ただ一人、君の為なら。   作:ぶんぶく茶の間

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 大変ご無沙汰してます……! 後半にてご報告有!
 今回はアステル×ウェンディ、アスルミ、グレセラ回です! 次回はグレン先生の聖なる探索(笑)から始めたいと思います……!


第十五話 君を想う心

 セシルが手にする銃の模型から放たれた雷線は、彼があえて狭めた視界の中に入った円盤を悉く打ち抜いていた。

 乾いた唇は舌を滑らせる事で湿らせ、彼が浅く呼吸を吐き大きく吸い込む際にはその口と鼻腔からお気に入りの紅茶の香りが身体へ入り込み、安心感と活力を与え、緊張をやわらげてくれる。

 ――必ず中てる。彼の勇気と強い意思が籠られた濃緑色の瞳は競技を開始して三分という集中力が切れかける時間になっても尚衰えることはない。

 なぜなら、彼も背負っているからだ。二組全員の『勝ちたい』という気持ちを。

 

『え――……アステルが、学院を……?』

『あぁ。クソッ! 思い出すだけで腹が立ってくるぜ!! クライスの野郎……!!』

 

 悔し気に、そして痛々しいほどにきつく拳を握りしめたカッシュから、アステルが落第に瀕している事を知らされた時、セシルの内心は気が気ではなかった。

 自分のクラスメイトが、友達が、この学院から消えてしまうかもしれない。

 そして、彼をこの魔術学院に繋ぎとめる無数の紐のうち一本を、自分が握りしめている。

 それが重圧となり、本格的な練習が始まった初日。その恐怖から身を竦ませたセシルを奮い立たせたのもまた、アステルだった。

 

『信じて』

 

 たったそれだけの言葉が、どれだけその時自分を救ってくれたか。

 アステルは誰かの、とは言わなかった。それはきっと、たくさんの意味が込められた言葉だとセシルも感じたから。

 自分を、アステルを、カッシュ、ウェンディ、システィ、リン、ルミア……。この魔術競技祭に参加するクラスメイト全員の事であると彼が思えたのは、自分と同じように競技に対して真剣に取り組んでいる仲間達が傍にいてくれたからこそだった。

 ――そして今。一人一人が背負っている重圧(プレッシャー)と、自分がやらなければという責任(プライド)。そして他でもない、この「魔術狙撃」という精確さが必要とされる重要な競技を任せてくれた指令塔(セコンド)、アステルの信頼を無碍にすることは、決してできない。

 けれどそれは自分自身だけで抱え込むものではなく、同じ彼からの期待と信頼を得た仲間達と共有するもの。

 きっと、だからこそ、自分達はここまでやれる。――戦える。

 最後の円盤が放たれる。距離は凡そ――六百メトラ。

 

「(《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ(一人は、皆の、為に)》――ッ!!)」

 

 何の変哲もない木の先から一際強い雷が迸る。セシルの茶髪が揺れ、彼三節詠唱で発動した黒魔、【ショック・ボルト】はその勢いを衰えさせる事なくグングンと距離が延びてゆき………そして、

 ――パキャァンッ!!

 激しい破砕音が響き渡り、会場が一瞬の静寂に包まれる。

 セシルはゆっくりと木の銃を下ろし、トリガー部に括りつけられたキーホルダーを外してその香りを鼻先にあてて目一杯吸い込んだ。

 次瞬、会場全体に拍手喝采が巻き起こる。首筋にまで汗を伝わせた彼は、銃身を握りストックを地面に着き、空を見上げながら吸い込んだ息を大きく吐き出して、満面の笑を浮かべながらガッツポーズ。

 

「……よしっ!!」

『あ、中てた―――ッッ!!? 二組選手セシル君、六百メトラ先の空飛ぶ円盤を見事、【ショック・ボルト】の呪文で撃ち抜いた――ッ!? 「魔術狙撃」のセシル君、一組の四百メトラという最長記録を大幅に塗り替え、堂々の一位だァ――ッ!! またまた盛大な番狂わせが巻き起こるゥ!? 今年の二組は一味違うッ! どこまで我々の常識を覆してくれるのか――ッ!?』

 

 それに遅れて、数秒放心していたであろう実況のアースが寄生を発しながら解説してゆく。

 クラス用の観客席ではアステルの隣でぴょんぴょんと嬉しさの余り飛び跳ねるルミアの姿があり、グレンは半ば茫然としながらも、会場の大型パネルに堂々と表示された一位という数字が残された結果を見つめていた。

 

「凄いですよ先生っ! セシル君、一位ですよ!? しかも六百メトラなんて距離尋常じゃありませんっ!!」

「うそーん……。……なぁアステル、お前これすら見越してたってのか……?」

「いや、五分五分といった処でした。彼の感情次第でしたけど……。お守りが役立ってくれたみたいで何よりです」

「お守り?」

 

 アステルは頬を掻きながら解説すると、ルミアが可愛らしく小首を傾げてアステルへ尋ねる。彼は懐からセシルに渡したものと全く同じお守りを取り出した。

 

「うん。ジャン達が作ってくれたお守りなんだ。ルミアにもあげるね」

「わあっ、いいの!?」

「もちろん。袋にはルミアの好きな紅茶の茶葉が入ってるよ」

「そうなのっ? ……あっほんとだ……!」

 

