

 

 

これでは、クロム・ディザスターの実質的な強さは、レベル9をも超えているということになりはしないか。

 

 

と、どれだけ斧を叩きつけようとも防御を崩さない緑の王に苛立ったのか、クロム・ディザスターが低く唸った。

 

 

攻撃を継続しながらも、その長い頭部を伸ばし――突如、ぐばっと湿った音と共に口を開いた。

 

 

口というよりも、同心円状の吸入孔を思わせるその中央から、細長い舌あるいはチューブのようなものがだらりと伸びるのをハルユキは呆然と見詰めた。

 

 

即座に黒雪姫が鋭い声を発した。

 

 

『あれが、クロム・ディザスターの能力の1つ《体力吸収(ドレイン)》だ。奴は対戦相手のHPゲージを奪う』

 

 

その言葉通り、長いチューブが緑の王の十時盾を迂回するようにそろそろと伸び、首筋に近づいた。

 

 

『危ない!』

 

 

反射的に反射的にハルユキが叫んだ、その直後。

 

 

これまで一切戦闘に参加しようとせず、身を潜めていたブラック・ロータスが、画面の奥から黒い稲妻のように飛び込んできた。

 

 

右腕の剣が視認不能な速度で振り下ろされ、クロム・ディザスターの舌が根元から断ち切られた。

 

 

『ガッガガガガッ!!』

 

 

丸い口から、明らかな悲鳴とどす黒い闇を振り撒きながら巨大なアバターが仰け反った。

 

 

その胸に刻まれた大きな傷目掛けて、ブラック・ロータスの左脚の剣が、容赦なく根元まで突き通された。

 

 

背中まで貫通した長大な刃が、突如眩いヴァイオレットに輝いた。

 

 

黒の王はそのまま脚を垂直に斬り上げ、更に高く舞い上がると、華麗な後方伸身宙返りを見せた。

 

 

煌く漆黒のアバターが着地するよりも早く、クロム・ディザスターの頭部が真っ二つに裂け――。

 

 

そこで画面右下の再生時間を示すスライドバーが右端まで達した。

 

 

 

 

 

リンク・アウトのコマンドと共に、フルダイブから復帰したハルユキは、現実の自分の掌がじっとりと脂汗に濡れているのに気付いた。

 

 

正面に座るタクムは、顔を青ざめさせている。

 

 

左を見れば、赤の王ユニコすらも無言で唇を引き結んだままだ。

 

 

「...彼奴はあの状態から更に2分戦い続け、ようやく果てた」

 

 

黒雪姫がぽつりと呟き、自分のニューロリンカーに刺さる2本のケーブルを同時に引き抜いた。

 

 

ハルユキもそれに倣い、強張る両手で束ねながら掠れ声で訊ねた。

 

 

「あれは...、あれは本当にバーストリンカーなんですか?僕らと同じ、生身のプレイヤーがあの中に...?」

 

 

「それは間違いないねぇよ。今の五代目も、戦い方は大差ねぇからな...。でもな、それはそれとして、黒の王よ」

 

 

低い声で言いながら立ち上がったユニコが、いつになく険悪な顔でじろりと黒雪姫を睨んだ。

 

 

「あんたらが苦労して四代目を倒したのは、リプが残ってんだから確かなんだろうさ。でもな...それなら、なんでそこで《鎧》を、あの強化外装を消しちまわなかったんだ!」

 

 

「消したとも!」

 

 

がばっと立ち上がり、黒雪姫は叫び返した。

 

 

きゅっと唇を噛み締めたまま、テーブルのもとの椅子に腰掛け、他の3人が同じ様に座るまで待ってから押し殺した声で続けた。

 

 

「...《鎧》の持ち主、四代目クロム・ディザスターが加速世界から永久退場した直後、私と緑の王は他の5人と合流し、その場で自分のステータスウインドウを確認した。

 

そして全員が確かに断言したのだ。己のストレージに、《鎧》は存在しないと。つまり消滅したのだ...宿主を倒した相手に乗り移り続けるという呪いは、あの時断ち切られた。事実、それ以降クロム・ディザスターは出現しなかった!」

 

 

最後は殆ど叫ぶように言葉を切り、黒雪姫は挑むようにユニコを睨んだ。

 

 

漆黒の瞳から発せられる圧力を堂々と受け止め、2代目赤の王は鋭く言い返した。

 

 

「なら、今の状況をどう説明するんだ!ちゃんと五人目が現れて、昔と同じ様に暴れまわってるっつうこの事実をよ!」

 

 

「...五代目の名前は何だ。たとえ《鎧》を装着し精神を汚染され、五人目のクロム・ディザスターとなったとしても、システム上の登録名までが変わるわけではない。対戦すれば鎧の中身のアバターネームは判る筈だ。鎧に乗っ取られたのは、いったい王の誰なのだ!!」

