魔法少女リリカルなのはACE   作:コエンマ

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連続投稿第三弾、ACEです。

最近ローが強くなってますね~。ローは当初から好きなキャラだったので、これからも頑張って欲しいです。

それでは第十三話、投下です。


第十三話  出会いと必然 ~ 次元の海へ

 

 『冒険の匂いがするっ!!』

 

 ――――麦わら海賊団船長〝麦わら〟モンキー・ D ・ルフィ

 

 

 

 春の陽気というものはいつも人を和ませるものだ。四季が順々に巡る日本に住んでいる者ならば、誰もが理解できる。寒く厳しい冬が終わり、芽が息吹く季節に心躍ることだろう。

 

 大地いっぱいに降り注ぐ温かい日差し。穏やかに流れていく風と小さな雲。それに混じって時折聴こえてくる小鳥達の(さえず)り。

 

 抜けるような晴天を見せる青空とぽかぽかと暖かい空気は、ただ心を穏やかにしていく。意味もなく平和だねぇ、と言いたくなる光景がそこにある。 

 

「暇だ………」

 

 そんななかで気の抜けた声を上げる者が一人。その主はぐてーっといった擬音語がぴったりな様子で、窓際の畳に大の字に横たわっていた。時間にして三十分ほど彼はこの状態だった。日の光を吸収した髪がだんだんと熱を持ってきはじめていた。

 

「ふぁー…………暇だァ、暇すぎる………」

 

 縁側に向かって愚痴を零すのは、もちろんエースである。大あくびを注意する恭也もくすくす笑う美由希もここにはいない。なので現在、彼は絶賛怠けモードの真っ只中であった。

 が、好きで怠けているわけではない。

 

「ったく………なのはのヤツ、ホントに心配性なんだからよ。おれは大丈夫だって言ってんのに………」

 

 僅かな不満を吐き出すように、エースは溜息と共に肩を竦めた。

 

 エースがジュエルシードのエネルギーによって負傷したのは昨晩の事だ。後から聞かされたことによるとあの後自分は気を失ってしまい、フェイト達はそのドサクサに紛れ、ジュエルシードを奪って姿を眩ませてしまったらしい。部屋で意識を取り戻した後、感極まったなのはには大泣きされ、しばらく離してくれなかった。

 

 さてそのエース自身はというと、既にほぼ差し障りがなくなっている。あれほどの大怪我を負ったとは思えない回復を見せ、今や傷も消えて、その様子は普段とほとんど変わらないほどだ。

 

 普通に考えれば、一晩であれだけの怪我が完治するというのは異常事態だ。無論のこと、エースにとっても身に覚えのない事である。が、別に特段困るものでもないし、治るならそれに越した事はない、と本人は割り切っていた。

 

 というか、端から考えるつもりもなかったようだ。当の自分が思い当たらないのだから考えたってどうせ分からない、だから考えるだけ無駄、とあっさり流したことからもそれが窺える。なのはは深く考えず、エースが無事な事を素直に喜び、ユーノなどはいつもながらそのあまりの軽さ加減に呆れを通り越して感心していたぐらいであった。

 

 ともあれ、一晩明けた後のエースは完全に元に戻っている。エース自身もそれを感じていたので、特に問題にはしていなかった。だが、いつものように出歩こうとしたところで、なのはから痛烈な待ったがかかったのだ。

 

 曰く、

 

『今日一日は絶対、ぜぇ~~ったいに大人しくしていること!』

 

 という条件付で、だ。もちろんエースはぶー垂れた。治ったのは嘘や間違いではないし、無理をしているわけでもない。傷も完全に塞がったこともユーノが証明してくれていた。

 

 ともかく懸念すべきことは何もないはずなのだ。無事すぎて身体がウズウズしているぐらいである。なので、エースはそれら盾にして再三にわたってなのはに進言したのだが、

 

 

 

『ダメッ! 風邪も治りかけが一番危ないって言うし、エースくんはすぐ一人で無茶するから今日は家にいるの! 昨日の傷はなんでか消えちゃったけど、すごく酷い怪我だったのは事実なんだよ!? ちゃんと休んでなきゃお説教なんだから!』

 

 

 

