ただ一人、君の為なら。   作:ぶんぶく茶の間

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 皆さんこんばんは、初めましての方はこんにちは。
 絶トモでお世話になってますぶんぶく茶の間でっす!

 この度原作沿いの物語を書かせて頂きながら勉強させていただきたいと思い、手を取らせていただきました。
 読む皆様からのご意見などを交えつつ、面白おかしく、時に格好良くグレンくん達を書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします!
 第一話ということで大分長くしましたが、今後は少し文字数は減っていきます。ご了承をっ。
 まずは本作主人公の概要をどうぞっ!(今後各話毎に更新予定)

アステル=ガラード
本作主人公。どこはかとなく儚い印象を受ける少年。クラスの男子では割と背が高いが、細身のため華奢に見える。
真っ白な髪を後ろで束ね三つ編みにしたのが特徴的。瞳の色は亜麻色。
女子力が高く、家事全般、裁縫など様々な面に長けているため、女子力高い系男子としても同級生には有名。
幼い頃から帝都の下町で育ったために人付き合いを大切にしており、時折おすそ分けなどをしている。
買い物に出たときも顔が広く、色々とオマケを頂くことも多々あり、そんな優しい人たちに恩返しをしたいと思い学院を志願した。
学院では魔術を学びながら個人的に錬金術をハーレイやセリカの協力のもと学びつつ、ハーレイとは師弟のような仲となり、時折彼から飛び出すとんでもない助言に自分の研究をサポートしてもらうことも。
掲げたテーマは「人々の暮らしを豊かにするものを創ること」であり、志願理由と同様に己の持つ特異な錬金法で様々なアイテムを作っている。
その大本にはフェジテへやってきた頃にシスティーナと交わした約束があり、お互いに切磋琢磨しながらも一歩ずつ前へ進んでいる。
魔術特性は「万理の構築・分解」であり、相手から読み取った詠唱を分解し、自己の固有魔術として再構築を行うことが出来るが、教本通りの三節詠唱などは威力が霧散してしまうなど、対魔術師専門の特性となっている。
教授と助手といった関係であるハーレイは、自身の研究の手伝いをしながらも彼自身の研究を進められるよう設備や書籍を収集するなど過保護となっており、ふと第三者がアステルの事を尋ねると「奴は天使のような奴だ」と頬を綻ばせるほど師として溺愛しているらしい。


第1章 白衣の生徒
第一話 空から男の子が


『――ル。アステル』

 

 声が聞こえる。僕、アステル=ガラードを呼びかける声が。

 

「――………ごめん、少し寝ちゃった」

 

 重い瞼を無理やり持ち上げ、冴えない視界の中で立ち上がる。

 頭が重い。体が怠く、空腹のせいか嘔気が襲ってきた。

 

「う……」

「調子は……悪そうだな」

 

 僕の耳元で、金の髪を短めに切り揃えた女の子が申し訳なさそうに顔をゆがめている。

 その嘔気を顔を左右に振りながら払い、僕の隣ですやすやと寝息を立てている長い髪の金髪の女の子を見て安堵した。

 

「……大丈夫。君は?」

「心配すんな、いつでも移動できる」

 

 男言葉の彼女はシャーリィ=メドラウト。帝都の下町で生まれてからずっと、傍にいる親友であり幼馴染だ。

 裾が泥だらけになった、自分の身の丈に合っていない焦げ茶色のローブの中から、一つの銀時計を取り出す。

 時刻を確認すれば、夜中の二時。辺りは暗闇に染まり、天から降りる唯一の光はここ一体に生い茂る木々によって阻まれていた。

 

「そっか……分かった。移動しよう」

「おう。――ウェアウルフ」

 

 僕は彼の言葉にうなずいたのを確認したシャーリィ――シャルは、使役している魔物の名前を呼ぶと、地面から紫色の魔法陣が出現し、蒼と銀の体毛が特徴的な中型の狼が現れる。

 その狼は精悍な顔立ちをしながらも、僕を心配してくれているのか小さく喉を鳴らして頬にすり寄ってくれた。

 

「……大丈夫だよ。ありがとう……」

 

 腕を狼の首元に回してそう呟くと、女の子を先に乗せ、そのまま彼へ跨る。

 首回りの毛を掴み、片手でぽんぽん、とその逞しい背中を軽く叩くと、その狼はゆっくりと加速を始めた。

 

       ◇

 

 システィーナ=フィーベルは読書が好きだ。

 そして書くことも好きだ。

 早朝の四時を回った今も走り出した羽ペンが止まらず、己がリビドーの赴くがままにそれを走らせている。

 齢十一、二歳という少女が、ほぼ二十四時間行動しているあたりで不健康そのものだが、その反動が彼女の体の一部に現れるのはまだまだ先の話となるだろう。

 そんな中、明け方の暗闇のもと、玄関のベルが恐る恐る鳴らされた。

 

「……お父様?」

 

 仕事で帝都へ召喚された両親の居ないフィーベル家の屋敷で一人留守番をしていた彼女は、寝静まった夜でしかこの誰にも教えていない趣味を行えない。

 急ぎ筆記用具を机の引き出しなどへ仕舞い込み、投げ出していたスリッパを履きなおして玄関まで向かう。

 その間も、玄関のベルは申し訳なさげに鳴り続けていた。

 扉の鍵を開け、彼女はその幼い手で恐る恐る、軽く開いてみる。

 しかし、その扉の角度にも限界があり、彼女の視界には来訪者は見えず。

 

「……どちら様ですか?」

 

 と、小さな声音で尋ねてみた。

 

『こんなお早い時間に申し訳ございません。わたくし、テネブラエ、と申します。その可憐なお姿、システィーナ=フィーベル様とお見受けいたしました』

 

 どこか老人のような声音が聞こえ、そっと扉を開き顔を外へのぞかせると――彼女は驚きに目を剥いた。

 

「と、飛んでる……!?」

 

 そう。飛んでいたのだ。

 犬にも狼にも、あるいは狐にも見えるその変わった生き物は、自分達人間が地から離れられない断りから逸脱し、中空に浮遊しているのである。

 まるで夢でも見たかのような心境の彼女は慌てて目をこすり、テネブラエと名乗ったその得体の知れない生き物を見つめなおす。

 やはり、浮いている。

 

「……夢、じゃ……ないのよね」

 

 ぐに、と自分の頬を軽くつねり、痛む頬をさすったあと、ひとつ深呼吸した。

 

「はい。失礼ですが、ご家族の方は……」

 

 テネブラエは恭しく頭を垂れると、彼女は(お父様のお友達かしら……?)とありえない思考を働かせる。

 

