チユリ「私達が話すと分かりづらいんじゃない?」
兎美「あんた達が茶々入れるからでしょうが!それでは」
黒雪姫「物語の舞台となる杉並では、記憶喪失の物理学者『有田兎美』が仮面ライダービルドとなってスマッシュと呼ばれる怪物から市民を守っていた」
兎美「だから何で黒雪が出てくるのよ!」
チユリ「茶々入れてるの兎美のほうでしょ!黙って聞きなさいよ」
黒雪姫「ある日、そんな兎美を拾った有田春雪が対戦格闘ゲーム《ブレイン・バースト》をインストールする。ハルユキは黒雪姫をレベル10にする為に純色の七王と戦うことを決意する」
美空「そして春雪は、バーストリンカー《シルバー・クロウ》として戦うと同時に、仮面ライダークローズとしても戦っていた」
黒雪姫「そんな中、兎美の過去を知っている岸田立弥が現れ、兎美に素性を明かすが何も思い出せない。そして最後に兎美が葛城巧未に会いに行っていた事が分かった」
チユリ「さて、どうなる第3章、第1話!」
第1話
《グローバルネット》の名で呼ばれる最大のネットワークが、
東太平洋上に建設された宇宙エレベータの静止軌道ステーション、更には月の国際多目的基地までがネットに接続され、いまや望めば誰でも自宅から月面の準リアルタイム映像にダイブすることが出来る。
もちろん、ネットはそれ以外にも無数に存在する。
国家や企業の防壁に守られた大規模クローズドネット、学校や集合住宅のローカルネット、あるいは個人の運営するプライベートネットなどが重層的に構築され、仮にその内部を飛び交う信号を可視化できれば、世界は白く輝く細かい網目にびっしりと覆われて見えるだろう。
それらと比較すれば規模の上ではあまりにもささやかではあるが、しかし有田春雪にとっては途轍もなく重大な意味を持つネットが、今ハルユキの自室に出現しようとしていた。
「ハル...///」
チユこと倉嶋千百合は、いつもの活発な印象とは程遠い艶のある声を出す。
「な...なんだよ...」
やや上ずった声で、ハルユキは聞き返す。
「は...鼻息がくすぐったいよ...///」
チユリの顔は赤くなっており、しおらしくなっていた。
「チユ...むぅ!」
恥ずかしがっていたハルユキだったが、ベッドから起き上がり自分のニューロリンカーに刺さっているXSBケーブルを引っ張る。
XSBケーブルは引っ張られた事により、チユリのニューロリンカーから引っこ抜かれる。
「だったら無理に直結する必要ないだろ!」
「駄目!タッ君からのコピーに失敗したら、ハルからインストールしてもらうんだから!」
チユリはそう言いながら、ハルユキの顔に詰め寄る。
「インストールって...俺はもう既に兎美にインストールしてるからもう出来ないよ」
「そんなの、やってみないと分からないでしょ!」
その時、近くにいたタクムがチユに話しかける。
「準備はいいかい?」
「ちょっと待って」
チユリはハルユキの刺さってるXSBケーブルを手に取り、自分のニューロリンカーに刺し直す。
「痛てて、つうかケーブル持って来なかったのかよ」
「ハルが長いのもう一本持ってないのが悪いんでしょ」
今回用意したケーブルは、3mが一本、1mが一本の2つである。
短いのをハルユキとチユリが使い、長いのをタクムとチユリで使っている。
ケーブルが短いために、ハルユキ達は一つのベッドの上で寝っ転がっている。
ちらりと右に視線を振ると、ベッドから少し離れた場所に置いてある椅子に腰かけているタクムが目に入る。
タクムは縁なしの眼鏡を押し上げながら、一瞬の苦笑を返してきた。
「それじゃあ今度こそ、準備はいいかな、チーちゃん」
内心を窺わせないソフトな声音で、タクムは言った。
チユリは短めの髪を揺らしてこっくりと頷き、スカートの裾から覗く小さな膝小僧の上で両手をぎゅっと握った。
タクムも頷き返し、長い指をひらりと空中――彼だけに見える仮想デスクトップに走らせたが、中指の腹でファイルを押さえた所で、かすかな躊躇いを整った