 

 

今度は、ユニコが視線を俯け、黙った。

 

 

数秒後、深く長い息を吐きだしてから、少女は首を左右に振った。

 

 

「王じゃねぇ。5人目は、うちの...赤レギオン、《プロミネンス》のメンバーだ。元の名前は《チェリー・ルーク》...だが、もう元の奴はいねぇ。鎧に喰われて、消えちまったよ」

 

 

その声は、乱暴な言葉遣いとは裏腹に、いつになく掠れ、揺れていた。

 

 

黒雪姫の双眸がすっと細められ、色の薄い唇を右手の指先が撫でた。

 

 

「王では...ない...?赤のレギオンのメンバーだと...?しかし...」

 

 

眉をひそめ、考え込む黒雪姫に、タクムが軽く手を上げて話し始めた。

 

 

「こういうことではないでしょうか、マスター。強化外装は、ショップを介すか、リアルで直結すればバーストリンカー間の譲渡も可能です。

 

僕に言えたことじゃありませんが、例のバックドアプログラムの一件を考えても、王の全員が清廉潔白な平和主義者とは思えません。腹に一物ある王の誰かが、2年半前に偽の誓いを述べて《鎧》を秘かに持ち去り、それを《チェリー・ルーク》に譲渡したのでは?」

 

 

「そういう事に...なるか...。だが、さっきも言った通り、王は...レベル9プレイヤーにはもう大量のポイントを欲する理由がないのだ。

 

どれだけ貯めてもレベル10にはなれないのだからな。だから、譲渡するとすれば...自レギオンの強化、他レギオンの弱化くらいしか理由がないが...そのために制御不能のクロム・ディザスターを解き放つのはリスクが高すぎる。

 

それ以前に、赤のレギオンメンバーが手に入れたならその出所は赤の王。ということになるが...2年半前の討伐時に参加していた赤の王は...」

 

 

一瞬、黒雪姫の声が強張った事に、恐らくハルユキだけが気付いた。

 

 

不意にテーブルの下で、黒雪姫の冷たい左手がハルユキの右手に触れた。

 

 

そこから温度を得たかの如く、揺れの抑え込まれた言葉が続いた。

 

 

「当時の赤の王はもう加速世界にはいない。クロム・ディザスターの討伐からほんの3ヶ月後に、自身も討たれたからな。だから、彼が出所という事は有り得ん」

 

 

「あたしはその頃、まだバーストリンカーに成り立てでぴよぴよ言ってたから詳しい事は知らねーけどよ」

 

 

赤の王は、黒雪姫の瞬時の葛藤に気付いた様子もなく、重苦しい声を挟み込んだ。

 

 

「当然、先代から《鎧》なんぞ受け取っちゃいねーし、たとえ受け取ってもそれをメンバーに装備させようなんて思わねぇ。思うわけがねぇ...あの悪魔みてーな戦いぶりを見ちゃあな...」

 

 

「5人目も...そんなに凄いの?」

 

 

ハルユキの問いに、ちらりと目を上げ、ユニコは吐き捨てた。

 

 

「ある意味じゃ、さっきのリプレイ以上だ。あいつはもうバーストリンカーじゃねぇし、あいつの戦いは《対戦》じゃねぇ。あたしは...あたしはな、あいつが倒れた相手の腕をもいでがりがり喰うのを見たよ」

 

 

「げっ...」

 

 

思わずそのシーンを想像してしまい、呻く。

 

いくらスマッシュと言えど人間を食べる事はないので、ハルユキは改めて災禍の鎧の危険性を認識する。

 

 

「でも...さっきから《乗っ取る》とか《精神汚染》とか言ってますけど...強化外装って、つまりはただのアイテムですよね?バーストリンカー本人の思考にまで干渉するなんてことが、あるんですか...?」

 

 

「ある。あり得る」

 

 

黒雪姫が即座に言い切った。

 

 

「覚えているか?ハルユキ君がバーストリンカーになった時、私が説明しただろう。ブレイン・バーストは、その所有者の劣等感や強迫観念を読み取り、凝縮してデュエルアバターを作ると」

 

 

「は...、はい」

 

 

「それは即ち、ニューロリンカーには、脳の感覚野だけでなく思考領域や記憶領域にもアクセスする能力があるということだ。一般のアプリでは厳しく規制されているがな。...つまり、だ。強化外装には、それを生み出したバーストリンカーの、負の意識が染み付いている。他人が着装すると、その意識が逆流してくると考えられている」

 

 

「そんな...ことが...」

 

 

ハルユキは、黒雪姫の説明に絶句した。

 

 