 と、これである。登校する間際にも口を酸っぱくして言って来た辺り、エースが無茶したことに大層おかんむりの様子だった。友達というよりも母親に近いかもしれない。

 

 そんなわけで、エースはこうして暇を持て余しているというわけである。なのはは小学校、恭也も美由希も同じく学校だ。士郎と桃子は翠屋へケーキなどの仕込みへ出かけていて、あと数十分は戻らない。ユーノはさっきまで話していたが、少し考えたい事があると言っていたので置いてきた。今は二階のなのはの部屋にいるだろう。

 

「あー………フェイトの嬢ちゃん達とか来てくれねェかなー……あの使い魔の……アルフだっけ? アイツとも結構話とか弾みそうな感じがするんだけどなァ………」

 

 今度はぐてーっと仰向けに突っ伏し、エースは土台無理なことを言う。よほど何もしないでいるのが辛いようだ。そんな主を見かねたのか、エースの横に置かれていたエールが独り言に割り込んだ。

 

『マスター、それは都合が良過ぎますよ。そもそも、今の彼女たちにそんな余裕はないでしょう………ですが、そこまで暇を持て余しているのでしたら、いっそのことこちらから出向いてみてはいかがですか? お望みなら、私がログを元に『方向』を指し示して先導しますが』

 

「へ? お前、そんなことできるのか? けど、前に記録指針(ログポース)としての力はなくなったって言ってたよな?」

 

 身体を起こし、畳の上に鎮座する相棒へと視線を向ける。質問について答えるとでもいったように、エールは点滅を返した。

 

『マスター、それは事実の一辺ではありますが、正しくもありません。確かに以前のような〝島の磁力を記録する力〟はありませんが、デバイスに変わった事で記録(ログ)できる内容もそれに準じて変化したのです。記録できなくなったのではなく、記録できる〝対象〟が変わっただけなのですよ。機能も充実し、その対象も二種類に増えました。その一つが〝魔力〟の記憶なのです』

 

「〝魔力〟? 魔力って、なのはとかが魔法を使う時に必要になるっていう、アレのことか?」

 

 エースが腕を組みながら問い返す。脳裏に浮かんだのはなのはやフェイトの砲撃魔法、それにユーノなどが使う結界魔法だ。エールが再び反応して光を放つ。

 

『ええ、その魔力で合っています。魔法を自身の力のみで発動させるには、どんな場合でも魔力が必要不可欠。その魔力……正確には力を司るリンカーコアと呼ばれる組織からは、その者だけが持つ独特の波長が放出されているのです。指紋や声紋の魔法使い版、人が持つ個性などと同じと考えてください。そして、私はそれを記録、さらに感知する力を持っている。何が言いたいかわかりますか?』

 

「いんや、さっぱり」

 

 エースは相棒に対して正直に告げた。いや、基礎知識というものは本当に重要だと改めて思った。なのは達に〝悪魔の実〟の概念が分からないように、エースにも魔法の概念が分からないので今みたいな頭のいい会話には付いていけないのだ。 

 

『はぁ………つまりですね、以前フェイト嬢とお会いした際に、その魔力の波長を記憶しておいたのですよ。よって今は彼女から発される唯一無二の波長を指し示すことが出来る。即ち―――』

 

「おお、なるほど! お前の力を使えば、今あいつらがどこにいるのかが正確に分かるって事だな! 原理とかはさて置いて」

 

 手をポンと叩いてエースが納得の意を示した。合わせてピンポーン、とエールから電子音が響く。意外と器用なデバイスである。

 

『ええ。後半の部分が非常に気になりますが、ほぼ正解です。尤も通常であれば、強力な魔力を持つ者を感知するたび上書きされていってしまいますが、今回は記録にロックを掛けてあるので、永久指針(エターナルポース)と同じ働きをすると思ってください』

 

「便利だな~! っと、それならこんなとこで油売ってる理由はねェな。なのはには悪ィが、ま、探すだけならアイツも文句はねェだろ」

 

 立ち上がりエースは玄関へと急いだ。エースは基本的に約束をすれば守る必ず守ろうとする男だが、今回は別に約束というわけではない。それに、エールの新しい機能や、フェイトの隠れ家を探すということに心がはやっていた。

 

