お題は
ダークファンタジー
一人称
復讐劇・孤独・友人
エンジェルラダー(入ってない)
セリフ:「俺はアイツを許さない」
双大剣
主人公に付け焼刃の力を持たせること

らしいです

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いつかの話

ぐちゃり、ぐちゃり、と右手に持ったナイフで目の前の死体を解体していく。

皮を裂き、肉を切り、骨を断つ。もう何度やったかわからない作業を無心で繰り返す。

「俺はアイツを許さない」

大丈夫。

「俺は、アイツを許さない」

大丈夫。

「俺は、アイツを……許さない」

大丈夫。まだ覚えている。まだ、俺は俺でいられている。

助けられなかったあの顔も、見ることしかできなかったあの表情も、全て記憶にこびりつくように残っている。

不意に、周囲が明るくなったことに気付く。反射的に上を見上げれば、あの日から滅茶苦茶になってしまった空に赤々と光る月の姿があった。

 それを見た自分の口から思わず舌打ちがこぼれたのを自覚した。

「もういいか」

呟いて、解体し終わった肉を保存用の倉庫魔法を展開して端から突っ込んでいく。

やることを終えた後、一通りの装備と荷物の確認をしてから、俺は周囲を警戒するためにぼんやりと意識を保っていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 金属同士が打ちあわさる甲高い音、熱された鉄が水で冷やされて立てる蒸気、屈強でむさ苦しい男たちが炉を取り囲んで見守り、時には怒鳴り声が響く。あまり大きくはない村の鍛冶屋として、俺は剣を打っていた。

