ヒロインは未定です。出来る限り主人公との絡み濃くしていきたいなぁ……。
あっ、ちなみにグレセラ一択。流石にこれは譲れません……!
セラ=シルヴァースは怒っていた。
激おこぷんぷん丸だった。
大事なことなので二度表現した。
食卓に並んだ豪勢な食事は、彼女がいつもより腕によりをかけて作った一品の数々。
しかしそれに誰も手を付ける者はいなかったのだ。
「もうっ、アステル君が遅くなるっていうのは知っていたけれど、みんなまで遅くなるなんて聞いてないよっ! お姉さん怒っちゃうんだから!!」
『ご、ごめんなさい……』
時刻は夜の八時。温め直された料理は味が落ちると言うが、明らかに対面に座るアステルの喉がごくりと嚥下されるほどに美味しそうだった。
あれから打ち上げを行い、その場で次の開発プランを持ち上げたアステルはハーレイと共に話に熱中してしまい、そのままフェジテの街へ繰り出してしまった。
取り残された少女三人はハーレイの奢りということで盛大に飲み食いしながらアステルの会話に華を咲かせたが、今考えてみれば誰もが『本人が居なくて本当によかった』という安堵の言葉に尽きる。
つまり、夕刻から今の今までの時間、飲み食いをしていない者はアステルとハーレイの二人だけということになる。
結果的に近日中にアステル考案の《
さらに好きなだけ食べてしまっていたシスティ達はあまりお腹が空いておらず、目の前の豪華な夕食に手を付けられない。それにセラは怒りの層を厚くさせてゆく。
正直今の状態のセラに教えを請うのは難しいと思ったアステルは、申し訳なさげな表情をしながら脳裏で《魔導浮揚器》のイメージを膨らませてゆく。
(正直、今日の実験はハーレイ先生が巧くあの箒を動かしてくれたからだ。思うじゃなくて、確定要素。急上昇急降下は試すのが怖かったから流石に試さなかったけれど、もしあの真っ直ぐ飛ぶ状態でやったらと思うとゾッとするな……。一刻も早く空中でどんな角度でも飛んで行けるくらい安定させる技術を確立しないと……。でも、どうする? さっきも言ったように上昇にも負荷がかかる。それにもっと上を行くのなら気圧の問題だ。果たして生身の状態でそれらに耐えられるのか。試したことはないけれど絶対危険だ。流石のハーレイ先生でも耐えきれないと思うし……うーん………)
「……アステル君、アステル君? おーいっ?」
「へあっ!?」
いつの間にか熟考していたアステルを引き戻すように、セラがつんつんと彼の頬をつつくと、唐突に思考を引き戻されたアステルは素っ頓狂な声を上げてしまった。
それが恥ずかしくなり、アステルは顔を俯けると「すみません……聞いてませんでした」と言葉尻を縮めながら謝罪する。
そんな彼の素直かつ可愛らしい仕草にセラはついふにゃっと顔を緩ませてしまい、じとっと彼の後ろに座りお叱りを受けていた少女三人に睨まれてしまう。
セラはうっと小さく唸りながら苦笑いを浮かべたあと、ふうっと目を伏せて息を吐く。
「はいっ、それじゃあお説教はこのくらいにして。アステル君も少し研究の事から頭を放して、早くご飯食べよう? 私もお腹すいちゃって」
「あはは、実は僕も、かなり……」
お互いにお腹をさすって、食前の言葉を唱えてから食事に手を付け始める。
それぞれが自分の席に位置を戻すと、三人は二人が食事する光景を見つめていた。
それがどこかむず痒くなったアステルは、自分のいない場所で食事をしていたことなど露知らず。隣に座るルミアへと尋ねる。
「……ルミア? 食べないの? まさかさっきの実験でどこか怪我したとか……!?」
「ち、違うよアステル! 私のことは大丈夫だから、心配しないで?」
「ならいいけど……。風圧やそれ以外――そうするとまだまだ僕も詰めが甘いな……。もっと医学や魔術も齧らないと……。いや、まさか吸排機構に……? 魔力を燃焼することでマナが排気されるわけだから体内のマナ・バイオリズムも乱れ――」
「――はい、ストーップ!」
「あ、アステル……」
身を乗り出してアステルの思考を強制シャットアウトしたセラと、ルミアが隣で苦笑いを浮かべていた。
アステルはなんとも言えない表情で愛想笑いを浮かべると、一度その思考を止めて料理に舌鼓を打ち始める。
そんな様子を目の前のシャルにまじまじと見られてしまったアステルは、軽く視線を逸らしながらセラ特製ローストビーフを口に入れてもぐもぐと動かしていると、頬杖をついた彼女はハァァ~っと大きなため息を吐いた。