 子供であっても彼は海賊。冒険が大好きな人種なのである。左腕にエールを装着し、久しぶりとなる遠出の予感に気合を入れる。

 

「うしっ、準備万端だ」

 

『了解しました。ユーノへは、レイジングハートを通じて私から連絡を入れておきます』

 

「頼む。そんじゃ、いっちょ大追跡ミッションといくか!」

 

 エールとの会話もそこそこに玄関から飛び出すエース。たったったっ、とリズムよく走る音が響いてくる。その表情は、本当に純粋な輝きで満たされていたのだった。

 

 

 

 -Side One girl-

 

 

 

 海鳴の街は、人口数十万もの規模を持つ中型都市だ。中心部にはビルが立ち並ぶが、それを囲うようにして市民たちが住まうマンションや一軒家などが連なり、さらにその周囲には多くの自然を残しているのも魅力の一つと言える。郊外には温泉も存在していて、近年は観光地としての役割も担っていると聞く。

 

 そんな治安もよく穏やかな住宅街の一角。整備が少し行き届いていない道路の隅で一人の少女、即ち私は眉を寄せて困り果てていた。

 

「あかん………ちっと油断しすぎてたみたいや」

 

 声が少し沈んだ調子で響く。紡がれる言葉は方言として確固たる地位を確立しつつある関西弁だ。関西弁を喋る少女となると元気いっぱいなイメージが沸くかもしれないが、残念ながら私はその通例の内には納まっていないだろう。

 

 この身は車椅子に座っているのだ。鉄パイプに青いシートというどこにでもあるタイプのものである。しかし長いこと足が悪いせいもあり、乗っている車椅子には使い込まれた物が持つ特有の雰囲気が漂っていた。と、そんなことはさておいて。

 

 屈むようにして右手に力を込めていた私だったが、「はぁ~」と空気を吐き出した。

 

「こういうんは結構久しぶりやけど、こういう久しぶりは嬉しくないかなぁ~………」

 

 頬を掻きながら下を見やる。すると、見事に道路脇の側溝に嵌った自分の車椅子の車輪が見えた。右の主輪が完全に落ち込み、がっちりと溝と噛んでしまっている。 

 

 車体が傾くほど入り込んでしまっているのだ。いくらこの道長いとはいえ、手だけでは健康な人でも状況は覆せまい。

 

「まいったなぁ………こんなときに限って大人は通ってくれへんし、自分でやろうにも倒れたらもっと厄介やし………」

 

 私は先ほどから何度目か分からない溜息を吐いた。そして、スカートのポケットに手を突っ込みの中から一つの物を取り出す。

 

 それは携帯電話だった。病院から何か有事が起きた際にと渡されているものだ。つまりは彼女にとっては最後の命綱、緊急用の連絡端末である。

 

 取り出した携帯を出したままぼんやりと見ていたが、はぁ、と溜息を吐くと、私は折りたたまれたそれを開いた。

 

(ま、これ以上ここにいても何も進展はしてくれへん。横着して人通りの少ない道を選んでもうた私のミスやしな。先生にはまたその道使うたのって怒られるかもしれへんけど、この際仕方ない。ええと、石田先生の番号は………と)

 

 これ以上の足掻きを諦め、電話帳検索から目当ての名前を呼び出しにかかる。おそらくこの時間ならの担当主治医の彼女が空いているはずだ。淀みの無い手つきでそこまで行き着く。そして、使い慣れた携帯の、押し慣れた通話ボタンを押そうと親指を伸ばす。

 

 そんな時だった。

 

 

 

『――――ほれ、ぼうっとしてねェでしっかり掴まれよ。落ちても知らねェぞ?』

 

 

 

 軽い口調とともに浮遊感が体を包み込んだのは。

 

「えっ………わきゃあ!?」

 

 突然のことに、私は心から驚いていた。まぁ、いきなり自分の据わっていたものが大きく揺れたのだから、驚きもするだろう。私は思わず体を硬くして、はっしと車椅子にしがみ付く。

 

 と、すぐに浮遊感は接地面の感触にとって変わり、グラグラも収まった。どうやら今のは車輪が元に戻されたものと、持ち上げられたことによる浮遊感だったようだ。安堵の息を吐きながら、私は高まった動悸を落ち着ける。

