アクセル・ビルド   作:ナツ・ドラグニル

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兎美「これまでのアクセル・ビルドは、仮面ライダービルドでありて~んさいの有田兎美は、幻から葛城巧未について説明され、元々は梅里中学に在籍していた事を知ったのでありました」


千百合「一方、仮面ライダークローズである有田春雪は、幼馴染である黛拓武を応援する為に剣道の試合が行われている体育館に向かうのだった。そこでハルユキは、剣道部に所属する新1年生の中にバーストリンカーが混じっている事に気づくのだが、マッチングリストに名前が出現しない事に驚愕するのでありました」


美空「ねぇ、その新1年生って本当にバーストリンカーなの?単純に剣道が黛より上手かっただけじゃないの?」


兎美「その可能性も捨てきれないけど、調べてみないと分からないわよ」


美空「じゃあさ、何でマッチングリストに出て来なかったのよ」


兎美「だから調べないと分からないって言ってるでしょうが!さて、その新1年生は一体何者なのか!どうなる第4話!」


美空「でもさー」


兎美「美空しつこい...」


第4話

検討すべき事柄の優先順位をつけられず、ハルユキは右手に持ったピザの一片のさきっちょに載った小エビをしばらく睨み続けた。

 

 

意を決してそれをぱくんとやってから、顔を上げ、訪ねる。

 

 

「......タク。あいつは...能美はバーストリンカーなのか?」

 

 

「いきなり中央突破だね」

 

 

タクムは口の右側を持ち上げて苦笑し、同じようにピザをかじった。

 

 

夜八時半、ハルユキのマンションの自室だ。

 

 

タクムが部活を終え、自宅でシャワーを浴びてから来たのでやや遅い時間となっている。

 

 

ハルユキの母親は例によって零時過ぎまで帰らないが、タクムの親がこのように友達の家で晩ご飯を食べる事を許すなど、小学生時代なら考えられなかった。

 

 

本人は頑なとして詳細を語ろうとしないが、今年初頭の梅郷中への転校に関しても、両親と揉めに揉めたらしい。

 

 

結局、いくつかの条件を自己申告する事でやっと認めさせたようなのだが、勿論その内容まではハルユキは知らない。

 

 

そんなタクムの奮闘に頭が下がると同時に、まったく親に顧みられることのない自分と、どちらが子供として恵まれているのか――などと勝手な事を考えたりもする。

 

 

「あっ、またそんなもの食べてる」

 

 

という突然の声がハルユキの思念を破ったのは、2口目をかじり取った時だった。

 

 

開け放したままだったドアからずかりずかりと入ってきたチユリは、右手を腰に当てて更に喚いた。

 

 

「もー、ハルも自分でご飯作れるようになれってずーっと言ってるじゃん!」

 

 

「つ、作ってるだろ」

 

 

「箱から出して解凍しただけでしょ!」

 

 

「さ、皿に盛ったし」

 

 

「そんなの料理って言わない!」

 

 

びしっ!とハルユキの鼻の頭を人差し指で照準する。

 

 

「てか、兎美はどうしたのよ」

 

 

チユリは、兎美がいない事を指摘する。

 

 

「兎美なら学校から帰ってからずっと、葛城の研究日誌を調べてるよ」

 

 

「それで料理を作る人がいないから、そんなの食べてるのね」

 

 

呆れたようにそう呟いたチユリは、左手に持っていた紙袋を高々と差し上げた。

 

 

「どーせこんなことだろうと思ってママにラザニア作って貰ったのよ。ほら、頭が高ーい!」

 

 

――お前だって自分で作ったわけじゃないじゃん!