「よう、親友」

呼ばれた気がして振り返ると、そこには麗しの親友の姿があった。

「ああ、ルーカスか」

 そう返すと、ルーカスは肩を竦めて言った。

「あっけない反応だな。せっかく様子を見に来たのに」

「お前が見に来たのは自分の剣の調子だろうが」

「ん?」

「ん?」

二人して笑い合う。同じような感性のため、冗談の種類や度合いも似たようなものになる。何年も仲良くしてきた故の距離間が俺たちの間にはあった。

「で、調子はどうなんだ?」

「どうもこうも、厄介な素材を持ってきてくれやがって……」

恨みたっぷりに睨んでやるとルーカスは誤魔化すようにそっぽを向いた。

頬を掻くルーカスが持ってきたのは今まで触れたことも、見たことすらないような素材だった。

「親父ですら見たことないって言ってたぞ」

「そんな珍しいものだったとは…。拾い物には福があるってのは本当らしいな」

「残り物だろうが」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

「何がだよ」

適当なルーカスの言葉に俺が突っ込んで、その逆もあって。

とても雑で、適当で、けれど楽しく面白い。

俺たちは…少なくとも俺は、そんな日々を気にいっていた。

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ルーカス、これ使ってみてくれ」

「ん、了解」

俺が渡したのは一振りの剣。シンプルな両刃で鍔は無く、柄に簡素な布を巻いただけのものだ。

「じゃあ、いくぞ」

「頼む」

俺から剣を受け取ったルーカスは距離をとって半身になった。

「ふっ‼」

右足で踏み込んで腰だめに構えた剣を一閃。

その勢いで左足を前へ。両手を柄に添えて振り下ろした返しの一閃は、そのままの勢いと更に踏み出された軸の右足で渾身の突きへと昇華される。

瞬く間の連撃。

風を切る音は小気味よく、動きはまるで達人のよう。

 幼い頃から独学で剣を振るっていたルーカスの動きは、足運びから手首の返しまで素人目に見ても無駄がなかった。

「どうだ?」

「ちょっと軽いかな」

「わかった、次はもうちょっと重くしてみる」

「次はこっち頼む」

「おう、任せとけ」

次に俺が渡したのは先程のものよりも大型の剣だった。

重く、分厚く、長い。子供の背丈は軽く越える、分類的には大剣に属するその剣は打つだけでも苦労した一品だ。

「大きいな」

「大きいものは強い。重いものは強い。二つ合わされば無敵だろ」

「お前ってたまに頭悪くなるよな」

「鍛冶屋は脳筋なくらいが丁度いいんだよ」

「違いない…なっ‼」

言い終わるが早いか、ルーカスは振りかぶった大剣を上半身の捻りを利用して薙ぎ払った。今度は力強く、野太い音が風を切る。

流石にさっきのようにはいかないのか、ステップを踏むように足を入れ替えて身体を回す。大きく振るわれた大剣は、遠心力で手から抜けていくのではないかという勢いで回転する。

「おらっ‼」

踏み込んだ右足で無理矢理に回転を止めたルーカスは、もう一歩を踏み出して切り上げを放った。

豪快。まさにその一言に尽きる連撃だった。

間合いも重量も、何もかもが違いすぎる武器種を十全に使いこなす、天性の才能と言っていい能力。それがルーカスという男だった。

「こいつ重すぎないか?」

 ひと息ついた様子でルーカスは言った。

「まあ、半分はふざけて作ったからな」

俺がそう答えると、ルーカスはこちらを睨むようにして言った。

「なんでこんなもの作ったんだ?」

「必要な人が出てくるかもしれないだろ」

「もしもそんな奴がいたら、それは怪物か何かだな」

そう言って笑い合った俺たちだったが、俺はこの時のことを後悔してもしきれない。

「まあでも、重すぎるってことに目を瞑ればいい剣だな」

こいつがそんなことを言って、大剣に注ぐ視線に込められた感情を見抜くことができなかったのだから。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「お前さ、人間って好きか?」

あまり天気の良くない日だった。

ルーカスと共に少し歩いていた時、唐突な質問にかなり驚いたのを覚えている。

「は?」

 思わずそんな反応を返してしまった俺を誰が責められよう。

「いいから答えろよ」

質問の意味も意図もよくわからなかったが、その時俺にはルーカスがどこか焦っているように感じられた。

「好きってのがどういう意味かよくわからないが、まあ少なくとも嫌いではないな」

たしかそんなようなことを返した記憶がある。するとルーカスは、

「ん、そうだな。お前はそう言うだろうと思ってたよ」

安心した。そう言ってから笑っていた。

「…? 大丈夫か?」

不安になってつい口から出てしまった言葉だったが、それにもあいつは「大丈夫だ。心配なんて柄じゃないぞ」なんて、そんなことを言って笑っていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「ルーカス、お前…これは何だ?」

