美空「かつての関係を戻すために、千百合はブレイン・バーストに手を出した。その事で千百合が変わってしまうんじゃないかと危惧するハルユキ達は、千百合を守ることを決意する」
兎美「一方、有田兎美はバーストリンカー《サファイア・ラビット》として、アッシュローラーと戦いを始めていた。サファイア・ラビットは戦場と相手の特性を利用し勝利を収めるのでありました」
千百合「さて、どうなる第2話!」
杉並区に存在する大型複合マンション、その1室に住んでいる少年。
有田春雪は学校に向かう為に、玄関から出ようとしていた。
「じゃあ、行ってきます」
ハルユキは自分の親......ではなく、一緒に同居している2人の少女に挨拶する。
「いってらっしゃい」
「あっ!ちょっと待って!」
同居している少女の1人である美空は、そのまま挨拶をする。
しかし、もう1人の少女である兎美がハルユキを呼び止める。
「ハル、これを持って行って」
兎美がハルユキに手渡したのは、1つの指輪だった。
「なんだこれ?」
「それは虫除けよ」
「虫除け?」
ハルユキは指輪をいろんな角度から見たり、匂いを嗅いだりする。
しかし、色んな角度から見ても何の変哲のない指輪だし、匂いを嗅いでも虫が嫌がる匂いがするわけでもなく鉄特有の匂いしかしない。
「こんなのが虫除けになるのか?」
「ええ、そうよ」
これも兎美の発明なのかと考え、指輪を左手の人差し指にはめようとする。
「言っとくけど、それは薬指じゃないと効果は無いわよ」
「へぇ~、そうなのか」
ハルユキは何の疑いもなく、左手の薬指に指輪を嵌める。
この数時間後、ハルユキは虫除けの真の意味を痛感する。
☆★☆★☆★
杉並区東寄りに存在する、私立梅郷中学校は各学年たった3クラスと、規模は決して大きいと言えない。
それでも、体育館に整然と並んだ全校生徒360人の視線の圧力は相当なものだろう。
仮に自分がそれを集中照射されれば、物理的に焦げ穴の1つも開いてしまう自信がハルユキにはある。
しかし、入学式兼始業式の檀上に立ち、ニューロリンカーを使わずとも列の最後尾まで届きそうな凛とした声で語る人物の顔は、1ミリグラムの荷重も感じさせない程に涼しげだった。
「...諸君の大多数は、いま期待と不安を等しく感じているだろう。ことに新入学生の皆は、見知らぬ校舎、見知らぬ上級生に大いに戸惑っているかもしれない。しかし、考えてほしい。今君達の後ろですまし顔をしている者達も、1年前、2年前は君達とまったく同じ不安を抱えて同じ場所に座っていたのだ...」
――まったく、あんな立派な事を喋ってる人が、もう1つの世界では秩序の破壊者で無慈悲な殺戮者で、その上
と内心でぼやきつつも、ハルユキは檀上の女子生徒―黒ブラウスに臙脂色のリボンを飾り、すらりと長い脚を黒ストッキングに包んだ黒雪姫へと向け続けた。
その時、黒雪姫はハルユキと目を合わせて微笑む。
その仕草に、ハルユキは思わずドキッと照れてしまう。
――びっくりした...もしかして、心の中読まれてるのか?
「...1年間、換算すれば3153万60秒、その時間は膨大なようで...」
しかし、話している途中で黒雪姫は言葉を止め、一点を見つめる。
その様子を見て、ハルユキとタクムは眉を寄せた。
「その時間は膨大なようで過ぎ去ってしまえば一瞬だ。どうか実り多き1年を過ごしてくれたまえ。それでは、以上で私の挨拶を終わる」
頭を下げ、長い黒髪をさっと振り広げて身体を戻した黒雪姫は、後ろに並ぶ生徒会メンバーの列に加わった。
「続いて生活指導の先生より、学内でのニューロリンカーの使用についての注意事項を説明してもらいます」
司会の女子生徒が説明をするが、先程の黒雪姫の反応が気になってしまってハルユキは話が入ってこなかった。
――先輩、どうしたんだろう?もしかして...
先程、黒雪姫が見つめていたのは新1年生の集団のある場所。
そこで、ハルユキはある1つの仮設を立てる。
その仮説とは、新1年生の中にバーストリンカーがいるかもしれない。
というものだった。
☆★☆★☆★
入学式が終わり、校舎に戻ったハルユキは、うっかり3階まで登ってしまいそうになってから慌てて2階の新しい教室へと進路を変更する。
自分のクラス配置は既にローカルネット経由で通達されているが、ほかの生徒の名前は教室に入るまで判らない。
2年C組のドアをくぐったハルユキは――。
「ハル、おーっす!」
の声と共にどすんと思い切り背中を叩かれ、息を詰まらせた。
高速で左90度回転した視線の先にあったのは、相も変わらぬネコ型のヘアピンで前髪を持ち上げ、八重歯を見せてにんまりと笑う幼馴染の顔だった。
「......ち、チユ、お前...ここ?」
「何、何その複雑そうな顔」
むうっと唇を突き出すその様子に、こいつ本当に昨夜例の《悪夢》見たのかなあと内心首を捻りつつ、ハルユキは答えた。
「べ、別に何も」
自分とチユが同じクラスになった事で、問題もあると言えばある。
これでまた、三角形の各辺の長さが微妙な事に――
「やあ、ハル。チーちゃんも」
再びぽんと背中を叩かれ、ハルユキは今度は右に90度回転した。
見上げた先にあったのは、青い眼鏡の奥で微笑むタクムの顔だった。
なんと3人ともに同じクラスに配置されたらしい。
つまり三角の形はそのままにサイズが縮むという事になる。
昨夜のチユリの、「戻れるよね、あの頃に」という言葉を思い出し、かすかに胸がざわめくのを自覚しつつも、ハルユキは同じように笑みを作って言った。
「うっす、タクもC組か。...ええと」
あやふやに憶えている確率の計算法をこの状況に当てはめ、ひねり出した答えを口にする。
「3人同じクラスになる確率は...三分の一×三分の一×三分の一で、二十七分の一か。すごい偶然だなぁ」
すると、窓際に向けて歩き出しながら、タクムが軽くかぶりを振った。
「いいや、九分の一だよ」
「えっ。なんで?」
「なんで?」
ハルユキと同じ解答に達したらしいチユリも、同時に驚きの声を上げる。
窓枠にスマートな長身を預けたタクムは、くいっとフレームレスの眼鏡を持ち上げて解説した。
