相も変わらずの駄文ですが、お暇ならお付き合いをお願い致します。
『友達………だからよう』
――――Mr.2 ボンクレー
「こんにちわーっ! 翠屋からお届けものでーす!!」
エースは鉄製の錠が掛かった門の前で大声で叫んだ。
エースがここへ来たのは数分ほど前である。バスに揺られることしばし、加えて人に道を聞いたりすること数回ばかり。地図を頼りに目的の場所へ辿り着くことは出来ていた。
目の前にあるのは豪邸という言葉が似合うような、それはもう立派なお屋敷と門。庶民などとは比べるべくもない、明らかにお金持ちが住むような家であった。以前までもこれ以上の規模を持つモノは見たことがあるが、この世界に来てからは初めてだ。
そんな豪邸を前にしばらく感慨に耽っていたエースだったが、ここへ来た目的は宅配だ。遊びに来たわけではない。門兵がいれば取次ぎを頼めるのだが、生憎そういった人間も見当たらなかった。
そこでとりあえず、先ほどからこうして呼びかけているというわけだ。出来る限りの大声で、誰かに聞こえるように。だが屋敷が大きいせいか、全く反応がないことに少しだけ気落ちした。
普通にインターホンを押せば済むことなのだが、エースはその存在を知らない。そのような便利なものなど元の世界にはないので、彼にとっては呼びかけるぐらいしか方法がないのだ。この世界に関する常識のなさが、本人の与り知らぬところで早速ネックとなっていた。
「ふぅ、仕方ねェな………」
応答がないことにエースは一つ溜息を吐く。どうやらやり方を変えるようで、彼は携えていたケーキボックスを小脇に抱え、中身がぐらつかないように固定した。加えて、何度か屈伸して腱と筋を伸ばす。
そして用意が出来たのか、彼は少し後ろに下がった。もう一度袋の中を確認して、門を見上げる。そのまま足に力を込めて地を蹴り―――、
「よいしょ………と。それじゃ、お邪魔します」
―――次の瞬間には、着地した〝門の上〟で直立姿勢をとって、綺麗にお辞儀をしていた。視界が広がったことでお屋敷の大きさを再確認したエースは、周りを見渡して「やっぱ、でけェなァ」と好奇心に満ちた笑みを浮かべる。
軽く流されてしまったが、信じられないような光景が人知れず展開されていた。なんと彼は、自身が持つ脚力のみを使い、あろうことか巨大な鉄の門の上に飛び乗っていたのだ。ぴょんと擬音が付きそうなほどの身軽さを以って、何の造作もなく。
もし目撃者がいたのなら、実に目を疑う光景だっただろう。何せ、どう考えても見た目にして小学生ほどの子供が碌な助走も道具もなしに、高さ五~六メートルはゆうにあるだろう門まで一息たらずで跳躍したのだから。オリンピックの高飛び選手も真っ青な、人間離れした身のこなしである。
さらに、エースは一礼しながら一言申すことも忘れていなかった。他人の邸宅に入る際の、人としての礼儀である。この丁寧さは近年常識の欠けつつある日本人も見習うべきといえよう。人家への不法侵入というその一点を除けば、であるが。
しかし、初めからそのつもりなら挨拶の意味はあったのだろうか………謎である。
そんな感じで、エースは門で仕切られていた道の先へと降り立った。慎重は期したが、飛び越えた時にケーキが型崩れしていないか一応調べる。それに何も問題がないことを確認すると安堵の息を吐き、遠くに見えるお屋敷を見つめた。
「っと、家までけっこう離れてんな。手間取って桃子さん達を待たせちまうのはアレだし、急いで人を探―――」
独り言を終わりにし、歩き出そうとしたエースの足が止まった。探られるような気配が満ち、場が張り詰める。エースが瞬時に気配を辿って辺りに気を配ると、もっとも大きな気配を放っていた草むらから一人分の影が現れた。
「インターホンも鳴らさずに敷地内へ足を踏み入れるとは、随分と無作法な来訪があったものですね」