 

 それにしても、久しく上げていなかった悲鳴を上げてしまった。いきなりだったから心構えもできず、少し女の子らしくない感じのものだったように感じる。

 

 うぅ、まだ私九歳やのに。なんや、嫌なところで乙女の自信を失くすわ………悲鳴上げるに心構えが必要っていうんは、ちょっと可笑しな話やけども。

 

「よっと………大丈夫か、嬢ちゃん?」

 

 しかし世界は依然として回っているらしい。俯いていた私の上から快活そうな声がかかった。ちゃんと地面について平行になった視界を確かめた後、私は恐る恐る視線を上げる。

 

 当たり前だが、そこには人が立っていた。背丈の感じからして、恐らく自分と同い年ぐらいの少年。しかし、此方に笑みを向ける彼を見て、私は何か違和感を感じていた。

 

 その少年の笑みが、何故か溌剌とした青年の笑顔にダブって見えたのだ。故にだろうか。同年代のような、しかしずっと年上にも感じるような矛盾した感覚が私の中を駆け抜ける。

 

 だがそれも一瞬。笑いながら私を見下ろしていた彼と、真正面から目が合った。

 

「車輪が落ちて動けなかったんだろ? よかったな、出られて」

 

 私にとっては初めてだろう、至近から見る男の子の笑顔。それは太陽のような、心を温かくする本当に眩しい笑みだった。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

「っと、いきなり悪かったな。怪我してねェか?」

 

「……はぇっ!? あ、いえ! 私も困っとった所やったし、助けてくれはってありがとうございます………」

 

 車輪を道路へと戻した後、目の前の少女に声を掛ける。エースの声に驚いたのか一瞬ビクッとしていたようだが、彼女はすぐにお礼を言いながら頭を下げてきた。

 

 ふっと、顔から笑みが零れる。そのまま視線を落とし、彼女が座っている〝椅子〟を見た。エールからの念話が頭に響く。

 

『(どうやら、彼女は身体に不自由を抱えているようですね。先ほどの身体の重心の動きから考えると、足……でしょうか)』

 

(普通に考えりゃ、な。おれも前の世界で何人か見た事ある。けど………なんだ? さっきからくるこの妙な感じは………)

 

『(マスター……?)』

 

 彼女から感じる何かに、エースは怪訝な表情を浮かべる。それを目ざとく読み取った少女は、首をかしげながらエースを見上げた。

 

「? どうしたんですか?」

 

「え? あ、ああいや………その……足が、悪いのか?」

 

 言葉に迷い、彼女の足を見ながら告げた。言ってしまってから、少し無神経だったかもしれないと考える。しかし少女はというと、いきなり聞かれた事には少し驚いていたようだったが、すぐに意図を理解し、こちらの質問にきちんと首肯で返してくれた。

 

「あ、は、はい。その通りです。下半身が麻痺してて、自分じゃ上手く動かなくて。生まれつき不自由なんで、私、自分の足で歩いたことがないんですよ」

 

 言葉を紡ぐも、その顔には僅かな憂いも見て取る事はできない。浮かんでいるのは歳相応な、純粋で優しい笑みだ。よく言えば『慣れた』ということなのだろう。

 

 だがそれは経て来た年月の裏返しだ。それを彼に嫌というほど感じさせる。優しさの裏に封じ込められた痛みや悲しみ、そして自分の境遇に対する憎悪すらも。

 

 悲しみは磨耗して諦めとなり、もはや表情に表れていない。それが紛れもない〝絶望〟であることを、彼女はまだ自覚していないのだ。エースはかつての自分を見ているような感覚にとらわれ、僅かな寂しさを覚えていた。

 

 そんな彼女に対し、同情は最大の侮辱となる。その答えも自分で探すしかなく、行き着くであろう、あるかないかも分からない先も自分が描かなくてはならない。だから、エースは明るくて優しい表情になるように努めて、少し口の端を吊り上げ、軽く確認がてら尋ねるだけに留めた。

 

「そっか。あー、それとそんなに丁寧にしなくてもかまわねェよ。敬語も別になくていい。見たところ同い年ぐらいだし、言葉遣いも最初使ってたヤツの方が自然だ」

 