「そんなこっちゃお前、いつか研究にのめりこみ過ぎてメシすら忘れるんじゃねーか?」
「そんなことはない、と……お、思う………」
「説得力ないわよ、アステル……」
(たしかに……)
挙句の果てにはシスティにまで窘められ、ルミアは先ほどの魔道具の説明を行っていたアステルの様子を見るに(止まらなさそうだなぁ~)と脂汗をにじませる。
ましてや女の子三人を放って男二人で次の研究の話をしながら飛び出して行ってしまったのだから、当の本人も何も言えないのだ。要は自分の行動を省みろということである。
「まあでも、アステル君今日の実験は成功したんだよね?」
「ええ、大成功でしたけど……。いくつも課題が出来上がっちゃって。もっと勉強しないと。風の魔術も洗いないさないといけなさそうなので」
「そういうことなら私に任せてっ! 応用も大切だけれど、一番の大元になる基礎を固める事も大事なんだから、ね?」
「はは、ありがとうございま―――あっ!?」
『あ?』
「ど、どうしたのよアステル?」
自分にとって一番参考となるセラの言葉を聞き、感謝したと同時に彼の中で何かが閃いてその場で立ち上がってしまう。
システィが心配げにアステルを見つめるが、彼は自分の足元を見ながら驚いていた。
「(基礎……足場、そうかっ……! 特殊な力場を形成して足場を安定させることで上昇不可は分散し易くなる――いやでも、とすれば《
「お、おーい……? だめだこりゃ、完全に自分の世界に入りやがった……」
傍にやってきたシャルがアステルの肩をぽんぽんっと叩きながら、彼の視界に手をひらひらさせるけれども反応はなく、ぶるぶると震え出した彼は「セラさんっ!!」と彼女の名前を叫ぶ。
同時、セラは飛び上がるほど驚きを見せ、「ひゃいっ!?」と声を上げた。
「ありがとう! 大好きっ!!」
ごちそうさま!! と言い放ち自室へと駆け出していく彼を、その場に残された四人の女性陣は茫然と見送ったあと……
『……………』
愛の告白とも取れる彼の発言がようやく少女三人の中で理解でき、鋭い視線がセラを射貫いてゆく。さながら黒魔【ライトニング・ピアス】のように。
そしてその場に取り残されたここ一番の被害者は、
「……え、えっと~……」
困ったように眉根を寄せ顔を赤らめながら、彼女達をなだめようと脂汗を流しながら苦笑を零すのだった。
◇
そして翌日。
目の下に隈を作ったアステルは、血走った目で本の山の中からむくりと起き上がった。
ばさばさと彼の体の上に乗っていた本が落ちてゆき、そこから現れた彼は、白衣の袖には所々に斑点の様なインクの染みが付き、昨日のような清潔感は一切感じない。
制服は脱いだが白衣を着ることで集中力が上がることを知っていた彼は、自室へ入るなり黒のタンクトップにジーンズ、その上に白衣といった変わった着こなしをしていたが、タンクトップらは徹夜に備え明日の鍛錬に出かけられる下準備といったところか。
「完ッッッ全に、興奮して寝られなかった………」
どうしよう、今日も講義があるのに、と呟く彼は自分の額に手を当てながら、自分の体の下で書き上げた
彼は本の城を急いで片付けるが、その周りに何杯分かのティーカップがあり、それを踏んづけて転倒。本の城はまるでハリボテの様に脆く崩れ去り、彼は本の雪崩に巻き込まれ沈んでしまう。俗に言う『本の中にいる』というわけだ。
すると、ドアの外から『どうしたの!? すごい音がしたけれど……!!』とシスティの声が聞こえ、アステルは「だ、大丈夫……」と力なく返事をする。
『入ってもいい?』
「うん、どうぞ……」
見せられるような環境ではないのだが、今は少しでも手を借りたかった彼は申し訳なさげに了承し、慌てた様子で入ってきたシスティは目の前の衝撃的な光景に思わず「ひっ……!!」と悲鳴を上げてしまった。
だが、今はそれどころではない。
崩れ去った本の中から、白衣が着こまれた細腕が一本伸びているのだから。
「あ、あ、あっ……アステル!? 大丈夫、アステル!? 声は聞こえたけれどまさかこんなことになっているなんてっ――!!」
『へ、へいきだから……。あの、申し訳ないんだけど動けなくて………助けてくれる?』
それからシスティは、まるで瓦礫の中から彼を引っ張り出すようにして救出するといった滑稽な行動を起こしたのだが、見事に徹夜したことが判る彼の顔を見て再び悲鳴を上げてしまったのは、フィーベル家の記憶に新しい。
一度の事に二度驚かされたシスティはアステルに二度とこんなことにならないよう、熱中していても整理整頓はしなさい! と激怒したという。
