魔法少女リリカルなのはACE   作:コエンマ

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お久しぶりです。



さっそくですが、第十六話をどぞ~


第十六話  真実の断片 ~ 求める心と怒れる魂

『人は、〝心〟だろうが!!』

 

 ――――麦わら海賊団コック〝黒足〟サンジ

 

 

 

 

「コイツは………」

 

 己の胸に燻る予感を口にしながら、エースは光へと近寄った。いまだ目の前の光景が信じられないというようにその表情は顰められ、いつもの冴えはまったくなかった。

 

 目の前のカプセル内では少女が一人眠っていた。溶液に満たされた中で、死んだように存在している。それは、フェイトと瓜二つの容姿をしていた。

 

 いや、そんな言葉では計れまい。彼女より若干幼さが残る顔立ちも然り、目の前の少女は双子などという領域を超えた、まったく〝同じ〟ものだったのだ。その少女へと、エースはさらに歩みを進めていく。

 

「………お前も………フェイト、なのか?」

 

 生体ポッドの前に立ち、導かれるようにして見上げる。中にいる少女は、相変わらず安らかな顔で目を閉じていた。

 

 本当にそこにあるのか、自分が感じているものが真実なのか。

 

 違ってくれていればいいことを願いつつ、それを確かめるためエースはただ手を伸ばす。

 

 だが次の瞬間、伸ばしていた右肘から先が弾かれたように吹き飛んだ。腕は途中で四散し、淡い火の粉となって消えうせる。だが、捥げた腕は揺らめきと共にすぐに元の形へと戻っていった。

 

 再生した肘先を一瞥し、エースはゆっくりと視線を流す。

 

「てめェ、まだ………」

 

 純粋な驚きと共に背後へ振り向く。そこには憤怒の形相を湛えたプレシアが杖を構えていた。

 

「私の〝アリシア〟に触らないで!」

 

 まとう怒気は先ほどの比ではない。表情に張り付いていた余裕も消え失せ、焦燥感だけが彼女を支配している。エースはもう一度、アリシアと呼ばれた少女へ視線を向けた。

 

「アリシア……? フェイトにそっくりなコイツの事か……?」

 

「そっくり? あは、あはははは! そうでしょうね、外見は確かにそっくりなのだから! けど、あんなお人形なんかじゃないわ………かつて私が失ってしまった、本当の娘よ!」

 

 狂気を滲ませた表情に笑顔が浮かぶ。そこにあるのは安らぎを求める心、そしてどこまでも強い想い。狂信的な宗教信者によく見られる傾向をエースは彼女から感じ取っていた。

 

「フェイト………あの子はね、アリシアの遺伝子から組み上げた体細胞クローン、アリシアの複製なのよ! アリシアの容姿、アリシアの声、アリシアの記憶………新たな命にそのすべてを植えつけた、アリシアになるはずだった存在………それも、今はただの失敗作となってしまったけれど」

 

『まさか……いや、それならば彼女を取り巻く状況も、あの態度や表情にもすべて辻褄が合う………人の設計図である遺伝子を意図的に操作して同じ人間を作り出す道を外れた悪魔の所業………噂には聞いていましたが、まさかこの世界では現実に行われていたなんて……』

 

 エールの声が重い。少なからずショックを受けているような様子だった。機会といえど、感性は良識的な人間に近いから当然なのかもしれない。

 

「〝同じ〟人間? じゃあフェイトはアリシアだってことか?」

 

「あはっ、ははははははは! それは大きな間違いよ! アリシアはフェイトとは違う。あんな、あんな出来損ないなんかじゃ………ウッ、ゲホッ!?」

 

 プレシアが突如言葉を止めた。苦悶の表情を浮かべ、杖を支えして何度も咳き込む。口にやった手の指の間から赤い雫が滴り落ちていった。

 

 彼女の様子にエースは目を剥く。だが、すぐさま彼に一つの可能性を導き出させた。

 

「それ………お前、まさか身体が………?」

 

「………ぐ、ぅ………ええ……数年前に患った、治療方法もない不治の病よ……加えて言うならもう長くもないわ。持ってあと一月といったところかしら………」

 

