『ガキの頃から欲しかったものがある――――……………家族』
――――白ひげ海賊団船長 四皇〝白ひげ〟エドワード・ニューゲート
「ねぇ、エースくん。本当に来ないの?」
「ああ。今日は桃子さん達が働いてる、翠屋ってのの手伝いをするって昨日言っちまったしな」
廊下の手前、玄関へと続くドアのノブに手を描けたなのはが、振り返りながら言った。彼女の視線と声の先には、黒いハーフズボンに白いTシャツを着込んだエースの姿があった。今はフェレット然としているユーノも、気が引けたような雰囲気を感じさせている。
エースがこの世界に来てから早いもので、もうすぐ一週間が経とうとしていた。目覚めた日にした説明で、エースは親なしの旅人という立場になっている。後から帰ってきた恭也や美由希も、桃子からエースの事情を聞かされて驚いていたが、そのことを彼自身が欠片も気に留めていないことに感心し、特に温和な美由希はすぐに彼と打ち解けていた。
エースはそのまま夕食をご馳走になり、その後次の日には出て行くから一晩だけ置いて欲しいという旨を高町夫妻に申し出た。だが、それはすぐ桃子に却下されてしまった。
そして、気落ちする彼が代わりに言い渡されたのは、
『行く当てがないのなら、しばらくウチに住むといいわ』
という魅力的な提案であった。
初日に言われたことを思い出す。ユーノは、『この世界』がエースのいた世界とは全く違う世界だと言っていた。通常には不思議な力が存在しない世界だとも。
その言葉を信用し、ここが自分の常識が通じないような場所だとするならば、生きていくのも前と同じやり方というわけにはいかなくなる。歯痒いが自分から騒ぎを起こしたくなどないし、大恩ある高町家の人々に迷惑を掛けるのはもっての他だ。
それにまだ話してはいないが、自分は魔導師でなくとも『海賊』で、その上『能力者』なのだ。その力は、元の世界ですら伝説とまで呼ぶこともあるほどの異質なモノ。
力の行使を見られるのがご法度なのは言わずもがなであるし、比較的平和なこの世界は、前の世界以上に『そういう要素』を嫌悪や好奇の対象とすることも聞いていた。不用意な行動や立場を避ける上でも、桃子たちのバックアップは必要だった。
それに、協力者が近くにいるという点も大きい。事情を知っているのは、今のところなのはとユーノだけだ。この世界で唯一腹を割って話し合えるこの二人といつでも連絡が取れることを考えれば、実に願ったり叶ったりの話ではあった。
だが、見ず知らずの自分を助けてくれ、一飯を施してくれただけでも忍びないのに、そのうえ好意に甘えて転がり込むなどというのはあまりにも図々しすぎる。そして、そこまでしてもらうのは流石に悪いと思ったこともあり、エースも当初は断っていた。
しかし、「子供なんだから遠慮しないの」と優しげに諭す桃子と、「一緒に住もうよ!」と押してくるなのはをかわしきれず、結局根負けする形となってしまった。その代わりに、住まわせてもらう間は家の手伝いをするという条件を半ば強引に認めさせたのだが。
そして本日は翠屋のホール手伝いに落ち着き、話は冒頭に戻るというわけである。エースは手をひらひらと振りながら、二人(?)に向かってにこやかに笑って見せた。
「それに、そもそもお前の友達に会いに行くんだろ? そんなら尚更だ。なのはとは友達でも、初対面のおれがいきなり行ったら気を遣わせちまうからな」
「そんなことないよ! アリサちゃんやすずかちゃんはとってもいい子だから、きっとエースくんも友達になれると思う!」
胸の前で拳を握り締め、なのはが力説する。その後ろから桃子がゆっくりと歩いてきた。
「エースくん………翠屋は私達だけでも大丈夫だから、二人と行って来たら?」
桃子がバツの悪そうな顔で再三の進言を口にした。
昨日の昼間、エースに手伝いを頼んだのは他ならぬ彼女だ。その時は軽いお願い程度であったため何も問題はなかったのだが、その日の夕食でなのはが友人である月村すずかの家にお呼ばれされたことを告げた時、事態は発覚した。
なのははウキウキ気分でエースもどうかと誘ったのだが、彼は手伝いがあるといってこれを断ったのである。まさか断られるとは思っていなかったようで、なのはは夕食の最中、ずっとしょんぼりとしていた。そんな心底残念そうな表情をする娘を見た桃子は、
『店のことは気にしないでいいから、行っていらっしゃい』
と、手伝いを白紙撤回することを述べて、何度も彼に一緒に行くことを勧めた。だが周りの人間がどんなに言おうとも、エースは頑として譲らなかったのだ。そして、そのまま今に至るわけである。