「え゛っ………!?」

 

 しかし、間を繋ぐことと話題転換を兼ねてで放った質問は、見事にドンピシャだったらしい。ギクッと揺れた肩からも明らかだ。少女はなんとか誤魔化そうとしていたようだが、あまりに苦しい展開になると思い当たり、すぐに苦笑いを零した。

 

「あ、あはは~……もうバレてもうた………うぅ、さっきは咄嗟だったから直しきれんかったんのが悪かったかなぁ。普通だったら絶対せえへんミスやったのに………もう、あんさんがいきなり持ち上げたせいやで?」

 

「はは、そいつは悪かった。けど、口調ぐらいべつにいいんじゃねェか? 珍しい言葉遣いだがそれはそれで面白ェし、何より、嬢ちゃんがさっきよりずっと活き活きしてる感じがするしな。なんというか………そいつらしい、っていうのか? うん。こっちの方が、おれは好きだ」

 

「へっ!?」

 

 笑顔に軽い口調を乗せて返すエース、それに驚いた顔をする少女。彼女の不思議なノリのせいか、つい思った事をそのまま口にしてしまった。初めて会った相手に少し馴れ馴れしすぎたかと思い、機嫌を損ねていないかエースは言葉を止めて様子を見る。

 

 幸い彼女に危惧したようなことは起こっておらず、エースは安心して肩の力を抜いた。自然と笑みも浮かんでくる。その瞬間、僅かに赤く染まった彼女の頬が若干気にはなったが、大事ないようなのでとりあえずスルーした。

 

「え、あ、あのその……あ、ありがとぅ……そ、そんなん人に言われたん初めてやから、お世辞でもて、照れてまうな………変な口調かもしれへんって前から気になってたんやけど、少し安心したわ………」

 

 上目遣いで笑顔を浮かべてくる。しかし、安心したというのは本当らしく、表情からも強張った感が消えていた。対するエースも力が抜けた笑みを見せ、やんわりと肩を竦める。

 

「や、別に世辞のつもりはなかったんだが………ま、納得してるんならなんでもいいか」

 

『(はぁ………正直すぎるというのは時に罪深いものなのですね。尤も、貴方の弟などにも言えることですが………[マスター、問題は解決したのなら先を急ぎましょう。のんびりはまた今度ですよ])』

 

 少し哀愁漂う声でエールから念話が飛んでくる。エースは今日の目的を再確認し、エールに「わかったわかった」と相槌を返した。そして、目の前の少女に視線を戻す。

 

「っと、おれも急ぎだったんだ。じゃあ身体を大事にな! それと、もう溝に嵌ったりすんなよ?」

 

 一日は短い。なのはが帰ってくるまでに事を終わらせねばならない点を考慮すれば、時間はかなり限られていた。名残惜しいが、今はやるべきことがある。エースは挨拶もそこそこに、踵を返したと同時に走り出した。

 

 背中に視線を感じた。耳へ風を切る音に混じって少女が御礼を言う声が聞こえてくる。せめて彼女に穏やかな時間が訪れることを願い、エースは指針の先へと駆けて行った。

 

 

 

 -Side Hayate Yagami-

 

 

 私は遠ざかる足音で彼が走り出していたことに気付いた。どうやら少しぼうっとしていたようだ。時間にして数秒ぐらいだろうか、しかし彼の背中は遠く離れ、姿は小さくなっていた。

 

 私は慌てて手を振りながら叫ぶ。

 

「あ、うんっ! ゴメンなぁ引き止めて! ホンマ、おおきに! ありがとうなぁ!」

 

 言葉を置いて走り出した彼に、私は大きな声で感謝を伝えた。こんなにも大きな声は久しぶりだ。その姿が道の先へと消えていくまで手を振り続ける。

 

 私の声に彼は背を向けたまま手を挙げて応えてくれた。嬉しさ、いやそれよりも温かい感じが胸にすっと染み渡る。見ると、彼の後姿は街並みのなかへと消えていた。

 

 そこでようやく手を下ろした私は、はたと思い当たる。

 

「あ………名前聞くの忘れてもうた………」

 