 エースの顔が僅かに歪んだ。彼女自身、命の瀬戸際にいたということに驚きを禁じえない。だが、いまは聞いておかねばならないことがある。

 

 荒く息を吐くプレシアに向かって、エースは声を紡いだ。

 

「アリシアは………死んだのか?」

 

「………ええ、そうよ………何の前触れもない別れだった………すべて私のせい、あの子には何の落ち度もなかった………だから私はこの研究をしているのよ」

 

 そう言って、彼女は暗く染まった天井を見上げる。その顔には懐かしむような色が浮かんでいた。

 

「あの子を蘇らせるため、同じ遺伝子を使ったわ。あの子が持っていたものと同じ記憶も移植(インストール)したわ。違ったのは、アリシアと呼ばれていた事をなかった事にしただけ………」

 

 彼女が見せる母親の顔。これがフェイトが望んで止まない表情のはずだ。だが、エースにはそれがひどく危ういもののように思えた。

 

「私は可能性があるのならどんな手でも使って、アリシアを呼び戻そうとした……けれどダメだった………だから私の夢が叶う場所へ行くのよ。二十一個のジュエルシードを使い、忘れられし都『アルハザード』へと!」

 

 死に掛けた瞳に一瞬だけ生気が浮かぶ。その場所へ行くことが彼女の目的のようだ。

 そのためなら、彼女はどんなことでもするだろう。それを確信させるだけのものが、それだけ危険な光が、彼女の目には見える。

 

『忘れられし都アルハザード………データに該当あり。失われた禁断の秘術が眠る土地………死者蘇生、時空移動すら可能としたとされる伝説も存在するようです。フェイト嬢にジュエルシードを集めさせていた理由がやっと分かりました』

 

「成る程な。そこでアリシアを蘇らせようってワケか」

 

 僅かに表情を歪め、プレシアを見る。彼女は怖気すら感じさせる笑みでエースを睨みつけた。

 

「その通りよ。私はもう一度……どうしてもアリシアに会いたい………すべてをやり直して一緒にいたい………母親が娘に会いたいって思うのは、そんなにおかしなことなの!?」

 

 目をこれ以上ないほどギラつかせ、尋常ではない気迫を滾らせるプレシア。彼女を突き動かしているのは己の中にある〝悔い〟と〝渇き〟だ。彼女から目を逸らさず、エースは静かに口を開いた。

 

「………おかしくはねェさ。大切な誰かに会いたいってのは、生きてるやつなら誰だって思う。それが娘だろうが親だろうが、仲間だろうが兄弟だろうがな………もちろん、おれだってそうだ」

 

 蔑みもなにもない、真っ直ぐで純粋な思い。心に漂うものを形にしていくように、下を向いたエースはゆっくりと続けた。

 

「別れってのは突然だからな。死んだ相手も置いていかれたヤツもそう簡単に割り切れるもんじゃねェ。もう一度だけ………ほんの一瞬でもいい………そいつらと会えるなら、救われるものもきっとある。だから、自分の娘に会いたいって……それだけの願いなら、おれは何も言わなかった………」

 

 言葉が途切れる。思い浮かぶのは愛する弟。人生をかけて自分を救ってくれた大恩人。大切な仲間に数え切れない友達。大恩ある自分の母。それらが現れては消えていく。

 

 出来ることならもう一度会いたい。会って一緒に笑いあいたかった。

 

 だが、それは単に自分の〝望み〟を吐き出しているだけ。目の前のことに目を背け、居心地のいい場所に逃げようとしているだけ。それではダメなのだ。

 

 どんなに辛くても直視しなければならない事もある。その〝想い〟がどれほど大切なものだろうが、どんなに尊かろうが、そんなものは関係ない。現実を認め、前を向かねばならない時は必ず来るのだから。

 

 再びエースが顔を上げた。その表情からは先ほどの憂いが消えている。その代わりに、耐え難い怒りが浮かんでいた。

 

「けど、アンタは自分の背負ってるものから逃げた。生み出されたフェイトが、アリシアと似ていなかったって理由だけで、てめェの理屈をアイツにまで背負わせた。だからおれは頭にキてんのさ。『やり直す』なんて戯言ほざきながら、自分の都合で二人の運命を弄んでるアンタにな」