透き通った声で皮肉を口にしながら、一人の女性が出てきた。紫の下地に白のフリルを彩ったメイド服を着込み、薄紫色の髪を持つ年上の女性である。顔立ちは間違いなく美人の部類に入るだろうが、その目は細められ、友好的とは言いがたい視線を放っていた。
身体が不自然に膨らんでいるところを見ると、暗器か何かを仕込んでいるようである。
「顔に見覚えはありませんから、初めて来た方のようですね。目的は存じませんが、白昼堂々真正面からとは私も流石に驚きました。ここが月村家の私有地であることを知って侵入したのですか?」
敵意が増大する。見た目はただのメイドだが、明らかに実戦慣れしているような気配だ。尤もエースを相手取るという構図からすると、この世界常識の範囲内で、という条件付きだが。
とはいえ、エースは別に戦いに来たわけではないので、この状況には少し困っていた。力で押し切ろうと思えば容易いだろうが、それでは何をしに来たのか分からなくなってしまう。
そもそも今の自分は配達人だ。お届け物を頼まれた先で乱闘なんてした日には高町家にも迷惑がかかるし、ケーキも台無しになる。それに加え、恭也などから何を言われるか分かったものではない。
エースは相手を刺激しないよう、努めてゆっくりと穏やかな声を発した。
「侵入か………一応、何度か声は掛けたんだがな………ま、それなら改めて言わせて貰う。おれはポートガス・ D ・エース。翠屋の高町桃子さんって人に言われて、この家に届けものをしに来ただけの配達人だ。端からそんなつもりはなかったし、こっちには敵対意志もない。門を飛び越えたのは少しやりすぎだったかもしれねェが…………っと、そういや桃子さんからの手紙も預かってたっけな。とりあえず、それを見て決めてくれよ」
両手を挙げて敵意がないことをアピールしながら、エースはひらひらと茶封筒を振り、そして先方へと投げ渡した。メイドの女性は此方から意識を外すことなく、受け取った手紙を素早く開き、凄まじい速さで目を左右に往復させる。すると、強張っていたその表情から次第に険が抜け落ちてていった。
そして、最後に手に持った手紙とエースを見比べてから、丁寧に茶封筒へと仕舞った。同時に威圧感が霧散する。そしてメイド服のスカートを摘むと、優雅ささえ感じさせる動きでゆっくりとお辞儀した。
「筆跡と文に見覚えがあります。間違いなく桃子様の書かれたものですね………申し訳ありません。なのはお嬢様のご友人とはつゆ知らず、大変な失礼を致しました。私はこの家でメイド長を務めているノエル・K・エーアリヒカイトと申す者です。先の無礼をお許し下さい、ポートガス・ D ・エース様」
最初の態度とは一転、これ以上ないほど美しい礼を決めるノエル。エースは感心したように彼女を見つめた。そして、自分も同様に頭を下げながら言う。
「いや、いきなり乗り込んだおれもおれだ。つい、いつものノリでやっちまったから、ともかく頭を上げてくれ。それとおれには敬称は要らねェよ。普通に『エース』でいい」
今だかつて呼ばれたことないほどの、くすぐったい敬称を外すことをエースは提案した。しかし、「お客様相手にそのような態度をいたすわけには参りません」と毅然と返される。職務への忠実さに苦笑するエースにノエルは少しだけ表情を和らげながら、奥の庭園へと目を向けた。
「ケーキの宅配ご苦労様でした。なのはお嬢様は、すずかお嬢様とアリサお嬢様と一緒に庭のテラスにいらっしゃいます。こちらへどうぞ」
ノエルの案内で、エースは目的の場所へと急ぐ。彼女によると、天気もいいので庭でお茶としゃれ込んでいるらしい。エースもそういう志向は好きである。
と、前を進んでいたノエルが、何かに気づいたようにエースの方を振り向いた。
「そういえばエース様、私はエース様が敷地内にお入りになったところを見ていないので改めてお聞きしたいのですが、あの高さの門扉をどうやって乗り越えたのですか? 先ほどは飛び越えたと仰っていましたが………」