いつのことだったろう。

俺はルーカスの家を訪ねていた。調整を頼まれていた剣を渡しに来たのだ。

しかし、どこにも姿が見当たらなかった。いつもなら受け取りに来るのに、姿を見せる気配すらない。

偶然地下に繋がる入口を見たのは運が良かったのか悪かったのか。

「なんだ、見つかっちまったのか」

 唐突に聞こえた後ろからの声に、反射的に振り向いた。見れば、どこか怪しい雰囲気のルーカスが顔を俯かせて立っていた。

何をしていたのだろう。パッと見て異常は無い。いつも通りに見えた。しかし、一点だけいつもと違うところがある。

手に古ぼけた羊皮紙が張り付いていたのだ。

「これか? ああ、心配しなくていい。別に何があるわけじゃないんだ」

「けど、お前…どう見たって普通じゃないぞ」

羊皮紙に連ねられた文字はぼんやりと光を放っており、なぜだかわからないが強烈な嫌悪感があった。

「普通って、お前はよくわからないことを言うんだな」

そう答えたルーカスが顔を上げた時、その瞳を見ることができた。

「お前、何に手を出した」

「自分を普通と言い張るやつなんて、それこそ普通じゃないんだ」

「答えろ」

俺の質問を無視してよくわからないことを言うルーカス。その瞳はいつの間にか濁っていて、こちらを見ているのに見ていない。そんな印象を受けた。

「人間ってのは結局、どこまでも自分勝手なんだよ」

「ルーカス…?」

「俺は結構、お前のことが嫌いじゃなかったりするんだぜ」

「おい、ルーカス。答えろ‼」

ひたすらに何かを喋っているルーカスだったが、その内容は俺の頭に入ってこなかった。

やがて、やけに芝居がかった仕草で両手を掲げ始めるルーカス。その動きを止めようと思うのに、体は動いてくれない。

 ゆっくりと掲げられる両手には、いつの間にか厚く覆うようにして羊皮紙が重なっていた。一秒ごとに光は増し、すぐに直視はできない光量になる。いつの間にか、俺は意識を手放していた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

最初に目に入ったのはなんだっただろうか。

最初に聞こえたのはなんだっただろうか。

 

 

視界が赤かった。肌に触れた空気が熱かった。どうやら火の粉が上がっているらしいというのを理解するのに、やけに時間がかかる。

視界の一面を彩る赤は、踊るようにしてその輝きと熱で全てを蹂躙していく。

 

 

泣いている声が聞こえた。

子供の声だ。

親を探す子供の声が聞こえた。止んだ。

 

 

子供の名前を叫ぶ親の声が聞こえた。止んだ。

 

 

必死に人々を誘導する声が聞こえた。止んだ。

 

 

悪い夢を見ているようだった。

昨日まで普通に笑い合って、楽しそうに暮らしていた人達が、今は見る影もなく黒く染まって地面に沈んでいる。

自分以外の誰かの姿を目指して彷徨うように歩いて行く。

燃え盛る家を尻目に、水を汲んでいた井戸を過ぎ、広場を通じて出たのは崩れた工房だった。

火と共に在り、火を統べながらも炎に巻かれる。

いつもなら怒号が飛び交うはずの場所は命の気配すらなく、あるのはただ、物言わぬ屍と剣達だけだった。

「ここに居たのか」

後ろからの声に振り向けば、そこには変わり果てた親友の姿があった。

巻き付くように全身には文字が踊り、健康さの窺える肌は黒く塗りつぶされていた。

「これ、お前がやったのか?」

「どれのことを言っているのかはわからないが、まあ俺だろうな」

ニヤニヤと底意地の悪い笑みを張りつけながら答えるルーカス。それを見た時、俺の中に自分でもよくわからない感情が芽生えた。

「ルーカス」

「何だ?」

「俺がお前にしてやれたことはあったか?」

きっとこれは、聞いてもどうしようもないものだ。仮に何かあったとして、事実俺は何もしていないし、できていないのだから。

期待も少しはあったと思う。もしもあると答えてくれたなら、と。

「無いね」

けれど、帰ってきたのは即座の否定だった。

ああ…どう言えばいいんだろうか。

ルーカスの答えを聞いた時、俺の中で感情が二つに別れた。

一つは諦めだ。おそらく、ルーカスはもうどうしようもないのだろう。

何かをしようと思うなら、もっと前に動くべきだったのだ。

「ルーカス」

「何だ?」

「俺が、お前を殺してやるよ」

もう一つは、周囲でいまだに熱量を落とさず燃え続けている炎よりも熱い、激しい憎悪だった。

「お前はきっと、もうどうしようもないんだろう?」

こんな感情は抱きたくなかった。けれど、もう抑えが効かないんだ。

 

自分の親の屍を見てしまったから。

 

