いろいろと忙しい最中、暇を見つけての投稿ですので、亀更新にはご了承くださいませ。
『おれ達、もう仲間だろ?」
――――麦わら海賊団船長〝麦わら〟モンキー・ D ・ルフィ
-Side Arisa and Suzuka-
「なのはちゃん、話してくれなかったね」
すずかの重い声が、車内に響いた。左端と右端、中央を空けるようにしてリムジンの後部座席に私たちは座っていた。本来そこにいるはずの人がいないのは、何だか寂しい気持ちにさせた。
会話はない。すずかは少し俯き気味に正面を向き、アリサは窓枠に頬杖をつきながらずっと外を眺めている。アリサは溜息を吐きながらようやくの返答をした。
「そうね………」
答える声に覇気はない。意識はあるが、その声は完全に上の空を飛んでいた。流れていく景色が徐徐にあかね色を帯びてゆく。
自分の頬を支えていた掌に、不意に力が篭った。
(………最低。自分で勝手にイライラして、なのはにきつく当たっちゃうなんて………あの子だって悩んでるかもしれないのに)
先ほどの事を思い出しながら、アリサは心の中で嘆息する。
なのはの様子がおかしいのは、自分も何となくではあるが感じ取っていた。思えば、二週間ほど前からだっただろうか、あの頃から彼女の中で何かが変わったのだと思う。はじめはただ気のせいか、そうでなければ日が悪いのだろうだとアリサは思っていた。
だが次第に疲れた顔や溜息を吐くのを見るのが多くなり、笑顔も少なくなったように感じる。最近では憂いすらも帯びた表情を時折浮かべているのにも気付いていた。
二人は彼女の事が心配だった。だからこそ気遣い、色々と世話を焼いたりしていたのだ。少しでも気が紛れるようにと、積極的に遊びに誘ったりもした。
だが、当のなのははなんでもないと言うばかりで一向に話す素振りを見せない。そして今日、なのはの態度にアリサの我慢が限界を超えてしまったのだ。夕焼けに染まる街並みを見ながら思う。
(あたし………あの子の友達をちゃんとやれてるのかな………?)
ネガティブ思考に陥ってしまうのは悪い癖だ。予め悪い予測を立てておくことで判断を素早くするという形なら、一つの想定としていい面もある。が、私の場合は少々重く捉え過ぎるきらいがあるようなのだ。
しかも、それでいて臆病。実際にはそうなることを恐れるあまり強がったり予防線を張ったり、詰まるところ失敗ばかりする始末だ。昔はもっとひどくて、クラスの中でも浮いていた。
そんな自分を救ってくれたのが、あの子だった。それなのに………今度は自分の番だというのに………!
心を強く締め付けられ、あたしはすずかから顔を背けた。こんな顔を見られたくない。再び、黄昏に染まってゆく街並みが目に映る。
そのなかに見つけた。キツイ逆光に染まった道。そこで佇んでいた『彼』の姿を。
「っ! 鮫島、止めて!」
目に映ったものを認識した瞬間、アリサは声を上げていた。急に声を上げたのにもかかわらず、鮫島は迅速かつしっかりと安全に車を停車してくれた。相変わらず出来すぎた従者だ。
車が停止したことの確認もそこそこに、アリサは動き出した。優雅さを気にかける暇もなく乱暴に扉を開け、車から飛び出す。そのまま道端を歩く背中の一つに向かって駆けた。
「エース!」
焦っていたせいかもしれない。殊更大きく響いたドアの開閉音と自分の声に、周りの人々が何事かと見つめてくる。だがそれは、その先にいた人物にしっかり届いているということでもあった。
「―――うん? おお、アリサにすずかじゃねェか。二人ともこの前の温泉ぶりだな。今帰りか?」
道路沿いの歩道を歩いていたエースが、こちらの声に反応して振り向き、声を掛けてきた。ちょっと日本語的におかしい内容をのたまう彼の傍らに、なのははいない。どうやら一人で出歩いていたようだ。
車を出て、彼の前へと二人で並んで立つ。その手首には見慣れないコンパスが見えたが、今は置いておこうと視線を外した。
「何してるの? どこかに行く途中?」
後から出てきたすずかが、小首を傾げながらエースに尋ねる。偶然ではあるが、翠屋から離れている場所で彼に会ったことに興味が湧いたらしい。それはアリサも同じだったが。
質問された当人はギクッと身を強張らせた。そして少しバツの悪そうな顔をした後、視線を逸らす。
「あ~~、まァなんつーか。つまりあれだ………そう、散歩だ、散歩。おれはこの街に来てからの日が浅いからな、ちっと探検がてら外出してたんだよ」
目を泳がせていたエースが、周りを見ながらジェスチャーを交えて話し出した。彼の話にすずかはふんふんと頷いている。が、アリサは腕を組みながら、そんなエースをじっと眺めていた。
(あからさまに誤魔化したわね。アンタが散歩とかイメージに合わなすぎるし、あんだけキョどった後にそれじゃ嘘にもなってないわよ。すずかは気付いてないけど………というかコイツ、普段学校はどうしてんのかしら? 自称旅人だからって、まだ私たちと同じぐらいでしょ?)