 ルミアは嬉しそうに香りを楽しんだあと、そのお守りを胸元できゅっと抱えて満面の笑みを浮かべる。

 

「えへへ……ありがとうっ、アステル!」

「競技祭が終わったら、ジャン達にお礼を言いに行かなきゃね」

「うんっ」

「でもよぉ、お守りなんかがあんな成績に関係すんのか?」

「セシルは好きなものが傍にあると物凄い集中力を発揮するんですよ。気付いたのは今年に入ってからでしたけど。昇級試験の勉強会を喫茶店でやった時、紅茶を出す前と出された後とで集中の度合いが格段に違ってたので」

「……なるほどな。だからお守り、ってわけか」

「はい。そういうことです」

 

 簡単な種明かしをしたアステルに納得したグレンは肩を竦めながら内心では舌を巻いていた。それは生徒達の単純な日常動作でさえ攻略の糸口に使ってしまうアステルに対して、である。

 ただ単にグレンと昼食を共にしているだけでも、彼にとっては今後の窮地に対する光明を見出すものになっているのでは、とさえ考えてしまうほどに。

 自分の力量を認識しても尚、それでも真っ直ぐに。直向きに魔術師の卵である者達を理解するため接し、活躍できる指針を示してゆく。

 恐らくその指針はこの先の未来、自分達の選択肢として必ず浮かんでゆくことになるだろう。

 セシルにとってはあれだけ精確な狙撃が出来るのであれば軍に入るのも良し、狩りのインストラクターになるのもいいかもしれない、など捉え方や考え方、使い方は様々。

 しかしそれを間違った方向に使う事だけは阻止しなければならない。……それはきっと、俺の役目だろうとグレンは思う。

 そして、そんな先見の明があるアステル=ガラードという少年に、自分(グレン)はどのような方向性を示せるのだろうかとも、彼は考えていた。

 その直向きに物事を知る姿勢から、研究や開発職の適正もあり、それでいて――

 

「――生、グレン先生?」

「ん、あぁどうした?」

「どうしたはこっちの台詞ですよ。見てください、ウェンディの出番ですよ!」

 

 ほほう、と唸ったグレンの隣で嬉々として彼女の奮闘ぶりを見つめるアステルとルミア、二人の横顔を見るグレンは、ふっと笑う。

 

(まっ、こいつらもこんな個性的な奴らの中で揉まれてりゃ、いつか自分の求めた夢を追いかけられる日がきっと来るか)

 

 そして出題された問いを一つ一つ、確実に正解へと導いてゆくウェンディ。幾度となく押し寄せる難問の数々でさえあっさりと乗り越えてゆく彼女の姿に、いつしかアステルの手伝いで、出店エリアの見回りや親への挨拶次いでに会場の見回りから戻ってきた二組の生徒達がわらわらと前方に押し寄せ、歓声と応援の声を上げている。

 そんな生徒達の後ろ姿を、グレンは数歩離れたところで優しげな瞳を浮かべながら見守っていた。

 

 ――きっと……こんな気持ちになれたのも、セラ(アイツ)が居て、それを繋ぎとめてくれたアステル達(コイツら)がいるからなんだろうな。

 

『――先生っ!』

『――そろそろ終盤ですよ!』

『――早く早く!』

 

 システィ、ルミア、アステルの言葉に再び意識が呼び戻されたグレンは、前方で自分を待っている生徒達へと視線を向ける。

 時折、グレンにとってアステルという存在が大きく見えてきてしまう。

 それほど彼は自分の担当するクラスを知っており、自分から前へ出ることなくグレンを立てる為裏方に徹していた。

 どこかセラと似たような立ち回りに、一層彼女との今の関係がもどかしくなる。

 出来る事なら彼女の傍に居たい。しかしそんな思いを生徒に吐露してしまえばアステルという少年は全力で自分と彼女をくっつけにかかるだろう。

 それがクラスぐるみとなればもう、手の付けようがなくなってしまう。それだけはなんとかして避けたかった。

 

「(はぁ~……。厄介なもんだぜ。先生ってのは、さ)」

 

 せめて歳の離れた友人として接することが出来たならどんなに楽だったことか。

 今はそれが悔やまれるばかりである。

 

「へいへい、今行くよ――」

 

 グレンは面倒くさげに後ろ頭を掻きながら、彼らと肩を並べ、フィールド上で一人奮闘する教え子の姿を眺めてゆく。

 

 

       ◇

 

 

『――単刀直入に聞くぞ。お前、アステルの事好きだろ?』

『ひぇっ?! とっ、突然何を言い出しますの!?』

『いや~だってお前さぁー。「暗号早解き」の相談とか確実にアステルの負担になるジャーン? そんで真っ先に俺へ相談しに来るってのは、やっぱ……愛だろ?』

『ちっ、ちちちちっ違いますわっ!? (わたくし)はただ単にアステルの負担を(おもんばか)っただけですのよッ!?』

『それが愛ってやつだろ~? な~に安心しろ、俺、実は結構口が堅い方だからサ』

『嘘ですわ絶対嘘ですわっ!? どこからどう見ても、お金を出されたらあっさり口を割るタイプにしかみえませんわ!?』

『ありゃ、バレたか♪ まぁもう男子からは色々と金積まれてるんだけどな?』

『いつにも増してゲスいですわこの先生、ほんとゲスいですわ……ッ』

 

(――あぁもうっ! 【リード・ランゲージ】を使う度に思い出してしまいますわね……っ!!)