 

 

と思いはするものの、袋から焦げたチーズの芳香が漂えば、へへぇと平伏するしかないハルユキだ。

 

 

四角い耐熱容器にびっちりと詰まったラザニアは、チユリママ特製のボローニャソースをたっぷり使った逸品で、同じイタリア料理でも冷凍ピザとは比較にならない味わいだった。

 

 

リビングに場所を移し、ハルユキが全体の4割、タクムとチユリが3割ずつを平らげるのにわずか15分しかかからなかった。

 

 

「ご馳走様。......チーちゃんのお母さん、お店開けばいいのに」

 

 

満ち足りた表情でタクムが呟いた言葉を、ハルユキもこくこくと追認した。

 

 

「ほんとだよ。和洋中なんでも作れるしさ」

 

 

「あーだめだめ。ママの料理って、パパに食べさせる時以外は出力50%だもん」

 

 

チユリが真顔でそう言うので、ハルユキは思わず空になったラザニア皿を見下ろした。

 

 

「ま、マジかよ。このうまさで半分しか本気出してないのかよ」

 

 

「あ、これは95%くらいは出てるよ。ママが、あたしのお婿さん候補に食べさせるなら―って」

 

 

そこでチユリが恥ずかしがりながら顔を手で覆い、叫びだした。

 

 

「きゃー!もう、何言わせるのよ!ぶっ飛ばすわよ!」

 

 

チユリは嬉しそうに叫びながらも、照れ隠しでテーブルの下でハルユキの向う脛を蹴り飛ばした。

 

 

「ぬお――――っ!!」

 

 

その時、悶絶するハルユキの声がマンション中に響いた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

『ぬお――――っ!!』

 

 

「ん?」

 

 

研究日誌を見ていた兎美だったが、突如聞こえた奇声によって作業する手を止めた。

 

 

「ふあ~...何よ、今の声」

 

 

同じく聞こえた奇声によって起こされた美空は、欠伸混じりに呟きながらベッドから起き上がる。

 

 

「今のハルの声よね、何かあったのかしら」

 

 

作業を中断した兎美は、美空を連れて部屋を出た。

 

 

部屋を出た兎美が最初に気づいた事は、リビングに電気がついている事だった。

 

 

ハルユキは基本、自分達がいない時は自室にいる事が多い。

 

 

不思議に思った兎美は、リビングの扉を開けた。

 

 

そこで兎美の目に入ってきたのは、キッチンで洗い物するチユリと苦笑するタクム。

 

 

そして、涙を堪えながら向う脛を押さえるハルユキの姿だった。

 

 

「何よ、あんた達来てたのね」

 

 

兎美の言葉に、悶絶するハルユキが反応する。

 

 

「ね、寝てた美空はともかく、お前は2人が来てた事気づいて無かったのかよ」

 

 

「研究日誌見るのに集中してたからね」

 

 

堪えながらも呆れるハルユキに、兎美はそう返す。

 

 

「それで?3人も集まってどうかしたの?」

 

 

兎美はさりげなくハルユキの隣に座り、美空は近くのソファにもたれかかった。

 

 

ハルユキ達は今日あった出来事を、兎美達に説明した。

 

 

「なるほどね、その能美って奴がバーストリンカーかもしれないって事ね」

 

 

「そうなんだよ。......で、能美だけど。そうだ、あいつの下の名前は何て言うんだ?」

 

 

「セイジだったかな。こういう字」

 

 

タクムがテーブル上にホロペーパーを生成し、指先をすらすらと動かした。

 

 

仮想の紙に仮想のペンで書かれた漢字は、《征二》とある。

 

 

「ふうん......上に兄弟がいるかな」

 

 

ハルユキの呟きに、ペーパーを消してからタクムも頷いた。

 

 

「うん。卒業アルバムを調べたら、僕らの3学年上に《能美優一》って生徒がいた。ただ住所は暗号化されてて同学年の卒業生にしか読めないから、それがあの能美のお兄さんかどうかは未確定だね」

 

 

「3つ上か。年齢的には、第一条件をぎりぎり満たすな......」

 

 

《誕生直後からニューロリンカーを装着している》というバーストリンカー適性の第一条件を満たせるのは、必然的に最初のニューロリンカーが市販された年に生まれた子供からだ。