「まあ、余程の事がない限りそんな事は起きないがな...人格が変わってしまうほどの汚染を起こすのは恐らく《クロム・ディザスター》だけだろうがな。初代は一体、どんな人間だったのか...」

 

 

「知らねぇよ。興味もねぇ!」

 

 

突然、がたんと椅子を鳴らして立ち上がり、ユニコが叫んだ。

 

 

「大迷惑なクソッたれだ、作った馬鹿も、拾ったのを隠して《チェリー・ルーク》に渡した馬鹿もな!チェリーはな...良い奴だったんだ。派手な能力とかはねぇけど、こつこつ頑張ってレベル6まで上げて、これからが楽しいとこだったんだ!なのに...くそっ、畜生!!」

 

 

物凄い速さで後ろを向いたユニコの、大きな瞳がかすかに濡れていたようにハルユキには見えた。

 

 

ベランダの向こうの高層ビル群を睨み付け、ユニコは震え声を絞り出した。

 

 

「...あいつは、赤のレギオンに所属したまま、他の王のレギオンメンバーを片っ端から襲ってる。不可侵条約を破ってな。あたしは...あいつを粛清しなくちゃならねぇ」

 

 

束の間訪れた、ずしりと重い沈黙を――。

 

 

黒雪姫の、静かな声が破った。

 

 

「...そうか。尋常に倒そうとしても容易ならざるクロム・ディザスターだが...レギオンに所属している今なら。そしてレギオンマスターの君ならば、ただの一撃で加速世界から永遠に追放できるのだな。――《断罪の一撃》によって」

 

 

「......」

 

 

尚も数秒間黙り続けたのち、ユニコはゆっくりと頷き、しかし続けて頭を左右に振った。

 

 

「...あたしは10日前、レベル7にあがったばかりのあいつにタイマンを挑んだ。粛清するためにな。だが...信じられっか、ブラック・ロータス。奴は...クロム・ディザスターは、あたしの遠距離攻撃を一発残らず避けやがった」

 

 

「...なんだと」

 

 

「《断罪の一撃》は、どんなレギオンマスターのもんでも、ほぼゼロ射程の近接技だ。当てるためには、ある程度ノーマルな攻撃を命中させて、脚を止めなきゃならねぇ。

 

でも、主砲やミサイルをどんだけ撃っても掠りもしねぇで...あべこべにあたしは奴の剣でちくちくHPを削られて、結局...タイムアップ負けしちまった」

 

 

「負けた!?《断罪の一撃》があってなお、王の貴様が負けたというのか!?」

 

 

「大げさにビックリしやがって...アンタも戦った事があんなら解るだろうが。あの機動力は、化けモン以外の何者でもなぇよ。物凄い長距離ジャンプと、空中での起動制御...ほとんど飛んでるようなもんだった」

 

 

「飛ん...で...」

 

 

呟き声を呑み込み、黒雪姫はまずテーブルの向こうに立つユニコを、次に隣に座るハルユキを見詰めた。

 

 

そして、ゆっくりと、深く頷いた。

 

 

「そうか。ようやく、貴様の目的が...大変な手間をかけてハルユキ君のリアルを割り、捨て身のソーシャル・エンジニアリングを仕掛けたその理由が解ったぞ」

 

 

その時点で、すでにタクムも同じ解答に辿り着いているようだった。

 

 

自分以外の3人に凝視され、ハルユキはじりじりと身を引きながら視線を左右に往復させた。

 

 

「な...なんです?目的って...いったいなんなんですか?」

 

「決まってるじゃない、おにーいちゃん♪」

 

 

ユニコが突然雰囲気を激変させ、天使モードのピュアスマイルと共に甘い声で言った。

 

 

「ハルユキお兄ちゃんに、クロム・ディザスターを捕まえてもらうんだよっ」

 

 

たっぷり5秒近くもぽけーんとしてから。

 

 

「えっ!ええっ!いや、それはいくらなんでも!」

 

 

スマッシュと戦っている仮面ライダーのハルユキでも、スマッシュ以上の凶暴性を持つ災禍の鎧と戦うのはご免だった。

 

 

「ハルユキ君、何事も経験だ。やってみるのも悪くないと思うが」

 

 

「え...ええ!?」

 

 

「何も1対1で戦え、と言っているわけじゃないさ。それに、事は赤のレギオンだけでなく、加速世界を全体に...ひいては我々《ネガ・ネビュラス》にも係わってくる問題だ。

 

ならばここは男として、バーストリンカーとして立ち上がるべき時じゃないかな。君はそのスピードと飛行アビリティでクロム・ディザスターに追随し、ほんのいっとき動きを止めてくれればそれでいい。あとは私とこの小娘が敵の移動力を奪う」

 

 

「そっ...そんな簡単に言いますけど...」

 

 

往生際悪く、尚も逃げスキルをフル回転させたハルユキは、最後の反撃をぶちぶち捻り出した。

 

