ただ一人、君の為なら。   作:ぶんぶく茶の間

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 おはようございます! ぶんぶく茶の間です!

 謎の通行人B様、イシュリー様、ミラオルグ様、お気に入りのご登録とご評価、ありがとうございます!
 まさかの9点……! 感無量です!(号泣) これからもグレセラ推しで頑張ります!


第十三話 アステルの決意

 ……夢を、見る。

 それはフィーベル邸へやってきて、間もない頃の景色。

 今よりも視線が低く、勢い余って飛び出した外の世界の景色を、斜に見ていた頃の。

 ああ、またこの夢か……と、アステルは胡乱な意識の中で、気恥ずかし気にそう思う。

 当時の彼は、“白い物”が苦手だった。

 乳製品などの食べ物から家具、空に浮く雲。

 ――そして、自分の髪さえも。

 毎日ように鍛錬で土と泥をかぶり、そのままにしていると犬の様にシスティに頭を洗われる。

 風呂場の鏡で自分の真っ白な髪を見ただけで吐気を催すほどに、彼は“白”という色が苦手だった。

 なぜならそれは、大切な母親を穢した色だから。

 汚泥の様に溢れ出るそれを母は絶叫と共に浴び、受け止めていた光景を思い出してしまうから。

 ――『愛』という感情すら、その場を目の当たりにしてしまえば疑いたくなる。信じたくもなくなってしまう。

 作る気もない存在を作らせるという、ただ一時の快楽に身を任せ蹂躙する様は、果たして『愛』と呼べるものなのか。

 

「もう、いつも泥だらけになって……」

「……ごめん」

 

 濡れそぼったアステルの真っ白な髪をシスティは絞りながら溜息を吐くと、彼はうつむきながら表情を隠していた。

 いつもは笑顔を振りまいて、自分や我が儘だったルミア、それに自由奔放なシャルの相手をしている彼も、鏡で自分の顔と面を突き合わせる時間だけは暗い顔をする。

 汚れたままならそれでもいい。白は嫌だ。この髪も、食べ物も、雲も何もかも見たくない。白はすべてを侵す色。母親も、空や太陽、月さえ埋め尽くす。

 

「白は、見たくないんだ……」

「………」

 

 怯える様に半裸の少年は身を縮ませ、タオルの掛けられた膝を抱きながら震える。

 そんな彼の頭に、システィはそっと自分の手を乗せ、服が濡れることも厭わず抱き締め、そしてゆっくりと諭すように語りかけた。

 

「わたしは、綺麗な色だと思うけど?」

「……僕には、そうは思えない」

「どうして?」

「汚い色だから……。何かを塗り替える時も白だ。もともとあった色を全部元に戻して、なかった事にしてしまう。そんな色だから……僕は堪らなく嫌なんだ」

 

 震えた声で、自分の価値観を語ったアステルにシスティは「そう……」と呟く。

 

「でも、それは白も同じじゃない?」

「え……?」

「白で塗り尽くしたら、また新しい色が入れられる。赤とか、青とか……。白がなかったら、きっと混ざった色ばかりになると思わない? 混ぜすぎると黒になることはあるけれど、全部の色を組み合わせても、白になることはない。それって凄い事だと思うのよ」

「………」

「わたしは、白がなくなったら嫌かな。何も書けなくなっちゃうし、他の色ばかり見るのは飽きちゃいそう」

 

 彼女は苦笑を零しながら片頬を掻くと、アステルが不意に顔を上げる。

 ようやく視線が合ったことにシスティは喜びながら、「それに」と付け加え彼の伸び始めた襟足の髪に触れそっと持ち上げた。

 

「それにあなたの髪、わたしはとても好きよ? 真っ白で、色々な色を塗られても、洗えば元通り。それって凄い事じゃない?」

「でも……」

「髪の色は人それぞれ。それはきっと、“自分の色”なんじゃないかってわたし思うの。だから、白を……自分を嫌いにならないで?」

「……システィーナ………っ」

 

 今にも零れ落ちそうな大粒の涙を眦に溜めていたアステルは、涙声で彼女の名を呼ぶ。

 彼女は自分の色を好きだと言ってくれた。ただ、それだけの事。

 たったそれだけの事で、自分は救われたのだと、アステルは今でもそう思う。

 簡単な言葉が相手を変えることはよくある話だが、まさか自分がそうなるとは。

 