 

「〝二人〟ですって………? 私はアリシアを救おうとしているのよ! 弄んでなんかいないわ!」

 

「違う………」

 

 激昂したプレシアの言葉をエースは静かに否定する。だが、彼女の耳には届いていないようだった。自分が間違っていないことを証明するため、プレシアはさらなる言葉を連ねていく。

 

「違わないわ! アリシアはもっと優しく笑ってくれた! いつでも私を気遣ってくれた! 我侭を言っても、いつも私を喜ばせようと一生懸命だった! それがアリシアなの! ニセモノで人形のフェイトと、優しかったあの子を一緒にしないで頂戴!! それに『アルハザード』へ行けば、全てがやり直せる! 過去だって、罪だって、人間だって生き返るのよ!」

 

「黙れ………そんなこと、人にゃ絶対に不可能だ」

 

 エースの表情は見えない。しかしその拳は強く握られ、破れた皮の間から血が滲んでいた。

 

「はんッ、何を偉そうに! ええそうよ、私はフェイトを憎んでるわ! けどそれが!? だからなんだって言うの!? 自分にとって大切だった〝人〟を求めてるのに、そうじゃなかったんだから当然じゃない! 何も知らない子供が、分かったような口を利いてるんじゃ―――」

 

「ッッ―――!!」

 

 なおも言葉を吐き続けるプレシア。ここに至っても、自分の正しさを信じて疑わない。それを目の当たりにし、遂にエースの怒りが限界を超えた。

 

 もはや彼女の声など耳に入らない。己の心が導くまま、エースはプレシアに向かって滾った怒りをぶちまけていた。

 

 

 

「――――生き返らねェから!!〝人〟なんだろうが!!!」

 

 

 

「っ!?」

 

 叩きつけ返された凄まじい怒声に、プレシアは目を見開いた。戦慄いているのか、その身体はビクッと震えている。そんな彼女に対し、エースはさらに声を張り上げた。

 

「何も分かってねェのはてめェだ! どんなことしてでもアリシアを救う? そんなことをアリシアが頼んだか!? 本当に望むと思うか!? 違うだろ。全部てめェが救われたいからだ………悲しさを抑えきれねェからって、自分の妄想と願望にすり替んじゃねェよ!」

 

 怒りは断罪の槍となり、次々にプレシアへと突き刺さった。彼女は言い返してこない。それは、エースの言葉が純然たる事実であることを意味していた。

 

「死んだ奴を呼び戻すなんて………過去を変えるなんて、誰にもできねェんだよ! そうじゃなきゃ、誰も生きようなんてしねェ! 必死の思いで『その上』に立って、乗り越えようなんて思わねェ!!」

 

 エースは止まらない。自分を否定することが、どれほど無意味か知っているから。為してきたことに目を背けることが、自分の運命から逃げることがどれほど愚かか、はっきりと分かるから。

 

 だからそれを許容する事もそれを許容する者も、絶対に認めるわけにはいかない。

 

「ニセモノも人形も何もねェよ。人間は、心と一緒に生まれるから〝人〟なんだ。あいつは、もう『本物』以外の何でもねェのさ。まァ、考えるまでもねェよな………どんなに元が同じでも、死んじまった心(アリシア)と、新しく生まれた心(フェイト)が違ってるなんて………」

 

 視線を飛ばす。目が合ったプレシアから覇気は消えていた。あるのは、弱弱しく惨めな自分を隠すようにする一人の人間のみ。

 

「てめェは言ったな、アリシアを望んだ結果に生まれたのがフェイトだって。だからフェイトは戦えるんだ。自分がてめェに望まれていると信じてるから。ならそれが裏切られたとき、フェイトはどうなる。自分の命をフェイトに背負わせちまったアリシアの気持ちは、一体どこへ行けばいいんだよ………!?」

 

 紡がれる言葉は問いかけ。そして、誰よりも二人の事を思った言葉だった。彼女達の母親よりもずっと強く、ずっと重く。

 

 それを理解したプレシアが愕然とする。エースは膝を付いた彼女の襟首を掴み、いままでで最大級の怒気を彼女に叩きつけた。

 