「......チーちゃん。最後に、もう一度だけ確認しておくけど...僕が今から送信する《ブレイン・バースト》は、ゲームであってゲームじゃない。ものすごい特権と快感、スリルを与えてくれる代わりに、ありとあらゆる種類の代償を求めてくる。いつか...後悔するかもしれないよ」
その言葉は、ハルユキの内心の危惧を余さず代弁していた。
謎のゲーム・アプリケーション《ブレイン・バースト》をインストールし、加速世界という未知のネットに
そのプレッシャーは、時として人格すら歪めてしまう。
タクムが、チユリのニューロリンカーにバックドアウイルスを仕掛けるという事件を起こして一時絶交を宣言されたのも、加速能力を喪う恐怖に限界まで追い詰められたからだ。
つい最近バーストリンカーになった兎美でさえ、ハルユキは心配した程だ。
兎美は仮面ライダーとして戦っている為、人格が変わってしまう程に心が弱いとは言わないが、それでも心配してしまう。
ましては、チユリは只の一般人。
だからこそ、ハルユキとタクムは心配になってしまう。
しかし、左右から心配顔を向けられたチユリは、ぷうっと頬を膨らませると尖った声で言い返した。
「あのね!私がそのバーストなんちゃらになるって言ったのは、カソク能力とかが欲しいからでも、ましてや
思わず上体を仰け反らせてから、ハルユキとタクムは同時に眼を見交わし、苦笑した。
「わ、分かったよ、チーちゃん。じゃあ...いいね、送信するよ」
「どーぞ」
ついっと尖った顎を持ち上げ、チユリが頷きで返した。
その顔に向かって、タクムが空中で指先を滑らせた。
チユリの大きな瞳が、宙の一点を見据えた。
今そこには、アプリケーション《Brain Burst2039》のインストールを確認するダイアログが開いているはずだ。
膝から右手を持ち上げ、チユリは何の躊躇いも見せずに、人差し指をイエスボタンのある位置に突き刺した。
「あっ......!?」
直後、ベッドの縁に座る、ピンク色のニットを着た小柄な体がびくんと跳ねた。
見開かれた両眼がくるくると左右を見回す。
ハルユキは半年前、自分自身がブレイン・バーストを受け入れた時の事を思い出していた。
ボタンを押した途端、視界いっぱいに仮想の火炎が吹き上がったのだ。
その炎は、プログラムがインストール者の《加速適性》をチェックするために見せているものだ。
バーストリンカーとなるにあたって要求される適性は2つ。
1つは、生まれた直後からニューロリンカーを装着していることで、これはチユリも文句なくクリアしている。
しかし問題は2つ目、大脳の反応速度のほうだ。
ニューロリンカーは、無線量子信号というもので装着者の脳と交信する。
だが、生体器官である脳の
生まれつき反射神経の回路が高性能だったり、あるいは長期間の訓練によっても向上させられるが、ともかくニューロリンカーと脳の応答スピードが一定レベルを超えていないと、幻の炎が途中で鎮火してしまい、ブレイン・バーストのインストール成功には至らないのだ。
いや...いっそ、失敗したほうがいいのかも。
汗ばんだ両手をぎゅっと握りながら、ハルユキはついそんなふうに考える。
加速世界には、そこで戦う者達の生々しい感情――憎悪や怨恨、嫉妬と欲望、その他あらゆる種類の悪意が渦巻いている。
天真爛漫なチユリがそれらに曝されて傷つく姿なんて絶対に見たくない。
『......ハル』
不意に、頭の奥でタクムの声が響いた。
思考音声をハルユキに限定して送り込んできたのだ。
ちらりと視線を右に振ると、幼馴染の少年は椅子の上で軽く唇を噛んでいた。
『ぼくは...怖いよ。チーちゃんが...変わってしまうのが...』
指先で素早く仮想デスクトップを操作し、同じく音声の行き先をタクムだけに指定してから、ハルユキは答えた。
『俺達が護ればきっと大丈夫だよ、タク。それにまだインストールが成功するって決まったわけじゃないし、ていうか...チユには悪いけどさ、無理だろたぶん』
『ま...まあね。何だか凄い特訓したって言ってたけど、たった2ヶ月くらいで《適性》が出来るとも思えないしね...』
と、その時。
きょろきょろと周囲を見回していたチユリの顔が、さっと正面に固定された。
