正義の味方が箱庭入りしたそうですよ?   作:雄良 景

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夢、とは。

理想、とは。

幸福(しあわせ)とは、なんなのだろうか。





prologue-two:桃源郷にグッド・バイ

 

 

 

 ―――――長い、長い夢が、終わる。

 

 

 (そら)に浮かぶ錆びた歯車

 荒れ果てた荒野に突き刺さる無数の武具

 

 救いのない丘の上―――――彼女は一人、夢に浸る。

 

 

 

 ―――――およそ一年。あまりに長く、あまりに……満たされた時間だった。

 

 

 

 浮かんだ意識を抱きしめて、静かに目を伏せ思いを馳せる。

 

 

 極限の一年間を経て、人理は修復された。

 どうにもできぬ事情により一時退避(・・・・)となったが、そちらの方は万能の天才や数奇の名探偵が中心となって手を回していたのだからどうにかなるだろう。

 不安はある。心配もある。しかし最善は尽くした。―――――もともと、人理修復後の敵(・・・・・・・)については話が出ていたのだから、不覚の事態にはなりえないだろう。

 おおよその推測は、どれも当たってほしくはないものだが―――――世界と言うのはいつだって理不尽なのだから。

 

 

 かわいらしい子らだった。手がかかる、純粋で、一生懸命な、子供だった。

 明日を夢見る、命の輝きを持った、まだ幼い子らだった。

 

 心配に決まっている。それでも、どうしようもないことというのはあるのだ。

 

 

「皮肉な話だな。人間を害する悪を滅ぼすのは英雄だが、その英雄を殺すのは人間だ」

 

 

 英雄にならなくてはいけなかった(・・・・・・・・・・・・)子供。あの子の人生はあまりにも波乱万丈すぎた。

 恐ろしい話だ。身震いする。世界はこの時代に、新たな英雄を作り上げようとしたのだ。

 

 明確な敵。

 数多の冒険。

 多くの出会いと別れ。

 手を取り合うヒロイン。

 偉大な仲間。

 ただ一人のマスターと言う重圧と孤独。

 不屈の胆力と、成長と、勝利と喪失の末の―――――不遇(あつかい)

 

 認めるわけにはいかない。許すわけにはいかない。世界にあの子を好き勝手させはしない。

 それがどれだけ残酷なことかを、『私たち』は知っているのだから。

 

 あの二人がよりそい必死に歩んできたその姿を知っている。その輝きを知っている。

 あの美しさを奪わせはしない。

 

 

 ―――――仕掛けは上々、後は結果をご覧じろ、というわけだ

 

 

 世界を救った子供。なら、次は子供が救われる番だろう。……もちろん、世の中がそんな都合よくできているとは思っていないけれど。

 善意とはおおよそにして使いつぶされるものだ。擦り切れるまで、無くなるまで。

 

 ―――――けれどあの子たちにはカルデアの英雄がいる。

 各々の叙事詩で数多の活躍を記された英雄がいる。『反英霊』であってもあの子たちのために力を行使してくれる味方がいる。

 ひと癖以上もある手に負えないような連中もいあるが―――――きっと、大丈夫だろう。

 カルデアはそういうところだった。そんな奇跡を生んだ場所だった。

 

 それに、早く手を打たねば過激派の連中が「次は世界があの子を救え」と言わんばかりに暴れ始めかねない。

 

 

「もう少し、頑張ってくれたまえ」

   ―――――必ず、君たちを救ってみせるから。

 

 

 ふと、我ながらあまりにはっきりとした物言いに、少しの笑いがこみあげてきてしまう。

 皮肉屋だとまで言われた身が、随分と丸くなったものだ。―――――昔みたいに?