「ごめんなさい、今日はいないんです。戻るのは……明後日になります」

 

 自分の体内時計が狂っているせいか、昨日の事を本日と誤認識した彼女は少しだけ間を空けて言い直した。

 

「そうですか……」

「あの、何かご用事でも……?」

 

 どうしたものか、と目を伏せた彼(?)に、システィーナは尋ねる。

 それは興味というよりも、こんな時間に尋ねて来るのだから大事なのだという、貴族の令嬢としての思い遣りや思考の働かせ方からくる、日常の教養の賜物だった。

 そんな幼い彼女の一風変わった反応にテネブラエは感心しながらも目を見開き、重々しく「ええ」とうなずいた。

 

「実は……。貴女の御父様であるレナード=フィーベル様、その教え子たるエミル=ガラード様、マルタ=ガラード様お二人の訃報のお知らせと……」

 

「訃報?」と尋ね返した彼女に反し、テネブラエは「オォ―――ン……」と、動物本来の鳴き声を響かせる。

 

「はい。……お二方は、大変残念ながら御逝去されました。しかし、そのご子息は――」

 

 空から。それも自分が目標としている「メルガリウスの天空城」に近い所に、――何かが、居た。

 

「鳥……?」

 

 此処からその姿が目視できることから、かなりの大きさだと思った彼女は訝し気に声を上げ、それが近づいてくることを理解して――更に、驚いた。

 月光によって鮮やかに照らされる翡翠色の体羽。その姿は燐光すら放っているようにも見えて、システィーナは目を細める。

 

「きれい……ん?」

 

 感嘆の声を上げたシスティーナだったが、その鳥の爪足に何かがぶら下がっていることが分かり、疑問符を浮かべた。

 

「ちょっ……ちょっ!? テネブラエさん!? 空から男の子達がっ!?」

「ご安心を。御身の体調と安全を配慮し、ギリギリの高度で飛行させるよう命じましたので」

 

 システィーナは慌てふためき、それを窘める様にテネブラエはゆっくりとした口調で語る。

 

「――シムルグ」

 

 ピューイ、とテネブラエが彼の名前を呼ぶと、そのシムルグと呼ばれた翡翠色の鳥は、爪足から男の子二人と一人の女の子を放す。

 

「ちょっ!?」

 

 咄嗟にシスティーナは覚えたての魔法を発動するべく手を伸ばすが、シムルグが上空で両翼を羽ばたかせると大気が揺れ動き、落下している彼を優しく包み込み、地へ迎え入れさせた。

 それを見届けたシムルグは静かに闇色の粒子となって消え去り、それを見送ったテネブラエは告げる。

 

「この方々は元アルザーノ帝国第二王女、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下。アステル=ガラード様、そしてシャーリィ=メドラウト様。件のエミル様、マルタ様の実子とそのご親友方にございます」

 

 

       ◇

 

 

 早朝でありながらシスティーナは大忙しだった。

 水を溜め、湯を沸かしたあと、身体に優しい料理を作る。

 それは決して自分の為ではなく、このフィーベル家へ転がり込んできた一人の少年、アステル=ガラード、そして親友だと伝えられたシャーリィ=メドラウト、さらに自分の住むアルザーノ帝国の元王女(・・・)、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノの為であった。

 意識を失っている、泥だらけのローブに身を包んだアステルとエルミアナ、シャーリィをリビングのソファへとローブを脱がせ横にさせたのは、癖の強い金色の髪が特徴的な優男だった。

 男性は彼らをソファへ寝かしつけ、頬を優しく撫で満足げに微笑んだ後、先ほどのシムルグと同様に闇色の粒子となって消えていったのである。

 とてもではないが細腕のシスティーナでは彼に肩を貸し起き上がらせる事すらできず、見ていられないという様子で登場されたので「最初からそうしてよ!」と彼女が叫びたくなったのは言うまでもない。

 閑話休題。現在システィーナはキッチンにてテネブラエを従え、スープを作っていた。

 

「――システィーナ様は、料理がご趣味なのですか?」

「システィでいいわよ。それと料理はぜんぜん。お父様やお母様がいない時くらいしかしないから……」

 

 それなりにテネブラエと打ち解けた彼女は、自室から持ってきた本を何冊も重ねて簡易的な足場を作っており、やや不安定な姿勢のまま調理を行っている。

 小皿へと少しだけスープを乗せ、軽く味見。うむ、これでよしと満足げな顔をしたシスティーナはひとつ頷いたあと火を止めた。

 本の台から降り、アステル達の様子を見ようとリビングへと戻ると……。

 そこで、言葉を失った。

 先ほど現れた男性、鳥、そして蒼と銀の毛並みを生やした狼や二足立ちで腕を組む白金の獅子、フードを深くかぶった足のない魔術師が両手を組んで祈りを捧げながら、彼らを取り囲んでいたのである。

 

「な、なんなのよ……この人(?)達は……!?」

 

 この短時間で起こった出来事に軽く立ち眩みを覚えたシスティーナは、ドアの端を手でつかみながら額に手をあてた。

 

「彼らはすべて、シャーリィ様の眷属にございます。奥の男性からゴーヴァン、シムルグ、ウェアウルフ、マルノクス、レキシファー。他にもわたくしの配下に置かれている魔物と契約を結んでおられます」

「ちょっと待って。……あの子たち、いくつなんだっけ?」

「齢は十一、二ほどの方々です。丁度システィ様と一緒になりましょう」

(どれだけ濃い人生辿ったらこんなになるの……)

 

 システィーナはとんでもないことを言い出したこの精霊と、その主だという少女に辟易した。眉間を人差し指で揉み解しながら深いため息を吐いて、先ほどの男性に「あの、この子、起きそう?」と片言ながらに尋ねる。

 

「ええ。レキシファーの読みではあと十分もかからないはずです。……それよりも」

 

 ふふっと小さく笑ったゴーヴァンと呼ばれた男性は、片手で口元を隠し、

 

「そのような煽情的な恰好で彼らと(まみ)える気か、御令嬢?」

 

 着替えておいでなさい、と言われ、システィーナは改めて自身の身なりを自覚する。

 

「ゴーヴァン……。貴方はもう少々弁えなさい。こんな時間にお邪魔しているのです、その発言は失礼ですよ」

「これは出過ぎた真似を。申し訳ございません」

「い、いえ……。教えてくれてありがとう」

 

 ゴーヴァンは頭を下げ、システィーナは自分のパジャマで胸元を隠しながら、自室へと小走りに向かう。

 そんな彼女をテネブラエ達は見送ると、今の今まで無言であったマルノクス達は口を開いた。

 