内心いろいろツッコミを入れたい衝動を抑えつつ、アリサは密かに息を吐く。そして、すずかから此方へと視線を移したエースを見据えた。
「そう、ならちょうどいいわね。アンタに話があるの。立ち話もなんだから、あっちでしましょ」
指し示す方向には、小さな公園があった。遊具はブランコと鉄棒、それに砂場ぐらいしかない。その周りに花が散って葉桜となった桜の木が何本か植えてあるだけの、本当に簡素な公園だ。
エースが頷いて先導するように公園に入り、二人もそれに続く。すぐ行き止まった彼が、此方へと振り向いた。鉄棒に寄りかかる様にして背中をつけ、視線が此方を捉える。
それを待っていたかのように、アリサは話を始めた。なのはが最近おかしいこと、何かを隠しているようであること、そのことで悩んでいるようであることなど、親友の様子を事細かに説明した。出来得るのなら、それを解決してやりたい旨も添える。
話が終わる。黙って二人の話を聞いていたエースが人懐っこい笑顔を浮かべた。
「ははっ。お前らって、ホントにいいヤツらだよな」
開口一番の賞賛と笑声。自分のことでもないのに、彼はとても嬉しそうで優しい表情をしている。アリサが、むっとして腕を組んだ。
「茶化さないで。けっこう真面目に話をしてるのよ、こっちは」
「ああ、わかってる。悪かった」
一息を吐いて笑顔を仕舞いこみ、エースは再び二人へと向かい合った。見ながら、アリサは「それならいいけど」と一言付け加える。エースは目を閉じると、腕を組んでさらに鉄棒の方へ体重をかけて体勢を傾かせた。
僅かに見えた違和感に気付く二人。すぐさまアリサが反応した。
「―――驚かない上に何も聞かないのね。それに何だか訳知り顔みたいに見えるわ。もしかしたらとは思ってたけど、最近のなのはが少し変だってことについての理由、アンタは知ってるんじゃないの?」
エースの表情を見ていた彼女は不意に眉を寄せ、口元を少し下向きに曲げた。勝気な目には、答えを求める意志が隠しもせずきらめいている。エースはふぅと息を吐いた。
それだけでアリサとすずかは悟ったようだ。流石、なのはの友達をやっているだけあって勘がいい。閉じていたうち片方だけ開くと、エースは二人を見据えた。
「………で? おれにどうしろってんだ?」
「教えなさい、今すぐに。あの子が一体何に悩んでるのか、どうしてあんな顔をするのか。私たちには知る権利があるわ」
アリサの口から突かれる言葉が強めになる。エースが事実を知っているという推測に確信が宿り、気持ちが先行してしまっているようだ。感情のコントロールが上手く利いていないのだろう。
だが、それはすずかも同じであった。黙ったままこちらに一歩近づき、アリサ以上に強く説明を求める眼差しを送ってくる。エースは二人分の視線を受け止めながら、頭をガジガジと掻いた。
「そうだな………その権利は確かにあるだろうが………その前に………問いを返すみてェで悪ィが、おれからも一つ聞かせてくれ」
少しだけ躊躇うような言葉に二人は首を傾げる。だが再び完全に目を閉じたまま、エースは何かを考えるように身動ぎ一つしない。だが、しばらくの間を置いてすっと開かれたた目を向けられた瞬間、二人の身体にはまるで射抜かれたような震えが走っていた。
思わず息を呑む。自分たちを見据えるその目は、普段見慣れている彼のものではなかった。何故か、大の大人に見下ろされているような、ある種の威圧すら伴う視線。
空気が変わっていた。圧迫されているような感覚に、二人は動悸が激しくなっていく胸をきゅっと抑える。その中、ゆっくりと開かれた口から紡がれた声は、
「それを知って―――どうする気だ? 」
今までに聞き覚えのないもの。まるで二人の中に冷風を吹き込ませるような、鋭く重い響きを含んでいた。
-Side out-
「それを知って―――どうする気だ? 」
後から考えれば驚くほど冷たい声色だったかもしれない。纏う空気もすこし剣呑さを帯びていたように思う。少なくとも、十にも満たない少女に向けるべきではなかったのは後で考えて少し反省した。
(…………友達、か)
