フェイトVSなのはの後編です。
炎殺の邪眼師のほうも更新していますので、よろしければどうぞご覧下さい。
『少なくともあの小僧に、ためらいはない。生きるための装備か……死を恐れぬ〝信念〟か……』
――――海上レストラン『バラティエ』 料理長(オーナー)〝赫足〟ゼフ
何か、異様な力の流れを二人は全身に受けていた。言いようのない寒気が背筋を走っていく。そして、それは強烈な光を伴った爆発へと変貌した。
「きゃ、あああああっ!?」
「くぅっ………!?」
迸った青白い閃光が天を貫き、穿たれた雲を跡形もなく消し飛ばす。なのはとフェイトの二人は、衝撃で強く揺さぶられ、大きく後退した。
「っ………大丈夫、バルディッシュ………!?」
『No……,prob…le…m……sir………』
目を落としたデバイスにフェイトの顔が強張る。彼女のバルディッシュには、杖先から柄に至るまで無数のヒビが走っていた。いつもは輝いているデバイスコアも、今は弱々しい光を明滅させるのみである。
「………ッ…戻って、バルディッシュ………」
『Y…Ye…s,si…r……』
フェイトは辛そうな表情をしたあと、バルディッシュを待機形態へと戻した。そして、目の前に漂うジュエルシードに向かって飛ぶ。しかしその瞬間、彼女の視界がブレた。
「うぁっ!?」
閃光。再びジュエルシードから放たれた光が、フェイトを容易く薙ぎ払った。払い除けられるように、彼女の身体は為す術なく吹き飛ばされる。だが、打ち付けられると思った背中は、がっしりとした感触に受け止められていた。
「無茶しすぎだフェイトの嬢ちゃん! 下がってろッ!」
エースが耳元で怒鳴り声を上げた。吹き飛ばされてきたフェイトを受け止め、噴出する風から庇うように後ろに横たえる。
「フェイト! 大丈夫かい!?」
アルフが血相を変えて彼女の傍に走り寄ってきた。それを横目で確認し、エースは真っ直ぐに走り出す。目の前の光を睨みつけながら、全速で地を蹴り、ただ疾駆した。
「〝
交差するように構えた腕に力が込められる。熱がその手を赤く染めると、急速にその輪郭が揺れ、エースの両手は炎に包まれて見えなくなった。唖然とするフェイト達はこの際無視しておく。
正面を見据えたまま、エースは地を蹴ってジュエルシードへと飛び掛った。距離は約五メートルほどだ。エースはそのまま両腕で円を描くようにして、思い切り振り抜いた。
「――――〝
瞬間、圧縮された炎が空間を巻き込むようにして撃ち放たれた。炎は渦のような流れを巻きながら、ジュエルシードを覆い隠すよう包み込む。猛り狂う紅の煌きは、一瞬にして青き輝きを閉じ込めた。
「ッ………オイオイ、なんて力だよ………!!」
だが、エースの表情は冴えない。それを裏付けるように、紅蓮に彩られたの膜の間から青白い閃光が幾筋も迸る。それを押さえつけている彼の額には汗が浮かび、口からは苦悶の声が零れ落ちていた。
「けど、今更引けねェんだよ……となりゃ、残る方法は……やっぱ一つしかねェか!」
かなりの力を込めたにも関わらず、炎の束縛は既に軋みを上げていた。青い光はより激しさを増し、外側へと噴出しようともがく。もはやその拘束が長く持たないことを感じたエースは、地を蹴って前方に飛び出した。
強烈な光と爆風に遮られながらも、火球体の前に到達する。そしてエースはその中心で輝いていたジュエルシードを見やり、僅かな躊躇いもなく自らの手の中に握りこんだ。瞬間、焼くような痛みが掌を中心に迸る。
「うっ、く……ちっと不味いな………こいつァ、おれが思ってたよりずっとやべェ代物みてェだ…………!」
バチバチという火花を散らせ、拳の中で宝石が暴れる。その人知を超えた凄まじい魔力は、エースの想像を超えていた。本来ほぼすべてのダメージを無効化できるはずの身体を浸蝕し、〝実体〟へと到達してしまっている。
握りこんだ右手の隙間から血が滲んで滴り、指の間から流れ落ちていった。
「エースくんっ!」
なのはが離れた場所から声を張り上げる。ジュエルシードから放たれる暴風に逆らい、必死に此方へ近づこうとしているようだ。さらに、左手首のエールも主人を制止するために警告音を発していた。
『いけませんマスター! 分が悪すぎます! その身の頑丈さは存じていますが、これほど巨大なエネルギーを直に浴びたら、いくら
紡がれる言葉には、いつも冷静沈着な彼女らしくない焦燥が満ちていた。悲痛な響きすら混じった声色は、既に懇願に近い。それほどに、今のこの状況が危険だということなのだろう。