「可憐さはエルミアナの方が上だな」

「確かに、エルミアナ様の方が愛らしい」

「まったく。御主人様にそれらで勝てる存在など、それこそ指で事足りてしまうほどです」

「……みなの意見、もっともです。ですが、エルミアナ様は元王女。今後はお名前を伏せられることでしょう。我々も、御三方の行く末を見守らねば」

 

 テネブラエは憂いを秘めた声音でシャーリィの眷属をまとめると、彼らは主人の成長してゆく姿を想像し、喜び半分、悲しみ半分といった憂鬱な気分となり、それを胸から外へ出す様に深いため息を吐くのだった。

 

 

       ◇

 

 

 意識が浮上してくる。目を開くよりも先に鼻腔から草木や泥の香りが漂ってくるけれど、その他にどこか温かみのある香りが感じ取れた。

 ここは……。

 

「や、ど……?」

『やっと起きた……』

 

 聞き慣れない、歳の近そうな女の子の声が聞こえた。

 目を伏せたまま起き上がろうと地に手を付けようとしたが、――柔らかい。ソファ? ベッド? それとこの体にくるまれているのは……毛布?

 一体どうしたことだろう。僕は確か、林の中で疲れ果てて意識を失ったはずだというのに。

 あまりにも奇怪な移動現象に頭が徐々に覚醒してゆき、目を開けば――そこにはまばゆい光があった。

 強い光源に目を細めながら眉根を寄せて手で遮る。

 

『あ、ごめんなさい……眩しかった?』

「うん……」

 

 思いのほか素直に自分の感情が出たことに驚いた僕は、シャッという音と共に消え失せた光から目を逸らし、ようやく慣れてきた目で辺りを見回した。

 ……家だ。それも宿やテントといった簡易的なものではなく、本棚な食器棚、年季の入った木製の壁……。

 そして、質の良いソファ。そこに僕は横になっていたらしい。

 咄嗟に自分の身なりに気づいた僕は飛び起きる様に立ち上がり、ぱたぱたと急いでそのソファに付いた泥を手で払おうとする。

 

「うわっ! こ、こんな格好でごっ、ごめんなさい!? その……ちゃんと汚れは取りますから……!」

「気にしなくてもいいわよ。その、調子はどう?」

 

 カーテンを閉めてくれた女の子へと視線を向ける。――そこで、僕は言葉を失った。

 綺麗な銀色の髪に、まるで宝石のようなエメラルド色の瞳をした女の子。

 そんな彼女は、慌てふためく僕を見ながら目を細めて小さく笑う。

 

「――アステル様」

「あ、て、テネブラエ」

 

 動揺しきった僕を落ち着かせる様なトーンで僕の名前を呼んだテネブラエは目を伏せたまま動かず、浮遊した身体を無理に地面へと下ろして頭を垂れた。

 

「誠に勝手ながら、道中で意識を失われたアステル様を目的地までお連れ致しました。どうかお許しください」

「そ、そんな。僕はただ、みんなに乗せて貰っただけなのに……。……ありがとう、テネブラエ。みんなにもお礼を言わないといけないね」

 

 片膝をついて、彼の頭を優しく撫でる。つるつるとした毛並みはウェアウルフとはまた違っていて魅力的だ。正直ずっと触って居たい。

 

「ああ、なんとお慈悲深い……! わたくしのような者に労いのお言葉を頂けるとは……! この上なき幸せ……っ!!」

「……えっと、そろそろいいかしら……」

 

 おいおいと号泣し始めるテネブラエをよそに、銀髪の女の子は困ったように笑いかけ、僕は直立不動になってしまう。

 

「システィーナ=フィーベルよ。初めまして、アステル=ガラードさん」

「は、初めま……っ。お初にお目にかかります、システィーナ=フィーベル様。……その、こんな浅ましい姿でお会いする形になってしまい……大変申し訳ありません。お会いできて幸栄です」

「気にしないで。それと、わたしの事は名前でいいわ。わたしもあなたをアステルって呼ぶから、変に敬語もなし」

 

 いいわね? と有無を言わせぬ疑問符に、僕はこくこくと頷く。

 

「それじゃあ、さっそくだけど」

 

 システィーナは軽く腕を組んだあと、

 

「朝食にしましょうか」

 

 僕のお腹をひとつ見た後にそう言って、次の瞬間には盛大に僕のお腹の虫が鳴るのだった。

 

 

 

「ようっ、先に始めてるぜ?」 

「……シャル、きみね………」

 

 システィーナに通されたそこには、金髪を短めに切り揃えた少女がガツガツとパンやスープを食べ散らかしていた。

 そんな有様にアステルは悲鳴にも似た声を上げたあと、シャルと呼んだシャーリィを窘めるために口を開く。

 

「まぁお互い生きてここまでたどり着けたんだ。まずオレ様はハラが減った。んでここには食べモンもある。だったら食うしかないだろ?」

「だからと言って、もう少し弁えようよ……。ごめんなさい、システィーナ……遠慮がなくて」

「いいのよ。元気があってよかったわ。お風呂も沸かしてあるから。……でも、一人は入浴中だから後でね。あなたも落ち着いたら入って」

「ありがとう……」

 

 アステルのため息交じりの謝罪としょんぼりした様子での感謝の言葉に、流石のシスティーナも苦笑をこぼす。

 システィーナに席を勧められ、アステルは木製の椅子に腰かける。対面にはシャーリィが。

 すぐにスープが運ばれて来て、合掌して食前のあいさつを済ませたアステルはスプーンを手に一口。

 

「……温かい………」

 

 短くそう言うと、シャーリィの食べ物を口に運ぶ手が止まり、アステルを睨み、けしかけるようにしてぎゅむっと頬にパンを押し付ける。

 

「味はどうなんだよ、テメェ」

「え? あっ、ああ! 美味しいよシスティーナ! すごく、優しい味がする……」

「ふふっ、よかった。あまり誰かに食べてもらったことがなかったから、心配だったの」

 

 シャーリィから受け取ったパンと、手元にあるスープを交互かつ丁寧に食べながら、アステルは感想を述べると、システィーナも安心したのかほうっと胸をなでおろす。

 目の前のシャーリィも納得がいったのか、頬杖を突きながら自分の食事の手を止め、彼の食事する姿を見守るのだった。

 ――それはどこにでもある、普通の家族が送る普通の生活の一風景に等しかった。

 

 

       ◇

 

 