「ん? ああ、普通に飛び越えただけだぜ? それがどうかしたか、ノエルちゃん?」
「ノ、ノエルちゃん? コ、コホン………まさか、本当に飛び越えたと言うのですか? あの門は高さ六メートルはある、縁なしの鉄製扉なのですよ? そう簡単には………」
怪訝そうにするノエルに、エースは「身軽なんだよ」と軽く返した。明らかにそんな言葉では済まない様な気がするが、エースはそれっきり視線を外してしまう。
これ以上踏み込むのはムリだと思ったのか、ノエルは「そうですか」と言って引き下がった。そのままレンガ敷きの道の先へと歩を進める。道が少し狭まったところで、ノエルはエースの方に振り向いた。
「お嬢様方はあちらです。それでは改めてご案内のほどを――」
「あー、お構いなく。方向だけわかれば後は自分で行けっから」
「さ、左様ですか。それでは私は仕事に戻りますので、これにて。何かご要望がありましたら、遠慮なさらずにお申し付け下さい」
ノエルが頭を下げる。それに対してエースは爽やかな笑顔でありがとうとお礼を言い、其方へと歩いていった。次にノエルが頭を上げた時には彼の後姿はなく、ただ優しい花の香が漂うだけ。
一陣の風が吹いた。しかし姿勢を直立に戻しても、ノエルはそこから動かない。その視線は、庭園の向こうへと消えた彼の姿を目蓋の裏で追い続けていた。
「ポートガス・ D ・エース……………」
ゆっくりと目を開く。知らず、先ほど聞いた彼の名がノエルの口を突いた。センサーの反応に飛び出した自分が相対した人物。あの門を飛び越えたと話す、本当なら常軌を逸する身体能力に加え、こちらの気勢を削ぐ様な、何か不思議な空気を持つ少年。
(まだすずかお嬢様たちと同年齢ほどだというのに、私の威圧感をまるで意に介さぬ胆力………そればかりか、立ち振る舞いにもまったく隙がない。明らかに〝慣れている〟人間の気配だ………しかし、お嬢様たちを狙うような邪気は欠片も見当たらなかった………一体貴方は何者なのですか、エース様………)
僅かも動かず先を見やる。ノエルのその心の問いに答える者はいない。ノエルは脳裏に焼きついたエースの表情を思いだしながら、しばらくの間その場に立ち竦むのだった。
-Side change two girls-
「なのはちゃん、今日は元気だったね」
「そうね………」
白い丸テーブルを挟んで、二人の少女が向かい合っていた。一人は長い瑠璃色の髪をヘアバンドでまとめ、整った顔立ちに優しげなを双眸のぞかせた、少し気弱そうな少女。対するは明るめの金色を宿した長髪をサイドで僅かに留め、勝気な光を放つ碧眼を称えた少女。どちらもなのはやエースと同年齢ほどに見える。
この二人、月村すずかとアリサ・バニングスは、最近少し様子がおかしくなった親友、なのはのことをひどく気にかけていた。ちなみに話題の中心である彼女は、お手洗いのために席を外している。だからこそ、こんな話もできるのだが。
彼女の様子がおかしくなったのは、ここ二週間ばかりのこと。それも唐突にだ。具体的に何がおかしいと言うわけでもないが、いつもどこか疲れ気味で元気がない。
今回もそのことを二人で話し合ってなのはに尋ねてみたのだが、彼女は少し気を遣うような笑顔で「なんでもない」と告げるのみだった。そのことが二人の歯痒さをさらに募らせていく。
「危ないこととかに首突っ込んだりとか、してないわよね………?」
「だ、大丈夫だよアリサちゃん! なのはちゃんがそんなことするはずない………そうだよ………」
否定しようとしたすずかの声が小さくなる。親友を信じてあげたい。アリサとてそうしたいのは山々であったが、何をしているのか話してくれない以上、不安であるのは確かだった。
