『なははは、やっぱ生きてた。もうけっ』
――――海賊 〝麦わら〟モンキー・ D ・ルフィ
まどろみの中に光が見える。温かく優しい光。だが、どこか無機質な色を見せる不思議な光。
闇一色だったおれは、青く輝くそれに導かれるようにして、光が注ぎこむほうへと歩き出す。どことなく、マルコの再生の炎と重なって見えた。
光は徐徐に強くなっていく。遠近感がはっきりとしないが、『近づいてる』ことは本能的に感じ取れた。
『………―――……――――』
何かが聞こえる。導き手となる光の先から、自分の耳に響いてくるものがある。彼はその方向に向かって、進み続ける。
『――も……――――いよ―に………』
声はいまだに響いている。着実に近づいているはずだが、遠ざかっているようにも感じた。なんとも不思議な響きだ。
『-れも……――ぬな――こと―――いように………』
諦めず、必死に手を伸ばす。いつしか、自分は急かされるように駆け出していた。
聞こえたそれは、願いだ。自分が弟の幸せを願ったように、これは誰かの願いなのだ。しかし、彼はその願いに何か危うげなものを感じ取っていた。
強く、そして温かき願い。それは止める事の出来ない、人の内にこそあるものだ。だが、それから寂しさを感じるのは何故だろうか。悲しさを押し殺す声が混じっているのは気のせいだろうか。
だから自分はそれを追う。走り続ければ、手を伸ばし続ければきっと届くと、そう信じて。
理由はと問われれば、答えるべくは何も無い。いや、彼にとってそんなものなど必要ないのだ。ただこの思いは放っておけない、彼の頭に浮かんでいるのはそれだけだった。
そして、追い続けること幾許だろうか。遠き先に見えていたそれと自分がだんだん近づいていく。そして遠く輝いていた光と、おれの心が触れあった。
『誰も――………』
琴を鳴らしたような音を響かせ、感情の奔流が自分を包み込んでくる。温かくも切なく、儚くも強く編まれた思いは彼の心に一つの言葉を残した。
呑まれていく意識の中に声が聞こえる。それが綴るのは人として本当に当たり前で、
『誰も………死ぬなんてことがないように………』
そして生きる上で尤も得難く、何よりも貴い願いであった。
「…ん……………」
呻き声を僅かに上げ、おれは重いまぶたを押し開いた。
知らない天井だ。どっかで聞いたことがあるような語りはじめだったが、まじまじと見てもやっぱり知らない天井だった。
身体が温かい。柔らかく感じるのは上に乗っている布団のようなものだろう。
まどろみが再び自分を夢心地へと誘う。ゆっくり眠るのは久々で、柔らかい布団の感触が心地よい。この分ならいつまでも眠れそうだ。
自分を包む温もりに後押しされ、二度寝をしようと目を閉じる。だがそこで、おれはふと看過できないモノを感じた。
感覚があるのは人として当然だ。しかし、そのことに豪く疑問を感じる。どうしてだろう、当たり前のことだというのに。
さっき何を見たのは天井と部屋。背中と正面に感じるのは柔らかい布の感触だ。それはいい。そのことに疑問は感じない。
おかしいのは、それを感じる自分自身。そして、そのことについて『考えることができること』だ。
(どこだ………?)
頭がだんだんとクリアになってくる。そして、自分の置かれた状況をもう一度整理していく。常人にとっては明らかにおかしい疑問だが、エースは至って真剣だった。再度浮かんだ疑念を払拭するために思い出しタイムに入る。
時間にして数秒ほどだろうか。瞬間、電撃が走ったようにおれは覚醒した。今まで自分が経て来たことが大小を問わず、次々と頭の中を駆け抜けていく。
「っ!!」
動揺が極大に達し、混乱が心を支配する。衝動を抑えきれず、おれはまどろみを吹き飛ばして凄まじい勢い起き上がった。
(そうだ………一番重要なことを何故忘れてた!?ここが何処かなんざどうだっていい!それより、何でおれは『生きてる』んだ!?)