 

 

その言わば《第一世代》は、今年高校2年――つまりハルユキ達から見れば3学年上ということになる。

 

 

「でも、もしその優一って奴がバーストリンカーなら、黒雪とは在校が1年かぶる。でも、黒雪の上級生にバーストリンカーがいたなんて話は聞いた事ないわよね」

 

 

「そうか...そうだな」

 

 

兎美の言葉にううんと唸ってから、ハルユキは切り替えるように言った。

 

 

「まあ、優一氏の事は置いとこう。とりあえず問題は1年の能美だ...。タク、あいつ...お前との試合中に《加速》したよな?そうでなけりゃ、お前があんな負け方するなんて......」

 

 

するとタクムは大きく口の端を歪めるように笑った。

 

 

「別に、僕なんか大したことないさ。2回戦以降は何処で負けても可笑しくなかった。加速なしじゃあんなもんだよ」

 

 

「なことねぇよ。準決で当たった主将よりぜったいお前のが強かった!」

 

 

タクムの自嘲的な言い様に、ついムキになって抗弁してから、ハルユキは語調を落とした。

 

 

「それより、どうなんだよ。俺には、確かに能美が加速コマンドを唱えたみたいに見えた」

 

 

長い沈黙を経て、タクムも小さく頷いた。

 

 

「......ああ。僕にも、そう見えた......」

 

 

「え―――――っ!!」

 

 

と、甲高い声で叫んだのは、洗い物を終えてリビングに戻って来たチユリだった。

 

 

緑茶のペットボトルと、グラスを5つテーブルにどすがちゃんと置きながら続ける。

 

 

「うそっ、あいつもバーストリンカーなの!?だって、でも、今年の1年にはいないってハルとタッくんも言ってたじゃない!」

 

 

「いないんだよ。だから困ってるんじゃないか」

 

 

唇を突き出して言い返し、ハルユキは頭をわしゃわしゃと掻き回した。

 

 

「オレ、あいつが加速したと思った瞬間に自分も加速して、マッチングリスト確認したんだ。でもそこに能美はいなかった...」

 

 

「そういえば、まるで事前にタッくんの攻撃が分かってる感じの避け方だった」

 

 

すると、そこにソファで寛いでいた美空が口を挟む。

 

 

「要するに、その能美って奴は加速してるにも関わらず、マッチングリストに出ない様に出来る仕掛けをしているって事でしょ?ブレインバーストの事は詳しくないけど、そんな事出来るの?」

 

 

「無理ね。加速している以上、必ずマッチングリストに出る筈だもの」

 

 

美空の問いに、兎美が答えた。

 

 

「タク、あいつ、ローカルネットには接続してたよな?」

 

 

その時、ハルユキが思いついたのはローカルネットに接続せずに加速をする事で、マッチングリストに名前を表示させない方法。

 

 

しかし、それも不可能だった。

 

 

「してた。そもそも、してなきゃ試合できないよ」

 

 

「だよなぁ...。でも、加速なしにあんな反応...あいつ、タクが1本目に出したメン打ちも2本目の抜きドウも事前に解ってた感じの避け方したろ。特に2本目のほうは、なんていうかまるで加速しながら生身の体を動かしたみたいな...。んなこと、できるわけないけどさ」

 

 

「え」

 

 

とタクムが奇妙な声を出したので、ハルユキも「へ?」と応じた。

 

 

「な、なんだよ?」

 

 

「いや...ハル、もしかして知らないのかい?」

 

 

――その言い方と表情に、強烈な既視感が発生する。

 

 

「ちょっと待った...やめろよな、また俺だけ知らない《加速世界の常識》みたいなの。《無制限中立フィールド》とか、《断罪の一撃(ジャッジメント・ブロー)》とか、話題に出るたびに赤っ恥かいてるんだからな」

 

 

「うん、じゃあ、3回目だね」

 

 