 数年後。

 少年、アステル=ガラードの朝は案外早い。

 それは、此処アルザーノ帝国領の南部に存在する学究都市、フェジテでも同じだった。

 擦り傷などができやすい彼なので、日課の訓練を終えたら自室に戻り、休みの日に採り貯めておいた何種類もの薬草を炒ってすり潰したり、煎じてその効能を失われないように程よく苦みを消す味付けを行ったりする。

 

「……ん、こんな感じ……かな?」

 

 白く細い腕を机へ伸ばしちょんちょん、とそれを軽く指につけ、しっかりと内服薬の方に薬効があるかを口に含んで確認。下手な薬なんて人に渡してしまったら大変なのだ。

 こうして出来上がった外傷用の塗り薬と、包帯とテープ、麻布を錬成して作った「バンソーコー」なるものを麻袋に包んだり、ガラスとゴムで錬成した割れない試験官へ流し込んだり。

 

「……よしっ………」

 

 試験官にコルクで栓をして、猟友会で使われていた、革製で散弾銃の弾丸を詰める為のベルトのスリットへと薬品や水の入った試験官を数本を差し込み、そのベルトへ縫い困れた革製の長方形型のポーチに塗り薬の入った麻袋を詰めておく。

 このベルトもかなりの年月で使い込まれており、革の色は変色し、所々にシミのようなものが見て取れる。所謂これはいただきもの。お古なのだ。

 塗り薬といっても、乾燥した状態で傷口に塗り込むと痛みが激しいので、水をかけることで浸透するようなものになっている。

 要は葉をそのままかけられるよりも、粉末状にして水で軽く流せるようにできるほうがいい。

 中の効能をそのままに外はかさぶたの様に固くなる様にできているので、そこは安心だ。治る頃には自然と剥がれるのである。

 ちなみにその部位を水に流しても、固まっているので簡単に剥がれることはない。

 

「(……ないんだけど、その前に大抵の人は応急処置しちゃうもんなあ………)」

 

 はぁぁ、と深いため息を吐きながら、制服のベストに袖を通して、ロープを手にかける。

 とりあえず朝食の準備をしないと。そう思ってドアノブに手をかけ、キッチンへと向かってゆく。

 徐々に、ベーコンを焼く香ばしい匂いが彼の鼻腔をくすぐり始めた。

 

(この匂い……セラさんかな?)

 

 ほぼ直感と言ってもいい彼の予想は、見事に的中する。

 ドアを開けば銀色の髪を毛先で纏めた女性が、キッチンに向かっていた。

 

「――あっ。おはようアステル君!」

「おはようございます、セラさん。いつもありがとう」

「いいのいいの。私にできることなんてもう家事(これ)くらいしかないのだから、せめてお世話くらい焼かせてよ」

 

 振り向いた女性は、早いね~とアステルへ気兼ねなく笑いかける。

 セラ=シルヴァース。元は帝国宮廷魔導師団に所属していた魔導師だった。

 しかし、ある一件を経て彼女は魔術を行使することが不可能な体となってしまい、現在はフィーベル家のメイド件家庭教師として働いているのである。

 アステルは彼女の言葉尻に秘められた憂いを感じ取り、複雑な表情を浮かべると、セラがそれに気付いたのか、食器を出してもらうようにお願いした。

 彼もそれを察し、話題を変えようと朝食のメニューを尋ねる。

 

「今日の朝食はなんですか?」

「ふっふっふ。セラさん特製、燻製ベーコンとスクランブルエッグだよ!」

 

 じゃーん! とフライパンの上に乗った蓋が御開帳し、食欲をそそる香ばしく、眠気を叩き起こすほどのパンチの利いた刺激的な薫りが爆発した。

 いい匂い、と唸るアステル。そしてきゅう~……とその匂いの爆弾の目の前にいたセラの腹の虫が鳴る。

 お互いに顔を見合わせると、笑い合った。

 途端、

 

「おーおー。朝からお熱いこって」

 

 ぐぎゅぅぅぅるるるる……という形容し難い腹の虫を鳴り響かせた金髪の少女が、アステル達の背後から登場した。 

 振り返ればドアの脇に体を預け、腕を組みながら半眼でアステルを睨んでいる彼女は、シャーリィ=メドラウト。

 彼はシャーリィ――シャルの言葉に何を思うでもなく、彼女に笑いかけた。

 

「おはようシャル。早いんだね」

「ったりめーだろ。ガッコなんだっつの。ンな暢気に朝メシ作るよか身体動かしてた方が何倍もマシだぜ」

「っはは。お休みの日はいつも“まだ寝たりね~”とか言って、お昼くらいまで寝ているのに」

「うるせーっ! フォーク投げんぞ!!」

「待ってシャル! 投げてるっ、投げてるよ!」

 

 アステルの指摘に首筋まで真っ赤にしたシャルは彼へと引き出しから取り出した木製のフォークとナイフを投げつけ、食器をテーブルに並べていた彼はステップを踏んで後退しながら器用に指の間で受け取る。

 セラはそんな十六歳ほどの少年少女に「食器はキャッチボールするものじゃないよー」と苦笑交じりに窘めると、二人は瞬時にその行為を止め、シャルは舌打ちをしながらアステルと共に並べ始めた。

 この家で反抗期真っ盛りのシャルを止められる若者はヒエラルキーの頂点に居るセラ、そして次点のシスティーナ=フィーベルしかいないのだ。

 その基準は料理が美味いか否かであり、案の定男勝りなシャルは料理など大の苦手としており、その一つ上が予想外なことに下宿仲間のルミア=ティンジェルなのである。

 

「チッ、いけ好かねえ」

「あはは……んっ?」

 

 隣で自分と同じようにフォークとナイフを並べていく彼女を横顔から見つめると、明らかに印象の違う部分があった。

 リボンの色だ。後ろ髪をまとめてポニーテールにしている彼女だったが、普段は、確か白だったはず。

 それがいきなり赤いリボンに変わっていたので、彼の視線が引き付けられたのである。

 

「シャル、ひょっとしなくてもリボン変えた?」

「ん? あぁーこれか。お嬢と姫さんがうるさくてなぁ。買い換えたんだよ。悪いか?」

 

 アステルに指摘され、シャルは頭の後ろに手を回してリボンを撫でる。ちなみにお嬢はシスティーナ、姫さんはルミアのことだ。

 するとふにゃ、といつもはぶっきらぼうな表情が崩れ、嬉しそうに頬が緩む。

 

「ううん全然? すごく似合っているよ? 活気な君に赤は似合うよ。前はシスティとお揃いだったから、てっきり今度はルミアとリボンの色お揃いにするのかなと思っていたんだけれど」

