アクセル・ビルド   作:ナツ・ドラグニル

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兎美「仮面ライダークローズであり、バーストリンカー、シルバークロウでもある有田春雪は新1年生の能美征二がバーストリンカーではないかと推測する」


美空「しかし、マッチングリストにハルユキ達以外の名前が出て来なかった為に、能美征二がバーストリンカーなのかが分からなかった」


チユリ「そんな中、ハルユキは既に能美の罠にハマっていた」


美空「罠って言うけど、どんなトラップを仕掛けられてるのよ」


チユリ「それはもちろん、料理が用意されていて飛びついたら捕獲されるという...」


兎美「餌のトラップに引っ掛かる野生動物じゃないんだから、それはないでしょうが!」


チユリ「じゃあ、上履きが隠されるという罠が...」


兎美「ファウストに関わっているかもしれない奴が、そんな地味な罠仕掛ける訳がないでしょ!小学生か!」


美空「ハルユキにどんな罠が仕掛けられているのか、どうなる第5話」


チユリ「じゃあ、エレベーターに乗ったら底が抜けるっていう罠は?」


兎美「いや、それは洒落にならないでしょ...」


第5話

休日に登校するのは、考えてみれば入学以来初めてかもしれなかった。

 

 

この前の立弥と会った時、ガーディアンに襲われた生徒を助ける為に学校に入ったが、あれは例外だろう。

 

 

そんな事を考えながら、ハルユキは昇降口で靴を履き替え、ちらりと時計を見る。

 

 

支度や移動に案外と時間を食ってしまい、既に午後12時15分を回ろうとしている。

 

 

タクムがまだ残っているか、メールを飛ばしてみようかと思ったが、直接行った方が早いと考え直す。

 

 

日曜午後の学校は、びっくりするくらい閑散としていた。

 

 

無人というわけではない。

 

 

グラウンドからは軟式野球部や陸上部のかけ声が聞こえてくるし、学食に行けば文化部の生徒もたむろっているはずだ。

 

 

だが、照明が落とされた校舎の中は薄暗く、しんと静まり返っていて、ハルユキに何処か間違った場所に迷い込んでしまったかのような戸惑いを与えた。

 

 

わけもなく息をひそめながら1階廊下を歩き、運動棟へと抜ける。

 

 

バスケットシューズの擦れる音が響く体育館脇を通り過ぎ、武道場へ――

 

 

「...シェアアッ!」

 

 

耳に入ってきた鋭い気勢に、びくんと立ち止まる。

 

 

数名の声が混じっているが、同じテンポで繰り返される掛け声の中に、先日聞いた高く鋭い能美のそれが確かに聞き取れる。

 

 

ハルユキはいっそう気配を殺し、渡り廊下から砂利敷(じゃりじ)きの中庭へと降りると、武道場の壁づたいに数メートル進んで窓から中を覗き込んだ。

 

 

既に剣道部全体の練習は終了したあとらしく、広い板張りの空間には数名の部員しか残っていなかった。

 

 

全員が1年生のようで、上級生に居残り練習でも命じられたか、並んで竹刀を振っている。

 

 

ハルユキの位置からは背中しか見えないが、右端の1人の小柄な背丈と、茶色がかった大人しいスタイルの髪は間違いなく能美征二だ。

 

 

ハルユキの眼から見ても、他の1年と比べて能美の素振りは圧倒的にキレがあり、実力の確かさを推し量らせる。

 

 

これほどの腕がありながら、なぜ試合で加速能力を使ってまで勝とうするのか、とハルユキは唇を噛んだ。

 

 

あるいは、何かどうしても譲れない事情があるのだろうか?

 

 

かつてタクムがそう思い詰めたように?

 

 

ハルユキが小さく息を洩らした時、能美1人だけがいきなり動きを止めた。

 

 

覗いているのがバレたか、と首を縮めかけたが、どうやらそうではないらしい。

 

 

ハルユキに背を向けたまま、すたすたと壁際に歩みよると、竹刀を片付けにかかる。

 

 

「おい能美、まだ回数終わってねーぞ」

 

 

素振りを続けながら、1年生の1人が言った。

 

 

それに対し何を答えるでもなく、能美はスポーツバックを持ち上げると、もう自分の練習は終わりとばかりに道場の出口へと歩き出した。

 

 

注意した部員が派手に舌打ちし、その隣で「レギュラー様は違うよなぁー」と声が上がる。

 

 

あからさまな皮肉を聞いても、能美は歩調すら変えなかった。

 

 

道着姿のまま道場を出ると、ハルユキの潜んでいる体育館側へと曲がったので、慌てて窓から離れて付近の植え込みの陰へと体を押し込む。

 

 