 

 それは気に食わんな、と頭を緩慢に振る。別に戻ったわけじゃない。戻れるわけがない。いち度知ってしまえば、知らなかった頃になど戻れない。

 ただ、あのカルデアで。戦場に立ち、戦い、かと思えばキッチンに立ち、奉仕し。

 そんな奇天烈な日常が、尊かったのだ。

 

 料理を作っていればいつも思った。そうだ、こんなのを作ってみよう。作ってみたことがある。喜ぶだろうか。喜んでくれたことがある。

 文化も違う英傑たちに振舞うには緊張感があったが、口に含んだのち綻ぶ顔を見ていれば、かつて愛した何かの影がちらついた。

 カルデアにいる生身の人間であるスタッフたちも、激務の中少しでも気休めになればと趣向を凝らしてみた料理に、心からの笑顔を向けてくれた。

 「ありがとう」―――――そう言われるたびに、ひび割れた何かの奥にあるものを思い出しそうになる。

 暖かな瞳をする彼らに、この瞬間、自分は確かに世界の明日を支えているのだというような……馬鹿な自己満足を抱いたものだ。

 

 それでも、誰も傷付けない仕事は、たしかに胸の奥の何かをくすぐった。

 

 

 この一年を思い出す。荒唐無稽の奇々怪々な冒険録を思い出す。

 いったい誰が予想できた? たった一人の一般人(こども)が、名だたる英雄英傑と共に世界を救ってみせるなど!

 悪夢があった。絶望もあった。それでもあまりに輝いていたのだ。命の輝きに満ちた時間だったのだ。

 

 

 遠い、『記憶』。

 

 

 ―――――かつて呼ばれた聖杯戦争で、一つの悲劇があった。

 本人に言えば殺されそうだが、あの時のどこかの私にとっては悲劇にしか見えなかったその記憶を、おぼろげながらに引っ張り出す。

 かつて『恋』によって絶望に落とされた一人の女が、死後に『本当の恋』を得た話だ。

 

 悲劇だ。死に人(すでにおわったもの)生者(いまをいきるもの)の恋に何が残せるのだと。しかも相手は魔術師ですらないときた。彼女は自身が現世に留まるだけの魔力を自身でどうにかしなくてはいけない。それどころか、愛する者へ寄り添うために実体化する分の魔力を考えれば、いくら優秀な魔女である彼女でも手こずる案件だ。

 たとえただ二人で慎ましく生きていこうとも、ハイエナのように嗅ぎつけた魔術協会や聖堂教会、カルト連中や飢えた魔術師どもに追い掛け回されることになるだろう。

 そして、浮世離れした彼女に違和感を感じる人間も必ず出てくるはずだ。孤独の中で、自分を置いて老いていく愛する人を看取ることになる。

 

 悲劇だ。救われない。手に入れた恋があまりに尊く、儚く、だからこそ彼女は救われない。

 

 ―――――そう、思っていた。

 

 

 カルデアの『記憶』を思い出す。本来の聖杯戦争と違い人理が脅かされた大事に『世界』が反応したのか、召喚された英霊は随分と『本体に近く』、だからこそ『記憶が明確だった』。

 

 

 ―――――笑った女が居た。泣いた男が居た。かつて失われた何かを取り戻した女が居た。ようやく無念を晴らすことができた男が居た。

 ―――――敵対することで、たどり着いた答えがあった。

 ―――――味方として召喚される(よばれる)ことで、ようやく手を取り合うことができた誰かが居た。

 

 

 数多の英雄が集った人類の最後の砦―――――そこは、誰かの夢見た桃源郷

 

 

 ―――――救いはあったのだ。無意味ではなかったのだ。あの時の私は、何を物知り顔で憐れんでいたのだろうか。

 そも、自分もまたあの聖杯戦争で『答えを得た』にもかかわらず。

 

 ―――――彼女は知っていたのだ。その恋の残酷さも、美しさも。だからあんなにも、強く恋焦がれ、深く愛したのだろう。

 

 

 そうだ、死後であろうと、虚構であろうと、たどり着く場所は必ずある。

 

 死んだ者が今更と、生まれすらしなかった者が何をと、蔑まれることもあるだろう。

 

 けれど、それでも、あそこには正しいもの(うつくしいもの)があった。

 かつて朽ちた誰かの(ゆめ)が、咲くことを許された場所だった。

 

 ―――――私で、さえも。

 

 

 

 星が瞬く。

 

 

 

 ―――――それは、ずっと手放せなかった夢だった。

 何度現実に打ちのめされても、

 残りカスになるほどに精神が磨耗しても、

 聞き分けの無い駄々っ子のように手放せなかった、夢だった。

 

 それでも、そんな資格は私にはないのだと、奥に、奥にしまい込んだ夢だった。

 