 

「そうだ...それってつまり、チーム戦に持ち込むのが前提ですよね?しかも、クロム・ディザスター1人対、最低でも僕と先輩とスカーレット・レイン。そんな不利な条件のデュエル、向こうが呑む訳ないじゃないですか!」

 

 

バーストリンカーは、ニューロリンカーをネットに接続している限り、他のバーストリンカーから申し込まれる1対1の通常対戦を拒否できない。

 

 

だが、対戦のモードが《チーム》だったり《バトルロイヤル》だったりすれば話は別だ。

 

 

この場合、クロム・ディザスターの中の人は1対3という不利極まる条件で挑まれるわけで、そんなの受けるはずがない。

 

 

――いや、待て。

 

 

ついさっき同じ様な疑問を感じなかったか。

 

 

絶句したハルユキに小さく頷きかけてから、黒雪姫はちらりとユニコを見やって、確認するように言った。

 

 

「クロム・ディザスターが通常対戦で暴れているならば、もう私の耳にも届いているはずだ。しかし一切噂を聞かない、ということは、つまり...」

 

 

「...そうだ」

 

 

ユニコは両手をカットジーンズのポケットに突っ込み、細い上体を反らせてからぐいっと頷いた。

 

 

「奴の狩場は既に《通常対戦フィールド》じゃねぇ。その上...《無制限中立フィールド》だ」

 

 

 

......なんスかそれ。

 

 

とハルユキは再び頭上にクエスチョンマークを浮遊させたが、代わりに斜め右前のタクムが鋭く叫んだ。

 

 

「き...危険です、マスター!」

 

 

がたん、と椅子を鳴らして身を乗り出し、更に言い募る。

 

 

「我々の陣営で《上》にダイブするのは無謀すぎる!僕やハルはともかく、あなたは特例ルールに縛られているんだ!もし偶然他のレベル9プレイヤーの奇襲を受け、1度でも敗れれば、その瞬間ブレイン・バーストを喪失してしまう...いや、最悪の場合...」

 

 

タクムはちらりと右側に立つユニコを見やり、わずかに躊躇したようだったが、青い眼鏡のブリッジに右手の指先を触れさせながら言った。

 

 

「...これを言うのは僕の役目だ、だから言わせてもらいますよ。――最悪の場合、この1幕の全てが...ハルのリアルを割り、クロム・ディザスターの話を聞かせた全てが、赤の王の罠であるという可能性すらある。マスターを《無制限フィールド》におびき出し、大軍で待ち伏せて、首を取ろうという企みである可能性が」

 

 

再び小悪魔モードに戻ったユニコが、ハンドポケットのままぐいっと細い顎を突き出し、タクムを睨んだ。

 

 

「...言ってくれるじゃねーか、シアン・パイル。さっきから聞いてりゃ頭良い事ばっか喋くりやがって、何だテメーは。眼鏡君キャラか。あだ名はハカセか」

 

 

ぐさっ。

 

 

と少しばかり傷ついた顔をすぐに立て直し、タクムは反駁(はんばく)した。

 

 

「何か証拠を見せてくれ、って話をしてるんです、赤の王。僕らはたった3人だけのレギオンなんだ、危険を冒して《上》にダイブさせるなら何かしらの根拠をあなたも用意すべきでしょう!」

 

 

「根拠はここにあんじゃねーか」

 

 

ユニコはポケットから出した右手で仮想デスクトップを短く操作し、指先を3本まとめて弾いた。

 

 

ハルユキの視界に、再び半透明のネームタグが出現する。

 

 

だが、今度は先程のものより少し大きい。

 

 

本名だけでなく、その下に住所も表記されているからだ。

 

 

東京都練馬区で始まり、聞き覚えのない学校名と寮名で終わるその文字列を、ハルユキは呆然と眺めた。

 

 

顔と名前が露見しただけでも充分に《リアル割れ》したと言えるのに、自ら現住所まで晒すとは、大胆を通り越して無謀もいい所だ。

 

 

これにはタクムや黒雪姫も驚かされたようで、無言で瞠目する3人の中学生の視線が集まる中、ユニコはデスクトップから離した右手の親指でどすんと自分の胸を突いた。

 

 

「あたしが何で生身でコンタクトしたのか、まだ解んねーのかよ。リアルサイドのあたしは、腕力も経済力も組織力もねぇ小学生のガキだ。こっちで《襲撃》されたらひとたまりもねぇよ。もしあたしが裏切ったら、いつでもリアルでケジメ取りに来りゃいい」

 

 

言い放ったユニコの両眼が、窓から差し込む真冬の残照を受けて赤々と燃え上がるのをハルユキは見た。

 

 