能美はハルユキに気付いた様子もなく渡り廊下をまっすぐ進むと、体育館の地下へ降りる階段へと姿を消した。

 

 

地下には、ハルユキにとってこの学校でもっとも縁遠い施設である温水プールが存在する。

 

 

まさかこれから泳ぐ気なのか、と呆れかけたが、すぐにその推測を打ち消した。

 

 

プールにはシャワールームが併設してあるはずだ。

 

 

練習でたっぷりかいた汗を流してから、剣道着を着替えるつもりなのだろう。

 

 

――シャワールーム。

 

 

「......!」

 

 

ハルユキは鋭く息を吸い込んだ。

 

 

状況からして、残りの1年生部員はまだ当分素振りを続けるだろう。

 

 

そして周囲に、他の運動部の生徒の姿はまったく見えない。

 

 

つまり能美征二は、今から数分間、完全に1人になるはずだ。

 

 

これはチャンスなのだろうか?

 

 

能美に、なぜマッチングリスト登録を拒否するのか、なぜ同じ学校に通いながら他のバーストリンカーを無視するのかを問い質す、千載一遇の好機なのでは?

 

 

もちろん、しらを切られればそれまでだ。

 

 

だが能美はあえて、もう同じバーストリンカーであると知っているはずのハルユキやタクムの目の前で《フィジカル・バースト》コマンドを使ってみせた。

 

 

ことに、タクムには試合中にまるで見せ付けるかのように。

 

 

あれは、考えようによっては、接触を促している――ということなのではないか。

 

 

迷いつつも、ハルユキは周囲に注意を払いながら能美の後を追った。

 

 

体育館に入ってすぐの壁際に設けられた下り階段を、抜き足差し足で降りる。

 

 

梅郷中では水泳は選択科目で、ハルユキがそんなものを選ぶ動機があるはずもなく、この階段を降りるのは掛け値なしに初めてだ。

 

 

左に直角に曲がる角からそっと先を覗くと、短い廊下にはもう能美の姿はなかった。

 

 

左側の壁に、ふたまたに分かれたシャワールーム兼更衣室への入り口が見える。

 

 

ちらりと天井を確認するが、見慣れた黒いドーム――ソーシャルカメラが存在しない。

 

 

この通路からシャワールーム内部まではカメラ視界外なのだ。

 

 

曲がり角に置かれた掃除用具入れの陰で更に10秒ほど逡巡してから、ハルユキは意を決してシャワールームへと近づいた。

 

 

入り口正面の壁を見ると、やたらと鮮やかなマーキングで、左側に赤色の女子用、右側に青色の男子用の表示があった。

 

 

階段の方向を確かめてから当然右に曲がり、数歩進んで耳を澄ませる。

 

 

もちろん、中に能美以外の生徒がいればすごすご退散するしかないが、話し声は聞こえてこない。

 

 

いつの間にか掌がじっとりと汗ばんでいる事に気付き、それをごしごしズボンに擦りつける。

 

 

――別に、ビビる必要なんかないぞ。

 

 

僕だってこの学校の男子生徒なんだ。

 

 

ならこの先に進んでも誰に咎められるいわれもない。

 

 

ただ、2人きりの場所で能美の真意を問い質そうというだけなんだ。

 

 

もう一度自分を叱咤し、ハルユキはぎくしゃくした歩行ながら、ついにシャワールームへの侵入を果たした。

 

 

予想よりずいぶんと広い空間の、右の壁にはロッカーが並ぶ。

 

 

部屋は一面、男子用に作られた青色でカラーリングされていた。

 

 

中央には長いテーブルが置かれ、その上に学校指定のスポーツバックが1つ置かれている。

 

 

シャワーブースは、左の壁に幾つも並んで設置されているようだ。

 

 

ブースはスモークカラーの樹脂パネルで目隠しされ、奥まった場所のひとつから、水音と湯気が発生しているのが見えた。

 

 

それ以外は完全に無人だ。

 

 

...遅かったか。

 

 

と、ハルユキは小さく息を吐いた。

 

 

くよくよ迷っている間に、能美はブースに入ってしまったようだ。

 

 

さすがに、シャワーを浴びている人間に突撃するほどの度胸は無い。

 

 

ここは出直すか、と考え、そっと後ずさろうとした――その時。

 

 

長机の上の、半分開いたスポーツバックの中で、何かにきらりと光が反射した。

 

 

ごく一部しか見えないが、滑らかな曲線を持つそれは、間違いなくニューロリンカーだ。

 

 

普通、セキュリティに気を使っている人間なら、もう1つの脳とさえ言っていいこのデバイスを目の届かない場所に放置はしない。

 

 

たとえシャワーを浴びる時でもそのまま着けて入るか、せめて鍵の掛かるロッカーに入れる。

 

 

だが、学校内で、しかも自分1人という状況に油断して、ロッカーの機械式キーを捻る一手間を惜しんだのか。

 

 

そうならば、ニューロリンカーの電源を落とす作業も省略したのではないか?