にやっと笑い、タクムは何を考えたか、グラスを1つ引き寄せるとペットボトルから緑茶を半分ほど注いだ。

 

 

それを右手に持ち、黄緑色の液体をじっと視線を据えて――

 

 

 

 

「...《フィジカル・バースト》」

 

 

コマンドを叫んだ直後、タクムはグラスの中のお茶を、真上にばしゃっと放り上げた。

 

 

『なっ...』

 

 

「きゃっ...」

 

 

同時に驚きの声を上げたハルユキとチユリ、そして兎美と美空は直後、倍する驚愕に見舞われてぽかんと眼と口を開けた。

 

 

宙高く、細長い円弧を描いて落ちてきた緑茶を、タクムが右手に保持したグラスで余さず受け止めていく!

 

 

不定形の液体に合わせて右手を小刻みに移動させつつ、上から下へと降ろすことで跳ね返りを抑える。

 

 

1秒後、とん、とテーブルのグラスの底が接した時には、その中にはボトルから注いだ直後とまったく同じ量のお茶がゆらゆらと揺れていた。

 

 

卓上にこぼれた雫は、わずか4滴のみだった。

 

 

『うっそぉ...』

 

 

というチユリと美空の呟きを聞きながら、兎美はタクムが起こした現象を推測する。

 

 

「もしかして...意識を肉体に留めたまま《加速》するコマンドなの?」

 

 

「そう。倍率は10倍、持続時間は3秒、消費ポイントは5。肉体の動きそのものは加速されないけど、格闘技で相手の攻撃を避けたり、カウンターを合わせたりするのは容易いよ」

 

 

「もしくは野球でばかすかホームラン打ったりな。そうか...能美はまさに、《加速しながら動いて》タクの抜きドウを避けたんだな...」

 

 

付け加え、ハルユキはふうっと息を吐いた。

 

 

黒雪姫が、このコマンドを教えてくれなかった理由も今なら解る。

 

 

対戦するためには必須の基本コマンド《バースト・リンク》とは異なり、《フィジカル・バースト》は、加速能力を名声や自己顕示欲のために使う者しか必要としない機能なのだ。

 

 

その上、1度使い始めればキリがないだろうし、多用した場合のポイント消費の莫大さは想像するのも恐ろしい。

 

 

「能美征二は、去年までの僕と同じだ、何もかも。加速の力で試合にも勝ち、その代償として存在するべき対戦のリスクを、何らかの手段で回避している。だから僕は、あいつに負けても、何も言う資格も」

 

 

パアン!

 

 

そこで声が途切れたのは――

 

 

いつの間にかタクムの隣に立っていた兎美が、タクムの胸倉を掴んで頬を引っ叩いたからだった。

 

 

青い眼鏡をずり落とし、あんぐりと口を開いたタクムに向かって、兎美はふんっと鼻を鳴らした。

 

 

「いつまでそんな事言ってんのよ!昔の事をウジウジと!あんた覚悟を決めたんでしょ!?」

 

 

「う...うん」

 

 

黒雪姫から聞いたのか、以前話した自分の覚悟が兎美の口から語られる。

 

 

「ハルの隣に立ち、一緒に強くなるって決めたんじゃないの!?」

 

 

そう言い切った兎美の顔から、タクムへと再度視線を動かし、ハルユキも大きく頷いた。

 

 

「そうだぜ、タク。お前はもう昔のお前じゃない。何より、あいつがバーストリンカーなら、向こうはもう俺達のリアルを割ってるはずだ。このまま俺達の本拠地で、加速能力濫用不可っつう掟を破って好き放題させておくわけにはいかない...何がなんでも、あいつがマッチングリストに出て来ない仕組みを突き止めて、《対戦》でコテンパンにしてやらなきゃ」

 

 

「そーよ!大丈夫、どんなにやられても、あたしがもりもりしちゃうからさ!」

 

 

「......」

 

 

眉間に深い谷を刻んだまま、タクムはしばらく俯いていた。

 

 