「お、おぅ……」

「ふふっ、シャルも女の子なんだね~」

「なッ、セラが言うなよ! 見立てたのそっちだろうがっ!」

「なんのことかなぁ~?」

 

 ぷふっとセラが口元に手を当てながら半眼で笑い、ニヤニヤしながらシャルを見つめると、さらにシャルの顔が赤くなってゆく。

 アステルは(くわばら、くわばら)と呟きながら隣にいる彼女から離れ、食器を置き終えると「システィとルミア、迎えに行ってくるね」と告げてその場をあとにした。

 そうでなければきっとシャルに拳一発はもらっていただろう。

 

(ルミアはともかくとして、システィは流石に起きているよね)

 

 彼女達の自室前にたどり着いたアステルは、三回に分けてノックを行うと、中から「はーい」というシスティの声が聞こえた。

 返事がある事にアステルは安堵して、

 

「おはよう。二人とも起きてる?」

『おはよ。ルミアはいつも通りよ』

「……入っても大丈夫?」

『ええ。どうぞ』

 

 ドアノブを引き、中へと入る。

 すると目の前には特徴のある、おへそ丸出しの制服に身を包んだシスティが立っており、壁際にあるベッドには未だに枕を抱いてうつらうつらと船を漕いでいる金髪の少女、ルミアの姿があった。

 

「いつも悪いわね……」

「まぁ、仕事だから……」

 

 アステルはどこか遠い目をしながら、システィと共にルミアの元まで向かっていく。

 

「ほーらルミアー? アステルが来たわよ~」

「お、おはようルミア。寝起きは……悪そ――ぐふうェアッっ!?」

 

 悪そうだね、と言おうとしたところでアステルの上半身に衝撃が走る。ルミアがベッドの上を這いずりながら彼の胸元に飛び込んだからだ。

 しっかりと足腰で受け止めなければこの衝撃は耐えきれず、現にアステルの腰からパキッと間接が鳴り響く。

 そして――ぐりぐりぐりぐりぐりっ。

 

「いっ痛い、痛いよルミア! 削れるッ、色々削れっ……ま、まって腕の骨が、骨が折れるぅぅぉ……っ!?」

 

 まるで枕を引き剥がそうとしたところでそれを抱きしめながらイヤイヤする様な行動をするルミア。恐ろしや低血圧。

 傍から見れば恋人が起こしに来てそれに甘える、といったうらやまけしからん光景に見えなくもないが、アステルにとってこれは拷問に等しいのである。

 ましてや色々と薄――…………薄いシスティやシャルに任せれば、己の発育の悪さに絶望しながらこの痛みを味わう事になるのだ。

 両腕からこれでもかというくらいに抱きしめられ、柔らかくもない胸板にぐりぐりと顔を擦り付けられれば、摩擦によって熱が生じ、ましてやその痛みが反映して体を抱きしめる力が増加する。

 背中の後ろががっちりとルミアの細腕によってホールドされ、逃げ場もなく、解放されるのはこの痛みを自覚して起きる彼女を待つしかないのだ。

 

「その……いつもごめんねアステル」

「謝るなら止めてぇぇ~~~っ!!」

 

 システィーナは心の底から申し訳なさげにしながら合掌したあと、アステルの断末魔を聞いてぺろっと軽く舌を出すのだった。

 

 

 

「骨が繋がってるって、素晴らしい……」

 

 満身創痍となったアステルは、自分の腕をさすりながらしみじみと呟くと、目の前でシスティに大人しく髪を梳かされているルミアを見つめていた。

 時折ちらちらと彼の様子を伺うルミアは、システィに恨み言ばかりを呟いている。

 

「もう……毎日アステルを犠牲にして……」

「だってルミアの力が日を経るごとに強くなるから……」

「あはは……。でも、ルミアにあれだけされる彼氏さんは羨ましいけどね。誰かと付き合うなら屈強な人を選ばないとダメだよ?」

「確かに。ルミアのあの攻撃は並の男子じゃ耐えきれないわね……折れそう」

「もうっ! 二人とも!」

 

 ぷりぷりと怒り出すルミアに、システィとアステルは笑う。

 

「アステルだって鍛えているんだし、大人になればもっと筋肉もつくわよ」

「だといいんだけど……」

 

 アステルは自分の細腕を見つめながらん、と力を籠めるが、未だに筋力が上がったようには感じない。

 正確には確かに力はあるのだが、それを知らしめるための屈強な体格ではないのだ。

 自分と同じように体にコンプレックスを抱えているシスティと彼は所謂同志にも等しく、「早く大きくなりたい」という切実な思いと目的が現在の彼らの共通認識であり、日々の鍛錬を欠かない理由でもあった。

 閑話休題。髪を整え終えたルミアがアステルへと歩み寄り、彼の細腕に指を這わせる。

 

「……うん。筋も痛めてなさそう。大丈夫……? 痛くない……?」

 

 柔らかい指で所々を指圧され、むしろ心地よい感覚だったアステルは少し慌てながら「だ、大丈夫っ」と答えてルミアの手を丁重に解きながら肩をぶんぶんと回す。

 それを見たルミアはきょとんとした表情で小首を傾げたあと、真剣な顔をして「本当に?」と念を押されて尚、彼はこくこくと首を縦に振る。例え肘関節が悲鳴を上げても、彼であれば頷いてしまう。最早意地の域であった。

 そんな二人を近くで眺めていたシスティはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら「私はお邪魔みたいだし、先にいってるわね」と言って部屋を出て行ってしまった。

 

「……もう」

「はは……」

 

 変なところで気を遣うシスティにルミアは軽く頬を膨らませ、アステルは苦笑いを浮かべて見送ると、おもむろにルミアが彼の手を握る。

 唐突な出来事でアステルは頭が真っ白になりかけたが、なんとか持ち直して彼女の名前を呼んだ。

 

「ルミア?」

「わ、私達も行こう? セラさんが作ってくれたせっかくの美味しいご飯が冷めちゃう」

「そ……そうだね。行こうか」

 

 お互いに触れあう温度に気恥ずかしさを覚えながらも、覚束ない足取りで二人は皆の待つ朝食の場へと歩き出すのだった。

 

 

       ◇

 

 

 ルミアとアステルが朝食の席に着くと、すぐさま朝食に舌鼓を打ち始める。

 こんがりと焼きあがった燻製ベーコンに齧りついていたシャルは「うめえ」を連呼しながらも早々に平らげてゆき、仕舞いにはアステルのパンを横取りする始末。

 そんな彼女をセラとシスティが窘めつつ、彼の隣に座っていたルミアがアステルへ自分のパンをそっと半分に分けお礼を言うという和気藹々とした空間が広がりつつも、思い出したようにアステルが口を開いた。