 

 

パワーオフされれば再起動には脳波認証があるゆえ手の出しようがないが、待機状態で放置されたそれに接触できれば、直結してメモリ領域をサーチすることは可能だ。

 

 

そう、今年の1月、かの《赤の王》スカーレット・レインがハルユキの母親のニューロリンカーに接触し、偽装メールアドレスを仕込んだのがまさに同じ手口だったではないか。

 

 

もちろん、道義的にも校則的にも許されることではない。

 

 

他の生徒のニューロリンカーにこっそり直結したなどということが教師にバレたら、叱責では済むまい。

 

 

だが――いかに全国民を常時監視するソーシャル・カメラ・ネットといえども、学校のトイレやシャワールームまではカバーしない。

 

 

そして、証拠映像のない校則違反にはいっさい関知しようとしないのが学校当局だ。

 

 

かつてハルユキが同級生にカメラの視界外で散々殴られたり、恐喝されたりしたのを見事に放置してくれたように。

 

 

それに、直結して物理メモリを覗ければ、能美がバーストリンカーかどうかだけでなく、マッチングリストに出現しない仕組みをも解明できる可能性が高い。

 

 

――と、そこまでを約2秒で思考し、ハルユキは決断した。

 

 

シャワーブースから響き続ける水音を聞きながら、息を詰めてバッグに近寄ると、わずかに引き開けた。

 

 

中には、きちんと折り畳まれたジャージと、その上に乗せられたペールパープルのニューロリンカー。

 

 

インジケータが薄青く点灯している。

 

 

スタンバイ状態だ。

 

 

ポケットから引っ張り出したプラグを素早く自分のニューロリンカーに挿入し、空中で揺れるもう片方のプラグを捕まえて、バッグ内の――

 

 

......いや、待て。

 

 

この色。

 

 

紫がかったサテンシルバー。

 

 

まるで自分の物のように見覚えのあるこのニューロリンカーは、能美征二のものではなく。

 

 

思考が停止し、プラグを握ったまま凍り付いたハルユキの耳に、きゅっとシャワーのコックが捻られる音が届いた。

 

 

水音が途切れる。

 

 

呆然と持ち上げた顔の先で、スイング式のパネルがきぃ、と開いた。

 

 

大判のタオルを肩までの髪に当てながら出てきた倉嶋千百合(・・・・・)と、ハルユキの視線が衝突し、4つの眼がいっぱいに見開かれた。

 

 

停止したままの思考駆動装置が今度はずぼーんと爆発し、ハルユキは――この状況に於けるわずかな救いとして――両眼の焦点を下に移動させる余裕もなく、ただチユリの顔を凝視し続けた。

 

 

先方も同様に、髪を拭きかけた姿勢のまま凍り付いている。

 

 

やがてハルユキはどうにか口を動かすだけの制御力を取り戻し、殆ど音にならない声で囁いた。

 

 

「チユ...お前、何で男子の...」

 

 

同時にチユリも、ぱちくりと一度瞬きしてから言った。

 

 

「ハル。あんた、女子シャワーで何してんの」

 

 

―――なんだって?

 

 

この時――ハルユキは、自分の周囲の空間を彩色する基調トーンがブルーではなくピンクに変わっている事に気付いた。

 

 

滑り止め加工された床も、つるつるした壁や天井も、目の前のテーブルも、全て淡いグレーイッシュ・ピンクで統一されている。

 

 

......でも、だって、そんなバカな!!

 

 

ハルユキは眼を剥きながら胸中で絶叫した。

 

 

俺は確かに、男子用のマークがある方の通路へと進んだ。

 

 

それに先程までは、この部屋を彩っている色は青色だったはずだ

 

 

あの表示は壁掛けパネルなどではなく、壁面に直接マーキングされていたから、誰かがイタズラで入れ替えた等という事は有り得ない。

 

 

それとも、強引に塗料か何かでペイントし直した?