 

 ウェンディ=ナ―ブレスは顔を真っ赤にしながら高速で出題を解読してゆく。

 しかしそんな赤裸々な自身の恋愛事情を他所に、彼女を冷静にさせてくれる記憶がある。

 

『それでも僕は魔術を扱えている。自分なりの使い方で人の役に立てる事の何が悪い? 魔術とは、人の心を突き詰める存在(もの)なんだよ。それを人に伝えればどれだけの力になるのか、君は知らないだろう。なら、今は慢心して僕らを侮っていればいいさ。君達二年次生一組は僕だけではなく、二年次生二組(ぼくたち)が下す――。

 もしもそれで君達が勝ったというのなら、潔く僕はこの学院を去ろう。けれど、僕らが勝った時には――今の、僕の大事なクラスメイト達を貶した言葉だけは、絶対に取り消してもらう』

 

 ……嬉しかった。固有名詞は着いていなかったけれど、自分を含めたこの二組を大切に思ってくれているアステルが放ってくれた言葉が。

 その時の自分は暴力沙汰になることを恐れ、彼の後ろでただ敵を見る様にクライスを睨み付けることしかできなかったのだから。

 彼がそう言ってくれた時のクライスの反応を見て、気が晴れた気分だった。

 令嬢としてとても口にはできなかったが、それでも留飲を下げてくれたアステルに感謝している。

 

(思えば……一年次の頃から、彼には助けられてばかりでしたものね)

 

 問題が出題される僅かな合間でも、ウェンディはアステルとの過去を思い出す。

 入学当初、彼女は自身の御嬢様然とした態度が原因でクラスから浮いていた。

 システィは貴族の令嬢としての所作はあったものの、それでも接しにくいというわけでもなく、変に気取ったことも無かった為に交友関係の構築は割と余裕だったのである。

 しかしウェンディはその真逆というにはあまりに極端だと思うが、他者を寄せ付けない雰囲気を漂わせていたからだ。

 隣席であったテレサともコミュニケーションがうまく取れず、どこか他人事の様に接していた。

 けれど、そんなウェンディへ歩み寄ったのはアステルだった。

 きっかけは先の選考時の通り。法陣構築の授業で上手く行かず混乱していた時、彼が笑いかけながらフォローしてくれたことから始まる。

 

『ナ―ブレスさんも苦手なことあるんだね』

 

 今となっては決して貶したわけでもない事が判る彼のその言葉にカチンときたウェンディは「なんですのこの失礼な方はっ!!」と最悪なファーストコンタクトだったものの、徐々に彼と実習と学院生活を共にしてゆく中でそれが誤解であると理解していった。

 頑張り屋で、人一倍魔術に対して本気に向き合っている彼の姿は今でも変わらない。それでも実技に於いては最低な成績を日々更新しているアステル。それでもめげずに毎日授業が終わった途端に担当講師であったヒューイへ駆け寄って質問している彼の姿が、当時のウェンディには眩しく見えたのだ。

 それが結果に見合わないものだったとしても、である。ウェンディにはそれが疑問の渦となって押し寄せ、ついに我慢が出来ず、実習の休憩時間にアステルへと尋ねてみた。

 

『どうしてあなたは、そんなにも頑張れるんですの?』

『――頑張ることを諦めるな』

『……は?』

『昔、剣の先生から言われた言葉でね。憧れていた人に頭を撫でられながらそんなことを言われちゃったら、やらないわけにはいかないでしょう?』

『―――……』

 

 それで……たったそれだけの言葉で、彼女は理解した。

 たとえ魔術が扱えずとも、知識として自分の中に在るだけで、人に伝えることは出来る。力が無くとも、剣術を習うだけで相手の太刀筋を読んで避ける事ができるのと同じ様に。

 事実、実習の際ウェンディはアステルのフォローがなければ法陣を結びつける事ができなかったのだから。

 彼の根源は自分の信頼する人から、憧れた人から言われた簡単な言葉だった。それが彼を突き動かす原動力なのだと、単純明快かつあっさりとした理由を知ったウェンディは、思わずくすりと笑ってしまった。

 

『――やっと笑ってくれた』

 

 恐らく今後、この二人が歳をとって昔話をする際、笑い話として語り合えるであろう思い出。しかしその時、まるで花の様に笑ってくれた彼の笑顔は――今。彼女の原動力になっている。

『頑張ることを諦めるな』。友人の受け売りであっても、この言葉がウェンディの他人に対する態度を改めるには充分すぎる程の言葉(もの)だったのだ。

 その時からだろう。ウェンディ=ナーブレスという少女は、殻に閉じこもった自分を、殻をこじ開けるわけでもなく、開きかけた殻の外から語りかけて外へ出る勇気を与えてくれたアステル=ガラードに恋をしたのは。

 けれど今となっては彼に物申してやりたい。同じ言葉を原動力にする者として、『頑張る事』と『無理をする事』は違うのだということを。

 正直今朝の出来事によってアステルが自分の考えを根本的に見直したとは思っていない。何が何でも一人でこなしてしまう彼の事。

 

 絶対に分かっていない。

 

 ある種の確信めいた乙女の第六感が告げている。『あの朴念仁、全っ然分かっていませんわ』と。

 

(でしたら、今度は私の番というものっ!!)