結果的に朝の鍛錬は夕食前の鍛錬に繰り上げられ、システィ監視のもと、アステルはベッドで仮眠をとることになった。
「ほら、早く寝なさい」
「お、怒ってる人に見られている状況じゃあ、とてもじゃないけれど眠れないんですけど……」
彼のベッド脇で腕を組み仁王立ちしているシスティから体を背けて横になったアステルは、涙目で訴える。
それもそうだ。こんな怒気に包まれた環境下で眠れと言う方がおかしいのである。
理不尽なことには今までの生活の中で多少なりとも耐性はついていたアステルだったが、流石に今回ばかりはどうしようもない。
目をきつく閉じて(眠れ、眠らないと余計に怒られる……)と自己暗示をかけるが、結局失敗に終わってしまう。
見かねたシスティは溜息を吐きながらベッド脇に腰かけ、アステルへと語りかけた。
「ねぇ、昨日の実験……」
「うん……?」
彼女が落ち着いた事を理解したアステルは、おずおずと寝返りを打ってシスティの方を向く。
「あれって、大型にすれば船だって飛ばせる、のよね?」
「……うん。工費はかなり掛かるだろうけれど、それを抑えるために余分な部品も切り盛りしてみた。でも、ルミアの体調が悪くなったのは多分、排気されたマナを吸ってしまったことが原因かもしれない。環境被害を抑えるためにももう少し工夫はしないといけないと思う」
「……いや、あれはその、ハーレイ先生が奢りだっていうから……」
システィが片頬を掻きながら苦笑を浮かべると、アステルはきょとんとした様子で「どういうこと?」と訪ね返す。
「お、思いのほか美味しくて、つい食べ過ぎちゃったというか……」
「それはだめだよシスティ……。セラさんだってご飯作ってくれていたんだから……」
「そう言われると、なんとも申し訳ない気分になりました、ハイ……」
しょんぼりした彼女を見たアステルはくすっと笑うと、システィはもうっと軽く頬を膨らませそっぽを向いたあと、
「でも……ありがとう。あれって結局、私のためでしょう?」
「……約束だからね」
アステルは目を閉じて、微笑みながらそう言った。
彼も覚えているのだ。あの時の約束を。お互いの未来を誓い合った、あの瞬間を。
「これから先も、色んな困難があって……みんな、大変な思いをするかもしれないけれど……。僕は……絶対に………」
「……アステル?」
システィは顔をアステルへと向けると、そこにはすやすやと心地よい寝息を立てる年相応の少年の寝顔があった。
それがどこか微笑ましくて、彼女はつい、手が伸びる。
ふさふさで真っ白な髪の毛を梳くように撫でると、彼の寝顔が一層穏やかなものになってゆく。
(――って、何してるのよ私はっ!?)
ぼふっ! とその場のベッドへと顔を当てて悶えるシスティ。恥ずかしさのあまり耳や首筋まで赤くなっており、圧迫された空間で「わーっ!!」と小声で叫んでしまう。
すると、不意にアステルの腕が伸び、システィを抱えるようにして抱き寄せた。
「(ふぇっ!?)」
まさか彼にこんな寝相――というか包容力があったとは。
アステルの顔との距離、僅か数センチ。
流石のシスティもこの距離になれば混乱する。表面は真面目に心はヘタレ。それを体現したのが彼女なのだ。意識しないわけがない。
きゅっと彼女の腰辺りを抱え直されたと同時、築き上げてきた彼女の理性が崩壊した。
そして今、目を閉じ自分の唇をつき出し、彼の柔らかそうな淡い色に生唾を飲み、期待と不安が入り混じった感情が押し寄せ、そして――
『ふきゃあああっ!? あ、アステル!? ななな何して……っ!?』
『あ―――――っ!!?』
『―――コークスクリューブローッ!!!」
「ぐふぅッ!?」
「ひぇっ……だ、大丈夫アステル!?」
「――なっ、なに!? なに!? 何事ですっ!? というか今殴ったのだれ!? シャル!?」
「テメェ! 鍛錬サボりやがって何してるかと思えばお嬢手籠めにしてたらそりゃ来ねぇわなあ! あたしの怒りを思い知れ……ッ!!」
「ひいいっ!?」
「いやぁ~大変だったねぇ……」
そして……こうなる。
珍しく自力で早起きしてきたルミアが混乱のあまり悲鳴を上げ、セラは『家政婦は見た』かのように叫び、後ろからダッシュしながらの回転パンチをアステルに食らわせたシャルがアステルにマウントを取ってゆく。
にわかに賑やかになり、危ういところで彼の危険(?)は回避された。代償に腹の鈍痛はしばらく続きそうだが……。
(あッあっ……あっぶなかったぁ………ッッ!!)