「〝誰か〟の代わりなんて求めてんじゃねェよ! それはフェイトだけじゃなく、アリシアを裏切ったことにもなるだろうが! いま二人を救えるただ一人の人間が、なんでそんなことに気付かねェ! 子供(あいつら)を〝人間〟のまま救えるのは、母親(おまえ)しかいねェだろうがっ!!」

 

「―――っっ!?」

 

 自分に向けられた怒り。それは、エースが感じた悲しさの裏返しだった。フェイトとアリシアが感じたであろう悲しみを彼が背負い、自分に伝えてくれたのだ。

 

「生きていた頃、アリシアは何を望んでたんだ!? てめェが言うようなことを望んでいたハズはねェ! きっちり思い出しやがれ!!」

 

 エースの言葉が、プレシアの深くまで切り込んでくる。そして唐突に、過去のある一時がフラッシュバックした。

 

 

 

 

 

 ―――あのね、お母さん。私、欲しいものがあるの!

 

 ―――何かしら、アリシア?

 

 ―――私ね、妹が欲しいの!!

 

 ―――い、妹?

 

 ―――うん!

 

 ―――………分かったわ、アリシアのお願いだものね。

 

 ―――やったぁ! 絶対、約束だよ!?

 

 ―――ええ。

 

 

 

 

 

『―――プレシア女史』

 

「っ!」

 

 電子的ながら人間味溢れる声が響いた。思考の海から引きずり出され、プレシアの視線はエースの手首で光り輝くデバイスへと向けられる。それを待って彼女、エールが言葉を紡ぎ始めた。

 

『重要なことはマスターが言ってくれました。私から伝えるべきことはもうほとんどありませんが、これだけは言っておきます。どんなに貴女が求めても、今のままでは、望むものは絶対に……何一つ手に入れることはできません。その原因、彼女がアリシアではなくフェイトになったことを貴女は憤っていたようですが、それは筋違いですよ。なぜなら、フェイトがアリシアではないということそのものが、貴女自身によって作り出されたものなのだから』

 

「なんで、すって………?」

 

 思いも寄らぬ言葉に、プレシアは言い返すことも忘れて問いかける。エールは彼女の注意が向いたことを確認し、話し出した。 

 

『貴女は生まれてきたその女の子の記憶を改変させ、アリシアでなくフェイトと名づけた。記憶を植えつけても、彼女がアリシアではなかったからでしょう。何故ですか、何故そのように名づけたのですか?』

 

「何故って……どういうこと?」

 

 質問の意図が分からず、ただ訝しむように唇を噛む。すぐさまエールが応じる。

 

『貴女はアリシア嬢を求めていたと言いましたね。作り出した彼女は同じ姿形、同じ記憶を持ってもいたとも。妙じゃないですか。それならば名前は〝アリシア〟でもよかったはずだ。その様子だと記憶調整を掛ける前も彼女をアリシアと呼んだことが無かったようですが………まさか、同じ人間がその時のまま同じ者として蘇るとでも思っていたのですか?』

 

 探るような、何かの確信を感じさせるエールの言葉。プレシアは反論することなく黙ったままだ。その表情は混乱しているように、曖昧な感情が浮き沈みを繰り返している。

 

『空っぽの容器と同じで、人ははじめ誰でもありません。記憶も声も姿形も、年月とともに移り変わる、あるいは失い得る性質だ。それらはすべて瞬間的に現出する〝要素〟の一つでしかない。当然ながら同一人物と証明する根拠にはならず、どれも唯一無二の固有存在でなどありはしない』

 

 彼女の声が大広間に響く。その静かな口調の中には、確固たるものが既に存在しているようだった。

 

『それは作り出された彼女とて同じこと。ただ記憶がアリシアと同じだけの誰でもない、ただの一人の人間。アリシアだったのかもしれないし、今のようにフェイトだったのかもしれない。別の誰かだった可能性もあったはずだ。だが、貴女は彼女を〝フェイト〟とした。彼女に対して貴女はフェイトという名を贈り、フェイトとして扱った。そこで初めて彼女は〝フェイト〟になったのです』