 

 ウェンディは彼への想いを胸に頬を赤らめながら目を開くと、実況のアースが叫ぶ。

 

『さぁ、最後の問題が魔術によって空に光の文字で投射されていく――これは……ちょっと、おいおい、まさかこれは――な、なんとぉ!? 竜言語だぁあああ――ッ!? 竜言語が来ましたぁあああ――ッ!? これはえげつないッ! さっきの第二神性言語や前期古代語も大概だったが、これはそれ以上ッ!? 出題者、解答者達に正解させる気がまったくないぞぉ!? さぁ、各クラス代表選手、【リード・ランゲージ】の呪文を唱えて解読にかかるが、ちょっと流石にこれは無理――』

 

「――わかりましたわッ!」

 

『おおっと!? 最初に解答のベルを鳴らしたのは二組のウェンディ選手! 先程から絶好調でしたが、いくのかッ!? まさか、これすら解いてしまうのか――ッ!?』

 

 満を持して解答を導いたウェンディは立ち上がり、左腕を上げ胸を張って答える。

 その表情に不安など一切なく、彼女がこの学院で培ってきた知識と技術、その片鱗を見せてゆく。

 

「『騎士は勇気を宗とし、真実のみを語る』ですわ! メイロスの誌の一節ですわね!」

 

 途端に会場の音楽隊からファンファーレが鳴り響き、同時にウェンディは片目を伏せながら実況席で待っているであろうアステルへと視線を向けると、彼は目を輝かせながら口を開き大きく万歳しながらテンション高めにグレンと喜びを分かち合っていた。

 

『いった――ッ!? 正解のファンファーレが盛大に咲いたぁ――ッ!? ウェンディ選手、「暗号解読」圧勝――ッ!! 文句なしの一位だぁあああ―――ッ!!』

 

「ふふん、アステルに任せられた以上、この分野で負けるわけにはいきませんわっ! とはいえ……もし、神話級の言語が出たら、いきなり共通語に翻訳するのではなく、いったん新古代語あたりに読み替えろっていう先生のアドバイスには感謝しないといけませんわね……」

 

 アステルばかりに頼るのではなく、かつての彼がそうしていたように、講師(グレン)に相談する。

 彼女も彼女で成長しているのだ。今は未だ、アステルの後を追うだけに過ぎないものの、互いに共通するものがある以上、肩を並べ歩んでいく日も近いはず。

 

「やりましたわよ、アステル―――っ!!」

 

 それでも今は、この一週間の頑張りを彼に認めてもらいたい。その一心でウェンディは彼の名前を叫びながら大手を振るのだった。

 

 

       ◇

 

 

「ねぇ、先生……」

 

 午前の部、最後の競技を目前に控えたところで、システィは不安げにグレンへと語りかける。

 隣に居たシャルは視線だけを彼女へ向け、彼女を挟んだ向こう側でだらしなく椅子へ腰かけているグレンは気だるげに顔を上げた。

 

「どした、白猫」

「その……今からでも、ルミアを他の子に変えない?」

「はぁ……?」

 

 いかにもお前なに言ってんの? みたいな怪訝な表情を浮かべるグレン。

 

「だって、あの競技は……」

 

 システィは中央のフィールドへ目を向ける。そこには次の競技に参加する生徒達の姿があり、十名の出場者の殆どは男子生徒。その中で紅一点として輝いているのがルミアだ。

 確かに次の競技、『精神防御』は最終的に正常な精神状態を保ち残った者が勝者となる敗者脱落方式の耐久競技でもある。

 そんな危険な競技に、何故アステルとグレンの二人はルミアを出場させたのか、システィは分からないでいた。

 彼女の右隣りにはアステルの親友であるジャイルの姿があり、他にも屈強そうな男達が彼女の左右に並んでいるのだから、彼女の気持ちも分からないでもない。

 

「アステルも何考えてるのよ……ッ! こんな過酷な競技、あの子には無理……っ!?」

「そこまでだぜ、お嬢」

 

 ヒステリックに叫びかけたシスティの唇に人差し指を添え言葉を遮ったのはシャルだった。唐突な出来事にシスティは目を白黒させてしまう。

 するとグレンは深い溜息を吐き、後ろ頭を掻きながら答えた。

 

「ダチを心配する気持ちは分かる。けどな、この競技の選考は俺とアイツも満場一致だった」

「どういう……ことですか?」

「そんだけアステルは姫さんを信用してるっつーことだろ? 先公」

「ああ。ルミアは白魔の扱いに長けてる。下手に攻性呪文をぶっ放す競技よりも、ああいった自己強化呪文を活かす競技に当てた方がいい」

「まっ。あたしらは姫さんを信じるっきゃねえ、そういうこった」

 

 シャルは腕を頭の後ろに組みながら寛ぎだし、システィは眉間に皺を寄せながら「いやに冷静じゃない、シャル……」と恨み言の様に言う。

 そんな彼女の言葉を鼻で笑い飛ばしたシャルは、この言葉で黙らせた。

 

「お嬢が信じた姫さんを、見ててやんな」

「―――……」

 

 システィはその言葉を聞いたあと、肩を下げるほど深い溜息をしてから腕を組んで静かに席に座る。

 

 

       ◇

 

 