跳ね除けられた布団がばさっと脇に落ちる。状況から見るに、自分はやはりベッドに寝かされていたようだ。
目に映るのは明るい色を基調として整えられた部屋。そして少し不思議な、甘いような匂いもする。窓の外からは鳥の囀りも聞こえてきていた。
この感覚は正に『生きた』のものである。視覚、聴覚、嗅覚、それに手に感じる触覚も、何不自由なく機能していた。だが、そのことがおれを混乱させる。普通なら当たり前なことでも、彼にとってはこの上なく異常な事態であった。
(どうなってんだ………おれは確かにあのとき………)
過ぎった感覚に
(………在り得ねェと思うが………おれは………助かった、のか?)
奇跡が起きてすら不可能そうな可能性だったが、今ここにいるのだから仕方がない。おれは一つ息を吐き、見慣れているはずの自分の手をまじまじと見つめた。
(ま、分けわかんねェんだから考えても仕方ねェな。とりあえずは状況を整理するか………ちっこいが手もちゃんとあるみてェだし、別になんとも………ん?)
そこまで考えたとき、おれは頭によぎった何かに動きを止められた。もう一度、自分の手を見つめる。ひっくり返したり掲げたりして、平や甲をじっくりと観察しなおした。
見える手に変わったところはない。指が飛んでいるということもないし、甲に見慣れない文様が三つ付いていたり、指が六本や七本に増えているということも無い。至って普通の、自分の手のはずだ。
だが、それならこの違和感は一体なんなのだろうか。そもそも、何故自分の手に『見慣れない』などというものを感じるのか。いや、見慣れないというのとは少し違う。
何だ、この感覚は。懐かしさ、いや何でそんな感覚が………、
(って、ちょっと待て!?なんだよ、このちっこさは!?)
今の自分はベッドから上半身だけ起き上がった体勢だ。しかし、なんだか部屋がやけに大きく見える。見える視点もいつもより低い。
混乱しつつ、ベッドから飛び起きる。立った状態でも、天井がかなり高く見えた。だが最後の確信を得るため、おれは傍にあった化粧台の鏡に走り寄る。
そこに至り、ついに映し出された自分の全体像に目が飛び出そうなほどにぶったまげた。
(な、なんじゃこりゃああああ――――――っ!?)
あまりのことに声すら出せない。思わず、ナイスリアクションとツッコミが入らんばかりのポーズを決めてしまう。何故か青キジのことを思い出したが、きっと気のせいだ。
まぁそれはさておき、ほとんどを軽く流すおれがここまで驚くのは珍しいと言えた。しかし、それも無理ないことであろう。現在彼の身体は元のそれではなく、
(な、なんで………ガキの頃の姿になってんだよ!!)
子供時代に戻ったようにその体躯が縮んでいたからである。見た目からして十年ぐらい前、サボやルフィと悪ガキやってた頃ぐらいに見える。
(何だよこのミニマムさは!そもそも何で身体が縮んでやがんだ!も、もしかすると、死んだら皆ガキになっちまうのか!?)
そんな話は聞いたことが無い。というか、当然のことだろう。今思えば、死んだら聞けないことをすっかり失念していたように感じる。
溜息を一つ吐き、脱力した体に力を込めながら大音量を喉に掻き込む。とりあえず出来ることと言えば、
「ったく………いったい何がどうなってるってんだっ!!」
起きている事態について行けず、思わず思い切りよく叫ぶことだけだ。意味などない、やり場のない感情の発露である。これぐらいしないとやってられん。
ともあれ、叫んだら少しすっきりした。ともかく冷静にならなければと気を静める。と、エコーっぽく周りに反響していく声をBGMに添えつつ、もう一度考えに耽ろうとすると、
[―――――きゃあっ!?]