 

 エールから言葉が響く。それは確信を伴ったものだった。

 

『フェイトと呼ばれるようになった少女は、〝フェイト〟であろうとした。フェイトという名を紡ぐ者になろうとし、貴女に求められるまま、望まれるまま、呼ばれるままに〝フェイト〟を演じた………そして、彼女はいつしか演技することを忘れ、〝本物〟のフェイトとなっていた………』

 

 声が途切れる。フェイトのはじまりから今までをすべて見てきたプレシアにとって、エールの言葉は頭を強く揺さぶられるような響きを持っていた。無意識に手を胸にあて、心の動揺を押し鎮める。

 

『〝心〟は、プログラムなどとは違います。それは時と共に形成される、どこまでも〝未完成〟な人の基盤そのもの。育った環境、食べたもの、出会った人物………日々の出来事から掛けられた言葉一つ一つに至るまで、自分を取り巻く全ての要素がない交ぜとなり、〝人〟は形作られる。そして、形作られた上からさらに新たな形を取り、一瞬とて同じ形であることはない』

 

 心とは不思議なものだ。人間が内包するもののうち、最も奇妙で不安定、単純でいて複雑怪奇な不定的要素だろう。誰もがそれを宿しながら、しかし誰もその全容を知る者はいないのだから。

 

『貴女がアリシアを求めたのなら、アリシアがいた頃の貴女でなければ駄目なはずだ。貴女はフェイトが優しく笑ってくれるよう、一緒に遊んであげたことがありますか? フェイトが我侭を言えるように、優しくした事がありましたか? フェイトを喜ばせようと、一生懸命に何かしてやろうと思いましたか?』

 

「そ、それは………」

 

 プレシアが口を噤む。それが答えだった。

 

『………本当、結論は至極単純なのですよ。アリシアと呼んでも、彼女が貴女の望んだアリシアになるとは限らない。しかし、別の名で呼び、まったく違う態度で接すれば、別の人物になるに決まっている。貴女が〝フェイト〟と呼んだから、彼女はフェイトとしての生を受け、歩いている。ただそれだけのことなのです』

 

「エール………」

 

 エースが複雑そうな視線を自らのデバイスに向ける。それに対し、彼の相棒はただ僅かに光を放つのみ。だがエースには、エールが微笑んでいるような気がしていた。

 

『そしてそれを理解できないほど、貴女は馬鹿ではない。初めてフェイトを生み出した瞬間、貴女は分かってしまったんだ。もう二度と、貴女の望むアリシアには会えないことが。フェイトはフェイトでしかないことが………フェイトと名づけたのはそれに気付きたくなかったから。もう自分が傷ついたり絶望したくなかったから、彼女を〝フェイト〟としたのでしょう?』

 

「………ッ……!」

 

 紡がれるのは、どこまでも無機質な声。だが、響くのはどこまでも重い言葉だった。押さえつけていた心の闇を照らし出し、自分の前に突きつけてくる。

 

 俯いたプレシアに、エールは続けた。

 

『だから、アルハザードなどという世界を求めた。そこへ行けばすべてが手に入ると思ったから、やり直せると考えたから。ですが、その夢はただの矛盾した幻想です。アルハザードが本当に存在したとしても、例え貴女がそこへ行けたとしても……いま貴女が抱いている想いが報われることは永遠にない』

 

「――――何故か、聞かせてもらえるかしら……?」

 

 そこに暴君だった彼女はいない。ただ答えを探し続ける、一人の人間の姿。打ちのめされたプレシアに、エールは声色を同じくして焦らさず言った。

 

『簡単なことです。貴女は自分の願いを優先し、苦しんできた過去を蔑ろにしている………アリシアを失い、悲しみに暮れた時を無かったことにしようとしているからです。何よりも大切なものを失い、貴女はそれがどれだけ得難く尊いものだったのかということを知った。その過去があるから今の貴女がある。貴女は自分の罪と共に、それすらも消そうとしているのですよ?』

 

 エールの問いかけにハッとする。それはプレシアだけでなく、エースの心にまで響く言葉だった。

 