いっそ自暴自棄とすら思えるほどの、凄まじい覚悟だった。

 

 

確かに、自レギオンのメンバーが不可侵条約を破り、他のレギオンを襲っているというのは看過できない問題だろう。

 

 

しかし大前提として、ブレイン・バーストはあくまで《対戦ゲーム》なのだ。

 

 

遊び、楽しみ、ワクワクするために存在するはずのものなのだ。

 

 

だからハルユキは、ブレイン・バーストの為に現実の自分を犠牲にするのは間違っていると考える。

 

 

それは、3ヶ月前のタクムを惑わし、今もなお苦しめている過ちではないか。

 

 

「ユニコ...ちゃん」

 

 

気圧されたように黙ったタクムに代わり、ハルユキは思わず呼びかけ、続くべき言葉を探そうとした。

 

 

しかし、そのひと言だけで赤の王はハルユキの内心を察したようで、右手を下ろしながら自嘲的な笑みを浮かべた。

 

 

「言いてぇことは解る。でもな...、あんたもいつかここまで上がって来りゃ気付くだろうが、このゲームは《加速》っつーテクノロジーのせいでリアルサイドを果てしなく薄めんだよ。あたしやそこの女が、これまでいったいどんくれーの時間を加速世界で過ごしてきたか知ったら、あんたきっとぶっ倒れるよ」

 

 

「え...累計プレイ時間...?」

 

 

ハルユキは首を捻り、咄嗟に計算した。

 

 

自分は今、1日に10回程の《対戦》をこなしている。

 

 

1戦の平均時間が20分として、計二百分――三時間強。

 

 

中学生のゲームプレイ時間としては多いだろうが、しかし非常識という程のものでもない。

 

 

1日三時間強なら、月百時間だ。

 

 

年だと千二百時間。

 

 

ユニコはバーストリンカーになって二年半ほど経つと言っていたはずなので――。

 

 

「三千...時間くらい?」

 

 

膨大なようだが、VRMMO-RPG(仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム)の本格的中毒者に比べればまったく可愛いものだ。

 

 

彼らは1日10時間は軽く連続ダイブする。

 

 

しかし、ハルユキの懸命の暗算結果を聞いた途端、ユニコは呵々と笑い、黒雪姫も薄く苦笑した。

 

 

「え、違うの?ユニコちゃんは、じゃあ累計何時間くらい...?」

 

 

「教えねー。その答えは、あんたが自分で決めな。それとな...」

 

 

突然赤の王は怖い顔になり、ドスの効いた声で言った。

 

 

「そのユニコちゃんての止めろ。背中が痒くなるだろ。...ニコでいいよ。あたしのことはニコと呼べ、ちゃんとかタンとか絶対ぇつけんなよ」

 

 

なんだかはぐらかされたような気分になりながらも、ハルユキはこくこく頷き、ぐるっと視線をめぐらせた。

 

 

「えーっと...。それじゃあ結局、《ネガ・ネビュラス》としてはニコちゃ...赤の王に協力する、ってことでいいんですか?」

 

 

「...うむ。リスクは多々あるが、ひとまず丸呑みしよう。それに、メリットもないではないしな」

 

 

「め、メリット?」

 

 

問い返したハルユキから視線を外すと、黒雪姫は赤の王を一瞥した。

 

 

「そうさ。天下の《プロミネンス》がこんな大事を依頼してくるからには、当然交換条件も用意してくるだろうからな。たとえば...我々のささやかな領土には今後手を出さない、とかな」

 

 

「ちっ」

 

 

小さく舌打ちし、赤の王――ニコは軽く右手を振った。

 

 

「わーったよ。口頭でよきゃ約束してやるよ。うちの奴らには、杉並には当面手ぇ出すなっつっとく」

 

 

黒雪姫はこくりと頷き、腕組をした右手の指を1本ぴんと立てた。

 

 

「しかし、それはそれとして1つだけ。スカーレット・レイン...貴様、いったいどうやって《無制限フィールド》でクロム・ディザスターを待ち伏せる気だ?あの場所で、狙って遭遇するのが不可能に近い事は、貴様も承知しているだろうに」

 

 

「...あんたらには、面倒はかけねぇ。あたしが責任持って時間と場所を特定してみせる。今はまだ、恐らく明日の夕方...としか言えねえが」

 

「ほう。それができるのだな?」

 

 

黒雪姫の含みのある問いに、ニコはぐいっと首肯してみせた。

 

 

「ならば任せよう。明日の放課後、再びここに集合し、《無制限中立フィールド》にダイブする。それでいいな、ハルユキ君、タクム君」

 

 

――その無制限フィールドって、結局なんなんですか。

 

 

という疑問より先に、ハルユキは、げーっまた僕んち!?と内心で仰け反らざるを得なかった。

 

 

母親は明後日まで上海から帰ってこないからいいとして、明日帰宅したら、今度はニコが《別の意味でZ指定》のゲームをリビングで絶賛プレイ中――なんてことになったらもう立ち直れない。

 

 

死守。今度こそ自室を死守!