(ああ、なんだか緊張してきたなぁ……)

 

 競技開始までの僅かな間。ルミアは周囲を見渡しながら時間をつぶしていた。

 選手の入場口には白い外套を着込んだアステルが壁に手をかけ静かに佇んでおり、それを見つけたルミアは安心して軽く手を振る。

 

(アステルが見てくれてるんだもの。大丈夫……)

 

 午前最後の競技というのもあるのだろう。アステルは次の競技に備えるでもなく、ただルミアの健闘の行く末を見守っていた。

 ルミアはほうっと胸に両手を当てて深呼吸する。組まれた両手にはまだ、アステルの手の温もりが残っている。

 入場口まで付き添ってくれたアステルは、最後のエールにと彼女の両手を自身の両手で包み込み、祈る様に送り出したのだ。

 彼にしてみればかなり大胆な行動であり、いきなり手を握られ何か念じられる方としては、それだけ心配されていると、大切にされているというのが痛いほどに分かる。

 

「……おい、そこの女」

 

 隣から噛みつく様な野太い声が浴びせられ、見上げてみればジャイルがルミアを見下ろす様に仁王立ちしていた。

 

「悪い事は言わねえよ。今からでも棄権しな」 

「ふふっ。心配してくれてるの? アステルに聞いてた通り、優しいんだ」

「……あぁ? アステルだと……?」

 

 頬に脂汗を流したジャイルは不意に選手入場口に居たアステルを一瞥すると、遠目ながらでも分かった。まるで白い大型犬が尻尾を振る様に手を振っている。

 ルミアはそんな彼の姿にくすっと微笑みながらジャイルへ視線を戻せば、「何やってんだあの馬鹿野郎は……」と額に手を当てて空を見上げる彼の姿があった。

 

「大丈夫だよ、私。みんな一生懸命頑張ってるんだもの。私だって頑張らなきゃ」

 

 この競技に自分を当てたことから、彼女はすでにアステルが言い出した事だと察しがついていた。故に、彼女は拒否するでもなく受け入れたのである。

 その根底に『心配』はあるものの、何か踏み出さなければならないと感じていた彼女を『信じる』ところもあったのだと思う。

 今はそれだけでいい。彼に必要とされているだけで自分は頑張れる。

 

「……結局、二組の奮闘はアイツ絡みって事かよ」

「うん。……だって負けちゃったりしたら、いなくなっちゃうかもしれないから」

 

 ジャイルは腕を組んで複雑な表情を浮かべ、ルミアの言葉に目を見開く。

 

「あの噂はホラでもなかったのか?」

「冗談で流す人はいないんじゃないかな?」

 

 笑顔を絶やさずに言ってのけたルミア。ジャイルは彼女の言葉に若干の怒気を孕んでいる事に驚いた。

 あの《天使》とも呼ばれているルミア=ティンジェルが怒っている。それだけで事の重大さを感じ取り、背中に冷や汗が伝う。

 

「……始まる前からキレてっと、マナ・バイオリズムが乱れるぜ」

「うん、分かってるよ?」

 

 ジャイルは豪胆な性格だが、ようやく感じ取れた彼女の怒気に気圧されじりじりと悟られぬ様距離を離してゆく。

 感じ取ったのはジャイルだけではない。彼女の左隣に立っている男子も思わず距離を取り始めていた。

 

(アステルお前……なんて女連れてやがる……!?)

「?」

 

 状況が察せていない親友へと視線を送るジャイル。しかしアステルが小首を傾げていても救援を出すわけにはいかない。これは勝負を決する場なのだ。漢として背を向けるのは一生の恥となるだろう。

 精神汚染魔術よりも恐ろしいそれは最早白魔の領域であり、名付けるならば白魔改【乙女の怒り】だろうか。流石は白魔の扱いに長けたルミアである。

 そして今回の競技に“障害物”として舞台へ登壇するのは、精神汚染魔術に長けたツェスト男爵。

 しかし、彼も登壇した直後にその場の異様な雰囲気にシルクハットの奥に潜めた眉をピクリと動かした。

 

 ……何この、恐ろしい女生徒。

 

 対峙しているからこそ判るルミアの迫力に、学園に在籍する魔術講師でも上位に君臨しているツェストでさえ背中に冷たい汗を流す。

 視線が合えば天使のような笑みを浮かべてくれるものの、その背後にあるオーラだけは隠せない。

 

 ……早く終わらせよ。

 

 内心で縮こまったツェストと、現場の雰囲気を一切察知していないアースが声を張り、いよいよ競技開始と相成る。

 

 

       ◇Side ルミア◇

 

 

 ……わかってない。

 ほんのちょっぴり拗ねた気持ちで、それでも真剣に私達へ襲い掛かるツェスト男爵の精神作用系魔術を耐え忍んでいく。

 思えば、アステルがズレ始めたのはいつからだっただろう。

 学院でハーレイ先生の弟子になってから? それとも学院に入ってから? ……ううん、もっと前。

 きっとセラさんに魔術を教えて貰った時よりも以前から、彼はズレ始めていた。

 そう、それはたぶん……

 私が、王室から追放されたあの日から。

 

 

 あの時はひどい雨だった。

 こっそり城から抜け出して眺めていた街並みは酷く淀んでいて、前へ前へと、生まれ育った帝都から離れていく馬車の車輪の音、激しい雨が馬車の屋根を叩く音だけが私の耳に入っていて。