「いいわよ。……おいで?」

 

 優し気な声音と微笑みに、アステルはシスティをきつく抱き締める様にして――泣いた。

 理性的な彼の嗚咽は静かで押し殺したようなものだったが、不意に彼女の手によって頭を撫でられる。それがどこか亡き母と重なり、感情のコントロールが利かず……その後、盛大に泣きじゃくる姿は、年相応の少年の姿だった。

 

 

       ◇

 

 

「……また、見てしまった………」

 

 ぱちりと目を開けたアステルは、今見ていた夢の光景を思い出し、徐々に顔を赤らめてゆく。

 そしてその熱を吐き出すように「はぁぁあああ~~~っ」と盛大に悩ましい声を上げ、枕に顔を埋めながらばたばたと足をばたつかせれば、彼の枕元にあった本がばさばさと床へ落下してゆく。

 アステルは最後にはぁ~っと深い溜息を吐くと、ベッドから起き上がって身体の調子を確かめる。

 

「……うん。幾分か寝たから楽になったかも」

 

 昨晩の内に作っておいた薬品などのアイテム類も確認して、いつも持ち歩いているバッグへと詰め込んでいると。

 

『アステル、起きてる?』

「システィ? ちょ、ちょっと待ってね!」

『ええ』

 

 控え目なノックと共にシスティの声が聞こえ、彼は先ほど見た夢を頭の片隅に追いやり、跳ねた心音をなだめながら彼女を部屋へ迎え入れる。入って早々、彼の目に留まったのは、魔術師としての伝統的な決闘礼装に身を包んだシスティの姿だった。

 その細い腰に巻かれた革製の剣帯(けんたい)には、セラに師事する際彼女から譲り受けたという《精霊剣》と呼ばれるセルリアンブルー色の剣が煌めいている。

 

「おはよう、システィ。……はは、なんだか勇ましいね」

「あ、ありがとう。貴方も一応公式の場だし、外套を着て行ったら?」

「や、あれはその……。少々気恥ずかしいといいますか、なんといいますか」

 

 一方で、彼の誉め言葉にシスティは頬を軽く朱色に染め、意趣返しと言う様に悪戯気な笑みを浮かべながら彼の後方にあるクローゼットへ歩み寄り、そこから白と灰色の生地に紺色のラインとベルトがあしらわれた上質な外套(コート)と専用の制服を取り出す。

 その外套の肩口にはアルザーノ帝国魔術学院の校章が模られており、普段人の為に動き続けている彼に見合う一品であろう。

 これはアステルがハーレイの助手に任命された際、学院から贈られた代物であり、本来ならこの外套を着て通わなければならないところを、『研究などの作業で汚れがついては申し訳ない』という理由から一般の制服と白衣に妥協してもらっているのだ。

 

「いいじゃない、折角の晴れの場よ? 私もこんな格好をしているんだし、着て行けばいいじゃない」

「うう……」

「それにほら、今日は貴方が先陣を切らなきゃいけないんだから。示しも必要でしょう?」

「わ、分かったよ。………。……一応着ていくけれど、他言は無用だからね?」

「はいはい」

 

 アステルがシスティからその外套と制服を受け取ると、彼女は上機嫌に笑いつつ、勉強机に並んだアイテムの数々を眺めた。

 塗り薬やポーション、先日の絆創膏といった治療薬などにもバリエーションが豊富であり、それに分けられて詰められているアイテムは……戦闘用。

 毬栗が詰め込まれた『うに袋』、麻痺や毒といった効能を持った草花と毬栗を錬金して作り上げた『毒うに』、『痺れうに』など元々の素材であった物の派生品が置かれている。

 他にも小型の爆発物の『フラム』や、周囲一帯を凍らせる『レヘルン』といった割と凶悪なアイテムもぞろっと並べられており、外套を席に掛け、それらを詰めてゆくアステルにシスティは苦笑を浮かべていた。

 

「どうかした、システィ?」

「なんというか、物々しいわね。フラム……だっけ? 爆発物を持ち歩くなんて」

「まぁ、用心に越したことはないからね。システィだってその剣、もしもの時に必要だから、でしょう?」

「……分かる?」

「うん」

 