 

 

そう誓いつつ、ハルユキはこくこくと、タクムもゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

「それでは、今日の所はおれでお暇しよう。ハルユキ君、コーヒーご馳走様」

 

 

その言葉と共に黒雪姫は立ち上がり、もう一度リビングにぶちまけられた数10年前のビンテージ物洋ゲーコレクションを眺めた。

 

 

「今度は、ふつうに遊びに来たいな。私も知らないタイトルが沢山ある」

 

 

「え...ええ、ぜひ」

 

 

あんま血とか内臓とか出ない奴を。

 

 

内心でそう付け加えながら、ハルユキは玄関まで黒雪姫とタクムを見送りに出た。

 

 

「じゃあハル、また明日学校で。うわっ、もうこんな時間か」

 

 

まずタクムが、手を振るのももどかしく別棟への空中連絡通路目指して駆けていき、次いで黒雪姫がローファーを履いて向き直った。

 

 

「あの。僕、送っていきます、もう遅いから...」

 

 

ハルユキはそう申し出たが、ひょいっと振られた手が言葉を遮った。

 

 

「心配無用だ、生徒会の用でもっと遅くなることなどザラだよ。それに、ここと自宅は案外近い」

 

 

「そう...ですか。でも、お気をつけて」

 

 

「うん、じゃあ、お邪魔しました。また明日な」

 

 

黒雪姫は微笑み、右手を挙げ、ドアの外に踏み出しかけた。

 

 

その背に、ハルユキの後ろから、ニコが間延びした声を投げた。

 

 

「ほんじゃな、黒いの。明日遅れんなよー。さって、ゲームの続き続き」

 

 

そしてトテトテとリビングに引っ込もうとしたニコに、今度は物凄い速度で振り向いた黒雪姫が叫んだ。

 

 

「おい待て、ちょっと待て赤いの!」

 

 

「んだよ?」

 

 

ひょい、と首を伸ばすニコを底光りする瞳で睨み、詰問する。

 

 

「まさか貴様、今日もここに泊まる気なのか」

 

 

「たりめーじゃん。いちいち帰ってられっかよ面倒くせぇ」

 

 

「ふざけるな、帰れ!子供は帰って宿題して歯磨いて寝ろ!!」

 

 

烈火の如き舌鋒(ぜつぽう)を、ニコはへらりと笑って受け流した。

 

 

「だって、あたしんとこの学校全寮制なんだよ。3日分の外泊許可でっち上げて来たから帰っても飯がねえよ。...さてとぉ、おにーちゃん、今日の晩御飯は兎美お姉ちゃんが買ってきたもので作るから楽しみにしててね♪」

 

 

後半を天使モードで言ってのけ、ニコはぴゅるっとリビングに消えた。

 

 

「なっ...な......」

 

 

大爆発寸前の顔でわなわなと両拳を振るわせた黒雪姫は、唖然と立ち尽くすハルユキを横目で睨み。

 

 

「...『また明日』は取り消す。私も今日は泊まっていく」

 

 

と恐るべき宣言あるいは宣戦を口にして、勢いよくドアを閉めると、靴を脱いでどすどすと廊下を突っ切りリビングへと戻っていった。

 

 

脳が完全にフリーズしたハルユキが、もう一度再起動するのにたっぷり1分を要した。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキ達は夕食を済ませ、黒雪姫とニコは一緒にお風呂に入っている。

 

 

その間にこれまでの事を説明する為に兎美達の部屋に居た。

 

 

「なるほど、ニコがこの家に来たのはそう言う理由だったのね」

 

 

説明を終え、美空が呟く。

 

 

「でも、大丈夫なの?話を聞く限り、ハルが相手する《災禍の鎧》はスマッシュより危険なんでしょ?」

 

 

心配そうに、美空がハルユキに質問する。

 

 

「俺も出来れば相手をしたくないよ」

 

 

「だったら...」

 

 

「でも、ニコがリアルを晒してまで頼んできたんだ。バーストリンカーといえど、リアルでは何も出来ない小学生だ。その行為は計り知れないほどの覚悟が必要なんだと思う。だから...僕はその覚悟に答えたいんだ」

 

 

ハルユキは美空の言葉に被せるように喋る。

 

 

ハルユキも先程までは怖くて戦うのが嫌だったが、ニコの姿を見て心変わりした。

 

 

「それに...災禍の鎧と戦うなら、俺も出し惜しみしない方が良いと思うんだ」

 

 

「ハル...あんた...」

 

 