「《ぼくら3人が全員C組になる確率》なら、ハルの言う通り二十七分の一さ。でも、この場合クラスがどこになるかは関係ない。《ぼくら3人が全員A組あるいはB組あるいはC組になる確率》なんだから、数字は3倍になって九分の一、ってことさ」
「は――!」
「そっか!」
再びチユリと同時にこくこく頷いてから、ハルユキはにやっと笑って付け加えた。
「さすがタク、春休みの間にますますハカセキャラに磨きが...」
「ハル、それはほんと止めろよな!もしこのクラスで《ハカセ》とか《メガネ君》とかあだ名ついたらハルのせいだからな」
ハルユキの言葉を遮り、タクムは真剣に嫌な顔をする。
「あれ?ハル、そんな指輪着けてたっけ?」
チユリがハルユキの指輪に気づき、質問する。
「ああ、これ?今朝兎美が虫除けだって渡してくれたんだよ」
「ふーん」
自分で聞いておきながら、チユリは興味なさげに言葉を返す。
「ハル、悪いけどその指輪見せてもらえないかな?」
「え?ああ、良いぞ」
ハルユキは指から指輪を外し、タクムに渡す。
タクムは指輪を、今朝のハルユキのように色んな角度から確認する。
しばらく見ていたタクムは、内側に注目する。
「あぁ...やっぱり...」
タクムは指輪の内側を見ると、何とも言えないような視線を指輪に向けそう呟いた。
「どうしたんだよ?」
様子の可笑しいタクムにハルユキが質問するが、タクムは答える事無く指輪をハルユキに戻して肩に手をポンと乗せる。
「ハル...頑張れ...」
タクムの意味の分からない行動に、ハルユキとチユリは頭を傾げる。
「こら!いつまでもネットをやってるな!HRを始めるぞ」
新しい担任であり、日本史を受け持つ若い男子教師。
菅野という名のその教師は、歳のわりにかなり強硬な『子供にネットは必要ない』論者で、ハルユキとしては親近感を抱けようはずもないが、熱血ノリのせいで他の生徒のウケはいい。
菅野は教室に入るなり、手を叩いて注意する。
ハルユキ達も会話を中断し、指定された席に座る。
しかし、クラス全員が座ったにも関わらず、ハルユキの隣の席がまだ空席な事に気づく。
始業式当日に遅刻か欠席か?と内心で考えながら眉を寄せる。
「えー早速だが、今日このクラスに転入生が来ることになった」
転入生?
その言葉に、ハルユキは隣の空席の意味が分かった。
隣が空席だったのは、遅刻した訳でも欠席した訳でもない。
転入生の為に用意された席だったので、空席だったのだ。
「君、入ってきなさい」
「はい!」
先生に返事を返した声に、ハルユキは聞き覚えがあった。
『おおー!!』
教室に入ってきた女子生徒に、クラスの男子達が歓声を上げる。
黒雪姫と並ぶ程の容姿に、男子達は喜ぶがハルユキはそれ所では無かった。
ハルユキにとって、入ってきた転入生に見覚えがある所では無かった。
なぜなら...
「有田兎美と言います」
転入してきたのは、ハルユキが一緒に過ごしている兎美だった。
兎美が転入してくる等、今朝話していなかったのでハルユキは驚いている。
しかし、ハルユキは何処か嫌な予感がした。
この後、とんでもない事が起きるのではないかと胸騒ぎが先程から感じていた。
そしてその予感は、的中する。
兎美は皆に見えるように、自分の左手の薬指に嵌めている指輪を見せる。
その指輪は、ハルユキが着けている指輪と同じデザインの物だった。
「そこにいる有田春雪の妻です」
妻です。
妻...
つま?
教室中が静寂に包まれ、ハルユキも呆然とする。
そしてようやく、全員が意味を理解する。
「のぉ―――――!!」
『えぇ―――――!!』
ハルユキが絶叫を上げるが、クラスメイトの驚愕する声にかき消された。
そしてもう1つ、ハルユキは虫除けの本当の意味を理解する。
つまり、虫除けではなく
☆★☆★☆★
「お前何考えてるんだよ!」
HRが終わり休み時間に入った今、ハルユキは兎美に詰め寄る。
「何よ、本当の事だからいいでしょ?」
兎美はしれっと答える。
「まぁ、落ち着きなってハル」
興奮するハルユキを、タクムが止める。
「だけど...タク」
しかしそこで、ハルユキは先程タクムの様子が可笑しかった事を思い出す。
「タク...お前まさか、こうなることが分かってたのか」
「うん、その指輪が結婚指輪だって気づいた時にね」
タクムの言葉に、ハルユキは驚く。
「結婚指輪!?これが!?」
「何で分かったの?」
チユリがタクムに聞くと、タクムはメガネのフレームをくいっと上げる。
「指輪の内側に彫られている刻印さ」
「刻印?」
ハルユキは指輪を外し内側を見ると、今朝は気付かなかったがタクムの言う通り刻印が彫られている事に気づいた。
そこには、UMI to HARUYUKIと彫られていた。
「それは結婚指輪に良く彫られる刻印で、『兎美から春雪へ』という意味だよ」
『へー』
タクムの説明に、ハルユキとチユリは声を揃えて感心する。
「って!そう言う事は気付いたんなら教えてくれよ!」
「ごめんごめん」
ハルユキは諦めるように、ため息をつく。
「それよりタク、お前気づいたか?」
「マスターの様子が、可笑しい事にかい?」
ハルユキが確認すると、タクムもその意図に気づいた。
「先輩はあの時、新1年生の方を見て突然言葉を止めた」
「まさか...新1年生の中にバーストリンカーが?」
「うん、何か気付いたんじゃないかな」
「実は、僕もそう思っていた所なんだ。バーストリンカーは大抵、プログラムをインストールしてくれた親と同じ学校に行くのが普通だけど」
タクムの説明に、ハルユキが質問する。
「でも、可能性が全くないわけじゃないだろう?」
「とにかく確かめてみた方が良いね」
去年、自分が新入生だった時の事を思い出そうとしながらタクムに訪ねる。
「えっと...新入生が最初にローカルネットに接続するのって、どんなタイミングだっけ?」
「そろそろじゃないかな。僕の前の学校と同じなら、確か入学式が終わって、教室に移動して、そこで初めてアカウントの配布があったんだよ」
その答えに、少し考えてから、ハルユキはにやっと笑って言った。