エースは彼女らと出会う二時間ほど前を思い出していた。いつものように翠屋の手伝いをした後リビングのソファでまったりしていると、なのはが家に帰ってきた。少し気落ちした様子で。
いつもと違う雰囲気にエースがそのわけを聞くと、アリサとケンカ、そこまでいかないが少しのすれ違いのようなものをしたのだという。エースだけでなく、ユーノも辛そうな顔をしていたのを覚えている。
だが、心配する二人になのはは、
『隠すって、結構苦しいんだね』
と、力なく笑いながら愚痴を零すのみだった。そして、自分の気持ちを誤魔化すように、ジュエルシード探しに無理矢理奮起させる彼女をエース達はただ見ているしかできなかった。
その後各人の心配を受け流したなのはは、エースとデバイスのエール、自分とユーノのグループに別れることを提案し、今日はそれに従って別行動を取ることに決まった。もしもの時のなのはのフォローは、ユーノに一任してある。そして、単独となったエースが探索がてらそこらをぶらぶらしていた際、彼女ら二人に声を掛けられたというわけだ。
話を戻そう。アリサの言葉を問い返した時のエースからいつもの雰囲気は消えており、発される言葉ひとつとっても、何か強い力が内包されているようにすら感じていた。アリサとすずかは彼の態度に戸惑い、各々の体を強張らせる。エースはペースを崩すことなく、淡々とした口調で続けた。
「もしなのはがお前らに何かを隠してたとして。そのことに関して悩んでいるとして………それを知って、お前ら一体どうすんだ? 話さない
「それは………」
すずかが言葉に詰まる。アリサも同様であった。
確かにエースの言うことは尤もだ。なのはが何をしているのかわからず心配、何を隠しているのか二人は気になる。
だが、その気持ちが先走って考えが及んでいなかった。仮にそれを知って、果たして自分達はどうしたいのだろう。そもそも肝心ななのはが話さないからといってエースに聞くというのは、暗黙のルール的にどうなのか。
「お前らはバカじゃねェからな、それが筋違いだって理解できてるはずだ。おれから聞いたところで何が解決するわけでもねェ。なら何で待ってやらない、何でなのはを信じてやらねェんだ」
「っ、信じてないわけないじゃない! あの子のことは信用してるわ! でも………でも歯痒いのよ! 私たちじゃ何にもしてあげられないかもしれないけど………迷惑でしかないかもしれないけど、あの子を放って置けないの! ずっと一緒にいたんだから!」
「だから聞いて一緒に悩むってか? 話さないって事は、何かしらの理由があるもんだ。それを推しても知りたいと言ったが、それはお前らのことまでアイツに背負わせるって意味だぞ?」
アリサの精一杯の気持ちをエースの辛辣な言葉が阻む。彼の言うことは正論だろう。今の彼女は上の空、いっぱいいっぱいな状態だというのはすぐ見て取れた。
アリサ達からすれば、秘密を共有すれば少しでも気持ちが安らぐかもしれないと思っての言葉だった。しかし、逆効果になってしまう可能性もないわけではない。そうなった場合、今でさえあの状態のなのはがさらなる重石に耐えられるのだろうか。
エースの言葉となのはの気持ちを頭の中で整理する。若干トーンが落ちた声を伴い、アリサは再び口を開いた。
「………つまり、話す気はないって解釈していいのね?」
確認の言葉。二人が拒絶の意を感じ取ったゆえだ。真摯に見つめてくる瞳から目を逸らさず、エースは黙って頬を掻いた。
「………まァ、そう受け取ってもらってかまわねェ。おれは元よりそのつもりだし、そもそもアイツがそれを望んでねェんだからな。少なくともなのはの中でケリがつくまでは、おれから話せる事は何もない」
「ケリって……それは、危ない事……なの………?」
横からすずかが心配そうに問いかけてくる。エースはすこし苦い顔をした。いつでも死と隣り合わせというわけではないにせよ、小学校中学年の彼女達からすれば、十分危険な部類に入るのだから。
「危険がない、とは言えねェ。そういう事態にならないなんて、断言はできねェ………けど」