心臓が爆音を繰り広げていたシスティは己の胸に手を当てながら荒い呼吸を戻し、今の一瞬で理性を構築してゆく。
気の迷い――ではないが、今自分たちの置かれた状況かで“間違い”を起こしてはならないことを再確認する。
「(あっぶな……)」
そそくさとベッドからフェードアウトして、システィは安堵の息を吐くのだった。
「……それで? システィはどうして寝ていたアステルの部屋に?」
「詳しく聞かせて欲しいなぁ。ちょっと下でゆ~っくりお姉さん達とお話ししよっか♪」
「ひっ……!?」
シャルにマウントを取られ拳を全力でいなし続けるアステルと、前門の姉後門の姫状態のシスティ。二人の明日はどっちだ。
◇
シャルからの蔑みの視線で針の筵状態だったアステルは、なんとか朝食を終えて軽くシャワーを浴び、替えの白衣に袖を通して登校準備を進める。
するとシャルが窓から自室へ入ってくるなり、徹夜で作り上げた魔術式を書き込んだ大型の羊皮紙を包むのを手伝ってくれた。いつもはこんな事をしてくれない彼女にアステルは「何かあったの?」と尋ねたが、シャルは顔を赤らめながらそっぽを向き「なんでもねぇ」の一点張り。
「あーあと、今日はちょっくら遅れて行くからよ。お嬢と姫さん、頼んだぜ」
「え? あ、うん。分かった」
あとでな、と言って退室していくシャルに、羊皮紙を折りたたんで鞄へ突っ込んだアステルは(本当にどうしたんだろう)と彼女の変化を心配した。
だが、とにかく今は二人と登校せねば。そう思いアステルは急ぎ玄関へと向かう。
「ごめん、お待たせ……って、あれ? システィは?」
そこに居たのはセラとルミアだけだった。アステルは(シャルと何か関係が?)とも思ったが、先ほど二人の事を頼まれたこともあって気のせいかと疑問を霧散させてゆく。
「忘れ物があるみたい。先に行って、と言われたけれど……」
「シャルもなんだか用事があるみたいだったし、それならゆっくり歩きながら行こうか」
「うん。そうしよう」
二人でうなずき合い、自分たちを送り出すセラへ手を振って登校開始。話題がないのも変な話だが、無言の空間でも居辛さや気後れといった感情はなく、落ち着いた雰囲気で花崗岩で綺麗に舗装された道に革靴をこつこつと鳴らしながら、騒がしい朝のフェジテを歩んでゆく。
すると二羽の鳥が上空から滑空し、アステルの右肩と頭へと降り立った。
「あっ。おはよう二人とも」
「おはよう~」
「おはようアステル~ルミア~っ!」
「眠そうだなぁ。大丈夫ー?」
大丈夫だよ、と彼が伝えるその二羽の首元には赤いスカーフの切れ端が巻かれ、それが彼らが特別であることを物語っている。
そのスカーフには小さくも確かにフィーベル家の家紋が刺繍されており、裏には彼が作成した魔術式が織り込まれているために人語でのやり取りが可能なのだ。
雄鳥のゼオと雌鳥のシーダの兄妹は特にアステルと仲が良く、フィーベル家との交流も彼がパイプ役となったことで正式に認められたのである。
「二人とも今日はどうしたの?」
「うん~。お兄ちゃんと北の森にでも行ってみようかなーって話してたんだよね~」
「木の実が豊富で美味しいんだよなー。アレックスも今日は蜂蜜探すって言ってたしー」
「へぇ。あ、そうだ。今度の休みにルミアと一緒に釣りに行くから、また何か持っていくよ」
「ほんと!? 楽しみだな~っ!」
アレックスとはフェジテから外れたところにある森に住む、雄隈の事であり、アステルとは他の動物たちよりも特に仲が良い。所謂種族の垣根を超えた親友だ。
のんびりとした会話を繰り広げるアステルと二羽の鳥を見たルミアは、その珍妙な光景にくすくすと笑ってしまう。
「どうしたのルミア~? 楽しいことでもあったー?」
「ふふっ、ううん。本当にアステルはみんなと仲がいいなあと思って」
ちょっと羨ましい、とルミアが言うなり、一匹の銀色の体毛をした狼が彼らに追いつき、ルミアが驚く。
「お~っす。なんだ? メシの話か?」