「...じゃあ、こうするか。どうせ確認にバーストポイントを1使うなら、ついでに《対戦フィールド》でチユのデュエルアバターがどんなのか見とこうぜ。タクと兎美はギャラリーに入ってくれ、俺が《加速》してチユに対戦を申し込むから」
ハルユキの言葉に、タクムとチユリ、そして兎美が頷く。
「行くぞ」
ハルユキは口の中で、加速コマンドを唱えた。
「バースト・リンク!」
☆★☆★☆★
バシイイイイッ!という乾いた雷鳴にも似た音が脳内いっぱいに響き渡り、周囲の光景が青一色に染まった。
同時に、教室にいた他の生徒達が、ぴたりとその動きを止めた。
時間が停止したわけではない。
ハルユキのニューロリンカー内部にひそむ《ブレイン・バースト》プログラムが、意識のみを一千倍に加速させたのだ。
仮想デスクトップの左側で、ひときわ明るく燃え上がる《B》のアイコンにタッチし、コンソールを起動する。
マッチングリストの更新を、それなりにドキドキしながらじっと待つ。
リストの最上部に、直ぐに《シルバー・クロウ》、つまりハルユキ自身のデュエルアバターの名前が浮かんだ。
右側のレベル表示は4。
続いて《ブラック・ロータス》こと黒雪姫。
もちろんレベルは9だ。
更に、ハルユキと同じレベル4の《シアン・パイル》――タクムの名が現れる。
そしてレベル1の《サファイア・ラビット》、ハルユキの《子》である兎美が表示される。
わずかに間をあけて、もう1つの文字列が、ぽっと輝いた。
《ライム・ベル》。
レベル1。
そこで、リストのサーチング表示が消えた。
つまり、今この瞬間に梅郷中学校のローカルネットに接続しているバーストリンカーは5人、という事になる。
そして《ライム・ベル》は間違いなくチユリだ。
もうこの時間には、新1年生120人は例外なくローカルネットへのサインインを済ませているはずなので、やはり入学生に新手のバーストリンカーは存在しなかったのだという結論になる。
しかし、1つだけ引っかかる事があると言えばある。
入学式の時、檀上の上で、黒雪姫が新入生の列に一瞬向けた鋭い視線。
あの意味は何だったのか。
メールを飛ばして確かめておこうか、と一瞬考えたが、生徒会副会長でもある黒雪姫は今頃山ほど積み上がった各種タスクに忙殺されているだろうと思い直す。
アバターの指を、梅郷中5人目のバーストリンカーの名前に伸ばしながら、ハルユキはちらりと考えた。
ライム、というのは恐らく黄緑色だ。
少しだけ近接攻撃寄りの間接攻撃系ということか。
しかし実際にどんな能力を持っているのかは、対戦してみるまで解らない。
デュエルアバターは、それを宿す者の劣等感の顕現――。
半年前の、黒雪姫の言葉が耳の奥に蘇る。
もちろん、アバターの外装を眺めるだけでその宿主の《心の傷》を即座に看破できるわけではない。
事実ハルユキはいまだに、タクムや黒雪姫のいかなる劣等感があれほど強力なアバターを作り出しているのか推測すらできていない。
とは言え、やはりそれが《隠された内面》の顕れであるのは確かなのだ。
ハルユキは、青く凍った視界の中、自分の左斜めに立つチユリの姿をちらりと眺めた。
わずかな躊躇いを呑み込み、《ライム・ベル》の名前に触れて、ポップしたメニューから《デュエル》をクリック。
出現したフィールドは、巨大な歯車やコンベアがごとごとと動き回る《工場》ステージだった。
己の姿が銀色の《シルバー・クロウ》に変化し、FIGHTの炎文字が弾けるのを待ってから、ゆっくり立ち上がる。
クラスメイト達が姿を消し、代わりに謎機械群に取り囲まれた2年C組の教室を見回すと、まず青い大型アバター《シアン・パイル》の姿が目に入った。
そして自分の右隣に立つ、鮮やかな青い装甲に包まれた《サファイア・ラビット》に視線を向ける。
そちらに軽く頷きかけてから、ハルユキは反対側にぽつんと立つ、自分と同じくらい小柄なアバターを見つめた。
《ライム・ベル》は、予想通り鮮やかな若葉色の外装を纏っていた。
なよやかな全身のラインは明らかに女性型だ。
手足や胴はほとんどシルバー・クロウなみに細く、腰には木の葉に似たアーマーが装備されている。
頭は魔法使いめいた鍔広のとんがり帽子型で、その下に猫を思わせる吊り目のフェイスマスクがあった。
しかし何より特徴的なのは、左手に装備された巨大な釣り鐘状の、恐らくハンドベルだ。
武器なのか、あるいは見た目通り楽器なのかと思いながら、ハルユキはそちらへと歩み寄った。
「わぁ!これが私?」
しげしげと左手に接続された鐘を眺めていた《ライム・ベル》――チユリは、ひょいと頭を傾げて言った。
「なんか...色が派手すぎない、これ?」
「文句言うなよ、そこまで彩度高い色は、欲しいったってなかなか出ないんだぞ」
「ていうか」
帽子の下で、オレンジ色の眼が訝しげに細められる。
「......あんた、ハル?」
「......です。言いたいこと解るから言わなくていいからな!」
早口でそう付け加えたが、チユリは容赦なく叫んだ。
「ほっそ!このゲームのアバターは、トラウマの表現...なんだっけ?へー、ほー、なるほどねー」
「ほっとけよ」
「で?あれがタッくん?イメージ通りかも、ハルと違って...」
チユリの言葉に、タクムは頬をかく。
「そして、そっちが兎美なのね?」
兎美は、ウサギの耳のようなアンテナをビルドのアンテナと同じように触る。
「何か...ウサギの容姿にその色ってラビットタンクみたいね?」
「うん、記憶喪失のせいかシステムが上手く認識が出来なかったのかな?そのせいで兎美さんの記憶にあるビルドの力を顕現したのかな?」
幼馴染2人がそう推測してる中、ハルユキだけは気付いてしまった。
それもあるかもしれないが、兎美はただ不安なんだ。
記憶を失って自分が何者であるか解らない。
それが不安でたまらない、だから兎美は自分がこうありたいという自分を演じている。
勿論、そこで芽生える感情は本物だ。
だけど、兎美は喜びや美しみを知る一方でハルユキ達には計り知れない孤独を抱えている。
その《孤独》の心をシステムが読み取ったのでは...