 気まずそうにアステルを見るシスティに、彼は微笑み交じりに頷く。

 本来であればフィーベル家が保有している細剣(レイピア)を佩剣するはずなのだが、今回は師から賜った剣を剣帯に通している。それは彼女なりの非常時に於ける備えである事を示しているのは、アステルでも理解できた。

 そして、昨夜ルミアから再び教えられた『味方』という言葉に、システィーナ=フィーベルという少女も加わっていることを再認識する。

 しかし、今回はテロ事件同様学内で行われる行事の為、盾という自分の本領を発揮できる代物を持ち歩くことが出来ない。

 それによって普段の立ち回りがほぼ不可能な領域となっており、彼なりに新たな動き方を研究しなければならなかった。

 アステルはおもむろに、自分の勉強机の下からやや小ぶりなトランクケースを取り出す。

 

「なに、それ?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべるシスティが、彼の隣に立ち、そのトランクケースをまじまじと見つめる。

 彼女も『味方』である以上、自分もこれ以上隠し事はできないと判断したが故に、アステルは口を開く。

 

「……うん。……実は――」

 

 ぽつり、ぽつりと語られてゆくアステル自身に置かれた現状。

 学院の依頼を受け持ちながら、先の講演会以降、国立魔術開発研究工房へ技術提供を行う傍ら、帝国政府の要請に応じ魔導兵装を開発している事を、彼女へ打ち明けた。

 彼女の瞳はみるみるうちに驚きに染まってゆき、アステルはその表情に罪悪感を抱き顔を顰めながらも、そのトランクを開く。

 そこにあったのは、紛れもない、人殺しの近代兵器――

 

「これが……人殺しをしない発明をすると決めた僕が最大限の妥協をした、魔導兵装」

 

 銃であった。

 打撃としても活用が出来る様、衝撃吸収機構を備えた銃身。回転式拳銃の機構を利用することで、様々な軍用魔術等を記憶させた弾丸――《魔術式記憶弾(マギメモリーバレット)》を装填することを可能にした二挺の拳銃……銘を《魔導式自動拳銃(マギウスオートマチックハンドガン)》。

 銀と黒といった色合いの二挺拳銃のグリップ部には見たことのない機構が備わっており、アステルはトランクから凡そ12セルチほどの長方形型の弾倉(マガジン)である《魔力貯蓄筒(マナ・カートリッジ)》を銀の拳銃へと装填する。

 カチンッという金属が接続された音が、アステルの自室へ静かに響き渡る。同時、自動拳銃のシリンダー部に淡い青色の光が灯った。

 

「発表はまだまだ先になるだろうけれど……。名前は《魔導式自動拳銃》。文字通り、自動的に魔術を発動させる拳銃。この長方形の筒は弾倉(マガジン)という部品で、本来なら弾丸が詰められている部分なんだ。僕はこれを実弾ではなく、魔力(マナ)を貯蓄する鉱石を内蔵するための部品にした」

「……つまり、その弾倉? の中に入っている限りの魔力でしか魔術が打てない。それも威力は分かり切っている、ってことよね?」

「……そういうこと」

 

 アステルは苦しそうに眉根を寄せながら、言い当てたシスティへと微笑む。

 要は致命傷を与える程の威力は出せない代物であり、発明品で人を殺させないという彼の信念の塊でもあった。

 しかし、技術提供面ではそれでは不十分。だからこそ彼は、この世界にはない自動式(オートマチック)拳銃の技術を新たに見出し、実弾で殺傷力を補える様工夫したのである。

 それでも、実弾に於いて肝心な発砲までの機構は巧い事はぐらかしている為、今後帝国政府の兵器開発者達は躍起になって自動式拳銃の機構構造に着手、改造を施してゆくことになるだろう。

 これによって、彼なりに折り合いを付けられたといってもよいのではなかろうか。

 人を殺さない発明をするべく、魔術においては完全。その他に於いては使い物にならないほどの不完全さという均衡を保ちながら兵器を開発してゆく。

 それがアステル=ガラードという魔術師、そして研究者としての矜持である。

 全てを理解したシスティは両肩を竦めてため息を吐き、彼を認め労いの言葉を伝えると同時、

 

「本当、できるなら貴方の頭の中身を見てみたいわ」

「なんでさ」

 

 そう、軽く皮肉るのであった。

 

 

       ◇

 

 

「あっ。二人ともおは――わあっ……うわぁ~~………っ!?」

 