「ひゃっ、ジークくんかぁ。びっくりした……」
「あーっ! ジークおっそーい!」
「悪い悪い、肉屋でちょいとおすそ分けを……」
「相変わらず口が巧いなぁジークは」
「ナハハ、すまんすまんっ」
シーダがそう言って、ジークと呼ばれた銀狼の背中に飛び移ると、兄のゼオもそれに倣って彼の背中へ乗り移り、ルミア達と同じ速度で並走してゆく。
ジークは近辺では珍しい種族、《シルバーウルフ》の若手No1であり、アレックスの親友。アステルとは一番最初に出会った動物であり付き合いも長く、ルミアとも仲が良い。
もちろん彼の首元にもスカーフが巻かれ、意思疎通が可能だ。
ちなみに彼らとアステルが出会ったのはフェジテ郊外の森。普通の獣であれば警備官などに退けられてしまうが、このようにスカーフを巻かれた者達は容易に通ることが出来る。
街の中で悪さをしない、というのが絶対条件だが、アステルの友人ということは悪人はいないと警備官達の中でも共通認識となっており、今や公認されていた。
だからこうして、よくアステル達のもとに遊びに来るのだ。
「もしかしてジークも北の森に?」
「おう。チビ共だけじゃああそこは危ねぇしな」
「チビじゃないし!」
「そう言うのがガキだっつってんの。おらいくぞー。またな、お二人さん!」
自分たちの数歩先でくるっと回転したジークが、鳥の兄妹を乗せ学院の方まで走り去ってゆく。
二人はそんな愉快な仲間達を見送ると、お互いの顔をふと見てしまい、それが照れ臭くなりアステルが声をかける。
「……僕たちも行こうか」
「ふふっ……うんっ」
顔を赤らめた二人の様子を見ていた老人は小さく笑いながら「青春じゃのう」と気楽に言うのだった。
◇
そしてその後合流したシスティとシャルと共に学院への通学路を歩く。
「そういえばヒューイ先生の代わりの人が非常勤講師としてやってくるみたいだけど……。アステル、何か知ってる?」
「え?」
ルミアの言葉に隣を歩いていたアステルは素っ頓狂な声を上げ、自分にとっては一番身近な講師であるハーレイ=アストレイの顔が頭に浮かんだが、彼との会話のなかでそんな話はなかった気がする。
もちろん噂の類でならそういった話は聞くが、学院の職員である彼から聞くというのは少々難しい問題だ。情報の漏洩などあってはならないのだから。
アステルは「噂では聞くけど、僕もあまりわからないや」と曖昧に答え、システィとルミアを挟む形で反対側を歩く男子制服姿のシャルが後ろに腕を組みながらぼやく。
「ヒューイかぁ。結構いい奴だったんだけどな。今頃何してんだか」
「そうね……。なんで急に講師を辞めちゃったのかなぁ?」
「仕方ないよ。先生にだって色々と都合があるもの」
落ち込んで猫背になるシスティをルミアが健気に励ます。システィはそれでも続けた。
「あぁ、惜しいなぁ……ヒューイ先生の授業は凄くわかりやすくて、質問にもちゃんと答えてくれて……凄くためになったのに……」
「それに凄く格好良かったもんね?」
アステルが冗談まじりにくすくすと笑いかけると、システィは顔を赤くして彼に吠える。
「ばっ! なななっ何を言ってるの! 格好良さなんて関係ないでしょ!? それに……」
「「それに?」」
「……なんでもないわよ! ばかっ!」
「なんでさ……」
ルミアと共にアステルが声を揃えてシスティの言葉を待ったが、彼女はアステルに鞄を投げつけて三人よりも先に階段を上ってゆき、十字路に差し掛かった時だ。
『うぉおおおおおおお!? 遅刻、遅刻ぅうううううううううううッ!?』
目を血走らせ、修羅のような表情で口にパンをくわえた不審極まりない男が、右手の通路からシスティを目掛けて猛然と走ってきた。
「――え?」
「システィッ!!」
「アステル――きゃあっ!?」
「な、何ィいいいッ!? ちょ、そこ退けガキ共ぉおおおお――ッ!! 待って、止まれ!? うわァ―――ッ!?」
勢いのついた物体は急には停まれない。そんな古典物理法則を正しく踏襲し、男がいたいけな少女を引き飛ばそうとしていた。