どこからか、くぐもりながらも甲高い悲鳴が響き渡った。その後、どさっという音がドアの向こう側から聞こえる。随分と幼く可愛らしい声色のようだったが、誰かがいるのは間違いないようだ。
しかしその実がどうであれ、この目で確認はしなければならない。おれは自分を写していた鏡を離れ、迷いなく歩いていく。そして、声が聞こえた方向にあるドアの前で止まると、それをゆっくりと押し開いた。
「………へ?」
間の抜けた声が自分の口から聞こえる。視線は少し下気味に落としたまま、おれの顔は見事に固まっていた。
そこにいたのは尻餅をついている少女だった。今の自分と同じぐらいの年で、長めの髪をツインテールで結び、年相応のあどけなさを醸し出している普通の女の子である。肩にはペットであろうオコジョが乗っかっていた。焼いて食ったら美味そうだ。
部屋の内装や見たことが無いタイプの可愛らしい服を着ていることからすると、一般家庭より少し裕福といったあたりだろう。しかし、自分はたぶん死んだ身だ。そうなると、こいつもこの世のものではないということになる。もしかすると自分と同じく幽霊、いや、はたまた死神と呼ばれる存在かもしれない。
ふむ。あの世の使いは鎌にガイコツってのが相場っていうか、自分の中でのイメージだったんだが。この際どうでもいいか。
さて、突っ立っていても始まらない。そんな感じでまとめると、おれはとりあえず尻餅を付いていた女の子を引き上げる。そして自分の目で見た通り、思ったままを正直に口にした。
「へぇ。死神にしちゃあ、随分と可愛いげのあるのが出てきたな」
「ふぇっ!?え、えっと………あ、あの……ありが、とう………?」
褒められ慣れていないのか、そもそも褒められているのか微妙であるが、少女は頬を赤く染め上げる。おれの言葉に動揺しているようだ。顔の横にいる小動物が少し睨んでいる様な気がしたが、無視して視線を彼女に戻す。
そして状況は漸くの進展を見せる。しばらく赤くなっていた少女だったが、おれが放った言葉を完全に理解し終えたのだろう。はっとしたような表情をしたあと、手を思い切りわたわたと振り出した。
「………って私、死神なんかじゃないよ!?なのは、高町なのは!私立聖祥大付属小学校の三年生だよ!」
「ほー………そのシリーズ製氷大工の風俗氷河期三年目ってのはよくわかんねェが、なのはが名前か。いい名前の死神ちゃんだな………それはそうと、これからおれをどこに連れてってくれんだ?まずは閻魔のおっさんに挨拶でもすんのか?それとも、お嬢ちゃんも死んで逝き先を待つクチか?」
「まだ誤解してる!?だからぁ!私は高町なのはだよ!死神なんかじゃないし、幽霊でもないんだってばぁ―――――――っ!!!」
なのははギャグデッサンの崩し顔になったまま、必死に叫ぶ。見たところは微笑ましい光景で、今は可憐な少女の姿であった。が、この後の人生で悪魔だの魔王だの呼ばれる日が来ることを、彼女はまだ知らない。
「あ、あの、なのは。とりあえずこの人に説明をしないと………」
わたわたするなのはの肩に乗っていた小動物が、彼女を諭すように言う。まさか喋れるとは思っていなかったおれは僅かに目を見開き、不意を突かれたように声を上げた。
「うおっ、オコジョが喋った!能力者か!?」
「オコジョじゃないっ、フェレット!はぁ………あなたは一体何者なんですか………僕が喋ることに対する驚きも普通より小さいですし、一般人じゃないとは思いますが………やっぱり、魔法に連なる関係者なんですか?まさか次元漂流者なんてことは………」
「次元漂流者?それに魔法だと………?」
いきなり飛び込んできたファンタスティックな単語に、思わず首を傾げてしまう。それに対して少し驚きつつも、喋るフェレット―――名をユーノ・スクライアというらしいが―――彼が事細かに説明してくれた。
自分の生まれのこと。世界へと散ってしまった21個の魔石『ジュエルシード』のこと。隣にいる少女、高町なのはとの出会いのこと。そして………魔法のこと。中でも魔法の存在は、おれも初めてのものだった。