心苦しそうな表情は一瞬。次に見えた彼の顔は、見たこともないほどに強い意志を垣間見せるものだった。
「なのはが悩んで決めたものなら、おれはそれを尊重したい。だから、降りかかるもんはおれが近くにいる限り全部振り払ってやる。何が起ころうと、アイツだけは絶対に傷つけさせねェ。どんなことがあってもおれが絶対に守りきる………約束する」
二人から目を逸らさず、エースは真剣な表情で宣言した。さあっと、少し冷たくなった風が三人の隙間を通り抜けていく。夕陽が三人の顔を照らして僅かな寂寥感を滲ませるなか、すずかが彼の視線を受け止めて呟いた。
「それがエースくんの〝覚悟〟、なんだね………?」
「ああ」
その答えに迷いはない。守るというその言葉には、子供のものとはとても思えない重みと固い決意が顕れていた。本当なのかと疑う事さえ憚らせるほどの、秘められた強い意志と共に。
その意を汲み取ったすずかが、ふぅと息を吐きながら顔を穏やかなものへと崩した。
「じゃあ、私は信じる。エースくんが言った事とかも全部ひっくるめて、信じて待つことにするよ。それまで、なのはちゃんをよろしくお願いします」
言葉の終わりに彼女は深くお辞儀する。大切な親友を頼む、という彼女の〝決意〟を示す儀式だ。エースはこれほどまでに愛されているなのはを微笑ましく思いながら、「任せろ」という意志を瞳に宿して頷いた。そして、その横にいいるもう一人、アリサに目をやる。
すずかとは対照的に、アリサの表情はどこか迷っていた。悔しさを隠そうとして隠せない子供のように、口を硬く引き結んでいる。自分がなのはの力になれないことが、歯痒くて仕方ないに違いない。
(はは、サボの時のおれみてェだな………けど、お前みてェなヤツが待っててくれるから、なのははいつも頑張れんだぜ?)
アリサの内心にかつての自分に近いものを感じる。かつての自分も通った道ゆえ、感慨深いものがあるのかもしれない。エースは穏やかな顔で笑った。
「アリサ。悩んでる友達を気遣ってやるのは、確かに大切なことだ。決して間違いなんかじゃねェだろう。だが、〝乗り越えようとしている〟奴に手を貸したら何にもならねェし、邪魔しちゃいけねェ。友達だからこそ、ハラ括らなきゃなんねェ時もあんのさ。それが友達の〝願い〟を………そして〝信念〟を通すために必要ならな」
自分はあの時不安だった。なら、進言してみるのもいいだろう。彼女にはお節介になってしまうやもしれないが、同じ立場の時自分は嬉しかったのだ。だから少しでも気持ちが軽くなればいいと、そう思った。
迷った時や挫けそうになった時、友達の言葉がエースを導く光となったように。口元に少し挑発的な笑みを浮かべ、エースは続ける。
「それとも、やっぱりおれの言葉は信用できねェか? なのはのことも………自分から話すのを待ってやれねェほど、アイツは信じてやれねェか?」
「っ、バカにしないでよね! 伊達であの子の親友やってるわけじゃないのよ、疑うなんてあり得ないわ! なのはが自分から話すまで、あたしはいくらでも待つ! その代わり、事情を話してくれる時が来たら、なのはからもアンタからも、納得がいくまで一切合財喋ってもらうんだから!」
少しキレ気味になりながらアリサが宣言した。素直じゃないところが何とも彼女らしい。エースは彼女にますます自分と同じ部分を見つけ、嬉しくなった。
「親友か………へへ、やっと聞けたぜ、その言葉が………なんだ、ちゃんと分かってるんじゃねェか」
「あ………」
アリサはハッとしてエースを見た。みるみるうちに顔を赤くする。自分が試されていたことに気付いたようで、む~っと口を引き結んで睨んできていた。リンゴのようになった頬に、目が潤んでいるのがご愛嬌だった。
「いい顔をしてるぜ、アリサ。そんだけ思われてりゃ、なのはも一安心だな。今の気持ち、忘れねェように大事に仕舞っとけよ?」
「………フンだ。アンタに言われるまでもないわよ………――――………」
少し拗ねたようにそっぽを向いてしまった。目線を完全に外したアリサにエースが苦笑する。だが、彼の目から逃れるようにして、アリサの口元が微かに動いていた。