だが、なのはとて好きでそうしているわけではないと思う。詳しくは分からないが、きっと自分達を気遣ってのこともあるのだ。それだから、二人もあまり強くは出られないのだった。
「あーもうっ、まだるっこしいわね! なんであたしがこんなにやきもきしなきゃなんないのよ! もうこうなったら、なのはの分までお菓子食べてやるんだから!」
「あはは、どうぞ召し上がれ」
やけ食いならず、憂さ晴らし食いをはじめたアリサに微笑しながら、すずかは彼女の前にクッキーの入った皿をおいた。さりげなくお茶のおかわりを注ぐことも忘れない。この気遣い上手なところが、すずかのすずかたる所以である。
「相変わらず、すずかんちのクッキーは絶品よね。ウチのお茶請けにも欲しいぐらいだわ」
アリサが次から次へとクッキーを頬張りながら、幸せそうな顔でそう言った。すずかも苦笑しながら、お菓子の山に手を伸ばす。と、その横から手が伸びてきて、クッキーの山から一つを摘み取った。
「ふむ………おー、確かに美味ェなこれ。いくらでもいけそうだ」
「ふふん、当然でしょ。ノエルさんと忍さんが作るお菓子が不味いわけがな――………」
得意げだったアリサの声が途中で止まり、視線が横へとゆ~っくり回される。すずかの目も驚いたような色を帯びて、其方へと向けられていた。二人の視線が一点で交錯する。
果たしてそこには少年がいた。大きめのケーキボックスを抱え、ノエル印のクッキーをもしゃもしゃと口にしている。まったく見覚えがないが、歳は自分達と同じぐらいに見えた。
「あ、あの………?」
二人を視線をものともせず食べ続ける少年に、すずかが恐る恐る声をかけようとしていた。だが、それより先にアリサが蹴立てるような勢いで椅子から立ち上がる。ガタンという音をそのままに、目の前でマイペースに食事を続ける男子を指差して、彼女は大声を張り上げた。
「ア、アンタ誰!? なんで、すずかんちの庭にいるのよ!?」
「むぐむぐ………ん?」
金髪少女の怒鳴り声を受け、ようやく少年の目が此方を捉える。アリサは自分の声にまったく動じないその態度に、すずかはあまりの自然体さに、それぞれ呆然として彼を見つめる。そこで初めて気づいたかのように声に反応して顔を上げた少年は、立ち上がってペコリと頭を下げた。
「むぐ………ごっくん。あ! こいつはどうも。お嬢様方のティータイム中に失礼。なんとも美味そうなお菓子と紅茶の香りに誘われて、やって来たおれの名はエース。以後よろしく」
「え………あ、いえいえ、わざわざご丁寧にそんな! こちらこそどうかひとつ………」
キリッと表情を引き締めて言う彼に、すずかが条件反射で同じようにぺこぺことお辞儀する。見事なお嬢様対応と天然スキルのオンパレードだ。エースと名乗った少年はそれを見てうむと頷く。そして、クッキーに手を伸ばしつつ続きを口にしようとして、
「アンタが一体誰で、なんでここにいるのかってことを聞いてんのよ! 名前なんかどうだっていいわ! すずかも、コイツのペースに乗せられてるんじゃないわよ!」
すずかに痛烈なツッコミを入れたアリサに、ゴスッと顔を寄せられていた。問い詰める声はこれ以上ないほど震えている。明らかにおかんむりの様子であった。
場が何ともいえない空気を発する。だが、沈黙が続いたのは僅か数秒であった。
「エ、エースくん!?」
「ん? おお、なのは。さっきぶりだな!………って、ん? なんでお前がこんなトコにいるんだ?」
驚愕の声と共に救世主現る。声の主は、言わずもがなのなのはだった。お互いの態度と口にした台詞からすると、どうやら顔見知りではあるようである。アリサはエースから顔を離し、今度はなのはに詰め寄った。
「なのは! コイツ一体誰よ! アンタの知り合いなの!?」
「ちょ、アリサちゃん、まずは落ちつい………ふぇぇ!? ひょふぇふぁひっふぁらふぁいふぇ(ほっぺた引っ張らないでぇ)!」
「ふ、二人とも、ダメだよ!?」
