ただ一人、君の為なら。   作:ぶんぶく茶の間

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第十七話 想い、交錯す

 ルミアの声にハッとして覚醒したアステルは、目の前の人物にぎょっとする。

 

「これはっ……じょ、女王陛下……っ!!」

 

 飛び上がる様にして驚いた彼はその場で片膝を突き、恭しく平伏する。

 

「大分お疲れの様ですね、アステル。顔の化粧も随分と厚いみたいですし……母親代わり、といっては酷だとは思いますが……少し心配になります」

「あ、いえ、その……。陛下こそ、日頃お疲れでしょう……。自分など……」

「そんな、御顔を上げてくださいな、アステル。今日の私は帝国女王アリシア七世ではありません。帝国の一市民、アリシアなんですから。さぁ、ほら、立って?」

「いえ、そう仰られましても……。その……し、失礼します……」

 

 アリシアに手を取られたアステルは、彼女に引き上げられ、恐る恐る立ち上がっても尚、目を合わすことができない。

 きつく目を瞑り、自分の後ろに居るルミアを想えばこそだろう。

 そんな彼の心情を察しているアリシアは、雰囲気を和ませようと微笑み掛けた。

 

「ふふっ……。三年ぶりですね、アステル。随分と大人びて……落ち着きもあって。選手宣誓の時は、とても驚きました」

「はは……恐縮です。陛下も、御変わりないようで安心しました」

「ええ。……貴方には、ずっと謝りたいと思っていました」

 

 ふと、アリシアは目を伏せ、ハッとして顔を上げたアステルは「あ、謝るだなんて、そんな――!」とそれを否定しようとするも、彼女は顔を横に振る。

 

「貴方は私の為に……家族の弔いを投げ出し、私のお願いを聞いてもらう形になってしまって……。本当に、我が身の不甲斐なさと申し訳なさには、言葉もありません……」

「いえっ、全然気にしていませんから……! 宮廷魔導士の方に、あんなに立派なお墓も立てて貰えて、父も母も喜んでいるはずです! それに――陛下のお願いを引き受けたのも、他でもない僕の意思です! 彼女を護れることは、僕にとって最大の栄誉でもあるんです。ですから、どうか……顔をお上げください……」

 

 アステルは声が震えても尚、彼女の謝罪を固辞する。過去を飲み込んでも、自分に近しい人物からその話題を持ち出されれば、その光景は今でもフラッシュバックする。

 あの凄惨な出来事を、これ以上自分の周りで起こさせるわけにはいかないと、改めて心に宣誓させられる。

 アリシアはその言葉を聞いて顔を上げると、その眦には大粒の涙が溜まっていた。アステルは懐からハンカチを取り出すと、彼女へと差し出した。

 差し出されたハンカチをきょとんと見つめたアリシアは、目を伏せて微笑みながらそれを受け取り、涙を拭ったあと……彼を抱き締める。

 

「へ、陛下……?」

「あんなにも小さかった男の子が……。今ではもう、立派な騎士様ですね。背もとっくに抜かされてしまって……本当に、大きくなりましたね。アステル……」

「……はは……。……はい。此処に住まい、日々研鑚を積むこと。同じ学び舎で切磋琢磨する事ができるこの街で過ごせること。総て貴女のお陰です。改めて感謝を。女王陛下」

 

 抱擁が解かれたアステルは再び平伏すると、アリシアは彼の肩に手を置いて頷き返した。

 

「それで、その……。陛下、本日はどのような御用向きで……? 僕の様子だけ(・・)を見に、という事でもないのでは」

「……ふふっ、そうですね。今日は――」

 

 アリシアは視線を横にずらし、その視線が捉えた先には、呆然と立ち尽くしているルミアがいた。

 

「……お久しぶりですね、エルミアナ」

 

 そんな彼女に、アリシアは真名と共に優しく語り掛ける。

 ルミアは無言でアリシアの首元に視線を彷徨わせるも、そこに翠緑の宝石が収まった金細工のネックレスが掛けられているのを確認すると、彼女は目を伏せった。

 