『取り戻せないものを取り戻そうとするというのはそういうことです。そうなれば、今の貴女を支えるアリシアへの気持ちも消え、あとに残るものなど何も無い。すべてが満たされた世界………それは失うものがないのと同時に、得るものもない世界。未来も過去も失われ、積み上げられない日常をただ繰り返すだけの場所………それは死んでいる事と何ら変わりません』

 

 非難するように、あるいは言い聞かせるようにエールは告げた。すべての思いは、過程があるからこそ存在するものだ。それを失うということは、人である自分を否定することに他ならない。

 

 そうなれば終わりだ。自分の思いを遂げることも出来ず、そんな思いがあったことにも気付かず、ただ空っぽな目的のために用意された手段を使うだけ。そんなの………惨めすぎる。

 

「難しいことは正直よくわからねェ。けど、一つだけおれにも言えることがある………」

 

 エースが口を開く。目の前にいる肩を落とし、プレシアは顔を俯かせたままだ。アリシアへの執着加減を見ている限り、彼女に言葉が届くかどうかはわからない。

 

「例えどんなことを背負ってようが、どんな生まれ方をしてようが………生まれて来る奴に、罪はない。フェイトを人形だって言うんなら、お前はもう二人の母親ですらねェ。ただの外道だってことだ」

 

 だが、エースは言わずにはいられなかった。母親の愛情も葛藤も知らない彼に、その気持ちが理解できるとはいえないだろう。しかし、それでも言葉にした。

 

 エースはもう見たくなかったのだ。痛ましい表情で戦うフェイトたちも、狂気に堕ちていくプレシアも、とても悲しそうに眠るアリシアも………何一つ見ていられなかった。

 

 だから、エースは自らの心を言葉にする。母の愛情を受けれなかった者の役割として、自分のような境遇にはならぬようにと。

 

「ちゃんとフェイトを見てやれよ、アリシアが望んでたことを理解してやれよ。二人ともアンタの………『娘』だろ?」

 

「!!」

 

 目を見開いて絶句するプレシア。それを一瞥し、エースは静かに踵を返す。

 

 言いたい事はすべて言った。これから先はプレシア次第だ。どんなに気を掛けようとも所詮は赤の他人、自分に出来るのはこれが限界だろう。

 

 そのままエースはアリシアの安置室を出た。無機質な回廊をスタスタと進んで行く。そこでふとフェイト達をそのままにしていたことに気付き、広間に横たわった彼女達を回収しに向かった。

 

「へ………ガキの癖に、痩せ我慢しやがって」

 

 エースが向かった先で、フェイト達はまだ目覚めていなかった。自分の覇気に当てられて気絶してしまった彼女たちだが、今は幸せそうな顔をして眠っている。エースは苦笑して、二人を順番に運んでいった。

 

 静かに目を閉じるフェイトとアルフを柱を背にして座らせる。二人寄りそうようにして並べると、仲のよい姉妹のようだ。寒そうに身を捩った彼女達にエースは自分のシャツを掛けてやる。

 

「悪ィな、お前らのことなのに出しゃばっちまってよ。けど、何があっても助けてやるからな。それまで潰れんじゃねェぞ………フェイト、アルフ」

 

 苦笑しつつ背を向け、ストライカーに炎を注ぐ。彼女らの目覚めを待たず、火拳の少年は時の庭園を後にするのだった。

 

 

 

 -Side Presia Testarossa-

 

 

 

 私が顔を上げたとき、既にあの少年はいなかった。念のために探知魔法を掛けてみるが、やはり引っ掛からない。この場所を特定するための魔法陣や発信機の類も見当たらなかった。どうやら本当に何もせず帰ったらしい。

 

 この場所に現れたということには驚いた。この時の庭園に単身で乗り込んでくる人間が、しかも子供がいるとは思わなかったのが本音だ。

 

 ここは次元の海。宇宙空間と同じく人間が生息できる領域ではない。転移魔法もなしに強力な結界で遮られた高次元空間であるこの場所を単独で行き来できる人物なんて、次元世界中探しても相当限られてくるはずだ。ならば相応に名が通っていないとおかしいのだが、ポートガス・D・エースなんて名前は聞いたことがなかった。