「ぶっ、はははは! なのは、お前すげェへんな顔してんぞ!」
縦横無尽にほっぺをつねるアリサと半泣きになりながらギブを宣言しているなのはに、すずかが慌てて止めに入っている。エースは自分のせいでなのはがそうなっているとは欠片も思わず、ただ三人の様子に笑いこけていた。
-Side out-
「ふーん、そんでこいつが助けたっていう………」
「なのはちゃんの家の居候さん………」
数分後、なのはから説明を受けた二人は、少し驚きながらも視線を同じ方向に向ける。そこには、相変わらずのマイペースでクッキーをパクつくエースの姿があった。
お互いに自己紹介は終わらせているが、アリサは少し不機嫌な様子だ。黙っていられたのが不満なのだろう。その視線がなのはに向けられる。
「というか、そんな話初めて聞いたわ。何で私達に黙ってたのよ」
ジト目で睨んでくるアリサに少したじろぐ。秘密にしようとしていたわけではないが、結果的にそうなってしまったのは事実だ。ここまできて誤魔化すのもどうかと思ったなのはは、正直に話すことにした。
「にゃはは、ごめん。ちょっと忘れてて………」
「なのはちゃんったら………」
あっけらかんと自分の失敗を話す親友に、すずかは苦笑する。肩の力が抜かれ、その視線がエースへと向けられた。
「少し驚いたけど、なのはちゃんのお友達なら私たちにとっても同じだよ。よろしくね、エースくん………で、いいのかな?」
「むぐもご………おう、いいぞ。堅っ苦しいのは嫌いだからな、好きに呼んでくれ。あ、すずか、紅茶とクッキーおかわり」
「なんでアンタはそんなに馴染んでるのよ!」
さりげなくふてぶてしい発言をするエースに、アリサが目を三角にしてツッコむ。しかし、怒鳴り声を向けられた当の本人はまったりしながら紅茶を楽しんでおり、苦笑したすずかにおかわりを貰っている。その様子にアリサが「もーっ!」と頭をガジガジ掻いた。
アリサ・バニングスが誇る最大の武器である突進力も、エースにかかれば軽く緩衝されてしまう。アリサにとって、エースの持つ無類のスルー力と独自の解釈能力は天敵に等しかった。もしこの場に彼の弟がいたら、もっと酷いことになっていたかもしれない。
なのははすずかと顔を見合わせて少し苦く笑い、兼ねてから気になっていたことを尋ねた。
「でもエースくん、今日は手伝いで家に残るって言ってたよね? なんでここにいるの?」
「お、そういやすっかり忘れてたぜ。おれはちょっとしたお使いで来たんだった。桃子さんからみんなに届けもんってな、ほれ」
「わあ! これ、翠屋のケーキですね!!」
エースが持っていたケースから出されたケーキを見て、すずかが手をぱちんと合わせた。アリサもそのおいしさは認めるところなのか、その中に添えられていた手紙を読みながら表情が嬉しげに綻んでいる。
「『みんなで食べてね』だって。桃子さんの心配りは相変わらずね。さっそくお茶の続きにするとしましょうか」
「うん………って、あれ? エースくんどこ行くの?」
頷いたなのはが、腰を上げたエースを見て不思議そうに呟く。エースがなのはの声に反応して振り向いた。
「どこって、翠屋に帰るんだよ。これでも仕事中だったからな、さすがにこれ以上はまずい」
エースの言葉に一様に残念そうにするなのはとすずか。だが、任された仕事を放り投げない辺り、エースの責任感の強さが窺える。先ほどまで一山はあるクッキーを抱え込んでいた男の台詞とは到底思えないが。
「ま、今回は仕方がねェさ。また今度ちゃんと時間作って来っから、今日のところはこれで――「その必要はないわ!」何?」
「「アリサちゃん?」」
怪訝そうな顔をするエースに、他の二人の声が重なる。アリサはそのまま「ふっふっふ……」と笑うと、先ほど読んでいた手紙を全員の前に掲げて、その中の一節を差した。