魔法とは、曰く、発動体に組み込んだ『プログラム』と呼ばれる方式であり、その方式を発動させることで起きる現象の総称。その方式の発動の為には魔力―――術者に内在する精神エネルギーと呼ばれるものらしいが―――を消費しなければならないのだという。
そして偶然も偶然だが、ここにいる高町なのはが異常なほどの魔力の保持者であったため、元から持っていたデバイス、レイジングハートを彼女に託し、捜索を手伝ってもらっていることなどを聞かせてもらった。前半はほとんど理解不能であったが。
そして自分がいる立場も、現在は次元漂流者ということで落ち着いている。おれはユーノと入れ替わるように、自分の世界のことを話した。世界に広がる四つの海に偉大なる航路(グランドライン)、『赤い大陸(レッドライン)』と呼ばれた大地、世界政府や七武海、四皇のことなどを事細かに、知りうる限りの世界のことを語り、内容は海賊王ゴールド・ロジャーのことにまで至った。
だが、なのはとユーノはエースの話に出てくるすべてに首を傾げ、その何一つとして聞いたこともないと言ったのである。子供でも知っている事柄や名前を次々に問いただすが、二人は覚えも無いと首を振るのみ。おれにとっては、これが尤も驚くべきことであった。
そして、ユーノはエースの話から一つの推測を導き出す。非常に珍しい事例だが、おれという存在は、まだ未発見の次元世界(エースは理解できずに相変わらず首を傾げていた)から飛ばされてきた人間である可能性が高い、というものであった。詳細は不明だが、何からの弾みで世界の壁を超え、偶然にもこの世界に来てしまったのかもしれない、とユーノは語る。
もっとも、自分のいた世界とはまったく違う世界に来たなどといきなり言われても、当の本人はイマイチピンと来ない。なのは達には話していないが、おれ自身はあの時間違いなく死んだと思っていたのだから。
それが何故か縮んでしまってはいるが、ちゃんと生きている。そのことだけでも驚嘆モノだというのに、いきなり世界を超えただの、その理由がロストロギアとかいう道具の影響だのと聞かされても、実感など湧こうはずもなかった。
そもそも魔法や次元漂流などというのは、ユーノ達の世界の常識である。土台としての知識がない人間では、説明をされてもほとんど意味を成さない。おおよそ程度でも理解できれば上等ものだろう。
小難しい話におれは頭を捻る。そして、眉を寄せながら二人を見て唸った。
「正直まったくわからねェ………これこそ未知との遭遇か。それにしても、魔法ね………おとぎ話とかではよく聞いたが、そんなものがホントにあるなんてのは初耳だな」
それは本当のことである。自分が元いた世界では、〝魔術師〟、〝悪魔〟などファンタジー感あふれる肩書きを持つ海賊はいるが、ストレートで自分が魔法使いなどという人物は初めてだった。
(まァ、おれがここに『いる』んだ。その時点で、何があってもおかしくねェとは思ってたけどよ………それにしても………)
腕組みを解いて交互に二人を見回す。考えている素振りを見せながら―――本当にそうなのかは不明だが―――顎に手を当て、興味深い生き物を見るように首を捻った。
「ふ~ん………お前ら、魔法使いなのか」
さしたる感動もなく、ただ淡々とした感想を口にする。おれ自身も少し意外だが、まるで動じていないようだった。その態度に目を見開いたなのはが、恐る恐る尋ね返した。
「お、驚かないの?魔法のこと、今までまったく聞いたこともなかったんだよね………?」
「ああ、いや………魔法使いってのを聞いたのは今が初めてだし、確かに驚きもしたぜ?けどおれの世界じゃ、そんなもんよりずっとぶっ飛んだレベルの連中がいくらでもいたからな。それもおれの周りにわんさか、世界規模じゃ数えきれねェぐらいだった。それを今更この程度じゃ、そこまで驚かねェよ」
「ま、魔法を『そんなもん』とか『この程度』って………い、一体あなたはどんな世界から………」
ユーノが驚き半分、呆れ半分といった表情で見つめてくる。だがそれはお互い様だった。こっちからすれば、世界政府や海軍本部、白ひげの名前など、世に知れ渡るモノを知らないという方がびっくりなのだ。それに比べればなんてことはない。