 正装に着替えたアステルとシスティは二人でキッチンへと降りてゆくと、朝の挨拶を口にしかけたセラが二人の姿に思わず感嘆の声を上げ、二人へ小走りに駆け寄りながら両の手をぱちぱちと叩いた。

 

「はは……。おはようございます、セラさん」

「やっぱり、そういう反応になりますよね……」

 

 入室した二人は揃って苦笑を浮かべ、アステルは片頬を掻きながらセラと挨拶を交わす。

 そんな彼の姿に驚いたセラ同様、「その気持ちは分かる」と言う様に神妙に頷いていたシスティも、彼女から賜った《精霊剣》を佩剣していることを気付かれ、微笑み合う。

 アステルは例の外套を着込み、その内側には黒地に灰色と金色のラインとジッパーが入った襟付きのロングベストに黒のスラックス。ロングベストに近しいデザインのブーツを履いている。白い開襟シャツが着こまれており、腰回りには太目の赤いベルトが通され、背には二挺の拳銃が提げられていた。

 使い古しのバッグは背部のウエストバッグに切り替えられ、それと併用して《魔力貯蓄筒》の入ったレッグポーチを一つ採用。ベスト裏と右脚に通されたベルトでポーチを固定する事によって、より動き易さを重視した姿になっている。

 

「二人ともすっごく似合ってるよ!? 特にアステル君っ! とても大人っぽい!」

「あ、ありがとうございます……」

「ふふっ、良かったじゃない?」

「普段着てくれないから、新鮮さが割り増しで……ああっ、お姉さんこれでもう半年はいけるっ」

「半年は危険な気がするんですが……」

 

 悪い気はしないと思いながらも、軽く鼻血を噴き出したセラの身を案ずるアステル。

 システィはくすくすと笑いながら、ルミアを起こしてくると告げて再度キッチンを出て行った。

 アステルとセラは互いにほうっと息を吐き、彼はモーニングティーの準備を行い、セラが食器棚からティーセットを出してゆく。

 

「そういえば、セラさん今日は?」

「うんっ。もちろん応援に行くよ? 旦那様や奥様の分までしっかり応援するからねっ!」

「っはは、心強いです。(暴走しなきゃいいけど……)」

 

 ふんすっと意気込んだセラにアステルは乾いた笑いを浮かべた。

 すると起床してきたばかりのシャルが欠伸交じりにキッチンへ入ってくるなり、アステルが淹れた紅茶をぼさぼさになった髪を掻きながら一口飲む。

 ゆっくりと開かれてゆく瞼から、紅い瞳が覘いてゆく。アステルは視線を合わせると「おはよう」と笑いかけるが……

 

「ぶっっ!?」

「うわあっ!? ちょっ、大丈夫!?」

 

 シャルはあさっての方向へ紅茶を噴き出し、げほごほと咽てしまった。

 アステルは慌ててキッチンのシンク上にあった布巾で飛び散った紅茶の後始末をすると、シャルは彼を指差しながら

 

「なんっつーカッコしてんだお前! いつもの白衣はどうした!?」

「あ、ああ……。一応公式の場だし、久々に着て行こうかなと思って……」

 

 照れくさげに片頬を掻いたアステルに、ようやく呼吸を整えたシャルは「ほ、ほーん……」と言いながら再度紅茶を飲む。どうやら睡魔は一気に飛んで行ったらしい。

 

「馬子にも衣裳、ってか? まぁ、悪くないんじゃねーの」

「あのねえ」

「ふふっ、ルミアちゃんも起きてきたらきっとビックリするよ?」

「同感。今度の肉料理賭けてもいい」

「言っておくけれど、賭けないからね」

 

 二人の反応から鑑みるに九分九厘ルミアも驚くことは分かり切っていたアステルは、分の悪い賭けをしないようシャルへと釘を刺していく。

 ちぇっと舌打ちした彼女は紅茶を飲み干すとそそくさと自室へと戻ってゆく。恐らく身形を整えるのだろう。

 がりがりと伸びた金髪を掻き毟りながら出てゆく様は完全にオッサンのそれであり、セラは嘆息しつつ肩を竦めた。

 

「シャルちゃんはもう少し女の子っぽくして欲しいんだけどなぁ~」

「まぁ、育った環境が環境ですから……」

 