だが、そんなことはエースにもわかっていた。今の自分ではこの力を御すことができないことぐらい、本能的に理解できる。元より生死の境を幾度となく潜り抜けてきた彼が、それが分からないないはずがない。
だが、それでもエースは動かなかった。抗うたびに襲い掛かる痛みを歯を食いしばって耐え忍ぶ。そんな彼の頭には、逃げるなどという考えは端から無かった。
「へっ……一体どこに逃げ場があんだよ。この感じからすると、この辺全部消し炭にしそうな勢いだぜ……? それに、お前が相棒だってんなら、知ってんだろ………?」
苦しげに声を紡ぎながら、エールに向かって語り掛ける。その痛みに顰められた顔に歯を食いしばって笑みを浮かべ、エースは半ば宣言するように叫んだ。
「一度向き合ったら…………おれは逃げねェ!!」
それは決して引き下がらないという覚悟の顕れ。彼の内に存在する、決して揺らぐこと無きモノ。時代を越えて受け継がれた、彼が彼である証だった。
しかし状況は好転しない。ジュエルシードはその光を強め、いつ暴発してもおかしくないように点滅する。エースは逃げずに立ち向かい続けるが、もはやそれも限界に達しようとしていた。
「エースくんっ、やめて!」
なのはが、魔力の風に押し戻されそうになりながら、近づいてこようとする。このままではいずれ……と誰もが思った。
だが、その時エースを包み込むように光が満ちる。薄青色の輝きを放つ透明で恐ろしい光。それは、音を立てて弾けようとした絶望が、あるものに下させた決断だった。
『ッ…………お許し下さい、マスター……―――
エースの左手首にあったエールから、機械的な声が放たれる。すると、ジュエルシードと同じようで少し白みがかった光が溢れ出すようにして放たれた。
光は交差するように彼の前を走り、糸が紡ぎあげるがごとく形を為していく。そしてそれは、一瞬のうちに『あるもの』へと変わっていた。
「こ、こいつは………!」
見覚えがある『ソレ』に、エースは思わず声を上げる。見間違えるはずが無い。目の前に浮遊していたのは、この世界に来る前ずっと自分が身につけていた短剣だった。
一尺ほどの刀身に幅広の鎬地を持つ片刃の剣。長く苦楽を共にしてきた、彼のかつての相棒の一つ。そんなものがエースの目の前に刃を晒した状態で浮いていた。しかし、「あの戦い」で失くしたはずのそれが、何故この世界にそれもこんなタイミングで現れるのだろうか。
だが、エースがそんな疑問を浮かべるのを待たず、エールは相変わらず機械的な声の元に、淡々と続けた。
『Set up 【 A--- L-- 】 - demand the Instration System call …………the chain of command freeze - shift to the Auto mode- Junction Code No. IV…………』
理解できない文章がつらつらと音声で紡がれていく。エースはジュエルシードを抑えたまま少し困惑の表情で剣を見つめる。そして次の瞬間、エールが次に光を放った時にそれは起こった。
『――――All process clear / curse drive!!』
言葉の終わりに再び青い光を放つ。すると、それまで銀色だった刀身に黒い点が浮いた。その黒い何かは徐徐にその範囲を増やしていき、染みが広がるように瞬く間に刀身を覆う。
そして刃全てが黒に覆われた瞬間、
―――――ドクン…………
エースは何かが『鼓動』する音を聞いた。得体の知れない何かが迫ってくるように、まるで音が直接頭に打ち込まれているようにガンガンと。それは目の前の剣………そして、自分自身から響いてきていた。
今まで見えていた景色に二重、三重のブレが生じる。ブォンと言う音を響かせ、意識が靄をかけられたかのように淀んでいく。感覚が麻痺、いや『一時停止』し、すべてが止まったようにすら感じた。
だが、それらは唐突に終わりを告げる。自らが感じた何かが臨界に達した時、世界から音が消えた。
最後の鼓動が耳に届く。何かの終わりと始まりを告げる何かが入り込んでくる、そんな大きな音。それが一際巨大な波となって、自分の内側に響き渡る。
そのことをエースが認識した刹那、すべてが動き出した。
「―――ウッ!!? がふッ!! オ、ォ…………ぐァあああああああああ!!!」
闇の空を切り裂くは叫び。想像だにしなかったほどの、恐ろしい絶叫。それが、彼の口から爆発するように飛び出していた。