一人と一匹の間に座っていたなのはが、「はー………」とおれを感心した風に見つめて言った。
「ふぇぇ、私はすごく驚いたのに………でもそう言うってことは、あなたの世界にも特別な力があるってこと?そういえばさっき、ユーノくんのことを『能力者』って言ってたけど………」
「あー、それは「なのは~、どうしたの~?」ん?」
彼女の質問に答えようとした時、それを遮るように声が聞こえてきた。温かさを感じる女性の声だ。同時にトントンと階段を上がる音が響いてくる。
すると、なのはが慌てたように手を振った。
「あっ、もう帰ってきちゃった!あのっ、お話はまた後で!今から来るのは私のお母さんなの。そこでちょっとお話というか、説明をするかもしれないんだけど、慌てないでね!」
「そいつはかまわねェが………おれはどうすりゃいいんだ?」
「そうですね………とりあえずなのはに話をあわせて下さい。それとなのはが魔法使いだってことや、僕が喋れることとかは他言無用でお願いします」
ユーノの念押しに「おう」と頷く。足音はすぐそこまで迫ってきていた。
とりあえず様子を見るべきだ。今分かっていることは、自分がいるの場所がどうやらあの世じゃないらしいこと、そして小さくなってもいまだ生きていること。そして、それを為したのが魔法とかいう力で、ここにいる二人がそれの関係者だということだ。
だが、それだけ分かれば十分だ。この二人も敵対する気ではないようだし、ウソを言っているようにも見えない。加えて世界が違っているという言葉を信用すれば、別段急ぐこともないだろう。海賊王の事すら知らないのが、いい証拠だ。
もう少し時間を置いてみよう。今は、まだ動くには早すぎる。と、そこまで考えたとき、部屋の扉が開かれ声の主が現れた。
「なのは、ただいま~。お留守番ありがとう、お土産買ってきたから一緒に食べ………あら?」
「あ、お邪魔させてもらってます」
なのはに帰宅を告げようとした女性が、ベッドに腰掛けたおれを見とめた。おれがお辞儀したことにか、それとは全く違うことにかは分からないが、なのはは少し驚いている。だが、桃子の方は優しげな表情を見せると腰を折って目線を合わせてきた。
「やっと目が覚めたのね。私はなのはの母で、高町桃子と言います。なのはがいきなり貴方を連れてきたときは本当にびっくりしたけど、元気そうで何よりだわ」
そう言ってにこりと微笑む桃子。笑った感じがなのはとそっくりだ。何となく、母親という言葉が頭に浮かんだ。今は幼い彼女も、将来はこんなふうに温かく優しさを持つ女性に育つのだろうか。
いや、人生いろいろあるからな、まだ分かんねェか。
「お、おかえりお母さん。あのね、目が覚めたから私がお世話してたの。えっと………その、この人はね旅人なの!とっても遠い場所から来たんだって!」
さっそくなのはが母におれの説明を開始する。身振り手振りを織り交ぜながら、一生懸命に桃子を説き伏せようとしている。しかし、遠くから来た旅人か………あまりに在り来たりすぎて、子供でも分かりそうな言い訳だな。
見ると、黙っていると言ったユーノも頭を抱えていた。彼女の説明に気が抜けずにいる感じが、此方にまでひしひしと伝わってくる。
しかし天然なのかいい人なのか、それとも全て分かって見逃してくれているのか、「まぁ、そうなの~」と柔らかな笑みで相槌を打つ桃子母。「そ、そうなんだよ~」と引き攣った笑みを母親に返している娘。
ここらへんはやっぱり親子だな。
「遠いところから………見たところなのはと同い年ぐらいなのに、一人で旅なんてすごいわね~。でも、それならご両親が心配してるんじゃないかしら?」
「えぅっ!?あ、あのその、それは………」
「いくら旅をしてるって言っても、彼はまだ子供でしょう?倒れたんだから連絡ぐらいは入れた方がいいわ。それに、保護した側にはそういう義務もあるのよ?」
「ふぇえ、ええと………あぅあぅ………」