 

 いや、それ以前に彼は何の目的で来たのだろう。彼の言葉を聞いた限りではフェイトと顔見知りのようではあったが、協力者であるとか、特に仲がいい相手というわけでもなさそうだった。

 

 フェイトのことで憤ってもいたが、初めから事実を知って乗り込んできたようにも見えない。では成り行き任せ、感情任せに行動していたとでもいうのだろうか。

 

 まさかそんなことは………、

 

「………ないとは言い切らせないのが、あの態度だわ………まったく、魔法じゃないよくわからない力にあの妙な威圧感、それに子供とは思えない説教までして………それで何もせずに帰るだなんて、拍子抜けどころの話じゃないわよ………はぁ、居場所だって厳重に隠蔽しているはずなのに、どうしてわかったのかしらね……」

 

 疲れたような息が口を突く。だが、いつものような嫌な感じではなかった。フェイトと同じぐらいの子供に言い負かされるとは思わなかったが、悔しさは浮かんで来ず、寧ろ気持ちは軽くなっていた。

 

「か、母さん、失礼します………」

 

 唐突に、立ちすくんでいた私の背後から声が聞こえてきた。同時に窺うような、おずおずとした気配を感じる。ようやく気絶から回復したようだ。

 

 いつもと同じく、少しのおびえを含んで震えた声色だった。

 

「何の用、フェイト?」

 

 横目でフェイトを見やり、無機質な声を返した。再び彼女の肩がビクッと揺れる。考えずとも怯えているのが理解できた。

 

 それは普段私の嗜虐心を満たしていた反応だったが、今は何も感じられない。あるのは、心を重くする何かだ。フェイトの声を聞くたび、腫上がった彼女の肌を見るたび、それは彼の言葉を思い出させ、ひどく私を責め立てる。

 

 言いようのない感覚に、胸の内がズキリと痛んだ。

 

「あ、挨拶をしにきました。私は任務に戻ります………そ、その………あの人は………」

 

 胸の前で握られたその手には、何か白いものが携えられている。よく見ると、それは男物のTシャツだった。彼女がそんなものを持っている理由はないから、恐らくは彼が置いていったものだろう。

 

「あの人……? ああ、あのエースとかいう子供なら追い出したわ。まぁ時空管理局でもないみたいだし、あんな小物を気にする必要はないから放っておきなさい」

 

「あ………は、はい………」

 

 フェイトの返答に私は内心溜息を吐いた。それはフェイトに対してのものではなく、自分自身に対してだ。気にするななんて、少なくとも一番気にしてる人間が言うようなことじゃない。

 

 ぴしゃりと言った私に、フェイトは身を縮込ませて躊躇いがちに頷いた。私から見えないようにしてほっと息を吐いている。彼が無事なのに心から安堵しているようだった。

 

 また胸がちくりと痛む。フェイトがこちらに向き直った。

 

「………また報告に来るので………もう行きますね」

 

 ペコリと恭しく頭を下げ、フェイトが下がっていく。ボロボロになったバリアジャケットを纏ったまま、しかし彼女は笑顔だった。こうして見たのは初めてかもしれない。こんな笑顔があるのかと思うほどに、見覚えがなかったものだった。

 

「――――待ちなさい、フェイト」

 

 考えていたわけではない。初めからそのつもりだったということでもなかった。その理由は自分でも分からない。

 

 ただ、気が付けば声を発していた。自分でも驚くほどの声量で、私はフェイトに制止を掛けていたのだ。

 

「は、はい………? なんで、すか………?」

 

 フェイトは驚きと困惑が半々ほどの表情をしていた。しかし、私が近づくと身を竦めて目を閉じる。それが恐怖によるものだということは誰が見ても明らかだった。

 

 固く目を閉じるフェイトにまた胸に痛みがズキズキと走る。それを堪えながら、私はその前に立った。

 

「ジュエルシードは………私にとって必要なものなの。それがないと、私は、困ってしまう………だから、早く手に入れてきなさい。貴女は私の娘なのだから………分かるわね?」

 

「は、はい………」

 