 止まることの無い雨の中で、唐突に馬車が停まって外を見てみれば、自分の背丈に合っていない、きっとお父さんの物であろうローブを着込んだアステルと、雨に打たれてびしょ濡れになったシャルが立っていた。

 今でも変わらずに、いつも快活だったアステルが、その時だけは顔を伏せていて、護衛をしていた騎士に連れられて私の馬車へと乗り込む。

 私もその時は自分の事で一杯一杯だったから、声を掛けられなかった。

 きっとアステル達は私に別れを告げに来てくれたんだと思ってた。

 でもそれは違っていて。

 彼も帝都には居られない事情があって。道中に私達を追ってきた《天の智慧研究会》と抗争になり、護衛という形で私と一緒にフェジテまで辿り着いた。

 ……この流れの真実を知ったのは、この前の事件後、帝都へやってきた日の夜。

 私とアステルはアルフォネア教授に連れられて工房見学に行っていた頃、システィはその真実を聞いていた。

 それを私に話してくれて、数年越しにあの日の事を理解することができたんだ……。

 

『なんと【マインド・ブレイク】すら耐えたぁあああ――ッ!? 凄い! この二人は本当にすごいぞぉおおお――ッ!?』

 

 いつの間にか私とジャイル君の一騎打ちになっていて、洪水のような歓声と風のような拍手が巻き起こる中、未だに選手入場口で私達の様子を見ていたアステルと視線が合う。……やっぱり、わかってない。

 私はきろっとアステルを睨めば、彼はえっと驚いた顔をして苦笑いを浮かべながら片頬を掻く。……いつもああやって誤魔化すんだから。これでも私、怒ってるんだからね?

 せめてもの意趣返しにと、アステルに向かって少しだけ瞼の下を引っ張って軽く舌を出していると、隣に居たジャイル君が「ふん」とひとつ鼻を鳴らした。

 

「お前……女のくせにやるじゃねえか。ここまで気合い入ってるやつは野郎でも、滅多にいやしねえ」

「そ、そうかな? じゃあ、アステルは?」

「……あいつは別格だ。あいつは……普段からいつだって死んじまえる様な覚悟を固めてやがる。お前もそうだろう?」

「……どうだろうね?」

「へっ。だが、そろそろきついんじゃねえか? 脂汗浮いてるぜ?」

「あ、あはは……わかる? うん、実は結構きついかも。……今も一瞬、くらっとしちゃったし……」

 

 実際はアステルの事ばかり考えていたから、白魔【マインド・アップ】の効力が弱まってしまったのかもしれない。

 今は競技に集中。ぱちっと両頬を軽く張って気合いを入れ直すと、ジャイルは目を伏せて再び鼻で笑った。

 

「棄権したらどうだ? 三日昏睡は嫌だろ?」

 

 む、そうするとアステルに三日三晩看て貰えるってことになるのかな?

 それはそれで……と一瞬考えたけれど、私は軽く頬を熱くさせながら顔を横に振る。

 

「心配してくれてありがとう、ジャイル君。でも……だめ。私だって負けるわけにはいかないんだ」

 

 ジャイル君がやれやれと肩を竦めて腕を組んだ。

 

「はっ……わからねえな。どいつもこいつもが自己顕示欲と名誉欲にまみれたこのクソくだらねえ競技祭ごときに。……一体、何がお前にそこまで――あぁいや、なんでもねえ」

 

 これ以上は野暮ってもんだ、と彼は頭を掻きながらツェスト男爵へ向き直った。

 ……顔が熱くなっていく感じがして、私はひとつ深呼吸をしながら彼に倣う。

 

「それにね、楽しいんだ。皆と一緒に、何か一つのことを目指すのって、すごく楽しいよ? ジャイル君。先生やアステルのおかげで私も初めて知ったんだ。だから、私も頑張らなきゃ」

「…………ふん、そうかい」

 

 それ以降、彼から話を振られることは何もなかった。堅い信念をもって立ち塞がる好敵手に語る言葉はない、ってやつなのかな?

 

『では次! 第二十八ラウンド――ッ!』

 

 ――彼はきっと、これからも“誰か”の為に歩き続けるんだと思う。今は自分の為だと勘違いしているけれど、それでも、その信念を曲げずに。

 誰よりも優しくて、勇敢なアステル。

 そして私達の中でも一番の、哀しい過去を背負っている彼を。

 私は一歩前に立って、手の握り引いてあげられるような存在になりたい……。

 その為にも、今は。

 

(強く、ならなきゃ――)

 

 ツェスト男爵から二度、三度と重ねられる呪文に私達も【マインド・アップ】を次々に唱えながら【マインド・ブレイク】に耐えていく。

 二十九、三十、三十一……!

 最初に比べてかなり威力があがった【マインド・ブレイク】が、私の【マインド・アップ】を突破した。

 喪心を引き起こす金属音。それが私の耳朶を叩き、頭の中が何かに引っ搔き回されたような感覚になる。

 

「……ッ!!」

 

 ぐらっと視界が揺らいで、バランスを崩しながら片膝を地面に付きながら俯く。

 

「大丈夫かね、ルミア君……ギブアップかね?」

「…………いえ」

 

 朦朧とする意識の中で、ツェスト男爵の声が歪みながら聞こえてくる。

 ここで立ち止まったら、彼の前なんて歩けるわけがない。夢のまた夢になってしまう。

 お願い、立って……! 立って、その先に――もっと……!!