やや太めの眉が寄せられ、瞳の焦点が左から右へと動く。
唇が小さく開き、そこから零れた肉声の呟きを、ハルユキとタクムは息を詰めて聴いた。
「なに、これ?う...ウェルカム・トゥ・ジ...アクセラレーテッド・ワールド?」
☆★☆★☆★
ハルユキ達の住む杉並を舞台に、2人のバーストリンカーが戦おうとしていた。
道路は崩れ、辺りに置かれたドラム缶にはかがり火のように火が灯っている。
そのステージの名前は、〈世紀末〉ステージ。
1人のバーストリンカーの装甲に、ステージに置かれたかがり火が反射する。
その装甲は綺麗な青色をしており、バーストリンカーの体には武器らしい武器はついていない。
見た目はシルバー・クロウと同じように、すらりとした体を持ったバーストリンカーだ。
特徴的なのは、頭についているウサギの耳に似たアンテナだった。
そのバースト・リンカーの名前は、サファイア・ラビット。
「あいつ初めて見る奴じゃねぇか?」
「そうね、親は誰なのかしら?」
そんな中、サファイア・ラビットの耳に物凄いエンジン音が聞こえる。
暗闇の中からバイクの点灯したライトが、サファイア・ラビットを照らす。
エンジン音が響く中、サファイア・ラビットの前に現れたバースト・リンカーはクロウも良く知る人物だった。
「オイオイオーイ!レベル4の俺様に、レベル1のニュービーが喧嘩売ろうとはいい度胸じゃねぇか!」
その人物は、シルバー・クロウの初対戦相手であるアッシュ・ローラーだった。
「あなたがアッシュ・ローラーね、話は私の親から聞いてるわ」
「親ァ?一体誰の事だ!?」
アッシュ・ローラーが聞き返すと、サファイア・ラビットの口から出た名前にその場に居合わせた全員が、驚愕する。
「シルバー・クロウよ」
「ッ!?」
加速世界唯一の飛行アビリティの持ち主にしてレベル差を物ともせず戦い、どんな相手でも最後まで諦めないバトルスタイル。
その戦い方を見て、多くのバーストリンカーがシルバー・クロウを注目している。
そのシルバー・クロウの子ともならば、レベル1と言えどアッシュ・ローラーは警戒せずにいられなかった。
「あのシルバー・クロウに、子が出来たのか!」
「まじかよ!」
ギャラリー達も、シルバー・クロウに子が出来た事に驚く。
「さあ、実験を始めるわよ!」
いつもの決め台詞を呟くと、サファイア・ラビットはアッシュ・ローラーに向かって走り出す。
サファイア・ラビットはウサギを模しているだけはあり、俊敏性が高い。
それは、離れていたアッシュ・ローラーとの距離を一瞬で詰める程だった。
「なっ!?」
油断していた訳ではないが、余りの出来事にアッシュ・ローラーは隙を見せてしまった。
「はぁ!!」
がら空きになったアッシュ・ローラーの腹部に、サファイア・ラビットが蹴りを放つ。
ウサギは時速80kmで走れるほど、後脚の脚力が強い。
その脚力で蹴られたアッシュ・ローラーの受けた衝撃は、想像を絶する程の威力だった。
「ぐぅ」
同じレベルなら耐える事が出来ないだろうが、アッシュ・ローラーはレベル4。
レベル差があった為に吹っ飛ぶことは無く、耐える事が出来た。
サファイア・ラビットも、今の一撃で倒せると思っておらず追撃としてバイクにも一撃を入れる。
「うおっ!」
蹴られた衝撃で、バイクが転倒してしまう。
アッシュ・ローラーのHPバーは、今の蹴りで2割ほどしか減っていない。
サファイア・ラビットは追撃を恐れ、アッシュ・ローラーから距離を取った。
「くそ!やってくれたなYOU!もう油断はしねぇぞ!くたばりやがれ!」
アッシュ・ローラーはエンジンを吹かし、サファイア・ラビットに向かってバイクを走らせる。
サファイア・ラビットは慌てる事無く、跳躍することで難なく避ける。
しかし、アッシュ・ローラーもそこまで馬鹿では無かった。
避けられた後に直ぐその場でターンし、着地しようとしているサファイア・ラビットに突っ込む。
「ヒャハハハハハッ!!空中じゃ避けられないだろ!そのままknockdownしてWinしてやるぜ!」