 

 

いや、とてもそんな大掛かりな真似をするような時間的余裕はなかったはずだ。

 

 

等とハルユキが思考を全力回転している間に、チユリもようやく、現在の自分の格好を思い出したようだった。

 

 

ちらりと体を見下ろした途端、両眼がまん丸になり、耳までぱっと血の色が差す。

 

 

両腕でしゅばっと被覆出来る限りの面積を隠しながら再び顔を上げ、大きく息を吸い――

 

 

最大音量で悲鳴あるいは怒声を発しようとした、その直前。

 

 

外の通路から、数名の女子生徒がお喋りしながら近づいてくる声が聞こえた。

 

 

瞬間、あまりにも遅まきながらハルユキは、この状況が単なる勘違いや冗談では済まないものである事を理解した。

 

 

これは、正真正銘の危地なのだ。

 

 

学校当局に露見したら、停学、あるいは退学、いやその先――警察沙汰すらあり得る事態だ。

 

 

チユリも同時にそれに思い至ったのか、真っ赤に紅潮していた頬から、さっと血の気が引いた。

 

 

2人で強張った顔を見合わせる間にも、女子生徒達の声はどんどん大きくなる。

 

 

突然伸びたチユリの右手が、ハルユキの胸倉をネクタイごと掴み、有無を言わせぬ力で引っ張ってさっきまで使っていたシャワーブースに押し込んだ。

 

 

チユリ自身も中に入り、背中でハルユキを壁際に押し付けて、スモークカラーのドアの上端にタオルを掛ける。

 

 

シャワーノズルを取り、タッチパネルの湯温調整を一気にマックスの60度まで上げると、コックを全開。

 

 

勢い良く噴き出した水流を右側の壁に当てる。

 

 

高温のお湯が弾け、ブースはたちまち真っ白い湯気に包まれた。

 

 

チユリ自身も高温のお湯に当たらない為か、ハルユキ事壁に体を押し付ける。

 

 

「......何も喋らないで、じっとしてて!」

 

 

そうチユリの囁き声が聞こえた直後、パネル1枚隔てたシャワールームに、最低でも3人以上の女子が入ってきた気配がした。

 

 

「あーもー、汗べたべた!」

 

 

「ねー、もう夏用ウェアにしたいよねー」

 

 

「リンカーのパッドだけでもメッシュのに換えよっか」

 

 

恐らく、チユリと同じ陸上部員だろう。

 

 

話し声に、ジッパーを引き降ろす音が続く。

 

 

しかしハルユキには外の光景を想像する余裕など当然なく、壁に顔を押し当ててぎゅっと眼をつぶり、ひたすら息を殺し続けた。

 

 

思考の9割ほどはパニックに支配されているが、残り一割で、なぜこんなことになったのか、その理由を考え続ける。

 

 

いくらなんでも、男子用と女子用シャワールームのマーキングを見間違う、などということは考えられない。

 

 

そしてマーキングの物理的な入れ替えも不可能だ。

 

 

となれば、そのカラクリは1つしかない。

 

 

視界の電子的マスキングだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 

ニューロリンカーによる視界の上書き。

 

 

あらかじめ指定された色を、赤色を青色に、青色を赤色になるように色の認識を変えるプログラムを仕掛けられたのだ。

 

 

何処でそんなプログラムを流し込まれたのかはまだ謎だが、その仕掛け人は恐らくあいつだ。

 

 

能美征二。

 

 

全てが能美の罠だったのだ。

 

 

ハルユキが剣道部を覗いている事を奴は知っていた。

 

 

その上でシャワールームに誘導し、マークを誤認させて女子の方へと侵入させ、この危地へと陥れた。

 

 

ハルユキを、バーストリンカー《シルバー・クロウ》を、この梅郷中学校から完璧に排除するために。

 

 

恐ろしいほどに鮮やかで、冷酷で、容赦ない手腕だ。

 

 

かつて、黒雪姫が荒谷という生徒を排除した時と同じか、それ以上に。

 

 

「あれ、チー?まだ入ってたのー?」

 

 

突然、スイングドアのすぐ向こうで女子の声がした。

 

 

耳の傍でチユリが応える声を、ハルユキは竦み上がりながら聞いた。

 

 

「うん、あたしも汗いっぱいかいちゃったからさー」

 

 

「だよねぇ、地区予選前だからってセンセー張り切りすぎぃ」

 

 

Tシャツにワイシャツにブレザーまで着た上から高温の湯気に蒸されて、ハルユキはもう全身汗まみれだったが、暑さはまったく感じない。

 

 

それどころか歯がかちかち鳴りそうなほどに皮膚が冷たい。

 

 

もし今、女子生徒がふざけて仕切りを開けようものなら、ハルユキのみならずチユリも大変な事になる。

 

 

最早覗きの被害者ではいられず、ハルユキと同じ処分を下されかねない。

 

 

「ってチー、お湯熱すぎじゃない?湯気すっごいよ」

 

 

「えー、熱い方が気持ちいいじゃん。血行も促進されるし」

 

 

「やだ、うちのおばあちゃんみたいなこと言わないでよぉ」

 

 

あははは、と他の生徒が笑う。

 

 

合わせてチユリも笑うが、密着した背中を通して、筋肉質の身体が細かく震えているのが感じられた。

 

 

......ごめん。

 

 

ごめん。

 

 

許してくれ。

 

 

俺が馬鹿だった。

 

 

バッグの中のニューロリンカーを漁るなんて真似をしなければこんな事にはならなかったのに!