(ルミア……)

 

 アステルもアリシアと視線を合わせられずにいたのも、それが原因だったのだ。

 中身のない空のロケット。ルミアはそれを大切に身に着けている。

 それが、他でもない自分の母……アリシアとの唯一の繋がりだから。

 

 間近にいる娘に対して、優しく語り掛けるアリシア。その心の内側は、彼女を放逐して尚、今も変わらず母親として……娘の身を案じているかのように。優しく、温かく……。

 そしてそれがどれだけ、娘であるルミアの心を搔き乱しているか。

 痛ましい親子の会話。そんな姿を、アステルは眉に皺を寄せ、唇をきつく噛みしめながら――

 それでも尚、二人から視線を逸らさない。目に焼き付ける。過去も現在も、そして未来も……今以上に、彼女を護るという誓いを立てる為に。

 

「あぁ、夢みたい。またこうして貴女と言葉を交わすことができるだなんて……」

 

 そして、感極まったアリシアは、ルミアに触れようと手を伸ばす……。

 

「エルミアナ……」

 

 しかし……。

 

「っ……」

 

 アステルは息を呑む。

 なぜなら、ルミアはまるでアリシアの手から逃げる様に、片膝を突いて平伏したからだ。

 

「……お言葉ですが、陛下」

「っ!」

「陛下は……その、失礼ですが人違いをされておられます」

 

 ルミアがぽそりと呟いた言葉に、今まで心の底から嬉しそうだったアリシアが……凍り付いた。

 

「――私はルミア。ルミア=ティンジェルと申します。恐れ多くも、陛下は私を、三年前に御崩御なされたエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下と混同されておられます。日頃の政務でお疲れかと存じ上げます。どうか、ご自愛なされますよう……」

「……ぁ……」

 

 慇懃に紡がれたルミアの言葉に、アリシアも気まずそうに押し黙る。

 

「……そう、ですね。あの子は……エルミアナは三年前、流行り病にかかって亡くなったのでしたね……。あらあら、私ったらどうしてこんな勘違いをしてしまったのでしょう……? ふふ、歳は取りたくないものですね……」

 

 彼女は薄く微笑み、目を伏せながら……頷いた。

 せめて、その手を受け入れる事ができたなら……アリシアは、どんなに報われただろう。

 ルミアは……どれだけ救われただろう。

 

 きっと……間違いなく。アリシアは、放逐した娘と逢う為だけに、無茶を働いている。

 アステルにとっては、恐らくレクターがこの近辺一帯に人払いを敷き、セリカが裏で糸を引いて脱出の機を作り上げている事は容易に想像できたのだ。

 だというのに……この結果は、あまりにも……何一つ、救い様がない。

 

(何が政治だ……。何が《魔法》だ……ッ! ふざけるな……ふざけるなッッ!! 馬鹿野郎ッ!!!)

 

 指の合間から血が滲み、地面に滴るほどに強く拳を握りしめる。唇が切れ、血が口元を伝う。

 この時ばかりは、優しい彼も心を乱す。この世界に存在する《魔術》という存在を呪う。

 

(こんな……こんなにも、逢いたがっている二人すら引き裂いて……!!)

「……くっ……!」

 

 哀愁が漂うアリシアの背中。そして俯きながらもその場で平伏しているルミアの姿を見て、アステルはきつく目を閉じてその二人の姿を焼き付ける。

 そんな彼を置いて、ルミアは淡々と言葉を紡いだ。

 

「勘違いとはいえ……このような卑賤な赤い血の民草に過ぎぬ我が身に、ご気さくにお声を掛けて頂き、陛下の広く慈愛あふれる御心には、感謝の言葉もありません……」

「いえ……いいえ。こちらこそ。不愉快な思いをさせてしまって、申し訳ありません」

 