しかしやがて唇が少し動き、「ありがとう」という言葉がかすかに洩れた。

 

 

顔を上げた時は、もういつもの冷静な表情が戻っていた。

 

 

1つ頷いてから、タクムは低く張った声で言った。

 

 

「...解った。僕が何とか、部活中に調べてみるよ。あいつのことはしばらく任せておいてくれ、ハル」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

しかし、状況に動きが見られないまま、たちまち2日が経過した。

 

 

ハルユキも、配属された2年C組の生徒達の顔と名前、性向を把握するのに必死で、能美征二の1件について考える余裕は正直なかった。

 

 

昔から人付き合いが大の苦手で、声を掛けてくるのはイジメる連中だけというハルユキには、チユリが忽ちの内に女子数人と仲良くなり、一緒にお昼を食べたりしているのがまったく信じられない。

 

 

転入生のタクムすら、既に秀才グループ的な集団に溶け込み、昼休みには立体表示された小難しい数式等を囲んであれこれ話している。

 

 

もちろん、2人に「一緒にご飯食べよう」と言えば、いつでも新しい友人達に断りを入れてハルユキと共にしてくれただろう。

 

 

しかし、そんなふうにチユリとタクムに甘えることは絶対にしたくなかった。

 

 

加速世界と同じように、現実世界でも自分の殻を破って、新しい友達くらい作れるようにならなきゃいけない。

 

 

そう思って共通の話題が存在しそうな男子生徒を探すべく懸命に聞き耳を立てたり、ローカルネットをうろついたりしてみたが、誰も彼も話しているのはスポーツやら音楽やらファッションのことばかりで、ゲームやアニメの話題は一マイクロ秒たりとも耳に入ってこない。

 

 

だが、どの生徒もたまにある共通の話題を話していたのを、ハルユキは耳に入れていた。

 

 

それは、仮面ライダーについてだった。

 

 

その話題だったら、ハルユキでも話に入る事が出来るが一般人では知る事の出来ない情報まで持っている為、何かの拍子に喋ってしまう事を恐れて話しかける事が出来なかった。

 

 

――まぁ、ゆっくり頑張ればいいさ。僕にだって一緒にご飯を食べる人が2人もいるんだ。

 

 

その内の1人である兎美には、ハルユキは頭が上がらなかった。

 

 

こうなる事が分かっていたのか、兎美にも女子数人の友人が出来ていたがお昼の時はハルユキとしか取っていなかった。

 

 

そして、仲の良い女子グループも兎美がハルユキの妻と公言していたお陰でそれに口を出すことは無かった。

 

 

そのお陰で、ハルユキは寂しくお昼を取る事は無かった。

 

 

その代わり、もう1人の副生徒会長殿は数日後に迫った修学旅行直前の各種タスクにてんてこ舞いで、昼休みどころかネットですら会えない状態が続いている。

 

 

そんなこんなで、ハルユキがふたたび黒雪姫と会話できたのは、週末に行われた《領土戦》の対戦フィールドに於いてだった。

 

 

 

 

 

「イ...ヤァァッ!」

 

 

ハルユキの視線の先で、漆黒のアバター《ブラック・ロータス》の右脚が、青紫色の光芒を引いて垂直に蹴り上げられた。

 

 

ずばっ、と腰から肩までを一直線に切り裂かれた敵近接型が、そのままくるくる回りながら吹っ飛び、彼方のビルに激突して動かなくなった。

 

 

視界に浮き上がったチームの勝利表示を眺め、今日行われたバトルの通算勝率が8割を超えた事にほっと安堵しながら、ハルユキはレギオンマスターに駈け寄った。

 

 

「や、お疲れ、シルバー・クロウ。シアン・パイル」

 

 

「お疲れさまです!」

 

 

「お疲れです」

 

 

ハルユキに続いて、近くの倒壊したビルの入り口からその巨体を現したシアン・パイルは、一礼したあと小声で続けた。

 

 