 

 

内心でそう叫びながら、限界まで奥歯を噛み締めた――その時。

 

 

きぃ、とドアがスイングする音がして、ハルユキはびくんと体を跳ねさせた。

 

 

しかしそれは、隣のブースに女子が入った音だった。

 

 

更に2回、ドアの開閉音が続き、シャワーの水音が一斉の響き始めた。

 

 

数秒後、チユリの体が一瞬離れ、外を確認する気配。

 

 

すぐに戻ってくると、ハルユキの顔を振り向かせ、唇の動きだけで言った。

 

 

――今よ、出て!

 

 

ハルユキは息を詰まらせたまま、チユリの機転への感謝を口にすることもできずにただ頷き、よろりとブースから踏み出した。

 

 

そのまま出口だけを睨み、強張った全身を懸命に操縦して、中腰の姿勢で1歩、2歩と前進する。

 

 

ここで転びでもしたら――あるいは、他の女子が入ってきたら......。

 

 

と考えただけで失神しそうになるが、それでも奇跡的に足は縺れず、ハルユキはシャワールームからの脱出に成功した。

 

 

コの字型に湾曲する通路を小走りに進み、男子と女子の分岐点となる地点で到達し、へなへなと壁に背中を預ける。

 

 

足の力が抜け、そのまま座り込んでしまいそうになったが、突然噴出してきた憤りがそれを防いだ。

 

 

「......野郎......!」

 

 

口の中で叫び、キッと顔を上げると、そのまま通路の反対側に存在する本物の男子用シャワールームへと突進する。

 

 

――しかし。

 

 

淡いブルーグレーに塗装された空間は、まったくの無人だった。

 

 

シャワーブースを使った形跡すらない。

 

 

恐らく、ハルユキが女子の方に闖入している間に、能美はとっとと離脱してしまったのだ。

 

 

「......くそっ」

 

 

一声呻くと、ハルユキはどすんと背後の壁を殴りつけた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

約2時間後、自宅マンション23階にある有田家、兎美達の部屋に於いて。

 

 

ハルユキは額をぐりぐりとフローリングの床を押し付けていた。

 

 

「すまん、ごめん、悪い、本当にごめんなさい!!」

 

 

もう何度目かも判らない謝罪の言葉を、ひたすらに繰り返す。

 

 

チユリはと言えば、制服姿のままハルユキの前にある椅子に腰かけて腕組し、強烈な殺気を放ち続けている。

 

 

――しかも、この状況で最悪な事はそれだけではない。

 

 

「な~るほど...」

 

 

「そういうことね...」

 

 

兎美と美空も、チユリの両隣りに仁王立ちしていた。

 

 

その迫力は、チユリと同等の物だった。

 

 

自分の仕出かした事が、本当に洒落にならないレベルの蛮行であったことは、よく理解できている――つもりだった。

 

 

しかし、チユリが受けたショックの大きさを真に共感するすべなど、男のハルユキはもちようもない。

 

 

故に、女である兎美達がハルユキの味方になろうはずもない。

 

 

処刑判決を待つ囚人はこんな気持ちなのだろうかと考えたハルユキは、部屋に入って以来まるで喋ろうとしないチユリの言葉を待つ。

 

 

「まぁ、今回は嵌められたみたいだし、ハルをこれ以上責めたってしょうがないでしょ」

 

 

てっきりチユリの味方になると思っていた兎美が、その場の状況を変えてくれた。

 

 

「はぁ...」

 

 

被害者であるチユリ自身も、ため息を吐いて殺気を収めた。

 

 

「言っとくけど、ヘンな事に使ったら、記憶失くすまであの...なんだっけ、む、《無制限中立フィールド》にダイブさせるからね。百年くらい」

 

 

ひっ、ともう一度飛び上がる。

 

 

「つ、使わない、使いません!」

 

 

――確かに、ここでハルユキに《アンリミテッド・バースト》コマンドを使用させ、そのまま1時間も監視すれば内部では40日以上も経過することになる。

 

 

脳内の保存画像が相当に劣化するのは間違いない。

 

 

しかし、そんな期間ほかのバーストリンカーやら《エネミー》から追い回されたら、記憶をなくすどころか過労死してしまいそうなので、ハルユキは必死にぶるぶる首を振った。

 

 

「わ、忘れます、超忘れます!」

 

 

「......まぁ、ハルにどんな贖罪(しょくざい)をしてもらうかは、今後じっくり考えるけどね。それは今は保留しといてあげるわ」

 