 暫くの間、重い沈黙が周囲を支配する。

 ルミアは何も言わない。アリシアは何かを言おうとして口を開きかけても……漏れるのは、彼女の吐息だけ。

 ……そして、諦めたかのように口を閉ざす。……その、繰り返しだった。

 ――無情にも、時間は有限だ。

 

「……そろそろ、時間ですね」

 

 未練を振り切る様に、アリシアはアステルへと振り返った。

 

「アステル=ガラード。エル――……ルミアを、よろしくお願いしますね?」

「……――はい、陛下。この身に代えてでも」

 

 アステルは何か物言いたげな表情で見送る中、アリシアは静かに去ってゆく。

 ……掛けられる言葉なんて、一つもない。この二人の問題は、二人でしか解決できないものなのだから。

 問題の奥底に眠るものが『感情』である以上、たとえ幼馴染であっても、友人で、親友であっても……。どんな正論も、慰めも。まったく役に立たない。

 

「…………――」

 

 その場に恭しく平伏したままのルミアは、終に一度も……去り行くその背中に目を向けることはなく……。

 

「……ねぇ、アステル……」

「……なんだい、ルミア?」

 

 消え入りそうな声で、その場に座り込んでしまったルミアはアステルへと語り掛ける。

 

「今だけは、甘えてもいい……?」

「……勿論。喜んで」

 

 アステルは手の平に滲んだ血を拭い、ルミアの前で膝を突くと、両腕を伸ばしてきた彼女を抱き締めた。

 

(……冷えてる……)

 

 コートの上からでも分かるほど、肩に手を回された彼女の手は冷たくなっていた。そして、首元に顎を乗せた彼女の嗚咽だけが聞こえてくる。

 ちら、とベンチの上を見れば……まるで彼女の心を体面しているかのように、コップに注がれた紅茶も冷え切っていた……。

 

 

       ◇

 

 

「私……怖いのかなぁ……」

 

 落ち着きを取り戻したルミアは、新しく注がれた紅茶のコップを手に持ちながら、空を見上げていた。

 あれから、少し時間が経ったものの、血を流していたアステルの処置をしつつ、二人はお互いが落ち着くまでその場に居座っている。

 クラスの競技についてはグレンやシスティが会場に居るので滞る事はない。アステルは自分の仕事よりも家族を取ったのだ。

 後になってしわ寄せは来るものの、今は「そんな事」と片付けられるくらいには冷静になれている。

 

「私を追放した前日まで……あの人はとても優しかった。――でも、私が追放されたあの日、あの人に呼び出されたら、国の偉い人達が険しい顔でたくさん集まってて……。あの人は、凄く冷たい目で私を見つめていて……。それがまるで、別人の様に……」

「……それは………」

「さっきのあの人はとても優しかったけれど……また、いつ私に対して、突然、あの冷たい目を向けてくるのかと思うと……怖くて。だから……私は、もう一度あの人に逢って確かめたい」

「うん。いいよ」

 

 意を決した様に、ルミアは隣に座るアステルを見つめると、彼は笑みを浮かべたまま、二つ返事でオーケーした。

 

「ほ、本当……?」

「一年生の時なんて、無断で教員室に忍び込んで鍵を取って来ちゃうくらいだし。それだけ行動力があるんだから、ルミアは」

「もうっ、時効になった話はやめてよ~」

 

 彼女もようやく笑みを浮かべ、穏やかで和やかな雰囲気が辺りを包み込む。

 ――が。

 

「……?」

 

 ふと、アステル達の前に奇妙な集団が現れる。

 その集団は全員、軽甲冑に身を包み、緋色に染め上げられた陣羽織を羽織った……。

 王室親衛隊だった。

 それも五人。その全てが腰に細剣を佩いており、弧を描くような陣形で足早にこちらへ向かってきた。

 

「……王室親衛隊?」

 