と内心で考える。
「ハル、やっぱり新入生にバーストリンカーはいなかったみたいだね」
「ああ、リストにあったのは、シルバー・クロウ、ブラック・ロータス、シアン・パイル、サファイア・ラビット、それとライム・ベル。それだけだったな」
2人がそんな話をしていると、チユリがハルユキに話しかけた。
「ねぇねぇそれより、今って私とハルが対戦している状態なんでしょう?」
拳とハンドベルを構える幼馴染に、ハルユキは慌てて確認する。
「待てよ!お前、ルールちゃんと知ってるのかよ」
「大体はタッくんから聞いた、要はバンバン対戦に勝ってズンズンポイント稼いで、レベル10になればクリアなんでしょう?」
「...か、簡単に言うなよ。まあそうなんだけどさ...」
あっけらかんとしたチユリの言葉に、今のをあの人が聞いたら何と言うかとぶるぶる首を振ってから、ハルユキは続けた。
「と、とにかく、対戦に勝つには相手の弱点を見抜いて、自分に有利な戦い方をしなきゃならない。そのためには、まずは自分のアバターの性能を完璧に把握しなきゃならないんだ」
――まさか、僕が誰かにこんな偉そうなこと言う日が来るなんてなぁ。
「ねぇ、必殺技とかないの?」
「あのなぁ...たくっ...」
チユリの質問に感慨している所を虫を刺され、呆れながらも右手の指先を動かす。
「視界のこのへんに、自分の《体力ゲージ》があるだろ?それにタッチして、出た窓から《技リスト》を開いてみてくれ」
本来は親であるタクムの役目だろうが、会話の流れ上ハルユキがそう指示すると。
「う......うん」
頷いたチユリは、ややぎこちない動きで指を伸ばし、宙の一点を叩いた。
続けて幾つかの操作を加える。
「えーと...通常技、ってのが3つと、あと必殺技が1つあるみたい。《シトロン・コール》...?なんか、左手のベルを...こんな...」
呟きながら、チユリは技リストのアニメーション・シルエットの動きに合わせて、肘から先が巨大なベルとなっている左腕をぐるんぐるんと2度回し、最後に上からスナップを利かせて振った。
だがもちろん、現状では何も起こらない。
「何よ、どうにもならないじゃない」
「必殺技を使うためには、体力ゲージの下にある青い《必殺技ゲージ》が溜まってないとだめなんだよ」
「それって、どうやって溜めるの?」
「対戦相手にダメージを与えるか、逆に自分が食らうと...」
そこまで口にした途端、チユリがおもむろに左手の巨大ベルをハルユキの頭めがけて振り上げたので、慌てて付け加える。
「そ、それとあとは、ステージを破壊しても溜まるんだよ。そのへんの機械、どれも壊れるから!」
「あっ、そう」
気のせいかやや不満そうに頷き、チユリは元は教卓があった場所に鎮座する蒸気機関めいたオブジェクトに歩み寄ると、盛んにスチームを吐き出すそれに躊躇なく左手を叩きつけた。
ぼかーん!と小気味よい爆発音と共に火花と白煙が吹き上がる。
「気持ちいー!」
「うわぁ...容赦ねぇ...」
無邪気な歓声と共に、ベルトコンベアを回している歯車群を片っ端から叩き壊していくとんがり帽子のアバターを、ハルユキはぶるりと背中を震わせながら見つめた。
あの爆発のリアルさや、ステージの超高精細モデリングに感動のそぶり1つ見せないなんて、これだから女の子というのは...。
と内心でぶちぶち言っていると、これまで無言を続けていたタクムが、隣で小さく囁いた。
「ハル、気付いてる?チーちゃんのHPゲージ、全然減ってない。《工場》ステージの機械オブジェクトは、破壊するとき多少だけど被ダメージがあるはずなのに」
「あ...ほんとだ」
「外見のわりに、相当防御力が高いよ。《緑》はもともと、《メタルカラー》の次に防御に秀でた色だけど...」
タクムの冷静な分析に、ハルユキはふと、噂に聞く《緑の王》の鉄壁伝説を思い出していた。
ライム・ベルの装甲は、レベル1時のシルバー・クロウと比べれば明らかに硬い。
つまり、チユリもまた防御型ということなのだろうか。
本人のキャラクターとは真逆なような気がしてならないが。
そんな事を考えているうちに、ライム・ベルの必殺技ゲージは半分近くが青い輝きに満たされた。
「おいチユ」
「何!?」
必要以上に破壊をしていたチユリに話しかけるハルユキだったが、邪魔されて機嫌が悪くなったチユリはドスの効いた声で返答する。
「いや...もう十分ゲージが溜まったから、そろそろ...」
ハルユキに言われ、チユリも必殺ゲージを確認する。
「あっ!本当だ!もう、早く言ってよ!」
左手の大型ベルを高く振りかざし、ぐるぐると反時計回りに2度回転させる。
突如眩い黄緑の煌めきに包まれた。
「......《シトロン・コ―――ル》!!」
案外サマになった技名発声と同時に、垂直に振り下ろされたベルから、りごりごりーん、という壮麗なサウンドエフェクトと共に光の粒が溢れ出し、シルバー・クロウの全身を覆った。
「.........っ!」
一体いかなるダメージが発生するのか予想も出来ず、ハルユキは息を詰めて眼をつぶった。
熱か衝撃か、あるいは名前からして酸性の溶解攻撃という可能性も――
「......あれ?」
「......おや?」
「......ん?」
耳に、左右からチユリとタクム、そして兎美の訝し気な声が届き、ハルユキはそっと薄目を開けた。
こわごわ見下ろした自分の体には、いまだに艶やかな白銀の輝きが健在だった。
痛みも熱さもまったく感じないし、そもそもHPバーがまったく減っていない。
「何よこれー!何にも起きないじゃないの!!」
憤慨したようなチユリの叫び声に、反射的に首を振る。
「そ...そんなはずないよ。お前の技、間違いなく俺に命中したし...必殺技ゲージも減ってるし。
ぶつぶつ呟きながら何かが起きるのを待ったが、何秒、何十秒待とうとシルバー・クロウのHPは微動だにしない。
「うーん...こりゃつまり、光と音だけの、目くらまし技ってことなのかな。確かに黄色系っぽくはあるけど...」
ハルユキの言葉に、チユリが憤懣やるかたない様子で腰に右手をあてた。
「つまんないわよそんなの!ハル、あんたの必殺技いっこ寄越しなさいよ」
「ええっ、さすがにそりゃ無理だよう。だいたい、俺の必殺技って頭突きしかないし」
「この際それでも我慢するわ」
現実世界と何ら変わらぬ掛け合いを繰り広げていると、不意に兎美が低く呟いた。
「いや...、只の幻惑技にしては、必殺技ゲージの減りが多きすぎる。半分溜まってたのに全部消費したから...何か、もっと実際的な効果があったはず...」
両腕を組み、サファイア・ラビットは顔を俯けた。
「ダメージじゃないし、
発せられた鋭い声に、ハルユキはチユリと同時に首を傾げた。
「なんだよ、兎美?何か思いついたのか?」
「...まあね、まさかって感じだけど...。チユ、ちょっとそのベルで、普通にハルをどついてみてくれる」
「うんわかった」
ゴチリ―――――ン!!