すずかは見逃さない。意地っ張りだなぁと思いつつも、彼女は黙ったまま自分の目に焼き付けていた。言葉の終わり、ありがと、と、彼女の口が紡いでいたのを。
「なのはちゃんがそうしたいなら、私たちは見守るだけだよ。いつもと変わらないで接する。学校で、なのはちゃんが少しでも安らげるように。それが私たちの出来ることだから。それに――――」
すずかも言葉を添えた。その表情は、いつも以上にとても優しいものとなっている。そして最後で言葉を区切ると、悪戯っ子のようなお茶目な笑みを浮かべて口を開いた。
「エースくんがなのはちゃんを大事にしてる気持ちも、しっかり伝わってきたから。〝話さない〟んじゃなくて、〝話せない〟んだよね? なのはちゃんのことを思ってるから、エースくんから伝えられないって言いたかったんでしょ?」
「………ここで出来た初めての友達だからな。年上なら、妹分の気持ちくらい汲んでやるもんだろ」
少しだけ驚いたような表情をしたあとに、苦笑するエース。まいったな、という風に頭を掻き、渋々といった感じの彼を二人はクスクス笑った。
そのままエースも交えて一頻(ひとしき)り笑い合う。温かさを感じさせる笑顔が咲いたあと、エースは二人を見据えた。
「一つ、アドバイスだ。何の力もなくたって、やれることはある。傍にいてやるだけ、掛けてやる言葉一つでも、救われる物はあるってことを覚えとけ。何もできないなんてことはねェんだ、その気持ちは必ずどこかでなのはの力になる」
言いながら背を向ける。もう大丈夫だと分かったからだろう、その後姿に憂いはない。頼もしく、どこか大きく見えるいつもの彼だ。
いつの間にか、太陽はビルの谷間に沈みそうになっていた。もうすぐ日が暮れる。すずかとアリサは塾の時間が迫っていたが、彼から目を離せずにいた。
エースが逆光で少し暗くなった背を向けたまま、ニッと笑う。此方を向いていないから、表情などは勿論見えない。だが、二人は確かにエースが笑っていることを感じていた。
「お前らにできねェことはおれがやる。おれにできねェことをお前らがやればいいんだ。〝表〟のアイツを………しっかり支えてやるってことをな。それが出来るのは、この世界でお前らだけだ。頼んだぜ、親友さんよ」
その言葉を終わりにして、エースは走り出した。彼の足がコンクリートを蹴る音が響いてくる。その音を刻むごとに夕陽がその光を失い、公園に夜の帳が降りていった。
彼が此方を振り返る事はない。アリサとすずかは彼に託したものと彼に託されたものを強く思い描きながら、ただ前を見つめる。その姿が見えなくなるまで、二人が視線を揺るがす事はなかった。
「へっ。やっぱりお前の友達はいいヤツだぜ、なのは…………」
走りながら独り言を呟く。正直なところ、なのはの話を聞いて心配になっていたエースは安堵していた。彼女は大丈夫だと言い張っていたが、あれはガキの強がりだ。彼女の思いつめる性格も考慮すれば、そう長くは持たないだろう。
だからこそ、こうして懸念材料が減ったのは喜ばしい限りであった。確固たるものがあれば、揺らぐ事はない。仮に揺れることがあっても崩れる事はない。
友達と呼べるものが傍にいてくれることが、そんな絆を持つ彼女が自分と重なった。さりとて、〝絆〟の強さなら負ける気は毛頭ないが。
『マスター、都市部にて五つの魔力反応を感知。一つは桁外れの力を放っています。おそらくジュエルシード、他の四つは例の彼女達となのは達かと』
走っていたエースに、エールが声を飛ばしてきた。どうやら自分の勘が告げていた通り、今日もまた始まるようだ。アリサ達と話も出来たし、今日は本当に間がいい。
エースは相棒の報告を聞きながら、正面のビル群を見据えた。
「おっ、やっとか! ったく、また先を越されちまった。けどいいタイミングだぜ、こちとら暇でしょうがなかったからな!」
そして言葉とともに加速する。その視線は、異様な雰囲気を放ち始めた摩天楼へと向けられていた。
――――TO BE CONTINUED...
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