ギチッという音を響かせたエースの身体に、貫くような衝撃が走る。肉が裂ける嫌な響きと共に叫びは空気を切り裂き、その場にいた者達の耳に叩き込まれていた。
「「エース(くん)ッ!?」」
「「っ!?」」
反射的に声を上げ、なのはとユーノはエースを見やった。フェイト達もびくっとなって目を開ける。そして、全員が言葉を失った。
「あああああああ――――ッ!!!!」
目の前のそれを表す言葉があったのなら、それはまさしく惨状と言えただろう。それ以上いくと折れてしまうのではないかと思うほどに背を反らし、握り締めた右手を左手で支えるようにして、エースはひたすらに声を上げ続けていた。
「エ、エースく……ひ……っ!?」
声をかけ様としたなのはの口元から響く、微かな悲鳴とカチカチという音。彼女が見据える先から聞こえる叫び声の大きさが、彼に襲い掛かる苦痛のほどを物語っていた。両方の上腕部が裂け、大腿が割れ、体中から血を噴出する。
血飛沫がエースを中心にして舞う。飛び散る血が、彼自身を真っ赤な花へと染め上げているようにすら感じる。だが、その常軌を逸した光景は、まだ年端も行かない少女が見るにはあまりにも凄惨すぎた。
「ア゛…………く、ぁッ…うッ…………」
彼の叫び声が徐徐に小さくなり、身体の痙攣も治まっていく。見ると、先ほどまで激しい魔力を放出していたジュエルシードの光も、そのほとんどが消え失せていた。
足元をふら付かせ、時に咳き込みながら、エースが何度も大きく息を吸い込む。そして何とか息の乱れを抑えると、少し離れた場所で此方を見ていたフェイトと目が合った。
逆流してきた血が容赦なく喉を焼いた。抑えきれなかった雫が口角の端からつうっと流れている。それを見てビクッと震える彼女に、エースは何とか口元を曲げ、精一杯笑いかけた。
「ハァ、ハァ……うぐ…………ほら、な……ムチャすんな、って……言った、じゃねェ、か……こういうことに、なっちまうんだ、からよ……ぐっ………」
口元から、足から、肩口から。身体のいたるところから滴り落ちる血が無機質なコンクリートに鮮やかな花を咲かせる。それを目の当たりにしたフェイトは波打つ湖面のように瞳を揺らし、掠れた声を発しながら何度も首を振った。
「な、なんで…………え……ちが、違う……私、こんな……こんなつもり、じゃ……こんな事が、したかったわけじゃ…………!」
ジュエルシードを暴走させたのは自分だ。だが、それは自分の目的のためだった。懸念や疑問など欠片も持たなかった。いつものように手早く、すんなりと終わるはずだった。
「血ィ見た、の……初めて、か……? はは……少し刺激が、強かったかも、な……ぁぐッ…………けど……これは、おれが勝手に……やっただけ、だ……まァ……気に、すんなよ……」
だが、現実はどうだ。目の前には傷ついた人がいる。自分なんかを庇ったばっかりに、血を流している人がいる。
紛れもなく、自分が傷つけた。自分が好き勝手に動いた結果、こうなったのだ。こんなに血が………赤い液体が流れている。
本当なら、彼が傷を負うことなどなかった。すべて私が、私がやったのだ。自分が何もしなければこんなことにはならなかったハズだ。
「あ……あ…ああ…………!」
深紅の瞳が焦点を失い、フェイトの足がガタガタを震え始めた。
いやいやというように弱弱しく首を振り、目の前のことを否定しようとする。だがそうしようとすればするほど、目の前の現実はさらなる痛みを以って彼女を責め立てた。そのたびにズキズキと痛む胸を、フェイトは必死で押さえつける。
そんな彼女から目を離し、渾身の力を振り絞ってエースは横を見やった。向けられるのは蒼白な顔だ。そんな悲しい表情で自分を見つめるなのはに向かって無理矢理笑顔を作り、エースは口を開いた。
「悪ィ……なのは……ちっとばか、し……寝る……から、よ……この後のことは、頼ん――――」
エースが自らの声が認識できていたのはそこまでだった。
言葉が言い終わらぬうちに、彼の体は糸が切れたように崩れ落ちる。意識を失って重みの増した身は重力の法則に従い、すれたコンクリートに鈍い音を響かせた。
身体のいたる所から流れ出た血による水音がそれに重なる。飛び散った赤い雫が、地面と身体の間にビチャッという耳障りな不協和音を立てた。
「い……いやぁああああ―――――っ!?」
けたたましい金切り声が、ビル群の中に響いた。ビルの谷間がそれを反響し、悲しみと恐怖に満ちた音を増幅させる。