 むしろ、あのむさ苦しい男達の中でよく一人称を「オレ」から「あたし」に変えられたものだ、とアステルは苦笑と共に感心する。

 それもそうだね、と納得したセラは小さく笑うと、外套を脱ぎ席に掛けたアステルと共にそれぞれのエプロンを肩に掛け、朝食の準備を始めるのだった。

 

 

       ◇

 

 

 アステル達は早めに学院へ登校し、すでに集まりだしていたクラスメイト達と挨拶を交わしてゆく。

 時折アステルとシスティの装いに黄色い声が上がったり、男子にからかわれたりする中で、それぞれがついにこの時がやってきた、と言う事をひしひしと感じている雰囲気を彼らは感じ取っていた。

 クラスの士気は上々。この勢いであればきっと他クラスを上回る結果に結びつく事だろう。

 

「にしても、久々に見たよなぁ。アステルのその格好」

「白衣の方が校則違反ですものね。私としてはどちらも似合っていると思うのですが」

「まぁ、作業とかで服が汚れちゃうからね……。次からは買い直しになっちゃうから……」

「……万金が吹っ飛びそうだよな」

「正解。だからあまり着たくないんだ」

 

 どこか遠い目をしたアステルに、カッシュはその気持ちは分かる、と言う様に彼の肩に手を置きうんうんと頷いた。

 一方で庶民との金銭感覚がずれているウェンディは小首を傾げてそのやりとりを見守っており、彼女の隣ではリンが苦笑を浮かべている。

 

「それにほら、なんだかこれを着ていると自分の立場を誇示しているみたいで……気まずかったりもするから」

「いやあ、それは気にしすぎじゃね? だってお前いっつも働いてばっかじゃん」

「そうですわ。最近は特に学院の外でも依頼をこなしているのでしょう? トレードマーク、という意味合いでも必要なのでは?」

 

 カッシュとウェンディの言葉に同意しているのか、彼の隣に居るリンもコクコク頷いていた。

 そんな様子を見ていたアステルは苦笑いで返し、ふと考える素振りを見せる。

 

「はは……。でもどうだろう? 依頼については学院のいち生徒として受けさせてもらっているわけだから……」

「だーから、それが考えすぎなんだっての!」

「いでっ」

 

 ったく、とアステルの頭を軽く小突いたカッシュは苦笑交じりに呆れており、頭をさすったアステルは愛想笑いを浮かべた。

 そんな処にグレンが現れ、女王陛下を歓待するべく生徒は校門前に集合、とだけ言って去って……行かなかった。

 血相を変えた担任講師がアステルの元まで駆け寄り、大量の脂汗を流しながら彼の身なりを確認する。

 それはもう、出会った時以上に頬肉を抓みムニムニと弄り、髪の尻尾をふんっと引っ張ったり……。

 挙句コートの内側にあるポーチやホルスターも確認され、ボディチェックを受けているような気分になったアステルは困ったようにグレンへ笑いかけた。

 

「あの、先生? 僕の制服に何か問題でも……?」

 

 そう言って周囲が見守る中、いつも通りのホワイトシャツに黒のスラックスといった格好のグレンは不安げにアステルを見上げてゆく。

 彼の表情はすでに顔面蒼白になっており、今も尚頬には脂汗が伝っている。

 グレンはごくりと生唾を飲み込んだあと、彼へ尋ねた。

 

「ふ、普段のカッコじゃダメ?」

「えっと……大丈夫、なんじゃないかと。一応公式の場ですし、僕も去年の最後は白衣着てましたから……」

「アステル。こんな先生にフォローの必要はないわ」

「システィ?」

 

 つかつかと歩み寄ったシスティはアステルの左肩に右手を置き、そして冷え切った視線は瞼を伏せて切り、グレンへとこの上ないほど愉快な笑顔を浮かべてゆく。

 周囲の生徒達はグレンが今行った行為に対して「ないわー」という冷たい視線を送っていたり、システィの恐ろしく綺麗に作られた笑顔にドン引きしている者もいる。

 完全に針の筵となった彼は「ゲッ、白猫……!」と顔を引き攣らせながら後ずさった。

 

「あのですね……。今日はアルザーノ帝国魔術学院の伝統行事、魔術競技祭なんですよ? 講師である先生が正装をしていないだなんて言語道断です。……まったく、アステルといい先生といい、どうして男の人って……くどくどくどくど………」