兎美の言葉が終わるか終わらないうちに、チユリが一切の手加減なく巨大ベルを振り下ろし、それを棒立ちのまま脳天に食らったハルユキの視界には無数の星が飛び散った。
「い、いでっ...」
と喚く間もなく容赦ない指示が続く。
「まだゲージが足りないわね。あと3回くらい」
「うんわかった」
ズガズガズガリー―――ン!!
......チユのベル、いいな。
殴るとき凄くいい音するもんな。
などと考えつつ、ハルユキはあっけなく大の字に昏倒した。
あくまで対戦格闘ゲームであるブレイン・バーストでは、レベルアップしただけでHPや攻撃力、防御力が劇的に増えるわけではない。
新たな必殺技や能力を得る事によって戦術の幅が広がりはするが、このように無抵抗に殴られれば相応のダメージが発生する。
結果、ハルユキのHPゲージが四度の殴打で3割程も減少し、代わりにチユリの必殺技ゲージは再び半分以上が青い輝きに満たされた。
ううう、と呻きながらどうにか立ち上がったハルユキの眼前で――。
再びベルがぐるぐる回され、黄緑色のライトエフェクトが煌いた。
――おっかしいなぁ、僕が先輩に最初のレクチャーしてもらった時や、兎美にレクチャーした時は、こんな《師匠が身を以て技を教える》的シーンは一切なかったけどなあ。
――大体、そもそも、何で僕がチユの対戦相手してるんだっけ?
今更過ぎる思考を巡らせると同時に、チユリが2度目の技名発声を、さっきよりも大きな声で行った。
「シトロン・コ―――――――ル!!」
澄んだ鐘の音、溢れ出すライムグリーンの光のリボン。
そしてほのかに漂う、爽やかな柑橘系の香り。
それらがシルバー・クロウのボディを幾重にも包んだ、その瞬間。
「うあっ...!?」
ハルユキは、加速世界に於いて何か月ぶりかの、心の底からの驚愕に見舞われて声を上げた。
画面左上、3割ほども削り取られた自分のHPゲージが――
みるみる
HPの回復。
対戦格闘というジャンルのゲームに於いては、本来有り得ない現象だ。事実、これまでハルユキは、《ブレイン・バースト》でゲージが回復する所など1度として見た事はなかった。
いや、正確には、かつてたった1つだけ例外を目の当たりにした事がある。
3か月前、凄まじい激戦を経て破壊され、消滅した呪いの
あのアバターは、喰らった相手の体力を吸収し傷を癒す《ドレイン》という力を持っていた。
しかし、ディザスターと戦ったのは他のアバターのHPゲージが見えない《無制限中立フィールド》てのことだったので、実際にゲージが回復するところを目撃したのはやはりこれが初めてだ。
わずか10秒ほどでHPは満タンに戻り、同時に黄緑色の光も消え去った。
「やはりね」
兎美が納得の声を上げる中、ハルユキや少し離れた場所のタクムも、まったく動けず声も出せなかった。
硬直を解いたのは、何度目かのチユリの不満げな叫び声だった。
「やだぁ、何よ!ヒットポイント、元に戻っちゃったじゃないのよ!ずるーい、今のなし!!」
「いや......お、オレがずるいわけじゃなくて...」
掠れ声でなんとかそう言い、解説を求めてタクムに視線を向ける。
シアン・パイルは、細いスリットの奥の青い両眼をいっぱいに見開いていたが、やがて首を左右に振りながら低く呻いた。
「な......なんてことだ...。今のは間違いなく《回復アビリティ》だよ、チーちゃんのそのアバターは、《
「えー?つまりいわゆる僧侶ぉ?なんか地味!」
やや不満そうな声を上げるチユリに続けて、ようやく驚きから立ち直ったハルユキも、素直な感想を述べた。
「ヒーラー......。初耳だなあ。ブレイン・バーストにもそんなのいたんだなあ」
しかし、対照的にタクムは、何かを恐れるかのようにいっそう声をひそめた。
「地味どころか...とんでもないレアアバターだ。これは、チーちゃんが《対戦》デビューしたら、大変なことになるよ...。もしかしたら、シルバー・クロウが現れた以上の...」
☆★☆★☆★
「何だと」
ごく短いひと言と、それに続いた長い沈黙が、驚きの巨大さを表現していた。
現実世界では梅郷中学校副生徒会長、加速世界ではレギオン《ネガ・ネビュラス》頭首、そしてハルユキの《親》であるレベル9バーストリンカー、黒の王《ブラック・ロータス》こと黒雪姫は、たっぷり5秒以上もハルユキの顔を凝視してから、ようやく右手に持ったマグカップをソーサーに戻した。
「...倉嶋君がバーストリンカーになれるかどうかは、まぁ五分五分くらいかと予想していたが...よりにもよって《ヒーラー》とはな...」
長い黒髪を掻き上げ、白塗りの椅子の背もたれに体を預けて小さく嘆息する。
漆黒のブラウスの上で、真新しい臙脂のリボンが艶やかに光る。
2047年4月10日、水曜日、午後3時半。
例によって、学生食堂に隣接したラウンジの奥まったテーブルに、2人差し向かいで座っている。
昼休みは全部が埋まるこの場所だが、放課後もあえてグローバルネット接続不可の校内で過ごしたいという物好きはそうそう居らず、今も他の生徒の姿はない。
チユリがバーストリンカーとなり、アバター《ライム・ベル》の特性でハルユキとタクムを驚倒させてから、既に2日が経過していた。
年度初めという事もあって黒雪姫は生徒会関係で多忙を極め、昼休みも時間が取れずに、ようやく今日になって直接話す事が出来たのだ。
タクムからチユリへのインストールが成功した事と彼女のアバター名は、既に2日前にメールで報告してあった。
本当は同時にアバターの驚くべき能力についても書いておきたかったのだが、タクムが『それは直接会って伝えたほうがいい』と強く主張したので説明が今日になってしまった。
報告が遅れた事を小声で謝ると、黒雪姫はようやく視線を戻し、いや、と首を振った。
「それは、タクム君の判断が正解だ。もし万が一、ネットでこの件を話して他のバーストリンカーに盗み聞きでもされたら、大ごとでは済まなかったよ」
「そ...そこまでですか」
「間違いない。東京中からバーストリンカーが杉並に集まってきて、倉嶋君...ライム・ベルがどこかのレギオンに入る前に仲間に引き込もうと、あれこれ策を弄したに違いないさ」