なのはが、うつ伏せに倒れたエースの下に転げそうになりながら駆け寄る。そして、地面に手をついて屈みながら叫んだ。
「エースくんエースくんっ! しっかりして! お願いだから目をあけて! 起きてよぉ! ねぇっ、ねぇってばぁっ!!」
半狂乱になりながら、なのははレイジングハートを放り出して泣き叫ぶ。エースを引き上げて抱きしめ、全身から流れ出る血を押し留めようとしていた。だがそのたびに傷口がじわりとした水気を帯び、純白のバリアジャケットに赤褐色の染みが滲んでいく。
走り寄ってきたユーノも、今までに無いほど血相を変える。即座に治癒魔法を展開して治療を開始すると、緑色の光を放つ魔法陣が、なのはに抱かれたエースを中心にして包み込んだ。
フェイトはその光景に言葉をなくし、ふらりと一歩後ずさる。そんななか、女性体になったアルフが、エースの傍へと飛び込んだ。その手から転がり落ちていたジュエルシードを掴み、動けない三人から即座に距離を取る。そして、半ば放心しかけの少女に向けて大声を上げた。
「フェイト! 離脱するなら今しかない! 行くよ!!」
「っ!? で、でも………っ!」
気を取り戻したフェイトが、その視線を目の前のエースとアルフとの間で行き来させる。生まれてしまった迷いと強い罪悪感が、彼女の心を激しく打ち据える。だが、主が見せた逡巡にアルフは顔を険しくさせ、さらに声を張って怒鳴った。
「確かにアイツは心配だけど………あたし達がここにいたって何もできないよ! それに優先目的を忘れたのかい!? こんなとこで捕まるわけにはいかないんだ。あの子達に………任せるしか無いんだ…………!!」
「アル、フ……」
諭す側のアルフの顔はとても歪んでいた。ギリッという歯軋りの音が聞こえてきそうな、悔しさとやるせなさに満ちた表情。そんな相棒の様子にフェイトもバルディッシュを強く握り締め、迷いを無理矢理振り払った。
「……くっ!」
一瞥を流した後にエースに背を向け、フェイトはアルフを追ってビルの谷間を飛び去っていく。漂っていた戦気が霧散していく。それを待っていたかのように、黒い空からぽつぽつと雨が降り始めた。
ユーノはエースの出血が止まったのを確認し、魔法陣の展開を解いた。なんとか止血はしたが、依然として大丈夫というには程遠い。
「僕の治療魔法じゃ、これが限界か……! なのは、早くエースを――」
焦りを内包したまま、傍らにいるなのはに声をかける。だが、彼の目に映ったのはいつもの彼女ではなかった。
「エースくん、エースくん……!」
そこにいたのは、悲しさに打ちひしがれる少女。目から大粒の涙を流しながら、うわ言のようにエースの名を呼んでいる。瞳からはハイライトが消えうせていて、ちゃんと見えているのかもわからない。
ユーノは、そんななのはを見て一瞬言葉を失う。だが、ヒューヒューと力なく息をするエースを見て、逆に彼は頭をすぐに切り替えることができた。そして、自らの焦燥感を押し殺すように、気が付けば自分でも出したことのない強さと厳しさを含んだ声で、彼女を怒鳴りつけていた。
「落ち着くんだ! 高町なのは!」
「!? ユ、ユーノ……くん…?」
ユーノから掛けられた、今までになく強烈な言葉によって、なのはの瞳に僅かばかりの生気が戻ってくる。それを確認したユーノは、機を得たとばかりに彼女の目を真っ直ぐに見て続けた。
「エースは死んでいない! まだ十分に助けられる! けど、このままここにい続けたら、雨に体力を奪われて本当に死んでしまうんだ! 今君がやることは泣くことじゃない! 彼をすぐ連れて帰って、一刻も早く治療することだろう!? わかったら急ぐんだ! なのはの部屋へ運ぶから、手伝って!」
「あ……うっく……わ、わかったっ……!」
ユーノの叱責にハッとしたなのはが一度エースに目をやり、きゅっと口元を引き結んだ。涙を拭い、足元をおぼつかせながらも自分で立ち上がる。
同時に緑色の光が周囲を包み込んだ。転移魔法である。
そして一瞬の後、二人と一匹の姿が消えた。結界が解かれ、夜の喧騒が街に戻ってきた。ここに戦いは一時の終結を見る。
だが、強く降りつける雨がこれだけでは終わらないことを、言葉なく告げる。寧ろ、嵐は今ようやく始まったばかりなのだと。
消える瞬間、ユーノは空を見上げていた。世界が荒れることへの確信が強くなる。
暗黒の雲は、まだ晴れそうにない。
――――TO BE CONTINUED...
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