 

ふんっ、と鼻を鳴らす音と共に、何かがぽすんとハルユキの頭に投げつけられた。

 

 

ちらっと視線を上げると、それは美空がハルユキのピンクのブタの他に愛用している、ピンクのうさぎのぬいぐるみだった。

 

 

「土下座はもういいから、座んなさいよ」

 

 

「は...はい」

 

 

頷き、ハルユキはその場であぐらをかいた。

 

 

「で?あんたが女子シャワーに忍び込んだのがウイルスのせいで、それを仕掛けたのがあの能美って子だって話...本当なの?」

 

美空の問いに、ハルユキはぶんぶん頷いた。

 

 

「ま、間違いないよ。俺は確かに男子シャワーのマークがあるほうに入ったんだ。いくら俺がオッチョコチョイ星人でも、赤と青のマークは見間違わないよ」

 

 

「でも、いつそんなの仕掛けられたのよ?あんた能美とは話もしてないんでしょ」

 

 

「う...うん」

 

 

チユリの問い掛けにも、こくりと頷く。

 

 

実際、ウイルスを仕掛けられたルートは全く謎だ。

 

 

入学式から今日までの一週間のどこかでニューロリンカーに接触されたのだと思われるが、ハルユキには自分にそんな隙があったとは到底思えない。

 

 

ウイルス本体を分離できればそれが入り込んだ日時は判るはずだが、どれほど物理メモリをチェックしても怪しげなプログラムは発見できなかった。

 

 

ニューロリンカーの動作ログを見た所、ハルユキが女子シャワー室に入り込んでしばらくした後、見知らぬファイル1つ消去された形跡があった。

 

 

そんな操作をした覚えは皆無なので、恐らく、ウイルスが起動して目的を果たした――つまりハルユキの資格にマスキングを掛けた後、ある程度したら自戒するようにセットされていたのだ。

 

 

「ねぇハル、出かける前に私が何をお願いしたか覚えてる?」

 

 

今まで考え事をしていて会話に参加していなかった兎美が、唐突にそのような質問をハルユキにぶつける。

 

 

「何って、醤油取ってくれって頼んだんだろ?」

 

 

いきなりの事で疑問に思ったはるゆきだったが、兎美の質問に素直に答えた。

 

 

「何色の容器を取ったか覚えてる?」

 

 

「醤油なんだから、赤に決まってるだろ」

 

 

ハルユキだけでなく、チユリや美空までも何の話をしているのか分からなかった。

 

 

「言っとくけど、ハルが持ってきたのは醤油じゃなくて、青の容器のソースだったわ」

 

 

「えぇ!?そんなはずないだろ!?俺はちゃんと赤色の容器を持ってたぞ!?」

 

 

兎美とハルユキの会話を聞いて、ようやく美空も兎美の言いたい事が分かった。

 

 

「ちょっと待ってよ、その話が本当なら...」

 

 

「えぇ、その時には既にマスキングを仕掛けられてたって事よ」

 

 

『えぇ!?』

 

 

兎美の言葉に、ハルユキ達は驚愕の声を上げる。

 

 

「でも!昨日の夜はちゃんと醤油使ってたじゃない!」

 

 

美空は昨晩の夕食で、ハルユキが色の認識がずれて無かった事を指摘する。

 

 

「要するに、昨日の晩から今日の出かけるまでの間にウイルスを仕掛けられたって事ね」

 

 

『おぉー!!』

 

 

自分1人じゃここまで知ることが出来なかっただろうと思い、ハルユキは美空達と一緒に感心する。

 

 

「じゃあその間でハルが何をしたかで、いつ仕掛けられたか分かるわね」

 

 

美空にそう言われ、ハルユキは自分の記憶を総動員させて、夕食後からの行動を思い出す。

 

 

「昨日はあの後、直ぐ風呂に入って寝たからネットにも繋げてもないよ」

 

 

「じゃあ、可能性があるとしたら今日の朝ね。本当に身に覚えがないのよね?」

 

 

チユリの質問に、ハルユキは答える。

 

 

「あぁ、朝はまず起きたら、先輩から写真が送られてきたからそれを見て...」

 

 

「写真?何の写真よ」

 

 

写真と言う言葉に、美空が食いついた。

 

 

「先輩に沖縄旅行の写真を頼んだんだよ。実際に送られてきたのは、風景じゃなくてお弁当だったけどな」

 

 

ハルユキの言葉に、3人は苦笑する。

 

 

「黒雪ってしっかりしてそうで、何処か抜けてるわよね」

 

 

確かに食いしん坊キャラに見えるけど――と、考えながら兎美は呆れる。

 

 