しかし当たり前だが、彼女のほうが一枚も二枚も上手だった。ザックリと核心を突かれたなのはが、慌てて答えを探すように視線を泳がせる。そもそも連絡する先がないのだから、焦りもするだろうが。
まさか自分が集めていた魔法の石が突如として光って、その中から唐突に現れました、なんて言えるわけがない。バカ正直に言ったところで信じてもらえるか分からないし、それではなのは達との約束を破ることになる。
それに加え、仮に彼女が信じてくれたとしても、その場合はユーノの正体や彼女が今いる状況まで、すべてを説明しなければならなくなってしまう。それでは元も子もないのだ。
とはいえ、この差し迫った状況の打破を彼女だけに任せるのは少し酷かもしれない。そんな感じでユーノが頭を悩ませている横で、桃子は娘の様子に首を傾げながらもすっと立ち上がった。
「目が覚めたならちょうどいいわね。とりあえず彼に連絡先を――「親なんざいねェよ」――「「えっ?」」
桃子は、おれがいきなり言葉を発したことと、聞こえた台詞に動きを止める。なのはも驚いているらしく、その声は見事に母親と重なっていた。フェレット形態のユーノも、驚いたように此方を見ている。
おれは三人分の視線が集まったのを確認すると、淡々とした口調で語り出した。
「物心つく前から、おれには両親なんていなかった。顔も覚えちゃいねェ。育ての親はいたが、それも随分前に別れてそれっきりだしな。それに途中で倒れてたのも単なる空腹のせいだって、さっきそう話したろ?おれに気を遣ってくれんのは嬉しいが、無理に隠さなくてもいい」
「………え、あ………う、うん!そういえばそう言ってたね!すっかり忘れてたよ………うん、そうだったそうだった」
おれが放った言葉に、なのはは引き攣った顔を隠すように何度も頷いた。どうやら今の進言を自分への助け舟だと思ったらしい。ユーノと顔を見合わせながら、心から安堵の息を零している。
反対に桃子は、その表情に申し訳なさそうな色を宿していた。
「そんな事情が………ごめんなさい、踏み込んだことを聞いてしまったわね………少し無神経だったわ………」
「気にしないでくれよ。こっちは助けてもらったんだ、礼を言うことはあっても、文句なんてあるわけがねェ。それにいくら助けたっつっても、相手の素性ぐらいははっきりさせておきたいだろうからな。そう言うのは当たり前さ」
おれはできるだけカラッとした口調で、桃子の謝罪を押しとどめる。桃子はそのことに僅かに目を見開くが、すぐにもう一度微笑みを浮かべ、「ありがとう」と返した。
そこで、桃子が何かに気づいたようにポンと手を打った。その視線が再びこちらに戻ってくる。
「そう言えば、貴方の名前をまだ聞いていなかったわね、なのはは聞いたの?」
窺うような視線で尋ねる母に、なのはも「あ……」と口を開けた。
しっかりものの母にどこか抜けている娘。正反対に位置する二人が目を合わせて苦笑する。
しかしどこか似ているように見えるのは、きっと親子だからだろう。彼女ららしいと言えば、きっとこれ以上ない褒め言葉だ。
ちなみにユーノは分かっていたのだが、フェレットなので喋れるはずもなく、またおそらく知らないであろう念話でこっちを驚かせてもまずいと思い、なのはが切り出すのを待っていたらしい。
この心遣い、どこかの空気の読めない男に『エアーリーディング講座』として教授して欲しいものである。もっとも違う意味では、現在渦中の人物である『彼』も『彼の弟』もかなりのエアーブレイカーだが。
閑話休題。
「そ、そう言えば、まだだったよ、あ、あははは………えっと………」
一番重要なことを忘れていたのが恥ずかしいのか、少し赤い顔でこっちを見つめるなのは。桃子とユーノも言葉を待つように見つめてくる。おれは自分から名乗らなかったことを少しだけ悔やみながら、口元をニィッと吊り上げて自らの名を告げた。
「エースだ。ポートガス・ D ・エース」
―――TO BE CONTINUED...
第二話でした。
家の仕事はあるけれど、それに加えてバイトしなきゃ、というか探さなきゃ……家業だけじゃ暮らしていけないんですよ、世知辛い世の中ですねぇ。
それではまた次回!