「アッ、ハイ……スミマセン」

 

 唐突に巻き込まれたアステルはいつもの癖で思わずその場に膝をつきそうになったが、その仕草を察したリンとルミアが慌てて彼の腕を引きその場に留める。

 グレンはグレンで、(セラに似てきやがったな……)と内心で悪態を吐きながらそう思っていると、「ちょっと、聞いてるんですかグレン先生!?」とシスティの一喝が飛び、グレンは慌てて背筋をピーンと伸ばした。

 

「つまり、この場で俺が正装になればいいってことだな? 外套を持ってくれば、それでいいんだろ?」

「ええ、可能ならどうぞ?」

 

 えらく挑戦的でありながら、正面に立ちその表情を見ることでゴリゴリと精神を削れそうな恐ろしい笑みを浮かべたシスティは、ぺったんこな(少しはある)胸の前で腕を組む。

 一方でグレンはシスティの避難を意に介さず、フフンと得意げに笑った後――

 ぐるぐるぐるっ――びた――――んっ!!

 その場で宙に浮き身体を丸め三回転。それもただの回転ではない。反回転なのだ。そして激しく顔を床に叩きつけたグレンに、クラス中が慄いた。

 ――この先生、生徒にまで土下座しやがった。

 しかも只の土下座ではない。彼のとっておきである【ムーンサルトジャンピング土下座】である。

 しん、と静まった空気の中で、グレンはばっと顔を上げると、満を持してアステルへと衝撃の言葉を放つ。

 

「よしアステル! 俺の服と交換してくれ!!」

「え゙っ!?」

「頼むアステル! 俺とお前の仲じゃないか! 世の中情けと助け合い! あの夜に誓い合った言葉は嘘だったのか!? 幸いワイシャツ程度ならお前も困らないだろっ? なっ?」

「え、えぇぇ……そこで引き合いに出されると何も言えないんですけど……」

「いっ、いきなり何言ってるのよ!? 《この・お馬鹿》―――っ!!」

「ふおっぉぶゎああああ――ゴフッ!?」

 

 立ち上がりアステルの両肩に手を置いて揺するグレン。そして彼から出されたあの誓いの言葉。それは彼の聖なる探索に付き合う事でもあった。

 確かにアステル自身も興味を示し、その手を取ったがまさかここで持って来られるとは思いもよらなかったのである。

 しかし傍から見れば「そういう関係」とも取れるような言い回しであり、誤解したシスティは威力を最小限にとどめた黒魔【ゲイル・ブロウ】を発動。グレンの尻を風でひっぱたく様に吹っ飛ばし、びたーんっ! と彼の身体が黒板に衝突することで再び生々しい音が教室に響く。

 そのままずるずると黒板から身を剥がし、どてんっと彼がその場に落ちると起き上がった彼は「やれやれ」と言ったように肩を竦めた。尚、顔は衝撃の所為で真っ赤に腫れあがっている。

 そんな彼の暢気な反応にシスティは更に逆上し、顔を真っ赤にしながらゆらゆらと自身の銀髪を揺らめかせ、彼へ抗議の声を上げた。

 

「貴方にはっ! 倫理観とかそういうものがないんですか!?」

「い、いやぁ男同士だし別に良いかなと――」

「《尚悪いです》!!」

「ぴぎゃああああああ――――っ!?」

 

 追撃の【ショック・ボルト】が放たれる。そしてグレンは見事、姫殿下歓待時にはボロボロになったホワイトシャツでの参列と相成る事になったのは、言うまでもないだろう。

 

 

       ◇

 

 

「よっ、元気かー少年?」

「……レクターさん」

 

 いよいよ女王陛下を歓待する為、校門前に出てきた二年次生二組の前に現れたのは、帝国軍情報局特務大尉兼二等書記官、レクター=アランドールだった。

 五十音順で列をなしていた二組の生徒達。その戦闘に立っていたアステルは、グレンの横で声を掛けられる。

 

「お前のアニキか?」

「違いますよ。一緒にしないでください」

「おお……」

「わーお。見事に嫌われてるなァ。まっ、俺もそういう仕事しか振ってねぇから当たり前なんだけどな☆」

 