 そんなこと、すっかり頭から飛んでいた。自称、世話焼きはやてさんにしては異例の失敗である。同時に聞き忘れてしまったということがひどく悔やまれた。

 

 だが彼とはまた会える。どこかで、きっとまたあの笑顔を見れる気がする。不思議ではあるが、自分のなかにそんな予感があった。

 

「そうだとええなぁ………」

 

 純粋な願いが口を突く。本当に眩しいような彼の笑顔を思い出し、意味もなく照れてしまう。今時、少年でもあんな真っ直ぐな笑顔というのも珍しい。それを思い出して、私は一人顔が赤くしていた。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

 少女と別れ、エースはログを辿って探索を再開した。方向だけはキッチリわかるものの、距離などは表示されないため、ひたすら針の指した方向へと進み続けるしかない。着実にフェイトへと近づいているというエールのエールを聞きながら(決して、断じて、絶対に洒落ではない)、意気揚々として時に歩き、時に橋っていく。そして少女との別れから三十分しばし、エースは進めていた足を止めていた。

 

記録指針(ログポース)が指してるのはここか。それにしても、えらくでけェ建物だなおい」

 

 見上げるのは目も眩むような高さの建物だった。金色に輝くいくつもの骨子に一面のガラス張りが映えている。

 

「一流の高級ホテルというところでしょうか。子供が泊まるには分不相応ですが、―――解析中………反響音あり、魔素の密集を確認。さらに、周囲に魔力が洩れないようにする類の結界も展開されています。間違いありません。ここが彼女達の根城のようですね」

 

「よし、そんじゃ行くとしますか」

 

 そんなこんなでロビーを通過し、エレベーターに乗るエース。エレベーターは初めてだったので戸惑ったが、エールが指示してくれたお陰でスムーズに進むことができた。ログが指す角度からすると、彼女らはかなり上の階らしく、それを頼りにボタンを押す。

 

 ためしに一番上の階を押してみると、数十秒かけてその階へと辿り着いた。広めのロビーがエース達を出迎える。だが、エースは左手の記録指針(ログポース)形態のエールを見て首を傾げた。

 

「うん? 着いたみてェだが………おかしいな。これが一番上なんだろ? 何でその上を指してんだ?」

 

 そう。エースの言うとおり、ログの針先はまだ上を指していた。エレベーターに乗った当初よりは角度も浅くなっていたが、しっかりと上の階を指している。しかし、エレベーターにはこれより上の階表示はなかったはずだ。

 

『このエレベーターでは彼女達の部屋へ行けないようですね。スイートルームは階そのものが部屋となっていて、専用のキーかIDカードを持つ人間しか出入りできないと、さっきフロントに書いてありましたから。仕方ありません、ここからは非常階段を使いましょう』

 

 エールがすかさず入れた方策に頷き、エースはエレベーター脇の非常扉を開いた。ロビーとは対照的な無機質で殺風景な階段を、一階上がるごとに確認しながら上っていく。スイートルームへの扉はどれも閉ざされていたが、いざとなれば力技で開けるので問題ない。

 

 そんな感じで歩みを進めていたエースだが、目的の場所には一向に辿り着かない。そして、ついに最上階、屋上へ続く扉にまで来てしまった。

 

 だが、それを待っていたかのように指針が水平へと移行する。

 

(ビンゴだな)

 

『(そのようですね)』

 

 エースはそれを確認すると、やおら気配を消し、音を立てないようにそっと扉を開く。僅かに洩れる光の先に目を細めると、果たしてそこには捜し求めた二人、フェイトとアルフが立っていた。

 

「ふぅ。苦労させやがって、やっと見つけたぜ。けど、あいつらいったい屋上で何してんだ? 遊んでるってふうには見えねェが………」

 

『何か言っているようですが、集音しようにも風が五月蝿すぎてほとんど使い物になりません………もう少し様子を見ましょう』

 

 エースは二人を注意深く観察しながらエールと相談しあう。だが、そんななか、フェイト達の周囲を金色の魔法陣が覆った。それは瞬く間に力を増幅させ、式の役目を果たしていく。次の瞬間、溢れた光が迸るように二人の姿が消えてしまった。

 

「いっ!? き、消えちまったぞ!? 何処行った、おーいっ!」

 