「後は、タクムから能美の事についてボイスメッセージが届いたぐらいかな。やたら重いファイルが添付されてたけど...」

 

 

『それでしょうが!!』

 

 

兎美と美空の絶叫が、部屋に響いた。

 

 

「何が身に覚えがないよ、思いっきりあるじゃない!」

 

 

「えぇ!?でも!タクムがそんなミスをするはずが...」

 

 

美空が指摘するが、ハルユキがそんなはずはないと否定する。

 

 

「実際、そのファイルのせいでハルは酷い目にあったのよ。考えてもみなさい、もしシャワーブースから出てきたのがチユリじゃなくて他の女子なら、ハルは今頃...」

 

 

「......警察にいる、よね」

 

 

ハルユキに変わり、今更ぞっとしたように背中を震わせ、チユリは呟いた。

 

 

「でも...じゃあ、これからも、能美って子はこんな罠を仕掛けてくるっていうの?ハルだけじゃなく...タッくんや、黒雪先輩や、私達を狙って...?」

 

 

「いや、そんな真似はさせない」

 

 

ハルユキは、チユリの不安を払拭しようと、慣れない口調で言い切った。

 

 

「あいつの出方が解った以上、もう様子見なんかしないさ。明日にでも、俺とタクであいつにぶつかる。不本意だけど...必要なら、無理やり直結してでも、彼奴がマッチングリストに出て来ない秘密を暴く」

 

 

「.........ハル......」

 

 

ハルユキの言葉を聞いたチユリは、胸の辺りが熱くなるのを感じた。

 

 

その気持ちを誤魔化すように、剣呑さを取り戻したチユリの声が低く宣言した。

 

 

「言っとくけど、シャワー室のこと、タッくんに言ったら今度こそぶっ飛ばすからね。あと黒雪先輩にもバラす」

 

 

「え」

 

 

ハルユキはびくんと凍り付いた。

 

 

確かに、黒雪姫には金輪際言う気は無かったが、タクムにはこの謝罪が完了し次第報告しようと思っていたのだ。

 

 

「た...タクにも?」

 

 

「あったり前でしょ、何考えてるのよ」

 

 

そうなると、能美の攻撃についてどう説明したものか。

 

 

いや、女子シャワー室に誤導されたことだけ伝え、中でチユリと鉢合わせた事は言わなければいいのか。

 

 

そんなハルユキの思考を読み取った兎美が、1つ指摘を入れる。

 

 

「言っとくけど、黛にはこの話事態しない方がいいわよ」

 

 

「えぇ!?何で!?」

 

 

この後、相談しようとしていただけに、ハルユキの驚きは大きかった。

 

 

「バックドアの事だけでも結構引きづってるのに、この話をして見なさいよ。自分のせいだって知ったら、また面倒くさい事になるわよ」

 

 

そんな事はないだろと言いたかったハルユキだったが、容易にその姿が想像できたので否定できなかった。

 

 

親友に内緒事を作ってしまう事にやや忸怩(じくじ)としたものを覚えながらも、ハルユキは大きく息を吸い、それを振り払った。

 

 

今は、シャワー室事件を引き摺っている時ではない。

 

 

あれは、能美からの宣戦布告だ。

 

 

今後始まる戦いに、全精神力を振り絞らねばならないのだ。

 

 

そして可能なら、黒雪姫が沖縄から帰ってくる前に、この問題を片付ける。

 

 

レベル9のあの人を危険に晒すわけにはいかない。

 

 

自分にそう言い聞かせながら、ハルユキは兎美達の部屋から退室し部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ハルユキだけでなく、兎美までも間違っていた。

 

 

この後、取り返しのつかない状況に追い詰められるともしらずに。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

殆どの人が寝静まっている深夜、ハルユキ達が通う学校に忍び込む影があった。

 

 

その影は明かりもつけず目的の場所、女子シャワー室に向かっていた。

 

 

影は女子シャワー室に難なく侵入すると、手に持った装置を設置しようとロッカーに近づく。

 

 

――その時。

 

 

ピカッと、懐中電灯のライトが影を照らした。

 

 

見つかると思っていなかった影は、照らした相手を警戒する。

 

 

「こんな時間に一仕事とは、随分ご苦労なこったな」

 

 

照らされた影――能美は懐中電灯を持った人物を視界に入れた瞬間、強張った肩の力を抜いた。

 

 

「なんだあなたですか...驚かさないでくださいよスターク」

 

 

「そいつは失礼」

 

 

スタークは懐中電灯の明かりを消し、代わりに部屋の電気のスイッチを入れた。

 

 

パチっと音が鳴るのと同時に、部屋全体に明かりが灯る。

 

 

「それで?こんな所で何してるんだよ」

 

 