アステルはシスティを庇うべく鞄を投げ出しながら階段を一気に駆け上がり、彼女を抱き締めて男とシスティの間へ割って入る――その時。
「お、《大いなる風よ》――ッ!」
システィがとっさに一節詠唱で、黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文を唱えた。瞬時にその手から巻き起こる猛烈な突風が男の身体を殴りつけるようにかっさらい、そして――
「あれ―――ッ!? 俺、空飛んでるよ――ッ!?」
首の角度を上に傾けなければ補足できないほど、男の身体は天高く空を舞い――放物線を描いて――通りの向こうにあった円型の噴水池の中へと落ちた。
遠くで盛大に上がる水柱を、四人の少年少女は遠巻きに茫然と眺めるしかなかった。
「あの、システィ? ……やりすぎじゃない?」
「う、うん。御蔭で僕は助かったわけだけれど……大丈夫かな、あの人」
ルミアとアステルが苦笑交じりに優しくシスティを窘めるが、後ろからやってきたシャルはぶふーっ!! と爆笑しながら彼女の背中をバシバシ叩いた。
「あっはっはっ!! さあっすがお嬢だぜ! あたしらの予想の斜め上の事をやってのける!! そこにシビれる憧れるゥ!!」
「そ、そうね……あはは……つい。どうしよう?」
四人の注視(一部は爆笑)を受けながら男は無言で立ち上がり、ばしゃばしゃと水を蹴りながら噴水池から這い出る。そして、つかつかとアステルとシスティ二人の前まで歩み寄って言った。
「ふっ、大丈夫かい? お嬢さん達」
「いや、貴方が大丈夫?」
男は爽やかな笑みを浮かべて精いっぱい決めているつもりなのだろうが、哀しいくらいに決まっていなかった。
妙な男だった。システィ達よりも、幾ばくか年上の青年だ。黒髪に黒い瞳、長身痩躯。容姿そのものに特筆する所はないが、問題はその出で立ちだ。仕立ての良いホワイトシャツに、クラバット、黒のスラックス。かなり洒落た衣装に身を包んでいる。だが、この男はこの服を着るのがどれほど面倒くさかったのか、徹底的にだらしなく着崩していた。
服を選んだ人と、着用する本人が別人であったことが素人目に見ても明らかだった。
正直、彼の筋肉質な腕を見せつけられたアステルは正直羨ましいと思うほどであり、自分の制服と白衣の中に隠されている細腕ではとてもではないが見せつけられるものではない。
「……くっ」
ぎゅっと自分の片腕を握りしめたアステルを見たルミアは苦笑を浮かべている折、男はシスティへと語りかける。
「ははは、道を急に飛び出したら危ないから気を付けた方がいいよ?」
「いや……急に飛び出して来たのは貴方だったような……」
「駄目だぞーお嬢。この兄さんばっか責められないんだぜ? お嬢だっていきなり人に向かって魔術を撃つなんて。一歩間違ったら怪我じゃすまなかったんだからな?」
「うわぁさっきまで爆笑してた人が見事な手の平
ばつが悪そうにしすてぃは目を伏せた。
アステルはそれが見て居られなくなりフォローへ回る。
「ほら、システィ? ちゃんとこの人に謝ろう? 僕も謝るから」
「え。でもアステルあなた……」
「いいの。ほら」
ぽむっとシスティの背中を軽く押したアステルは、彼女と共に頭を下げる。
が、
「まったく親の顔が見たいね! 一体、お前はどういう教育を受けているんだ? あ?」
……こちらが下手に出れば、途端に態度を変える男。流石のアステルでさえ苦笑の層を濃くしながら、隣でぷるぷると怒りに震えるシスティをなだめた。
そして後ろからルミアとシャルが一歩前に出て、ぺこりと頭を下げる。
「本当に申し訳ありませんでした。私からも謝りますから許してくださいませんか?」
「あー、もう仕方ないな! 俺はちっとも悪くなくて、お前らが一方的に悪かったのは明確だけど、そこまで言うなら超特別に許してやらんでも……ん?」
ぶつぶつと愚痴を零していた男がアステルを見て、何かに気付いたように眉根を寄せる。