「すみません、ぼく部活の休憩時間なんで、これで失礼します。マスター、明日からの沖縄旅行、楽しんでください、お気をつけて」

 

 

慌しくそう言い残し、バースト・アウトしたタクムを見送って、黒雪姫はふふ、と小さく笑った。

 

 

「彼もすっかり剣道部員だな。さっそくレギュラー入りしたそうじゃないか」

 

 

「え...ええまあ。それでですね...その、剣道部に関してなんですが」

 

 

ハルユキはちらりと周囲を見回し、敵チームの3人も、10人以上いたギャラリーも既に残らず切断している事を確認してから、なおもひそひそ声で続けた。

 

 

「まだ確証は得られてないんですが...どうも、タクと一緒にレギュラー入りした新1年生が、バーストリンカーなんじゃないかって...」

 

 

「...なんだと?」

 

 

胸の前で腕組みするように双剣を交差させ、ヴァイオレットの眼をすうっと細めたブラック・ロータスに向かって、ハルユキは一昨日の試合での事を説明した。

 

 

それが終わっても、黒雪姫は数秒間沈黙を続けた。

 

 

やがてちらりと視線を上げ、「まだ10分近くあるな」と呟いてから、近くの瓦礫の上に優雅に腰掛けたので、ハルユキもその向かいにおずおずと座った。

 

 

「能美...征二か。兄の優一という名前は、私の記憶にはないな。去年も、一昨年も上級生にバーストリンカーはいなかった。だから仮にその優一が征二の《親》だとしても、私の梅郷中入学時点でブレイン・バーストを喪失していたということになる」

 

 

すらすらと発せられた黒雪姫の言葉を咀嚼し、ハルユキはううんと唸った。

 

 

「だとすると...能美征二がバーストリンカーなら、《親》とは別の学校に進んだってことなんでしょうか」

 

 

「レアではあるが、ない話でもないよ。実際、私がそうだしな。しかしそれ以前に...確かなのか?その能美という1年生が試合中に《加速》したというのは」

 

 

「証拠はないです。ただ...他のスポーツならともかく、剣道なんですよね。自分自身も剣道で《フィジカル・バースト》コマンドを使ってたタクが、それを見間違えるなんてことないと思うんです...」

 

 

「ふむ...」

 

 

小さく頷いたブラック・ロータスは、そこでふと苦笑するような息遣いを漏らした。

 

 

「しかし、これでついに君も物理加速コマンドの存在を知ってしまったわけだな。使うなとは言わんが、アレで球技のヒーローになったりするのはネガ・ネビュラスの法度だからな」

 

 

「つ、使いませんよ!たった3秒の為に5ポイントも払うなら、10ポイントも払うなら、10ポイントで《無制限中立フィールド》にダイブしたほうがずっとトクです。...そんなことより、問題は、能美がマッチングリストに出て来ない理由のほうですよ」

 

 

「正直、信じがたいな」

 

 

両眼を鋭く細めた黒雪姫は呟いた。

 

 

「半年前の《バックドア・プログラム》事件以降、同種の裏技はパッチが当たって使用不能となったはずだ。もし能美がバーストリンカーで、梅郷中ローカルネットに接続しているのなら、絶対にマッチングリストに登録されねばならん。リストにいないのなら、すなわち能美はローカルネットに接続していないのだ」

 

 

「で、でも、学校の敷地内にいる生徒が学内ネットに接続していない、なんて事が有り得るんですか?しかも授業中や、剣道の試合中もですよ!」

 

 

「......確かに、それも有り得んな......」

 

 

ハルユキの反駁に、黒い鏡面ゴーグルがそっと横に振られた。

 

 

「学内ローカルネットの基幹サーバーに侵入すれば、あるいは...。いや、幾らなんでもリスキーすぎる。もし露見したら、中学校といえども退学まであるからな。やはり...何らかの違反プログラムで、自分を他のバーストリンカーからマスキングしているのか...」

 

 