「えっと………『エースくんの分もケーキを入れておいたから、みんなと食べていらっしゃい。お店のことは気にしなくていいからね』……だって」
「お母さん………ありがとう………」
なのはは優しい微笑みを見せる母を思い浮かべながら、心よりの感謝を口にする。すずかは嬉しげに、アリサはしてやったりといった風に口角を吊り上げていた。
「やれやれ、桃子さんに担がれちまったか………ま、それなら別に帰る理由もないわけだしな。そんじゃ、お手柔らかに―――」
キィン――――――…………
エースの言葉を何かの気配が遮った。鼓膜に響くピアノ線を弾いたような高い音。だがそれは、穏やかな風と空間を震わせる不協和音のように耳朶に触れる嫌なものだ。
エースは一瞬にして意識を切り替えて周りを探る。いつでも動けるような体勢と意識になるのは、流石といったところだろう。
(エースくん!)
(うおっ!? いきなり何だよ、なのは………って、おれまだ念話は使えねェんだった………)
頭の中になのはの声が突如として響いた。エースは危うく声を上げそうになるが、寸前で何とかとどまらせる。見ると、なのはとユーノの二人が此方に目を向けていた。
なのは達魔導師が多用する通信魔法の『念話』のことは、会って数日のうちに聞いていた。エースにも低いながら魔法の力はあるらしく、念話などの行使自体は可能なのだとユーノも保証しており、それなりに訓練もしている。
だが、成果も『それなり』であった。レイジングハートに相当の補助をしてもらい、近距離という条件をつけてようやくノイズ混じりの意思疎通ができるといったレベルだ。魔力を持つ者としては、平均以下の才能らしい。
だが、このレベルならこれぐらいが普通なのである。実際には魔法の才能を持つ者の方が少ないし、元々が稀有な能力だ。魔法に触れてすぐ、見様見真似で念話ができたというなのはなどの方が、よっぽど規格外な存在なのである。
なので、現状ではもっぱら『聞く』ことを主としていた。あとは聞こえてくる声に合わせて、顔で意志を表現するぐらいだ。もっとも、エースにはそれで十分すぎるほどなのだが。
「―――エースくん?」
「どうしたのよ、いきなり黙っちゃって」
エースがいきなり言葉をやめたので、すずかとアリサが此方を窺うような視線を向けてくる。その横からなのはがこっちを見据えていた。
(ジュエルシードの反応だよ。すぐ近く……どうしよう………)
なのはが念話と目線でエースに訴えかけてくる。確かに、楽しく団欒してる最中にいきなり抜けては不自然だ。何か言い訳を考えようにも時間が足りない。と、各々が頭を悩ませていたとき、ユーノが突然なのはの膝から飛び降りて森の方へと駆け出した。
(成る程な………)
エースはユーノの行動意図を理解し、なのはに視線をやる。彼女の方も合点がいったようで、すずか達に一言言った後、すぐさまユーノの後を追っていった。去り際に彼女が振り返る。
(エースくんはここにいてね。すぐ戻ってくるから)
(へ? な、おい待てよ! おれも………)
行く、と言う前になのはは走り出した。あっさりと蚊帳の外に置かれたエースが、思わず抗議の声を上げようとする。だが受話しかできない念話で伝わるわけもなく、なのははそのまま森の中へと消えてしまった。
エースは自らの力のことをまだ話していない。悪魔の実の能力者は、前の世界ですらバケモノと言われるような力の持ち主である。いきなり説明してなのは達を怖がらせたくはなかったし、何よりこの世界に来て初めて出来た友達だ。もし怯えられたらと思うと、エースはなかなか話せずにいたのだった。
だが秘密を守ろうとするあまり、今回はそれが仇となってしまったようだ。いくら卓越した魔力の持ち主とはいえ、なのはもユーノもまだ子供。二人だけではさすがに心配である。
アリサとすずかは、なのはが去った森の方に目を向けたままでいる。それに目をやって一息ついた後、エースは勢いよく立ち上がった。