ギャラリーの誰もがアッシュ・ローラーの勝ちを予想したが、その予想は簡単に裏切られてしまった。
「ふっ!」
何とサファイア・ラビットは、さらに跳躍し簡単に避ける。
「何!?」
アッシュ・ローラーはまたしても驚愕し、ハンドル操作を誤り壁に激突してしまう。
「何だ今のは!?」
「何かのアビリティか?」
ギャラリーが驚くのも無理もない、なぜならサファイア・ラビットは
「今のは私のジャンプアビリティ、ダブル・ジャンプよ」
「だが、ダブルという事はジャンプ出来るのは2回までだという事!それが分かればどうってことは...」
「言っとくけど、もう勝負はついてるわよ。バイクを良く見てみなさい」
サファイア・ラビットの言われた通り、アッシュ・ローラーが自分のバイクを見てみるとガソリンが入ったタンクが凹み穴が開いていた。
そこからガソリンが漏れ、水たまりを作っていた。
「なっ!いつの間に!?」
そこでアッシュ・ローラーは、先程バイクを蹴られ転がされた事を思い出す。
「まさか...あの時に...」
「そうよ、私の脚力はウサギと同じ。その脚力ならタンクに穴を開けるのは容易よ」
「ふん!ガソリン切れを狙ったとしても、お前のレベルじゃ俺様を倒すのに時間がかかるんじゃねぇのか!?」
アッシュ・ローラが強く吠えるが、サファイア・ラビットは冷静に答えた。
「悪いけど、私の目的はガソリン切れじゃないわよ」
「何!?」
サファイア・ラビットはガソリンについて解説を始める。
「ガソリンとは前世紀の代表的な液体燃料。そして、揮発したガソリンは空気よりも3~4倍重いため、地面など低いところに沿って広がる」
「難しい事をごちゃごちゃと言いやがって、だから何だっていうんだ!?」
「まだ分からないの?揮発したガソリンは静電気程度の火花でも引火する危険な物。その近くに火なんか置いてあったらどうなると思う?」
アッシュ・ローラーは、《世紀末》ステージに置かれているかがり火に視線を向ける。
「ま...まさか...このステージと俺様のバイクを見ただけでそこまで計算して...」
アッシュ・ローラーは、サファイア・ラビットの頭の回転の速さに戦慄する。
「勝利の法則は、決まった!」
揮発したガソリンにかがり火の炎が引火し、物凄い勢いで炎がアッシュ・ローラーに迫る。
「うわぁぁぁぁ!」
ドッガーン!!
バイクのガソリンに炎が引火し、大爆発を起こす。
その爆発で、アッシュ・ローラーのHPが一気にゼロになる。
爆発の煙は、サファイア・ラビットのバースト・リンカーとしての開戦の狼煙となった。
☆★☆★☆★
窓を殴りつけるような強烈な風鳴りが、ハルユキの浅い眠りを破った。
暗闇の中、布団を被ったまま耳を澄ますと、吹き寄せる風に乗って無数の水滴が窓ガラスにびしびしと弾ける音が聞けた。
いつの間にか雨も降りだしたらしい。
きっとこの嵐で、夜のうちにマンションの敷地内の桜は殆ど散ってしまうだろう。
しかしそんな風物とは無関係に、春というのはハルユキにとって憂鬱な季節だった。
理由は2つある。
まず1つは、湿度と気温が上昇しだすこと。
汗腺の機能が人1倍活発なハルユキは、摂氏25度あたりでもうおでこがジットリし始めてしまう。
そしてもう一つは、学年が変わることだ。
長く続いた
見慣れぬ生徒達を相手に、また
せめて、春休み最後の数時間を、少しばかり引き伸ばしても罰が当たるまい。
そう思って、ハルユキはベッドの天板から手探りでニューロリンカーを掴み取った。
首に後ろから装着して電源を入れると、軽い駆動音とともにロックアームが内側に動く。
起動ステージが開始され、五感との接続チェックが完了すると同時に、目の前に半透明の仮想デスクトップが展開する。
視界右下、《2047/04/08 AM01:22》という時刻表示を一瞥してため息をついてから、ハルユキは大きく息を吸い、口を開いた。
「バースト...」
リンク。
という魔法の呪文を唱えようとした、その直前。
軽やかな着信音と共に、音声通話の呼び出しアイコンが青白く点滅した。