 

「世界を滅ぼす悪に、手を取り立ち向かう。―――――まるで、『正義の味方(いつかのゆめ)』のようじゃないか」

 

 

 恵まれていた。満たされていた。それがあまりに幸福すぎて、―――――恐ろしかった。

 ―――――こんな幸福(もの)を、私のような存在が享受していいのだろうか。

 ふとした瞬間に積み重ねた屍が足元で囁く―――――お前にそんな資格があるものかと、恨みを込めて睨み付けてくる。

 

 ………それでも、忘れたくないと、思うのだ。

 

 

 どれだけ願っても、磨耗していく魂はいとも容易く思い出たちをこぼしてしまうのだろう。

 あの魔都と化した新宿で―――――魔殿となった油田基地で生まれた、私の可能性(なれのはて)のように。いつか私も、何もかもを抱えることすらできなくなってしまうのだろうか。

 ―――――ああどうか、許してはくれまいか。奪わないでくれないか。これさえあれば、もういいから。千を越える苦痛も、万を数える呪詛も、億に至る絶望でさえも、超えてゆけるはずなのだから。

 

 そんな贅沢を、許して(わたしにつみを、おかさせて)くれ。

 

 

 

 瞳の奥で、星が瞬く。

 

 

 

 桃源郷には期限があった。期間限定の夢なのだ。

 永遠は存在しない。ゆえにそこには美しさがあるのだと説いたのは誰だったか。

 人は欲深い。与えられた幸福を恐れ多いと慄いておきながら、無意識だろうと手を伸ばす。

 与えてくれと縋りつく。

 

 

「あの子たちには見せられない姿だ」

 

 

 少なくとも、私のことを『頼りになる大人』として見てくれていたあの子供たちには見せるわけにはいかない。

 それはちっぽけなプライドだけれど、私にとって胸を張って誇れたことなのだから。

 みっともない人間になってしまったけれど。重ねた罪に溺れてしまいそうになるけれど。

 あの子たちが私に安心を抱いてくれることは、誰に誇ったっていいはずだ。それが、……私の罪を知らないからだとしても。

 

 

 

 

 ―――――不意に、甘い香りを感じた気がした

 

 

 

 

 ―――――そうだ、そういえば、あの夜

 二人ぼっちのあの静かな夜。

 あの子と私が過ごした、あの一晩。あの子は私に、何と言ったのだったか。

 

 

 ―――――『記録』がめぐる。

 

 

 静かな声で、万感の思いを込めたような音で。

 あの子は私に、何を伝えたのだったか。

 

 

 

「 しあわせ に 」

 

 

 

 

 そうだ―――――しあわせになって と

 

 

 

「しあわせ ―――――しあわせ に」

 

 

 

 あの子の青い瞳が瞬く幻覚を見る。

 『自分を愛して(わがままをいって)』とあの子が言う。

 

 

 

 

 私は―――――不幸な人間に見えたのだろうか。

 

 たとえそうだとして―――――私に、この身に降りかかる不幸を、嘆く資格があるのだろうか。

 

 我が身を、愛する資格があるのだろうか。

 

 

 

 

 少なくとも、私は私を(ゆる)せなかった。

 

 

 

 

 ―――――それは花の香りのような気がした

 

 

 

 

 「 しあわせ に――――― 」

 

 

 このタイミングであの子の言葉を思い出すだなんて、自身の自分勝手さにはほとほと嫌悪を抱く。

 心を込めて贈ってくれた言葉を、都合のいい免罪符にしようとしている我が身のなんと醜いことか!

 

 

 それでも、ほんの少し

 

 あの輝かしい桃源郷(きおく)を、覚えておくこと

 

 そんな―――――そんな些細な(しあわせ)なら、あるいは―――――

 

 

 

「わたしの―――――しあわせを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――瞬間、世界が塗り替わる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっとか」

「君って随分と頑固なものだから、必要なピースが揃うのにこんなにかかってしまったよ」

 

「―――――それでは君に、夢のような時間を」

 







これは、誰かが望んだ可能性の行く末

願いは連鎖する

願いは収束する

あらゆる可能性が混じり合い、一つの奇跡を作り出す

それは、まるで夢のようなおはなし―――――


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