 

「そうだ。僕今日は少し帰りが遅くなるから……」

「ほっほーう? なんだ、恋人でもできたか?」

「ッ」

 

 何の気無しに頭を突っ込んだシャルの言葉に、ぽてっと珍しくルミアが皿にパンを落としてしまった。

 アステルは「違うよ」と苦笑い交じりにシャルの言葉を否定し、ルミアはほうっと息を吐きながらもふっとパンをちぎらずそのまま口にする。

 

「実はハーレイ先生と約束があって。放課後残って実験する予定なんだ」

「チッ、つまらねぇなぁ~。――にしてもあのハーレイかよ。お前もよくあんなヤツとつるめるよな」

「先生相手にそういう言い方はないんじゃない、シャル?」

「でもよぉ……。あの傲岸不遜な態度からしてあたしらの事、ぜってぇ見下してんぜ?」

 

 システィがシャルにけしかけるが、彼女は席の背もたれに片腕を乗せながら前足を浮かせた。

 そんなシャルの言葉にシスティも何も言えなくなってしまい、アステルへとヘルプアイを送る。

 

「先生、口調は厳しいけれどちゃんと生徒を見てくれているよ。だから僕みたいなぽっと出の平民でも相手にしてくれるし、助手にだってしてくれたんだから」

「テメェは素直すぎなんだっつの。もうちっと相手を疑う心を持てよ。いいように使われてるだけじゃねーだろうな?」

「そんなことはないと思うけど……」

 

 実際、彼はハーレイの研究を手伝っている先輩達の指示を受けながら雑用ばかりしているが、時折ハーレイに目を掛けられては研究の進捗などを見せてくれることもあった。

 アステル自身、ハーレイはツンデレであるということも理解しているうえ、彼の右前に座るシスティも同類なので接し方は慣れたものである。

 そして時折自分の意見も聞いてくれるので、お互いに良い面で刺激し合う関係となっており、そんな彼らの間柄から、手伝いを始めて一年後。晴れて助手という立場に昇格され、少なからず生活の足しにできるほどの謝礼を受けることができたのだ。

 閑話休題。アステルは片頬を掻きながら苦笑を零すと、シャルは額に手を当てて深いため息を吐く。

 

「心配してくれてありがとう、シャル。でも僕は大丈夫だから、気持ちだけもらっておくよ」

「チッ……おう」

 

 舌打ちした彼女は顔をそっぽに向けると、その耳は徐々に赤くなってゆき、彼の隣に座るルミアがくすりとほほ笑んだ。

 

「相変わらず、シャルはアステルに優しいね」

「なッ―ーンなワケあるか! 誰がこいつなんか!!」

 

 バンッとテーブルに手を叩きつけたシャルはルミアへ抗議の声を上げるが、唐突にブハッ! という水が噴き出した音が聞こえ、その場の若人全員が音の元を見ると、なんと先ほどから静かに食事をとっていたセラが口元を抑え、流れ出る血を抑えていた。

 彼女の両隣に居たシスティとルミアはは一斉に立ち上がり、ルミアは治癒魔法でセラを回復させ、システィがセラの肩をゆすりながら彼女の意識へ問いかける。

 

「ちょッ、セラさん!? 大丈夫ですか!?」

「尊い……もう、この光景だけで一週間はご飯食べずにいける……」

「一週間も!? そんなにいけるの!?」

 

 私なんて三日、なんて呟きかけたシスティは首筋まで赤らめながらアステルへと「ふぎゃぁぁ~~~っ!!」と威嚇ついでに叫んだ。要は見るな、ということである。

 アステルは苦笑いを浮かべつつ正面を見れば未だに耳を赤くしていたシャルに睨まれ、挙句セラ達から背を向けてちぎったパンを口に運ぶ。

 

「なんでさ……」

 

 とほほ……と呟く彼の目尻には少しだけ涙の粒が浮かんでいた。

 

 

       ◇

 

 

 夕刻。いつも通りの講義を受けたアステルは台車を転がしながらあるものを運んでいた。

 彼の身なりは誰もが一目見れば一瞬で理解する。なぜなら普通の男子の制服ではないのだから。

 規定のシャツにベストまではいいものの、その上には真っ白な白衣が着こまれているのだ。それが彼の特別さを物語っている。

 アステルは鼻歌を小さく歌いながら廊下を歩いてゆき、やがて目的の屋上へと出た。

 するとそこには腕を組みながら夕陽を眺め黄昏ている教師、ハーレイ=アストレイが居る。

 彼はアステルの気配に気づいたのか顔だけを振り向くと、フッと笑いながら体の向きを変え歩み寄った。

 が、突如としてハーレイの動きが止まる。

 みるみるうちに不機嫌な表情となり、アステルの後ろに付いてきていた金髪の美少女、ルミア=ティンジェルの姿を見て大きなため息を吐く。

 

「……アステル。彼女は一体」

「あ、あはは……すみませんハーレイ先生。朝食の場で少しだけ言ったら……」

「こんにちは、ハーレイ先生。アステルの考案したものに興味があって……」

「フン……ルミア=ティンジェル。アステルが発明したこの《魔導噴流推進器(マギジェットスラスタ)》の意味が分かるか?」

 

 興奮気味に語ったハーレイの言葉の裏には“帰れ、貴様に見せて良い代物ではない!!”とこの場に来たことを激しく非難する意味が含まれていたが、ルミアはその言葉さえ受け止め、胸に手を当てながら語る。

 

「蒸気機関の運用が始まった昨今、彼の発明は“革命”の一品となることに間違いありません。彼の親友として、旧友として……この歴史的瞬間を見る事がどれだけ傲慢な願いであるかも理解しています。ですがどうか、彼の成功する瞬間を私にも見せていただけないでしょうか……? お願いします!」

「僕からも、お願いします!」

 

 己の助手と、その親友である彼女が頭をさげている。ハーレイはアステルとルミアの二人を見ると、やがて根負けしたのか再び大きなため息をついた。

 

「………いいだろう。アステル、魔導噴流推進器(コレ)について説明してやれ」

「はい。えっと、まずは――」

「うん。……うん……う、ぇ?」

 

 アステルが簡単にわかるよう噛み砕きながら説明するが、最初はこくこくと彼の説明を飲み込んで吸収していくルミアの表情が少しずつ苦笑いになってゆき、挙句――

 