反射的に右手の指先でタッチしたのと、そのコールが2フロア下に住む幼馴染からだと気付いたのはほぼ同時だった。
『...ハル、起きてる?』
頭の中央にぼそっと響いた声に、ハルユキは軽く動転した。
夜10時には寝て朝7時まで何があろうとも目覚めないはずのチユリが、いったいなんでこんな時間に、そしていったいなんの用事で。
縺れた思考を頭の片隅に押しやり、ハルユキは思考音声ながらモゴモゴと答えた。
『ついさっき、目が覚めたとこ......』
『風、強いもんね。でも、あたしが寝付けないのは別件だけど』
『寝付けない!?お前が!?』
ついそう口走ると、間髪入れずにチユリが『あのねぇ!』と叫んだ。
『あんた、あたしを何だと思ってるのよ。そもそも、寝られないのはハルのせいなんだからね!』
『へ...?お、オレ...?』
『そうよ。あんた、今日の...もう昨日か、夕方にあたしが帰ろうとした時、おかしなこと言ったじゃない。今夜は怖い夢を見るかもしれないけど、絶対にニューロリンカーを外したり、電源を切ったりするな、って。そんなこと言われたら、不安になって寝付けないのも当たり前でしょ!』
確かに、ハルユキは約10時間前、チユリに向かってそう言った。
理由は単純だ。
対戦格闘ゲームソフト《ブレイン・バースト》は、インストールが完了した最初の夜に悪夢という形でその者の記憶をサーチし、トラウマや劣等感といった心の傷を濾しとって、戦場における分身である《デュエルアバター》を生成するからだ。
半年前、ハルユキ自身も、ブレイン・バーストを得たその夜に史上最大級の悪夢を見た。
内容はおぼろげにしか覚えていないが、その結果ソフトが創り上げたのが、ひょろっとした極細ボディに巨大なヘルメット頭が乗った銀色のアバター《シルバー・クロウ》というわけだ。
当時の自分のがっかりぷりを懐かしく思い出しながら、ハルユキはチユリに答えた。
『し...仕方ないだろ。その夢を見ないと、肝心のデュエルアバターが創れないんだから。つうか...今ふと思ったけど、お前に心の傷なんてあるのかな...』
『この、言ってくれるじゃないの!あるわよトラウマくらい。昔、小学校の遠足で、どっかの誰かがバスの中でゲームして平衡感覚がおかしくなってすっごい車酔いした挙句あたしの膝に』
『すいません。ごめんなさい。それ以上言わないでください』
むしろ自身のトラウマを刺激されて、ハルユキは呻き声で謝罪した。
しかしチユリの追及は止まらず、ふくれっ面が目に見えるような調子の文句が続いた。
『あー、思い出してみたら、ハルあの時あたしにちゃんと謝ってないよね。ちょうどいいわ、今貸しを返しなさいよ』
『え...ええ!?何年前の話だよ...もう時効だろ!』
『時効って言葉はそのうち死語になるって、こないだニュースで言ってたもん』
確かに、日本全国のあらゆるパブリックスペースの映像を記録する《ソーシャル・カメラ・ネット》の整備に伴って、刑事事件の告訴時効というものは数年前に全廃された。
しかしその伝でいけば、ハルユキはいったいチユリに返すべき借りが幾つあるのか知れたものではない。
「《幼馴染特別法》じゃ何でも1年で時効って決まってるんだよう」
ぶちぶちと呟いてから、ハルユキは本物の口からのため息と、脳内からの質問を同時に出力した。
『...んで、どうやって貸しを返せっつーんだよ。また《えんじ屋》のジャンボパフェか?』
『あそこ最近味が落ちた気がする。牛乳を合成ミルクに変えたせいだわ多分...って、違うわよ。口で説明すんのめんどいから、今すぐうちのホームネットにダイブしなさい。ゲート開けとくから』
『へ...?』
予想外の命令にぱちくりと瞬きした時にはもう、チユリからの音声通話は遮断されていた。
アイコンが点滅を経て消えるのを眺めながら、ハルユキはこんな時間からいったい何をするつもりだろうと首を捻ったが、ここでばっくれるほどの度胸があるわけもなく、やむなく命じられた通りに肉声でコマンドを唱えた。
「ダイレクト・リンク」
途端、しゅわっという効果音とともに薄暗い自室の光景が放射状に溶けて消える。