「気遣いはありがてェが、店の手伝いをするのはおれ自身が決めたことだ。頼まれ事だとはいえ、元々筋はきっちり通すのが性分なんでな。今回はおれの顔を立てるってことで勘弁してやってくれ。それに、知り合う機会ならこの先いくらでもある。とりあえず、今回はお前らで思い切り楽しんで来いよ」
一点の曇りもない、さわやかな表情でエースが笑った。今時の少年ですら、ここまで真っ直ぐな表情を出来る者は早々いないであろう。我慢をした様子はなく、心を真っ直ぐに投影したような笑みに、なのは達の視線はエースに引き付けられる。
そう言われてはもはや何も言えない。今回は諦めるしかなさそうだ。
なのはは少し残念そうに肩を落としたが、エースの顔を見て少し気持ちが軽くなったのかしっかりと頷いた。美由希と桃子の二人がそれに苦笑しつつフォローに回っている。恭也が少し驚いたようにエースを見据えた。
「ほう? まだ若いっていうのに、随分といい心がけじゃないか。なのはのことを察して思いやるだけでなく、その歳で一度決めたことを曲げないとは大したもんだ。大人びているのも、一人旅してきて得た『強さ』か。美由希もポートガスを見習えよ?」
エースの芯の強さを見抜いたのか、恭也が珍しく賞賛を口にした。さも高く評価しているような口ぶりであるが、なんだか当てつけのように聞こえる。桃子となのははそんな兄の様子に苦笑いを零していた。
事実、エースがこの家に―――正確にはなのはの隣の部屋に―――住むといった際に一番手間取ったのが、実は彼とその父の説得作業であったりする。
「むっ、それは恭ちゃんもでしょ。エースがウチに住むって言った時、お父さんと一緒にすごーく渋い顔してたのは一体どこの誰だったかな~? ま、心配なのはわかるし、なのはが可愛いのも本当だけど、あんまり気にかけすぎるとシスコンだって嫌われちゃうよ~?」
「なっ!? だ、誰がシスコンだ! それに、俺は別に反対してなど・・・」
相変わらずの仲のよさで、二人はいつものようにぎゃいのぎゃいのやり始める。なのはもそれを見て、少しではあるが気が晴れたようだ。肩に乗ったユーノと笑い合っている。
エースは、真正面から言い合いを続ける二人に肩を竦めながら礼を言った。
「すまねェな恭也。美由希ちゃんも、おれが住むのを許可してくれてありがとよ。いきなりだったのに受け入れてくれたこと、ホントに感謝してるぜ」
「………困っている者を放っておくのは、俺の矜持が許さないだけだ。それよりポートガス! 呼び方は恭也『さん』だと、昨日もあれほど言っただろう!」
「あはは、相変わらず恭ちゃんは神経質だね~。けど、無理に敬称とかを付けられても居心地悪いから、私はそのままでいいよ。確かに年は離れてるけど、エースくんが言うと何だか全然違和感ないし」
厳格な注意を口にする恭也に対し、美由希はカラカラ笑いながら軽くOKサインを出す。堅物の兄と快活でおおらかな姉という二人らしい反応であった。しかし今はどうあれ、生きてきた実年齢から言えば違和感がないのは当然なのだが。
「はは、わかった。とりあえず、なのはへのフォローを頼むぜキョウ。それから、あとで手伝いの指導をよろしくな、美由希ちゃん」
「親しく呼べとは言ってない! 人の話を聞け!」
「あはは、こちらこそよろしくね」
騒がしいものの、いやな空気はない。恭也の方はまだやりとりに若干の硬さが残るものの、美由希はなのはと並んで新しい弟分ができたことに、嬉しそうに笑っている。恭也は一連のやり取りに疲れたように息を吐いた後、玄関を出た先でリュックサックを背負っていたなのはに近寄った。
「さぁなのは、そろそろ行かないとバスに間に合わないぞ。ポートガスを紹介するのは、また今度の楽しみに取っておけばいい」
「うん、わかった………じゃあ、次は絶対一緒に行こうね、エースくん!」
残念だった気持ちが次を待つの楽しみに変わったのか、なのはが満面の笑みで手を振ってくる。エースはどこか懐かしさを覚えながら、二人へと手を振り返した。
「おう! 約束だ!」
エースが力強く宣言するのと同じくして、恭也に急かされたなのはが急いで門を潜っていった。ギリギリになってしまったのは時間いっぱいまで自分を待っていたせいだと思うと、少し悪いことをしてしまった気分になる。が、なのはも納得したようだし結果オーライでいいだろう。
二人の姿が通りの先へと消える。エースは振っていた手を下ろし空を見上げた。天気は快晴。絶好のお出かけ日和である。
それを見てふっと笑い、エースは視線を戻した。後ろから自分を呼ぶ桃子の声が聞こえる。おそらく今日の仕事に関することだろう。
スパッと気持ちを切り替えるべく、エースは自分の頬を軽く張った。
(なのはの誘いをケッてまで残ったんだ、キッチリ仕事しねェとな!)