「おれが行ってくる。心配すんな」
「「エース(くん)?」」
猫を抱いて撫でていた二人が、少し驚いたようにこちらを見る。エースはニッと口元を吊り上げながら、彼女たちに笑いかけた。
「なのはが心配なんだろ? アイツのことは任せときな」
「あ………うんっ。じゃあお願いします」
「さっさとなのは捕まえて戻ってきなさいよ」
二人分の声援を背中に受け、エースは軽く返事をしながら走り出す。森の中を駆けながら、なのは達の姿を探した。別荘の一角とはいえ、その規模はかなり大きい。
と、エースの正面から何かが広がってくる気配を感じた。慌てて足を止めると、周りの景色から色が失われていくのが見える。まるで、空間そのものの活動が停止したようだ。
普通ならば遭遇したことのない状況に多少焦ってもいいようなものだが、生憎エースはそこまで繊細な精神の持ち主ではない。
(おー! すげェな、これも魔法ってか。そういや、ユーノの奴が結界がどうたらっつってたな。これがそうなのか?)
音が止み、生の気配が薄れた周囲を見渡しながらエースは一人考える。と、左前方から爆音と共に派手な粉塵が上がった。
なのはが暴れているのだろうかと思い、エースは再び駆け出す。そして、比較的見通しの利く場所へと出ると、光が瞬いた方向へと目を向けた。
「って、あれは………」
思わず言葉が洩れる。連なる木の間から目に飛び込んできた光景は、自分がしていた予想とはあまりにも違っていたのだ。先ほどとは違う焦燥感に、エースはすぐさま地を蹴った。
「チッ、『アイツ』と同じで世話が焼けるぜ!」
愚痴りながらも、その表情には笑みが浮かんでいる。守る、という行為に懐かしさを感じた。
満ちていく久しい感覚に身体がうずき、身体が熱を持ち始める。走り出したエースの右手は赤く燃えるような光を放ち、その輪郭を何重にも揺らめかせていた。
-Side Nanoha Takamachi-
「何で……なんで急に、こんな………」
少しだけ痺れた右腕を気にしつつ、私は搾り出すように言った。
ギリギリと、嫌な金属音が耳を突く。レイジングハートと鍔迫り合いをする黒い杖から視線を戻し、正面を見やる。一番最初に目に飛び込んできたのは、金色に揺らぐ美しい髪と冷たさすら浮かばせるほど澄んだ深紅の瞳だった。
(なんて悲しそうな目をしてるんだろう………)
至近で相対する『彼女』を見た感想がそれだった。感情を無理矢理押さえ込んだような、そんな強い光と悲しみを感じさせる彼女の眼差し。だが私の声に僅かも表情を揺るがせず、彼女は淡々とした風に言った。
「答えても………多分意味が無い………」
ギリッと口元が軋む。浮かんでくるのは戸惑いと怒りだ。鍔迫り合いをお互いに押し返して地面に降り立つと、同じく木の上に着地した彼女を見つめ返した。
彼女が現れたのは、ジュエルシードの封印をしようとしていた正にその時だった。それも、彼女はレイジングハートと同系のインテリジェンスデバイス『バルディッシュ』を持つ魔導師であったのだ。さらにロストロギア、ジュエルシードの正体を知っていたことから、ユーノは彼女が自分と同じ世界の住人であることを確信するに至っていた。
その目的は、なのは達が集めているのと同じジュエルシード。そして、それを奪うために攻撃を仕掛けてきた彼女に対し、なのはは戸惑いながらも応戦しているといった経緯であった。
[Device mode. Photon Lancer , Get set]
[Shooting mode. Divine Buster , stand by]
お互いのデバイスが稼動機構を行使し、スタイルを変更する。砲撃形態に変形したレイジングハートを油断無く構えながら、私は彼女について考えていた。
(多分私やエースくんと同い年ぐらい………綺麗な瞳と綺麗な髪………だけど、この子………!)