 慌てて飛び出し、辺りを見渡す。思わず声を上げるものの、どこからも返事は返って来なかった。いずこへを消えた二人を探していた主人へ、エールが光を発して呼びかける。

 

『この屋上にかなり大規模な転移魔法式の残滓があります。ここまでになると次元跳躍も可能なはず………どうやら、彼女はこの世界の外に用があるようですね』

 

「外って………ってことは違う世界に行った、とかそういう感じか? けど、それじゃ完全に手詰まりじゃねェか」

 

 エースが苦虫を潰したような顔を浮かべる。やっとのことでここまで来たというのに、本人たちがいないのでは話にならない。追いかけようにも世界を超える力などエースは持っていない。

 

『心配は要りませんマスター。私には貴方へ魔法系のサポートをほとんどできない代わり、様々な機能があると申しましたでしょう。今回はそれを使います………【ストライカーシステム】起動、展開開始』

 

「お………おおおお―――っ!?」

 

 甲高い電子音が響く。同時にエールが光を放ち、エースの目の前にある物体が現れた。

 

 大きさは全長二~三メートルほど。真ん中が刳り貫かれたサーフィン形状の水上バイクにマストを立てたような造り。船尾に付けられた後方と左右への噴射口を持つ三合式エンジン。そして、何より馴染み深いマストに描かれた白ひげのマーク。

 

 これだけの要素を併せ持つ乗り物は、彼の中で唯一つだった。

 

「こ、こりゃあ………おれの〝ストライカー〟じゃねェか! こんなもんまで仕舞ってあったのか!?」

 

 それはエースが前の世界で愛用していた小型船、通称『ストライカー』だった。白ひげの船にいた頃、何度もお世話になった相棒だ。エースのそれは、自らの〝メラメラの実〟の能力(ちから)を動力として動く特別性である。

 

『ええ。といっても、この船はマスターの記憶イメージを元に作り上げられた新型で、その材質、性能、使用用途に至っても以前のストライカーとは全くの別物です。これは普通の海ではなく、〝次元の海〟を渡るために存在する小型の次元空間航行船(ディメンションシップ)なのですよ。名前は………まぁ暫定的に『エースストライカー』とでもしておきましょうか』

 

「エースストライカー………またコレに乗れる日が来るとは、正直思ってなかったぜ。しかも今回は次元の海………いいねェ、気が利いてる。未知の海を新しい船で冒険か………久しぶりに海賊っぽくなってきたじゃねェか!」

 

 意気消沈から一転。いきなりテンションが高まったエースが、ガッツポーズを決める。エールは『目的を忘れないようにしてくださいね』と釘を刺しながらも、どこか声が嬉しそうに弾んでいた。

 

『それでは行きますよ。次元封門開放(ゲートオープン)!!』

 

 エールの掛け声に呼応し、エースの前に数メートル大の円が現れた。その中は暗く、様々な流れに満ちた闇が広がっている。

 

 これこそが世界を取り巻く次元の海。そしてそこへ導くこの力が、エールが持ちうる三つの魔法能力のうち念話と力場設置(マテリアルフォース)を除いた最後の一つ、異空間接続(ペネトレイト)である。

 

『バブルシールド展開。大気圧固定。システム全工程完了(オールクリア)、次元乱流なし、相互座標に差異なし。次元状態確認………良好。マスター、発進可能ですよ』

 

「っしゃあ!」

 

 足元を炎に変え、パワーサプライとして流し込む。エンジンに火が入り、主人の力で命をともす。エースの(ちから)を受けたストライカーは、三つのエンジンに爆音を轟かせて唸りを上げた。

 

「久々、いや初めましてか? ま、とにかく出発だ! 進水式は派手に頼むぜ、相棒!!」

 

 言葉を待たずして、ストライカーが飛び出す。目の前に広がるのは、かつての世界でも感じたことのない異質な海。暗く誘い込むような闇だけが広がる暗黒。

 

 恐れることはない。いつもそうやって切り開いてきたのだから。

 

 こんなときでも好奇心が先立つ自分に、エースは笑みを深める。そしてさらにスピードを上げ、その中へ飛び込んでいった。

 

 

 ―――TO BE CONTINUED...

 

 

 




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