ずるり、と瓦礫の中から一本の剣を引きずり出した。

それはあまりにも重く、分厚く、大きい。

特徴なんてものは無く、強いて上げるなら刃元の近くに二つ目の柄があるだけ。剣と呼ぶには簡素が過ぎる代物だった。

「お前に何があったのかはわからない。けど、そんな風になったってことは、それなりの事があったんだろう」

いつか、誰かが振るうために作られた極大の剣。

人の身で扱える限界になるであろう武器。

「だから、きっと」

以前ルーカスに試してもらったものを更に強化・発展させたもの。

「俺の役目は、これ以上お前に間違いを犯させないようにすることだ」

そして――親友を殺すためだけの武器だ。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

ゆっくりとルーカスの方へ距離を詰めていく。その中で、ルーカスも瓦礫の中から細身の剣を引き出した。

右手に持った剣は片手では構えられない。必然、ずるずると地面に引き摺ることとなる。それを見たルーカスが言った。

「その剣、お前に振れるのか?」

「鍛冶屋は脳筋なくらいが丁度いいんだ。それに、こいつのことは俺が一番よく知ってる」

俺は、あえて軽い口調で返した。きっと、これから交わす言葉はそう多くない。

「いくぞ、ルーカス」

「来いよ。親友」

その言葉を受け取るや、俺は右足を大きく踏み込んで大剣を上段から振り下ろす。剣は地面に激突し、土砂を飛び散らせながら埋まった。

「相変わらずの威力だな」

無視して左足を軸にした薙ぎ払いを放つ。そのリーチと重さをいかした必殺に等しい一撃。

「だが当たらないな、そんな動きじゃあ永遠に無理だ」

ルーカスは小刻みにステップを踏んで付かず離れずの位置で回避していた。

「ほら、こっちからいくぞ」

ルーカスは軽やかに一歩を踏み出したかと思うと、流れるような動きで三連の突きを放ってくる。

右肩・右腕・左足。

大剣の刃元で右の二つを防ぎ、そこで右足を軸に回転。

軸足を左に入れ替えて下段からの力任せの切り上げで距離を取らせた。

回避ひとつ取ってもやはりルーカスは見事で、全体的に〔流れ〕が確立しているような印象を受ける。

追撃として放つ振り下ろしも、避けた後にしっかりと攻撃に繋げてくる。さながら流水と言って差し支えないような動き。

人によっては見ているだけで魅了されてしまいそうな美しさだった。

「っらぁ‼」

振り下ろし・薙ぎ払い・切り上げ。そこに全身の捻りを加えた一閃。

比べてしまえばあまりにも拙く、幼いとすら言えるだろう動き。

確立されていない流れ。

だから(、、、)こそ(、、)。俺の一撃を受けたルーカスは、長年連れ添った中でも見たことがない程驚いていた。

「何だ? その武器は」

俺に切り裂かれた脇腹を抑えながら、ルーカスは呻くように言った。

驚くのも無理はない。この武器はひとつ仕掛けが施してある武器だったからだ。この武器に付けられた二つ目の柄。これはそこを起点に武器が別れ、長く、細身で軽いという二本目の武器が出てくる。

拙い流れの中で、ルーカスが踏み込んできた瞬間にあえて大振りの攻撃を出す。その後即座に分離させて別の攻撃に派生させる。

「お前がくれた素材で作ったんだ。強度、柔軟性共に非常に優秀だったよ」

「チッ、嫌なもん作りやがって…」

ひどく嫌そうに顔を顰めて、ルーカスは身を翻した。

「成りたてであんまり攻撃を喰らうとまずいんだ。ここらで失敬させてもらうぜ」

「待て!」

と、追おうとしたはいいが、慣れないことをしたせいで腕も足も限界だった。当然追いつけもせず、俺は――

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

…いつの間にか眠っていたらしい。

月の赤い色は既に無く、代わりに緑の太陽の光が降り注いでいた。

体を起こして周囲を見渡す。

けれど、視界に広がっているのはあれ以来荒廃してしまった世界。

なんの感慨も抱けない景色を見ると、あの時俺がルーカスを止められなかったことが原因ということを再認識してしまう。

だからこれは俺の義務であり、責任なのだ。

親友として、果たすべき義務。

あいつの現実は、どうしようもなかったのかもしれない。けれど、だからこそ、

「俺はアイツを許さない」

 



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