 わたしは何を言っているのだろう。いつもは疑うことなく言えていた言葉がひどく空虚なものに感じる。そして、それに頷く彼女に胸の痛みが増していく。

 

「ただ………」

 

 言いたい事はそれだけのはずだ。しかし私の口は、それを振り払うように再び開き、言葉を紡ぎ、手は杖を振った。

 

「え………?」

 

 フェイトの声が、先ほどよりも近くから聞こえた。それはそうだろう。私は身を屈め、彼女へ治癒の魔法を掛けていたのだから。

 

 バリアジャケットはみるみるうちに修復され、傷も腫れが少しだけ引いたように見える。魔法では痛みを和らげ、自己治癒を高めるぐらいしかできないが、やらないよりましだろう。

 

「か……母、さん……?」

 

「………食事と睡眠だけは、しっかりととるのよ。怪我をしたら、ちゃんと治してから戦いなさい。あなたに倒れられたら、私が困るのだから………」

 

 それだけ言って背を向ける。別に不思議でもなんでもない、ジュエルシードを集めることを効率化させるために必要なことだ。何がしたいのか、私は頭の中でそう自分に言い聞かせていた。

 

 フェイトからは何の反応もない。戸惑いや怯えという雰囲気も伝わってこない。気になって少しだけ振り向くと、そこには私に向けられたことの無かった表情のフェイトがいた。

 

 顔中に喜びを浮かべ、少しだけ頬を赤くし、そして彼女は、

 

「あ、ありがとうございます、母さん…………!」

 

「っ!」

 

 温かい、本当に温かい表情で笑った。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。だが、いつもとは違い光に満ちたもの。

 

 隠しきれない歓喜の心。それは今まで見たこともないほど美しくて、どこまでも優しい笑みだった。

 

 そう、在りし日のあの子のような。

 

(ありがとう! お母さん!)

 

 フェイトの笑顔は、私の深くへ強く突き刺さった。闇を照らす光のように何十にも固めた心へと差し込んでくる。私は自分の暗い部分を照らし出されるような気がして、彼女から顔を背けた。

 

「な、泣いている暇があったら、さっさと用意をして行きなさい。泣き虫と愚図は嫌いだわ」

 

「は、はいっ……行ってきます、母さん………!」

 

 言葉と共に、彼女は駆け去っていく。

 

 軽やかな足音。私が何より待ち望んでいた音。静かさの極地ともなった広間中にそれが響き、やがて聞こえなくなる。

 

 沈黙が満ちていくなか、ぽつりと言葉が零れ落ちた。

 

「私は………どうしたいの……? アリシア……フェイト………」

 

 答えるものは誰もいない。音の余韻に浸るように、私はその場に佇んでいた。

 

 

 TO BE CONTINUED...

 

 




第十六話でした。

執筆速度が遅いのはご了承下さい。

というのも、私自身が忙しいということもありますが、最近のONE PIECEでのメラメラの実の登場に警戒しているからということが大きいです。

場合によってはストーリーに深く関わる設定が出てくるかもしれませんので、このお話でACEの方はしばらく様子見になります。すでにかなり更新頻度が危なくなってきているという事実からは目をそらしていただくことにして・・・・(汗)

もう一つのノベル『炎殺の邪眼師』の方は、中盤のストーリーを決めるにあたって、まず最終話のオチなどを決めないと方向性が定まらないということに思い当たり、今はそれを考えている最中ですが、正直かなり悩んでいます。

オチは今までに四つぐらい考えましたが、どれもしっくりこず、本格的に執筆するまでにはまだまだ時間が掛かりそうです。

現在、先の二つのことを考えつつ、筆休めと小説の腕がなまらないようにすることを兼ねて、三つ目のクロス小説を書いている状態です。

これは息抜きと練習のようなものなので、あまり完成度は高くないかもしれませんが、もしも「それでもいいよ!」「何でもいいから見てみたい!」と言われる方がいれれば、掲載することを検討するつもりでいます。

希望がある方は感想欄かメッセージでどうぞ。

ちなみに一向に上達しない戦闘シーンの文章練習をしたいという目的もあるので、物語はバトル系のお話がクロスしたものですが。

それでは、また次回まで。

再見(ツァイツェン)
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