薄い微苦笑と共にそう言われ、ハルユキは改めて瞠目した。
《回復能力》の
しかし、スカウト合戦まで起こるとはまったく穏やかではない。
しかし《ネガ・ネビュラス》のタグをぶら下げてから、マークはされどもレギオン移籍を勧誘されるなど2、3回あったかどうかだ。
「で、でも...なぜです?まだ実践デビューさえしてないのに...」
「ん...そうだな...」
何と答えたものか考える素振りを見せてから、黒雪姫はぴっと指を1本立てた。
「こう言えば解るかな。加速世界が生まれてから既に丸7年以上が経つが、《回復アビリティ》を所持したバーストリンカーはこれまでわずか2人しか出現しなかった。そのうち1人は数限りない誘いや暗殺の罠を撥ね退けていまだ健在だが、もう1人は己を巡って繰り広げられる争いに耐え切れずに、自分の意志で加速世界を退場してしまった」
「た...」
退場。
とはつまり、自分で自分のブレイン・バーストを消去したということだろうか。
凍り付いたハルユキに、黒雪姫はちらりとシニカルな表情を浮かべてみせた。
「ま、私に言わせれば、《2人の王子の求愛に悩んだあげく塔から身を投げる》など、お姫様病をこじらせ過ぎというものだが」
「そ、そんな、身も蓋もない...」
ハルユキが思わず頬を引きつらせると、黒雪姫は更に恐ろしい事を口にした。
「幸い、倉嶋君はそういうタイプではまったくないがね。それどころか、王子2人に決闘で決めろ位の事は言いかねないな」
ははは、と笑うので、反射的に後ろをちらりと見てそこに誰もいないのを確認してしまってから、ハルユキは急いで話題を戻した。
「で、でもですね、その、なんで《回復能力》があるってだけでそこまで大騒ぎになるんです...?」
「想像してみたまえ。公式領土戦のチームバトルで、相手の前衛のHPを苦労して減らしたのに、そいつが後ろに引っ込んで戻って来た時にはケロッと全快しているんだぞ。はっきり言って...」
「――やってらんないっすね」
確かにそれはキツい。
というかヒドい。
ハルユキがこくこくと頷くと、黒雪姫はひらりと右手を広げて言い添えた。
「つまり、だ。敵チームにヒーラーがいれば、何はどうあれ最初にそいつを沈めなければならん。ところが、そう考えるのは向こうにも容易く読めるわけで、イコール待ち伏せ、挟撃その他あらゆる罠を張り放題ということになる」
「...ははぁ...」
「はっきり言って、現在でも、敵にだけヒーラーが含まれる場合の対応策というものはまったく確率されていないんだよ」
にやっと笑いながら発せられた言葉に、ハルユキはきょとんと眼をしばたかせた。
「え、ちょっと待ってください。さっき、今現役のヒーラーはたった1人...あ、チユを除いて、ってことですけど...そう言いましたよね。じゃあ、もしそのバーストリンカーが所属するレギオンが《その気》になったら、加速世界の統一も可能なのでは...?」
「可能性で言えば有り得るよ。充分に」
「なぜしないんです?」
ハルユキの素朴な疑問に、黒雪姫は一瞬苦笑いを浮かべてから、すぐにそれを消した。
細められた漆黒の双眸に、ぎらっと剣呑な光が横切った――気がした。
放たれた声もまた、それまでとは異なる冷ややかな響きを帯びていた。
「単純な理由だ。そのヒーラーとは、今や《純色の六王》の1人だからだ。例えチームバトルで99パーセントの勝率を誇ろうとも、ただ1度でも他の王に討たれれば、その時点で《加速》を喪ってしまうからな。それゆえ、戦場に出てこられないのさ」
「王の...1人!?」
ハルユキは、持ち上げようとしていた烏龍茶の紙コップを落っことしかけ、慌てて両手で掴み止めた。
「何色なんです!?」
せき込んでそう訪ねたが、なぜか答えは直ぐには返ってこなかった。
視線を下向けた黒雪姫は、長いこと迷っているようだったが、やがてそっと首を横に振った。
「...すまん、今はその者のことは、名前すらキミに聞かせたくない。キミに、あやつに対する興味を、砂粒ひとつぶほども抱いてほしくないのだ」
「え?それは...どういう?」
黒雪姫の意図が掴めず、ハルユキは間の抜けた質問を発した。
問いに対して返されたのも、また問いだった。
「なぁ。ハルユキ君。妙な事を訊くようだが...キミ、この半年で、他のレギオンに何回スカウトされた?」
「はっ!?」
ぴん、と背筋を伸ばし、ハルユキは何度か口を開閉させた。
しかしもちろん、嘘をつくなどという選択肢があろうはずもない。
消え入りそうな声で事実を伝える。
「あの...3か月前のニコの1件も含めれば、《王》の率いる六大レギオンからは2回。それ以外のちっちゃいところからが1回です。で、でも、当たり前ですけど全部その場で速攻断ってますから!!」
最後の一言を必死に付け加えたが、残念ながら黒雪姫はあまり感銘を受けたふうでもなく...と言うようりも他に気にかかる事があるようで、きゅっと眉を寄せて更に問うてきた。
「ふむ。その、六大レギオンからの残り1回とは、具体的には何色だ?」
「...えっと...あれは確か、青だったかな...」
答えると、数秒してから、黒雪姫はふうっと細長く息をついた。
「......そうか、なるほどな。しかし、青とはね。あれだけ毎週刺客を送り込んでおきながら、幾ら何でも図々しすぎるだろう」
「ほ、ほんとですね」
ようやく白い美貌が少しばかり綻んだので、ハルユキもほっと口元を緩めてから、改めて首を傾げた。
「でも、それがどうかしたんですか?」
「もちろん、信じているよ。キミが、他の王の誘いに乗るなんてこと絶対有り得ないとね。信じているが...それでも、不安に思うのを止める事は出来ない。それほどまでに、奴の引力には絶対的なものがあるのだ...」
《奴》というのがどの色の王を指しているのか、ハルユキには解らなかった。
途惑うハルユキを、夜空の色の瞳でじっと見つめ、黒雪姫は不意に右手を上げた。
なよやかな仕草でハルユキの丸い頬から顎へのラインを撫で、同時に囁く。