「ん? ん?」
「あ、あの……僕の顔に何かついてますか?」
戸惑うアステルに構わず、男はずいずいと顔を彼に寄せてゆく。
いきなり不躾な視線をぶつけられてアステルは目を瞬かせた。
「いや……お前……どこかで……?」
首を傾げながら男は指でつんつんとアステルの頬をつっつく。頬をむにーっと引っ張る。髪をもふもふと撫でまわす。細い肩と腰を撫でまわし、顎にそっと手を添え彼の目を覗き込んだところで……
「アンタ――」
『グーレーンくーん……………?』
「ヒッ!? せ、せせっセラッ!? どうしてお前がここに!? 逃げたのかっ? 自力で脱出をっ!?」
「ううん。今それ関係ないよね? ――お前は最後に殺すと約束したな。アレは嘘だ」
グレンと呼ばれた男の後ろからセラが現れて彼の肩に手を触れ、アステルの隣ではシスティがグレンに歩み寄ったと同時――
「何やっとるかぁああああああああああ――ッ!?」
「何やってるのかなあ、も~~~っ!!」
セラがグレンを振り向かせての全力の鳩尾をキック。そしてシスティの鋭い蹴りがグレンの延髄を的確に捉え、同時に対の角度から蹴りを決め込んだことでグレンを回転させながら上空に吹き飛ばした。そして、
「と、飛んだァ―――!?」
「ウソぉ!?」
「行くよシスティちゃん!」
「はい! セラさんっ!!」
とんでもない脚力で飛び上がり、さながらアステルの《魔導噴流推進器》が足底についているかのような勢いでグレンまで追いつき、セラはその場で回転しながらのオーバーヘッドキック。システィは足を振りかぶってのキックがグレンへと炸裂し――
「「黒魔改!【炎の風見鶏】―――ッ!!」」
「ズギャァアアアアアア――――ッ!?」
情けない悲鳴を上げてグレンの体に炎が纏われ、
アステルはルミアに抱えられながら茫然とした様子で「………えっ?! 知り合い……?」と目の前でスッキリした表情を浮かべながら着地したセラへと尋ねる。
というか、どうして彼女がここに居るのだろう。その答えはすぐにわかった。
「ふうっ……スッキリした! はいっ、アステル君♪」
「ああっ! 僕のポーチ……!」
彼女の手にはアステルがいつも持ち歩いているポーチが抱えられており、それを見てアステルは初めて自分も忘れ物をしていたことに気付いた。というかよく
アステルは申し訳なさそうに後ろ頭に手を当ててそれを受け取ると、セラから「もう忘れちゃだめだよー?」とほんわかとした雰囲気で叱られる。先ほどの雰囲気とはうって違う和やかなムードの中、グレンはまるでボロ雑巾の様になってしまった衣服を気にせず彼らの下まで戻ってくるが、システィは大層憤慨していた。
「不注意でぶつかってくるだけならまだしも、何よ今のは!? 他人の体に無遠慮に触るなんて信じらんない! 最ッ低!!」
「特に最後のはなに、グレンくん!? ひょっとしてそっちに目覚めちゃったとか――!?」
「ちょっと待て、お前ら落ち着け!? 俺はただ、学者の端くれとして、純然たる好奇心と探求心でだな!? やましい考えは多分、ちょっとしかないッ!」
「「なお悪いわ(よ)ッ!」」
「ごぼほぉッ!?」
脇腹に良い角度で刺さったシスティの
グレンは容易く吹っ飛び、脇腹と顔面の予想外なダブルパンチに悶絶した。
「シャル、警備官の詰め所に連絡。この男を突き出すわよ! やっぱりただの変態だわっ!」
「えっ!? ちょ、勘弁してください! 調子乗ってすんませんでしたッ! セラ頼む助けてくれっ!?」
「駄目でーす、セラさんヘルプは使えませーん。自業自得だよ! グレンくんちょっとは反省しなさいっ!」
「ハイ……」
確実に自分より年下であろう少女の足元で、恥も外聞もなく土下座する情けない大の男の姿が、そこにあった。
ましてや知人であるセラにさえ助けを拒まれる始末。最早目も当てられない。
自分もいつかそうなるのだろうか……と想像したアステルの顔からサァ……っと血の気が引いてゆくが、なんとしてでも同じ男として。否、例え彼が自分の未来の姿であったとしても今の自分が彼を否定するわけにはいかないのだ。