 ルミアは訝し気に小さく呟くと、アステルは立ち上がり、彼女を護る様に自分の後ろへと下がらせた。

 帝国軍の精鋭中の精鋭。最も女王陛下に忠義の厚い人物達で構成された、王室一族を何よりも優先して護衛する――王室の守護神。

 故に、王室親衛隊は今回の女王陛下の学院訪問の折、当然の様に陛下の警邏と護衛を務めているはずなのだが――。

 

(……陛下がここに来たのを知ってるのか? ――いや、レクターさんがそんなミスをするはずがない)

 

 人柄と関係は最悪だが、認めている処は認めている。彼が女王陛下たっての密命を、親衛隊に情報をリークするだなんて事はまず考えられないのだ。

 

「ルミア=ティンジェル……だな?」

 

 まるで二人を囲むように素早く展開された布陣の中、アステル達の正面に立った、その一隊の隊長格らしい衛士が低い声で問いかけてくる。

 アステルとルミアは顔を見合わせ、彼はコート裏にある銃へ手を掛けた。

 

「……ルミア=ティンジェルに間違いないな?」

「は、はい……そ、そうですけど……」

 

 一触即発の空気の中、念を押す様に再び重ねられた問いかけに、ルミアは戸惑いながらも応える。

 彼女が返答した次の瞬間――

 衛士達は弾けたバネのように一斉に抜剣し、ルミアにその剣先を突き付けていた。

 

「――ッ!?」

 

 自分に向けられた鋭い切っ先に、思わず硬直してしまうルミア。

 同時にルミアを自分の背後に庇っていたアステルが目を細め、

 

「……どういう、つもりですか」

 

 まるで眠れる竜を起こしたかの様な鋭い殺気と威嚇を放つ。

 

『……ッ……』

 

 彼から放たれたあまりにも強烈な殺気に、一隊の隊長格らしい衛士以外の全員が息を呑み、剣先を震わせる。

 その中で、隊長格の衛士は一瞬怯んだもののなんとか立て直し、彼を忌々しそうに一瞥した後、朗々と宣言した。

 

「傾聴せよ……我らは女王の意思の代行者であるッ! ルミア=ティンジェル。恐れ多くもアリシア七世女王陛下を密かに亡き者にせんと画策し、国家転覆を企てたその罪、最早弁明の余地無しッ!! よって貴殿を不敬罪及び国家反逆罪によって発見次第、その場で即、手討ちとせよ。これは女王陛下の勅命であるッ!!」

 

 あまりにも現実離れした、その現実に。

 アステルとルミアは、凍り付くしかなかった……。

 

 

       ◇Side ???◇

 

 

「――どうやら、始まったようですね」

 

 風の様に吹いた心地良い殺気に、女性は思わず微笑む。

 

「やーれやれ。ゼーロスのオッサンも大概にして貰いたいモンだぜぇ。まっ、確かに? タイミングとしちゃあ神がかってはいるが――」

 

 薄紫色の髪をした女性へと笑いかけたのは、レクター=アランドール。

 

「――そんで? オタクはどう動くよ?」

「……まあ、ここは一つ、彼女(・・)に引導を渡すのも悪くはないでしょう」

「オイオイ私怨かぁ? そんなん持ち込まれたらオレが困るんだが」

「フフ、何を仰っているのやら。これは彼が私のものだと言う事を知らしめる場として、活用させてもらうまたとない機会ですよ」

 

 白金の重甲冑を着込んだ女性は、脇に抱えられた兜を被る。

 そして、黄金色の突撃槍を背から下ろし、天へと掲げた。

 

「へいへい。――存分に、ランスロット郷(・・・・・・・)?」

「――よいでしょう。この輝ける糊光を以て、真なる騎士に迫れるかどうか。その力量を計らせて頂きます――!」




 ここまでお読みいただき、有難うございます!
 UA1万突破しました……本当にありがとうございますm(_ _)m

 ようやく郷が出せました……。なんだか第二巻だけでもかなりの内容になりそうで、最優先で執筆してはいますが、第三巻はまだ先になりそうです……!
 どうか彼女がアステル達にどう関わっていくのか、お楽しみ頂ければ幸いです。
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