その声は絹の様に滑らかだったが、それでいてどこか冷たく張りつめていた。
「ハルユキ君、いいか...キミは私の物だ。これまでも、そしてこれからも、未来永劫、他の誰にも渡さん」
突然の接触および宣言に、ハルユキはぎょっと眼を剥き、呼吸も忘れて硬直した。
言葉面だけなら、愛の告白――と受け取れない事も無かった。
しかしハルユキの耳には、黒雪姫が唇を閉じた後も、音にならなかった声がはっきりと聞こえた、ような気がした。
――もし他の王の所に行くというなら、その前に斬る。
ぞくりと背筋に戦慄が走るのを感じた。
ハルユキは、声に出しては冗談めかした応じ方をした。
「あ、当たり前です。何なら、僕のアバターに油性マジックで名前書いてもいいですよ」
「...ふふ、それはいい考えだ。言っておくが、《向こう》にもちゃんと存在するからな、消せないペン」
「え、ええ」
ハルユキの驚き顔に、黒雪姫はようやくいつもの笑みを浮かべると、手を下ろして紅茶をもう一口含んだ。
「すまん、ちょっと脱線してしまったな、主題は倉嶋君の件だったな。もう。《ヒーラー型アバター》のレアさはキミにも充分伝わったと思うが...」
カップを戻し、わずかに視線を彷徨わせてから、こくりと小さく頷く。
「確かに、タクム君の言う通り、ことの扱いはいやが上にも慎重を期さねばならん。3人目の《ヒーラー》が加速世界に出現したというニュースが広まれば、ありとあらゆる勢力が倉嶋君を取り込まんと策動するだろうからな」
そう言われると、ハルユキとしても不安を覚えざるを得ない。
チユリが他のレギオンの誘いにほいほい付いていく、などと思っているわけではないが、しかし何と言っても《ネガ・ネビュラス》の頭首は、チユリと相性が良いとはまったく言えない黒雪姫なのだ。
2人が大喧嘩でもすれば、直情径行なチユリのことだ。
勢いでレギオンを脱退し、そこを敵対組織にすぽっと1本釣りされるなどという展開も、ことによると――いやけっこうな確率で――
「...ありそう、だなぁ...」
呟き、ぶるっと背中を震わせていると、黒雪姫がふうっと長く息を吐いて言った。
「ここはやはり、1度彼女と胸襟を開いて話し合う必要があるなぁ」
「...そ、そうっすね」
と相槌は打ったものの、その場には絶対同席したくないし、それでいて見ていないのも大いに不安だ。
せめて事前にタクムとあらゆる展開について対応を練り上げておき、上手いこと和解に持ち込めるような努力するしかない。
――がんばろう。
マキシマムがんばろう。
と決意し、テーブルの下でぎゅっと右拳を握った途端、黒雪姫が予想外のことを言った。
「ま、どちらにせよ、10日先の話だな」
「へっ?と、10日?なんでそんなに待つんです?」
「なんで、って...」
やや呆れ顔を作り、黒衣の上級生はサラリと答えた。
「
「は!?」
「今日のホームルームで配布された年間スケジュールファイルに書いてあっただろう。4日後の日曜から、新3年生は1週間の修学旅行だ。行き先は沖縄だから、お土産なにがいいか考えておいてくれたまえ」
――沖縄ぁ!?
脳裏に、ラフテーミミガーソーキソバ他の単語が次々とスクロールする。
でもそんなもの東京まで持ってこられないよなぁ、やっぱあれかな、ドーナツみたいな、ええと、さーたー...
「あんだーぎー?でもあれは揚げたてじゃないと美味しくないぞ」
いつの間にか声に出していたようで、黒雪姫にそう言われてハッと我に返ったハルユキは、慌てて首をぶんぶん振った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。1週間も!?じゃあそれまでチユの件は保留っすか...いやその前に、来週末の領土戦はどうするんです!?」
《公式領土戦争》略して領土戦とは、毎週土曜日の夕方に開催される、レギオンの支配
ハルユキの属する黒のレギオン《ネガ・ネビュラス》は現在、杉並第1~第3戦域、つまり杉並区全土を支配しているが、これを維持するために領土戦時間中に挑んでくるチーム相手に勝率50%をキープしなくてはならない。
チーム戦の勝敗は、どちらかの全滅、時間切れの場合は生き残った人数、更にそれも同数の場合はHPゲージの合計量で決する。
いやそもそもそれ以前に、領土戦で挑戦者チームの人数合わせが行われるのは、防衛側が3人以上存在する時だけだ。1人、あるいは2人でも防衛に出ることは可能だが、ということはつまり――
「え、も、もしかして、僕とタクだけで敵3人を相手にしなきゃならないんですか」
「ふむ、ま、そういうことだな」
しれっと頷き、黒雪姫はカップの中のミルクティーをくるくると回した。
「理想を言えば、来週末までに倉嶋君と兎美君のレギオン参入が間に合うならそれに越したことは無かったが...兎美君はともかく、バーストリンカーになってたった1週間で領土戦争に参加させるのも酷な話だしな。何、キミとタクム君のタッグなら、そんじょそこらの3人チームには引けを取るまい」
「は...はぁ...」
そう言ってもらえること自体は決して嫌ではなく、ハルユキは微妙な笑いを浮かべた。
「努力はしますけど...じゃ、じゃあ、そんじょそこらじゃないのが出てきた時はもうしょーがないってことですよね。またその翌週に取り返せばいいんですもんね」
「いや、それはダメだ」
ぷいっと横を向かれてしまう。
「この杉並に、他のレギオンの旗が立つなど我慢ならん。そういうわけでハルユキ君。死守だ」
「シシュ!?」
あっという間に涙目になるハルユキをちらりと見て、黒雪姫はやれやれというふうに微笑んだ。
そして、突如途轍もない台詞を放った。
「そうだなぁ...じゃあ、こうしよう。もし来週の防衛に成功したら、ご褒美にキミのお願いを何でも1つ聞いてやる。どうだ?」
「ゴホウビ!?」
いきなりの、物理的攻撃力を備えているとしか思えない黒雪姫の言葉に眉間に直撃され、ハルユキは椅子ごと仰け反った。
危うくバランスを回復し、がったんと前に戻ってから、わなわなと両手を震わせる。
何でも...って何だ!?