「ふん、何って見たら分かるじゃないですか。カメラを仕掛けて有田先輩を陥れるんですよ」

 

 

スタークの質問に、能美は鼻で笑い相手を馬鹿にした様子で語り始める。

 

 

「そう上手くいくかぁ?あっちには自称とは言え天才が1人いるんだぞ。逆にお前が陥れられるかもしれないぞ」

 

 

「じゃあ、どうするんですか?わざわざここまで準備したのに、無駄にしろというんですか?」

 

 

今度は逆に、能美が質問を返す。

 

 

「簡単な話だ、陥れる相手を変えるんだよ。ハルではなく有田兎美にな」

 

 

「あなたさっき自分が言った言葉を忘れたんですか?それだと結局僕が陥れられるだけじゃないですか」

 

 

すると、スタークは何処か面白そうに口を開いた。

 

 

「そんなお前に面白い事を教えてやるよ、少し耳貸せ」

 

 

胡散臭いと感じた能美だったが、言われた通りスタークに耳を貸した。

 

 

能美の耳元である事を話したスタークに、能美は目を見開いて驚いた。

 

 

「それは本当なんですか?」

 

 

「あぁ、間違いない。なぁ?面白いだろ?」

 

 

その話を聞いた能美は、口角が上がるのを抑えられなかった。

 

 

「なるほどぉ、それだったら確実に彼女を陥れますね」

 

 

クックックッと怪しい笑みを浮かべる能美と、フッフッフッとマスクの下でスタークも同じように笑い出す。

 

 

――その時だった。

 

 

バアンッと、勢いよく扉が開かれた。

 

 

「お前達、こんな所で何やってるんだ!!」

 

 

警備員が2人、女子シャワー室に入ってきた。

 

 

恐らく巡回中にこの部屋の電気がついている事に気付き、入ってきたのだろう。

 

 

「お前は確か、1年の能美だったな。ここで何をしてるんだ!?」

 

 

「...チッ」

 

 

面倒くさい所を見つかったと、能美は聞こえない様に警備員から顔を背け舌打ちをする。

 

 

「お前もそんなコスプレして、何をしてるんだ!?」

 

 

警備員の1人が、スタークに掴みかかる。

 

 

「はぁ...」

 

 

スタークも面倒くさそうに、ため息をつく。

 

 

「警備員室で詳しい話を...」

 

 

「ふんっ!」

 

 

スタークの腕を掴み、連行しようとした警備員だったが、スタークが腕を振り払い顔面に裏拳を繰り出す。

 

 

裏拳が直撃した警備員は、そのまま粒子となって消えてしまった。

 

 

「お前!?」

 

 

相方が消された事に動揺した警備員も、咄嗟にスタークに飛び掛かった。

 

 

――しかし、スタークは腕の伸縮ニードル『スティングヴァイパー』を警備員の首に伸ばし、毒を注入する。

 

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

毒を注入された警備員は、苦しみながら一瞬で消滅してしまった。

 

 

「流石はスターク、鮮やかな手口ですね」

 

 

目の前で人が殺されたにも関わらず、能美は平然としていた。

 

 

「明日の朝に行方不明者の警備員が2人出来きちまうが。まぁ、しょうがないだろ」

 

 

スタークは収納されたスティングヴァイパーを撫でながら、特に気にせずそう呟いた。

 

 

「じゃあ、後はお前次第だ。上手くやれよ」

 

 

そう言ってスタークは踵を返し、女子シャワー室から出ていく。

 

 

「Chao~♪」




どうも、ナツ・ドラグニルです。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


原作では、チユリとハルユキだけの会話でしたが、兎美と美空も話し合いに追加させました。


そして今後も展開も、ハルユキが盗撮犯に仕立て上げられますが、ビルドの要素も入れたい為に少し変更します。


ビルドを知ってる人は解ると思いますが、3章の中でビルド第7話「悪魔のサイエンティスト」と第8話「メモリーが語り始める」を入れたいと思っていますので。







しかし...ハピネスチャージを投稿してから、この話を作りましたが。


ハピネスチャージは3か月以上掛かったにも関わらず、同じ文章量で6日しか掛かりませんでした。


本当に戦闘描写が苦手なんだなと痛感しましたね。


あと、アクセル・ビルドは小説を元にしてるので書きやすいってのもありますね。


次話でようやく、アクセル・ビルドも戦闘に入るのでどうなるか分かりませんが。


それでは次回、第6話、もしくは激獣拳を極めし者第31話でお会いしましょう!


それじゃあ、またな!

文字数の調度いい長さを教えてください!

  • 7000~10000 第3章第3話参考
  • 10000~15000 第2章第8話参考
  • 15000~20000 第3章第2話参考
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