至近で相対したときに唐突に感じ取ったものが蘇り、それが徐徐に確信へと変わっていく。お互いに睨み合ったまま動かない。少しばかり強い風が、さあっと頬を撫でた。
『にゃぁお………』
そのとき、横からガランという金属音と、くぐもった様な呻きが響いた。猫が気を取り戻したらしく、僅かに身体を揺らすのに私は思わずそちらを見てしまう。しかし、一瞬とはいえそれに気を取られたのがまずかった。
――――――ごめんね。
「っ!?」
微かに何かが聞こえた瞬間、私に向かって黄色い魔力弾が飛来する。防御魔法はできるが、完全防御は僅かに間に合わない。とっさに杖を構えるも、そんなことでは気休めにもならないだろう。
バリアジャケットが守ってくれるとはいえ、直撃は初めてだ。やっぱり痛いのかな、と頭は暢気なことを考えつつも、戦闘の空気が体を強張らせる。
私に為す術はなかった。できるのは目を閉じることぐらいだ。だから、私は満たされる恐怖に抗うことなく思い切り目を閉じた。
しかし、光の気配が私の眼前に迫った時、自分の横を熱を持った何かが駆け抜けていく。同時に走った鋭い声が、私と彼女の間の空気を切り裂いていた。
『――――〝
自分の目の前で、突如として音が破裂した。迫り来ていた金色の閃光とその何かがぶつかり、私の目蓋の裏を焼く。衝撃が強烈な風となって身体を押しやるのを感じとるより先に、私の身体は物理法則に従って勢いよく吹き飛ばされていた。
受身はもちろんだがとれず、ほぼ頭からの垂直落下だ。魔法を使う余裕が無い以上、それがもたらす致死性は十分にある。しかし、数秒ほどに感じる浮遊感の後、身体にふわりとした浮遊感が走った。同時に、背中からとんと接する感触を受ける。
「――――なのはっ、大丈夫かい!?」
「でかしたぜユーノ。ったく、一人で突っ走ってムチャしやがって」
同時に聞こえる二人分の響き。片方は切羽詰った、もう片方は頼もしくも優しい声。気力を振り絞って目を開けると、寄り添うような茶色い影と薄くぼやける景色を遮るように、一つの背中が見えた。
水面を伝う波紋に似た、蜃気楼の如きその輪郭。脇から伸びる赤熱した腕回り。そして風によって僅かに動く、赤く揺らぐ身体とは対照的な黒い後ろ髪。それが安心できるものだと悟ったとき、私の視界は再び黒く閉ざされ、身体からは力が抜けていった。
(ありが、とう………)
感謝の言葉は今は心の中で。しかし、後で必ず伝えようと私は胸に刻み込んだ。だから、今は少しお休みするね。
守るという気持ちが伝わってくるのが温かい。守られているということが嬉しい。なんだかすごく甘えたくなってしまう。
そんな、久しく無かった安心できるような空気に包まれていたからだろう。すべてを彼らに任せた私の意識は………そこで途切れた。
―――TO BE CONTINUED...
第四話でした。
よろしければ、感想並びに評価をお願い致します。
それでは再見《ツァイツェン》!