「――つまりっ! 将来的には僕たち人間が乗り込む船を空に浮かせることだって可能になるんだよっ!!」

「「な、なんだってー!?」」

 

 目の前で力強く拳を握りしめたアステルの力説に、まさかの教授であるハーレイですら驚きの声を上げてしまった。

 その瞳があまりにもキラキラと輝いており、夢とロマン溢れる彼の思想を崩してはいけないと思ったハーレイとルミアは視線でコミュニケーションをとり、一つの結論にたどり着いた。

 ――『駄目だこの開発バカ、早くなんとかしないと』と。

 魔術では飛行系のものもあるが、それは結局、魔術師にしか行使することができない。

 彼の場合、三節詠唱と呼ばれる魔術の基本的な詠唱を行っても魔術が発動せず霧散してしまう。そのため、魔術師以外の『一般人でも使える魔道具』を求めて奔走しているのだ。

 

「ですが、これだけじゃあ推進力はあっても上昇力はありません。ということは上昇機関も考案しなければならないということですか……。ああっ、それに上空には気圧も存在しましたね……空気抵抗を抑え安定性を高める船体の研究、気圧による負担を軽減する魔術式の開発に……っふふ、ふふふ……あーっはっはっはっはっ! なんて楽しいんでしょうね、ハーレイ先生! この先“空飛ぶ船”はあのメルガリウスの天空城でさえ上を行くのではないでしょうか!? さらに海でもなければ陸でもない、新たな世界である“空”!! 行ってみたくはないですか!? そしてそして、あの城を解き明かすのは僕と同じ志を持つ親友、システィーナ=フィーベル! たとえ遺跡研究の能力や知識はなくとも、必ずしも道標は僕が立てて見せますよォ!!」

「あ、ああ……そうだな」

「アステル……研究になると性格変わるね……」

「……言ってやるな、ルミア=ティンジェル。彼の場合日常の疑問は全てストレス。それによってフラストレーションを溜め込んでいるのだ……。時折、こういった予想外の発明さえしてのける彼の頭はまさに異次元としか言い様がない」

 

 ハーレイは歪んだ眉間を揉み解しながらため息交じりにルミアへと伝えると、彼女が浮かべている苦笑の層がさらに深くなった。

 事実、彼は給料の殆どを研究費用についやしているが、こうして彼の突拍子もない発明に驚かされ、研究者としての性か、哀しいことにそちらへお金を回してしまうことが多い。

 それだけ彼を溺愛しているのだが、果たしてこれが正解かどうかは不明である。

 

「す、ストレスの捌け口が研究……ですか……」

「その通りだ。こうして発散させてやらねば私にとばっちりが来る……」

(せ、先生の身に一体何があったんだろう……)

「――ハーレイ先生っ! 人は《魔導噴流推進器》によってまず、魔術に頼らずこの重力という概念が存在する世界の中で始めて中空で前へと進む力を手に入れました! 次は上昇機関……そうですね、《魔導浮揚器(マギウスレビテータ)》と名付けましょうか。これについては《魔導噴流推進器》の技術の他に心臓部が必要になりそうですね……っと、そうでした。早速試運転と行きましょう!」

「あ、ああ。始めてくれ、アステル」

 

 たった今出来上がった作品のさらに次もあるのか……とハーレイは内心で彼の頭はどうなっているのかと舌を巻いていると、実験開始の合図を出した。

 アステルはこくっと頷くとレポート用紙を懐から取り出し、ハーレイは即座に台車へ乗っていた中型の魔道具を、どこにでも売っていそうな箒の周りに魔術式を刻印し、硬度や耐久性を高め、その上手元にはつまみの様なレバーが設えられたそれに接続してゆく。

 ボルトと呼ばれる回転式のネジを締めて、持ち上げた際の重量感や暴発などの危険性はないかなど細部に渡りハーレイから聞き出しレポートを取っていく。

 

「本体接続時に違和感や音もなし、ですか。……よかった。この間なんてそこでスイッチ入ったらいきなり爆発しましたもんね!」

「あ、あれはお前のせいだろう……。心臓部の《魔導式原動器(マギウスエンジン)》に損傷はなかったが、内部機構の部品にヒビが入っていたぞ……。私の眼鏡は大破したが」

「あはは……スミマセン」

(ほ、本当に大丈夫かなぁ……)

 

 後ろ頭を掻きながら苦笑交じりにぺこりと頭を下げるアステルを見つめていたルミアは少し緊張した面持ちで彼らの作業を見守っていたが、アステルが何か思いついたようにルミアの傍に寄った。

 それはどうやら説明のようで、アステルが各部位の説明をルミアへと事細やかに行ったが、専門用語が多すぎて彼女ではあまり理解ができなかった。もちろん彼女の頭が悪いということは一切なかったが、彼の中独自の言語で表現されているためにハーレイでさえこの奇怪な魔道具は理解できないのである。

 誰もが言えるのは、「とにかく凄いものができた」ということだけ。あのハーレイでさえこの《魔導噴流推進器》の完成された姿を見るのは初めてであり、結果がどうなるのかすら分からない。

 

「最終的にはハーレイ先生の背中にある非常脱出装置(パラシュート)が命綱になると思います。まずは徐々に速度を上げてもらって、危険だと思ったらすぐに下げて高度を徐々に下げて行ってください。直滑降になると《魔導噴流推進器》の排気機構に引っかかって先生の緊急脱出装置も意味がなくなります」

「分かった」

「では、よろしくお願いします!」

「任せておけ。――行ってくる」

 

 ハーレイは緊張した面持ちで、アステル、そしてルミアが見守る中、徐々に《魔導噴流推進器》の出力を高めてゆく。

 キュィィイイ――という彼らにとっては聞いたこともない機械音が周囲に響き渡り、ふわっと疑似的な風が舞う。

 その絶妙のタイミングで、アステルが「飛んで!」と叫んだ。

 瞬間、ハーレイがその場でジャンプをする要領で飛び上がると――ふわりと空へ舞い上がった。

 

「――よしっ!!」

「おぉおおお―――っ!! よくやった!! 流石は私の助手だ―――!!」

「やったね! アステルっ!!」

「うん……っ!」

 

 成功した喜びにアステルは飛び上がるくらいにガッツポーズをすると、ルミアは彼へと抱き着き、ハーレイは右腕を伸ばしてアステル達へ親指を立てると、出力を『中』にした状態でアステル達の周りを箒の角度を調整しながら旋回し続け、竜巻の様に上空へと上がってゆく。