 グレンのジョークさえ付き合わず、辛辣な言葉と冷たい視線を送ったアステルに流石の二人も苦笑いを浮かべ、軽くウィンクしながら☆を飛ばすとあさっての方角へ吹き飛ばされてゆく。

 レクターはひとつ溜息を吐いたあと、グレンへ向き直り胸に手を当て自己紹介を行った。

 

「――帝国軍情報局所属、レクター=アランドール特務大尉であります。アステル=ガラード殿には以前の魔術講演会より協力関係にありまして。偶然お見かけしたのでお声掛けしました」

「こりゃどうもご丁寧に。アステルの担任講師、グレン=レーダスです。……歳も近そうなんで、敬語は無しで行けませんかね?」

「そいつは助かるな。いやー、なかなか良い先生じゃないか少年?」

「……本日はよろしくお願いします。後が詰まっていますので、お先に失礼を」

「あ、おい……?」

 

 アステルはレクターへ一礼したあと、生徒達を引き連れて正規の配置場所へと向かう。

 いつもの彼からは予想だに出来ないドライな対応を見たグレンは少々驚きつつ彼を引き留めようとしたが、レクターが手を制し顔を横に振ったことで遮られ、二人は肩を竦める。

 

「(アステル……)」

 

 そんな様子を最後尾に近い場所に居たルミアはひょこっと顔を出しながら、先頭を歩くアステルの背中を心配げに見つめていた。

 そして同じように顔を出したシスティは後方に居るルミアと視線を合わせると、目を伏せてゆっくりと頷いてゆく。

 

(……そっか。システィは信じてるんだね、アステルのこと)

 

 親友が自分にとって大切な人を信じている。例え彼が危うい立場に居ようとも、それを理解し、信じている。

 ルミアにとってもアステルは大切な人物であり、掛け替えのない存在。ならば彼女よりも彼の過去を知っている自分が信じずになんとする。

 

(分かった。信じるよ。あなたのこと)

 

 きゅっと胸元のロケットを握りしめたルミアは、先を歩いていくクラスメイト達の後を追う。

 他の生徒同様、擦れ違ったレクターに視線を合わせ、軽く会釈をしながらルミアは真剣な面持ちで整列してゆく。

 彼女達を見送ったグレンとレクターの二人は、壁に上体を預ける。

 

「いいのか? ルミアにもなーんも声かけずに見送っちまって」

「今日は“祭り”だしなァ。それに、今のお前さん(・・・・・・)にも会えてよかったぜ」

「……どういうことだ?」

「そのまんまの意味さ。あそこ(・・・)を抜けた後どうしているのかと思えば、まさか学院(ココ)で講師をしてるとはなァ。流石に予想できなかったわ」

 

 レクターはふうっとため息交じりに肩を竦めると、グレンは(特務分室絡みか)と察しを付ける。

 

「まっ、元《女帝》の姉さんとよろしくやってくれや。一応彼女の情報はこっちで伏せさせて貰ってるんでね」

「お前――セラの事をどこまで知っている」

「さーてな? 役職上要らん情報まで入ってくるもんだから、対処も簡単じゃないんだよなァこれが」

 

 朱色の髪を揺らして小首を傾げたレクターは苦笑を浮かべており、真剣な表情を浮かべていたグレンの威圧さえ容易にかわしてゆく。

 

「とにかく今回ばかりは協力体制を敷いてるわけだ。お前さんもこんな処でドンパチするわけにはいかないだろう? それに敵対する気もない。何度も言うが、こっちは少年に世話になってるんでね」

「……そうかよ」

「ああ、あと下世話な話だがな? 俺は“黒スト派”だ。ハイソの旬はとっくに過ぎてる」

「――なに?」

「そんじゃ、俺は失礼するぜぇ」

 

 きょとんとしたグレンはレクターへ振り返ると、彼はすでに踵を返し背を向けながら手を振っており、捉えどころのない奴、とグレンは呟いてアステル達の後を追ってゆくのだった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
昼間に更新すると言ったな……あれは嘘だ(すみません寝落ちしました……笑)
序盤ドンと重くしちゃったけど、なんとか白銀カプで濁せてればいいなぁ……。