 膝に手を置いて、頭を振りながらゆっくりと立ち上がる。

 

「……大丈夫です。まだ、行けます――!」

 

 力強く言い放つ。それが気合いになって、揺らいでいた視界が徐々に収まってきた。

 

『……では! 張り切って参りましょう! 可憐な少女が、屈強な男に勝るその光景を、我々は目にできるのか!? 第三十二ラウンド――開始ィッ!!』

 

 そして、さらに強くなった【マインド・ブレイク】が私達に襲い掛かる。

 

「……ッ!?」

 

 合わせて【マインド・アップ】を発動するけれど――あまりの威力に、魔術を維持する事すら困難になってしまう。

 

 ――もう、ダメ……これ以上は……!

 

 目を瞑り、またあの金属音に襲われることを危惧して身構えた。――そんな時だった。

 白い軌跡が舞い、私達の前で陽の光を浴びた銀色の刀身が煌めいて、【マインド・ブレイク】の金属音が風の様に取り払われてしまう。

 強い光に、私は顔を腕で覆うと、

 

『――棄権だ!」

 

 するりと私の脇に手が回されて、その手に携えられていた堅い感触が剣であることを理解する。

 今まで何度も言葉を交わしてきた、彼から発せられる優しい声音。でも今は見る影もなく、真剣の様に鋭い声音に感じられた。

 ああ、やっぱり私は……彼がいないと、前には進めないのかもしれない。

 目を閉じたまま、抱き寄せられた私は彼に身体を委ねる。

 

「アステル……?」

 

 不安になった私は、彼の“色”ともいえる白い外套を握りしめて、ゆっくりと目を開きながら彼の名前を尋ねる様にして呟いた。

 

「うん。僕だ。……よく頑張ってくれたね、ルミア。……ありがとう」

 

 優しく、ゆっくりと掛けられた、彼からの言葉。

 もう何度、彼と“ありがとう”という言葉をやり取りしたんだろう。

 でも、ここで私が頑張らなきゃ、彼が……。

 

「でも、優勝が……。ここで私が勝たないと、あなたが……」

「……確かに、この勝負は惜しかった。でも、流石にルミアを三日間も昏睡させるような真似は、僕にはできないよ」

 

 だめだ。彼の優しさが身に染みて、思わず涙が出てくる。

 

『え、えーとアステル? 今、なんて?』

 

 実況の男の子がアステルへと尋ねると、彼はその場で大きく頷いた。

 

「二組、ルミア=ティンジェルは、第三十一ラウンドクリアの時点を以て棄権します」

 

『な、なんと……二組ルミアちゃん、三十二ラウンド中に、棄権……。これはまた、呆気ない幕切れ……』

 

 実況がそう呟けば、辺りはしん、と静かになる。

 ……それもそうだと思う。飽くまでアステルは、発動中の精神作用系魔術の中へ飛び込んで、それを打ち消したのだから。ヒューイ先生が発動していた【サクリファイス】を破壊した様に。

 彼が剣を持っていたから、周りの人からは魔術を斬り捨てた様に見えたはず。

 それだけの実力者が『棄権だ』と言えば、反論もできないと思う。

 

「ジャイル君も粘るなぁ。流石は男子筆頭だね」

「………」

「……んっ?」

 

 アステルは苦笑しながらジャイル君へと顔を向けるけれど、彼は腕を組んだまま微動だにしていなかった。

 ツェスト男爵が悠々とした所作でジャイル君の元へと歩み寄ると、目元のモノクルの位置を直す。

 

『おや、どうしたんですか、男爵?』

「ジャ、ジャイル君は既に――」

『……すでに?』

 

 そこで、アステルが動いた。

 

「ひゃっ!?」

 

 私は脚に手を回されて抱き上げられ、落ちそうになった私は慌ててアステルの首元に腕を回す。

 こ、これは――!

 い、いわゆる……お姫様抱っこ、ってやつじゃ……!?

 慌てて彼の顔を見上げれば、アステルはなんだか嬉しそうに笑っていた。

 

「立ったまま気絶している――!!」

 

『な、なんだって――!?』

 

「……恐らく第三十一ラウンド時点で、勝負は決していたはず。我々はルミア君だけ(・・)を心配していたからね」

「だけを強調しないでください。」

「ア、アステル。とにかくおろして……。私歩けるからっ」

「嫌だ。とにかく戻るよ」

 

 それは嫉妬なの? 純粋にその、変わった嗜好を持っている人相手だからなの?