美空はハルユキの言葉で、加速世界でもクローズの力を使おうとしている事が解った。

 

 

「良いの?ハル。最悪正体がバレるかもしれないのよ」

 

 

それまで何かを作っていた兎美が手を止め、口を開く。

 

 

「俺は構わない、それでニコを助けられるなら...」

 

 

兎美はしばらくハルユキの眼を見た後、はあっと息を吐き作業を続行する。

 

 

「ハルがそこまで言うなら私は止めないわ」

 

 

「ありがとう」

 

 

ハルユキは自分を理解してくれた兎美に対し、お礼を言う。

 

 

「まあ、ハルはやるといったらやるものね。何を言っても無駄か」

 

 

美空は呆れながらそう言った。

 

 

「所で兎美はさっきから何を作ってんだよ」

 

 

「これ?クローズ専用の武器、《ビートクローザー》よ」

 

 

そう言って、兎美が見せたのはあちこち回路みたいな物が飛び出ている一振りの剣だった。

 

 

「え!?それって俺の武器なの!?すげー!!」

 

 

自分の武器と聞いて、ハルユキはテンションを上げる。

 

 

だがその時、部屋の扉が開かれた。

 

 

「おっ!やっぱりここにいたのか」

 

 

入ってきたのは片手にアイスを持ち、緩めのスウェットとショートパンツという大雑把な格好のニコだった。

 

 

「ほう、ここが兎美君達の部屋か。私も初めて入ったな」

 

 

続いて入ってきたのは黒雪姫で、夕方にショッピングモールで買っておいた物だろう、薄いピンク色のパジャマを身に付けている。

 

 

「ちょっと、ここには入るなって言ったでしょ」

 

 

作業しながらも、兎美は2人に注意する。

 

 

「いいじゃねぇか別に、ていうかここ本当に女子の部屋かよ。一部を除いて殆どが研究室みたいでまるで秘密基地だな」

 

 

ニコの言い得て妙な発言に、ハルユキは苦笑するしか出来なかった。

 

 

「ん?あれは!?」

 

 

その時、黒雪姫が美空のベッドである物を見つける。

 

 

物凄いスピードで美空のベッドに駆け寄った黒雪姫は、ある物を手に取った。

 

 

「こ...これは...」

 

 

黒雪姫が手に取ったのは、ハルユキが使っているブタアバターの等身大人形だった。

 

 

「おい、なんだこれは!」

 

 

黒雪姫は、作業している兎美を問いただす。

 

 

「ふっ!それはこのてぇんさいな私が作ったハルのぬいぐるみよ。買うなら1個5000円よ」

 

 

「いやいや、わざわざ買うものじゃないだろ」

 

 

兎美の言葉に、ハルユキは指摘する。

 

 

「それは税込みの値段なのか!?」

 

 

「買うんですか!?」

 

 

黒雪姫が買おうとしてる事に、ハルユキは驚愕する。

 

 

「税抜きよ!込みなら5400円!」

 

 

「買った!」

 

 

驚くハルユキを他所に、2人はやり取りをする。

 

 

そこで横合いからにゅっと顔を出したニコが右手の棒アイスを振ってみせた。

 

 

「おい、知ってっかよシルバー・クロウ」

 

 

「な...なにを?」

 

 

「この女、こう見えて脱いだら案外スごふっ」

 

 

語尾は、黒雪姫の容赦ない一撃がみぞおちに入ったことによるものだ。

 

 

そのまま赤の王の首を後ろから締め上げつつ、黒雪姫は鷹揚(おうよう)に笑った。

 

 

「さ、君も早くお風呂を使いたまえ、お湯が冷めてしまうぞ」

 

 

くたん、とぶら下がるニコを見て、ひいっと内心で悲鳴を上げつつハルユキは部屋の入り口へ駆け出した。

 

 

「はっ、はいっ、じゃあ失礼してひとっぷろあびてきます!冷蔵庫に麦茶とかありますからご自由に、それでは!」

 

 

 

 

 

その夜は結局、深夜まで兎美達も交えたZ指定レトロゲーム大会となってしまった。

 

 

40年前の巨大なゲームハードを囲んで床に座り、わいわいきゃあきゃあ騒ぎつつ平面映像のクリーチャーを虐殺していき、画面内で巨大なボスモンスターが派手な悲鳴を上げながら倒れる。

 

 

同時にニコがコントローラーを放り出し、ばったりと後ろに倒れた。

 

 

「ああ...あたしもうだめ。ねむい。ねむーいー!」

 

 

「だから言ったろう、子供は早く...ふわー...」

 

 

黒雪姫も左手を口にあて、上品にあくびした。

 

 

ニューロリンカーを外しているので、壁に貼られた時計を見ると、もう零時を回りかけている。

 

 