「一度あったこと、ですしね。僕も、それが一番ありそうな気がします」

 

 

銀色のヘルメットを俯け、ハルユキは低くそう答えた。

 

 

「しかし、だとしても、能美の目的は何だ?自分がバーストリンカーである事を隠したいなら《フィジカル・バースト》コマンドなぞ使っては逆効果だろう。事実そのせいで、既に我々は彼を大いに怪しんでいるわけだしな。かと言って、向こうにはもう我々のリアル情報が筒抜けの筈なのに、それを利用して《対戦》を挑んでくるでもない。彼はいったい何がしたいんだ?」

 

 

黒雪姫の疑問に、もちろんハルユキも答えられなかった。

 

 

しばらく考えてから、あやふやな口調で言う。

 

 

「...それは、あいつがリストに出て来ない仕組みを見破って、《対戦》を挑んだ上で訊くしかないと思います...」

 

 

「まあ......な。バーストリンカー同士、対戦しなくては何も始まらん。私が真っ先に戦いたい所だが、残念ながら明日から1週間も東京を離れてしまうんだよな......ううん、仮病でも使って残ろうかな...」

 

 

「だっ、駄目ですよそんなの!!」

 

 

ハルユキは慌てて叫び、両腕をぶんぶん振り回して黒雪姫のとんでもない台詞を押し留めた。

 

 

「中学の修学旅行なんて、一生に一度じゃないですか!行ってきてくださいよ、能美の件は僕らがなんとかしますから!!」

 

 

「ン...そうか?でも、あまり無茶はするなよ。そうだ、お土産は何がいいか決まったかい?」

 

 

「あ、そのぉ...あんまり嵩張る物をお願いしても悪いんでその...先輩が撮った動画とか見せてもらえばそれで...」

 

 

ハルユキが発したリクエストを聞き、黒雪姫は首を傾げると言った。

 

 

「なんだ、そんなものでいいのか。じゃあたっぷり撮ってメールで送ってやろう。私が旅行中に食べた沖縄料理ぜんぶな」

 

 

その黒雪姫の台詞によって、ハルユキの思考が一瞬停止した。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

そして黒雪姫は、翌日曜日の午前中羽田発の飛行機に梅郷中学校3年生120人と共に乗り込み、遥かな南国目指して飛んで行ってしまった。

 

 

そして宣言していた通り、機内で食べたであろうお弁当の写真が、メールに添付されてハルユキに届いた。

 

 

「本当に送ってきたよ...」

 

 

ハルユキはげんなりとしながらメールを開くと、メールには写真が2枚添付されていた。

 

 

律義にも、お弁当箱を開ける前のと、蓋を開けたお弁当箱の写真だった。

 

 

ハルユキとしては、沖縄の景色を動画に撮ってもらい兎美と美空と一緒に鑑賞しようと思っていたのだが。

 

 

「僕って...そんなに食いしん坊キャラに見えるのかな?」

 

 

誰かに質問するわけでもなく1人ごちていたハルユキの思念を、視界中央に点灯したボイスメールの着信アイコンが遮った。

 

 

それがタクムからだと気付くや、ハルユキは跳ね起き、指先でアイコンを叩いた。

 

 

『ハル、おはよう。能美の件、報告が遅くれてて悪いね。なんとかあいつのニューロリンカーに接続して、ブレイン・バースト・プログラムの有無を確認しようと思ったんだけど隙が無くて...やっと写真だけは入手したんで、添付しておく。今日も午前中は部の練習があるから、また何か解ったら連絡するよ、じゃあ』

 

 

メッセージ本文の再生が終了すると同時に、添付ファイルのアイコンが点灯した。

 

 

「重...」

 

 

データサイズがやけに大きいのに気づき、眉を寄せたが、理由はファイルを展開したら直ぐに解った。

 

 

表示されたのは、剣道部の新一年生全員の集合写真だったのだ。

 

 

ニューロリンカーはカメラを内蔵しているので、視界の静止画や動画での撮影は技術的にはいつでも可能だ。

 