なのはの実家であり、高町家が経営する喫茶翠屋は、地元密着型の多目的飲食店である。集客率も高く、小学生ぐらいの子供からお年寄り、カップルや買い物帰りの主婦までと、客層はほぼ全年齢に及ぶほどだ。
しかも単なる昼時の食事処としてだけではなく、ケーキや紅茶などがおいしいことや店員が美人や美男子であること、また内装が洒落ていることも有名で、多く人々にとっても憩いの場としても幅広く利用されている。
翠屋の概要を述べれば、大体そんな感じだ。説明されれば分かるとおり平日から客足の絶えない店ではある。がしかし、誰もが時間を作れる休日ともなればその傾向もより強まるのだ。
さらにそれが開店直後ともなれば、てんてこ舞いな忙しさになるのはいつものことであった。
「エースくん! これ三番テーブルにお願いできるかしら?」
「おう、まかしとけ!」
決して広くはないが、満席状態にある翠屋店内。その隙間をすいすい走りながら、エースはカウンターとテーブル席を往復していた。新たにカウンターに上がった、二品を片手に叫ぶ。
「こっちはどうすんだ士郎さん!」
「ああ、その二つは五番と七番だ! あと、それが終わったら一番からの注文を取ってきてくれないか!」
「了解だ!」
「お母さん、新しいお客さんが三人来たよ!」
「空いた六番に案内してくれるかしら!」
そしてエースだけでなく、高町夫妻や娘の美由希もお菓子や料理を作ったり、店内のお客を捌いたりと大忙しだった。美由希や桃子は流石に慣れてるのか、接客や作業に淀みがない。しかしエースもかなり器用で、初っ端から作業を効率よく勧め、客受けもいい。
お客が入ってはそれに応対し、注文を聞いて食事を運び、そしてお会計。流れとしては単純であるが、翠屋のそれは人数が多いため、皆汗を流しながら働いていた。しかも、これでいつもに比べて少ないのだから驚きである。
しかし、そんな鬼のような時間も終わりは来る。開店から二時間、ピークを過ぎて客足がようやく落ち着いてきた。そして、そのときを見計らっていたかのように、桃子がエースを呼びつけた。
「エースくん。少し遠くになるんだけれど、ちょっとお使いを頼まれてくれないかしら?」
内容はお届け、まあ早い話が出前みたいなものだった。内容はケーキの配達である。しかし、そのことに関しての説明を受けながら、エースは軽く首を捻っていた。
「そりゃあいいが………おれはまだこの辺りのことは知らねェぞ? それに、いつもならこれからが忙しくなる時間なんじゃあ………?」
「ふふ、そうね。でも、今日は他でちょっとしたイベントがあるから、夜まではあまり人が来ないと思うわ。それで、私達だけでも十分なところはちゃんと回せるから、エースくんにはそちらの方をお願いしようと思ったわけなの」
成る程、といったふうにエースは納得する。いつもより人が少なかったが、朝早くから多く入っていた理由はこれだったのだ。桃子は合点したように頷くエースににこりと微笑むと、あらかじめ用意していたと思われるケーキボックスとお金、そして二枚の紙を取り出した。
言わずもがな、届けるケーキとそこまでのバス代金に地図兼案内書である。もう一つの紙は茶封筒に入れられ、誰かの宛名が書かれていた。
「地図とそこまでの行き方を書いておくから、その通りに行けば大丈夫よ。あ、読み方は分かる?」
小首をかしげながら、少し心配そうに桃子が問う。小首を傾げる感じは本当になのはとそっくり、というか幼い少女のようだ。エースはそれに苦笑すると、口元を吊り上げて自信満々に返答した。
「ああ、これでも旅人なんでな。バスも一度なのはと乗ったから大丈夫だ。そんじゃ、行って来る」
「お願いね。もう一つの封筒は、お家の人に渡してくれればいいわ」
実に頼もしい返答をし、桃子の声を背中に受けたエースが扉を潜って外へと出る。日の光が眩しい。本当に、いいお天気とはこのことだ。
エースは渡された紙へと目を落とす。そして、懇切丁寧に書いてある順路どおりに、まずはバス停の方へと向かおうとして、
「んん? 今まで宅配なんてやってたか?」
と一瞬気になることを思い浮かべるが、その考えをこれまた一瞬で横へと放った。まだ自分はここに来てからの日が浅い。なら初めてとなることも多いだろう。
寧ろ、その仕事を自分に任せてくれた彼女達に感謝すべきかもしれない。そこまで考えた時、唐突にクラクションが鳴り響いた。見ると少し先にあるバス停に、ちょうどよく目的のバスが到着している。
「ま、取り合えずはしっかり届けることにするか!」
気合一番、勢いよく駆け出すエース。そして、そのまま風の如く疾駆し、小学生にはありえないほどの速度でバスへと飛び乗るのだった。
――――同時刻、喫茶翠屋接客ホール
「うっしっし、お母さんもなかなかやるねー」
「うふふ、何のことかしら」
顔を付き合わせた母娘(おやこ)が、どちらも意味深な笑みを浮かべていた。
―――TO BE CONTINUED...
次の更新は…三日後くらいかなぁ…
それではまた次回!