学食で何でも食べ放題?
いや校外の店もありなのか?
「あ、言っとくが私の能力を超えるお願いは無理だからな。鼻からスパゲッティ食べるとか」
「だ...誰が得するんですかそれ!!」
桃色の妄想を一気にワイプされ、ハルユキはずるっと椅子の上で滑った。
小刻みに何度も頭を振り、思考を立て直す。
「と......ともかく、全力は尽くします...。あと、先輩がお留守の間に、チユの奴に基本的なレクチャーはしておきますんで...」
「うん。その後、私からレギオンへの加入要請をさせて貰おう」
そこで黒雪姫はちらりと視界端の時刻表示を見た。
「...っと、そろそろ生徒会室に戻らないと。そういえば、キミからも何か話があるんじゃなかったか?」
「あ、そうでした」
頷き、ハルユキは早口で続けた。
「いえ、別に大したことじゃないんですけど。新1年生に、バーストリンカーいませんでしたね、っていうだけで」
「キミも確認したか。私も少し前に学内ローカルネット経由でマッチングリストを見たが、確かに増えているのは倉嶋君...《ライム・ベル》。兎美君の《サファイア・ラビット》だけだったな...」
そうは言ったものの、口調にはわずかな歯切れの悪さを感じて、ハルユキはふと入学式の檀上で黒雪姫が見せた一瞬の視線を思い出した。
おずおずとその件を訪ねる。
「あの...先輩、演説の終わり間際に、1年生の誰かを気にしてませんでしたか?」
すると黒雪姫はふ、と苦笑し、首を横に振った。
「よく見てるなぁ。いや、気にするほどのことではない。強いて言えば...気配を感じた。くらいの話だ」
「け、気配?」
「キミも身に覚えがあるだろう。《対戦》フィールドで、どこかに潜伏したスナイパーの照準器に狙われているような...」
それはハルユキが加速世界に於いて最大級に嫌いな感覚だったので、反射的に思い切り顔をしかめると、黒雪姫はすぐにいやいや、と指先を振った。
「最終的に、1年生に新手のバーストリンカーはいなかったのだから、私の錯覚さ。...さてでは私はここで失礼するよ」
「あ...僕も帰ります」
ハルユキも晴れて2年生となったので、もうラウンジを使用する権利はあるのだが、このオシャレ空間に1人で居残る度胸は皆無だ。
黒雪姫に続いて立ち上がり、再生素材のコップを回収ボックスに放り込んだ所で、ふと黒雪姫がハルユキに話しかける。
「そう言えば、兎美君はどうしたんだ?」
「ああ、兎美だったら...」
☆★☆★☆★
梅郷中学校、風紀委員室。
兎美は転入してきたその日に、風紀委員に加入していた。
氷室幻を調べるのもあるが、あわよくば葛城巧未を調べられと思ったからだ。
兎美はパソコンと睨めっこし、葛城の事を調べていた。
しかし、流石に一中学校の風紀委員といえどそんな情報は保存されていなかった。
「随分熱心に調べ事をしてるのね?」
集中していたせいか、幻と内海が近くまで接近していた事に気づかなかった。
「いえ、葛城巧未ついて知りたくて...」
幻は兎美の隣まで来ると、いきなり語り出した。
「随分前に、この近くに隕石が落ちた事は知ってる?」
「いえ...」
「隕石が落ちた所を調べてみた所、地下からガスが湧き出ていて地球上には無い成分で出来ているの。葛城はこれをネビュラガスと呼んでいたわ」
「ネビュラガス?そもそもあなたは葛城の事を知ってるんですか?」
兎美の質問に、幻は答えた。
「ええ、彼女と私は友達ですから。彼女の研究データも渡して貰ったわ」
幻は、ネビュラガスについて説明を続ける。
「葛城は誰よりも先に、このネビュラガスの重要性に気づいていたの」
幻は内海に指示を出す。
「葛城の研究データを引き出せるかしら?」
「彼女に見せても宜しいんですか!?」
信じられないと思った内海は、幻に再確認をする。
「ええ」
「解りました」
内海は1台のパソコンを操作すると、保存されていた葛城のデータを引き出した。
「これが葛城巧未の研究データだ」
パソコンの画面には、この近辺の地図と。
ネビュラガスが噴出している箇所が、表示されていた。
兎美はその研究データで興奮し、いつものように寝ぐせみたいに髪がぴょこっと跳ね上がる。
その兎美の姿を、幻は興味深そうに見ていた。
どうも、ナツ・ドラグニルです!
思ったより長くなってしまい、申し訳ございません。
今後の展開を考えると、兎美も学校に入れないいけないと思い、転入させました。
ビルドの原作であった、研究所のやり取りを風紀委員室で行おうと思っています。
そうする事で、この後の物語も成り立つと思うので。
それでは次回、第3話もしくは激獣拳を極めし者第28話でお会いしましょう!
それじゃあ、またな!
文字数の調度いい長さを教えてください!
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7000~10000 第3章第3話参考
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10000~15000 第2章第8話参考
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15000~20000 第3章第2話参考