体表面感覚や重力感覚も切断され、ハルユキは暗闇の中をゆるやかに落下する。
ニューロリンカーの《
しばしの浮遊感を味わうハルユキの視界に、下方から幾つかの円形のアクセスゲートが近づいてきた。
それぞれが、現在ダイブ可能なネットへの入り口となっている。
お気に入りに登録しているグローバルネット上のVRスペースや、自宅マンションのローカルネットの者に混じって、倉嶋家ホームネットのタグがついたゲートが存在した。
ハルユキはそちらに向かって不可視の右腕を伸ばした。
すぐに仮想の引力が発生し、ハルユキの意識は小さなゲートへと吸い寄せられる。
すぽん、と飛び込むと同時に、目の前に穏やかなレモンイエローの光の輪が広がり――。
「う...うわっ」
出現した光景に、ハルユキは思わず声を上げた。
通常、一般家庭ホームネットのVRスペースは、やはり家屋の構造を模している。
《居間》や《応接間》、家族の《個室》が存在し、それぞれを現実世界では実現不可能な広さや飾りつけでカスタマイズして楽しむ場合が多い。
しかし今、ハルユキの眼下に広がったのは、色とりどり形さまざま大小無数の――クッションの海だった。
四方に壁は存在しない。
うららかな青空のもと、パステルカラーのクッションが地平線までひたすらに積み重なっている。
その真ん中にハルユキは墜落し、ぼよーんと跳ね返り、再度ぼすんとお尻から着地した。
「......な、なんだこりゃ」
正面に横たわる黄色いキリン型クッションと、その隣の奇怪な形状のやつに眼を留め、ハルユキはもう一度呟いた。
「それはアノマロカリスよ。カンブリア時代の生き物」
不意に背後からチユリの声が響き、ハルユキはぐるりと振り向いた。
恐らくオニヒトデらしい黒い星空クッションを踏みつけて、華奢なフォルムの
全身を柔らかそうな薄紫の毛皮に包み、小さなワンピースをまとった、猫が人間に進化したらこんな風になるだろうというデザインのそれは、チユリが梅郷中学校ローカルネッでも使用しているアバターだ。
6割がた猫に近い顔の、大きな水色の瞳を瞬かせてチユリにハルユキは言い訳するように応じた。
「俺がさっき、なんだこりゃ、って言ったのはこの謎生物についてじゃなくて、VRスペース全体にだよ。いったい何なんだよこのクッションじご...天国は」
確かにチユリは昔からこういうぬいぐるみ系クッションが好きで、ベッドに色々転がっていた記憶はあるが、この規模はとんでもない。
オブジェクトの総容量どんくらいなんだろう。
と思いながら訊くと、猫型アバターはリボンの付いた尻尾を揺らして自慢げに笑った。
「にっひひ、いーでしょ。こないだ、進級祝いでホームサーバーに増設してもらったあたし専用のメモリに作ったんだ。この解像度でも、端から端まで15キロもあるんだよ」
「ま...マジかよ!」
反射的に仰け反った途端、丸いお尻がずるっと滑り、ハルユキはゾウとアノマロカリスの間に埋まりこんだ。
じたばたもがきながら考える。
それだけの容量があれば、自分なら1943年クルスクあたりの戦場を再現するのに。
ティーガー戦車やT-34戦車を山ほど配置し、空にはBf109戦闘機を。
嗚呼、なんと血沸き肉躍る光景ならんか。
「...な、なあチユ、オレにもちょっといじらし」
「だーめ!!」
言葉の途中でつれなく拒絶し、チユリは小さな牙の覗く口からべーっと舌をだした。
「ハルにカスタマイズされたら油と鉄と煙くさいやつ作るに決まってるもん」
「そ、それがいいんじゃん」
「いーやーでーす!あーもう、ぜんぜん話が進まないじゃない」
細い両腕を組む猫型アバターを見上げ、ハルユキはようやく呼び出された理由を思い出した。
「あ...そ、そっか。そんで、いったいオレは何すりゃいいんだよ」
「そこに座ってればいいわ」
「へ?」
わけが判らず、ハルユキは巨大なクッションの上で、短い両脚を前に投げ出した格好のまま首を捻った。
と、その直後――。
ぴょん、と目の前にジャンプしてきた猫型アバターが、一切の躊躇いなく、そのしなやかな体をハルユキの脚の上に横たえた。