 その行動に二人は声を上げて喜び、上空でハーレイが『校庭側へ飛び、速度確認をした後、着陸』というサインを行い、アステル達は走り出すような勢いで行内の階段を駆け下りるのだった。

 

 

       ◇Side システィーナ◇

 

 

「っかーっ!! 飛んでる! 飛んでやがるぜあのクソ先公!!」

「やったわね、アステル――!!」

 

 シャーリィ=メドラウトと共に教室の窓から顔を乗り出して見上げれば、ハーレイ=アストレイが箒に奇天烈な魔道具を付けて跨っている。

 傍から見れば珍妙な光景だが、少年少女は彼のいる場所が陸ではなく“空”であることに目を輝かせていた。

 誰もが窓を開き、その空の光景を見つめたくなるほどの興奮が、そこにある。

 システィーナ=フィーベルはそれを開発したであろう――いや。紛うことなくその魔道具の設計者、アステル=ガラードの名前を叫んでいた。

 そして同時に、彼女は彼が以前放った言葉を思い出す。

 

『――システィーナ。僕はいつか必ず、絶対に君をあの天空城へ送り届けてみせる――!!』

 

 あの時の彼の決意と約束を、その強い瞳を忘れない。今も彼女自身の瞼の裏に焼き付き、それでいてこの胸を高鳴らせるその言葉を。

 数年前、彼らが我が家にやってきたその日から、彼女の夢は始まった――。

 祖父の研究を継ぐことに間違いはないが、それをしっかりと受け継ぎ、己の夢として掲げることが出来たのは彼の御蔭なのだ。

 ――これは、お互いの夢の第一歩。

 

(――私も、負けていられないわ……!)

「お、おいお嬢!?」

 

 きゅっと胸の前で拳を握りしめたシスティは、でもっ! と大きく呟いて踵を返し教室から駆け出してゆく。

 その背中を追うようにシャルも追いつき、並走して校庭へと飛び出した。

 ――今はまず、彼の成功を祝いたい――。

 息を切らせながらその場で立ち止まると、ルミアを連れていたアステルはシスティと、彼女を追い越したシャルへと大きく腕を振り、システィは最後の力を振り絞って彼へと全力疾走する。

 

「アステル―――!!」

「システィ―――っ! やったよ―――っ!!」

「や―――りやがったなコンにゃろ~~っ!!」

「っはははっ! シャル、苦しい、苦しいよっ!」

 

 アステル達へ追いついたシャルは彼の肩に手を回し、アステルの髪をぐしゃぐしゃと撫でまわす。隣で見守るルミアも興奮しているのか、頬が赤く上気している。

 そしてようやくシスティが合流。彼女はアステルへと飛び掛かるようにして胸に抱き着き、くるくるとアステルと共に軽いダンスを繰り広げた。

 

「こンのっ――エンターテイナーッ!! なんてもの開発してるのよっ! そういう事なら私にも相談しなさいよ~っ!!」

「相談したらサプライズにならないでしょ? 君の驚く顔が見たかったんだっ!」

 

 とんっとシスティは優しく地に着けたアステルに再び抱き着くと、ルミアは「はわわ……っ」と声をあげながら更に顔を赤らめる。

 するとかなり高度を落としてきたハーレイが「今日は私の奢りだ―――!!」と叫びながら着地さえ難無く完了させ、アステルと固い握手を交わすのだった。

 

 

       ◇Side ???◇

 

 

「空飛ぶ魔術講師、か……」

 

 ふふっと小さく笑った年若い美女は、窓辺の壁に寄りかかりながら空を見上げていた。

 そしてその下には、銀色の髪をした少女と抱き合う真っ白な髪を伸ばし、襟足で三つ編みに結った少年がいた。

 

「ん、アステル……? ああ、うん」

 

 その二人を見た彼女はさらに口角を持ち上げる。

 

「そうか、決めたんだな。アステル、おかえ……」

 

 彼の名前を再び呟き、出掛けた言葉を噤む。そして彼女は目を伏せた。

 

「……いや、まだ言うべきじゃないか。これからもっと楽しくなって、然るべき時が来たら、言うことにするよ。――なあ、そうだろう……?」

 

 その瞳は、彼の真っ直ぐな瞳を見つめ優し気に揺れるのだった……。

 




 ここまでお読みいただき、ありがとうございました! あとがきではアニメのようにキャラを入れ替えしながら開発したものや魔術の概要を説明していきたいと思います!
 あっ、ちなみに第二話も上げますがそれ以降は未だ執筆中です、もうしばらくお待ちを!

~あとがき・開発魔術説明コーナー~

アステル:皆さん初めまして、アルザーノ帝国魔術学院、二年次生二組所属、アステル=ガラードです

シャル:おーっす。同じく、シャーリィ=メドラウトだ。よろしくな!

アステル:さて、始まりましたロク……アカじゃないよねこれ。発明家? だからロクハツ?

シャル:キン●ダムハーツじゃねぇんだからもっとフランクに行こうぜ。まんまロクアカの虹小説だどうのこうの言っておけばいいんじゃね?

アステル:うわぁい適当~。とまあこんな投げやりなシャルは置いといて。今回僕が発明しました《魔導噴流推進器》について少しだけ、触れたいと思います!


・《魔導噴流推進器》・・・マギジェットスラスタ
 魔力を溜め込む特殊な金属を加工して器内に填め込むことで、その魔力を使い空気を取り込む風の魔術と取り込んだ空気を熱し膨張させる炎熱系の黒魔を連続して発動させて推進力を生む魔道具。


シャル:……うむ、よくわからん!

アステル:く、詳しくはナイツ&マジックの原作をご参照ください……。つまり、エンジンむき出しの状態でバイクのマフラーを付けたもの、って表現すればいいのかな?

シャル:ンなもん排気とかがすっげー事になるんじゃねーか? つか、この機械の中で魔術が発動し続けてる、ってことだろ? 大丈夫なのかよ?

アステル:うん。それについては作成段階で一度爆発させたことあるから知ってる。中には特殊な結晶を組み込んでいて、そこに僕が作った魔術式を焼き付け、魔力を電動させる金属を特殊な金属と伝導させることで永続的に発動し続ける仕組みになっているんだ。いきなりガス欠とかはしないけれど、金属内の魔力が無くなりだしたら徐々に出力が減ってしまうので、いきなり落ちてしまいかねないんだ

シャル:長ぇよっ! もっと短く!!

アステル:え、えっととりあえず色々な工程吹っ飛ばして描いたからみんなよく理解できてないと思うけど、ノリで補完してくださいお願いします!!

シャル:よォし今回はこれまで! それじゃあお前ら、数十分後にまた会おう!!



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