 

しかしそれは、旧時代のカメラつき携帯電話よりも遥かにたやすく盗撮行為を許してしまう。

 

 

ということでもある。

 

 

ゆえに現在では、撮影範囲に入っている人間がネット経由で許可しない限り、視界スクリーンショットに他人は写らないよう機能制限されている。

 

 

――もちろん、黒雪姫のように、怪しげな手段でその規制を回避すれば話は別だが。

 

 

ハルユキ同様タクムにも、ニューロリンカーに関するそこまでの知識やワザはないので、能美の顔写真を入手するためにはこのように記念撮影的な機会を待つしかなかったのだろう。

 

 

ハルユキは視界いっぱいに表示された写真に視線を走らせ、次々に浮かんでは消える埋め込みタグの中から、《1年A組 能美征二》の名前を見つけ出した。

 

 

素顔の能美は――これといって特徴のない、たっぷりと幼さを残した少年だった。

 

 

やや茶色味を帯びた髪は丸い形にカットされ、額に長めに垂れている。

 

 

眼も鼻も女の子のように可愛らしいが、微笑を浮かべた口元には、それなりに剣道部員としての野性味があるようにも思える。

 

 

「君は...バーストリンカー、なのか...?」

 

 

呟いたが、もちろん静止画中の能美は何も答えない。

 

 

ハルユキは謎多き1年生の顔立ちをしっかりと脳裏に刻み込み、写真を消すと、ベッドから降りた。

 

 

午後から新宿か渋谷方面に出かけて《対戦》してみようかなと思っていたのだが、その予定を変更し、学校に行くことにして制服へと着替える。

 

 

タクムと能美が部の練習をしているなら、何らかの動きがあるかもしれない。

 

 

ハルユキはキッチンに移動し、料理していた兎美に出かける旨を伝える。

 

 

「兎美、能美を調べに学校に行ってくる」

 

 

「それは良いけど、用心しなさいよ」

 

 

兎美は神妙な面持ちで、言葉を続けた。

 

 

「マッチングリストに細工する程の相手よ、何してくるか分からないわよ」

 

 

「大丈夫だって、調べるって言っても只様子を見に行くだけだからな」

 

 

「...そう、分かったわ」

 

 

そう答えた兎美は、料理に戻った。

 

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 

「行ってらっしゃい...。あ、ハル、その前に醤油取ってくれない?」

 

 

「え?あぁ、分かった」

 

 

そう言ってハルユキは、テーブルの上に置かれている醤油を取りに行く。

 

 

この家では醤油は赤い容器、ソースは青い容器に入っている。

 

 

おっちょこちょいなハルユキが、間違えない為の配慮だ。

 

 

ハルユキは赤い容器の醤油を手に取り、兎美が居るキッチンに向かった。

 

 

「ここに置いていくぞ」

 

 

兎美の近くに醤油を置いたハルユキは、念の為にまだ寝ているらしい母親と美空あてに短いメッセージを残し、そっとドアを開けて外に出た。

 

 

「さてと...あれ?」

 

 

そこで兎美は、違和感に気づいた。

 

 

「まったく...、何のために分かりやすくしてると思ってるのよ」

 

 

そう言って兎美は、()い容器に入っているソースをテーブルに戻して赤い容器の醤油を手に取った。

 

 




どうも、ナツ・ドラグニルです!


作品は如何だったでしょうか?


最近ようやく自分の時間を作り、小説を書く事が出来る様になりました。


これからは、今まで通りに前回の投稿から1ヶ月位で投稿出来ると思います。


応援して頂いた読者の方々には、感謝の言葉しかありません。


本当にありがとうございました。


それでは次回、第5話もしくは激獣拳を極めし者第30話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!

文字数の調度いい長さを教えてください!

  • 7000~10000 第3章第3話参考
  • 10000~15000 第2章第8話参考
  • 15000~20000 第3章第2話参考

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