アステルはルミアの抱擁から丁重に解放され、グレンの元まで歩み寄り、膝をついて手を差し伸べる。
「大丈夫ですか? ……その、災難でしたね」
「お、お前……いい奴だな……」
天使かよと呟かれ、苦笑を浮かべて手を取り合うと彼を立ち上がらせる。そしてアステルは未だに激おこぷんぷん丸状態のセラと、その銀色の髪を逆立たせながら彼を警戒するシスティへと言う。
「あの、反省はしているみたいだし許してあげようよ? セラさんの知り合いなんでしょう? 情状酌量の余地はあると思うよ……」
「はぁ? それ本気!? あなたって本当に甘いわねアステル……」
「お姉さん、ちょっと悲しいよ。まさかアステル君にそっちの気があったなんて……。だからシスティやルミアちゃんに手を出さなかったのねっ……」
「ジャストモーメントセラさん!? それは色々と誤解があるよ!?」
「そんな……アステル、男の子が好きだったなんて……」
「救われねぇな……この場にいる誰も……。……未来って……何なんだろうな……」
セラはおいおいと懐から取り出したハンカチで涙を拭い、ルミアはショックを受けたように胸の前と口元に手を当てながら涙目になる。
そして仕舞いにはシャルが後ろでそっぽを向きながら襟足に手を当て、空を濁り切った瞳で見上げていた。
「なんでさぁぁぁ―――――っ!?」
ここ一番の被害者は、このフェジテ全域に響くほどの絶叫をあげるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
いつもながらに書き出しは二話が現界です……ほんとすみません。
さあっ行ってみようあとがきのコーナー!!
システィ:アルザーノ帝国魔術学院ry、システィーナ=フィーベルよ……ってなんで略すのよ!?
セラ:まあまあ落ち着いてシスティちゃん! 私なんて肩書ないんだよ?
システィ:セラさんにはフィーベル家のメイドさんって肩書きありますよ! 立派なメイドさんですよっ!!
作者:そうだそうだっ!
システィ:……今他の世界(小説)でいじられまくりの人が出てきたような
セラ:き、気のせいだよきっと! さ、早く紹介始めよう?
システィ:ふふっ、そうですねっ!
・炎の風見鶏・・・被害者:グレン=レーダス
乙女の嫉妬と恋への情熱が体現した姿。対象を対角線上に蹴り出すことで上空へと飛ばし、嫉妬の炎を回転中の対象に点火。片方は通常のキック、もう片方はオーバーヘッドキックで蹴り飛ばす、いわば乙女にしかできない必殺技。
・熱血パンチ・・・被害者:グレン=レーダス
乙女の純粋な嫉妬が拳に付呪された状態。相手は吹っ飛ぶ。
・ゴッドハンド・・・被害者:グレン=レーダス
乙女の大らかな心を掌として具現化させた姿。相手は死ぬ。
システィ:死ぬんだ……あの人
セラ:死んじゃうのかぁ~。おぉグレンよ! 死んでしまうとは情けないっ!
システィ:まあ、この技の説明は特にいらないわよね……
セラ:うんうん。まさかアステル君とグレンくんが――
アステル@録音係:違うからっ!!
グレン@AD:白犬テメェ後で覚えとけよ!?
セラ:あはは、怒られちゃった
システィ:それじゃあ今回はこれで終わりにしましょうか。あ、セラさん次回予告でもしてみます?
セラ:あっ、いいねそれ! やってみたいかも! グレンくーんカンペーっ!!
グレン@AD&ヤケ:人使い荒すぎだぞオラァ!!
セラ:やめて! 私達の特殊能力(言葉)で、アステル君の精神を焼き払われたら、心が繋がっているグレンくんまで燃え尽きちゃう! お願い、死なないでグレンくん! あなたが今ここで倒れたら、私やお義母様(セリカ)との約束はどうなっちゃうの!? 魔力はまだ残ってる。ここを耐えれば、現実に勝てるんだから!
セラ&システィ:次回! 『グレン 死す』 ロクアカスタンバイッ!
グレン:ちゅおおおっっと待てええええええええッ!?