 

「と、とにかくジャイル君、第三十一ラウンドクリアならずと認定する……」

『なんというどんでん返し――!! この勝負を制したのは紅一点、二組のルミアちゃんだったぁ――ッ!? っというか、立ったまま気絶するとか関羽かッ!!』

 

 爆音の様な大歓声が渦巻いて、アステルは安心した様に口元を緩めて、私を抱き上げたままみんなの元へ歩いてゆく。

 

「まったく。君はいつも無茶をするんだから」

「それはこっちの台詞、だよ?」

「……はは、そうだったね」

 

 ちょんっと彼の鼻の頭を軽くつつくと、彼は苦笑いを浮かべながら小さく頷くのだった。

 

 

       ◇

 

 

「グレン君、あーん♪」

「………」

「あ~ん!」

「ちょ待てよ。一人で食えるっての」

 

 嬉々としてグレンの隣に座っていたセラがフォークに刺さったベーコンのアスパラ巻きをグレンの口元へ運んでいたが、その好意が気恥ずかしかったのか、グレンは目の前に広がるランチボックスに詰められた卵焼きを手掴みで口に頬張った。

 

「あ~っ! 今逃げたー!」

「うっせ! 昼飯ぐらい静かに食べさせろ!?」

「むぐぅ~……!」

 

 まるで餌を貰えなかった時の犬の様にセラがきゃんきゃんと吠えると、グレンは顔を赤らめながらセラが持っていたそれを自分で食べさせる。

 彼女は涙目でグレンを睨み見ており、アステルは全員分のコーヒーを配りつつも嬉しそうに微笑んでいた。

 

(相変わらず仲が良さそうでなによりですね、先生)

「ヘタレめ……」

 

 紙コップに淹れられたコーヒーを啜っていたシャルがアステルの隣で目を細めながらグレンを睨み見ている。その視線に気付いた彼はこちらをギロリとみるが、……僕は何も見てません、とばかりにアステルはそっぽを向いてルミアとシスティにコーヒーを回していく。

 競技祭は午前の部と午後の部に分かれており、現在はその間に設けられた昼休み。

 グレンのクラスの生徒達も一度解散し、昼食の為に各自分かれて移動を始めている。

 最も、殆どの親子連れの生徒達は学院校舎の出店を回っている。これはアステルの仕事量を少しでも軽減させるためのものだった。

 だからこそ、アステルはこうしていつもの面々と共に昼食を摂れているのである。

 真っ青な空の下でレジャーシートを広げ、和気藹々とした雰囲気の中で食べる昼食ほど心休まるひと時はない。

 ない、のだが……。

 

(この後はリゼ会長と合流して、お店を回りながらオーナーへの挨拶か。……午後からは――)

「アースーテールー?」

「――ぅひっ?!」

 

 いつもの癖で下顎を指でつついていた所を、右隣りに座っていたシスティが恐ろしいほどの笑顔を覗かせてきたからか、アステルは思わず変な声を上げた。

 

「まったく。食事の場でくらい仕事の事は考えないように!」

「は、はい……ごめんなさい」

 

 腕を組みながらぷんすこと頬を膨らませたシスティにアステルは頭を垂れていると、彼の前に置かれたランチバッグに収まっているサンドイッチがシャルに奪われる。

 

「シャルは人のご飯取らないの!」

「へへ、お前の飯はあたしの物、あたしの飯はあたしの物!」

「ジャイアニストめ……。もう、どうしてあなた達はルミアみたいに静かに食べられないのかしら……」

「まぁまぁ……」

 

 護衛役の二人揃って行儀の悪さをシスティに呆れられ、ルミアは彼女を宥めにかかった――その時。

 

「セラ。…………あーん」

「――えっ?」

 

 アステル達の目の前では、まさかのグレンが頬を赤くしながらも先ほどのセラと同様の行動を取っていた。

 

「ごふっ!? ごほっ、ごほっ!?」

 

 ……まさか、ここでデレるとは……!!

 啜っていたコーヒーが器官に入ったのか、アステルはそっぽを向いて激しく咽た。

 そして、当のカウンターを受けた本人はというと。

 

「~~っ!? ぶふぅ――っ……!?」

「ちょおい!? コイツ吐血したぞ!?」

 

 一瞬彼から差し出されたフォークを見つめた後、徐々に赤面し口から血を吐きながらこてんとその場に倒れこんだ。

 

「我が生涯に、一遍の悔いなし……がくっ」

「セラ!? おいセラしっかりしやがれ!? なんだってんだよ!?」

 

「わぁ~お……」

「……青いねぇ」

「……すっ、すごいもの見ちゃったかも……」

 

 女子三人組はそれぞれ顔を赤くしながら、グレンが慌ててセラを抱き上げ介抱を始める姿をまじまじと見守るのだった。

 

 

『あのリア充共ぶっ飛ばす……』

 

 周りにレジャーシートを広げていた学院の卒業生達の静かな憎悪の視線を受けているとも知らずに……。

 

 




 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
 本当に長かった……。どうして長かったのか、それは……。

 1.オンゲの方がもう、なんというかね、全盛期ばりにハマりこんでしまいました

 2.小説家になろう様でオリ小説(何気に処女作?)を投稿開始

 ……いやなんだろう、「ロクでなし魔術講師の禁忌教典」を書いているだけあって二次創作者もロクデナシになって……おっと誰か来たようだ(

 これから文字数がだんだんと少なくなってきてしまうかと思います(あと深夜に執筆しているので文章が今まで以上に拙くなってしまいそうな……苦笑)

 そして最新刊が出るごとに作者の設定とプロットが崩壊しておりますほんっとごめんなさい! できる限りロクアカの世界に合わせる形で頑張りますが、特に謎なタグについては変更のしようがないので、このまま突っ切ります。
 これからのお話の中で、原作との相違によって「あれ?」と混乱させてしまうことも多々あるとは思いますが、どうか今後もお付き合いいただければ幸いです。

 それでは、また次回でお会いしましょう!



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