「もうこんな時間...そろそろ寝ましょう」

 

 

「そうだな」

 

 

兎美の言葉に、ハルユキは同意する。

 

 

「ええと...ユニコちゃ、じゃないニコは今日も僕の部屋でいいかな。で、先輩は母の寝室を使ってください。あ、でもしばらくは暖房回さないと寒いかな...」

 

 

ハルユキがそこまで言いかけると、ニコが大声で遮った。

 

 

「いーよもう、面倒くせー。毛布だけ出してきて、ここで寝りゃ...いいじゃん...」

 

 

そして、巨大なクッションに頭を埋め、早々に目を閉じてしまう。

 

 

「うん、私もそれでいい。ゲームソフトに囲まれて雑魚寝、実にヒストリカルな体験...じゃないか...」

 

 

ばたり、とこちらもクッションに横になる。

 

 

ええ―――。

 

 

と思ったものの、《2人を抱っこしてベッドまで運ぶ》などという真似はハルユキには出来なかった。

 

 

ハルユキは兎美達に頼み、部屋に運んでもらおうとしたが。

 

 

「じゃあ、私達は寝るわね」

 

 

「おやすみー」

 

 

2人は早々と部屋へと、戻ってしまった。

 

 

ええ――――。

 

 

ハルユキは胸中でもう一度同じ事を思い、言われた通りブランケットをあるだけ出してきた。

 

 

既に寝入りかけているニコと黒雪姫にそっと掛け、さて、と考える。

 

 

僕は、自分の部屋で寝るべきなんだろうか。

 

 

でも、お客様2人を床で寝かせて、自分だけベッドというのはズルイ気がしないか?

 

 

ここは僕も、公平に床寝するべきではないのか?

 

 

それが紳士というものでは?

 

 

と自分に暗示をかけ正当化をし終わった後、昨日兎美達と寝た時程でもないという考えに至り。

 

 

ハルユキは天井の照明を最小まで絞り、もぞもぞとその場に丸くなり瞼をつぶった。

 

 

 

 

 

 

夜半、ハルユキは1度だけ目を醒ました。

 

 

トイレに行こうと立ち上がり、何気なく視線を移動させると、仄かな間接照明と青白い月明かりの中に、意外な情景が浮き上がった。

 

 

1メートルは離れていたはずのニコと黒雪姫が、いつの間にか2つのクッションの谷間に挟まるようにして、くっついて熟睡している。

 

 

しかも、ニコは黒雪姫の胸元に顔を埋め、右手でしっかりとパジャマの布地を掴んでいる。

 

そして黒雪姫はニコの赤毛を包むように両腕を回していた。

 

 

その光景には、驚きよりも先にハッと胸を衝かれるような何かがあって、ハルユキは目を見開いた。

 

《赤の王》と《黒の王》。

 

 

サドンデスの特例ルールに縛られた、レベル9バーストリンカー達。

 

 

2人がこれまでどれほどの時間を加速世界で過ごし、幾たびの死闘を繰り返し、その先に何を見据えているのか、ハルユキには想像するすべもない。

 

 

しかしこれだけは言える。

 

 

共にレベル10を目指すのならば、いつか彼女達は戦わねばならない。

 

 

他の王を倒す事によってのみ、王はその先に進めるのだから。

 

 

でも。

 

 

今夜、この2人は、複雑に絡み合う状況が作り出した偶然によって、こうして現実世界で寄り添って眠っている。

 

 

まるで、双方ともに、心の奥深くではそれを望んでいるかのように。

 

 

これは、この光景は、たった一夜の幻なのか?

 

 

二度と起こらない、偶発的な奇跡なのか?

 

 

それとも――。

 

 

ハルユキは、自分がいま、とてつもなく大切な何かに辿り着きかけているという予感に捉われた。

 

 

しかし、胸を衝き上げてくる言い知れない感情と、両眼に滲む涙が、思考を明確な言葉にはさせてくれなかった。

 

 

だからハルユキはただその場に立ち尽くし、青白い月光のなか深い眠りにつく少女達を、いつまでも飽きることなく見詰め続けた。




どうも!ナツ・ドラグニルです。

作品は如何だったでしょうか?

キングダムハーツとバイオハザードを買った為、投稿が遅くなりました。

すみません!

キングダムハーツはクリアしたのですが、バイオはタイラントが出てきた瞬間心が折れました。

明日やろうかなと思います。

しばらくはビルド要素は少なくなりますかね。

後3話ぐらいでクローズ登場すると思います。



さて次回!第4話もしくは激獣拳を極めし者第19話でお会いしましょう!

それじゃあ、またな!

文字数の調度いい長さを教えてください!

  • 7000~10000 第3章第3話参考
  • 10000~15000 第2章第8話参考
  • 15000~20000 第3章第2話参考

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