~補足のコーナー~

・アステルの新衣装(次回登場は未定)
 服装についてのイメージは閃の軌跡Ⅲ、リィンの教官服です。後ろの三つ編みは前に卸してます。
 なぜこの色合いを選択したのかと言うと、グレン達講師勢は黒だった為。そしてあっちは金色を使われていたので、白色のイメージであるアステル同様生地を白でいいコートないかなーと思ったら奇跡的に見つかったので採用。(当初はアンデルセン神父みたいになる予定だったり……笑)<ぶるぁあああ

 設定としては通常の制服よりも良い素材を使用、通常の制服にもある【エア・コンディショニング】など他にも綻びを防止する魔術が永続付呪されており、この制服を着られるのは各学年の成績優秀者など色々な条件が上がります。簡単に言うなら遊戯王GXのデュエルコートみたいなものです!(メタい)

・錬金アイテム
 殆どアトリエシリーズから取っています。学院がテーマなので原則的にアトリエオンラインのアイテムのグラで使用していきたいと考えてました。(プロット作成時はソフィーのアトリエを参考)

 →うに袋・・・投げると中の『うに(毬栗)』が弾け飛んだり、顔に当たれば中に剣山を仕込んだ枕に顔を埋めるようなもの。子供や味方には絶対に使っちゃいけないアイテム。
 →毒うに・・・一過性の植物毒をうにの棘に浸透させたもの。発熱、動悸など効果は様々。
 →痺れうに・・・神経性の植物毒を(以下略)。撤退時に使うことが多い。
 →フラム・・・誰もがご存知ダイナマイトモドキ。今回は約5センチほどの手榴弾サイズだが効果は絶大。霧払いや探索などにも使われる。
 →レヘルン・・・フラムの氷結版。攻撃の他痺れうにの様に敵の足を止めるにも最適。


 そしてそして! 今回ようやく登場しましたアステル君の新武器のご紹介です!(まぁ二番煎じですが)

・魔術式自動拳銃・・・マギウスオートマチックハンドガン
 イメージでは閃Ⅲの《蒼のジークフリード》さんの二挺拳銃。色合いは一般的な拳銃の色合いで使用される白と黒(深い意味合いはないです)。
 装弾数は各6発。一つ一つに《魔導式記憶弾》(※後述)を装填し、アステル独自の魔術式(スクリプト)を刻印形式で転写することで発動可能。
 原理としては撃鉄を引いた時点で、内部機構(回転式拳銃で言うハンマー部)が作動し、《魔力貯蓄筒》(※後述)から魔力が伝わって、装填されていた魔術弾通りに発射する、というもの。連続作動も可能であり、その場合はハンマー部に搭載しているダイヤルを回転させることで装填している弾丸の種類を交換可能。シリンダーについてはホールドオープンが可能。

・《魔導式記憶弾》・・・マギウスメモリーバレット
 アステルが独自で使用している魔術式を刻印することで各種の魔術を発動可能。内部は火薬等ではなく、以前彼が開発した手袋の《銀線繊維》で使用した塊と《魔導浮揚器》に使用した使用者の身体に合わせて威力を制限するという内部機構(条件起動式)を転写した特殊な結晶が詰められている。炸裂はせず消耗品ではない。

・魔力貯蓄筒・・・マナ・カートリッジ
 《魔導浮揚器》内部の《魔力供給器》をダウングレードしたもの。《魔力供給器》内部には凝縮された魔晶石が収められている為、弾倉では弾丸を収納する内部に特殊な魔晶石を採用。外装に鉄を使用しているのでなかなか重い。
 消費される魔力量は一定であり、一本の魔力貯蓄筒での魔術使用量は以下。

【ショック・ボルト】・・・25発
【ゲイル・ブロウ】・・・18発
【ライトニング・ピアス】・・・8発
【ブレイズ・バースト】・・・5発
 etc...

 初級魔術は基本二桁、軍用魔術は1桁単位(限りなく5に近い数字)で使用できます。
 術式改変が出来ないというデメリットはありますが、それを補える分の魔力容量にしてみました。
 これが軍事化されれば、平気で軍用魔術(ブレイズ・バーストとかライトニング・ピアスとか色々)が乱発できそうですが……(苦笑)。まあ、アステルだから大丈夫でしょう!!

 遅ればせながらレクターさん(軌跡シリーズの中で一番好きなキャラ)登場です。
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 正直彼の開発が世界覧に合っているのかどうかと考えれば考える程「なくね!?」と思うところはありますが、ご意見・ご要望他、ご感想お待ちしております!

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