「う...うわあ!?」
跳ね上がるように離脱しかけたハルユキの鼻を、チユリの右手がむぎゅっと掴んで元の位置に引き戻した。
「あんた、そこでしばらくマクラになんなさい。それであの遠足の時の事は忘れてあげる。言っとくけどエロイことしたらアノマロカリスにかじらせるからね」
「し、しないよ!ていうか...マクラってど、どういう...」
うわずったハルユキの声にはもう答えず、チユリは小さな爪の伸びる指をぱちんと鳴らした。
途端、頭上の穏やかな青空が、一方からぐるりと回転し、巨大な月の浮かぶ夜空へと切り替わった。
絵本のような星型の星がちりりんとかすかな効果音を鳴らして瞬く下――そしてハルユキの膝の上で、チユリは大きく伸びをしてから体を横向きに丸めた。
「...別に、深い意味はないわよ」
ハルユキからは見えない口が、小さいそう呟いた。
「ただ、ハルがよくうちに泊まりに来てた頃、あんたをマクラにするとすぐ眠れたのを思い出しただけ」
「...い、いつの話だよそれ...」
「さあ。ずっと...すうっと昔」
ふわ、とひとつ欠伸をして、猫型アバターは本当に瞼を閉じた。
...こういう役なら、タクムのほうがいいんじゃ?
と言おうとして、ハルユキはその言葉を呑み込んだ。
幼い頃、こうしてチユリに枕がわりにされた経験があるのはハルユキだけだ。
両親の教育方針が厳格だったタクムは、2人の家のどちらにも泊まることはまったくなかった。
でも、だからって、そんな大昔の条件反射が今も残っているものだろうか。
しかも今は双方動物型のアバター同士で、ここはニューロリンカーの作り出す仮想のクッション天国だ。
しかしもちろん、もう生身でこんな真似をすることは絶対にできない。
いや、VRだってどうなんだ。
実際のところ。
そんな思考をぐるぐる巡らせていると、呆れたことにチユリは本当に穏やかな寝息を立て始めた。
「......まったく...」
思わずそう呟いた途端、寝入ったとばかり思っていたチユリが、むにゃむにゃと不明瞭な声で呟いた。
「ねぇ、ハル...。あたし、本当に頑張ったんだからね...」
「へ?何を...?」
「バーストリンカーになるために...すっごい頑張っただから...。これで...また、あたしたち、戻れるよね。あの頃みたいに...3人で、毎日、日が暮れるまで遊んでた...あの...頃に......」
そこで、チユリは今度こそ深い眠りに落ちたようだった
すう、すう、と仮想の呼吸音を響かせるアバターの、耳の下あたりの柔らかい毛皮にそっと右手で触れながら、ハルユキ胸中でぽつりと答えた。
――決して変わらないものはあるだろう。
――でも、変わってしまって、2度と戻らないものだってきっとあるんだ。
数分後、チユリの深睡眠状態を検知して、ニューロリンカーが自動でフルダイブを解除させた。
鈴の音のような効果音とともに効果音とともに膝の上から猫型アバターが消え去ったあとも、ハルユキはしばらく物言わぬ動物たちの間にじっと座り込んでいた。
どうも、ナツ・ドラグニルです!
作品は如何だったでしょうか?
思ったより、早く出来上がった事に驚いています。
今回、兎美のアバターを出しましたが、今回はジャンプアビリティを出させて頂きました。
モデルは、特命戦隊ゴーバスターズのイエローバスターです。
これからも、加速世界で兎美が活躍しますので乞うご期待!
それでは次回、第2話もしくは激獣拳を極めし者第27話でお会いしましょう!
それじゃあ、またな!
文字数の調度いい長さを教えてください!
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7000~10000 第3章第3話参考
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10000~15000 第2章第8話参考
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15000~20000 第3章第2話参考